参謀殿は子供扱いがお嫌い。   作:鏡鈴抄

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標的80 懊悩と決断

 ───紫炎が燃え上がる。

 

 肌を炙る熱は一瞬で収束し、そして左手首にブレスレットを残した。

 

 

 そして同時に───そこに宿るものと、接続したような感覚。

 

 アラウディの思念体。言い換えれば、魂の欠片。

 彼と同一の魂を持つ雲雀恭弥にとっても、それは魂の一片と言ってよかった。

 

 その関係性は、言ってしまえば本体と分体。

 本体に想定外の変化が起きたために切れた繋がりが、今戻ったのだ。

 

 

Ver.(バージョン)アップが成功したというのに、微妙な顔をしとるのお?」

「…君なら原因もわかるんじゃないのかい、タルボ」

 

 

 眉を寄せて問いを投げる先は、古い知己。

 すっかり皺だらけになって、随分と小さくもなった彼は、一度笑うと口を開く。

 

 

「今のお前に合わせて変化させたんじゃ、繋がりも戻るし今のお前の情報も共有されるじゃろうて」

 

 

 その言葉は納得できるものだったが、雲雀にとっては受け入れ難かった。

 

 雲のVG(ボンゴレギア)に宿る思念体にとっての“記憶”は、雲雀が()()()()()もののみ。

 純粋に、とある少女が兄のように慕い、そして彼女に甘やかな想いを抱く青年の、一欠片なのだ。

 

 それを認識する度、揺らぐものがある。

 

 

 今の状況はあのいけ好かない男が描いた絵図で、恐らくそれは彼女も察してしまっていて。

 当時の状況を知る己が支えるべきと、わかってはいるけれど。

 

 百五十年前の記憶は他ならぬ自分のものであり、思い出しただけなのだと認めてはいるが。

 それと矛盾するとわかっていても、譲れない一点だった。

 

 

 この身を焦がす想いが、ただ一人だけに向ける恋情が、己以外の誰かに由来するものだなどと。

 

 雲雀恭弥は、断じて認められないのだ。

 

 

 苦虫を噛み潰したような顔をする懐かしい知己に、タルボはまた笑った。

 しかしそれを一瞬で吹き消し、口を開く。

 

 

「シモンは“偽り”を理由にボンゴレに攻撃を仕掛けたそうじゃな」

「ああ」

「ならば“まこと”を教えてやればよいのではないか?」

 

 

 タルボはジョットが去ったのちもボンゴレに仕え続けることを選んだ身として、知っていた。

 シモンとの関わりの表向きの顛末も───その裏に隠された真実も。

 

 

「言ったところで信じると思うかい? 相手はあのD(デイモン)だよ」

 

 

 雲雀はそう言ってタルボの甘い想定を否定した。

 

 ボンゴレI世(プリーモ)ファミリーにおいて、作戦参謀と雪の守護者を兼任するレイと並んで人心掌握に長けた男。それが霧の守護者D(デイモン)・スペードだ。

 その毒牙に掛かっているシモンの目を醒ますのは容易ではないだろう。

 

 

「何かしらの傍証があれば可能だったかも知れないけど…レイと違って、僕は“僕”だという証拠すら持っていないしね」

 

 

 レイは失踪時に身に付けていた物を持っているだろう。その中にはボンゴレの紋章を刻んだ懐中時計も含まれる。

 しかし彼女はシモン=コザァートが陥れられた時、既に姿を消していた。どういう形で始末がつけられたのか悟ってはいるだろうが、証言者としては不適当だ。

 

 恐らく、だからこそ彼女は継承式の場で事態に決着をつけることを諦めたのだろう。自らの説得は無意味なものでしかないと断じたのだ。

 

 

 そして雲雀恭弥は自らがアラウディとして生きていた証明ができない。少なくとも物証と呼べる物を用意することは不可能だ。

 アラウディの遺品は予め作成していた遺言状に則って処理されているか、門外顧問機関(CEDEF)辺りで保管されているかだろう。雪のボンゴレリングが保管されていたことから考えるに、後者の可能性が高そうだ。

 

 実のところ、頼みの綱は唯一の生き証人であるタルボだったのだ。しかし彼でさえ、I世(プリーモ)の頃から仕えているという事実は噂にまで貶められてしまっている。

 

 

「誤解を解く心当たりがない訳じゃない。ただ、“それ”には争いが不可欠なんだ」

「…成る程、そのためにこの状況を利用しようと言うのじゃな」

 

 

 タルボは悟った。

 この男は、ファミリーの危機に誰よりもファミリーを案じて動いていた頃から、何も変わっていないのだと。

 

 それなら、大丈夫だ。

 シモンのことだけでなく、レイのことも。

 

 悩もうと、立ち止まろうと、きっとこの男は可愛い妹の───否、最愛の女の手を離すことだけはないだろうから。

 

 

「何を悩んどるかは知らんが、雪のVG(ボンゴレギア)はレイによく似合っとったぞ。次に会ったら褒めてやれ。───きっと喜ぶじゃろうからの」

 

 

 そう言ったタルボが、部屋から出て行くのを見送って。

 

 

「……当然じゃないか、そんなの」

 

 

 一人になった部屋の中、雲雀は呟く。

 

 

 あの指輪は、彼女に似合うから選んだのだ。

 形が変わろうが、きっと似合うだろう。

 

 そう言えないのが、酷く嫌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「甘っちょろいこと言ってんじゃねえぞぉ!! こいつはマフィア間の大戦争だぁ!!!」

「違う!! 待ってるのは友達なんだ!!」

 

 

 あの沢田君がスクアーロ君相手に一歩も引かず、言い返している。

 幻覚でも見せられているんじゃないかとすら思う。

 

 だが幻術を見破ることだけは得意な私でも、違和感は見つけられない。つまりこれは現実だ。

 

 

 言うようになりましたね、というのが一番の感想だ。

 

 いや、前からここぞという時には一歩も引かないタイプではあったけど。

 それでも、(ハイパー)死ぬ気モードにもならずにここまで己の我を通そうとするとは。

 

 そしてその姿に、微妙にデジャビュを感じないでもない。

 落ち着けレイ・オルテンシア、ジョット君の我儘の数々を思い出すのは止めろ。無茶振りに対応するために徹夜した日数を数えるのも止めろ。色んな意味で虚しいだけだ。

 

 

「静かにし給え!!」

 

 

 IX世(ノーノ)が一喝し、場が静まり返る。

 

 

「継承式が中断された以上、ボンゴレの全指揮権は未だ9代目のわしにある。皆、わしの命令に従ってもらうぞ!!」

「ハッ」

 

 

 その言葉はただの事実、私としても方針を示してくれるのは有り難いので静観する。

 

 

「シモンファミリー討伐は、ボンゴレX世(デーチモ)とその守護者に一任する」

「なっ!!」

「クソジジィ!!」

「しゃっ」

 

 

 やはり、IX世(ノーノ)の守護者はマフィア思考か。ボスであるIX世(ノーノ)がストッパーになり、それでバランスが取れているのだろう。

 

 それと獄寺君、周りほぼ全員君達の主張に否定的なんだから、声を上げて喜ぶのはやめましょう。右腕を目指しているのなら感情を表に出さず、冷静に振る舞うことも覚えなさい。そんな有り様ではG(ジー)君のようにはなれないですよ。

 

 

「ただし、リボーンも同行すること」

 

 

 追加で下された命令に驚く沢田君達を横目に、IX世(ノーノ)の采配に安堵の息を吐いた。

 

 まあ、このくらいの安全策は講じるだろう。

 禁じられているのは戦闘行為のみで、言葉による説得や助言は可能。とどのつまり、いつもの彼らの関係性とそう変わらない。

 

 そう思いながら、さりげなく背後の窓へ視線を向ける。

 なびく黒い袖、そして『風紀』の文字が縫い取られた腕章が見えれば、窓の外で盗み聞きしていたのが誰かなんて明らかだ。

 

 

 今後の方針やら何やらの情報を雲雀君がしっかり聞いて行ったのを確認して、私もひらりと片手を上げる。

 

 

「それでは、私とはここでお別れですね。死なない程度に励みなさい」

 

 

 そう言い切ると、出発準備のために散ろうとしていた場は騒然とした。

 

 

「レイ、てめえも一応は守護者だろ!! 同行しやがれ!!」

「私が行くと、君達の生存率が著しく下がるとしても?」

「はあ!?」

「極限にどういうことだ!!」

 

 

 沢田君達、いやこの場の全員が驚いているが、これはただの事実だ。

 

 

 私は彼のことを知っている。そして彼もまた、私のことを知っている。

 

 今の私が表向きと言えど、沢田君の雪の守護者であること。

 かつての私がジョット君を心から慕い、彼の理想を現実のものとするために動いていたこと。

 

 そして───我が王の意志を穢すのであれば、誰であれ敵対の対象となることを。

 

 

 ならばもう、わかっているだろう。

 私達が再会した後に起こるのは離れていた間を埋める語らいなどではなく、互いの刃を交わす命のやり取りだと。

 

 互いに手の内を知っているからこそ、妨害は苛烈なものになるだろう。

 そうなるくらいなら、初めから同行しない方が得策だ。

 

 

「ある程度からなら問題はないでしょうから、それまでの待機、と言い換えてもいいでしょう。幸か不幸か、やれること、やるべきことは山積みです。それの処理でもしていますよ」

 

 

 主にIX世(ノーノ)との交渉と、山本君の怪我の治療だ。

 この騒動が終わった後のシモンのことも考え、諸々の根回しもするべきだろう。

 

 

「…ツナ達の生存率が下がる理由は、お前がシモンが襲撃者だとわかって、それを伏せていたことに関係するんだな?」

「何だと!?」

 

 

 IX世(ノーノ)の守護者達からの殺気や猜疑の視線が少々痛いが、リボーン君の黒々とした瞳から目を逸らさず、口角を上げて笑顔を作る。

 彼としても、沢田君達に同行する以上情報が欲しいのだろう。それが、どんなに些細なことであったとしても。

 

 

「その通りです」

「知っていたのなら何故黙っていたんだ!!」

「えっあっ、あのっ!! オレが、それでいいって言ったんです!! レイちゃんは、何も…!!」

 

 

 リボーン君の言葉を肯定すると、IX世(ノーノ)の雷のガナッシュ・III(サード)が怒鳴り付けてきた。生憎とこれっぽっちも怖くはないが。

 

 怖がられたいならキレたG(ジー)君やD(デイモン)君、アラウディ君を見習いなさい。

 我が家の雷のランポウ君が一瞬で涙目になるレベルだから。追い掛けられてるのに平気な顔で逃亡するジョット君が一周回って凄いと思えるレベルだから。

 

 しかし沢田君にとっては相当に怖かったらしく、青褪めながら私を庇おうとしている。…全く。

 手で沢田君を制し、テーブル越しにガナッシュ・III(サード)と向かい合う。

 

 

「これが最善の道だった。それだけの話です」

「この状況が最善だと!? 冗談も程々にしろ!!」

「───それでは君は、マフィアと何の関係もない無辜の人々の犠牲を容認することを選んだ、ということでいいですね?」

 

 

 わかり切ったことを口にすると、彼は明らかに動揺した。予想外の言葉だったのだと、その様子を見ればすぐにわかる。これだから想定の甘い輩は。

 

 

「私がシモンが襲撃者だと気付き、また最後に接触したのは並盛中央病院です。ただし先程とは異なりシモンは古里君と加藤君がおらず、こちらは雲雀君がいない代わりにランボ君がいた。シモンリングが覚醒していないために戦力的には互角だったかもしれませんが、その均衡も古里君が来れば崩れるし、幼いランボ君を庇いながらの戦闘は分が悪い」

 

 

 それ以前に、あの場でシモンが犯人だと告げて、沢田君達が受け止め切れたかどうか。

 山本君のこともあり精神的に不安定になっていたところに、追加で爆弾を放り込むようなものなのだ。

 

 一番の不安要素はランボ君。幼いからすぐに事情を飲み込めるとは思えないし、大山君に懐いていた分受け入れようとはしないだろう。他の面々も多かれ少なかれ動揺はする。

 そこを突かれる訳にはいかなかった。

 

 継承式で戦えたのは、一晩が経って状況が落ち着き、彼ら自身もある程度の余裕を取り戻したからこそ。

 

 

「また、並盛中央病院の病床数は100床越え。無論満床ではないでしょうが、それでも相当数の患者が入院しており、医療従事者もいる。そんな場所で先程のように派手に戦おうものなら、どれだけの人々を巻き込むか」

 

 

 実のところ、直接戦闘に巻き込んで負傷者が出るなら、まだマシなのだ。

 

 私達がいた待合室の近くには、送電設備があった。

 もし、戦闘の余波でそれを破壊してしまったら?

 

 あの時山本君は手術中、入院患者にも人工呼吸器を始めとした機器で命を繋いでいる者はいるだろう。

 その全てを、取り零す事態になっていたかもしれなかったのだ。

 

 

「シモンの面々は住宅街ど真ん中の民宿に滞在していましたし、数時間しか猶予がない状況では避難もままならず、周辺住民を巻き込む恐れがあることから、強襲も却下。同様に時間がなく、来賓の動きから罠と悟られる可能性も高いため、継承式会場に彼らだけを誘い出すという作戦も取れない。

 

───もう一度言いましょう。これが、最善です」

 

 

 再び断言する。

 

 反論の声は上がらない。

 しかし代わりに、椅子に座ったままだったIX世(ノーノ)が立ち上がり、食い入るように私のことを見つめている。

 

 それに気付いた素振りは見せず、話すべきことは話した、という風にテーブルから距離を取り、沢田君達の後方に控えつつ静かに息を吐いた。

 

 これでIX世(ノーノ)も私の正体を察しただろう。

 しかし、彼が同じく超直感を持ち、どちらの私(Ray.O.E.と松崎玲)についても情報を握っている沢田君より早く気付くことになるとは。沢田君が想像以上に抜けているのか、いやそれとも。

 

 

(私との関係を壊したくないあまりに、沢田君が無意識に超直感を無視している…のでしょうか)

 

 

 そうであるのなら、と考えて緩みかけた頬を意図的に引き締める。

 

 今私の正体を(婉曲にではあるが)バラしたのは、状況的にメリットの方が多くなったからだ。

 ジョット君達といられた頃に積み上げた実績があれば交渉も容易な上、以前考えていたリスクもリターンで相殺できる。

 

 何より、潮時だ。

 彼らに隠し事をする理由も、もうないのだから。




・選択した雪

 人の何十倍も考えた末に、(はた)から見たらとんでもない決断をする女。これは情とかそういうの一切合財無視して、ただ最善を選ぶことのみを己に課しているため。しかし過程が謎過ぎる判断を下すこともままある上、理由を話すと予測通りにいかなくなる可能性も理解しているので話すことはほぼなく、彼女のことを信頼している人間以外には反発されることもしばしば。
 適切な証言者が主犯(且つ騙された)D(デイモン)以外存在しないため、本来不要な遠回りをせざるを得ない。彼女が名乗り出ればシモンが事態の解決に協力する可能性もなくはなかったが、不確実だと切り捨ててしまった。


・裏で動く彫金師

 前話で一時フェードアウトした隙に色々やってた。レイに悟られずに接触可能な機会はこれくらいしかなかったのだが、その機会を逃さなかった有能さ。
 婚約でも結婚でも指輪ならわしに任せるんじゃぞ。昔馴染みのよしみで最優先で仕上げてやるからの(サムズアップ)。


・まだ悩む雲

 実はVG(ボンゴレギア)Ver.(バージョン)X(イクス)ではなく、最愛と同様Xの形をした銀板もない。
 レイ以上に当時のことを知るからこそ、シモンの誤解を解くためにも戦いを止められなくなった。
 自分のものだと認めてはいるのだが、レイに恋をしていると自覚した結果、今度はそれが足を引っ張っている。逆に言うとその一点さえどうにかなれば、完全に受け入れられる。
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