光景が恐ろしすぎて、エルファバは無意識にハリーにすり寄った。
「しっしっしっし、シリウ「黙れ」」
ホップカークが再び呪文を唱えると、人間スキャバーズは口に接着剤でも付けられたかのようにモゴモゴと自らの口をこじ開けようとする。呼吸器官も塞がれているようでスキャバーズの顔はだんだん苦しそうに歪んでいった。
「やっ、やめてくれっ!!スキャバーズが死んじゃう!!」
まだ状況把握ができていないロンは茶髪の男性に訴えた。
「こいつなんて別に死んでも構わないさ。ってか、俺はこいつを殺しに来たんだ。」
「はっ、はあ?」
ロンは誰かこの状況を説明してくれとロンはあたりを見渡す。しかし当然ながら誰もそんなことはできない。
「3人とも離れるんだ!!」
ミスター・ウィーズリーは杖をホップカークに向けながら叫んだ。エルファバの父親もミセス・ウィーズリーも杖を取り出し、構えていた。
漏れ鍋内は騒然とし、不安げな声を各々あげている。
「なあピーター。俺はお前に全てを奪われたよ。13年間、時間も、幸福な思い出も、自由も、親友たちも、ゴットサンの成長の過程も、全部全部…!!死んだほうがマシかもしれない何度思ったか!!ずっとネズミになってぬくぬくと魔法使いの家で生活してた裏切り者が!!返せよピーターっ!!俺の全てを!!返せっ!!返せっ!!」
(泣いてるの…?)
ホップカークは涙を流しているわけでも、それをこらえているわけでもない。鬼のような怒りに顔を歪めている。しかしエルファバはそれが全てを奪われた男の悲痛な叫びに感じたのだ。
そんな叫びをピーターと呼ばれたスキャバーズが聞いてたとは思えない。顔色が赤黒くなっていった。ハリーは慌ててピーターに近づき、塞がった口を両手でこじ開けた。
「ぶふぁあっ!!はあ…はあ…はあ…。ああ…ありがたいよハリー。」
「汚い手でハリーに触るなっ!!」
ホップカークは大股でハリーに近づく。
「ハリー離れろ!!」
今度はミスター・ウィーズリーがホップカークとハリーの間に割って入り、自らの背中を盾にした。
「ハリーに手を出すなシリウス・ブラックっ!!」
その名前にパブにいた全員が身震いした。
「シリウス・ブラック…?!」
「そんな…!!」
店内はパニックになる寸前だった。ホップカークはその名が出ると肩を震わせた。
「俺は無実だ!この卑怯な鼠野郎に騙されたんだ!」
「君が多くの人間を殺害した瞬間を多くの人間が証言してる!」
「それもこいつだ!こいつに罪をなすりつけられたんだ!」
そのやり取りを見て皆口々に憶測を語り出す。
「やはりアズカバンで正気を失ったか…。」
「あの人から杖を取り上げてっ!!この漏れ鍋を木っ端微塵に壊すわよっ!」
周囲のどよめきがホップカーク改めシリウス・ブラックを余計に苛立たせているようだった。写真とは全く異なる容姿だが、きっと変装しているのだろう。
「ブラック、お前が無実だというのなら杖を捨てろ。」
エルファバの父親は構えたまま、静かに警告した。
その声が漏れ鍋内をシンとさせた。
「俺は無実だ。けど、それは無理な願いだな。」
「その杖はオルレアンのだ。お前のじゃない。どうやって盗んだのか分からないが…」
エルファバは父親とチラッと目があった。視線を感じた時、気まずさと、ぞわりとエルファバの中で悲しみとも怒りとも言えない感情が走った。
(それは今は"私の"杖よ。グリンダのじゃない。)
「ピーター・ペティグリューがなぜ生きているのかは理解できない。だが仮にお前が無罪だったとしても彼を殺した瞬間、お前は本当の犯罪者になるぞ。」
「っ!うるせえっ!」
なぜ父親はシリウス・ブラックを煽っているのかエルファバには理解できなかった。シリウス・ブラックは逮捕される直前に道路を大爆発させて多くのマグルと魔法使いを道連れにした。そんな人物をこんな小さなパブに杖を持たしたままにしておくのはあまりにも危険だ。
「彼はシリウス・ブラックなんですか…?」
ハリーはミスター・ウィーズリーに聞こえるか聞こえないかの声で尋ねた。
「ああ。そうだよハリー。君の命を狙っている"例のあの人"の部下だった奴だ。」
「そっそんな…。何かの間違いです。彼は僕に良くしてくれました。宿題教えてくれたり、面白い物を見せてくれて…。」
ハリーが戸惑いながらそう話した時、確かにシリウス・ブラックの瞳にキラリと光が帯びたのをエルファバは見逃さなかった。
「ハリー、君は騙されてるんだ!ずっと君を殺す機会を狙ってたんだこいつは!」
バーンっ!!
シリウス・ブラックはパブの壁を破壊した。少し古びたレンガ造りの壁が無残にも散った。同時に客が悲鳴を上げ、我先にと小さな入り口に押し寄せていった。
シリウス・ブラックは元の姿に戻っていた。ミスター・ウィーズリーとエルファバの父親がシリウス・ブラックとやりあっていた。赤や青の閃光がランプや酒の瓶にあたり、跳ね返る。
「あなたたちっ!!」
ミセス・ウィーズリーがしゃがみこみながら叫んだ。エルファバは戦いを見ている2人の腕を引っ張ってミセス・ウィーズリーのいる方向へと引っ張る。さすがに今度は2人とも従った。
「早くここからでなさいっ!あの青い壁が出来ているところを辿れば安全よ!」
見ると客を青く透明で柔らかい膜で包んでいる。きっとエルファバが知らない防御呪文だ。
(お父さんはミセス・ウィーズリーにこれを作らせるために時間稼ぎをしてたのね。)
混乱の中エルファバはどこか冷静に考えた。
「スキャバーズがいない。」
ロンはあたりを見回して呟いた。他の2人も出口に向かうことに頭がいってなかった。
「スキャバーズが!」
ピーター・ペティグリューはパブの窓をレンガで叩き割り、今まさに飛び出そうとしているところだった。
「待ちなさいっ!!」
ミセス・ウィーズリーの制止を振り切り、3人は走り出す…。
ガシッ!!
「悪ぃな。」
エルファバの腕を掴んだのは、シリウス・ブラックだった。
「え。」
ひょいっとエルファバを人形のように抱きかかえ、エルファバの首に杖を突きつけた。シリウス・ブラックの腕はやせ細っていて一体どこからそんなパワーが出てくるのか理解できなかった。
「攻撃をやめろっ!さもなくばこいつを殺すっ!」
ミスター・ウィーズリーと父親は攻撃を止めた。
「殺すのはピーター・ペティグリューだけじゃないのか?!」
「状況が変わったっ!!」
そう言ってエルファバを担いでシリウス・ブラックはハリーとロンと同じ方向に走り出した。ミセス・ウィーズリーの悲鳴が遠ざかる。シリウス・ブラックがどこかを通り抜けた時、エルファバは頬に鋭い痛みを感じた。きっとガラスだ。
(やだ、怖い…!!)
エルファバはどうすればいいか分からず、遠ざかるパブを見ながら頭を必死に考えた。
「おい、やめろっ!!」
突然シリウス・ブラックが大声を出したのでビクッと体を震わす。
「頼むから凍らすなっ!!」
エルファバを担いでいるシリウス・ブラックの肩が薄い氷で覆われている。
「ごめんなさい…!」
(…あれ?どうして私謝ったのかしら?悪いことしたのは彼で…。)
「事が終わったら絶対解放してやるから、今は我慢してろっ!」
(事が終わったらって…スキャバーズを殺すってことじゃあ…?)
「それとも失神されたいか?!」
多分力を使えばシリウス・ブラックはすぐに凍るはずだ。しかし杖を体に押し付けられるとまるで金縛りを受けたように固まってしまう。痙攣したように首を振った。
「よしっ、いい子だ。そのままじっとしてろ…ハリーはどこだ?」
(なぜハリーを…?)
「ハリーっっっっ!!」
シリウス・ブラックは叫んだ。エルファバが必死に後ろを向くとハリーとロンは這いつくばるようにしてどこかを覗いていた。
(彼はどうしてハリーを友達みたいに呼ぶの?)
「ピーターは?!ピーターはどこだ?!」
「…ネズミならこっちに…こっちに逃げました。」
壁に空いた小さな隙間だ。人は通れない。
「クソっ!!逃げられたっ!!」
シリウス・ブラックが壁を蹴るとその振動がエルファバにも伝わった。ハリーはブラックと抱えられたエルファバを交互に見た。
「ミスター・ホップカーク…あなたは魔法省の人間じゃないんですか?!どうして…?!僕の父親の思い出も!!学校の話も!!全部!!嘘だったんですか?!あなたを信用していたのに…。」
「嘘なんかじゃねえっ!!このお嬢ちゃんの手紙使って騙したことは悪かった!!でもハリー!!俺は無実だっ!!信じてくれっ!!君の両親に誓って!!俺は無実だ!!君の両親を殺していないっ!!」
「僕の両親を…何て言いました…!?」
「俺は…!!」
シリウス・ブラックが何かを言う前に大量の破裂音が近くで鳴り響く。
「きゃっ!!」
かなり乱暴にシリウス・ブラックはエルファバを地面に落とした。ゴキっと嫌な音が聞こえた。
赤い閃光を一斉に宙を舞う。
「っうっ…。」
「すまないお嬢ちゃん。君の杖、使いづらいがもう少し貸してくれ。ハリー、ピーター・ペティグリューは必ずホグワーツに戻ってくる。気を抜くな。」
バシッ!
シリウス・ブラックは3人の目の前から消えた。
その直後に大量の魔法使いがこちらに押し寄せて来た。無傷の3人を過剰なまでに保護し、大通りに連れて行く。3人は放心状態だった。
ーーーーー
《シリウス・ブラック、現る》
1993年8月31日、ダイアゴン横丁はパニックに陥った。人が1番集う漏れ鍋に脱獄した殺人鬼シリウス・ブラックが現れた。さらにおかしなことに、シリウス・ブラックに殺されたと思われていたピーター・ペティグリューが現れた。
その昼間の悪夢は魔法界を震撼させ、魔法大臣のコーネリウス・ファッジはマグル政府に捜査員増員を要請、魔法使いが多く住む街にも安全対策の強化を宣言した。さらにピーター・ペティグリューの保護を呼びかけた。
『彼はおそらくシリウス・ブラックという脅威にさらされているに違いない。どんな絶望の中でも必ず希望があります。ピーター・ペティグリュー、13年前のあなたの勇気を讃え我々魔法省はあなたを全力で守ります。』
ーーーーー
翌日、エディは素晴らしい朝を迎えていた。
「ああ、なんていい天気!!いよいよホグワーツに行けるのね!いっぱい魔法を覚えて、友達をつくって!バスケットコートあるかなあ?ああっ!バスケットボール入れなきゃ!あと人形とCDとライブTシャツと!あたし、遂にホグワーツに行ける!!こんなに心が躍ることってないわっ!」
ドンっ、ドンっ、ドンっ!
エディは階段を数歩飛ばして降りリビングに突っ込んだ。
「おっはよっ!!」
「エディ、もう少し静かにして。」
「はーいっ!!いよいよホグワーツよママっ!!」
「ええ、そうね。」
「エルフィーが使うような魔法いっぱいいっぱい覚えるの!クリスマスにはお菓子とか不思議な物あげるっ!」
「ありがとう。」
朝食のトーストを口に突っ込み、サラダを突っ込んで再び階段を上がった。
「エルフィーおっはよっ!!」
ボサボサ髪の姉にハグをして、バレエのステップを踏みながら自分の部屋に入った。
「バイバイ私の部屋っ!」
各家具にキスをして大きなトランクを引っ張った。
「エルフィー、ホグワーツの寮って4つあるんでしょ?私エルフィーと同じ寮に入りたいなぁっ!!」
いつも通りエルファバからの反応はなかった。だが気にしない。車の外でも中でもずっと踊りっぱなし歌いっぱなしで家族にうざがられても気にしない。それがエディだ。
キング・クロス駅に到着しトランクを駅まで運んだ。父親曰く、何と駅名は9と3/4番線で柱をすり抜けて行くらしい。
と3/4番線で柱をすり抜けて行くらしい。
「あそこから行くの…?」
「ああ。」
「もう、どこまで私を喜ばせるのかしら?!魔法の学校の入り口が何の変哲もない柱?!なんて素晴らしいの!!」
「一緒に行こう。」
「うんっっっ!!」
カートと父親とともにエディは走り出す。
あと、1メートル、数センチ…。
「もう目を開けろエディ。」
エディがゆっくり目を開けると、紅色の蒸気機関車が煙を上げていた。
ホグワーツ特急。
色とりどりの猫が足元で走り回り、人々がおしゃべりを交わし、フクロウがホーホー鳴いている。
「ああ、なんて素敵な機関車なの!!これがあたしを魔法の世界へと連れて行ってくれる!!ついにあたしは変人扱いされない世界へと行くのね!!毎晩毎晩豪華なディナー食べてキレイな魔法をたくさん披露してみんなに尊敬されたい!!」
「エディ、頼むからせめて歌うか踊るかどっちかにしてくれ…みんな見てる。」
「オオオオオオオオオオオっっっ!!あれ?エルフィーは?」
「どっか行ったわ。」
「ママ、どうしてそんなに嫌そうなの?こんなにスゴイのに!!見てっ!!あの人どうしてウンチだらけなのかしら?」
「悪戯グッズだろう。」
「パパ、ママ!あたしすっごい魔法をたくさん覚えてくるっ!」
エディは父親と母親に飛びついた。
「エルフィーっ!エルフィーっ!どこー?あたしの記念すべき瞬間に一緒にいてよおっ!
その頃のエルファバ。
「「なんで隠れてるんだエルファバ?」」
「お願いそこから一歩も動かないで!」
かなり遠くにいるはずなのにエディの歌声がこっちまで聞こえたのでとっさに双子の後ろに隠れたのだった。
「ふふっ、あの新入生可愛いわねー。興奮しちゃって。」
「恥ずかしくないのかな?」
「あいつできれば俺の寮に入ってきてほしくない。」
妹はすでに目立っていた。しかも自分の名前を呼んでいるではないか。
「「それっ。」」
「やめてっ!」
チームワーク抜群に隙間を作り動く双子にエルファバは必死についていった。
姉の苦労を梅雨知らず、エディは全身でホグワーツへ行ける喜びを体現する。
「あたし、エルフィーみたいに人を喜ばせる魔法が使えるようになりたいの!どうしたらあんな風に雪を「エディ。」」
父親はしゃがみ込み、エディと同じ目線になった。
エディはエルファバよりも少し身長は高いがそれでも11歳。まだまだ小さい。
「エルフィーの魔法のことは誰にも言ってはダメだよ。」
「どうして?」
「エルファバの魔法は人を不幸にするから。」
父親の代わりに母親が答えた。
「そんなことないよ。だって私はエルフィーの魔法大好きだもん。」
「バカなこと言わないで。あなた、あの子のせいで氷の塊になりかけたじゃない。」
「お前は黙ってろ。」
「ママ何言ってるの?」
「あいつの言うことは気にしなくていいんだ。ただ、もしもみんながエルフィーのことを知れば、エルフィーは悪い魔女になってしまうんだ。」
「どうしてそんなこと分かるの?」
エディはすべての感情や疑問を心で止めることを知らないのだ。頭で考えたことは思考を通さずにそのまま出てくる。しかし悪意は一切ないため、責められない。
「…昔、父さんには大事な人がいた。その人は特別な"力"を持っていたんだ。しかし彼女は悪い奴らにそそのかされ、それを使うと自分が特別な存在になると思い上がってしまって、あまりにも多くの人を傷つけてしまった。エルフィーにはそんな人間になってほしくないんだ。」
「ふーん。でもパパはその大事な人のこと今でも大好きなんだね。」
「…いいや。そんなことないよ。」
汽笛が駅に響き渡る。
「大変!あたしもう行かなきゃっ!手紙いっぱいいーっぱい送るね!!」
エディは両親の頬にキスをして、列車に乗り込んだ。
「バイバーイ、ロンドーーーーーン!!私たくさん友達作るねえっ!!」
ーーーーーー
「あなたの妹すごいわね。仮にも昨日殺人鬼に遭遇したのよ?普通元気ないわよあそこまで。」
「…。」
ハーマイオニーは各コンパートメントにも響き渡るエディの声に呆れ笑いをしながらいった。
「まあホグワーツに行く時って興奮するよな。あそこまで感情を表に出さないけど。」
「〜!!」
エルファバは恥ずかしさによって固まっていた。
コンパートメントにはエルファバ、ロン、ハーマイオニー、そして熟睡している男性がいた。相変わらずみずほらしい格好で、ローブはつきはぎだらけのルーピン教授だった。正直エルファバは彼のいるコンパートメントに入りたくなかったが、やむをえなかった。
「ハリーは?」
「なんか用事があるけどすぐ戻って来るってよ。」
ハーマイオニーはふーん、と話を聞くと日刊予言者新聞を開いた。一面にはシリウス・ブラックが邪悪に笑っている写真、そして小太りでネズミ顏のおどおどした男性の写真が並んで掲載されていた。
「昼間の悪夢…無垢な新入生を人質に…捜査員の増加…安全対策…ピーター・ペティグリューの全力保護を宣言…。」
エルファバはハーマイオニーの声を聞きながら違うことを考えていた。昨日の夜の話である。家に帰ったエルファバは早々に父親に質問責めにあった。
『誰か家に入れなかったか?』
『私は入れてないわ。』
『お前が入れなきゃ杖が盗まれるはずなんてないんだよ。お前がどこかで落としたなら別だが…あの家は私かエディかエルファバが認めた相手しか入れないようになってるんだ。』
『…え?』
『保護呪文をずっと前にかけたんだ。私たちが知らない人間は家の存在を知ることがあっても入れないんだ。』
『でも…保護呪文かけてたらリス1匹『動物は例外だ。とにかくお前かエディが人を招き入れるか、その人物と接点がなければ家に人が入れるはずがないんだよ。』』
エルファバは冷水を浴びせられた気分だった。
『本当に分からないわ。』
『重要なことなんだ。家に殺人鬼が出入りしてたかもしれないんだぞ?お前の杖だって持ってる。』
『…私のこと疑ってるのね。』
『疑ってるわけじゃない。お前たちが心配なんだよ。』
『お父さんが心配なのは"私たち"じゃなくて、"杖とエディ"でしょ。』
その時、生まれて初めて父親に打たれた。リビングの中で嫌な空気が充満した。
『…次それを言ったらただじゃおかないぞ!!』
父親は何かから目を覚まさせるようにエルファバの肩を揺すった。
『お前もエディも同じように愛してるに決まってるだろ?!』
ここまで感情的になった父親は初めて見た。しかしそれはエルファバの心に響いてこなかった。何もないところに呪文を放つようにあまりにも実感がわかない。
『…お互い頭を冷やそう。部屋に戻れ。』
(感情的になっているのは私じゃなくてお父さんだわ。何を言ってるの?)
自分のせいにされたエルファバは、沸々を湧いてくる怒りをエルファバは必死に抑えた。
『私、グリンダじゃなくてエディと同じお母さんの下で生まれたかった。』
捨て台詞で言うと、エルファバは自分の部屋まで駆け上がり、自分の部屋の扉を凍らせた。できる限り氷を分厚く分厚くして誰も入れないようにした。
「エルファバ?」
「…ん?」
「どう思う?今回のこと。」
エルファバは毛づくろいするロビンを膝に抱えながら考えた。
「なんというか、すっごく不自然だわ。」
「ええ、本当よね。」
「何がだい?」
ハーマイオニーは、はあっとため息をつく。
「まず、あなたのネズミが13年間もずっとネズミになって隠れていた理由が分からないわ。誰かに追われていたなら魔法省に保護してもらえばいいじゃない。彼は命をかけてシリウス・ブラックを捕まえようとしたことによってマーリン勲章をもらったのよ?」
「なんか他に理由があったんじゃあ…?」
「それにハリーから聞いたけど、シリウス・ブラックはエドワード・ホップカークって名乗ってたでしょ?マファルダ・ホップカークの夫で、彼女は魔法不適正使用取締局の局次長をやってるの。実際私が昨日調べたら彼女にはパートナーがいるけど男性じゃないわ。しかも!ハリーの話だと、エルファバはこの夏に魔法を使ったけど正当防衛が認められたっていう手紙をシリウス・ブラックが持ってたのよ。」
「シリウス・ブラックはエルファバの杖と手紙を持ってた…?」
「そう。でもおかしいと思わない?どうしてわざわざハリーを取り入るような真似をするのかしら?ハリーに一体何の目的があるって言うの?」
ここで話を切るとハーマイオニーはエルファバの方を向いた。
「シリウス・ブラックはあなたを絶対に知ってたわ。少なくともあなたが魔女だって知ってたに違いないわ。そしてあなたの部屋に侵入した。何か心当たりはない?」
エルファバは少し考えてから答えた。
「私も昨日知ったんだけど、私の家には保護呪文がかかっているらしいわ。」
ロンが口を挟む前にハーマイオニーはシーっと言った。
「その保護呪文は私たち家族が知っていてかつ、好意を持っている人間しか入れない仕組みになっているらしいわ。動物は例外らしいけど…。」
「じゃあ、心当たりなしってこと?」
ロンがガッカリした声を出す。
「私、ロビンを拾ったって言ったじゃない?あの時、庭に怪我した犬が倒れてて私、その犬を自分の家に入れたの。」
ハーマイオニーはエルファバの言葉に弾けたように立ち上がった。
「アニメーガス!!!!」
「ハーマイオニー今くしゃみした?」
「バカなこと言わないでロン!動物もどきよ!シリウス・ブラックは犬に化けてたのよ!!」
ハーマイオニーは興奮して髪の毛をブンブン振りルーピン教授にそれが当たっていた。
「やっぱりそう思う?」
「ええ!!きっとピーター・ペティグリューもね!!じゃないとあそこまで完璧に動物に変身するのは不可能よ!!同族意識で分かったんじゃないかしら?!私図書館に行ったら調べてみる!!」
そう言い切ったタイミングでコンパートメントにハリーがやってきた。思いの外嬉しそうな顔をしている気がする。
「ハリー、なんかいいことでもあった?」
ロンも気づいたらしい。
「えっ、いや、別に特には…この人は?」
「R.J.ルーピン教授。新しい闇の魔術に対する防衛術の教授よ。」
ハーマイオニーが答えるとハリーは不審そうにルーピン教授を覗き込む。
「本当にこの人寝てる?」
「ええ多分ね。どうして?」
ハリーはコンパートメントの扉を閉め、エルファバの隣に座った。
「話さなきゃいけないことがあるんだ。さっきミスター・ウィーズリーに言われたんだけど…シリウス・ブラックは僕の命を狙ってるらしい。」
その口ぶりからハリーはそれを信じていないことは明らかだった。しかしハーマイオニーは口を両手で覆い、ロンの顔は青白くなった。エルファバはいつも通りである。
「僕の命を狙って脱獄したってさ。で、僕には彼を探さないようにって。」
「そんな…ハリーを狙ってるなんて…!!ハリー、お願いだからトラブルに突っ込まないでね?」
「僕は今まで一度もトラブルに突っ込んだことなんてないさ!トラブルのほうが僕に突っ込んでくるんだよ!」
今まではそうだったかもしれないが信憑性はかなり低かった。
「でも…ハリーを狙っていたならあまりにもまどろっこしくないかい?わざわざ変装してハリーに接近するなんて…。」
「シリウス・ブラックは僕を狙ってたんじゃない。ピーター・ペティグリューを狙ってたんだ。彼だって言ってたじゃないか。ピーター・ペティグリューを殺しに来たって。」
「ごめん、僕ちょっと頭が痛くなってきた。」
ルーピン教授がモゾモゾと動いて、隣のエルファバに触れた。エルファバはハリーに寄っ掛かる。
「エルファバ…そんなに嫌がらなくてもいいんじゃない…?」
目があうとハリーは憐れみといった感じでルーピン教授を見ていた。
「つまり、ハリーはシリウス・ブラックが無実だと思ってるのね?」
「エルファバ、話を…うん、そうだよ。」
「シリウス・ブラックの話を全部鵜呑みにするってこと?ハリー、正気かよ?」
「ロン、君だって見ただろう?シリウス・ブラックはピーター・ペティグリューに激怒してた。全てを奪われたって。あれがウソに見える?それに彼は僕に気をつけろって警告してきたんだ。僕を狙っている人がそんなこと言うかな?ミスター・ウィーズリーだって僕に警告はしたけど、ピーター・ペティグリューの生存が確認されたってことで状況がどんどん変わってきてるってね。」
「確かにね、ピーター・ペティグリューの死によって成立していたものが壊れていってるのは確かよ。でもねハリー。」
ハーマイオニーは諭すようにハリーに言う。
「シリウス・ブラックがたった1発の魔法で多くの死者を出したのは多くの証言者がいるの。百歩譲ってシリウス・ブラックが無実だったとしましょう。でもだからといってピーター・ペティグリューを殺すというのは正しいことではないのよ。それにエルファバへの態度!いろいろ謎は多いけど、今はシリウス・ブラックを疑うというのが賢明だと思うわハリー。」
ハーマイオニーはこれ以上この話をするつもりはないらしい。ロンにホグズミードのことをいろいろ聞いた。面白いお菓子のあるお菓子屋や歴史的建造物の話をしだした。
「僕、許可もらえなかった。君の勝ちだよ。」
その会話はますますハリーを落ち込ませた。
「偶然ねハリー。私もよ。昨日の夜ちょっとした喧嘩しちゃって、すっかり忘れちゃったのよ。」
「そっか。じゃあ、2人でなんか楽しいことしよう。」
「うん。」
正直エルファバはあまりホグズミードに行けないことに落胆してはいなかった。部屋にこもるのは慣れっこだからだ。むしろ今回はハリーがいる。それだけで幸せだ。
車内販売でいろいろ買ったりマルフォイと下っ端が来てやいやい言ってったりしたが、比較的平和な旅だった。
「…。」
「ミャー。」
ハリーはこの間にエルファバの飼い猫であるロビンがマルフォイ、ダドリー、スネイプと同じレベルで嫌いになった。エルファバの前では可愛い猫を演じているが、他の3人のことを見下しているのは見て分かる通りだった。ロンの制服を引っ掻き、クルックシャンクスにちょっかいをかけ、少し前にハリーの膝の上で危うくおしっこをするところだったのだ。しかもわざとである。
飼い主エルファバは本を読んでいた。集中しだすとエルファバは全く物事が見えなくなるのでロビンの悪さに気がついていない。
「エルファバー。」
「おーい。」
「エールちゃーん。」
ひょいっ。
ロンは試しに本を取ってみた。
「………………………あ。」
エルファバは知らない世界にやってきたような顔で3人を見た。
「君の猫最高に嫌な奴だよ。檻に入れてくれない?」
「ロビンが何かしたの?」
「僕におしっこかけようとした。しかもわざとね。」
「制服引っ掻いた。」
「クルックシャンクスにちょっかいをかけたわ。」
「やだ…ごめんなさい。」
「最初は子猫だししょうがないかなって思ったんだけど…どーもわざとやってるっぽくて。」
エルファバはロビンを抱き上げてじっと見た。
「ロビン、ダメでしょ?そんなことしたら…彼らは私の大事な友達なの。」
「ミャーン。」
ロビンは再び最高に可愛い猫を演出した。目を潤ませ、エルファバの顎に尻尾を絡ませる。
「騙されちゃダメだよエルファバ!」
「そいつは悪魔だ!」
「そんな可愛い顔したってダメなんだから。…可愛いけど。」
「ミャーン?」
「だーめ。」
「ミャ?」
「だめっ。」
エルファバはどんなにロビンが可愛くても決して盲目にはならなかった。ロビンを檻に入れてしっかり鍵をかけた。ロビンが悲痛な声を上げてエルファバは出してあげたい気が抑えられなさそうになるが必死に我慢した。
「いい飼い主だ。どっかの誰かと違って。」
「ロン、今思うとクルックシャンクスはスキャバーズが不思議だったから追ってたのよ。」
「そんなことまで猫は考えないさ。ハーマイオニーも頼むからそいつを檻に入れてくれ!」
スキャバーズ不在でもこのことに関するケンカは止まらないらしい。
「…おかしいわね…。」
エルファバは今だに起きない教授越しに窓を見た。
「ほら、エルファバも猫がおかし「まだ1時よ、それなのに列車が速度を落としてる。」」
コンパートメント外でも騒めきが大きくなった。ガタンっ!!と大きく揺れ、明かりが全て消えた。
「故障?」
「まさか、シリウス・ブラックが?」
「ロン、変な事言わないで!!」
「何かが列車に入ってくる…!!」
「私、運転士に…。」
「アイタッ!」
「誰?」
「ネビルだよ!その声はハリー?」
「ああ、そうだ。」
「あなたは?」
「ジニーよ。」
「ハリー、お願い押さないで。」
「ネビル、押さないでくれ。エルファバが潰れる。」
「静かに!!」
エルファバのすぐ後ろで低い男性の声がした。ルーピン教授だ。カチリと音がすると真ん中でボウっと炎がルーピン教授が手の中に灯されていた。
扉の外に何かいる。
「動かないで。」
ルーピン教授は立ち上がり、扉を開けようと手を伸ばした。しかし、その前に扉が開く。
扉の外には天井まで届く黒い影がいた。顔を頭巾で覆い、手は腐敗したように皺くちゃで穢らわしい。ガラガラと音を立てて部屋に入ってきた。同時に体の芯まで寒気が入り込んできた。
エルファバは深い深い闇へと引きずられていく。
ーーーーー
真っ暗な場所、乾燥しやすいイギリスでこの場所はムッとする暑さがこもっていた。どれくらいここにいたか覚えていない。けど早くこの汚い場所から助けてほしかった。
お父さん?お母さん?どこにいるの?
『よお化け物。』
恰幅のいい男性が私に近づいてくる。確か私の叔父さん。
『餌だ。食え。』
よく分からない物体に私はかぶりついた。まずいけど、これがなければ私はもうごはんを食べれない。
『どんな気分だ化け物?』
家に返して…。
『化け物が一丁前に望んでんじゃねえよ。本来お前は生きてちゃいけない人間なんだ。』
帰れないなら…。
『っ冷えっ!!こいつ!!』
男は私の髪を掴み、数回私の顔を殴った。
やだ、やだ誰か!!誰か私を助けて!!
誰か!!
ーーーーー
「…ルファバ!!エルファバ!!」
「!?」
エルファバは辺りを見回した。車内は明るく列車は再び走り出したらしい。
「う…そ…!」
コンパートメント内は冷え切っていた。当然、自らの作り出した氷によって。
「やっ、やだやだごめんなさいっ!こんなこともうしないわっ!」
「エルファバ、落ち着いて。」
「おねがいいい子にするからっ!」
「だから、いたいことしないでえっ…!」
エルファバはポロポロと泣いた。言葉も幼児のように舌ったらずでハーマイオニーにすり寄っていく様はまるで小さな子供のようだった。
「エルファバ、大丈夫よ。大丈夫だから。」
「えぐっ…ひくっ…ううっ…。」
ハーマイオニーは優しく頭を撫でた。
ハリーも倒れてエルファバも人が変わったようになっていた。しかも季節は夏にも関わらずコンパートメント内は冷蔵庫のようだった。
「誰も君を傷つけやしないよエルファバ。」
低い男性の声にエルファバはビクッと反応した。
「ごめんね。ビックリさせちゃったかな?」
エルファバは鼻水をズズッと吸いハーマイオニーにしがみついた。
「もう平気だ。奴らは消えたよ。シリウス・ブラックがいないって分かったからね。私はハリーが起き次第運転士と話す。」
エルファバは新しく買った杖を取り出す。
「でっ…デフィーソロ…。」
しゃくりあげながら唱えた呪文はコンパートメントの空気をマシなものにした。
「ハリー!」
むくりと床に倒れていたハリーが起きた。
「何が起こったの…?あれは…?誰が叫んだの…?」
「エルファバだよ。」
パキっと大きな音でみんな飛び上がった。ルーピン教授がハリーに大きなチョコレートのかけらを渡し、みんなに配るがエルファバだけ首を振って断った。
「元気になるから、ほらっ。」
ルーピン教授には申し訳ないが、エルファバは教授のがっしりした大きな手もそれに握られているチョコレートも恐怖の対象でしかなかった。さっきの恐ろしい記憶と一致するのだ。
「ルーピン教授…さっきのは…?」
「ディメンター。吸魂鬼と呼ばれるアズカバンの看守だよ。シリウス・ブラックを探してたんだ。」
エルファバのチョコレートをハーマイオニーに預けチョコレートの包み紙をクシャクシャに丸めポケットに入れた。
「私は運転士と話してくる。」
「あのっ…。」
エルファバは震えながらルーピン教授を呼んだ。
「ん?なんだいエルファバ?」
「…みてきて…ください…エディの…ようす…。」
ルーピン教授はもちろん、と微笑み、コンパートメントから出て行った。
エルファバは深く深呼吸を繰り返し、チョコレートを少し口に含んだ。
少しだけ暖かくなった。