ハリー・ポッターと氷の魔女   作:かっさん

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15.何も縛れない

「…で、僕らはフォークスに乗って帰ってきました。」

 

秘密の部屋にいたことが遠い昔の話に感じた。

 

居心地の良い校長室に居心地の良いソファで座っていると、4人は互いの体温を感じながらこれまでの"物語"を語った。机の上には組分け帽子、ルビーの入った剣、そしてリドルの日記の残骸が置いてある。

 

「こっ校長!!私もバジリスクに攻撃を…!!」

 

ロックハートは床に転がされていた。

 

「ギルデロイ。今はハリーの番じゃ。」

 

ダンブルドアは静かにロックハートを制した。エルファバは居心地の良さを噛みしめている反面、不安もあった。リドルがやったことはリドルがいなくなった今、証明できないのだ。自分はともかく、あの1年生のジニーが無実だとどうやったら立証されるのか。それを見透かしたように校長は微笑んだ。

 

「問題はどのようにしてヴォルデモート卿がどうやって2人に魔法をかけたかということじゃな。」

 

安堵感がエルファバの身体の中を巡っていく。みんなも安堵したようだったが…。

 

「あ。」

 

視線の全てがエルファバに集中していた。

 

「あ、えっーと、これは、ジニーの教科書の中に入ってて…。」

 

今度はエルファバの番だった。話すのは苦手なため、筋道を立てて話した。ハリーたちはすでに知っていたに違いない。ジニーとの日記のやりとりやリドルに"力"について話したことなどだ。

 

「なんと。エルファバよ、"力"について3人に話したのかの?」

「3人に見られてしまったんです。」

「そうか、そうか。」

 

校長は良いことじゃ、と言ってから日記をしげしげと眺めはじめた。校長室には不思議なものがコツコツと音を鳴らしたり、キラキラいっている音のみが響いた。もう知られることに対する恐怖はなかった。

 

「ダンブルドア校長。」

 

10分後くらいにマクゴナガル教授が校長にやってきた。

 

「ミス・ウィーズリーの目が覚めました。異常は何もありません。」

 

その言葉にロンが1番ホッとしていた。ヘナヘナと身体の力が抜け、ソファにだらしなく横たわった。

 

「上々じゃ。」

「そして校長室の前にグリフィンドール生が押し寄せてます。ミス・ウィーズリーが無実だと訴えてます。」

「ほーほー。」

 

ダンブルドア校長は新しい宝物を見つけた子供のようにキラキラと目を輝かせていた。自分が出た寮で一致団結しているという事実が嬉しくて仕方ないに違いない。

 

「私のおかげですっ!!」

 

またロックハートである。

 

「私がグリフィンドール生にミス・ウィーズリーは無実であると説得しました!!」

「エルファバ、あいつの口の中に大っきい氷突っ込んでくれない?」

「いいよ。」

 

ロンとエルファバは名案だとばかりにがっちり握手する。

 

「ミネルバよ、厄介事を押し付けて申し訳ないがギルデロイを彼の部屋へ送ってくれないかの?ミス・スミスの氷が彼の口に突っ込まれる前に。そしてグリフィンドール生に言っといてくれ、ミス・ウィーズリーは処罰なしじゃと。」

「承知しました。」

「えっ。」

「ちぇっ。」

「ちぇっ。」

 

文字通り、引きずられていくロックハートを見ながらロンとエルファバはブスッといじけた。

 

「ミスター・ウィーズリー。1つ聞きたいのじゃが、ミス・スミスの氷でこれを刺したそうじゃな。」

 

校長はボロボロの日記を掲げながら、ロンに聞く。

 

「はっ、はい。」

「氷にバジリスクの血はついておったかの?」

「はい。べったり。」

 

校長はほうほう、と長い髭を撫でながら興味深く日記を眺めた。再び沈黙が流れた。エルファバは睡魔に負けそうだ。ハリーの肩を借りてエルファバは眠りの世界へと誘われる。

 

「エルファバ、寝ちゃダメだよ。」 

「うーん…。」

「ほほほ。お疲れのところ申し訳ないの。じゃが事は早く解決させないとな。」

 

このゆったりした空間で、いきなりハリーとロンが姿勢を正した。エルファバもなんとなく体を起こす。

 

「わしの記憶では君たちがこれ以上校則を破ったら退校処分じゃと言ったな。」

 

(あ。)

 

エルファバは無意識にハリーの袖を掴んだ。

 

「前言撤回じゃ。ホグワーツ特別功労賞が授与される。もちろん、ミス・グレンジャーとミス・スミスにもじゃ。グリフィンドールは1人200点。」

 

ハーマイオニーは思わず立ち上がり、ロンは興奮気味に頬を染め、ハリーは満面の笑みでガッツポーズをし、エルファバは無表情だった。

 

(ホグワーツ特別功労賞!?)

 

脳内は4人の中で1番大パニックを起こしていたが。

 

興奮する4人の元に金色の羽を生やした美しい鳥がヒューンと飛んで、背もたれに着地した。エルファバとその鳥はじっと見つめ合う。パチクリと瞬きした鳥はハリーに擦り寄る。

 

「フォークスが君を気に入っとるとは興味深い。うぬぼれとるわけではないが、君はわしを信頼してくれとるのかのお。そうでないとフォークスは懐かん。」

 

ハリーが鳥を撫でる仕草はとても優しかった。話の中でハリーが真のグリフィンドール生であることが分かったことも安心する要因の一つだったのだろう。

 

ハリーが帽子から取り出したのはゴドリック・グリフィンドールの剣だったのだ。

 

「校長先生。」

「なにかのエルファバ?」

「私…思い出しました。」

 

ダンブルドア校長はその言葉の意味を一瞬で理解した。優しい微笑みが消え、神妙な面持ちになった。

 

「そうか。」

 

きっと校長は知っていたのだろう。エルファバは校長に哀れんだような目でみられるのが恥ずかしかった。エルファバは自分が氷を作り出してしまう予感がして居心地の良いソファから離れ、日陰となっている冷たい大理石の床へと歩いた。

 

「エル…!」

 

呼び止めようとするロンをハーマイオニーが静止した。校長も止めなかった。3人とエルファバの間の空間はまるで心の距離を表しているようだった。エルファバは呼吸をおく。

 

「私、その…この"力"のせいで、マグルの人たちに暴力を振るわれたの。」

 

ハーマイオニーが息を飲んだ。

 

「正直いつだったかも覚えてないし、誰がやったのかも曖昧だわ。でも暗い部屋の中で大人が、私を殴ってきたの。私は"力"をつかって抵抗するんだけど、私は…私は…!!」

 

呼吸が苦しくなる。心臓が胸骨を壊すのではと思うくらいに激しく動いた。

 

「もうよい、もうよい!」

 

気がつけば、校長は倒れかけたエルファバを支え、しわくちゃな手でエルファバの手をしっかりと握っていた。明るいブルーの瞳に怒りの炎がチラついていたのをエルファバは見逃さなかった。

 

「辛かったじゃろう。怖かったじゃろう。君はは一切悪くない!こんな小さな君に一体何の罪があるというのじゃ?アリ…!」

 

校長はそこで言葉を止めた。ぐっと何かを飲み込むような顔をして、次に顔を上げた時、彼はいつもの賢人の顔をしていた。

気がつけば大理石は氷の床となっていた。エルファバはポケットに手を突っ込むが、杖がなかった。

 

「エルファバよ。ワシはの、魔法使いたちはもっと人間の神秘について研究すべきだと思うのじゃよ。8歳の君に起こった出来事は恐ろしい出来事じゃった。大人でも同じ目にあったら深い傷を負って生活する。」

 

ダンブルドア校長はエルファバをソファに戻るように促したが、エルファバは首を振った。

 

「残酷の限りを尽くされた8歳の君はの、前を向き、輝く先の道を歩き出すために記憶を消したのじゃ。それは魔法ではない、エルファバの無意識の中で行った。記憶がなくなったが、君の本能の中にある安全装置は強化されたのじゃよ。少しでも危険を察知したら自らを守れるようにの。そして、リドルが君の中に侵入した時にその閉じられた記憶がこじ開けられてしまったのじゃ。」

「でもしっかりとは覚えてないんです。秘密の部屋にいる時は覚えてたんですけど…何が何だか…。まるで何かのワンシーンを見ているような気分で…。ごめんなさい。」

 

そうか、とダンブルドア校長は弱々しく笑った。ハリーは少し氷に足を取られながらも、エルファバのもとに近づいた。

 

「はい。」

 

ハリーはエルファバの杖を持っていた。エルファバは少し後ずさりする。

 

「ダメよハリー。」

 

エルファバは杖に届くか届かないかのギリギリのところまでハリーと距離をとり、指先で杖を摘んだ。

 

「エルファバは一生能力を操れないんですか?」

 

エルファバが聞きたかった質問をハーマイオニーが聞いてくれた。

 

「わしの知っている限りでは、どんな魔法も心の傷を癒すことはできん。記憶を消しても本能にそれは残るのじゃ。」

 

すまんの、と校長は申し訳なさそうに肩をすくめる。

 

「しかし、今の生活を満たすことで癒しにはなるじゃろう。」

 

ハリーはそのスキをついてエルファバの腕をつかみ、ぐいっと引っ張って強引にソファに座らせた。

 

「ハリー!」

 

エルファバは立ち上がろうとするが、ぐいぐいとハリーのクィディッチで鍛えられた腕がエルファバの頭を押す。

 

「君はこうでもしないと隣に座らないだろう?」

 

その強引な方法にハーマイオニーとロンからは批判的な目で見られたハリーはブスッと腕を組む。

 

「君は僕らの友達だエルファバ。だから、信じてよ。」

 

エルファバが口を開こうとした時、校長が穏やかにハリーに語りかけた。

 

「もちろん、エルファバは君らを信じとるよハリー。クィレルの一件があってから彼女は何十回、何百回も君らに"力"について話そうとした。じゃが、エルファバの無意識は人に知られると攻撃されるという公式が出来上がっていた。防衛本能じゃよ。そして今は自らの恐怖によって君たちを氷漬けにしたくないだけじゃ。」

 

君の気持ちも分からなくないがの、と校長に笑いかけたハリーは気まずそうに押したエルファバの頭を撫でる。みんなの体温は温かい。自分の全てを包み込んでくれる。

 

「ごめんなさい。私、話すって約束「大丈夫。待つよ。」」

 

ハリーの言葉を筆頭に、ロン、ハーマイオニーが笑いかけた。その笑顔がどれほどエルファバを救ったか、3人は分からないだろう。きっとこの恩は一生かけても返しきれないとエルファバは思った。こんなに優しい人間がこの世にいるのだろうか?

 

バンっ!!

 

あまりにも勢いよくドアが開いたため、エルファバはソファの一部を凍らせてしまった。幸いにも誰も見ておらず、こっそりと体で凍った部分を覆った。

 

「エルファバ隠さないで。」

「ごめん。癖なの。」

 

ハリーにたしなめられるように見られ、エルファバは縮こまった。どうやらハリーは"力"を隠すことに関して全面的に禁止するつもりらしい。

 

「こんばんはルシウス。」

 

ドアを乱暴に開けたのはルシウス・マルフォイだった。顔に怒りを浮かべている。そして体の下で体を包帯でぐるぐる巻きにしておどおどしているのはドビーだった。

 

「あ、ドビー。」

 

エルファバと目があったドビーは一瞬涙で目がキラキラと輝いたが、すぐに恐怖の色が顔に戻る。小走りでマントに這いつくばるように主人を追いかけた。

 

「それで!停職処分になったにも関わらず、お帰りになったわけだ!」

 

校長は静かに微笑む。

 

「はて、ルシウスよ。それが状況が変わっての。わしが停職になった数時間後に君以外の理事から手紙が来ての。ミス・スミスが部屋に連れ去られたと聞いて、すぐに戻ってきてほしいと頼んできたのじゃよ。なんでもわしを停職処分にしたくなければ、家族を呪ってやるとあなたに脅された、そう考えている者が複数いるんじゃ。」

 

ルシウス・マルフォイの顔はいつも以上に青白くなる。

 

「犯人はヴォルデモートじゃよ。今回は別の人物と手を組んだようじゃ。この日記を使用してのお。」

 

校長はロンが刺した小さく黒い本を見せる。

 

「ハリーたちの話によれば、この本は最初はミス・ウィーズリーの娘の手にあったらしい。もしもこのまま日記が見つからず、彼女がマグル生まれを襲わせたとなれば、父親のアーサー・ウィーズリーの名誉が傷つくじゃろうな。ここからはあくまで推測じゃが、この日記の持ち主はアーサー・ウィーズリーの失脚、そして彼によって作られた"マグル保護法"の信頼を失わせるためにミス・ウィーズリーの学用品に入れたのじゃろう。しかし…。」

 

校長はここでエルファバに優しく笑いかけた。

 

「犯人は順調に事が進んでいると思い、事をよく確認しなかった。ミス・スミスの仕掛けた素晴らしい作戦に気づかなかった。」

 

ドビーはさっきからミスター・マルフォイを指差せ、日記を指し、自分を殴るという変な行動を取っているので、4人は顔を見合わせた。意味は分かるが、早くやめさせてあげなくては気の毒だ。

 

「日記の存在が消えていることに気づいた犯人は、何かしらの手段で日記を奪還した。しかし作戦を変更したのじゃよ。ミス・スミスを操れば、わしの名誉が奪われるとな。」

 

(自分の作戦失敗の裏に私がいると気づいたミスター・マルフォイは日記に私について知ってる情報を書いたのね。)

 

"信頼"はなかったために不安定ではあったものの、リドルはエルファバの"秘密"については知ってたから日記に触れた瞬間、エルファバの心に入り込めた。ミスター・マルフォイはエルファバを使ってダンブルドア校長の失脚、そして事件が明るみになった時に願わくばミスター・ウィーズリーの名誉を傷つけるという2つの大きな果実を得ようとした。

 

「残念ながら、それは叶わなかったようじゃがな。」

 

校長はミスター・マルフォイを徐々に追い詰めている。

 

「それは…幸運だった。これからもあなた様とこの勇敢な生徒たちの活躍に期待しましょう。」

 

ミスター・マルフォイはそう言いながらも視線はずっとエルファバを捉えていた。

 

「能力には可能性がある。生かして他者を殺すも自らを殺し他者を生かすのも君次第だ。帰るぞドビー。」

「ああ、そうじゃルシウス。デニス・スミスの職業を知っとるかの?」

 

背を向けたミスター・マルフォイに校長はまるでイギリスの大臣の話をするかのようだった。

 

「表は貿易をしておるが実際は簡単に言えばマグルと魔法使いの荷物のやり取りを仲介する仕事じゃよ。」

 

ミスター・マルフォイは早く帰りたいとつま先をトントンっと叩く。

 

「君の荷物から阿片が見つかったそうじゃ。」

 

ロンとハリーはなんだか分からないと言った顔をしたが、ハーマイオニーとエルファバはすぐに理解した。ミスター・マルフォイもピクッと反応した。

 

「マグルの警察は君を追っている。当然君が捕まることはないじゃろうが、デニスの魔法の腕前は知っておるじゃろう?」

「…っちっ!帰るぞドビー!」

 

ドビーがされているのは文字通り虐待だった。慌てて追いかけたドビーは何度も何度もミスター・マルフォイに蹴られ、ドビーの痛々しい叫び声が廊下中に響き渡った。

 

「校長先生。その日記、ミスター・マルフォイにお返ししても?」

「もちろんじゃとも。他の3人も帰ってよろしい。」

 

ハリーは慌てたように日記をひっつかみ、校長室を飛び出していった。

 

「アヘンってなんだい?」

「麻薬よ。魔法界だと阿片は普通に魔法薬の効能を強くするために使われてるけど、マグルの世界だとこの麻薬が原因で戦争が起こったりして大変だったから法律で禁止されてるのよ。エルファバのお父さんはきっとわざとマグルの人にミスター・マルフォイが阿片を持ってるって言ったのよ。」

 

ロンはまだ理解できないと首を傾げたのでイライラとハーマイオニーが解説する。

 

「だーかーら!エルファバのお父さんの仕事は魔法界とマグルの物資の仲介人なの!魔法界にはマグルじゃ理解できないものがいっぱいあるわ!それを上手く隠したり、別のものに見せたりするのが彼の仕事!ミスター・マルフォイが魔法薬の材料として仕入れた阿片を隠さずにわざとマグルに見せたのよ。彼がまずい立場に追い込まれるために!」

「なるほど!!ざまあ見ろだ!!」

 

スッキリした顔のロンに対してハーマイオニーはげっそりと疲れ切っていた。

 

「私、医務室に行くわ。」

「あなたはしばらく1人になっちゃだーめ。ついていくわ。」

「エルファバ、ハーマイオニーの命令は法律だよ。」

「そんなこと言ったらロンは重罪人じゃない。」

 

得意げに言うロンと仁王立ちで立つハーマイオニー、そして無表情に2人を見るエルファバに校長は滑稽だと笑った。

 

 

ーーーーー

 

医務室にはまだ多くの犠牲者が横たわっていたが、マダム・ポンフリーは3人を通してくれた。

 

「「「…」」」

 

なんか派手な色のローブにくるまった物体がぐるぐるにベットに巻き付けられているのは無視しようと暗黙の了解で3人は同意した。

多分マクゴナガル教授の私的な恨みだ。

 

「ああっ…!!」

 

ミセス・ウィーズリーがロン、エルファバ、ハーマイオニーをまとめて抱きしめた。頬には涙の跡がたくさんあり、髪の毛がボサボサで少しやつれた感じが見受けられる。

 

「ママ…!!苦しい…!!」

「あっ、ごめんなさい!」

 

ミセス・ウィーズリーは今度は3人の頬を1人1人丁寧に包み込み、額を重ねた。

 

「あなたたちは戻ってくれた。ジニーの命を救ってくれた。」

 

そう小さな声で繰り返す。エルファバはその柔らかく温かい感触を自分の肌に刻みつけた。鼻腔をくすぐるウィーズリー家の匂い。ラベンダーと野菜が混じった匂いは決して特別な香りではないが、エルファバはここに何一つとして危険がないことを今この瞬間、ハッキリと理解した。

 

「君たちは私たちの誇りだ。」

 

後ろでジニーの背中をさすりながら、ミスター・ウィーズリーは笑いかけた。エルファバもその反応に返す。ジニーはエルファバの姿を見ると、再びさめざめと泣き始めた。エルファバは少し困ったようにロン、ミスター・ウィーズリーを見た。なぜジニーが自分を見て泣き始めたのか理解できなかったのだ。

 

「きっと申し訳なく思ってるんだよ。」

 

ロンはそれを察して説明した。エルファバはミセス・ウィーズリーの腕の中をゆっくり離れ、ジニーに近づいた。哀れなジニーは真っ赤に腫れた目をさらにこすり、しゃくりあげる。

 

「…ハーイ。」

 

(きっと私たちの関係はいろいろな悪い要因で気まずくなってしまった。でも悪い要因がなくなった今、私たちの関係は新しくなったはずよ。)

 

「私、エルファバ・スミスっていうの。グリフィンドールの2年生。あなたのことを知りたいわ。」

 

ジニーは涙で歪んだ世界の中でクッキリと白髪の少女が微笑んでこちらに手を差し伸べているのが見えた。

 

「…私、ジニーよ。ジニー・ウィーズリー。」

 

ジニーは涙で湿った手でエルファバの手を握った。その瞬間、安堵の声がこの部屋にいる人間全員から漏れた。

 

「パパ、ママ。僕、黒幕をやっつけたんだ!!」 

「「ロン!!あなた空気を読みなさい!!」」

 

 

こうして、再び平穏な日々が戻ってきた。

 

 

「エ"ル"フ"ァバ!!」

「エル〜!!!」

 

寮に帰るとパーバティとラベンダーがエルファバに抱きついてきた。

エルファバは2人の重みで倒れ込んでしまった。後ろがベットでよかった。

 

「ただいま。」

 

エルファバは2人の背中を撫でる。

 

「もうっ!!もうっ!!心配させてえええ!!」

「終業式までずうっといるんだからねっ!!」

「うん。」

 

ハーマイオニーは、温かくそれを見守っていた。

4人は寮を問わず(というのは間違いか。スリザリンからはマギー以外特にはなかった)多くの生徒から歓迎の言葉をもらい、特にハリーはハリーを疑っていた生徒たちから謝罪をもらっていた。エルファバも英雄として崇められ、ますますファンが増えたともっぱらの噂だ。

知り合いに会う度に賞賛され、生まれて初めての経験で戸惑いながらも受け入れた。知り合いでない子に話しかけられた時はハーマイオニーかパーバティかラベンダーの背後に隠れた。

 

「僕、いいのにな…。」

 

ハッフルパフ生のアーミーからもらった高級チョコをつまんでハリーは苦笑する。アーミーは薬草学の授業でなかなかハリーの手を離してくれなかった。

 

「もらえるものはもらっとけよハリー!」

 

ロンは何の躊躇もなくハリーのチョコをつかんでいった。そして、下級生の集団へ戻って行く。

 

「ロンに自信がついて良かったわ。」

 

ハーマイオニーはハリーの許可を取り、チョコをもらう。

ロンは下級生に自分がリドルを倒した瞬間を何度も何度も再現していた。素直な下級生はその話に目を輝かせるのでロンも調子に乗って気がつけば蛇と邪悪な男に立ち向かう"ロンと愉快な仲間達"の物語となっていた。

 

2人は苦笑してその様子を見届ける。

 

「もらうよ。」

 

ハリーの許可をもらう前にマギーはぬっと背後から現れて、チョコを口の中に放り込んだ。

 

「そういや、ポッター。マルフォイんとこのハウス・エルフ解放したらしいじゃん。あいつがぶーたれてた。」

 

やるね。とマギーは鼻で笑う。ハリーは照れ臭そうに頭をかいた。

 

「それにマグルの警察に指名手配でしょ?理事も辞めさせられたことだし、もうあいつ得意げに歩かないんだ。ざまあ!」

「ああ、最高だよ…そういえばマギー。エルファバ知らない?いなくなちゃって。」

「ああ、スミスならディゴリーと一緒にいたよ。」

 

その言葉に、ハーマイオニーの目が光ったことにハリーは気づかないわけにはいかなかった。

 

「ハーマイオニー…もうやめてあげてねさすがに。」

「分かってるわ。もう彼女の外見に口出ししないわよ。でも…エルファバが戻って来た時のセドリックの顔よ!この2年ずっと普通の友達だったけど、きっと今回がきっかけでセドリックは恋心が芽生えてると思うわ。吊り橋効果ってやつよ。」

 

ハリーとマギーがアイコンタクトをとったことをハーマイオニーは知らない。

 

同じ頃、セドリックとエルファバは湖の周囲を歩いていた。

 

「本当君って子は…思った以上に大胆だった…これ以上されると心臓いくつあっても足りないからもうこんなことしないでね。」

「ごめんなさい。」

 

セドリックは半分呆れ気味にエルファバの物語を聞いていた。春風はエルファバの白い髪の毛をふわりと浮かび上がらせ、そっと肌を撫でる。もう前のように完璧に髪をセットしないナチュラルな姿だ。しかしその姿はユニコーンのように清純な輝きで、見るものを魅了する。

 

(セドリックに話すのはいろいろと話をカットしたり編集しなきゃいけないのは申し訳ないわ…。でも3人以外に"力"について話すのには勇気がいる。)

 

「でも、この事件を通して1つだけいいことが分かったわ。」

 

エルファバはうっとおしそうに髪の毛をゴムでまとめるが、ボサボサすぎるので後れ毛がたくさんある。セドリックはそれを指摘しようと迷った結果、黙っておいた。

 

「本当私はいい友達を持ったと思うの。みんな私を心配してくれたの。あなたも含めてね。」

「君は君が思ってる以上に愛されてるんだよ。」

「クソ嬉しいわ。」

「!?」

 

エルファバは今日の宴のメニューについて集中していてセドリックの顔が信じられないと言っていたことに気付けなかった。

 

「エルファバ…その…あんまりそういう言葉遣いはよくないよ。」

「?」

「クソとか普通は使わないんだよ。」

「マギーは言ってたわ。」

「例外だよ。」

「そっかあ。じゃあセドリックは使うの?」

「僕は使わないよ。好きじゃないからね。」

「ふーん。」

 

エルファバは肩をすくめる。

 

「今年も優勝杯はグリフィンドールに持ってかれちゃった。」

 

セドリックはそう言って笑った。エルファバは気まずそうに視線を逸らした。

それをカラカラとセドリックは笑い、冗談だよと言ってエルファバの視界に入り込んだ。

 

「夏休み僕の家においでよ。漏れ鍋でもいいしさ。きっと父さんも母さんも君を気にいるだろうし、ご両親には僕から手紙書くよ。」

「そうね。」

 

(食事に行くぐらいならお母さんも許してくれるといいんだけど。)

 

エルファバは一株の不安を覚えたが…やめた。

 

「エルファバー!」

 

パーバティとラベンダーがエルファバを呼んでいる。

 

「授業行くわよー!」

「うん。あとでねセドリック。」

「バイバイ。」

 

エルファバは2人のもとへ駆けていく。

 

「「で?」」

「?」

 

ラベンダーとパーバティはエルファバを挟み、ニヤニヤしながらエルファバを見た。

 

「セドリック・ディゴリーとはどうなの?!」

「え?」 

「もー!絶対セドリックはエルファバのこと好きだって!」

「それハーマイオニーにも言われたけど…そんなことないから…。」

 

秘密の部屋の一件以降、パーバティとラベンダーはこれでもかとエルファバに恋愛知識を叩き込んだため、少しずつエルファバも理解してきた。

 

どうやら周りはエルファバとセドリックが恋仲になるんじゃないかと思っているらしいが、そんなことは1ミリもないとエルファバは確信している。

2人が言うような突然キスをされたり愛の告白をされたり、熱っぽく見つめられたり、男子生徒と一緒にいて不機嫌になったりしないからだ。

 

12歳の少女たちが考える恋愛は、どの世界でも同じでファンタジーに溢れていた。

 

「2人の言う愛の兆候はセドリックにはないわ。」

「本当にーーー?!鈍感だから、気づいてないだけなじゃないの?!」

「失礼しちゃうわね。」

 

むすッとしたエルファバを半分からかいながら、3人で闇の魔術に対する防衛術の授業へと向かった。

 

なぜか不明だが、ロックハートは事件解決後も闇の魔術に対する防衛術の授業を続行することになった。誰も信じない自分の秘密の部屋での"ロックハートと愉快な仲間達の物語"をクラスに聞かせた。

 

「っと、ここで私が素早く短剣を杖から放ち、大蛇の心臓に真っ直ぐ突き刺した。…ハリー、動いてっ!」

 

ハリーがリドル役である。なんという配役なのかと皆が思ったが、ハリーはどこか楽しそうだった。ニヤニヤとシェーマスやロンの方を向いてアイコンタクトをとっていた。

 

「そして私は"例のあの人"に向かった。」

「どの教授もみんなハリー達のおかげだって言ってるのにあの神経すごいよね。」

 

ネビルにまでこんなことを言われる始末である。しかしそんなネビルですらウキウキしていた。

 

「…で、ハリー倒れて!そうっ!そして私は彼にこう言った「今だっ!!」」

 

ハリーのかけ声を合図に爆発音が教室の音を占拠した。紙吹雪がロックハートのもとに一斉に向かい、転がった小さなラッパに足が生えロックハートの体をよじ登り、耳元で鳴らす。

生徒たちは全員隠し持っていた風船を取り出し、杖を振って一瞬で膨らませ手を離す。

 

《私は忘却術しか使えなああああああああああああああああああああああああい!!》

《私は忘却術しか使えなああああああああああああああああああああああああい!!》

《私は忘却術しか使えなああああああああああああああああああああああああい!!》

《私は忘却術しか使えなああああああああああああああああああああああああい!!》

 

風船たちはロックハートのあの情けない声を発しながら教室中を駆け巡った。グリフィンドール生は大爆笑しながら、荷物をまとめ次々と出て行く。

 

ロックハートは紙吹雪と風船まみれになって呆然と教室に取り残された。

 

「あ、教授。プレゼント。もういらないからさ。」

 

ロンは放心状態のロックハートに一冊の本を渡す。その本は紛れもなく自分が書いた本であるが…。

 

『私の愛の妙薬で魔女たちはメロメロだ!』

 

そう叫んでいる自分の写真の髪の毛と服が黒く塗りつぶされていた。

 

「ハイハイみんな無様なほら吹き教授の絶叫風船いかが〜?」

「1人3シックル〜!」

 

当然開発者はこのウィーズリーの双子である。教室の前で販売してた。

 

「「おう、チビファバ〜!」」

「チビじゃないもん。」

 

もはやこのやりとりは挨拶同然となっていた。エルファバが帰ってきてすぐに頭を深々と下げて謝る赤毛双子は、学校中で語り継がれることとなった。当然ながらエルファバは彼らを咎めることなく、代わりにロックハート風船を作るように勧めたのだった。

 

赤毛双子といえば、夏休みに開けてもらったグリンダの箱。あれから箱はずっと紛失していた。自由になったドビーに聞いても知らないということだった。

 

(あれが唯一の手がかりだったのに。)

 

「大丈夫。きっと見つかるわ。」

 

部屋で少し落ち込むエルファバにハーマイオニーはそう励ましてくれた。

 

「さあ、豪華なご馳走が待ってるわよ!!」

「うんっ!!」

 

宴はこれまで夜通しで続いた。皆パジャマ姿で喋ったり、ご飯を食べたりとそれぞれ楽しんだ。石になった犠牲者たちが戻り、フレッドとジョージは"ロックハート絶叫風船"を生徒に売りまくり、生徒が盛り上げ用に使ったためさらにうるさくした。(『私は忘却術しか使えなああああああああああああああああああああああああい!!』)グリフィンドール生はエルファバの知らぬ間に結束力を高めていた。(「エルファバのおかげよ。」「?」)エルファバはジニーと一緒に座り、ぎこちないながらも親交を深めていった。(「ハリーはあなたの彼氏(ボーイフレンド)じゃないの!?」「?違うわよ。」「だってハリーと付き合ってるって…。」「…ごめんなさい。夏休みの自分を殴りたいわ。」)そしてスリザリンのマギーが普通にグリフィンドールの席に座って食事をし始め、ハーマイオニーとテストについて話し始めたことはさらにエルファバを驚かせた。(「いつ仲良くなったの?」「これもあなたのおかげ。」「?」)マクゴナガル教授がお祝いとしてテストをキャンセルしたという知らせがハーマイオニーを除く全生徒を歓喜させた。ハグリッドは4人に会うとすぐに頭をワシャワシャと撫でたり、肩を叩いたりしたためにやらトライフルやレモンメレンゲパイに顔を突っ込んで周囲の爆笑を誘った。

 

ちなみにロックハートはひっそりと辞めた。さすがのロックハートもあの風船はこたえたらしい。

 

そんなこんなで怪物のいない普通の学生生活を堪能した4人は、あっという間に家に帰る日がやってきた。4人で電話番号を交換し、さよならのハグをした。

 

「絶対絶対電話して。僕あと3カ月もダドリーしか話し相手がいないなんて耐えられないから。」

 

ハリーはつくづく気の毒である。不機嫌そうなダーズリー一家がハリーを待っていた。”普通の見た目ではない“エルファバと話しているハリーを恨めしそうに眺めている。

 

「電話するわ。」

 

ハリーと少し長めのハグを終えると、とぼとぼとハリーはダーズリー一家の元へ向かっていった。今年のハリーの功績の割にあんまりだとエルファバは自分の環境を棚に上げて思った。

 

エルファバはそんなハリーを見送った後、小さなスーツケースと共に駅を出ると父親がエルファバを待っていた。スーツケースをトランクに入れ、助手席に座った。去年よりよっぽど体力がついた気がする。これまではスーツケースを運ぶことで精一杯だった。

 

「おかえり。」

「ただいま。」

 

父親は車の扉を閉め、騒がしいロンドンの街を走り出した。車の中はガスの臭いとエンジンの音しかしなかった。

エルファバはずっと窓の外を見つめていた。もうすでにホグワーツが恋しい。

 

「…手紙、無視してただろう。」

 

長い長い沈黙を破ったのは父親だった。

 

「ええ。」

 

父親からの手紙は最初のもの以外読まずに全て捨てていた。平穏な日々の中で来た父親の手紙は部屋を凍らせてしまい、ハーマイオニーが慰めてくれた。

エルファバの心配よりも"力"が周囲にバレたことを懸念する手紙だった。

 

「聞いたわ。私が氷の中にいた時の様子を。」

 

ハリーたちは躊躇したが、父親と母親の様子をエルファバに伝えた。

母親の言動は予想していたとはいえショックだった。

 

どんなに泣き叫んでも、名前を呼んでも、2人がエルファバを助けることはなかった。エルファバの心を救ったのは何年も生活を共にした父親でも母親でもなく、たった2年一緒にいた親友たちだった。

 

「長い悪夢の中にいたのを私は覚えてる。」

 

父親は何も言わない。

 

「お父さんもお母さんも私のこと化け物だと思ってるんだわ。」

「そんなこと思うわけないだろう。」

 

父親はかなり怒ったようにエルファバに言った。だがエルファバは信じなかった。

 

「じゃあなぜ、お父さんは私を避けるの?なぜずっとずっとあの小さな部屋に閉じ込めてたの?私はグリンダ・オルレアンと違って"力"を操れないもの。」

 

父親から答えを聞けることはなかった。そのまま再び長い長い沈黙が2人を包む。

 

「けどもういいの。私は…悪い魔女の娘として生きていくわ。私の大事な人がそれを受け入れてくれるから。」

 

エルファバが車を出る直前、エルファバは父親に告げた。

 

「おいエル「エルフィー!!!」

 

父親が何か言う前にエディがエルファバに突進してきた。

 

「エルフィー!!エルフィー!!生きてた!!」

「…勝手に殺さないで。」

 

やはり、妹の前で素直になれない。ニッコリと無邪気に笑うエディを無下にすることは良心が痛んだ。

目は真っ赤に充血し、鼻水の跡がある。エルファバの生存が確認されたのは数ヶ月も前にも関わらずずっと泣いていたのか。

 

それとも両親は今日の今日まで、エルファバの生存をエディに伝えていなかったのだろうか。

 

「放して。」

 

エディはもうすぐ自分の背に追いつきそうだった。いつ身長が伸びたのだろうか。

 

(私はエディのこと何も知らない。エディも私のことを知らない。)

 

エディとエルファバの母親が違うことも。今年の出来事も。エルファバの決意も。

 

「エルフィー!!今日こそ魔法の学校の…?」

 

母親が玄関から現れた。母親の髪には白髪が増えた気がする。エルファバはじっと母親を見た。そしてゆっくりと手のひらを向けた。

 

バキバキっ!!

 

「うわあっ…。」

 

玄関を囲む壁が一面凍った。イギリスの弱々しい夏の日差しが氷に反射し、ダイアモンドのように輝いている。母親の顔が怒りで歪んだ。それを気にせず、エルファバはくるくると回った。スカートがヒラリと舞うのと共に、雪の結晶が消えては現れ、消えては現れを繰り返す。

 

「あなたたちも"力"も私を縛れないわ。」

 

エルファバは固まった3人を置いて、スーツケースを引きずって家の中へ入っていく。

 

エルファバは思わず鼻歌を歌う。

 

今年の夏休みは去年よりマシになりそうだ。

 




【お詫び】
秘密の部屋から話の展開に若干変更がありましたが…。
先に言います。オリキャラのマギーは今後の重要な展開にあまり関わって来ませんっっっっっ!!!もしもマギーファンがいたら申し訳ないです…!!!

前はエルファバの力の秘密やマギーの父親の話を話に入れるつもりだったんですが、再度プロットを考えたときに細かい部分が思い出せず話に組み込めませんでした。が、個人的には「ふてぶてしいマグルのスリザリン生」という設定とこの展開が好きだったので修正前とほぼ変わらずこのままにしてあります。

オマケの小話では登場させる予定です。
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