ハリー・ポッターと氷の魔女   作:かっさん

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5.漏れていく秘密

柔らかい蝋燭の光に照らされる美しいホグワーツ城内、グリフィンドール、女子寮。

 

無事ホグワーツへ到着したエルファバはベッドの上で黒い日記帳を眺めていた。今日の昼のジニーとの会話を思い出す。

 

『ジニー、これあなたの?』

『いいえ、違うわ。』

『そう。』

 

(ジニーの教科書の中に紛れていたのに、ジニーの物じゃないなんて。でも、フレッドとジョージやロンが日記なんて書きそうにもないし、パーシーのかしら?)

 

無表情に黒い日記帳を自分のトランクに仕舞うエルファバにジニーは訝しげな目を向けていた。

 

(エルファバの物じゃないから私に聞くのよね?どうして誰のか聞かないのかしら?やっぱりこの間意地悪言ってしまったのが悪かったのよねきっと…。)

 

このようにエルファバとジニーの意思疎通はウィーズリー宅滞在最終日まで上手くいかなかった。ジニーは優しくしてくれたエルファバと仲良くなりたいと願っていたものの、エルファバ自身の性格のおかげでジニーはエルファバに完全に嫌われていると思っていたのだ。

 

もちろん、エルファバ本人はジニーが好きだったしむしろ年下の友人が出来たことに本人なりに大喜びしていた。顔に出ていないだけで。

 

閑話休題。

 

エルファバはインクと羽ペンをトランクから取り出し、床で爆睡しているラベンダーとパーバティをまたいで(2人は休暇中の出来事を長い間喋っているうちに寝てしまったようだ。)机へと向かった。ペンにインクを付け、少し考えてからこう書いた。

 

"ハロー。私の名前はエルファバ・リリー・スミス。ミセス・ウィーズリーの作ったご飯が大好きな12歳。"

 

ちょっとしたイタズラ心だ。持ち主はウィーズリー家の誰かなのは間違いのだから、きっと面白いと思ってくれるに違いない。キラキラと輝く文字にエルファバは胸を躍らせた。

 

エルファバは持ち主の反応を早く見たかった…が。

 

ーーーーー

こんにちは、エルファバ・リリー・スミス。僕の名前はトム・リドル。君はどのようにしてこの日記を見つけたんだい?

ーーーーー

 

エルファバの文字が吸い込まれるように消えたかと思えば、今使ったインクが滲み出て丁寧な筆記体の文字が現れたのだ。数秒エルファバは固まり、思わず後ろを振り向いた。先ほどの床で寝ている2人とちゃんとベットの上で寝ているハーマイオニー。誰も見ていない。

 

"ジニーの教科書の中に紛れていたの。"

 

エルファバは興奮気味返す。文字は消え、再びインクがトムの文字に変わる。

 

"ジニーは君の友達?"

"私はそう思ってるわ。"

 

少し考えてから、エルファバは続けて書く。

 

"あなたはどうして喋れるの?"

 

回答はすぐに現れた。

 

"僕は君の友達だからだよ、エルファバ。君の悩んでいることや悲しいこと、友達に言えない秘密をここに書き綴っていけばいい。感情を表に出すのはスッキリするよ。そのために僕はここにいるんだ。"

 

友達に言えない秘密。

 

エルファバは日記に浮かび上がってきた文字を何度も何度も読み返した。ここに書いてしまえば、文字は消えて無くなる。家族のこと、友達のこと。グリンダや"力"について。全てここで言ってしまえば…。

 

母親の怒った顔、グリンダの無表情な顔、ハリーたちの、ウィーズリー夫妻の笑い声。ホグワーツの料理の匂い。

 

全ての記憶が蘇ってくる。

 

(…辛いことがなかったことになる?)

 

エルファバは羽ペンを握りしめ、インクを染み込ませ、書き込んだ。

 

"考えさせて。"

 

トムの返事を待たずにエルファバは日記帳を閉じた。

 

その不思議な日記帳のことがずっと頭から離れず、薬草学ではマンドレイクを鉢から抜く際に耳当てを付け忘れ、直前にアンナに止められるという珍事まで引き起こしてしまった(『大丈夫?!』『どうして耳当て?』『付けないと気絶しちゃうからよ!エルファバしっかり!』)し、午後の抜き打ちテスト中もぼんやりとしてしまった。しかしそのテストはエルファバからすれば頭を使うわけでもないので大丈夫だった。

 

「チッチッチ、誰も私の好きな色を覚えていないようですね〜。それに私の誕生日の理想的な贈り物は魔法界と非魔法界のハーモニーです。」

 

これ、両面顏(クィレル)よりも酷いんじゃね?

 

男子生徒誰しもがそう思っているところである一方、女子生徒はこの授業に何の疑問を持たずにウットリとロックハートの"講義"に聞き入っていた。

 

闇の魔術に対する防衛術の初回の授業はミニテストから始まった。それはまだいい。問題はテストの内容だ。

 

"ギルデロイ・ロックハートの好きな色は?"

"ギルデロイ・ロックハートの密かな大望は?"

 

こんなのが延々と3ページ近くあった。

 

「ところが、ミス・グレンジャーとミス・スミスは満点だ!グリフィンドールに1人10点ずつあげよう!」

 

ハーマイオニーは名前を呼ばれた時に顔がピンクに染まり、ラベンダーたちに羨ましがられてた。一方エルファバはというと、いつも通りの無表情だ。

 

「エルファバって誰かにメロメロになることってあるのかなあ?ロックハートとか。」

 

ネビルはコソッと男の子たちに聞く。

 

「想像つかないけど女の子だし、あるんじゃない?」

「可愛いんだろうなあ。あの白いほっぺを赤くして…。」

「キモいぞシェーマス。」

「黙れディーン。」

 

ロンは3人の会話を聞いていたロンはもったいぶって咳払いをする。

 

「なんだいロン。」

 

緩んだネクタイを締め直し、ツルツルの顎をわざとらしく撫でる。

 

「えー、我々の見解を伺いたいですかエルファバ・ファンクラブのみなさん?」

「やめてくれよロン。ファンクラブに入ってるのはシェーマスとネビルだけだ。僕は違うよ。」

「僕は入ってない…。」

 

ディーンはパチル姉妹推しだ。ネビルは入会していないのに何故か入っていることになっている。不憫である。

 

「まあ、それはそれとして…。ポッター教授、我々の見解をこの3人に教えてあげましょうか。」

 

ハリーも便乗してロンの真似をし、しゃがれた声を作り出す。ロックハートは自分の功績に話すことに夢中になっている。

 

「そうですねウィーズリー教授。まず、現段階ではエルファバが誰かにメロメロになることはないと断言できます。」

「根拠は?」

「エルファバは基本男子生徒と話すことはできません。」

「「「…あー。」」」

 

3人とも納得の声を出す。

 

「それに「こらっ、そこの腕白坊主!気をつけないと足を取られてしまうぞ!この連中にね!」」

 

ロックハートが高々と覆いを取ると、カゴの中に大量のピクシー妖精がブンブンと回っていた。

 

「捕らえたてのコーンウォール地方のピクシーたち、邪悪な小悪魔たちですぞ!」

 

シェーマスはプッと吹き出し、危険そうじゃないとつぶやいたが、今度ロックハートはニヤニヤと笑って恐ろしい一言を放った。

 

「この邪悪な小悪魔たちをどうやって扱うのか、君たちのお手並み拝見っ!!」

 

そこからは生徒たちにとって地獄タイム。教室に解き放たれたピクシーたちはインクをひっくり返すわ、教科書を引きちぎるわ、制服に噛み付くわで生徒たちは大パニックとなった。

 

「いやっ、痛いっ!」

 

1匹がハーマイオニーがくれたピンをいつの間にか外し、エルファバの頭を突いてきた。

 

「やめてっ!」

「あっち行けっ!」

 

シェーマスはピクシーを教科書で引っ叩いた。

 

「ありがとう。」

 

シェーマス・ビジョンにより微笑むエルファバは銀色の光を放つ女神として映し出されていた。

 

「いっ、いや…。いいんだ。」

 

当然無能な教授は謎の呪文を叫ぶが、ロックハートはピクシーに杖を奪われてしまった。シェーマスは恥ずかしそうに髪の毛を引っ張られているラベンダーの救出へと向かった。

 

目を離したスキに今度別のピクシーはエルファバのペンダントに目をつけた。

 

「返して!大事なものなの!」

 

ホグワーツにいるときは形見離さずつけているハグリッドのペンダントを引っ張られ、エルファバの首にグイグイと細い鎖が食い込み、ミシミシと鎖が壊れるのを肌で感じた。

 

エルファバの怒りは爆発した。

 

「返してって言ってるでしょっ!!!!!」

 

バキバキバキバキっ!!

 

今度ピクシーは宙を浮いたまま動きを止めた。いや、宙に浮いているという表現は正しくない。凍ったピクシーは机を分厚く覆う氷の上に包まれていた。氷は軽々とエルファバの身長を超えるほど大きなもので、まるで波が机を包んだ瞬間を固めたような形をした氷だ。

 

「でっ、デフィーソロ!!」

 

エルファバは頭が真っ白くなり、慌ててローブから白い杖を取り出していつもの呪文を唱えた。氷はトロトロと溶けた後に溶けた水すらも跡形なく消え、全てがなかったことにされた。先ほどのピクシーは状況が分からず、キョトンと浮いている。

 

「ごめんなさい。」

 

エルファバは囁くようにつぶやき、杖を天井に向けて呪文を唱えた。

 

「イモビラス 動くな!」

 

全ての騒音が消えた。全てのピクシーたちが宙で固まったように動けなくなったからだ。ネビルがなぜかシャンデリアに吊るされていて気の毒だとエルファバは思った。

 

「私も全く同じ呪文を唱えようとしてたところよ。」

 

ハーマイオニーは自分の杖をしまいながらエルファバにニッコリと笑いかけた。グリフィンドール生はエルファバに拍手を送る。

 

(誰もあれを見てない…よかった…。)

 

エルファバはドクドクとうるさい心臓を深呼吸で落ち着かせ凍結が始まった床から早々と離れた。

 

「レパロ 治れ。」

 

エルファバは壊れかけたペンダントに呪文をかける、が、依然として不恰好な鎖は情けなくブラブラとエルファバの指の間で踊っているだけだ。

 

グリフィンドール生は誰からも指示されずとも自主的にのクラスから出て行った。もういたくなかったからだろう。エルファバもハリーのメガネを直し、ハーマイオニーの後をついていった。

 

「はあ、最悪だったなハリー。こんなのが続くなら僕これからの授業欠席しちゃおっかな…ハリー?」

「ねえロン。」

「どうした?」

「魔法って、使えるの?…杖なしで。」

「何言ってるんだいハリー。僕らだって入学前にたくさん魔法使ってたじゃないか。大人の魔法使いだって怒ったりすると全身から臭い煙放出したり、物を全部グニャって曲げたりするよ。チャーリーなんて「そうだよね。そうだよね、うん。」」

 

ハリーは一部始終をみてしまった。ハグリッドのペンダントを取られそうになったエルファバが怒り、杖なしで巨大な氷の塊を出現させた瞬間を。だが、そこは問題ではなく、ハリーが気になったのはそれに対するエルファバの反応だ。

 

エルファバの顔はハリーの人生の中でどの人物もしたことのない表情だった。何かを呪っているような、大怪我した部分を思いっきり押されるような表情。

 

(気のせいかもしれない。)

 

ハーマイオニーと話しているエルファバの小さい背中を見つめる。呪文が成功し、それをハーマイオニーが褒めたので少し嬉しそうだ。

 

「…まさか。」

 

ハリーはロンと共に歩き出した。

 

"トム

今日の闇の魔術に対する防衛術の授業は最悪だったわ。"

"どうして?"

"ダメな教授が教室にピクシーを放ったの。"

"ひどいなそれは。それはピクシーを2年生の授業で使うなんて危険極まりないよ。ピクシー扱ったのは確か4年の時だった。それも魔法薬学で血液を使った程度だ。"

"ピクシーの血液って使えるの?扱うのはすごく難しいって聞いたけど。"

 

トムはただの日記ではなく、そこらにいる上級生よりずっとウィットに富んだ話題をエルファバに提供してくれた。ハーマイオニーも優秀な生徒ではあったが、お互いに2年生ということだけあり魔法の話題を話すには限界というものがあったのだ。上級生の友人がほとんどいないエルファバにとってトムは素晴らしい知識の宝。毎晩寝る前にトムに1日の出来事を報告して、自分の読んだ本について質問するのがエルファバの日課となった。一方で、トムはエルファバのことも褒めた。

 

"君って2年生にしてはすごく賢い。もしかして首席かい?"

"いいえ。首席は私の友達よ。私覚えるのは得意なんだけど、考えて何かするのが苦手だから成績は平均くらい。"

 

ハリーたちと関わっている時とはまた違う楽しさをエルファバはおぼえていた。

 

「ハーイ。」

 

そんなある日、エルファバはハグリッドの小屋に行く途中でジニーと遭遇した。

 

「はっ、ハーイエルファバ。」

「なにしてるの?」

 

ハリーが来るのを待ってるなんて口が裂けても言えないジニーはブラブラしていると答えた。

 

「エルファバは?」

「ハグリッドにペンダントを直してもらうわ。」

 

エルファバは自分の首にかかるペンダントをジニーに見せる。そして思い出したようにエルファバはゴソゴソと革のバックの中を探った。

 

「あなたのお兄さんのものでもないらしいから使わせてもらってるわ。」

 

真っ黒い日記はエルファバの手のせいでずいぶん小さく見える。

 

「そうなの?てっきりパーシーのかと思ってたわ。」

「見たこともないって言ってたわ。」

 

エルファバは秘密話をするようにジニーに体を寄せた。

 

「この日記の中にトムって人がいて、なんでも答えてくれるの。」

「えっ?どういうこと?」

 

エルファバはペラペラと日記をめくるが、そこにはエルファバが使っている気配はなく、淡々と白紙が続くだけだ。

 

「文字を書くと吸い取られて、代わりにトムっていうこの日記の中にいる人がそれに対して答えてくれるのよ。彼ってすっごく賢くてなんでも知ってるから。」

 

ジニーには多くの悩みがあった。お下がりのこと、双子の兄がからかってくること、友達ができないこと、母親と父親が恋しいこと、そしてハリーのこと。

 

誰にも言えない。話し相手がいない。

ジニーは孤独だった。

 

(エルファバ、いいなあ。そんなポケットに入れる友達のようなものがあって。)

 

「良ければ、使う?」

 

エルファバは日記をジニーに渡す。

 

「えっ?」

「これもともとあなたの持ち物の中にあったから。」

「えっ、でもこれってあなたが…。」

 

エルファバは首を振る。

 

「1年って大変らしいから。」

 

エルファバはなかったが、一部の新入生はホームシックになったり友達ができなかったりするらしい。それを聞いたエルファバはジニーもそうなのではないかと心配したのだ。

 

「ありがとう。」

「いいの。」

 

エルファバはじゃあね、と言ってハグリッドの小屋へと歩いていった。

 

「あんなに美人で優しいなら、ハリーが好きなのも当然だよね…。」

 

ジニーは日記帳を見つめてから、ボソッとつぶやいた。

 

ーーーーー

 

「ほれっ、直ったぞ。」

「ありがとうハグリッド。」

 

エルファバは規則的に連なる鎖を満足げに見てから、改めて星たちを閉じ込めたようなペンダントを自分の首に下げた。

 

「悪かったな。その鎖は魔除けでな、変な生物が悪さできんようになってるんだが…呪文も弾くとは思わんかった。ピクシーなんぞは小物すぎて逆にこれが反応しなかったんだな。」

「いいの。」

 

エルファバはハグリッドの巨大なソファに座りながらイチゴとオレンジの香り漂う紅茶を飲み、一息ついた。ファングがべろっとエルファバの手を舐めたので、少し躊躇しながらも頭を撫でる。

 

平和なひとときのはずだった。

 

「…で、ですね、女性が悲鳴をあげた。私が走っていくともう1匹狼男が女性に噛みつこうとしていたわけです。だから私がこうやって彼女の上に覆いかぶさり、『彼女に手を出すなっ!』と叫んだわけです。そしたら狼男は『貴様なんぞに彼女を助けられるか。』と嘲笑った。私は華麗に金縛り呪文を狼人間にかけ女性を逃し、私はテレフォンボックスへと逃げ込んだ。」

 

そう、これ(ロックハート)いなければ。

エルファバの隣で一人芝居しているロックハートはなんとも滑稽で、ハンサムで、

 

ウザい。

 

「で?何をしに来たっちゅうわけだお前さんは?」

 

いつも穏やかなハグリッドがこの時ばかりは明らかに不機嫌オーラ満載で食器を片付けている。

 

「ああ、すっかり忘れていましたっ!私の本で水魔の追い払い方を書いておいたでしょう?あなたのような方にぴったりのほ「お前さんの本など1冊も読んでねえ。何年俺がホグワーツの森番をやってると思っとるんだ。」」

 

訳は"とっとと帰れ。"だ。

 

「なんと!私の著書を読んでいないと?!ギルデロイ・ロックハートのガイドブック〜一般家庭の害虫〜は魔女から最も簡単に害虫駆除ができると大評判ですよ!それ「俺はエルファバに鎖の直し方を教えるんだ。」」

 

訳: "なんでもいいから帰れ。"

 

「いえっ、私が教えましょう!この学年の秀才ちゃんに私から簡単にできる物を直す呪文を施せばもうここへわざわざ足を運ばなくても大丈夫っ!私の本を読む時間が増えますよっ!」

 

ロックハートはエルファバにイタズラっぽくウインクを発動した。女の子なら大体が落ちてしまうウインク。

 

エルファバにはこうかはないみたいだ。

 

気まずい沈黙が小さな小屋を支配する。

 

「さあって、そろそろお暇するとしましょうっ!私も暇ではないのでね…ハグリッド、あなたが私の本を持っていないのは驚きだ。サイン付きのものを今晩中に届けますよっ!」

 

ロックハートは真っ白な歯を背を向けたハグリッドと感情を抜いた人形のようなエルファバに向け、真っ赤なローブを翻して去っていった。

 

「…あいつの寮知ってるか?」

 

謎の余韻が残った小屋の中でしばらくしてハグリッドが口を開いた。

 

「レイブンクローだ。」

「…。」

「分かるぞエルファバ。俺らの知ってるレイブンクロー生と大分違う。時々俺は組み分け帽子を疑うことがあってだな。」

 

コンコン。

 

誰かが小屋の扉をノックした。

 

「まあたかっ?」

 

心底嫌そうにハグリッドは深呼吸を数回繰り返してから、ゆっくりと扉を開けた。しかし、来たのは2人が待ち望んでた人たちだったために、小屋の空気は一気に浄化された。

 

「みんな…どうしたの?」

 

だが、様子がおかしい。ロンがハーマイオニーとハリーに肩を抱かれてハグリッドの家にやってきた。ロンの顔は青白く、気分が悪そうだ。ハリーは赤と黄色のクィディッチ・ユニフォームをなびかせ、切羽詰まったようにキョロキョロと小屋を見渡す。

 

「ロン大丈夫?」

「エルファバダメだ!!」

 

ハリーがそう言うが遅し、エルファバがロンの顔を覗き込んだ時、悲劇は起こってしまったのだ。

 

「うえっ!」

 

ベチャっ。

 

「あっ。」

「うわっ。」

「あちゃっ。」

 

ロンの口から出た何かがエルファバの鼻に直撃し、エルファバは状況を理解するのに数秒、そして"何か"が鼻の上で動いていることにさらに数秒かかった。

 

「いる…。」

 

頑張って絞りだした言葉がこれだ。エルファバは震える手でヌメヌメした硬いゼリーのようなものに触れた。

 

モゾモゾ。

 

「……。」

「エルファバ…ごめん。」

 

ロンは口を押さえながら小声で呟く。

 

エルファバは意を決してそれをつまみあげる。ノロノロと指の先で抵抗しているナメクジとエルファバは目があった。

 

やあ。

 

エルファバは人生で一度も出したことのない速さでハグリッドの小屋を駆け出し、すぐ近くの水溜めに顔を突っ込んで必死に顔をこすった。

 

パキパキっ…。

 

「デフィーソロ、デフィーソロ…うう…。」

 

人間必死になるとダンブルドアもびっくりなスピードで杖が出せる。エルファバは水の水温が下がった瞬間に杖を取り出し、冷却を防いだ。

 

「ううっ…。」

 

しかしいくら洗っても洗っても鼻先のヌメヌメは取れない。

 

「エルファバ?大丈夫?」

「う…ん…。」

 

追いかけてきたハリーは一瞬で悟った。

 

エルファバの心の叫びが顔から読み取れた。眉間にシワがより、青い瞳に涙をいっぱいためてハリーを見つめてきた。哀れなことに、感情が表に出ればいいものが本人の性格上それはできないようだった。

 

気持ち悪いいいいいいい!!うわあああああああんっ!!

 

まるで自分が悪いことをしたようだとハリーは一瞬罪悪感持った。

 

「大丈夫、ただのナメクジだよ。」

「な…んで…?」

「ロンの口からナメクジが出たか?」

 

ハリーはエルファバの言葉を引き取る。

 

「マルフォイだよ、ハーマイオニーに向かって…なんて言ったんだっけ?それをハグリッドに聞かなきゃ。」

 

エルファバはコクコクと下を向いて頷く。

 

「ほら、大丈夫だって。早く行こう。」

 

ハリーはエルファバの腕に触れた。

 

「!?」

 

ガバッと、エルファバはその細い腕からは想像もつかない力でハリーの手を振りほどいた。

 

「えっ?どうしたの?」

「えっ、あっ、ごめん…。ごめんなさい。ちょっとびっくりして…。」

 

オロオロしたエルファバに悪気はないんだとハリーはホッとした。

 

「大丈夫、反抗期の娘に拒否される父親とはこんな気分なのかってびっくりしただけだから。」

 

つまりちょっと傷ついたという意味だ。

 

「?うん。」

 

(ハリーの手が凍らなくて良かった。そんなことになったら私気絶しちゃうわ。)

 

エルファバはハリーとハグリッドの小屋に向かいながら一息ついた。一方ハリーはというと、自分のユニフォームの裾に気をとられていた。

 

凍ってる…?

 

鮮やかな赤と黄色に彩られたグリフィンドールのユニフォーム、その腕の裾の部分が1センチほどキレイに凍っていた。霜がついているというレベルではなく、氷が裾全体を包んでいるといったほうが正しい。

 

「エルファバ、これって「そんなことを言ったのか!」」

 

小屋の扉の隙間からハグリッドの唸り声が漏れた。エルファバとハリーは顔を見合わせ、小屋に入ってハグリッドと話を聞いた。

 

穢れた血。

 

それは最大のマグル生まれに対する侮辱。純潔と呼ばれる魔法使いのごく一部がマグル生まれを蔑むために作られた言葉。マルフォイはハーマイオニーにその言葉を吐き捨てたらしい。

 

「全く、狂ってるよ。自分たちが優秀だなんて。マグル生まれでも素晴らしい魔法使いなんてたくさんいる。」

「それに我らがハーマイオニーが呪文を失敗したことなんぞ今まで一度もなかったぞ。」

 

ハグリッドが誇らしげに言った言葉にハーマイオニーは恥ずかしそうに手で顔を覆い隠す。

 

「ハーマイオニーは首席だもんね。」

 

エルファバはハーマイオニーの服をクイクイっと引っ張った。

 

「やめてよエルファバ。恥ずかしいわ。」

「事実だもん。」

 

照れる友人をからかうのはずいぶん楽しいと思ったエルファバは珍しく笑った。ホグワーツ新学期入って初のエルファバの笑顔は一瞬でその場の空気を明るくするパワーがあった。

 

誰もがもっとエルファバは(他人から見てもしっかり認識できる程度に)笑うべきだと思った瞬間だ。

 

「そういやハリー、お前さん、サイン入りの写真配ってるそうじゃないか?なんで俺にくれなかったんだ?」

「ハグリッド!僕そんなことしてないよ!」

 

この場の空気に便乗してハグリッドもハリーをからかった。

 

「冗談だ。」

「本当勘弁してよ。」

 

ハリーはムキになって糖蜜ヌガーを口に押し込み、口を完全接着してしまった。モガモガしているハリーに気づいてエルファバは粘着を弱くする呪文をかけてあげた。

 

「どうやらハーマイオニーはロックハートにお熱のようでな。エルファバはどうだ?」

 

ハリーもロンも、そして質問したハグリッドも、答えを知っている。3人とも世代を超えて同じ顔でニヤニヤしてエルファバ本人からそれを聞くのを待っていた。ハーマイオニーはといえば、ずっと自分の世界に浸っていたので、エルファバがロックハートに対してどう思ってるのかなど考えたこともなかった。

 

エルファバは冷たくなった紅茶を口に流し込み、静かにつぶやいた。

 

「私、あの人きらい。」

「エルファバ!?」

 

ハーマイオニーが叫んだのと、男性陣が歓声を上げてハイタッチしたのは全く同じタイミングだった。

 

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