「座れ。」
地下牢の教室についたスネイプ教授は杖を振ってエルファバの背後に椅子を用意する。
「貴様に呪いがかけられていないか確認する。早く座れ。」
エルファバは恐る恐るミシミシいう椅子に座った。何と言ってもあのスネイプ教授だ。ハリーのことが大っ嫌いなスネイプ教授だ。ネビルいじめを楽しむスネイプ教授だ。
そして賢者の石を狙ってるであろうスネイプ教授だ。
(ちょっと怖いな。)
背が高くて黒ずくめで怖いが薬を毎回ちゃんとくれたり、たまーに得点を入れてくれるあたり、悪い人ではないんだろうとエルファバは考えてる。だが賢者の石を狙ってるということは人知れず美容とかに気を使ってるということなのだろう。
(自分のために人のものを盗むのはよくないことよ教授。)
と、エルファバは心の中で忠告する。
が。
(さっきから、人の体で遊んでるのかしら。)
スネイプが杖を振るたびにエルファバはバンザイしたり、髪の毛が逆立ったりする。はたから見ればかなりマヌケである。
(まさか私の考えてる分かってる訳じゃないわよね?)
「痺れるとこは?」
「ないです。」
「呪いは?」
「かけられてないです。」
「忘却呪文は?」
「かけられてないです。」
教授はふんと鼻を鳴らす。
「忘却呪文をかけられればそのことすら忘れてしまうに決まってるだろう。貴様の目は節穴か。」
(じゃあ、なんで聞いたのよ。)
エルファバはムッとした。
「まあ、貴様に呪いをかける前に私が来たということだろう。」
スネイプ教授は材料庫からいくつか瓶を取り出し、大鍋に入れる。エルファバはその中に人間の爪らしきものがあるのを見逃さなかった。
(あれを私が飲みませんように。)
「...あの、クィレル教授って...」
「あれが本性だ。」
大鍋の下に火をつけ杖でかき混ぜながら教授は答えた。こっちに見向きもしない。ずいぶん前から知っていたようだ。
「どうして隠してるんですか?」
「貴様には関係のないことだ。」
(そうですか。)
「貴様に直接害を及ぼすことはないだろうが、警戒だけはしておけ。1人で行動するな。」
そう言って何かを思い出したかのようにブツブツ呟いた。
「ポッターも大したことのない脳みそを無駄なことに時間を割いている。自分の名声を鼻にかけ、傲慢、父親にそっくりだ。」
「ハリーのこと悪く言わないで下さい。」
エルファバは眉間にシワを寄せて不機嫌そうな声を出す。大事な友人を悪く言われるのはいい気分がしない、むしろ不愉快だ。教授は下唇をめくり上げ、ボソッと言う。
「グリフィンドール10点減点。」
「!?」
スネイプ教授は紫の粉末を加えながら続ける。
「私に口答えした罰だ。これで済んだことをありがたく思え。」
エルファバは黙ってスネイプを睨みつけた。
クィレル、そして話しかけてきた男子生徒数名と共にエルファバの"危険人物リスト"にスネイプが登録された瞬間だ。クィレルと同じように"教授"と呼ぶことは二度とないだろう。
シュー、シュー、と大鍋から怪しい湯気が出始める。たちまち地下牢内に腐った卵みたいな匂いが充満し、エルファバは鼻をつまんだ。
「貴様を殺すことはないと校長はお考えだ。だが、危険は伴う。」
.(..ん?)
思わず手を離してしまい酷い臭いを肺いっぱいに吸い込んでしまった。
「うえっ。」
吐き気がした。
スネイプはそれに構わず、ドロドロした謎の液体を小瓶に詰め込む。エルファバは喉まできた吐き気を強制的に飲み込み、かわりに言いたい言葉を吐き出す。
「あっ、あの、私って狙われてるんですか?」
「貴様はもう少し利口だと思ってたがな。」
それが答えだった。エルファバの頭はボンヤリしてくる。
しかし。ヒラヒラマントを仰ぎながら動くスネイプは完全にコウモリそのものである。
「杖無しで魔法が使える、これがどれだけ貴重なことなのか貴様には分からないのか?おそらくあやつは貴様に服従の呪文をかけるつもりだったのだ。重要な駒としてな。」
服従の呪文がなんなのかエルファバは知らなかったが、スネイプの言ったことから察するに自分の意思が消えてしまうような呪文なのではと考えた。寒気が全身に走る。
「あやつはオルレアン家に血を引いてる。」
やっぱり...とエルファバは思った。推測がついたので驚きはしていなかったのだ。
(だからあの呪文が使えた。私の前で使ってしまったのが間違いだったわね。)
「あいつの本名はクィリナス・クィレル・オルレアンだ。ホグワーツの生徒だったからそれは全員知っている、だがオルレアン家を憎んでいることは誰も知らない。」
「憎んでいる?」
「これを常に持ち歩け。」
スネイプは質問に答えず、得体の知れない(人間の爪が入ってるんだから安全なわけがないじゃない。)灰色の液体が入った小瓶を渡す。エルファバは危険物のようにそれに恐る恐る触れた。
「貴様は失神の呪いや妨害呪文は使えぬ。その様子じゃ唯一使えるその"力"もいざという時に発動するか疑問だ。この薬はかければ相手の体を麻痺させることができる。そのうちに逃げろ。その貧相な体でできる限りな。」
(この人本当余計な一言多いわね。)
「どうも。」
エルファバはできる限り感情を押し殺して礼を言った。身にまとうローブと同じ黒々した瞳でエルファバの明るいブルーの瞳を見つめる。
「なぜスネイプ教授はそのことをご存知なのですか?」
「貴様は知る必要はない。あやつが貴様を狙ってるということだけ知っていればいいのだ。」
(そうですか。)
スネイプはフンっと鼻を鳴らし、その薬がポケットに入れられたのを確認したスネイプは杖で大鍋と火を一瞬で消す。
「何年その部屋に閉じ込められていた?」
その言葉にエルファバはビクッと体を震わせた。骨まで見透かしているような、体の奥深くにある心理まで見透かすような視線。
間違いなかった。この教授は全てを知ってる。エルファバが誰にも話したことのない秘密を。
「別に閉じ込められてたわけではないです。」
スネイプは初めて笑った。その笑いはエルファバが見たことのないくらい邪悪に思えた。自分が何かを知っているという優越感に浸っているのだ。
「隠しても無駄だ。私は全て知ってる。」
パキパキ...。
地下牢の床は少しづつ、無数の蛇が這うように凍っていく。
「妹を殺しかけたことですか?」
スネイプは自分の部屋に降る白い粉を見て笑みを引っ込め、ねっとりと言う。
「違う。」
「じゃあ他に何があるんですか?」
降り注ぐ雪はエルファバの言葉を合図に渦を起こし始めた。薄い紙たちはその風の中に巻き込まれていく。
スネイプの顔から感情を読み取るのはエルファバの感情を他人が読もうとするのと同じくらい難しい。しばらくお互い無表情に瞳を見つめ合う。長い沈黙の後、エルファバは杖を取り出し、床に向けた。
「デフィーソロ…私が部屋から出なかったのは2、3年くらいです。」
溶けていく氷を眺めながらエルファバは冷静に言えるように努めた。
(おそらく上手くいってるはず。でも、私の人生なのに知らない誰かが自分のことを知っているような口ぶりをされるのは嬉しくない。どうしてあなたとダンブルドア教授が私のことを知ってるのよ。)
「貴様は一生その"力"を操ることはできない。それだけ言っておこう。そして親から愛されようなど愚かな考えもするな。自分が辛いだけだ。」
その言葉は胸にドシッとのしかかる。
背を向けたエルファバにスネイプがどんな表情でそれを言ってるのかは分からない。
「...すよ。」
「なんだ。」
「自分の美容のために魔法界の宝を盗むのはよくないと思いますよ。」
エルファバはそう言ってから全速力で地上へと駆け出した。
涙を目に溜めながら。