ハリー・ポッターと氷の魔女   作:かっさん

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8.決闘クラブ

「さあ、どいてどいて!」

 

マダム・ポンプリーがせかせかと医務室で走っていた。ロン、ハーマイオニー、エルファバは邪魔にならないように脇に避けながらベッドで横になるハリーを心配そうに見ていた。

 

「ハリー…。」

 

ぐったりしているハリーが心配でエルファバは自身のローブを握りしめた。

 

「まったく!真っ直ぐここへ来るべきでした!」

 

マダム・ポンプリーは憤慨していた。

 

「ホント。」

 

エルファバはボソッとつぶやいた。

 

ハリーはクイディッチの試合でマルフォイとハリーしか追わない細工されたブラッチャーとの死闘の末、腕を代償に見事グリフィンドールを勝利に導いた。

しかしここからが問題だった。

 

骨折したハリーは本来ならもっと早くここに来てその場で治療を受けているはずだった。哀れなハリーはロックハートに捕まった。その毒牙にかけられたハリーは腕の骨ごと抜かれてしまった。

 

(ああ、なんてひどい!なんて酷い!ロミオとジュリエットに勝る悲劇だわ!)

 

「エルファバ何考えてるの。」

 

ハーマイオニーはジロッとエルファバを睨み付ける。

 

「だって、治療呪文なんて基本的に一般の魔法使いが使うなんて難しいから良しとされていないわ。怪我の多い職業に就いている魔法使いとか癒者ならともかく。それにね、言っては申し訳ないけどハリーの怪我は誰がどう見ても命に関わるものではなかったのよ。ロックハートはいかに自分が優れているかを見せつけるためにハリーを利用したのよ。それが許せない。しかもそれで治せたならまだしも悪化させたし。」

 

エルファバが早口に長文をツラツラと話すのは珍しいため、医務室にいるグリフィンドール選手全員が動きが止まった。全員の目がエルファバに注がれる。

 

「?」

 

キョトンしたたエルファバは周囲を見渡したが、何事もなかったかのように活動再開。ハーマイオニーは思わずロックハートを庇った。

 

「誰にだってミスはあるわよ。それにハリー、痛みはもうないんでしょ?」

「ああ、それ通り越してもう何も感じないけど。」

 

ハリーの発言に言葉を詰まらせたハーマイオニー。エルファバは目の合ったハーマイオニーにクイっと白い眉を動かした。

 

一方グリフィンドール生はケーキやら菓子やらを持ち込み、ささやかな勝利パーティーを開こうとしていた。しかし残念ながらそれはマダム・ポンプリーによって阻害された。

 

「彼はこれから23本骨を再生させるんですよ!?騒がしくしたら治るものも治りませんっ!出てお行きっ!」

 

マダム・ポンプリーの言葉に反応したモップ5本ほどが雫を飛ばしながら生徒たちの体をグイグイと押し付けてきた。

あれよあれよと言う間にグリフィンドール選手とお菓子たちが医務室から追い出されバタンと扉を閉めてしまった。

 

閉め出されて解散したエルファバはそのまま部屋に戻り、新しい日課になったトムとの対話に勤しんだ。

 

"トム、ハリーがケガをしてしまったの。明日には治るらしいんだけど少し寂しいわ。"

"本当かい?それは大変だ。"

"そういえば君の"力"について何か進展はあったかい?"

"いいえ、特には。"

 

新しい日課と言いつつ、エルファバは少しトムに不信感を持つようになっていた。

自分が"力"を持っていると話して以来、トムはしきりにそれについて聞いてくる。今までのトムはこっちから質問したらそれに関してしか答えなかった。にも関わらず、"力"のことを自ら尋ねてくるというのはおかしい。てっきりエルファバはこの日記には知恵魔法や感情読み込み呪文がかけられていて、書いた人にあった言葉を書いているのだろうと結論づけていたが、実際はこの日記は全く同じものを知らない誰かが持っていて、この文面が誰かに読まれているんではと考えていた。

 

(ちょっと怖いわ。普通に話すのであればまだしも、知らない誰かに…秘密を…。)

 

エルファバは自分の"力"以上のことをトムに情報として与えるのを止めたのだ。

 

「エルファバ?」

 

何故か生クリームを口につけたパーバティがエルファバを呼ぶ。

(何かのパーティーだったのかしら?)

 

「?」

「ロンの妹が呼んでるわ。」

 

エルファバがパーバティの後ろを覗くと、オドオドしているジニーが立っていた。

 

「どうぞ。」

 

エルファバはジニーを招く。ジニーはハーマイオニーのベッドに座り、ため息をついた。エルファバは何となく予想がついていた。おそらく日記を返して欲しいという催促だろう。

 

日記を返してもらってからというもの、ジニーに遭遇する確率というのが今までの3倍くらいになった。かといって、直接返してほしいといってきたわけではない。無言の圧力だ。まるでエルファバを追いかけているかのようで少し寒気がした。

 

(ストーカーに追われるってこんな気分なのかしらね。)

 

「ねえ、あなた最近調子どうなの?」 

「…まあまあよ。」

 

突然の挨拶に拍子抜けしながらエルファバは答えた。

 

「違うの。そういう意味じゃないの。すっごく変なこと聞くけど、最近体調が悪くなったり、記憶が飛んだりしない?」

 

(体調…。)

 

確かに体調が優れない日が続いた気がした。しかし記憶が飛ぶといったことはなかった気がする。

 

「私、そうだったの。気がつけばぽっかりと記憶が空いたような時間帯があったり、ずっと具合の悪いな日が続いて…。でもそれが急になくなったのよ。」

 

ジニーは殺人に使った凶器を指差すように震えながら日記を指差した。

 

「それがなくなってから。」

 

エルファバは日記を手に持ち、パラパラと白紙のページをめくる。この沈黙の中で談話室からは小さな爆発音と歓声が響いてきた。

 

「私、あなたがそれを持っていってから気が狂うかと思ったのよ。昼も夜もずうっとそれについて考えてて…。でもある時ふっと力が抜けて、何で自分がここまで日記がほしいのか分からなくなって。それとパーシーにも最近体調が良いって言われるようになったの。」

 

やはり、この日記は怪しい。エルファバは確信した。

 

「…ハリーたちに言おう。きっと何かいいアドバイスが「ダメよっ!!!!」」

 

ジニーは弾けるように立ち上がり、エルファバに迫るように近づいた。ベッドの柱がその衝撃でミシミシっとなった。

 

「どうして?」

「それには私の秘密が書いてあるのっ!!それであの3人にバレたらどうするの?!あなた責任とれるの!?」

「じっ、ジニー…。分かったわ。ハリーたちには言わない。」

 

ジニーの表情は差し迫るものがあり、エルファバは圧倒されてしまった。赤毛をブンブン振り回し、目に涙をためているジニーに勝てる気がしなかった。

 

「あなたには分からないわよ。あなたみたいに美人な子に悩みなんてないんでしょうねきっと。」

 

座り込んだジニーは囁くように呟く。

 

「私にも悩みはあるわ。解決にずいぶん時間のかかりそうなものがいくつかね。」

 

エルファバは自分のベッドの下をチラリと見た。全ての自分の悩みの謎が詰まっているあの箱やグリンダの幸せそうな顔を思い浮かべる。

 

「教授に言うのはどうかしら?彼らは魔法のエキスパートよ。マクゴナガル教授は?きっと上手くいくわ。」

 

こっちの提案には納得したらしい。ジニーは小さくうなづき、ゆっくり立ち上がった。

 

「でも、これ私にしか症状が出なかったんでしょ?もう1度確認させてほしいわ。明日中に返すから1回日記貸してもらえない?絶対明日返すわ。」

「分かった。」

 

エルファバはジニーに日記を渡す。

 

「明日1番にあなたの部屋に行くわ。」

「うん、お願い。」

 

しかしエルファバはこの日記を渡したことをひどく後悔した。

 

 

ーーーーーー

「コリン・クリービーが石化した?」

 

翌朝早くのハーマイオニーからのニュースはエルファバを言葉通り凍りつかせた。毛布は内側でカチンコチンになっている。

 

「ええ、さっきマクゴナガル教授がフリットウィック教授に話してたわ。本当はハリーのお見舞いに行くべきなんでしょうけど、早くポリジュース薬を作り始めるべきだわ。」

「ええ、そうね。」

 

エルファバの中で最悪の可能性がよぎった。ミセス・ノリス、コリン・クリービー。この2人が襲われたときにジニーが日記を持っていた。

 

そしてジニーには記憶のない部分がある。

 

「私もすぐ行くわ。ちょっと待って。」

 

エルファバは髪をとかそうとするハーマイオニーを振り切り、ジニーのいる部屋へと駆け込んだ。

 

「ジニー!」

 

飛び込んだ部屋ではむにゃむにゃ言っている1年生が数名寝ていた。

 

1つベッドが空いている。

 

「エルファバ。」

 

エルファバの背後にパジャマ姿のジニーがいた。

 

「おはよう。えっと、日記取りに来たわ。」

 

(おかしい。ジニーの様子が変だわ。焦点が定まっていない。)

 

「エルファバ。やっぱりやめたわ。」

「?」

「この日記は私の物。誰にも渡しはしないわ。」

 

ジニーは愛しそうに日記を抱く。昨日の不安にかられたジニーとはまるで別人だ。

 

「何言ってるの?おかしいんでしょうその日記。今日渡すっていったじゃない。」

「そう言って私の秘密漏らそうとするんでしょ?」

 

エルファバは必死に説得できそうな言葉を頭の中にある語彙から探し当てようとする。

 

「あ、あなたの秘密を漏らす気なんてないわジニー。お願いよ。」

 

ジニーはギロリとエルファバを睨みつけ、ふふふっと笑った。その姿は11歳の少女のそれとは違い、邪悪で憎しみにあふれたものだった。

1年生の時にヴォルデモートに取り憑かれたグリンダを彷彿させる。

 

「言っちゃおうかしら?あなたの秘密。」

 

エルファバはチラリと1年生を見た。まだ夢の中のようだ。

 

「あなたが魔力を暴発させる精神異常者だってこと。」

「!」

「それを知ったらあなたのお友達はどうなるかしらね?話してくれなくなる?拒絶し、迫害する?ふふっ。」

 

立ち尽くすエルファバにジニーは背を向け、歩き出す。

 

「ほうら、また凍ってるわよ。精神異常者さん?」

 

エルファバの立つ床周辺が氷となっていた。

 

「デフィーソロ…ジニー、あなたはかなりまずい状況にいるのよ。」

 

ジニーは足を止める。

 

「何か言ったかしら?」

「あなたが生徒を襲ってるのね?」

「そんな証拠どこにもないでしょう?」

「それってイエスって意味かしら?あと私はね…」

 

ジニーは鼻を鳴らして階段を降りていく。聞く価値のないことだと思われたらしい。

 

「精神異常者なんかじゃないわ。」

 

それはどちらかと言うと自分に言い聞かせているような言葉だった。

 

ーーーーーーー

 

トイレでポリジュース薬を作り始めた頃、退院したハリーがやってきて興味深いことを教えてくれた。

 

どうやら秘密の部屋は前にも1度開かれたことがあるらしい。

石化したコリンが医務室に運ばれてきた際に、ダンブルドアがそう言っていたそうだ。

 

「これで決まりだ。きっとルシウス・マルフォイが学生だった時に開けたんだよ。」

 

ロンはそう言っていた。

 

(ルシウス・マルフォイ…確か書店で会ったわね。もしもあの時、あの日記をジニーの教科書の中に入れてあれと対になっているもう1つの日記で子マルフォイがトムという偽名を使ってジニーに上手く言う。そうすれば…きっとさっきの変わりようもマルフォイが何か言ったに違いないわ。私の信用を失わせるようなことを。そうじゃなきゃあんなひどいことを言わないはずだわ。ひどいこと…。もしかして上手く丸め込んだのは子マルフォイじゃなくて親マルフォイかもしれないわ。子マルフォイがあんな知的なわけがない。あれはかなり強力な呪いがかかってるに違いないわ。私、日記から離れて体の調子がいいもの。)

 

「ねえ。」

 

エルファバが声をかけると3人は振り向く。

 

「実は…もしかしたら私、知ってるかもしれない。」

「「「なにを?」」」

 

ロンたちはぽかんとする。エルファバは深く呼吸する。

 

「なんだい?」

「ジニーと私が使ってる日「ロン?」」

 

エルファバは金縛りにあったかのように硬直した。エルファバだけではない。他の3人も同じだった。

 

「ジニー?!」

「ロン、あなたどうして女子トイレなんかにいるのよ?」

 

エルファバは息を殺す。

 

「ちょっと調べごと!あっち行けよ!」

「女子トイレで何調べてるのよ?!」

「いろいろ男にも事情があるんだよ!」

「うっわーロンサイッテー!」

「うっさいな!ハリーだっているぞ!!」

「ロン!」

 

ジニーからの返答はなかった。代わりにバタバタと逃げていく足音がトイレに虚しく響き、一瞬の静寂をマートルのすすり泣きが破った。

 

「どうせ、みんな私がいるからってここを使ってっ!嘆きのマートルがいるから誰もここに来ないだろうって!あああああ…」

 

ロンとハリーの顔は真っ赤だった。ハーマイオニーはマートルを無視し、自分の意見を主張した。

 

「まあ、多分この様子じゃあジニーは私たちが…正確にはロンとハリーが、女子トイレにいたことは言わないでしょう。感謝よハリー。」

 

ハリーはがっくしとトイレの壁に頭をつく。

 

「そういえば、エルファバ。さっきの話。」

「え、あ、うん。そうね…。」

 

ジニーがここに来た理由は1つしかない。

 

お前を見ているぞ、という警告。

 

もうウソをつきたくない。この大事な親友たちに隠し事をするなんて嫌だった。

 

「ジニーがね、日記を持ってるんだけど、それがジニーに悪い影響をもたらしてるかもしれないの。」

「日記が?」

 

決意が揺らがぬうちにエルファバは一気にしゃべる。

 

「そう…それを持ってると人が変わったようになるのよ。もしかしたら…その…今回のことと関係あるかも。」

 

ハーマイオニーは考え込み、よく分からない臭い粉末を加えながら答えた。

 

「分かったわ。それについても一緒に考えましょう。でも、ポリジュース薬が最優先よエルファバ。」

 

ロンは納得したようにハーマイオニーにうなづいた。ハリーはまだ考え込んでるようだった。

 

「そう…ね。」

 

(ジニーのさっきのロンと話している時の声色はいつものジニーだったわ。もしかしたらジニーの中に別の人格が生まれ、何かを実行する時は私を精神異常者扱いした悪ジニーで、良ジニーはさっきのいつも通りのジニーなのかもしれない。それなら記憶が飛んでるというジニーの発言もつじつまが合うわ。秘密を言わないって良ジニーと約束してしまったし、悪ジニーが私を見張ってる状態で日記のことを3人に話すのは懸命じゃないわ。でもそれって私の中にも悪エルファバと良エルファバがいるってこと?でも私の中にぽっかり空いた記憶なんてないし。ああ、頭が混乱してきたわ。少なくともマクゴナガル教授には今日中にこのことを話さないと…。ジニーが危ないわ。)

 

 

ーーーーーー

 

 

石化の不安はコリン・クリービーの件を封切りに広まった。なるべく1人にならないようにみんな集団で歩き、効果がイマイチよく分からない魔除けが随分と流行った。ハグリッドは常にペンダントをつけるように指示されたが元からエルファバは身につけていたので変わらないが、なるべく外さないようにと口を酸っぱくして言われた。

 

そして、マクゴナガル教授へ日記のことを伝えようと頑張ったエルファバだが、ことごとく全てをジニーによって妨害された。変身術の時に言う、手紙を渡す、ハリーと一緒に言いに行く。どれも失敗に終わった。ハリーは積極的に協力してくれた。そのため自然とハリーと行動する機会が増え、ジニーとの距離もできていった。

 

ハーマイオニーがジニーの部屋に忍び込んで日記をとるという提案をロンがしたが、ハーマイオニーがポリジュース薬完成を最優先事項としているために無理だった。

 

一方で4人は順調に(なんとスネイプの個人の棚から材料を盗むことまで成功したのだ)ポリジュース薬を作る。エルファバとハーマイオニーという組み合わせは最強だった。難しい調合を難なくこなし、テキパキと事を進める女子2人に男子2人は口が開きっぱなしだった。

 

そんなある日のことだ。グリフィンドール寮の掲示板にあるお知らせが張り出された。

 

「決闘クラブだって!」

「今夜が第1回目だ!」

 

ハリー、ロン、ハーマイオニーは行く気満々だったが、エルファバはイマイチ乗り気ではなかった。

 

「ハーマイオニー…。」

 

エルファバはパスタに胡椒をかけながらハーマイオニーを見る。

 

「エルファバも今夜8時大広間。」

「…はーい。」

 

エルファバは渋々3人について行く。

 

長机が全て退かされ、ふわふわと浮かぶロウソクの先と天井に映し出される満天の星空が壁側に設置された金色の舞台を照らしていた。

 

(嘘でしょ?)

 

講師はなんとロックハートだった。しかも助手はスネイプ。

 

「みなさんお揃いのようで!結構結構!」

 

エルファバはロンとハリーと目配せを交わす。

 

なんだかよく分からないお手本のあとに(とりあえずロックハートが無能であることをますます証明するだけだった)スネイプがレイブンクロー生とハッフルパフ生を無視して“お気に入り”のグリフィンドールに生徒を指名した。ハリーとハーマイオニーが餌食となり、哀れに思ってたところに白羽の矢が飛んだ。

 

「…ミス・グレンジャーはこっちに。そして、ミス・スミス。こっちに出てきてもらおうか。」

 

エルファバはスネイプの呼びかけに無表情で舞台へと登った。対峙する相手を見て、グリフィンドール生、いや、スリザリンを除く全寮の生徒が思った。

 

これは反則だと。

 

エルファバと縦も横もふた回りくらい大きくて肌が浅黒いスリザリン女子生徒はエルファバを威嚇するように仁王立ちしていた。ひとまとめにされた黒髪を揺らし、鼻息荒くエルファバの用意を待つ。

 

「これはダメだろ。」

「マジで、相手考えろよスネイプ。」

「まあ、これ魔法の勝負だし。腕っ節の勝負ならエルファバ絶対二つ折りにされるけどさ。」

 

みんな自分の予想を口々に語る。スリザリン生とエルファバは数歩歩み出てお辞儀をした。基本的にスリザリン生はグリフィンドール生と関わる時は特に礼儀に欠けているが、この女子生徒はその辺りの常識はわきまえているようだ。

 

お互い無表情に離れ、杖を構えた。

 

「武器を取るだけです!いいですね?1、2、3っ!」

「えっエクス「エヴァーテ・スタティム 宙を踊れ!」」

 

青白い光は真っ直ぐに放たれ、エルファバの肩に当たった。

 

「!?」

 

ふわっと浮き上がった身体は宙を舞い、エルファバを床に叩きつけた。

 

「!」

 

女子生徒がこっちに近づいてくる気配を感じる。エルファバは勢い良く立ち上がり、杖を構えた。

 

「エクスペリアームズ 武器よ去れ!」

 

数秒、大広間に沈黙が広がった。

何も起こらない。

 

「なに、あんた下手くそ?」

「…。」

 

エルファバの心情は読めない。

 

「エルファバ、どうしたのかしら。」

 

ハンナは不安そうに呟く。

 

「いや、あの子元からああよ。」

 

ラベンダーはハンナの疑問に答えた。

 

「え、だってエルファバ成績悪い方じゃないじゃない。今日は緊張しちゃってるんじゃ…。」

「違うわパドマ。」

 

それを聞いていたパーバティは自分の双子の妹の発言を否定した。同学年のグリフィンドール生は皆最初から分かっていたかのようにため息をつく。しかし他寮の生徒たちはまるで訳が分からないというように互いの顔を見合わせた。

 

「エルファバはね、攻撃呪文と呪いがネビル並みにできないのよ。」

 

ラベンダーの衝撃発言は周囲の生徒の心を1つにした。

 

「ええっ!?」

 

他の優秀な成績が目立っていて、有名な話ではないが、エルファバの闇の魔術に対する防衛術の成績は芳しくない。

それも最下位ではないのは持ち前の記憶力でペーパーテストはハーマイオニーに次ぐ点数を取っていたからだ。実技に関しては壊滅的で闇の魔術に対する防衛術の中で初歩とされている"周辺にいる小さな虫を弾く呪文"でネビルと共に補修を食らった。(『こっ、これで、補修を、うっ受ける人は、あっ、あまりいないです…。』『…。』)それに加え、先輩からいたずら系の呪いの数々を教わるのはどの寮も共通の伝統だが、そこでもエルファバはフレッドとジョージから"補修"をもらった。

 

ちなみ妖精の呪文や変身術に関しては全く問題なく平均以上の成績を収め、さらにそれ以外にも人に害を与えない呪文であれば難なく使える。

 

「でも、武装解除の呪文だって攻撃呪文じゃないじゃない!」

「どうも攻撃呪文になりそうな呪文は全般ダメみたいよ。ほら、さっきあれでスネイプがロックハート吹っ飛ばしてたろ?」

 

ロンの回答に皆唖然とした。

 

「どうしましたエルファバ?あなたの実力はこんなものではないでしょう?」

 

普段たいして授業をしていないロックハートがそんなこと知る由もない。能天気にエルファバを励ました。エルファバはなにも起こらない自らの杖を握りながら知る限りの呪文を唱えた。

 

「エクスペリアームズ… エヴァーテ・スタティム…ええっと、ええっと「エクスペリアームズ 武器よ去れ。」」

 

ポンっ、と手から抜けた白い杖はキュルキュルと宙を舞い、どっしりした女子生徒の手の中に収まった。

 

「ウチの勝ち。」

 

女子生徒はエルファバの杖を弄び、自分が勝者であることを見せつけた。

 

「ミス・スミス!なぜ本気を出さなかったんだい?これが秘密の部屋に住む怪物だったら!君は怪物相手にもこんな弱気かい?違うだろう?いつも全力でなくては。私だってこれまで数百万回と決闘をやりましたが…あまりに多くの人が私と決闘をやりたがりましてね、大概の人が哀れにも病院送りになりましたが、何事にも全力で取り組まないといつか足元をすくわれてしまいますよっ!」

 

ロックハートはエルファバにウインクをした。エルファバはロックハートなど見ていなかった。相変わらず何を考えているかを理解するのは大多数のせいとには難しい。

 

「あんた、一回酔い覚ましでも飲んできたら?」

 

スリザリン生は低く、ハッキリとした声でロックハートに言った。

 

「あんた、スミスだっけ?別にこいつ手ェ抜いてたとかじゃないだろ。どこをどう見たらそう見えるんだ。本当にあんた教授か?」

 

超ストレートな物言いに決闘を見ていた生徒たちがざわついた。さすがのロックハートもこの生徒が自分を否定したことに気づいたらしい。大きく咳払いし紫色のローブをなびかせながら女子生徒と対峙する。

 

「失礼ですがミス・マクドナルド。私はあなたよりも実践経験があります。それにそのような態度は教授には無礼「あんたの実践経験じゃないよ私が聞いてんのは。教授としての才能。」」

 

ふてぶてしい態度に生徒たちはさらにざわつく。

 

「ロックハート教授を悪く言うなんてサイッテー!」

「しんじらんない!」

「いいぞもっとやれ!」

「ヒューヒュー!」

 

体格のいいスリザリン生は鼻で笑い、もうお前に用はないと言わんばかりにドスドスと舞台を降りてった。

 

「あんたが大好きなポッターがピンチだよ。助けてやったら?あと、ウチの名前さ…。」

 

その名前を聞いた瞬間、エルファバの世界は止まった。誰もそれには気づかない。しかし、それは確かに起こったのだ。

 

「マックロード。マルガリータ・マックロード。生徒の名前ぐらい覚えとけよな。」

 

マルガリータはオラオラと周囲の男子生徒を蹴散らしながら大広間から出て行った。

 

マチルダ・マックロード。

 

グリンダを探す際に候補になった名前だった。エルファバは弾けるように舞台から飛び降りた。足に衝撃がかかったが気にしない。そんなことが気にならないくらいに夢中になってた。

 

「マルガリータ!」

 

久しぶりに走ったエルファバは思いのほか体力を消耗し、呼吸が乱れた。しっかりと話そうとするのに30秒くらいかかった。

 

「あんたってなんでそんなに体力ないの?」

「…小さい時…運動…してなくて。」

「それ差し引いてもそこまでになるか普通?」

 

まあ関係ないけど、とマルガリータはエルファバの杖を渡した。

 

「返す。あのファッキン教師で頭がいっぱいになって忘れてた。」

「…ファッキン…?」

「いいよそこ気にしなくて。」

 

エルファバの周囲の人間はみんな言葉遣いが丁寧なため、エルファバはスラングに対して疎い。特にハーマイオニーがそういった下品な言葉からエルファバを離しているのだ。

 

「ありゃムカつくよ。ウチだったら殴ってるね確実。てかあんた、人攻撃すんのに抵抗ありすぎ。」

「?」

 

マルガリータは丸い鼻をボリボリかきながらため息をついた。

 

「あんたの構えと呪文の発音は完璧だった。それでも呪文が出せないのは精神的な問題じゃないの?ここまで完璧なのに使えない奴初めて見たけど。あと、うちのことマギーでいいから。」

 

エルファバは杖を受け取りながら、話の内容を整理する。

 

「ああっ、わかった。マギーね。マギー…。あっそうだ。」

 

エルファバは自分が来た理由を思い出した。

 

「あなたの名字、マックロードよね?」

「ああ、そうだけど。」

「お母さんの名前ってマチルダだったりするかしら?」

「そうだったりするけど。元レイブンクローのチェイサー。」

 

(やっぱり。彼女はマチルダ・マックロードの娘だわ!)

エルファバは自分の中に湧き上がる興奮を必死に抑え込む。

 

「まあ、ウチは見ての通りスリザリンだけど。」

「ええ、さっき知ったわ。私はグリフィンドールのエルファバ・スミスよ。」

「知ってるから。」

 

あんた有名だからね、と言われエルファバはキョトンとする。

 

「ユニコーンみたいな髪を持つミステリアスなグリフィンドール生、通称歩く天使。」

「誰が?」

「あんただよ。」

「…へえ…。」

 

マギーはハハハッと笑う。随分と豪快な笑い声が廊下に響き渡った。

 

「なんかイメージと違うねあんた。笑ってるとこほとんど見ないからてっきり高嶺の花みたいな性格だと思ってたけどそうでもないんだね。」

「?私そう見えるの?」

「少なくともウチはそうだった。」

「ふうん。」

「まあ無愛想だってのは本当みたいだけど。じゃっ、ウチ寮に戻るわ。決闘クラブって思いの外つまんなかったからさ。」

 

マギーは背を向け、エルファバに手を振りながら歩き出した。エルファバも小さく手を振り返し、大広間へ戻っていった。

 

ーーーーーー

 

大広間の空気はさっきと変わっていた。話し声が興奮から恐怖や不安になり、みんなが様子を見ようと背伸びをしている。エルファバは様子を伺いたかったが、さすがにこの人並みへと潜っていったら自分が潰れることはエルファバも認めざる得なかった。

 

「セドリック。どうしたの?」

 

1番後ろで全く背伸びをせずにでも舞台の様子を理解しているらしいセドリックに(羨ましい)エルファバは話しかける。

 

「マルフォイがヘビを出したんだ。でロックハート教授が追い払おうとしたんだけど。」

「ダメだったのね。」

 

(あの人の武勇伝って他人のものなんじゃない?)

 

「よお、チビファバ。よく見えるように肩車してやろっか?」

 

ジョーダンにからかわれたエルファバは口先に指を突っ込み、イーッと歯を見せた。

 

「イーだ。」

「君でもそんなことするんだ。」

 

セドリックは口元を腕で隠しながら言う。どうやら必死に笑いをこらえているらしい。

 

「?」

「イーッて。」

「ああ、これはケイティが今度バカにされたらやれって言ったの。」

 

エルファバの意思ではなかった。当然グリフィンドールの先輩が後輩にボーイフレンドが出来るように図った策略である。さらに言えばそれを望んだハーマイオニーの策略でもある。

 

「そう、そうなんだ。」

 

セドリックはやっと落ち着いたようだった。エルファバは肩をすくめる。

 

「〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 

大広間にシューシューと隙間から抜ける風のような音が反響した。

 

「おい、ポッターがヘビと話してるぞ。」

「ハッフルパフ生にヘビをけしかけてる。」

 

(ハリーがヘビをけしかけてる?そんなことありえないわ。)

 

「パーセルタングだ。」

「パーセルタング…。」

 

ヘビ語を話せる者は魔法界でそう呼ばれる。しかしこれを公にするというのはハリーにとってかなりまずいのだ。かのサラザール・スリザリンがパーセルタングであり、それは自分は純血主義の悪の魔法使いであるという意思表示になるのだから。

 

(でも、ハリーがそんなことするはずがないわ。)

 

「一体君は何を考えてるんだ?」

 

かなり怒った男子生徒の声が響く。人混みをかき分け、彼は出てきた。大股でその場を後にしたハッフルパフ生はおそらくジャスティンだろう。

 

ちなみにエルファバ・ファンクラブの会員でもある。

 

「ポッターはスリザリンの継承者なのか?この事件も…。」

「ありえないわセドリック。ハリーはグリフィンドールよ?」

 

セドリックの独り言にエルファバは食ってかかった。が、セドリックは反論する。

 

「1000年以上前の人なんだ。魔法使いの血が混じっているなら誰だってあり得るんだ。僕や君も含めてね。」

 

エルファバはぎゅっと拳を握った。

 


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