シモンファミリーの継承式襲撃より、間もなく。
レイは、被害の程を確認していた。
ディーノ達と共にいたことも幸いし、彼女自身に怪我はない。
だが直接炎真達シモンファミリーと相対した綱吉達は、咄嗟の判断で大地の炎の有効圏外まで飛び
更に気絶したクロームを、シモンの加藤ジュリーが攫ってしまった。
(ジョット君が、コザァート君を裏切ったと糾弾されたことは……)
考えなくてもいい、と思考を断ち切る。
兄が、王がそんなことをするはずがない。それはレイが誰よりも理解している。
綱吉達も彼らの言葉を信じている訳ではないのだ、優先順位は必然低くなる。
無論、ジョットに謂れなき罪が押し付けられるなど、レイは一瞬でも許容したくはない。
しかしその感情をねじ伏せてでも、今成すべきを成してこその雪の守護者なのだ。
レイがするべきは、
百五十年前は当然のこととして、現代でも、シモンファミリーは被害者だ。彼らが咎を負う形で事態を終結させることは避けねばならない。そんな終わらせ方はジョットとて望んでいないだろう。
だからこそ、何としてでも黒幕の姿を暴き出し、知らしめる必要がある。
しかし継承式でシモンを制圧した場合、彼がシモンに駒としての価値を見出さなくなり、逃亡する可能性があった。そうなれば継承式襲撃の罪はシモンが被ることになる上、
それを避けるために、継承式で全てを終わらせる選択肢を初めからレイは捨てていたのだ。
そして、現時点で何よりも優先すべきは、強大な力を秘める武器のこと。
最悪なことに、ボンゴレの至宝であり
雲と雨、雷、攻撃を受けなかった雲雀とそもそもこの場にいない山本、ランボが
(………まずいですね)
状況を確認し、レイは唇を噛んだ。
さすがに
実のところ、彼女の個人的な知り合いになら、修復が叶いそうな心当たりもあるのだ。
レイは胸ポケットに隠し持った、その心当たりが作った懐中時計を服越しに撫でた。
だが。
彼女が、レイ・オルテンシア・イヴが裏の舞台より姿を消してから、既に百五十年が経っている。
当時の知己が生きているか、なんて愚問でしかない。
状況の厳しさに苦い顔をしたレイの瞳に姿を映したのは、杖を突きながら歩いてきた老人。
綱吉達も知らない、9代目の知り合いであるらしい彼は、今
レイは思わず、瞬きを一つして呟いた。
「…タルボ、くん?」
「それ以外の誰に見えるんじゃ?」
「タルボじじ様、彼女と知り合いなのですか?」
「昔、あやつの兄達と親交があってのう。その繋がりじゃよ」
9代目の問いに上手く真実を隠したまま答えたタルボに内心感謝しつつ、レイは首を傾げる。
「ねえ、本当にタルボ君本人ですか?」
「本人じゃよ、レイ。お前さんこそわしの知るレイか? 甘えたで
幼少期の話を引き合いに出され、レイがムッと唇を尖らせた。
しかしそれも一瞬。
「タルボ君は、私を誰だと思っているのですか?」
挑発的に、レイが笑う。
大空を彩る、第七の天候。
ボンゴレファミリーの、7人目の守護者。
その幼さ故に、武勇では他の守護者に一歩劣る。
しかしそれを補って尚あまりあるその智慧でファミリーを導いてきた、冷酷なる吹雪であり、慈悲深き雪花。
その在り方を知らしめ、そして誇るかのようなレイの笑みに、タルボは一つ頷いた。
「そうだったのう、忘れとったわい。……独りで、よく頑張った」
タルボの言葉には、慈愛と労りが込められていた。
ジョットを介したものではあったが、二人の関わりは決して浅くない。
変わり者と言われるタルボとて、彼女が今までどんな思いで呼吸を続けていたのか、容易に察せられる。
「ッ……子供扱いは、止めていただけますか」
皺だらけで細い、枯れ木のような手で頭を撫でられ、俯いたレイがくぐもった声でそう呟き、スーツの袖で乱暴に顔を拭った。
「…来て早々ですが、一働きしてもらいます」
そうして顔を上げたレイの手は、まっすぐに一点を指す。
その先にあるのは、炎真によって破壊されたボンゴレリングの欠片。
「修復しろ、とは言いません。それ以上、少なくとも“罪”を浴びたシモンリングと
「レイちゃん!?」
「極限にそんなことが可能なのか!?」
レイの言葉に、綱吉と了平が声を上げる。
修復どころか、改良。
それができるなら、この状況にも光明が見えて来るが。
「相変わらず無茶を言いよる」
「できないのですか?」
タルボの言葉を遮り、挑発じみた台詞を叩き付ける。
シモンリングが何倍にもその能力を強化増幅されていることは承知の上。
この窮地を乗り越える
「松崎君、さすがに無礼が過ぎるんでは」
「いいんじゃよ、9代目。こやつは昔っからこの調子での、言い合いで勝てた試しはないわい」
「ハ、この私に舌戦で勝とうと? 千年早いですよ、タルボ君」
レイはタルボの言葉に応じるように、かつて参謀として、また雪の守護者として戦っていた頃と何ら変わらぬ、挑発的な笑みを浮かべた。
尤もそれは、意図的にそう在ろうと振る舞っているが故に浮かべることが叶ったものだったのだが。
リングの修復が叶ったのなら、次はこの状況を作り出した者達と相対しなくてはならない。
それが誤解と情報操作の末に成り立つものであると、そうわかっているから。
この状況を真の意味で作り出した黒幕の正体を、知っているから。
生来の気質故に感情が表に出ることが難しく、また制御も常人より容易でなければ、レイはとうにその双眸から涙を零していただろう。
「まあ、可愛い
「その呼び方も止めなさい。では、そのバージョンアップとやらには何が必要なのですか?」
真剣な表情で、レイが尋ねる。
場はすっかり彼女のペースに飲まれており、周囲の誰もが二人の遣り取りを固唾を飲んで見つめていた。
レイのメインウェポンは剣であり、その扱いは達人の域に到達している。しかし彼女は同時に、術士としての才能も秘めているのだ。
そうである以上、己が最愛の家族を守る
彼がレイに叩き込んだのは、術士として生きていく上で必須となる技術。幻術は当然として、その効果を高めるための話術も必修科目だった。
その頭脳故、元から人心の掌握を得手としていた彼女がそんなものを身に付けている以上、本気を出したのなら異論なんぞ出ようはずもない。
因みに、スポンジが水でも吸い込むかのような習得具合を面白がられ、幾つか余計な技術や知識を教えられたこともまた事実である。が、情報量がその働きに直結すると言っても過言ではない彼女は特に気にしてはいない。
「器具一式は用意できるじゃろう。後は…ケモノのリングを持っておるようじゃの、それも見せてくれんか?」
「…沢田君、何を惚けているのですか。お呼びですよ」
「えっ、あ、うん!」
呆れたような、ある意味いつも通りのレイの声に我に返った綱吉が慌てて返事を返し、タルボにナッツを始めとするアニマルリングを手渡した。
「こやつが10代目のボンゴレか」
「ええ、私の友達です」
「レイの友、とな。あやつらには知らせたんじゃな?」
「勿論。私はバカどもと違って報連相も完璧ですので。バカどもと違って」
強調したいのか二回言ったレイを、タルボは微笑ましく見守る。彼にとっても彼女の言葉は一々懐かしく、昔を思い出させるものなのだから。
「成る程のう……こやつらの魂も必要じゃ。勿論、奴のアレも必須じゃがな」
この流れでの、“奴のアレ”。
嫌な予感がしたレイが制止するより早く、タルボがマントを広げてその内側の布袋から細長い何かを取り出した。
「ボンゴレ
予想通りと言えば予想通りな代物に、レイは重い溜息を吐く。
何がどうしてそうなったのか訊きたいのは山々だが、それは今すべきことではない。
「それで材料は揃ったんだな」
「だが、レイはどーするんだ?」
「あ、そう言えば!」
リボーンの指摘に、綱吉が声を上げる。
場を取り仕切られていたからすっかり忘れていたが、レイのリングは正確にはボンゴレリングではない。破損もないが能力の強化増幅も不可能に近いだろう。
水を向けられて、レイは眉を寄せた。
雪のボンゴレリングは、彼女にとって武器以上の価値があるもの。
もう会うことなど叶わない、愛しい人からの贈り物。
いつか、今とは違う指に嵌めて欲しいと、そう願っていた。
そんな未来は訪れないと、何より深く理解していたけれど。
それでも、望み続けた夢だった。
それでも、諦められない希望だった。
手放すなど、考えられなかった。
たった一つだけ、愛する人が遺してくれた愛の証明だから。
「…レイ」
本人
それに頷きを返し、レイが雪のボンゴレリングと、ティアのアニマルリングを差し出す。
───元々、叶うはずもないと知っていながら見た夢なのだ。
もう甘えたことは言っていられない。夢想に浸る余裕など有りはしない。
シモンを討つためではないが、レイには力が必要だった。
ただ、兄を斃すために。
守るために切り捨てることを厭わないのは、かつてアラウディと共にいた頃からのレイの在り方だ。
愛する人が、愛してくれたままに振舞う。
それが、愛することを知った人間としてのレイなりの矜恃だった。
そのためならば、この想いを胸の奥底に封じることとて選択肢に入るのはレイにとって当然ですらある。
「いいのかのう」
「君だからです。君でなければ絶対に頼みません。…できるだけ、今の形を損なわないようにお願いします」
「ああ。……強化ならアテはあるわい。まさか役立つとは思わなんだが」
レイの願いに応じたタルボが、マントの内側に下げた布袋の一つを見せつけるように長い爪で弄んだ。
平たい円形のフォルムに、それなりに重量がありそうなそれ。
該当するものを見つけ出せたはいいが信じられなかったレイが、恐る恐る尋ねる。
「あの、それは……まさかとは思いますが」
「そのまさかじゃよ」
即答されたレイの瞳が、大きく揺れた。
あまりにも予想外で、何故それがタルボの手元にあるのかわからなくて。
それ以上に嬉しくて哀しくて苦しくて、胸の中がぐちゃぐちゃになっていく。
明らかに動揺しているレイに複雑そうな視線を向ける少年に対し一度視線をやったタルボは、それに気付いた彼の頷きを了承と受け取り、そして口を開く。
「確率は五分と五分じゃ。どうするんじゃ、10代目よ」
「どうするって…そんな…」
問われた綱吉は、順繰りに仲間達を見た。
獄寺と了平は言葉にして、雲雀は沈黙を答えとし、レイも動揺が抜け切らない様子ではあるが確かに頷く。
守護者達の答えを聞き、しばしの間自身も思案したボンゴレ10代目は、力強く了承を告げた。
・雪
ミッション『誤解を解いてシモンを止めよう!(ただし適切な証言者は主犯の兄のみ)』に挑戦する羽目になってストレスが溜まっている。
尚、レイが怪我一つしていないのは、実は炎真が彼女を
・雲
書いていたら何故か勝手にシモンの攻撃を避けて無傷のまま襲撃を乗り切っていた。さすがは守護者最強。
プライドは無事だが今代シモンの言葉から黒幕が
尚、もしレイに危害が加えられていた場合には葛藤もシモンへの配慮も振り切って迎撃していた。一度ならず二度までも最愛を奪われるなど、あってはならないのだから。
・霧
シモンリングの覚醒は決定的になり、
まさか妹が自分への負の信頼ありきの作戦を立てているとは思いもしていない。
・彫金師
遅刻だけど来てみたらなんか見知った奴が二人も素知らぬ顔で紛れ込んでた件について。継承式じゃなくて同窓会の会場じゃったかの? この後もう一人来ていたことを知って遅刻を後悔する。