唐突なエルファバの言葉に父親が一瞬目を逸らしたのをエルファバは見逃さない。
『直球に言うのよ。簡潔にストレートに自分の主張を貫く。』
妖精の呪文の時間で妖精の粉を出す呪文(主にクリスマスの装飾をするのに役に立つらしい)の練習中にハーマイオニーが言っていたことが復唱された。
『はい、リピートアフターミー。』
『簡潔に、ストレートに…へくちっ。』
エルファバのくしゃみで積まれた金色の粉の山が一瞬にして消えてクラス中に笑われたのを思い出してしまった。恥ずかしい。
「グリンダについてお前が知る必要はない。」
父親の言葉がエルファバを現実に引き戻した。床に座り込んでるあたり、まだ話を聞いてくれる余地があるようだ。
「グリンダ・オルレアンって私にそっくりなのに知る必要なんてないの?」
エルファバは早口で父親に持論を告げる。これもまたハーマイオニーの戦略だ。
「どうせ大体の調べはついてるんだろう?」
ハリーが言ったとおりだった。
『お父さんレイブンクローで首席なら僕たちがいろいろ調べてることも察しがついてると思うよ。むしろ上手いことはぐらかされるかもしれない。』
魔法薬学の最中、ハリーは小声でエルファバに言った。スネイプの目を気にしながら喋るのはかなり大変なのだ。
『ウソついたら余計ダメだと思う。言葉を気をつけて正直に言えばまだマシになるはずだよ。君のパパはバーノンおじさんじゃないし。だから『無駄口を叩くなポッター、グリフィンドール10点減点。…作り方を間違えたなさらに10点減点。』』
エルファバとハリーの目の前に巨大なコウモリが減点できた喜びにニヤリと笑った。クィレルがいなくなり、グリフィンドールに大量得点が入ってからハリーいじめはさらにひどいものになっていた。正直なところ20点減点したところで大したことはないのだが。
(スネイプは味方よね?)
エルファバだけではない、他の3人も思ってることだ。スネイプは羊皮紙に何かを書き込み(腕の動きからして0と書いたと思われる)去っていった。エルファバも一緒に作っていたにもかかわらず、減点されたのはハリーのみだったことは成績返却後に分かったことだ。
「グリンダ・オルレアンがレイブンクローのビーターでクィレルのお姉さんで私の生みのお母さんだってことは知ってるわ。」
どうでもいい回想を頭の奥に押しやり、エルファバは続けた。どうもエルファバがホグワーツに帰りたいという衝動はタバコ禁煙中の人がタバコを欲しがるのと同じ感覚らしい。
「お父さんが首席だったのも…?」
エルファバは父親がヒゲを撫でながら感心したようにうなづいているのに気がついた。
「お前よくしゃべるようになったな。」
「そう…?」
『話逸らされちゃダメよエルファバ!!』
ハーマイオニーの怒号が脳内で聞こえる。
「大丈夫よハーマイオニー。」
「ハーマイオニー?」
「なんでもないわ。とにかく教えてほしいの。あの人はお父さんにとって、誰なの?」
今日のエルファバの疲れはMAXだ。昼間はクーラーのきいたデパート内を歩き回り、さらに今はいつも以上に喋り倒さなくてはいけない。重労働である。だがこのチャンスは二度と訪れないかもしれない。眉間にシワを寄せる父親にエルファバ続けた。
「私、グリンダ・オルレアンのこと知らないせいで友達と絶交しかけたのよ。」
必殺、罪悪感を植え付ける攻撃!!
提案者はロンだった。家に帰る朝食時にハーマイオニーとハリーですらマーマレードたっぷりのトーストをかじるのを止めたぐらいだった。
『パパもママも僕が友達がいることにずいぶんホッとしてるんだ。だからエルファバのパパだってそうなんじゃない?』
『でもそれは私の『いいアイデアねロン!』…え?』
ハーマイオニーはずいと前に出てエルファバにニヤリと笑った。
『お父さんに罪悪感を持たせるのよ。自分のせいで自分の娘が絶交しかけたなんて言ったらきっと罪悪感が湧いて言ってくれるわ。』
エルファバはロンとハーマイオニーを交互に見るが、どっちも悪だくみをする小悪党のような笑みを浮かべた。
(ええ…えっ?)
エルファバは助けを求めてハリーを見た。
『ロン、君って最高だ。』
無駄だ。ハリーも全く同じ顔をしてエルファバを見ていた。
『言ってくれるよね?』
『えっ、でもそれって私のせいだ『タップダンス。』…はい。』
エルファバの過去の悪行をダシに意見を通す。
罪悪感を上手く使う術を身をもって知ったエルファバだった。
効果はテキメンだ。父親はエルファバの言葉に弾けたように顔を上げ、痛みを感じたかのように顔を歪ませた。
(ごめんお父さん。)
「ちょっと待ってくれ。」
そう言って父親はエルファバを置いて部屋を出た。
エルファバは新たなる罪悪感に心を痛ませながら、静かに部屋で待っていた。
ガチャ。
エルファバはてっきり父親が帰って来たのかと思った。まさか違う人物が部屋に来るなんて思いもしなかったのだ。
「お母さん...」
母親を見るのはずいぶん久しぶりな気がした。赤いポロシャツにジーンズを履いたエディにそっくりな母親は黒髪に少し白髪が混じっている。目の下にはクマがあり、最後に見た時よりもずっと老けて見えた。
「それなに?」
母親はエルファバの部屋に積まれた袋の山を指差す。
「えっ…っと…。」
「答えて。こんなものあなたに与えた覚えはないわ。」
まずかった。まさか母親が自分の部屋に来るなんて考えになかったのだ。というよりも、母親が自分のことに関心を持つこと自体ビックリなのだが。
エルファバはなるべく目を合わせないように母親のジーンズを見ながらボソボソとしゃべりだす。
「今日…ハーマイオニーと買い物に行ったの。」
どう言ってもウソだということはバレるに決まってる。ならば正直に話した方がいい。
「ハーマイオニー?誰なの?」
「友達よ。…学校の。」
「友達?あの学校の?なんで普通の子たちが買うようなブランド知ってるのよ?」
「ハーマイオニーはね、マグ…私たちと同じ生まれなの。ご両親は歯医者で「お金は?」…ハーマイオニーのお母さんが払ってくれた。」
エルファバは恐る恐る顔を上げた。母親は意外なことに怒っているというよりかはたしなめるような顔をしていた。
「エルファバ、あなたはいけないことをしたって分かってるはずよ。」
「うん。」
母親はため息をつき、しゃがみこんでエルファバと目を合わせる。黒々とした瞳に自分が映し出されるのを奇妙な感覚で見つめていた。
「お母さんもあなたの服が足りないことを分かっててそのままにしていたのは悪かったけど、服を買いたいときはお母さんに言いなさい。ハーマイオニーっていったかしら?その子にもそのお母さんにも迷惑をかけることになるでしょう。」
あまりにも意外すぎる言葉にエルファバは宙をぷかぷか浮いているような感じがした。
(お母さんが私の服を買ってくれる?そう言ったの?)
こんなふうに対等に話してくれるのはいつぶりだろうか。母親に触れてもらえている。それだけで嬉しかった。
「今度その子に会った時にお金とお礼のお菓子でもあげましょう。それに私も久しぶりに…。」
母親の言葉は続かなかった。何かに気を取られているようだ。黒い目をこれでもかと見開き、その視線は天井に注がれているようだった。
「お母さ…?」
バシンっ!!
エルファバの頬に鋭い痛みが走り、口の中に鉄の味が広がる。
「えっ…。」
右頬は熱を持ち始め、痛みと母親にぶたれた悲しみで視界がぼやけてきた。
「どうして!?」
「お母さ…。」
「なんで"力"を使ったのよっ!?」
頬に温かい何かが伝うのを感じた。そして手に、頬に、額に、肩に、冷たい"何か"を感じた。
「ごっ、ごめっ、なさっ…。」
止めようとエルファバが必死に努力をしするが、雪の粒は大きくなっていくばかりだ。
「お母さんのことそんなに嫌いなの!?」
「違っ、大好きよお母さん…。」
「ふざけないで!!そうやって"力"が操れないふりしてお父さんに守ってもらおうとして!!だからあの日だってマー「アマンダ!!!」」
父親はエルファバを殴ろうとしていた母親の腕を掴み、睨みつけていた。その青い瞳は母親が大嫌いだと言っていた。
「出てけ。」
母親はまるでエルファバのせいだと言わんばかりにギロリと睨みつけてから、父親の手を振りほどいて出て行った。
「エルファバ。」
(痛い、悲しいよお父さん。)
父親に抱きしめて欲しかった。エルファバは悪くないって言って欲しかった。
「どうして"力"を使ったりなんかしたんだ。あいつがお前の"力"が嫌いだって知ってるだろう?」
しかしそれは叶わない。
「分からないの…!!どうやって力を止めればいいか…!!」
必死なエルファバの主張も叶わず、父親は首を振るだけだった。
「お前はできないんじゃない。しようとしないだけだ。」
(違う!私は止めたいの!こんな"力"消えてしまえばどんなに楽か、ハリー達に全てを話してしまえたら!)
そう叫びたいが、分かってもらえない辛さから嗚咽が止まらない。
「なっ…なにが…ひっく…ちがうの…?」
「何がだ。」
「ひっく…みんなと…わっ…たし…どう…ちがうの…?」
(私とみんな、どちらも魔力がある。どんなに偉大な魔法使いでも時折感情で魔力を暴発させることがある。ねえお父さん、私とみんなとどう違うの?)
「お前の"力"は殺傷能力があるんだよエルファバ。普通の子どもの魔法使いのように感情でガラスを割ったり気味の悪い液体になって周囲を漂うのとはわけが違うんだよ。」
もうわけが分からなかった。エルファバは普通になりたかった。ハーマイオニーのように母親や父親に愛されたい。ロンのように妹と普通に話したい。
「お前の"力"は年を重ねるごとに強くなる。今はこうやって部屋に雪を降らせたり、水たまり程度に周囲を凍らせるだけだ。でも…」
父親は少し言うのを躊躇してから囁くような声で続けた。
「グリンダも全く同じ"力"を持っていた。"名前を言ってはいけないあの人"がイギリス中を支配していた時、彼女の心は悪に染まって行ってしまった。そして最期、山の中に追い詰められた時に登山中だったマグル17人と魔法使いたち5人を巻き込んで山ごと凍らせたんだ。…自らもな。彼女にはそのくらいの力があったんだよ。」
あたりは静かだった。小鳥がさえずることもない、車が走っている気配もない。
「なぜ11年もグリンダの体がそのままあったと思う?魔法省がその物珍しさに凍った体を神秘部が保管してたからだ。そして去年の夏、彼女の弟がそれを盗んだ。」
そこで言葉を切り、泣きじゃくるエルファバの前に小さな水色の箱を差し出した。
「これが全ての答えだ。自分で答えを探すんだ。」
その箱には雪の結晶の装飾が施されており、それがまるでこの部屋に降り注ぐ雪のようにキラキラと動いていることから魔法のものであることが分かった。さびた南京錠がかかっていることからもうずいぶん昔から開けられていないことが分かる。
「鍵はない。もう大分昔に捨ててしまった。けどお前ならどうやって開ければいいか知ってるだろう?」
エルファバは目をこすりながらうなづく。さっきよりかは落ち着いてきた。
「これだけ言っておく。お前の"力"でエディが死にかけたようにお前の"力"で人を殺せるし、お前を悪に染めてしまう力がある。どちらも人に見せることでその可能性を高めてしまうんだよ。」
父親は立ち上がり、エルファバに振り返りもせずに部屋から出て行こうとした。
「たとえそれが親友でも、愛している人でも。」
それだけつぶやき、父親は出て行ってしまった。
父親の出て行った部屋は空っぽで、真っ白で、寒くて。
「私は…。」
グリンダは悪に染まってしまった。
母親は私が嫌いだ。
父親は分かってくれない。
エディは何も知らない。
じゃあ、ハリーは?ロンは?ハーマイオニーは?
『絶対君は辛いことや悲しいことがあるのに、それを僕らに相談しようともしない!そんなに僕らが信じられないかい?!僕らだって君と同じくらい君のことを考えてるんだ!』
『私たちならきっと解決できると思うのよ、できなくても言うだけでスッキリすることだってあるし、ね?』
『言葉にするともやもやしてる気持ちが整理されるって。』
どれくらい時間が経ったのだろう。泣きすぎてクラクラしていた時だった。
「おーや?チビファバちゃん、部屋が雪まつりだ!たーいへんだあ!」
「やめろよフレッド!多分嫌なことがあったんだよ。言っただろう?」
「おーや、ロニー坊やは女の子の前でカッコつけようとしてらっしゃる。」
「やめろジョージ!」
信じられなかった。エルファバは腫れた目を何度もこすって確認する。
まず、窓の前で車が浮いてる。
そして…
「チビファバが泣いてるから泣きファバだな!」
「久しぶり、エルファバ!」
「カッコつけんなロン。」
その車の中に赤毛の男の子が3人。
「ロン、フレッド、ジョージ?」
大好きな友人ロンとその兄でエルファバ観察が大好きな双子のフレッドとジョージ(見分けはつかない)。
「どうして?」
「そりゃ、泣き虫嬢ちゃんを助けにきたに決まってるだろ?」
「泣き虫じゃないもん。」
エルファバは双子の1人を睨みつけた。
「ほー!チビさん反抗するようになったもんだ!」
「チビじゃないもん。」
「エルファバいじめんなよ…僕ら、ハリーを助けに行くんだ!来るかい?…君の夏休みもそんなに楽しくなさそうだし。」
収集のつかなそうな争いにロンは痺れを切らしたのか、ずいっと双子の前に出て言った。
「ハリーを?」
「うん。いっそエルファバ荷物持ってこのまま泊まりにおいでよ!」
「…待ってて。」
エルファバは水色の箱と宿題、新しい服たちをトランクに突っ込んだ。荷物は随分と少なかった。そして、小走りで(子犬みたいな走り方と双子が笑っていたのであとでどうしようか考えよう)部屋から出て、出せる声で家族にこう叫んだ。
「みんなまた来年の夏に会おうね!私もう戻らないわ!」
ええっ!?という妹の声とドタドタと聞こえる足音を無視してエルファバは双子たちの手を借りながら、空飛ぶ車へ乗り込んだ。
先ほどまで落ち込んでいたエルファバはまるで風船が膨らむように希望が高まった。
エルファバの夏休みが始まる。