その日はクラス分け試験が行われる当日だった。
木綿季はこの日に向けて準備をしていた。この試験で悪い点を取れば、即座にFクラス行きとなってしまう。劣悪な環境下で一年を過ごすのはまっぴら御免だった。
そう気合入れて今日というこの日を臨んでいたのだが、
(このタイミングで?)
昨晩遅くまで勉強をしていたツケが回ってきたのだろう。
視界がブレる。意識が遠くなっていく。
(どうして、こうなったんだろ)
木綿季は自問した。
(今日は振り分け試験の日なのに)
全身から力が抜ける。木綿季はついに立っている事も儘ならなくなった。
「あっぶねえ」
倒れそうになった瞬間、誰かが自分の身体を受け止めた。木綿季は顔を上げた。
見覚えのある顔だった。同じ学年の男子生徒で、問題ばかり起こすことで有名な三バカの一人だ。
彼は嘆息して、木綿季の顔を覗き込んだ。
「しっかりしろよ」
ペチペチ、頬を叩かれる。木綿季は頷いた。
「大丈夫みたいだが、さてどうすっか……。秀吉の奴を先に行かせなけりゃあよかったな」
暫く思案顔をすると、よしっ、と何か決めた様に頷いた。
彼は木綿季に向けて、皮肉っぽさの残る顔に、不安にさせまいと出来る限り穏やかな表情をして木綿季に告げた。
「ほら、おぶってやるから俺の背中に乗れよ。保健室に連れて行ってやる」
男の言葉に木綿季は驚いた。
「だ。大丈夫だから。学校ももうすぐだしそこまでぐらいなら自分で歩ける」
羞恥心と警戒心から彼の申し出を断る。
すると彼は嘆息した。
「そういうセリフはもう少し平気そうな顔で言えよ。そんな顔色で言われても説得力が皆無なんだよ」
今のお前の顔、鏡で見せてやりたいぜ。そう言って彼は早く背中に乗るように促した。
木綿季は観念してその背中に乗った。彼は木綿季が落ちてしまわない様にゆっくりと立ち上がった。
決して大きくない背中だが、木綿季は不思議と安心感を覚えた。
「少し我慢してろよな」
彼は学校の方へ歩き出した。
若干急ぎ足だが、おぶっている木綿季に負荷がかからないような速度だった。
「なんでこんな事してくれるの?」
不意に気になって木綿季は聞いた。
彼は横顔で答えた。
「別に理由なんて無えよ。強いて言うなら、俺の知っている奴にこれまたバカで不器用で甘っちょろくてそんでもってバカなのがいるんだが、あいつなら絶対に放って置かなかったと思ったからかな」
どうしてバカを連呼して強調したのかは知らないが、とにかく似た様な友達がいて、その子と同じようにしたという事なのだろう。
よく分からない変な奴。だけど悪くないと思う。
木綿季は心の中にそう呟き、彼の背中に顔を埋めた。
——これがシンとのファーストコンタクトだった。
「——というわけなんだ」
姫路と島田から俺との関係を問い質された紺野は、その時の事を振り返りながら彼女たちに話した。
俺も紺野の話を聞きながらその時の事を思い出していた。
あの時、秀吉と登校している途中で青い顔で歩いている紺野を見つけた。
俺は秀吉を先に行かせて、ふらついた足取りで歩いている紺野に近づいた。俺が声を掛けようとしたその時、紺野の身体が倒れそうになったので俺は咄嗟に彼女の身体を支えた。
血の気のない顔をしていたので半ば焦った俺は彼女を無理矢理おぶって保健室まで向かったのだ。
『てめえ! 俺たちがテストをしている間そんなラブコメみたいな事をしていやがったのか!!』
紺野の話を聞いていたFクラス連中がブチ切れてまた一斉に襲い掛かってきた。
先陣を切って来たのは明久だった。
「テスト中ずっと寝てたって聞いてたけど、紺野さんとのことは聞いていなかったよシン!」
そういや明久にも言ってなかったな。説明が面倒だったんで寝てたとしか言わなかったのを思い出す。俺は事も無さげに言った。
「別にいうほどの事でも無かろうに。それにあいつも言ったように特になにもなかったんだから別にいいじゃねえか」
それにテスト中寝ていたのも嘘ではない。もう行っても無駄だろうと思い、面倒になったのでそのまま寝ていたのだから。
明久の手刀を躱してカウンターを叩き込む。だが、明久が戦闘不能になっても嫉妬に狂ったFクラス男子の勢いは止まらない。
『良かねえよこんちくしょうが! 女っ気のない俺らに喧嘩売ってんのかコラァ!!』
どこから持ち出してきたのかスコップや金属バットを構えてくる。
この状態のこいつらを相手取るのも厄介だな。
向かってくるFクラス男子の中に須川の顔を見た俺は、ある手を思いついた。
「でも須川は誰だったか忘れたけど女生徒に告白されて振ったとか言ってなかったっけ」
「須川を殺せえええええええええええ!!!」
あれ? 逆だっけ。須川が告白して玉砕したんだっけ。まあ、どっちでもいいや。連中の意識が須川の方に向いたので俺は自分の席に戻る。
いつの間にか仲良くなっている女性陣(+秀吉)。どうやら気が合ったようだ。
捕まった須川が磔にされる光景が広がる中、あのバカ騒ぎに参加していなかった雄二が話しかけてくる。
「災難だな」
Fクラス男子が須川を袋叩きにしている中、一人加わっていなかった雄二がやって来る。
「別にどうって事ねえよ。それよか、お前明久から聞いたのか」
「試召戦争の事か、聞いたよ。まあ、俺の方もやる気ではあったしAクラスを倒す秘策もあったんでな。乗らせてもらう事にした」
「雄二がそこまで言うなんて珍しいな。それじゃあ期待させてもらうとするか」
「偉そうに言ってないでお前も働けよな。ところで、」
雄二が未だに騒いでいる連中の方を見る。
「俺から試召戦争について話したいんだが、これはいつになったら終わるんだ」
俺は頬杖をついて他人事の様に言った。
「須川の処刑が終わるのを待てばいいんじゃねえの」
それか担任が戻るまでか。俺はそんな事を考えながら須川が血祭りにあげられる様を眺めていた。
担任が戻った事でようやくバカ騒ぎも収まり、再び自己紹介が始まった。
紺野や他の連中の自己紹介も終わり、遂にクラスの代表である雄二の番となった。手短に自己紹介を終えた雄二は、一つ提案があると言い、Fクラス全体を見渡して断固とした声で告げた。
「俺たちはこれからAクラスに『試験召喚戦争』を仕掛けようと思う」
誰もが驚きを隠せないといった具合にざわつき始める。
しかし、Aクラスとは大きく出たなと思う。
文月学園では独自の教育システムが導入されている。
それが、オカルトと科学と偶然によって生まれた『試験召喚システム』である。このシステムによって呼び出される己の分身ともいえる『召喚獣』を用いた戦争が『試験召喚戦争』である。
また、召喚獣はテストの点数がそのまま戦闘力に繋がるので、成績上位者が集うAクラスの召喚獣なら、一体だけでFクラスの召喚獣全てを殲滅する事も可能である。それほどまで二つのクラスには圧倒的な差が存在している。
しかし、戦争に勝てば負けた相手の設備を奪えるので、現状に不満を持つFクラスの連中ならこの提案に乗るかと思われたが、意外にそうではなかった。
『勝てるわけない』
『これ以上設備を落とされたくない』
『姫路さんがいれば何もいらない』
と、否定的な意見が多い。
さて、雄二はこれをどう解決するのだろう。俺は少しワクワクしながら雄二のお手並みを拝見する。
無理だと主張するFクラスの面々だが、雄二は一切動じることなく余裕の笑みを浮かべる。
「お前たちの懸念は尤もだ。だがしかし、俺だって何も伊達や酔狂でこんな事を言いだしたんじゃない。勝てる算段があってこそ提案をしているんだ!」
力強い雄二の言葉に、全員が息を呑んだ。
「俺たちには勝てる要素が揃っている。今からそれを教えてやるぜ!」
まず、雄二が指さしたのは、畳に顔を押し付けて姫路のスカートを覗こうとしている男だった。
「おい、ムッツリーニ。姫路のスカート覗いてないでこっち来い」
「……! (ブンブンブンブン)」
「土屋康太。こいつはあの有名な、寡黙なる性職者だ」
本名は土屋康太だが、俺たちは主にあいつ事はムッツリーニと呼んでいる。理由は簡単。スケベだから。
「……! (ブンブンブンブン)」
「そして、姫路。こいつの事は説明する間でもない。皆もその実力はよく知っているだろう」
確かに。今更説明なんかいらないほどに全員知っている。
姫路効果もあってか、全員の士気が上がるのを感じる。
「Aクラスの木下優子の弟、木下秀吉だっている。それに……」
そして雄二は最後に明久を見た。
「吉井明久もなぁ!!」
明久の名前が出たところで、先ほどまでの興奮が嘘だったかのように全員が静まり返った。
「え。誰?」
「ちょっとぉおおおおおお! 何でここに僕の名前が出てくるのさ!!」
喚く明久を無視して雄二が続ける。
「聞いて驚け、こいつの肩書は『観察処分者』だ!!!」
その言葉にどよめきが走る。
紺野が俺に小さく聞いてきた。
「ねえ、観察処分者って何?」
「学校側から問題児に送られる不名誉称号の事」
「観察処分者は、学校生活に問題の多い生徒に対して課せられる処分で、力仕事などの雑用をさせられる、要は教師の雑用係みたいなものだ」
「でも召喚獣は物に触れられないんじゃ?」
雄二が姫路の疑問に答える。
「観察処分者の召喚獣は、特別に触れられるように調整をしてあるんだ」
「それって結構便利なんじゃないの」
と紺野が言った。
「実はそうでもないみたいでな。観察処分者の召喚獣は物に触れられるかわりに、召喚獣が受けたダメージが本体にも伝わるっていう仕様になってるらしいんじゃ」
続けて入った秀吉の補足で、二人は観察処分者について理解したらしい。
「要は簡単に召喚が出来ない足手まといがいるって事だ」
「そこまで言うか! 僕には味方はいないのか!!」
雄二の言葉に深く傷ついたとばかりに叫ぶ明久。
「でも実際問題使えねえのは事実だし……」
「友達ならそこは慰めてくれるところじゃないの!?」
「え、嫌だ」
「もうヤダ! このドS幼馴染!!!」
「つーわけで明久とシン! お前らDクラスに宣戦布告して来い」
雄二が早速俺たちに指示を命令してきた。
「Aクラスじゃなくていいのかよ」
さっきはAクラスを倒すとか言ってたよな?
「ああ、まずは足掛かりとしてDクラスをぶちのめす。宣戦布告の大使としてお前ら行ってもらう」
「ヤダ! めんどくせー」
「それに下位勢力の大使って大抵ひどい目に遭うよね……」
「大丈夫、お前らならひどい目に遭う事は無い。俺を信じろ」
雄二は力強く断言する。俺はそれに半眼で呟いた。
「じゃあお前が行けばいいじゃねえか」
そうだそうだ、と続ける明久。
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと行ってこい!」
とうとう痺れを切らせた雄二は、俺と明久を廊下に放り出した。顔を見交わせて溜息を吐く俺たち。
「しゃあない、行くとするか」
「面白そうだから、ボクも付いて行っていい?」
結局行くことを決めた俺たちに、いつの間にか居た紺野が同行を申し出てきた。
「別にいいぞ」
と俺が即答し、Dクラスへの大使は、俺と明久、そこに紺野が加わった三人になった。
「ね、ねえシン。やっぱり紺野さん置いて行った方がいいんじゃない?」
話しかけた明久の方を向く。
「よくよく考えたらやっぱりDクラスの連中が僕たちを襲わないなんて保障はどこにも無いよね」
明久の懸念も尤もだ。俺は紺野を見た。
「紺野、お前やっぱ戻れ」
「なんで!?」
紺野が驚いた顔で見るので、俺は答えた。
「なんでっておめえ、襲われる可能性のある所に女連れて行けっかよ」
「それなら大丈夫だよ。心配無用!」
なにが大丈夫なのかは知らんが、紺野は自分の無い胸を叩いて自信満々に言った。
「……なんで俺は殴られたんだ?」
鳩尾に良いのが入った俺はその場にうずくまった。
「今、失礼な事を考えたでしょう」
怒れる紺野の目を見て俺は悟った。胸に関しては下手な事を言ったら殺られると。
DクラスはAクラスと同じ新校舎にある。設備は普通と同じかそれより少し下レベルで、雄二はなんだってこんなクラスに戦争を仕掛けるのだろうか。まあ、あいつにはあいつなりの考えという物があるのだろう。今は見る影も無いが、あれでも子供の頃は神童なんていわれてたらしい。今のあいつを見てると到底信じられないが、子供の頃はさぞや頭が良かったのだろう。
Dクラスの教室に着くと、扉の前で明久が言った。
「誰が行く?」
「お前行けよ」
俺は明久を指した。
「イヤだよ! 襲われるかもしれないんだよ!」
「大丈夫だ。もしなにかあっても俺が助けてやる」
「どうせいの一番に逃げ出す癖に!」
横から言い争う俺たちを見ていた紺野が口を開いた。
「埒が明かないからボクが行くよ」
え? と思う俺たちを尻目に紺野は教室の扉を開いた。
「たのもー」
彼女の声にDクラスの人間が一斉にこちらを向いた。
「君は?」
前に出てきたの男子生徒に紺野は言った。
「ボクたちはFクラスから遣わされた。このクラスの代表に話したい事があって来た」
「Fクラス……。分かった、ではウチの代表を連れてくるから待っててくれ」
毅然とした態度で話を進めている紺野に、後ろの俺たちはたじたじだった。本来任命されていた俺たちよりもあいつの方が大使らしいってどういうことだよ。もう全部あいつに任せて良いような気がしてきた。
やがてDクラス代表の平賀という男子が現れた。
取り立てて特徴のないモブキャラ然とした風貌なので彼について特に語る言葉は無い。
紺野は彼に向けて指差した。
「ボクたちFクラスはDクラスに試召戦争を申し込む!」
どどん、という効果音が付きそうな勢いで紺野が告げる。
この宣戦布告にDクラス代表はほう、と呟いた。
「Fクラスが俺たちに戦争を仕掛けるというのか。面白い、受けて立ってやる」
「首洗って待っときなよ」
なんでこんなに喧嘩腰なんだよ。もしかしてこいつ、俺や明久以上にこの戦争にノリノリなんじゃねえのか。
そろそろやばそうな気配を感じ取った俺は、これ以上紺野が相手を刺激するような事を言う前に退散するぞと、視線で明久に訴える。明久は俺の意図を読み取ると頷き、話し続けていた紺野を後ろに引っ込めた。
「それじゃあ、伝えることも伝えたんで俺たちはこの辺で帰らせてもらうわ」
「皆さんお邪魔しましたー」
まだ言い足らなそうな顔をする紺野を引きずりながら、俺たちはそそくさと教室の出入口へ向かう。
「待てよ。せっかく来てもらったのに何もなしってわけにもいかないだろ」
入り口を塞いだDクラスの生徒が言う。
気づくとDクラスの連中が俺たちを取り囲んでいた。
「これってもしかして不味い状況かな?」
「もしかしなくてもそうだよね」
紺野と明久、お前らなんで俺の背中に隠れるんだよ。
「お前たちをFクラスへの見せしめとさせてもらう。悪く思うなよ」
全員拳を作りながらじりじりと近づいて来ている。そんな連中を見て、俺は何とか逃げる隙は無いかと探る。だがそんなものはどこにも無く、俺は観念して肩を竦めた。
「明久を犠牲にして俺と紺野が逃げるって手を考えていたんだけど、この様子だと通用しなさそうだな」
「さらっと外道発言しないでどうやってこの状況を打破するかを考えてよ。もちろん、僕を犠牲にしない方向で」
「ここは正攻法で行くってのはどうだ?」
「やっぱりそれか……」
俺の提案を聞いて、明久は項垂れた。
「正攻法って?」
紺野が疑問符を浮かべて訪ねてきた。
「そりゃあ」
「もちろん」
俺と明久の声が重なる。
『こういうことさ』
俺と明久、二人同時に飛び出して、近くにいた生徒の一人に蹴りを浴びせる。
他の連中も襲おうとするが、俺と明久が机を持ち上げて、それを向けると怯んで動きを止めた。
「今だ!」
俺は明久と紺野に向かって叫んだ。
「逃がすか」
先ほどの一撃から回復したDクラス男子が俺に襲い掛かる。完全に油断していた俺は反応が遅れてしまう。そんな俺と相手の間に小さな人影が割って入ってきた。
「させないよ」
紺野だった。彼女は素早い動きで相手の一撃をいなすと、手刀を浴びせて相手の動きを止めた。
「お前強かったの?!」
その動きを見た俺は思わず驚愕の声を上げた。
「こう見えてボク剣道やってるんだ。無手でもそこそこやれるよ」
ウチの学園に剣道部なんてあったのか。それすらも知らなかった。
「あと段持ちだよ」
「うっそだろ!!」
もうなにがなんだか訳がわからん。
辛くもDクラスから脱出を果たした俺たちは、Fクラスのある旧校舎で一息入れた。
流石にここまでは追って来ないようで、背後には誰もいなかった。
「あー! 楽しかった!!」
興奮気味にそんな事を言ってくる紺野に俺は半眼で呟いた。
「どういう神経してんだよ」
こいつ、こんなに武闘派な性格だったのか。俺は慄くと共に今後の付き合い方について考え直す事を誓った。
Fクラスの教室に戻ると、無事な姿の俺と明久を見た雄二が残念そうな顔で言った。
「俺の言ったとおり無事に戻ってこれたみたいだな」
こいつ一回ど突いたろうか。
他は秀吉にムッツリーニ、そして島田と姫路が俺たちを出迎えた。
皆俺たちが無事なのを喜んでくれていた。
特に島田は明久が心配だったらしく、無事な姿を見ると自分がボコれると、喜びを露わにしていた。
いやー、心配してくれるいい仲間に恵まれて幸せそうだなー、明久。
「助けてシン!」
あー、あー、聞こえない。