とぼとぼマクゴナガル教授についてくるエルファバは、この廊下は来たことがなかった。
巨大なガーゴイル像の前で2人は止まる。
「蛙チョコ!」
石像だったガーゴイルは、マクゴナガル教授の言葉で生きた本物となり、訪問者のために道を開けた。その先の螺旋階段はエルファバの目を回らせる。教授はもう何十回もここを登っているのだろう。そんな素振りは見せない。
「ダンブルドア校長。ミス・スミスを連れてきました。」
キラキラ輝く樫の扉をノックし、マクゴナガル教授はそう告げた。
「おお、すまんなミネルバ。お入り。」
入学式に聞いた落ち着きのある声が返ってきた。扉が開き、美しくも不思議な部屋が2人の前に現れる。
エルファバはぼんやりと立ち尽くしていた。
「お入りエルファバ。そんなに怖がることはないんじゃよ。」
エルファバはチラリとマクゴナガル教授の顔を見て、ゆっくりと校長室に足を踏み入れた。
(きっとこの部屋に生徒が入ることはめったにないんだわ。この道具の数々を見たらハーマイオニーが大興奮するわね。)
そう思ったところでエルファバはハーマイオニーをはじめとする友人3人がエルファバの"力"を見てしまったことを思い出した。
「ずいぶん思いつめた顔をしとるのおエルファバ。」
仕事机に座ったダンブルドア校長はエルファバに微笑みかけた。エルファバは目にかかる前髪を耳にかけながら、言葉を考える。言いたいことはたくさんありすぎて言葉がまとまらない。
(私は退学しなくていいの?なぜ退学しなくていいの?あなたは私の力について知ってるの?)
「君は11歳のわりにいろいろ抱えすぎてるようじゃな。」
よっこらせ、と立派な椅子から立ち上がった校長はエルファバが思った以上に高身長だった。ハグリッドは例外として、ここまで身長の高い男性も珍しい。
「わしらは君を退学にするつもりはない。」
校長は驚くエルファバに面白そうにブルーの瞳をキラッと光らせる。
(なんで知ってるの。女子トイレからここに来るまでにマクゴナガル教授は瞬間移動でもしたのかしら。ああ魔法か。)
1人で結論を出したエルファバはダンブルドア校長に向き直る。
「いろんな教授たちが君のことを褒めておった。皆長いこと教鞭を取ってるのでな、いろんな生徒を見てきたんじゃよ。...そうじゃ、才能を隠そうとしてもすぐに分かる。」
ダンブルドアは相変わらず無表情なのに目だけ泳いでるエルファバをホホホ、と笑った。
「皆、君のように優秀で心優しい生徒に退学などしてほしくないんじゃよ。それはわしも例外ではない。」
エルファバは微笑む校長から目をそらし、近くでプカプカ浮いている銀色の土星に目をやりながら思った。
(校長先生は何も分かってないわ。)
「...そんなこと...ない、です。」
「ほお、なんでそう思うのじゃ?」
エルファバは見つめている土星を、小さく白い手で掴んだ。
パキパキっ!
銀色の土星は一瞬で分厚い氷に包まれ、ポトっとダンブルドア校長の足元に落ちる。
「私、友達をこんなふうにしかけました。」
「じゃが、そうはならなかった。」
エルファバは目の前の賢人にイライラしだした。
(どうして分からないの?ハーマイオニーだって、エディ、だって氷の彫刻になりかけたわ。今私たちの部屋だって今雪だらけだし、女子トイレだって所々凍ってるわ!あなたはそれを見てないからそんな無責任なこと言えるのよ!もう、誰も傷つけたくないのよ...。)
「君の"力"については、ミネルバが君の家にいるまで、皆把握してなかったのじゃ。辛かったじゃろう、たった1人で"力"を小さな部屋で抑えてきたのじゃな。すまなかった。」
心底悲しそうにエルファバの頭を撫でる様は、まるでいじめられた孫を慰めてるようだ。
「別に、私が悪いので。」
エルファバの怒りはさっきの校長の一言でかなり沈んだが、声は思いの外刺々しかった。もっとも、普段から無愛想なのでそれに気づくことができるのはハーマイオニーたちぐらいではあるだろうが。
「誰がそんなことを言ったのじゃ?」
「お母さんです。」
ふむ、と校長は長い長いひげをいじりながら考え込んだ。
「私は化け物です。自分の"力"もまともにコントロールできないから...」
「じゃが、君はそれで友を助けた。違うかの?」
「たまたまです。」
エルファバはきっぱりと言った。
(今日は饒舌にしゃべるわ。必死なのかしら。)
エルファバは校長相手に口答えする自分をどこか他人事のように思う。
「もし君の"力"が友人たちに力を見られたとしても、誰も杖無くしてやったとは思わんじゃろう。」
「そうで...しょうか...」
「逆に誰があれを杖無しでやったと思うかの?」
わしも思わん、とユーモアたっぷりに返した校長にエルファバは少しホッとした。きっと冗談ではない。"力"を見られたというショックが大きすぎてそこまで頭が回らなかった。
(確かに...。)
「それにあの3人はそれを知ったとして、君を化け物だと思うじゃろうか?」
「思います。」
即答。
思いの外頑固なエルファバにダンブルドア校長は、うーんと唸る。そして話題を変えることにしたようだった。
エルファバが、思いの外意固地だったのだろう。
「君の持つ"力"は、確かに人を傷つけるかもしれん。じゃが、使い方次第では人を救うこともできるのじゃよ。」
「...その"力"で人を守れってことですよね。」
「君にはレイブンクローに入る素質もあるようじゃな。」
何回も本で読んだことのある話だ。人から恐れられた化け物や醜い人が人々を救い、最終的には受け入れられる話。その物語たちをあの小さな部屋の中で何度憧れただろう。私もこうなるんじゃないかって。でも、あるとき自分は彼らとは違うって気がついた。
(私は、見た目は普通で中身が化け物なの。人は目に見えるものより見えないものを恐れるものだから。実際、そういう人たちは大体悪役だった。)
「それにじゃ、呪文を知っていれば大方収集がつく。」
校長は思いに耽るエルファバを現実へと引き戻す。エルファバは耳を疑った。
「溶解呪文も、発火呪文も試しました。でも、溶けなかったんです。私の魔力じゃまだできないんです。」
この1ヶ月半で自分の"力"を抑える、あるいは被害を小さくするために読んだ本の数を言ったらロンは気絶するとエルファバは確信している。ロンは活字アレルギーだ。
校長はエルファバの回答に首を振った。
「わしの推測じゃが、君の呪文は成功しとるじゃろう。問題は...」
校長は腰を折って、先ほどの氷漬け土星を拾い上げて興味深そうに眺めてから、杖を取り出す。
「君の凍らせたものには基本的な魔法のものが通用しないということじゃな。」
「どういう...」
エルファバが聞く前にその答えは分かった。ダンブルドア校長は杖からライターのような小さい火をつけ、分厚い氷にかざした。
「よく見るのじゃ。」
氷は熱い火がまともに当たっているにも関わらず、溶けた水で氷が輝くことも、形が崩れることもなく、じっと形を保っていた。
「君の能力は、正式には氷ではない。氷に限りなく近い未知の魔法を出しているのじゃ。それが感情の変化によって強くなったり弱くなったり、あるいは独特な形を創り出したりする。その魔法はあまりにも複雑で、魔法使いが呪文で再現するのは不可能だと言われておるのじゃ。」
校長は杖をしまい、氷の塊をエルファバに渡した。自分で凍らせた銀色の物体は想像以上に重い。
「わしは、それを解く呪文を知っておるが、使うことができない。」
(ダンブルドア校長が使えない?)
エルファバはそれを聞いた瞬間、とてつもない不安にかられた。今世紀最も偉大な魔法使いが使えないなら、自分が使える可能性など皆無に等しい。
エルファバの表情が恐怖に歪んだ。持ち上げておいて落とすとはまさにこのことだとエルファバは思う。
それに対してダンブルドア校長はほほほ、と呑気に笑う。
「勘違いしないでほしい。君は絶対使えるはずじゃ。血を引いてるからのう。」
...血?
「安心するのじゃ。オルレアン家の血を引いてれば呪文は使える。逆にそれ以外のものは使えないがな。」
オルレアン。それがどこから来てるのか思い出すのは一瞬だった。雷に打たれたような衝撃をエルファバは覚える。
グリンダ・オルレアン。
忘れるはずがない。エルファバがずっと図書館で調べ続けていた名前だ。ついにあの自分にそっくりのレイブンクロー生の名前が分かった。
「呪文はデフィーソロじゃ。ほれ、唱えて見るのじゃ。」
校長は、ショックで固まってたエルファバに杖を出すように促され、頭は働かないまま、ローブから父親からもらった白い杖を取り出した。
思考と体が完全に切り離されている。頭はエルファバの髪のように真っ白だが体は何をすべきか分かっていた。
「で...デフィーソロ…。」
震える声でつぶやかれた言葉を合図に手の中にある物体は厚い皮を脱ぎ、本来の銀色の姿を現わす。氷は水にもならずに存在自体がなくなり、全ての重石を取り払った土星はフワフワと本来あるべき場所に戻っていった。
校長は満足そうに頷いた。
「どうじゃ?今君は次に"力"を使ったときの対処法を知っておる。何も恐れることはない。」
エルファバは浮かぶ土星を見ながら、少しずつ心があったかくなる気がした。
対処法を知れば、化け物にならずに済むかもしれない…。
「さあて、ミネルバよ。この子を談話室まで送ってはくれないかの?せっかくのハロウィンを友と過ごさないなど悲しいことがあってはならん。」
「はい。」
マクゴナガル教授はエルファバの肩を叩く。
「行きましょう。」
「はい...。」
校長に背を向けて歩く中でエルファバは解決したこと、新たな問題を必死に整理した。
の、前にエルファバは思い出したように振り向き、深々とお辞儀する。
「あっ、ありがとうございます。」
「上々じゃ。良いハロウィンを。ホグワーツのパンプキンパイは最高じゃぞ。」
(友達は私の"力"を知らずに済む。オルレアン家。グリンダ・オルレアン。
私はオルレアン家の血を引いている。私は...私は...)
何度も何度もあの自分の退屈そうな顔が再生された。
「考える時は糖分が必要じゃエルファバ。」
校長はエルファバの背中に向かって穏やかに言う。すでに別の仕事に取り掛かり始めたみたいだ。
「甘いものをしっかりとることは大事じゃ。しかし、遠くにあるお菓子に手を伸ばして必死に取る必要はないのじゃよ。そういう時は近くにいるものが取ってくれるからの。」
私はグリンダ・オルレアンの子供。そして今の母親は本当の母親ではない。私はついに家族との最後の縁すら切れてしまった。
エルファバは父親にもらった白い杖を強く握り締めた。