地面の底から何かを打つ音が響いて、消える間もなく新たな音が響く。
私が陣取っている廊下のすぐ側には、タルボ君が使っている地下室がある。そこから懐かしい音が響いてきているのだ。
ジッリョネロファミリーの協力もあり、コヨーテ・ヌガーは一命を取り留めた。
私が事情を説明した
未来の資料を元に、2代目大空のアルコバレーノ・アリア率いるジッリョネロファミリー本部に夜の炎で向かったのはちょうど一日前のこと。
イタリアに来ることができた理由は話せないとは言え、協力してくれる勝算自体はあったので、ボスであるドンナ・アリア自ら迎えてくれたことに驚愕はなかった。
彼女の胸から
全ての原因は、私がユニの代わりに大空のおしゃぶりに炎を注ぎ込み、そして一度は消滅したことにある。
ユニが消滅した時代の影響が現代にまで波及した時点で、アリアに残された選択肢はごく僅かだった。そしてそのどれもが、ユニやジッリョネロファミリーと共にいられるものではない。
何故なら彼女は“
しかしその“
未来の記憶がこちらの彼女らにもたらされた瞬間、私のものと思しき白い炎がおしゃぶりから吹き上がったのだと言う。
その後ユニにおしゃぶりを譲ったものの、消滅するということもなく。未来予知の能力こそ完全に失ったが、それ以外は何も影響なく今も過ごせているとのこと。
逃れられず、変えることもできないはずの
それでも、私が彼女の望んだ明日を掴む、その一助になったのは事実である。
故に、ドンナ・アリアは電話で連絡を取ったというカバーストーリーを用意の上で要請した、継承式での援護をジッリョネロのドンナとして受け入れてくれた。
…まさか、こんな形で返されることになるとは、その時は思っていなかったけれど。
「何やら考え込んどるのう、レイ」
「タルボ君…」
いつの間にやら
その行動が、当然だが昔のタルボ君そっくりで。思わず、本音が零れ落ちる。
「ギーグファミリーがやられた時…私、相手が未知の炎を使う可能性まで辿り着いてたのに、無意識にシモンを犯人候補から除外していました……!!」
本当に、なんて愚かだったんだろう。
ギーグファミリーの件の時点で気付けていれば、山本君の怪我も、継承式で起きたことも、全て防げたのに。
それは油断だ。
彼がこの時代に存在していると知りながら、表立って事を起こす可能性は低いと思っていた。
その判断は私の願望も込みじゃないか。
この手で
ガリ、と音が鳴る程奥歯を強く噛む。
「……それでも、お前は選んだんじゃろう」
「…はい」
「ならば、進め。過去を振り返ろうと何にもならん。前を向け、ボンゴレの雪」
厳しくて、でも優しい言葉をかけてきたタルボ君が差し出してきたものを、受け取る。
「これが、私の新しい武器、ですか」
「名は
まるでレースのように繊細に編まれた銀線細工の輪。その中心に据えられるのは、楕円のホワイトオパール。
それは、チョーカーと呼ばれる
存在自体は知っていたものの、まさか自分が着けることになるとは思ってもみなかったために少々戸惑ったが、促されるままに首の後ろに手を回す。
「サイズはどうじゃ?」
「ぴったりですよ、さすがはタルボ君」
首に密着しているから、呼吸の度に圧迫感を感じる。
少し触ると、金属同士が触れ合う音が鳴った。ぐるりと一周しながら幾重にも弧を描き垂れ下がる、細い三本の鎖が触れ合う音だ。
その音に彼が使っていた
あれはきっと、私への形見として遺された物。それを、まさか日常的に身に付けることになるなんて。
一度頭を振って感傷的な想いを心の隅に追いやり、私がいる場所からは死角になっている廊下の曲がり角に声を掛ける。
「ジェラルド君、出てきなさい」
「す、済みません!! 聞くつもりはなかったんです…!!」
何やら平たくて大きな箱を抱えたジェラルド君が、顔を青くして出て来た。そのまま微妙な顔をして、私の方へとやって来る。
「そう言えば、話したいことがあると言っていましたね」
目線で促すと、しどろもどろになりながらも話してくれた。
未来の記憶が伝えられてすぐ実家に帰り、倉庫を探したところ私の名が署名された手紙が見つかったこと。
それで私が正真正銘初代雪の守護者だと理解したはいいものの、今度は父君にその手紙を見られ、見つけた経緯を説明せざるを得なくなったこと。
そして、先祖の恩人でもある
「詫びの品を持っていくように言い付けられた、と」
「そうなります……。ご存知かもしれませんが、我が家のシマは服飾で栄えていまして、なので衣服を持ってきた次第です…」
包装を解き、箱を開けると、白いシャツワンピースが姿を現した。ウエストに切り替えがあり、フリルは袖口にあしらわれただけの、シンプルなデザインだ。
その下に収まっていたオフショルダーのトレンチワンピースは、ペチコートを兼ねるシャツワンピースと重ねて着るのだろう。長袖のかっちりとしたデザインで、紺の生地に銀のダブルボタンが映えている。動き易いようにとの配慮か、全円のスカートの前部に二つ、大きくスリットが入っているのが有り難い。
「…本当にもらってしまっていいのですか? もしかしなくてもオーダーメイドとか、そういうのでしょう」
「はい、是非!!
「わかりました。この後の戦いに
微笑んで言えば、ジェラルド君は目を見開いて、赤べこのようにコクコクと首を上下に振る。
私にとっての正装が、戦装束であると同時に死装束と喪服の意味も持つと知るタルボ君は微妙な顔をしていたが、唇に人差し指を添えて黙っているように合図すると呆れたように肩を竦めた。
ジェラルド君とはそこで一旦別れ、タルボ君を手伝って
「あの、既にリングの原型を留めていないのですが…」
「ふぉっふぉっ、
「……正直、有り難い。あのリングはどうしても、みんなと結びついています」
顔を俯けてそう言った私にタルボ君は何か言いたげだったが、タイミングよく沢田君達が待っている部屋の前に到着した。
先に隣の部屋の雲雀君のところへ向かったタルボ君の代わりに、
すると、何やら獄寺君と笹川君が盛り上がっていた。
「…何をしているのですか」
「あっ、レイちゃん!」
「そのチョーカーが、リングを
「ご明察です、リボーン君。とは言っても、私のものはボンゴレリングではありませんから一工程が省かれているのですが」
リングの今の状態を知らない沢田君達が揃って首を傾げたのに笑みを零して、それよりも、と言葉を続ける。
「古里君達に対してどうするのかは決まりましたか? それによって私の対応も変わってきますが」
「安心しろ、覚悟はもう決まってるぞ」
ニッと笑ったリボーン君に、私も不敵に微笑み返す。
私にはできない、こういった場面での後押しをしてくれる彼の存在は有り難い。六道君との戦いの折に言っていた、沢田君だけを育てている訳ではないという旨の発言は、虚言ではないのだから。
「オレやっぱり、
「そうですか」
リボーン君に続いてそう言った沢田君のまっすぐな眼差しに、目を細めた。
そう言えば君は、古里君達と相対した時もそんなことを言っていましたね。
ジョット君の意思を推し量るのは
「では、ボンゴレ
「いいや。本部の資料室を当たらせているが、結果は捗々しくないようじゃ」
当然と言えば当然だろう。彼はこの世界の誰よりもボンゴレを知っている。
私も百五十年のブランクがある以上、彼には及ばない。“罪”のことがいい例だ。
だからこそ、文献の破棄もまた的確だろう。
きっと
それはこの世界では有り得ないもしもに過ぎない。
この膠着した状況を打破できるのは私だけだ。
これが、私だけが果たせる、役目。
本当に些細で、けれど無くてはならないもの。
思えば、こんな状況は百五十年前にも幾度かあった。
今尚鮮明に思い出せる。
あの窮地も、あの逆境も、私は打ち破ってきた。
当然のように。
望まれるままに。
遠くから響く声に、操られるように。
それこそ、【私】が生まれた意味。
これが、最後の一つ。
「…日記」
「ん?」
「
手詰まりの段階にある
たったそれだけで無意識領域に巣食っていた【命題】が、役割を果たしたものの
私の言葉に目を見張った
これだけ。時間にして一分にも満たない。
長く続く道に転がっていた、小さな石を路肩に避けるようなもの。
この些細な行動がもたらす影響が絶大であるとは、理解している。
けれど、それでも、思わずにはいられない。
(これだけのために、私は───)
これだけのために、【私】は生み出され。
これだけのために、『私』は愛するものを失ったのか。
一度目を伏せ、そして意識を切り替える。
そう言えば、ジョット君のことを
私は、彼をそう呼ぶのを好まないから。
無論TPOならアラウディ君なんかより余程弁えていた自信があるから、守護者となるに際しての宣誓式を始めとして、畏まった場ではそう呼んでいたけれど。
───ボンゴレが永く続き、彼が本当の意味でそう呼ばれるようになる未来に於いて、ボンゴレがどんな変化を遂げているのか。
それがわかっていて、立場よりも彼個人の意志を尊重したかったから、私はジョット君のことをそう呼ばなかった。
彼はきっと、こんな風に考えていたなんて知らないだろうけど。
雲雀君への
リボーン君の言葉に応えるように大きくなった炎が収束、そして彼らの能力に最も適した形態に変化した
笹川君のはバングル、獄寺君のはバックル。沢田君のはリングではあるが、デザインが
この分だと、他もかなり変化がありそうだ。
あのリングを彼ら以外の誰かが身に着けているのを、これ以上見ずに済む。
心の何処かがそう安堵していることに、苦く笑った。
・武器を受け取った
リングを
同時に恋心も封じるつもりだったのだが、想い人が用意周到過ぎてすぐ捕まった。それ程までに思われていることが嬉しくて、そしてその想いに何も返せなかった己が嫌で。
・武器を作った
雪の
・お詫びを送った
そもそも『サルトーリ』という姓は仕立屋の意であり、シマにその手の店が多いだけでなく、彼の実家も服飾店とマフィアの二足の草鞋を履いている。ジェラルド自身も一通りの縫製技術を修めており、ヴァリアーで至急隊服を繕わなければならない状況に(主に
子供の頃から身近で郷土の誇りでもある“衣服”を粗品とするのは彼にとって当然の判断だったが、そのために鬼神と恐れられた男に目をつけられることになるとはまだ知らない。
・雪の
ボンゴレリングと呼ばれていたリングの強化形態であることには違いないので実質
ボンゴレ