獄寺君からの電話に家を飛び出す。
ああ、考えられる限り最悪の事態だ。
「ッ───ティア!」
人目がないのを確認した上で、鋭く呼ぶ。
脚に未来と同じ氷細工が絡み付いたところで、半ば強引に民家の屋根へと跳躍する。
本来の役割が身体機能のサポートであるティアは己が役割を察し、危なげのない着地をさせてくれた。
そのままティアの機能にモノを言わせ、予定よりも遥かに早く着いた並盛中央病院のエントランスに駆け込む。
「! レイ、こっち!!」
「クロームちゃん!」
病院内だからかいつもよりも控えめに、けれど叫ぶように私を呼んだクロームちゃんに付いて行くと、赤いランプが点灯した手術室に辿り着いた。
ザッと辺りを見回して、目の前の獄寺君に短く問う。
「沢田君は」
「連絡はした。だが恐らく、もう少し掛かる」
「でしょうね」
彼がいるのは並盛郊外のホテルだ。私が住む松崎の家よりもこの病院へは遠い。
壁に背を預け、呼吸を整えていると、急いた足音が聞こえ始めた。
「10代目!!」
「山本は!?」
「今手術室、ですが」
強引に、基本手動では開かないはずの扉をこじ開けた沢田君がオペをしていた医師達に追い出され、そして崩れ落ちる。
「…待合室に行きましょう。そこなら落ち着いて話せます」
沢田君に、手を差し伸べる。
一向に重ねられないその手を取り、引っ張って立ち上がらせ、半ば引きずるように歩を進めた。
済まない、沢田君。
私には、こんなことしかできないのです。
ただ君を、君達を引っ張って、その道を指し示すことしか、できないのです。
沢田君を椅子に座らせ、静かに瞳から涙を流すクロームちゃんに寄り添いながら、笹川君の話を聞く。
巡回中、扉の開いていた野球部の部室を覗くと山本君が倒れており、その傷は晴の炎を持つ彼でも対処不可能な程に深かったのだという。
「野球部にも事情を聞かんとな…そう言えば、水野は山本と一緒にいなかったのか?」
「ああ」
笹川君の問いに間髪入れず答えた水野君。
だがその直前、視線が左右に泳いだ。先程から瞬きの回数も多い。
彼の近くに立つアーデルハイトさんは、まるで監視するような視線を向けている。
「昨日は一緒にキャッチボールをしたが、オレだけ先に帰ったんだ」
この証言は、虚偽。
水野君は山本君と一緒にいた。そして、彼に瀕死の重傷を負わせたのだ。
相手はボンゴレの兄弟ファミリーたる、シモンに属する人間。先日の野菜の着ぐるみを修復した一件からして、彼もまた大地の7属性を受け継ぐコザァート君の縁者だ。
そして同時に、水野君は山本君との間に確かな友情を築いていた。山本君が持ち前の明るさで話し掛けるうち、色眼鏡で見られることに疲れていた水野君が心を開いたのは外野の私にも感じ取れた。
それでも、私の
目を細めると、アーデルハイトさんが口を開く。
「ボンゴレ10代目の守護者を倒す程の強者となると、ギーグファミリーを倒した犯人と同一と考えられますね」
「アーデルハイトの言う通りだ。だとすれば結局また犯人はわからずじまいか…」
事前に打ち合わせをしていたのだろう、流れるような不確定情報の断定。
この分で行くと、ギーグファミリーの件はアーデルハイトさんが犯人。
山本君は、友人だと思っていた水野君に咄嗟の反応ができなかった。
気付かれないようにこっそりと、唇を噛む。
そうでもしないと、何故と問い掛けてしまいそうだからだ。
兄弟ファミリーとすら呼べる程に強固だった絆は、最早過去のものなのかと。
かつての日々、兄の友であった人と、そのファミリー。家族とは別の枠組で、けれど確かに大切だった人達。
その子孫であり、大地の7属性すら受け継ぐ彼ら。
コザァート君達に似ていても決して同一の存在ではない彼らに問うても、無駄なこととわかっているのに。
この件の原因は、百五十年前から考えると不自然な程のシモンファミリーの凋落だろう。
いや、彼らが保護者もなく並盛にやって来たことも含まれるかもしれない。
どうする?
真実は暴けた。その裏にあるであろう事情も、粗方汲み取れた。
今わからないのはシモンが継承式を開催させたい理由、その一点のみ。
どうするのが、最善だ?
「いいや、犯人を見つけることは可能だぞ」
声に驚いて廊下を見れば、そこにはリボーン君がいた。
リボーン君は山本君が襲われた野球部の部室に行って、犯人の手掛かりを見つけて来たのだという。
「ただしすぐに犯人がわかる訳ではねえし、ちっとボンゴレの機密に関わるんでな。わりーがシモンは席を外してくれねーか?」
私の予測通りだ。
リボーン君は、シモンが犯人だとわかっている訳じゃない。ただ手掛かりを見つけたから、それを私達に知らせに来ただけ。
そしてその手掛かりも、『すぐに犯人がわかる訳ではない』ということは、継承式まで犯人が野放しになる可能性が高いものなのだろう。
そもそも、世界最強のヒットマンともあろう者が、明確な敵対行動を取った相手と知っていて余計な情報を知らせることなど有り得ない。
…私ならば、この場で告発することも可能ではある。
だがこちら側の守護者最高戦力である雲雀君がいない上、シモンは間違いなく大地の7属性を使用可能。
沢田君も精神的に不安定になっている。彼が全てを知った場合、シモンに対し怒るのか、それとも裏切りを悲しむのかが私にはわからない。
利がない。シモンの目的もわからない。
この状況での告発は、何も生まない。
私が事の真相を知りながら沈黙を選んだとは露知らぬアーデルハイトさんが、リボーン君に尋ねる。
「我々も教えてもらった方が協力し易いが」
「勿論協力が必要ならしてもらおうと思ってる。済まねーがここは外してくれ。気を付けて行動しろよ、お前達が狙われる可能性もある」
「わかりました」
アーデルハイトさん達シモンが退出した後少しして、彼らの気配が遠ざかったことを確認した獄寺君が口を開いた。
「リボーンさん、どんな手掛かりがあったんスか?」
「山本は意識を失う間際に、血でメッセージを残してたんだ」
そのメッセージは大部分が消されていた。犯人の正体の核心を突く部分で、証拠隠滅のために消されたというのがリボーン君の予想だ。
恐らく、それは正しいだろう。下手人である水野君が、消したのだ。
だが、“大部分”ということはつまり、少しでも無事なメッセージがあったということになる。
「しかしその横に、小さく平仮名で書かれた“でりとと”って文字が確認できたんだ」
それが、山本君の残した犯人の手掛かり。
(でりとと、でりとと…)
束の間考えてローマ字に変換した瞬間、すぐに理解できた。
「
恐らく山本君は敵の計画書を見るか何かして、そこに書かれていた単語を平仮名で書いたのです! 単語の意味も正確な読みもわからなかったから、ローマ字から平仮名に変換して…!」
「た、確かに…!!」
「うん…!」
ほぼ確実に、山本君は難しいことは考えていなかっただろう。しかし、それが不幸中の幸いを生んだ。一見意味不明な平仮名だったからこそ、見逃されたのだ。
だが、それがボンゴレの機密とどう繋がるのかがわからない。圧倒的な情報不足だ。
「さすがはレイだな、正解だぞ。
───ここからは一部のボンゴレ幹部しか知らない、最高機密だ」
一拍置いて、リボーン君は言った。
“罪”というのは、ボンゴレのボスが継承式で代々受け継ぐ小瓶の名称だ、と。
「
「
私の知る限り、ボンゴレにそんなものはなかった。
だとすると、私がいなくなった後に、何かがあった。
それは確実だ。
それを遺したのはジョット君。
彼が『忘れてはならない』と特別な意味を持たせる程の戦いで、流れた血。
シモン。継承式。“
その全てを繋ぐのは、この状況を作り出せるのは───
瞼を下ろして、次の瞬間鳥肌が立つ。
───該当者は、一名のみ。
永遠のような一瞬だった。
連鎖する、精査する。
あらゆる情報を連ね、あらゆる可能性を調べ上げ。
なのに、弾き出されたのはたった一人。
我が兄にして師、霧の守護者たる
何かおかしいと思っていた。
ピースが欠けていると思っていた。
当たり前だった。
だって私は、私ともあろうものが───
(───彼が関与している可能性を、排除していた)
足元の床が消え去って、突然虚空へ放り出されたような感覚に陥る。
心臓が痛いくらいに早鐘を打っているのに、頭は嫌に冷えて、情報を繋ぎ合わせることで事実を探り当て、そしてそれを基盤とした対応策を羅列していく。
何が目的かはわかった、だがどうやって防ぐ。
いや、防ぐだけでは、遠い未来でまた同じことが起きるだけ。
後は、私が───その最善を、選ぶことができるかどうか。
兄か、友か。
二つを天秤に掛けて、私は、どちらかを選ばなくてはならない。
「犯人は“罪”と関係している。恐らく奴の目的だな。そして“罪”が目的ならば、“罪”が表に出る時…つまり第三者の目に触れるのは継承式の時だけだ。犯人は、必ず継承式に現れる。尤も、行われればの話だがな」
「…では、沢田君は」
「ツナはボンゴレのボスを継がないと決めた。継承式は中止だ」
リボーン君のしっかりとした声に、獄寺君、笹川君、クロームちゃんの顔に衝撃が走る。
けれど。
「オレ…9代目に継承式を開いてもらう」
犯人は、きっとまた沢田君の友人を…大切なものを狙うから。
「オレは継承式へ行く!!」
何処までも己のためでなく、友のため……君らしい答えです、
沢田君は
ならば、私も雪として、決めなくてはならない。
沢田君達と、ジョット君の意志を守るために、できることなんて一つだけ。
私は、
でも
……きっと、もうずっと前から、決まっていたのだ。
私が選べる道なんて、一つだけだと。
天秤は傾いた。
傾いたままにするために、彼らが与えてくれた感情は、今だけ置き去りにしてしまおう。
泣くことは全て終わってからでもできる。
けれど、後悔はしてからでは遅いのだから。
・大切なものを天秤に掛けた
無意識にシモンを容疑者から外していたが、情報が出揃ってきたのでさすがに察した。ついでに黒幕まで察した。
兄と友。同じくらい大切なものを、選ばなければいけない日がきた。