はつかねずみがやってきた。
おはなしは、おしまい。
食堂の隅のソファに座り、今日ばかりは羽目を外している仲間達の様子を冷えた目で眺めるアラウディ君の膝の上に、私は体のダルさや眠気と戦いながらお人形のようにちんまりと座っていた。
会話をしながら飲み食いするみんなのテンションは異様な程に高い。
当面の目標だった、名ばかりの警察組織の打倒が達成出来たからだ。
彼らは警察というよりも街に巣食う病巣だった。
彼らがしていた悪事は麻薬密売から人身売買まで多岐に及んだ。当然、ボンゴレは被害を広める訳にはいかないから彼らを裁くことになる。
ジョット君達は、そのことを私には知らせなかった。
まだ幼い私に、ボンゴレが正義のために積み上げる業を背負わせる気はなかったから。
だが、ナックル君とランポウ君の集会場所を間違える、という初歩的且つ致命的なミスによりそのことを知った私は、集合していた彼らの所に即座に乗り込んだ。
舐めないで戴きたいものです。私だって、その程度理解している。
ボンゴレの創った業を背負う覚悟くらい、とうの昔にできています。
仲間外れの悲しさやら頼られなかった悔しさやらで感情が高ぶって、最後の方は泣きじゃくりながら私はそう言った。
涙で霞んだ瞳でどうにか目にした、幾度本部を抜け出してこっぴどく叱られても反省する気配のないジョット君の後悔の表情は、きっと一生忘れないだろう。
そこからは大変だった。
ひたすらに謝るジョット君を宥めて敵の情報の中でも信憑性のあるものだけを洗い出し、突入及び幹部の捕縛作戦を練ったのだ。幹部連中が一箇所に集まる
しかし作戦が粗方決まったところで、未来予知と思われる謎の映像が視界を過ぎった。“視”えたのは立てていた作戦の失敗。
サルトーリの件があるから映像を信じぬ訳にも行かず、結果サポートする予定だった私が先んじて単騎で突入、幹部陣の制圧を終えたところでジョット君達が突入する、という私に負担が掛かり過ぎな作戦となってしまった。
ジョット君は無理するなとか言っていたが、それが最善策である以上仕方がないと押し切った。だって作戦の成功まで“視”えたんですよ、作戦変えたらまた失敗になるかもしれない。
“視”えた後はなんだか疲れているし、これを何度も繰り返すというのは無理だ、体が持たないだろう。
そしてジョット君の勘が当たったのか、私は作戦成功を知らされると同時に熱を出し、倒れてしまった。
体調不良の原因は恐らく、未来予知の映像を受信したことによる負荷。
幸いなことにそれ程高い訳でもなく、時間の経過と共に下がっていっているので、こうして打倒記念の酒盛り(パーティーよりもそっちの方が絶対に合っている)にも参加している。
まあ食べれるものと言ったら雨月君が作ってくれたお粥だけだが。まさか初の白米がお粥になるとは…美味しかったから別にいいですけど。
雨月君特製のお粥も食べ終わり、例によって子供扱いなアラウディ君の膝の上で大人しく頭を撫でられていると、いつの間にやらみんな寝入ってしまっていた。
ちょっと、幾らなんでも床で寝ないでください。そして空の酒瓶がテーブルの上に大量にあるのですが…二日酔いになってもしっかり仕事はしてもらいますからね。
「もうお開きみたいだし、送ってくよ」
いや、これはお開きじゃなく、みんなが酔い潰れただけだと思うのですが。君は何故平気な顔をしている。君だって結構な量呑んでいたでしょうに。
そう言いたいのは山々だが、アラウディ君に言っても流されるのがオチだし、眠気も酷いので諦めよう。
アラウディ君に抱えられて本部を出ると、頬を撫でた冷たい風に身を震わせることになった。アラウディ君の手が押さえてくるのに逆らわず、彼の肩に頭を預ける。
「…君、本当に軽いよね。今何歳?」
「先月君も12歳の誕生日おめでとうと言っていたはずですが?」
そう、今の私は12歳と1ヶ月。気付けば作戦参謀になってから5年以上の月日が経っていた。
因みに彼のプレゼントは最初に贈ってくれたのと同じような手袋だった。曰く『キツくなってるでしょ』だそう。5年続けて唯一マトモなプレゼントだ。
思い出すと少し嬉しくなって、顔を上げてアラウディ君を見上げた。いつだか見つけた指輪の石と同じアイスブルーの瞳は何処か悲しげで、首を傾げる。
「何かありましたか、アラウディ君」
「別に」
ふい、と顔が逸らされる。
この反応は図星を指された時のそれだ。守護者最強である彼は、変なところで子供っぽい。
「明けない夜はないんですよ、アラウディ君」
不思議そうに歩みを止めたアラウディ君の顔を見つめたまま、続ける。
「祖父が言ってました。どんなに悲しいことがあっても、いつか報われる日が来る。沈んだ日がまた昇り、夜が明けるように、と」
「…そう」
歩みが再開する。心做しか機嫌がよくなったアラウディ君の腕の中で、私も小さく笑った。大切な人が、
そういえば、祖父は何処の人だったんだろうか。
私の名前の発音からイギリス人なのかと思ったが、イギリスは旅の途中で寄っただけだと生前言っていた。他にも
イタリア語だけじゃなくフランス語や英語、果てにはドイツ語やらポルトガル語など…
因みに私はそれプラス日本語も話せる。読み書きも含めて雨月君に習ったんだ。
ああ、それにしても今日という日はなんて喜ばしいんだろう。
ボンゴレの敵がまた一つ減った。平穏に、みんなが戦わずともいい日に、また一歩近づいた。
個性が暴発していようと、無茶振りが多かろうと、彼らは私の大好きなファミリーだ。
大好きなものが、当然のように奪われる。そんなの、悪夢の中だけで十分だ。
眠いからか、思考はふわふわとあっちへ行ったりこっちへ行ったり。私らしくもないが、アラウディ君だっているんだ、少しくらい気を抜いたって許されるだろう。
レイ、と揺すられるから何だと薄目を明けると、どうやら家に着いたらしい。ポケットの中に懐中時計と一緒に入っている鍵を取り出し、アラウディ君に開けてもらう。
「寝かせるとこ、ソファでもいい?」
コクリと頷く。さすがに寝室にまで入って欲しくはない。
ソファに運ばれて、目を閉じる。
そのまま、意識は闇に沈んだ。
───誰かが、私の名を呼んだ。
答えなくては、と目を開けた私は、ヒュッと喉を鳴らした。
何かもよくわからない黒い渦が、今にも私を飲み込まんとしていたのだ。
一度見たことのある大地の炎が創り上げたブラックホールに似たそれに吸い込まれないよう片手でソファを掴み、もう片方の手をサイドテーブルに伸ばす。
アレが何かは、わからない。だが、きっとよくないモノだ。せめて、せめて…。
必死で、
指先が冷たい金属に触れたのを感じた瞬間、上も下もわからぬ宙に体が放り出され…再び、意識が闇に呑まれた。
◇◆◇
眠い。
硬い。
…冷たい。
七色の星が、瞬く。
◆◇◆
冷たく感じる程に白い天井。
ツンと鼻に付く、アルコールの匂い。
目が醒めて、一番初めに認識したのはそれだった。
石畳ではない道を走るカラフルな鉄の塊。
その脇を早足に進む、ラフな格好をした黒や焦げ茶の髪の人々。
起き上がって、窓の外に見たのはそれらだった。
それらから導き出される結論は、幾ら考えても、変わることがなかった。
・雪花
───え?
・浮雲
翌朝様子を見に行って、一番に状況を知った。
首に絡んで窒息するかも、とネックレスを外したことを、後悔している。