「って、待ってみんな。」
4階に行く途中の階段でエルファバは3人に声をかける。呼吸を整えてからエルファバは3人に向かい合う。
「やっぱり、私1人で行くわ。」
この先に本当の母親がいる。聞きたいことや言いたいことがたくさんある。3人のことは大好きでしかたがないくらいだが、あまり聞かれたくない気持ちの方が強かった。きっと"力"の話や自分の母親や父親、そしてエディの話もするだろうから。
「何言ってるんだい?危険すぎるよ!」
「そうよエルファバ!考えてみてよ。例のあの人がクィレルの体から離れた直後にあなたのお母さんが現れるなんて話が上手すぎるわ!」
それはもっともだった。エルファバもそれは頭では分かっているが言い返したい気持ちの方が強い。
「Mr.Vがグリンダ・オルレアンに変身したとでもいうの?」
ハーマイオニーとハリーはやけに階段の装飾に興味を持ったようだ。ソワソワと壁やら天井を見る。
「あの人にそんなことする力なんてないわ。」
このままぐずぐずしていたら教授たちがこっちに来てしまうかもしれないとエルファバは思った。賢者の石はもう守る必要はないわけで、きっと回収するに違いないのだ。エルファバは必死に説得材料を頭の中でかき集める。
「でもさエルファバ、グリンダ・オルレアンがホグワーツに侵入したなら...」
「それはないわロン。ホグワーツは世界で最も安全な場所の1つよ。外部から侵入するなんて不可能に近いわ。」
どうしても正しいことを言うのを我慢できなかったらしい。エルファバが言う前にハーマイオニーがこたえた。それがエルファバを1人で行かす助長になることは2秒後に気づいた。
「でも、僕らは一緒に行くよ。」
困ったハーマイオニーにハリーが助け舟を出す。
「僕ら友達だろうエルファバ?」
ハリーのその言葉はどちらかというと願っているように聞こえた。常に自分たちのことばっかり心配していながらも、出会ってからほとんど話さなかったエルファバ。1番肝心な部分は触れさせないように振舞って、見えない壁を周囲に作って3人を入れさせないようにしているみたいだった。今回のこともそうだ。どうしてわざわざ1人で行く必要があるんだろうか。友達なんだから知られても平気だろう?それとも僕らを信頼していないんだろうか?
「3人とも大事な友達だよ。」
エルファバの答えはすぐにでた。ハリー、そして他の2人もホッとしたみたいだった。このことを話したことはないが、きっと2人も同じ不安を抱えてたに違いない。
「でも、それとこれとは話が違うわ。」
この言葉はいっきに3人の気持ちをどん底にした。エルファバは分かってないようだったが、それは3人を信頼していないというのと同義語だった。
「...そう。」
ハリーはエルファバに背を向け、元来た道を歩き出す。
「おいハリー、どこ行くんだよ?」
ロンは通り過ぎそうになったハリーの肩を掴む。
「寮に帰る。」
「何言ってるのハリー?ダメよ!」
ハリーはロンの腕を振りほどき、エルファバに向かって感情をぶつけた。
「エルファバ、君はすっごいいい子でいつも僕らのことを考えてくれる。けどどうして君は僕らを信用しないんだ?絶対君は辛いことや悲しいことがあるのに、それを僕らに相談しようともしない!そんなに僕らが信じられないかい?!僕らだって君と同じくらい君のことを考えてるんだ!」
友達に怒られたのは初めてだった。母親には何回も叩かれて怒られたことはあるが、最後に喪失感や悲しみしか残らないものばっかりだった。でも、今は違う。
(ハリーごめんね。あなたが怒ってるところ申し訳ないけど、私すっごく嬉しいの。だってあなたは私を思ってくれてるんだから。信頼してないわけじゃないのよハリー。あなたもロンもハーマイオニーも、みんな大好きだし信じてるわ。でもハリー。私は...。)
「ハリー、エルファバも言いたくないことがあると思うわ。たとえ私たちが親友でもね。」
ハーマイオニーはハリーをなだめるように優しい声で言う。まだ怒ってるハリーはハーマイオニーを睨みつける。
「私はそれを無理して言ってほしいとは思わないわ。でもねエルファバ。」
ハーマイオニーはエルファバの小さい手を握る。
「ハリーの言うことも分かるわ。もっと私たちを信用してほしい。ずっと思ってたけどエルファバ、あなたはきっと何か辛いことを抱えてる。私には分かるのよ。私たちならきっと解決できると思うのよ、できなくても言うだけでスッキリすることだってあるし、ね?」
「そうだよエルファバ。ママが言ってた。言葉にするとモヤモヤしてる気持ちが整理されるって。」
ハリーのことに加えてハーマイオニーとロンの言葉ときた。トリプルパンチだ。溢れ出る気持ちを必死に抑える。
「エルファバ、私たちがいてもいい?4人でいればきっと心強いわ。」
『"力"を使えばお前は悪い魔女になってしまう。どんな理由であろうとね。特に人に見られたりしたら人々はお前を気味悪がり、離れていく。』
(ダメよみんな。そんな優しくしないで。みんなに嫌われたくないの。悪い魔女になりたくないの。ごめんね、みんな。本当にごめん。)
「心強くなんか…ない。みんなに私のことは解決できない。」
そう告げたとき、みんなの顔が歪んだ。
(3人は来ない方がいい、来てはダメ。もしも私のことを知ってしまうなら。)
エルファバは杖を取り出し、3人に向けた。
「タラントアレグラ 踊れ。」
それを唱えた瞬間、3人は意思に反して華麗に踊り出す。
ハリーに至っては日頃のクイディッチの甲斐あってか、キレキレなクイックターンを決めた。事情を知らない人が見たら相当間抜けである。
「きゃあっ!?」
「エルファバ止めてくれっ!!」
「うわっ!やめろっ!」
「私は悪い魔女になってしまうの。みんなを巻き込みたくない。」
(そう。最初からこうすればよかった。母親のことなんて言わずに1人で来れば。)
エルファバは後ろを振り返らずに階段を駆け上がる。
(ねえ、グリンダ・オルレアン。あなたは知ってる?この"呪い"の解き方を。友達と普通に関わりたいのよ。秘密だって打ち明けたいわ。グリンダ・オルレアン。)
エルファバが階段を駆け上がると、正面から鈴を鳴らしたような美しい声が聞こえてきた。
「知ってるわ。」
目的地である扉の前には女の人が寄りかかっている。
少し暗い廊下でもよくわかる真っ白い肌、真っ白い髪。エルファバよりもずっと身長は高く、妖艶な雰囲気を漂わせていた。
「グリンダ・オルレアン...。」
エルファバは初めて母親に会った。自分にそっくりな母親。超絶美化された鏡でも見ているようだった。グリンダは頷き、腕を広げる。
「そうよ。」
磁石のように惹きつけられたエルファバをグリンダは少し屈んで抱きしめる。本の中で読んでいた母親の腕の中とは少し違ったが、そんなことどうでもよかった。自分は実の母親の腕の中にいるという事実が嬉しかったのだ。
体は冷たい。顔に白い髪がかかってくすぐったいがそれすらも愛おしい。
「…お母さん…。」
「"力"を解きたいのね。」
言いたいことがありすぎて喉でつっかえる。エルファバは腕の中でただただうなづいた。
「この"力"のせいでお父さんにもお母さんにも、友達にも嫌われちゃったの。こんなの嫌だわ。」
グリンダはエルファバの言葉には答えず、少し離れてエルファバを見つめた。白いまつげの中に隠れた深い緑色の瞳の中に明るい黄緑の虹彩があり、まるで花が咲いているみたいな目だ。
「この扉を開けて。そしたらその"力"を解きかたを教えてあげる。」
エルファバはうなづいて扉に近づき、呪文を呟いた。
「アロホモラ 開け。」
カチッと音がすると満足そうにグリンダは微笑み、エルファバの頭を撫でた。
その些細な仕草で、再びエルファバの心が高鳴る。
「あなたは優秀な魔女に違いないわ。そうでしょう?」
「ううん。ハーマイオニーの方が頭がいいわ。それにハリーも...」
グリンダはエルファバの桜の花びらのような唇にそっと人差し指を当てた。
「あなたのこと知りたいわ。どんな生活をしてたのかとか、お友達のこととかね。でも今はそのタイミングじゃないわ。」
わかった?とグリンダが言えばエルファバはコクコクとうなづく。
興奮しすぎてしまったようでエルファバは恥ずかしくなって俯いた。
「いい子ね。」
グリンダは美しい髪をなびかせながら扉を開けた。考えてみれば恐ろしい三頭犬がいる部屋だ。
エルファバは思い出し、グリンダの腕を掴んだ。
「あっ、待っ!」
エルファバの制止は必要なかった。部屋の中からハープの美しい音色と得体の知れないいびきが聞こえてきた。
獰猛な鳴き声は全く聞こえない。
「寝てる。」
おそらく親友たちを襲ったであろう犬たち(頭は3つあるけど体はひとつよね?なんて数えればいいのかしら。とエルファバは素っ頓狂なことを考える。)はスヤスヤと眠っている。もしかしたらクィレルが先にこれを仕掛けていたのかもしれない。ひとまずエルファバはホッとした。
「こっちよ。」
グリンダは小声で、エルファバを手招きし犬たちの下にある扉を開けた。
体力が落ちているのだろうか。
「私のために罠を解いてちょうだい。」
エルファバは母親のそばに近づき、扉の内側を覗き込む。
「火を放ってほしいの。この下にある植物は火に弱いから。」
そう言って微笑むグリンダに対し、エルファバは違和感を覚えた。輝く真っ白い髪を持つ目の前の女性は紛れもなく自分の母親だ。
「グリンダ…さん?」
(なんでだろう。私の望んでたものと違う。)
事務的に再会を済ませ、自分の目的まで突き進んでいるのだ。それに頭では分かっている。頭の中でハーマイオニーやハリーたちが疑っていたことを思い出す。正しくは思い出したのではなく現実へやっと目を向けられるようになったのだ。状況的にはかなり怪しいし、ハーマイオニーの言葉を完全に否定できるわけではない。
『考えてみてよ。例のあの人がクィレルの体から離れた直後にあなたのお母さんが現れるなんて話が上手すぎるわ!』
「なに?」
「あなたは杖を持ってないの?」
グリンダは少し考えてから答えた。
「ええ。長いこと眠ってて杖はどっかに行ってしまってるの。」
どっかに行ってしまっている?
耳を疑った。ダンブルドア校長の話が正しければ、エルファバの杖はグリンダのものだ。それも普通の杖とは違い白い杖もそうそうない。
「この杖、あなたのものよ。」
エルファバはグリンダに杖を見せる。
「...そういえばそうだったわね。長いこと眠ってたから記憶が所々抜けてて。早く火を放ってくれない?」
さっきの優しい声とはうって変わって冷たい声でグリンダはエルファバに命令した。暗がりからもグリンダがエルファバを睨んでいるのがよく分かる。エルファバは現実を知りたくなかった。初めて会う本当の母親に嫌われたくない。
「分かった。」
ハーマイオニーがよく使っているブルーの火が杖からヒラヒラと暗闇の中に落ちたと思えばジュっと何かに燃え移り、巨大な炎となった。
「これで...」
それはあまりにも突然の出来事だった。
「きゃっ!」
すごく強い力がエルファバの体を押した。エルファバは空中に投げ出され、下に下に闇に飲まれていく。ハープの音色が遠ざかり、美しい母親が見えなくなっていく。
「お母さんっ!!」
エルファバは背中に冷気と激痛を感じた直後、自分の意識も闇に飲み込まれた。