彼女はそのまま双犬ベルフェを追った。
そして、彼女達の戦いが今始まる。
「ぐわぁ~」
ドン、バキバキと地面に落ちた後、木々をなぎ倒しながら吹き飛んだベルフェ。
すいせいのアッパーを防御の上から受けて、アサシンドラゴンからかなり飛ばされたのだ。
何本かの木に当たって止まり座り込んでいるベルフェの前に、後を追ってきたすいせいがトンと軽やかに降り立つ。
「…」
「あんなので終わるほど弱いの?」
黙って座り込んでいるベルフェにすいせいが静かに聞いた。
「は、油断して近づいてこないのか」
そう言って普通に立ち上がるベルフェ。
立ち上がったベルフェは埃を落とすように体を払う。
「いやぁ、あんなに偉そうに言っといてあれで終わるなら拍子抜けだったわ」
すいせいはベルフェを見ながら言った。
「は、なら、俺が立ち上がってよかったな。
拍子抜けしなくて」
「そうね、後輩ちゃんにいろいろ教えられるし」
「何を教えてくれるんだか。
ま、いいさ。
さ、戦おうぜ、先輩さんよ。
俺の飢えを満たしてくれよ」
「いいわね、その中二病な感じ嫌いじゃないわよ」
「うっせぇ!」
ベルフェは一瞬ですいせいの間合いに入る。
そして、目にも止まらぬ速さで拳をすいせいに叩き込んだ。
「おらおら、どうしたよ、先輩!」
すいせいはガードを固め防戦一方だ。
ベルフェの猛攻に下がるすいせい。
だが、ベルフェの前からいきなりすいせいが消える。
空を切るベルフェの拳。
「な?」
「足元がお留守だよ、後輩ちゃん」
突如しゃがんだすいせいはベルフェの足を払う。
「く」
足を払われ態勢を崩したベルフェに、すいせいはそのまま半身で間合いに入り、左肘を打ち込んだ。
「がぁ」
ベルフェはたまらず間合いを取る。
「くそぅ」
お腹を押さえすいせいを見るベルフェ。
「おまえ、なにもんだ!」
ベルフェはすいせいに向かって叫ぶ。
「何者って言われても星街すいせいだけど?」
「そんなのは知ってる!
歌声好きでファンだから分かってる!」
「あ、それはどうも」
いきなりファン宣言されてすいせいは照れながら頭を下げた。
「俺が聞きたいのは、その強さだ。
オリジナル世代は固有スキル【歌】が他のホロメンより強力なのは分かってるが、基本の能力はみんな一緒だろ」
「そうね」
「なら、なんであんたは【歌】を使ってないのにそんなに強い、明らかに普通じゃない」
「そうね、普通じゃないかもね」
そう言ってすいせいはニヤリと笑った。
それを見てぞくっとベルフェは背筋に冷たいものが走った感じがした。
「くそう」
ベルフェはライダースーツのような服の胸元から1枚のカードを取り出した。
「ん?」
すいせいはその様子をじっと見ている。
「切り札を使わせてもらう。
あんたは得体がしれないからな」
そう言ってカードを額に持ってくるベルフェ。
「これはデビルカード、俺の最後の封印を解くものだ」
デビルカードがどす黒い気に変わりながらベルフェの中に流れ込む。
ベルフェの体に異変が起きる。
そして、一瞬黒い塊に包まれたかと思うと、背が伸び大人びた女性に変わっていた。
服装もライダースーツのようなものから、かなりスリットのはいったチャイナドレスのようなものに。
両肩に犬の頭が胸の中心に犬の顔のブローチが付いていた。
「へぇ、すごいね」
すいせいは姿の変わったベルフェを見てそう呟く。
「あのカードの悪魔はベルゼブブでしょ。
名前からベルフェゴールかと思ったけど」
「ああ、それはある仲間と名前を交換してるんだよ。
ベルフェの方が格好いいだろ?」
「そう?
で、ハエの王の要素どこにあるのよ?」
すいせいはベルフェを見ていう。
見た感じは黒い犬の装飾しかない。
「は?
これだよ」
ベルフェは背中を見せて、その長い髪を上げる。
するとかなり大きく背中が空いておりその背中の真ん中に4枚のハエの羽のタトゥーがあった。
「さすがにハエの顔とかキモいだろ」
ベルフェは振り返り言う。
「ま、確かにね」
ベルフェの心底嫌そうな言い方にすいせいは笑う。
「さ、第2ラウンドといこうや、すいせい先輩」
「いいわよ、かかってきなさい、後輩ちゃん」
「後輩ちゃんじゃねぇ、ベルフェだ!」
またも、同じように間合いを詰めるベルフェ。
そして拳の乱打。
すいせいはまたもそれをガードする。
そして、すいせいは足を狙おうとしゃがもうとした瞬間、今度はベルフェのキックでガード上からすいせいは立てらされる。
「狙わせないぜ」
拳と蹴りを合わせて攻撃をするベルフェ。
すいせいは防御するしかなかった。
そのまま押されるすいせい。
いける。
そうベルフェが思った瞬間。
ベルフェは大きく後ろに下がった。
「あれ?
どうしたの?」
防御したままのすいせいはベルフェに聞く。
「なん、なんだよ」
ベルフェは汗を流した。
それは疲れや暑さからではない。
冷や汗だ。
攻撃を繰り返していたベルフェがガード下のすいせいの顔を一瞬見た時に寒気がした。
その口元が大きく笑っていたからだ。
「なんで笑ってる。
押されてんだぞ」
「別に押されてたら悔しがったり、泣かないといけないって訳じゃないでしょ?」
「そうだが、それでも」
「おかしい?
ま、正直なところ嬉しいのよ」
ガードを解き、すいせいは手足を振る。
「ホロメンの仲間達ってさ、なんかみんなほのぼのな感じでね。
好戦的な子っていないのよね。
だからかな?
私もほだされちゃって」
「ほだされる?」
「そう、毒気を抜かれるってやつかな。
でも、後輩ちゃんは違った。
めちゃくちゃ好戦的で本気でかかってくる。
だから、嬉しいのよ。
みんなに見せない自分が出せて」
そう言ってすいせいはベルフェに向かって構える。
「く」
ベルフェもすいせいに向かって構えた。
「でも、まだ隠してるよね?
後輩ちゃん、変身した割にはパワーとスピードが上がっただけだもん」
「へ、分かるのかよ」
「出しなよ、本気。
それとも出さずにやられる?」
「後悔するぜ。
俺がなんで力を使わないか、それはな使うとすぐに決着が着くからだよ」
「へぇ、楽しみじゃない?」
「なら、今からは食事の時間だ!」
ベルフェの姿が消える。
「後ろ?」
すいせいの読み通り背後に現れたベルフェはすいせいを蹴った。
かろうじてガードするすいせい。
「?」
吹き飛ぶすいせいを追ってベルフェは突撃する。
そして、拳のラッシュ。
ガード上からまたしても打撃を与える。
しかし、さっきと違うのはすいせいがガードしたまま片膝を地面に付けてる事だ。
「おら!」
すいせいを蹴り飛ばすベルフェ。
すいせいはガードしたまま、背後の木に勢いよくぶつかった。
「く」
「どうだ?
俺の暴食の力は」
「なるほどね」
ゆっくりと立ち上がるすいせい。
「後輩ちゃんの攻撃を受ける度に力が失くなってる感じがしたけど、食ってるんだね」
「そう、俺の体に触れたものの力を食らい俺のものにする。
攻撃を受ければ受けるほどあんたは弱くなり俺は強くなるんだよ」
「なるほどね」
すいせいはニヤリと笑う。
「また、笑うのか!」
ベルフェは怒った口調ですいせいに言った。
「あれ?笑ってた?
ごめんね、そんな気はないんだけどね」
笑ったまますいせいはベルフェを見る。
「ほら、続きをしよう。
まだ、私は倒れてない」
「く、化物め!」
ベルフェは再度すいせいに仕掛ける。
しかし、すいせいは当たれば力を食われると分かっているのに避けずに防御を続けた。
「食われるの分かってんだろうが!」
ベルフェは怒った声で叫びながらすいせいのガード上から殴り続ける。
このまま押しきれば勝てる。
見た感じではそう見えるのに何故かそう思えない。
ベルフェの心の中ではずっと警鐘が鳴り響いていた。
ガ!
ベルフェは右ストレートをすいせいのガード上から打った瞬間止まる。
すいせいがカウンターをしたわけではない。
だが、攻撃は止まった。
「おまえ、なんだ?
その気は」
ベルフェはすいせいを見ながら言った。
「おまえじゃないでしょ。
私は【ホロライブワールド】に現れた最きょうの歌姫の一角、星街すいせいよ」
「違う、おまえは誰だよ。
その俺達と同じどす黒い気を持つおまえは!」
「聞こえなかったかなぁ?
私は【ホロライブワールド】に現れた最恐の歌姫の一角、星街すいせいよ」
その声は今までに、すいせいから聞いた事のないような低い声だった。
ベルフェは恐怖で後ろに下がる。
しかし、下がれない。
もう、すいせいが目の前に追い付いている。
「さぁ、私のガス抜きに付き合って貰うわよ。
コウハイちゃん」
ダランと手は垂れ下がり、地面に膝を付くベルフェ。
その頭をすいせいは片手で持ち上げていた。
はぁはぁと荒い息のベルフェ。
対照的にすいせいの息は乱れていなかった。
「…」
黙ってベルフェを見るすいせい。
「…」
ベルフェもただ荒く息をするだけだった。
「どう?
満足した?」
すいせいの声はいつもの声に戻っている。
「うっさい」
弱々しくベルフェは言う。
「もう、腹一杯だよ」
振り絞るように言った。
「そ、ならいいわね」
すいせいはゆっくりとベルフェを座らせ頭から手を離した。
「くそう、勝てなかった」
そう言ってそのまま仰向けに倒れるベルフェ。
「いい線いってたと思うけど」
そんなベルフェを見ながら笑うすいせい。
その笑顔は先程とは違うどこか暖かみのある笑顔だった。
「楽しかった?」
「楽しかった」
すいせいの質問に素直にベルフェは答えた。
「そ、なら先輩からの教えはここまでにしとく」
「何教えてくれたんだよ」
憎まれ口を叩いてはいるが、ベルフェの声はどこか穏やかだった。
「それはベルフェが考えなよ」
「え?」
ベルフェは起き上がりすいせいを見る。
初めて自分の名を呼んだ。
「お、おい」
「そろそろ戻らないとね。
後輩ちゃん達待ってるから」
「あ、ああ」
少し寂しそうにベルフェは答える。
「また、お腹が空いたらおいでよ。
お腹いっぱいにして上げるよ」
すいせいはそう言って笑う。
「ああ、絶対にリベンジしてやる」
そう、ベルフェは笑顔で言った。
「へぇ、笑顔可愛いじゃん」
「うっせえ」
「じゃぁね」
そう言ってすいせいは来た時と同じように大跳躍で戻っていった。
残されるベルフェ。
また、仰向けに倒れる。
負けたけど、楽しかった。
ゆっくりと目を閉じる。
しばらくはこのままでいようとベルフェは思った。
「あ~らら、負けちゃったんですねぇ」
その声にベルフェは疲れた体を無理やり起こして立ち上がる。
「せっかくいい気持ちで休もうと思ったのに誰だよ」
1人の女性が木の影から現れる。
「ん~
そうですね。
名乗りは出来ませんが、魅惑の女研究者って事で」
そう言ってピンクの髪の亜人女性は笑った。
「ふざけやがって」
さっきの戦いでかなり力を使ったベルフェは立つのがやっとだった。
「ま、すいちゃん先輩のお陰で簡単にゲットできそうです」
「なに?」
亜人の女性は自らのふとももを撫でる。
するとあの紋章が浮かび上がった。
消える亜人女性。
「見えなかったでしょ?
スピード強化しましたので」
「く」
背後に突然現れた亜人女性にどうにか攻撃をしようとするベルフェ。
しかし、軽く避けられる。
「触りませんよ、食べられるといけませんから」
そう言って彼女は胸元から拳ぐらいの楕円形のカプセルを取り出す。
「よっと」
カプセルをベルフェに投げる。
「なんだ!」
カプセルがベルフェに当たった瞬間、カプセルに付いている宝石にベルフェが吸い込まれた。
「よし、ゲットだぜ!」
嬉しそうにカプセルに近寄る亜人女性。
ひょいとカプセルを拾い胸元に入れる。
「これでラプちゃんの依頼達成と。
余裕余裕。
すいちゃん先輩の強さも分析出来たし、役得役得」
そう言って亜人女性は服のポケットから機械を取り出し操作する。
現れるワープホール。
「さてと、早く帰って分析の続きしないと」
ニコニコ笑顔でワープホールに入る亜人女性。
後にはただ無人の樹海が残った。