「もう!!ハリーもロンも、先生に見つかってたらどうしてたつもり?!」
クリスマス休暇から帰ってきたハーマイオニーは机に分厚い本をバンっ!とおき、2人を睨みつけた。
ロンはモゴモゴと口を動かし、ハリーはクリームたっぷりのスコーンの方向に俯いただけだった。
クリスマスの夜、誰かがくれた透明マントでスネイプを尾行することを思いついたハリーは危うくフィルチに見つかりかけ、慌てて逃げた部屋の中に全ての人の心の奥深くの望みを見せる鏡があったという。それに虜になったハリーだが、ダンブルドアに2度と探してはならないことを告げられた。
ハーマイオニーの怒りのツボは3日連続で夜に部屋を抜け出したことらしい。それは2人にぶちまけられた。当然エルファバもこの事は知っていたし、何度も何度もハリーに行こうと誘われた(ロンは一回見ただけで満足したのだ)が、頑なに行こうとはしなかった。だから矛先はエルファバには向かない。ハーマイオニーは正しい選択だと考えてたがエルファバは違った。
(心の底からの望みなんて、自分が一番知ってるに決まってるじゃない。)
エルファバは魔法の天井から降り注ぐ朝日を顔に浴びながら思う。
私に微笑んでくれるお母さん、大きな手で肩を抱くお父さん、腰に巻きついて離れないエディ。最後にそうだったのはいつ?忘れてしまった。
でも、これだけは分かるわ。それを見たら私は現実を見ては歩けない。鏡に映る幻なんて、夢か現実か分からなくなってしまうわ。
フレンチトーストとメープルシロップの組み合わせは大好きだが、今日はまるでガムを噛んでいるように味気ない。
「エルファバ、メープルシロップが垂れてる。」
「ん?」
何かが顎を伝うをエルファバは舌でペロリと舐めた瞬間、ロンはもちろん元気のないハリーも吹き出してしまった。
その様は白いチワワに酷似していたのだ。
「なによ。」
本人はさして面白いと思っていないらしく、ブスッとした声でつぶやき、冷めた紅茶を飲み干した。決して怒ってるわけではない。本人はいかに自分が不機嫌そうな態度なのか分かってないのだ。
簡単に言えばいつも通りだ。
「エルファバお行儀が悪いわよ。」
ハーマイオニーはたしなめるように言い、ナプキンでエルファバの口を拭く。
「んー。」
赤ちゃんのように口を拭かれるエルファバは普段のクールさ(無愛想さともいう)からあまりにもギャップがあり、目撃した男子生徒数名ほどは"エルファバ・ファンクラブ"の参加を決めた。今日が休暇最終日であったため、大規模なものにならなかったのは良かったのか悪かったのか、それはエルファバのみぞ知る。
そもそも本人はファンクラブがあることすら知らないのだが。
「はい、できた。」
「ありがと。」
ハーマイオニーの一仕事が終わった時、ドサッとエルファバの目の前に重たいものが降ってきた。数メートル上でフクロウ数匹が大広間を彩る青空を優雅に旋回し、自分たちの家へと戻っていった。
「この時期にフクロウ?珍しいわね。」
クリスマスプレゼントあげ忘れたのかもな、というトンチンカンなロンの発言にハーマイオニーは小さくため息とつく。
そんな2人と元気のないハリーは気づかなかった。送られた本人の顔が青白くなっていっていることに。
恐る恐る包み紙を開く指に感覚はない。自分が大広間のグリフィンドールの席で親友たちと座ってることも、世界で美しい学校の1つに自分が通ってることも忘れ、一気に記憶の中にある小さくて薄暗い部屋へと引き戻された。
包み紙の中は紺色のハードカバーの本だ。表紙の上で金や銀で描かれた蝶がヒラヒラと金粉を散らしながら舞っており、背後に描かれた繊細な線を重ねてある花束たちはレースのように美しい。
「綺麗ね。」
ハーマイオニーはうっとりとそれを眺めていた。それを楽しむ余裕はエルファバにはない。
それは自分が母親にあげたクリスマスプレゼントだった。
「エルファバ?これって...」
親友たちの言葉も聞かず、エルファバは画集を抱えて大広間を早足で出て行った。
「エルファバ!どうしたの?ねえっ!」
追いかけようとしたハーマイオニーは、背の高いレイブンクロー生にそれを阻まれた。
「うわっ、雪降ってきた!」
「もう面倒な天井ね!!」
生徒たちは大広間に降り始めた雪に文句を言っていた。それに気を取られていて、様子を見ていた教授たちがひそひそ声で何かを深刻そうに伝達しているのに気づいた生徒は誰もいない。ハリーたちはエルファバの触れてはいけない部分に触れてしまいそうで、その場に立ち尽くしたままだった。
一方エルファバは騒がしい大広間からできるだけ遠ざかろうとしていた。母親へのプレゼントはすでに氷の塊となっている。
(早く...早く...)
エルファバが一歩踏み出せば、そこは氷となり、他の氷たちと繋がる。道標のようにエルファバの歩いた後を作り出していた。
さらに上からは雪が静かに舞い散り、エルファバの白い髪にそれが乗っかり溶けずにキラキラと輝いている。
(どこか隠れるところに...)
あたりを必死に見回し、4年生がDADAで使うための空き教室を見つけて全速力でそこに近づいた。開けようとドアノブを掴むと固いものが引っかかっている音がしたとともに、パキパキっ!と一瞬で扉を氷漬けにしてしまった。ローブの中から白い杖を取り出し、いつもの呪文と基本呪文の1つである扉を開けるための呪文を早口で唱える。
「デフィーソロ… アロホモラ」
氷はスルスルと形を消し、焦げ茶の扉が姿を現わしカチッと音と共に新参者の侵入を許した。エルファバは再び凍らせることがないように素早く部屋に入る。
「バーカ、アーホ、ドジ、マヌケ、ふーん、ふーん、ふーんっ!!」
ビープスがいた。黒板に下品な言葉を書きなぐり、1人で笑ってる。幸いにもその言葉たちの意味をエルファバは知らない。
「おーっ?氷の化け物エルファバちゃんだあー!?」
エルファバは凍った本をビープスに投げつけた。だがコントロールが悪く、ビープスは軽々と避けてケタケタと笑い、エルファバの頭上でプカプカ浮く。
「あーあーあ。お友達がいなくなっちゃうねー。エルちゃんなーんでも凍らせちゃうしー。このままじゃ友達のポッティやロニーがみんな...」
その先の言葉は聞けずじまいだった。エルファバは手のひらをビープスに向け、"力"を発射した。
パキパキっ!
「ん゛!?ん゛!?ん゛!?」
氷は見事ビープスの顔面に命中し頭部全体が氷に包まれ、マヌケな顔でマヌケな声を出してズームアウトしていった。それを確認してから、空っぽの教室の真ん中に座り込む。
既に何重にも凍った本は、原型を留めていない。美しかった画集。母親に少しでも喜んで欲しくて買った本だ。
(お母さんが私のこと嫌いなのは分かってる。そうよ、お母さんは私が嫌いなのよ。どうしてこんなことしてしまったのかしら...私は少しでも喜んでほしかっただけなのに。私は悪い娘だわ。)
エルファバはひたすら泣いた。誰もいない教室で大声で叫び、嗚咽した。泣き過ぎて頭がクラクラとして倒れ込んでしまった。それでも涙は止まらず、仰向けのまま泣き続ける。
泣けば泣くほど、氷はあたりを包み込んだ。
「ううっ...止まれっ!止まれぇっ!止まってよおっ...!」
エルファバは床に広がる氷を拳で叩いた。ただ手が痛くなるだけだった。
(自分が大嫌いだ。母親に嫌われる自分が大嫌いだ。どうして私はこんな"力"を持ってしまったの?どうして?全部この"力"を持っていたせいだ。エディを殺しかけちゃったのも、お父さんもお母さんも私が嫌いなのも、ずっと1人ぼっちだったのも、みんなみんな...グリンダ・オルレアン。ねえ、あなたが私を捨てたの?どうして?あなたはもう死んでしまっているの?)
そうか。エルファバはふいに納得した。グリンダ・オルレアンは自分が殺してしまったのかもしれない、と。あるいは殺しかけてしまったから私を捨ててどこかに消えてしまったのかもしれない、と。
あんなにワンワン泣いていたのに、それを考えるとずいぶん冷静になった。氷は既に天井を覆い尽くし、大の字に寝るエルファバをボンヤリと映してだす。
(お母さんは血縁上、お母さんじゃないんだ。私の血縁上の母親はグリンダ・オルレアン。だからお母さんは私のことが好きじゃないっていうのはあるかもしれない。それに母親がグリンダ・オルレアンなら父親誰なのかな。私の瞳はお父さん譲りって言われるけど、実は全然違う人なのかもしれないわ。
でも私、お母さんとお父さんが大好きよ。お母さんのシャンプーの匂いとかクシャって笑うのとか、お父さんの心臓の音とか。小さい時に私がいじめられた時にお母さんは美味しいレモンメレンゲパイを焼いて、額にキスしてくれたよね。お父さんは、いじめは悲しいことだって言ってくれたわ。お父さん、お母さん。本当の親がどうであれ、私は2人以外に親はいないの。世界で私の親は2人だけよ。)
「みっ、みっ、ミスっ、ミス・スミスっ...」
気がつけば、クィレル教授が教室に入って来ていた。エルファバはガバッと起き上がり、自分の服装を整えた。
「教授!」
「こっ、氷が、きょっ、教室のそっ、外まで...」
「あっ、ごめんなさい。今すぐに戻します...」
エルファバが杖を取り出す前に、クィレル教授は自分の杖を取り出し、天井へと向けると、スルスルと氷はドレスを脱ぐように消え、元のボロボロな教室へと姿を戻した。
「だっ、大丈夫です。もっ、元に戻りました...。」
「あっ、ありがとうございます。」
その様子を見ていたエルファバの頭の中はモヤモヤと霧がかかったようだった。何か重要なことを見逃しているような、見てはいけないものを見てしまったような...。
その時、今世紀最も偉大な魔法使いの声が蘇り、エルファバの霧を消し去っていった。まるでそれが霧を消す呪文であったかのように。
『わしは、それを解く呪文を知っておるが、使うことはできない。』
「なんで?」
思わずエルファバは背を向けた教授に言ってしまった。オドオドと振り向く教授の顔はキョトンとしている。
「どうし「なぜ、教授は私の氷を溶かすことができたのですか?」」
質問する前にエルファバは早口で質問した。
「かっ、簡単な溶解呪文ですよ...」
「溶解呪文でこれを溶かすことはできません。」
エルファバの声は焦り、衝撃、興奮、いろんな感情が混じっていた。それを教授はもの珍しそうにみる。
「これを溶けるのはデフィーソロだけです。ダンブルドア教授はこの魔法は使えないとおっしゃっていました。オルレアン家の血を引いてる者しか...」
自分で言ってハッとした。とんでもない事実に気がついてしまったのだ。
「まさか...クィレル教授は...」
その瞬間、クィレル教授のオドオドした様子は消えた。スッと背筋を伸ばし何かを軽蔑するような瞳でエルファバを見つめ、鼻で笑った。
「フンっ、すでにダンブルドアが伝えてたとはな。小賢しい。」
コツコツとドラゴンの革の靴を鳴らして近づくクィレルにエルファバは本能的に身を引いた。
「入学した時すぐにお前があいつらの子供だと分かった。ここまで、あいつに似たとはね。さぞかし辛い人生を送ってきたに違いない。」
同情するよ、と言いつつクィレルの顔はニヤニヤと笑っていた。エルファバとの距離をどんどん狭めてくる。エルファバの背後には壁が迫っていた。
「可哀想になあ。何にも知らないんだなあ。」
クィレルはエルファバの白い頬に手を伸ばす。
「やだっ!」
パキパキっ!!
クィレルの指先は銀色に包まれた。
「っちっ。変なとこで上手く使いやがって。」
クィレルは杖を取り出し、自分の指先に向けた。
「そうだ、お前の言う通りだ。よく見てろ...デフィーソロ」
エルファバがダンブルドアに教えてもらった呪文と同じだ。そして、効果も一緒だった。銀色の指先はもとの肌色に戻っていく。
「あなたは誰?」
考えるよりも先に口から質問が出てきた。目に見えない恐怖よりも好奇心が勝ったのだ。
「私は...」
答えはねっとりとした声にかき消された。
「クィレル教授。何をしておられるのかな?」
ハリーとロンが世界一嫌いな教授がクィレルの背後に立っていた。声を聞いた瞬間、クィレルはあの、オドオドした教授へと姿を変えた。
「せっ、セブルス...いっ、一体何を...?」
「校長にミス・スミスの様子を見に行くように言われましてな。少々彼女を借りてもお差し支えないかと思いますがいかがかな...?」
まるでコウモリに食べられかけるウサギのようだとエルファバは思った。クィレルの恐怖対象はスネイプ教授らしい。
「えっ、ええ...もちろん。」
助かった。エルファバはホッとした。この状況を逃さぬように鉛のような体に鞭打ち、スネイプ教授の大きなマントの後ろに隠れた。それを確認した教授は早足でエルファバを連れて教室を出て行った。その直前、怯えるクィレルにスネイプ教授はエルファバに聞こえないように耳元で囁いた。
「私は貴様を見ているぞ。」