朝、いつも通りに登校すると、校舎がいつも通りじゃなかった。
いや、ふざけてる場合じゃないのはわかってるんだけれど。でもこれはちょっと対処に困るというか、そもそも何なんだ、この『粛清』の横断幕。
「コレキヨ!?」
「“しゅくせい”です、沢田君」
間違った読みを叫んだ沢田君に、取り敢えずツッコミを入れる。
その隣の古里君が、「アーデルハイトの粛清委員会の活動だ」と呟いた。
「その“粛清委員会”とは何をする委員会なのですか…?」
「あ、昨日の…」
「松崎レイです。よろしく、古里君」
「う、うん。えと、粛清委員会っていうのは、学校の風紀を暴力によって取り締まる委員会で…アーデルハイトは委員長なんだ」
「それってやってることヒバリさんの風紀委員会とソックリじゃん!!」
沢田君の言葉には同意しかない。何がどうなったらそんな委員会が生まれるのかは謎だし誕生の経緯など知りたくもないが、活動内容が似過ぎでは。
後アーデルハイトさん、編入先でも委員会活動とは熱心過ぎではありませんか? 並中にこれ以上暴力で全てを解決する人は要らないのですが。
と、屋上、それもフェンスの向こう側の、一歩間違えれば落下不可避な場所に人が二人立った。
雲雀君と間隔を開けて立っている、至門中の制服を着た女子生徒がアーデルハイトさんだろう。
「アーデルハイトはあの男子を倒すつもりだよ」
「そんなことしたら最強の風紀委員長のヒバリさんにボコボコにされちゃうよ!! 行こう、エンマ君!! 知り合いでしょ!?」
「待ちなさい、沢田君! コザァ、古里君、申し訳ありませんが一緒に来てもらっても!?」
「あ、うん」
まずい、一瞬「コザァート君」と呼び掛けた。発音が似ているというかほぼ同じだから誤魔化しは効くが、もしリボーン君に聞かれていたらと思うとゾッとする。近くに気配がないから大丈夫だとは思うが…。
考えながら階段を駆け上がり、辿り着いた屋上には予想外に人が集まっていた。
獄寺君に山本君、笹川君。
転入生も後一人いれば全員が集合だ。
いやそんなことを言ってる場合じゃない、何故誰も止めないんだ。もうこの際戦うのはいいとしても場所を考えるべきではないか。この場でマトモなのは私だけなのか。
「始まったぜ」
「え!」
山本君の声に慌てて目をやると、アーデルハイトさんが雲雀君に襲い掛かったところだった。
いやちょっと待ってください、今何処から武器を出した。あの短いスカートの中にどうやってその大きさのものを仕込んでいたのですか。というか衆目の中でよくもまあそんな行動を取れますね、はしたないが過ぎます。
同性とは言え、予想の斜め上の行動に咄嗟に目を逸らす。しかし獄寺君達が気にするのはそこではないらしい。
「!! 金属製の扇子!?」
ああ、鉄扇か。ただ問題なのはリーチの短さ。扇子という小物を武器にしているため、そのリーチはどうやっても腕の半分もないのだ。
そして雲雀君のトンファーは多彩過ぎるギミックを搭載しており、遠距離攻撃も可能。防御するにしても、鉄扇を広げたところでそう広い面積が確保できる訳でもない。
攻防ともにその限界を超えさせるには、炎の存在が必須だろうが…そう言えば。
確か大地の7属性には、硬化と対炎性に優れた炎があった。もしかして、氷河の炎の今の使い手が、彼女なのか?
「また校則違反だよ、武器の携帯が認められるのは基本的に僕だけだ」
アーデルハイトさんの猛攻を難なく躱しながら雲雀君が言った言葉に、思わず獄寺君を見る。
彼、一年の時からダイナマイトを校内に持ち込んでいたのですが。
しかしそれはそれ、今すぐにでも戦闘を止めさせたい。私と同じようにガーターベルトを好んでいるらしいアーデルハイトさんの太腿から腰に掛けてはもう幾度となく晒されている。男子に見られているというのに、彼女には恥じらいというものがないのだろうか。
「甘い!」
露出については全く気にしていないらしいアーデルハイトさんの鋭い一撃が、雲雀君を襲った。彼は間一髪トンファーでそれを防ぎ、アーデルハイトさんを跳ね除ける。
…一瞬だけではあるが、見えた。
あれは間違いなく、シモンの血族が使う大地の7属性の一つ、氷河の炎。
「やっと本気になったようね」
「ああ…君と同じようにね。次は君を、咬み殺す」
あ、これダメなやつなのでは?
理解するが早いが、近くにいた沢田君の腕を掴んで引っ張った。
「え、何なのレイちゃん!?」
「急ぎなさい、ここに居ては無傷では済みません!」
さすがに一般人も見ているのに炎を使う程バカでもないと思っていたから、戦闘行為自体は止めなかった。だが、今のアーデルハイトさんの攻撃でその暗黙の了解がいとも簡単に破られてしまったのだ。
となれば、彼も炎を使うのは必定。
目視できない程度に抑えるだけの分別はあると思いたいが、それでも
「いやでもヤバイよ!! 咬み殺しちゃう!!」
「だったらお前が止めてこい。ファミリーの暴走を止めるのはボスの役目だぞ」
聞き覚えのある声が聞こえたかと思えば、強い衝撃に宙を舞う。
その先にあるのが何かなんて赤子でもわかるだろう。完全に二人の戦闘に巻き込まれる形になる。
(───ティア!!)
心の中、あの激戦を共に潜り抜けた相棒の名を叫ぶ。
咄嗟に顔の前で交差させた腕に、氷の防壁が展開される。
次の瞬間、腕を先程の比ではない衝撃が襲った。
「あ…が…」
「ぐ…無事ですか、沢田君…?」
ああうん、無事じゃないですね。
雲雀君の強烈な一撃を顔面に喰らったらしく、痛みに呻く沢田君を横目に腕を押さえる。ティアが見えないように袖の中で防御してくれたとは言え、威力の全てが殺せた訳でもない。
「今のを喰らって平気なのか!?」
「そうでもありませんよ…ここまでのをもらったのは久々です」
愕然とした様子で言ったアーデルハイトさんにそう返す。
本当だから、あまり気を落とさないで欲しい。他にこんな攻撃をしてくれたのはドン・サルトーリとか、ガチモードの雨月君とかくらいなものだから。…全員マフィア関係者では? いや目の前の彼女もそうだった。
考えながらも腕をさすっていると、嫌に突き刺さる視線。
さすがに気になって、振り向きながら口を開いた。
「…雲雀君。何かありましたか」
「いいや」
口では否定の言葉を紡いだが、彼の双眸は未だ私を見つめている。
何を思うでもなくそれを見上げて、ふと、そこに宿るものに気付いた。
未来の彼はあまりにも甘い熱が籠りすぎていてわからなかったが、彼の瞳が宿しているものを、私は知っている。
それはある意味では、彼が見せても何もおかしくないものなのだけれど。
(知りたくなかった)
あの、普段は冷たい冬空の瞳が時折見せた、優しく慈しみに溢れた色。
それと同じものを、彼の青灰色の瞳も宿せるのだと。
詮ないことを思っていると、彼の方から視線が逸らされた。
暗に私との関係を深めることを拒絶するその行動に安堵して、屋上に着地したリボーン君に視線を向ける。
「リ…リボーン!! 何すんだよ!」
「無意味な抗争を防ぐのはボスとして当然だぞ。レイは巻き込んで悪かったな」
幸い直に攻撃を喰らったのは利き腕ではないし、この後の授業に支障はない。今回は水に流すか、と頷いて、リボーン君の謝罪を受け入れたことを示した。
「何言ってんだよ! 学校のケンカだぞ!!」
抗争やボスは関係ない、と沢田君が抗議する。
そうか…彼はシモンのことを知らないから、彼らのことをマフィアとは何の関係もない一般人だと思っているのか。
しかし問題大アリだと返したリボーン君に訊きたいのですが、ファミリー同士で争うのが問題なら対抗雪合戦はどうなのでしょう。私、そのために酷使されたことがあるのですが。
それより何より、お客とは一体何なのでしょうか。シモンは何に招待されたのです?
「こいつらはシモンファミリーって言ってな、ボンゴレのボス継承式に招待されたマフィアなんだ」
一瞬後に提示された疑問の答えに、思考が停止する。
即座に再起動した頭脳に浮かぶのは、先日
……ちゃんと問い詰めるんだった、と後悔した刹那、絶叫が耳をつんざく。
「転校生が、マフィアー!!?」
沢田君達は古里君達集団転校生の正体に驚愕しているが、私はそれどころではない。
継承式というからには、もしかしなくてもボンゴレボスの座を継承する式典だ。
誰が? 沢田君だな。
いつ? 7日後ってリボーン君が今言ったな。
何故? 未来での戦いのことを
襲ってきた頭痛に、思わず額を押さえる。
自警団の頃ならともかく、今のボンゴレは裏社会の支配者。正統後継者とボスでは天と地程の差がある。
継承式が行われるそれ即ち、マフィアボンゴレの指揮権が、沢田君に委ねられるということなのだ。
既に式典は7日後に迫っており、全世界のマフィアがこの日本に集まりつつある。正直私はまるで聞いたことのない名前なのだが、リボーン君の口振りや獄寺君の反応からしてどれも只者ではない。
濁流のように次々流れ込んでくる情報を、脳内で整理する。
沢田君は現在進行形でマフィアのボスになることを拒んでいる。今回の継承式開催は、沢田君当人の思いを汲まないものだ。
確かにジョット君が自警団を組織し始めたのは14歳の頃、それを建前とすれば継承は可能だろう。
だがボンゴレ
それ以外の情報も総合すると、
この継承式の目的は、沢田君に真剣に自分の将来を考えさせること。
…別の意味で頭が痛くなってきた。直系ではなくともやはりジョット君の子孫と言うべきか、彼に似た気質も持ち合わせているようだ。お茶目というか、大きな目的の裏に本命の小さな目的を潜ませていて、それを周囲には悟らせていないというか。
我が王もやるかやらないかで言ったらやる。あのバカもそういう遠回りだけど、でも
まあ今回の継承式のように目的同士の差が大きく、リターンがあまりにも少ないことはしなかったが。その辺りはボンゴレが強大になったが故の差異だろうか。
それよりも、考えるべきことがある。
継承式の招待状を全世界にばら撒いたということは、必然敵対する黒マフィアにもその情報は出回っているだろう。
更に友好関係のあるファミリーでも、
どうやら、平穏には程遠い生活に逆戻りらしい。
それを悟って、私は一つ嘆息した。
・
なんでこう騒動ばっかり舞い込んで来るんですか
そしてさらりと雲の行動を先読みしている。本人は何もおかしいとは感じていない模様。
・本気になったら止められた
相手が大地の7属性を使えるかもしれないことを大前提としていたため、攻撃を防げた。
アラウディとして死んで以降、あの世での記憶はごっそり抜け落ちている(生まれ変わりの代償。ギリギリ
・止めようとしたら巻き込んだ
ツナ諸共レイを蹴り飛ばしたことに悪意はない。レイなら上手く切り抜けるだろうし、と信頼故の無茶振りというジョットに似た心理でやった。
ジョットとの接触という怪しさMAX事案を経たにも関わらず彼がレイのことをスルーしているのは、教え子であるツナが「レイが言うまで聞かない」という形で折り合いを付けたため。未来編の顛末からレイが敵対する可能性が限りなく低いと理解したこともあり、教え子の成長のためにも意図的に刺激しないようにしている。
尚、彼は初代雪の守護者とレイの符合に気付いてはいるもののレイの正体には辿り着いていない。エレナの存在を知らないので