ホグワーツに行くまでの最後の1ヶ月、エルファバはさっさと荷物作りを終わらせ(エルファバはここ数年間外出をしていなかったので外着が極端に少ないのだ。)、残りの時間、教科書を貪るように読んでいた。ちなみに今の愛読書は”魔法の歴史"だ。わずか3日間であの分厚い”幻の動物とその生息地”を読破したにもかかわらずまだ足りないらしい。
(信じられない、この教科書たちは他のどんなファンタジーよりも面白い。だってこれ全部この世界に実在するんですもの!)
ふと、よく知っている名前を見つけ、ページをめくる手を止めた。
"生き残った男の子”
必需品を買い揃えに行った時にハグリッドからハリーの両親について聞いた。ずいぶんとおかしな話だが、ハリーの両親を殺した魔法使いは名前を呼ぶことすら恐れられているらしい。だからエルファバはその魔法使いをMr.Vと呼ぶことにした。
かつてMr.Vに支配されかけた魔法界だったがまだ1歳だったハリーに助けられたという。
本人はそれを聞いてエルファバよりも驚いてたが。
(知らないところで自分が有名になってるって嫌な感じよね。)
自分だったら嫌だ。エルファバはハリーに同情した。
しばらくパラパラめくっているとまた気になる言葉が飛び込んてきた。
"ゴブリンの反乱"
ゴブリン…エルファバは少し前の出来事を思い出す。
(なぜ私を見ていたのかしら?あの人たちが私の"力"を知ってる…わけないし、というかダイアゴン横丁に行ったのがこの前が初めてだし…向こうが私を知ってるわけがない。)
なのに…
(考えるのはよそう。)
とは思いつつゴブリンについてパラパラと調べてみると、魔法使いとゴブリンに確執は深いようだった。ゴブリンの高い技術、それを奪った魔法使いたち。今は表面上仲良くやっているようだが...
(ん?影の協力者?)
危うく見落としそうになる程小さなところをエルファバは注意深く目を凝らして読む。
"ゴブリンの反乱の際、ゴブリンには魔法使いの協力者が数人いたとされる。しかしゴブリン側は否定しているので真偽は定かではない。"
ふーん。
エルファバはページを読み進める。それが数年後に重要になってくるとは知らずに。
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お父さんは仕事を休んでまで今日は一緒に来てくれる。嬉しいけど、それをするとお母さんすっごい機嫌悪くなるんだよ…。
エルファバは少しドキドキしながら車の後部座席に乗る。
車に荷物を詰め、エルファバの父親であるデニスは車を発進した。
「学校は楽しみか?」
しばらくしてデニスは話しかけた。エルファバは嬉しかった。
(目の下にクマがあって疲れた感じのお父さん。それでも私に話しかけてくれた。)
「うん。たくさん友達作りたい。」
お母さんの前ではお父さんとなるべく話さない。なんとなくそれがルールとなっていた。そのせいか私は家でもお父さんとは...というか人と、話さない。何を話したらいいか分からない。小さな車の中で、トランクが跳ねる音とエンジンの音だけが響く。
エルファバはぼんやりと登ってきた朝日を見つめた。
「…お父さん、魔法使いだったんだね。」
なんとなく、思ったことを口に出した。デニスは落ち着かなそうに頭をかく。
「ああ、そうだよ。もうほとんど使わないがね。」
「私だけかと思ったわ。不思議な力があるの。」
「お前が持ってる"力"はお前だけだ。」
その言葉は"お前のような化け物はお前だけだ。"と言われた気がして、エルファバは口をつぐんでしまった。
「…」
「…」
(お父さんが魔法使いなら聞きたいことが山ほどある。知りたいことだって。でも、お父さんは私が好きではない。あまり関わりたくないと思ってる。なら...このまま黙っていよう。)
「お父さんはな、レイブンクローだったんだ。」
(レイブンクロー?ああ。寮のことね。)
「ふうん。」
「お前は賢いからレイブンクローに入るかもな。」
ハリーが仕立て屋で会った嫌な男の子の話を思い出した。彼はスリザリンに入りたいとかなんとかって言ってたらしい。
「お父さんは"クィディッチ"やってたの?」
これもハリーが言ってた男の子が言ってたらしい。魔法使いがやるスポーツ。(お父さんも知ってるわよね。)
「いや、やってないよ。お前はやりたいのか?」
「最近は、運動したことないからわかんないわ。」
「そうか。そうだよな。」
外で走ったことなんてずっと前のことだ。ハリー達と買い物に行った時でさえ帰りはヘロヘロでハグリッドに抱えて(正確にはつまんで)もらって帰ってきたんだから。次の日は1日中寝てて起きたのはさらにその次の日の深夜だ。
長い長い沈黙のあと、デニスは車を駐車した。大きく古い駅の前だ。大きく"キングス・クロス駅”と書かれている。
「エルフィー、1つ約束してくれ。」
デニスは助手席のエルファバに向き直る。その声は優しいがどこかピリピリしている。
「ホグワーツで決して"力"を使ってはならないよ。」
「え?」
「雪を降らせたり、何かを凍らせたりしてはいけない。」
エルファバは耳を疑った。
「私…それを制御できるようにするために学校に行くんじゃないの?」
デニスはゆっくりと首を振る。
「エルフィー、これから行くところ場所にいる人は杖無しで何かをすることはできない。杖無しで何かをできるのは世界でお前だけなんだよ。」
エルファバはハリーに聞いた話を思い出す。勝手に伸びてきた髪の毛、喋れる蛇、消えたガラス。
(そうなの?だってハリーだって...)
「約束するわ。でもお父さん、私コントロールできない。」
「いや、できるはずなんだよ。絶対できる。」
デニスはキッパリした口調で言い切った。
(お父さんは銀行での出来事を知らない。もしかしてマクゴナガル教授が来た時のことも知らないのかもしれない。だからそう言うのね。)
デニスはエルファバの小さな手を握った。
「"力"を使えばお前は悪い魔女になってしまう。どんな理由であろうとね。特に人に見られたりしたら人々はお前を気味悪がり、離れていく。」
「嫌だわ。そんなの。」
エルファバは今のところ唯一の友達、ハリーが自分を軽蔑し離れていってしまうところを想像した。
耐え難い苦痛だ。
「そうだろう?だから約束してくれ。決して"力"を使わないということを。」
「…約束するわ。」
ある親子は小さな車の中、人知れず約束をした。
娘は黒髪のすこしやつれた父親を悲しませたくないと心から思った。
汽車は11:00発、場所は9と4分の3番線だ。
ーーーーー
汽車内は騒がしい。大半の者は友達や彼氏彼女を求めて狭い廊下に押し寄せていた。
一方エルファバはというと小さい体をもみくちゃにされつつも空いているコンパートメントを探していた。
「邪魔だチビ!」
「...」
(チビじゃない。そっちがゴツすぎるだけ。そんなに体に筋肉つけて一体なんの得があるの白髪混じり。)
とは言えないエルファバだ。おまけに白髪は人のことは言えなかったりする。
付け加えると会う人会う人はみんな自分を見るので、できるだけ早くコンパートメントを探してさっさと1人になりたいと強く願っているエルファバだ。みんなエルファバの小ささと見事なまでに真っ白な髪の毛、そして11歳とは思えない顔立ちに目を奪われていたのだが、エルファバは部屋のタンスから引っ張り出してきた某黒いネズミのスウェットのせいにしている。
(やっぱネズミーさんはもう時代遅れなのかな?3年のブランクは大きいね。色くすんでるし、長い間しまわれてきましたって感じの匂いするし。...って、あれ?)
エルファバは見覚えのある顔を見つける。
「ハリー?」
「エルファバ!良かったー、ちゃんと来れたんだね。」
(私、心配されてたんだ。ごめんねハリー。)
「なんとかね。」
キングス・クロス駅の柱に走りこむ時は全身骨折を覚悟で汽車に乗るつもりだったけど、なんとか無事だった。
ふと、ハリーの隣に座っている男の子に気がついた。
「やあ、僕はロン。こっち入ったら?」
赤毛でソバカスだらけの男の子は私に手を差し出す。
「よろしく。」
(うおおっ!!!握手だ!!この人も私と仲良くしたいと思ってくれてる!!うおおおおおおおおお!!!)
表には出さないがエルファバは2度目の握手に興奮していた。
「えっと...」
「あっ、私はエルファバ。」
そしてエルファバはふと気がついた。
(あれ?私女の子1人...?)
エルファバの頭が真っ白になっている中、ロンは自分の兄弟の話とかネズミがいかに使えないかとか話始めた。
人の中にある恐怖がたった1日で消えるわけがない。エルファバも例外ではなく、たった1日同い年の少年とおとぎ話の悪役みたいな男(もちろんエルファバはハグリッドはとってもいい人で自分を食べる気なんてさらさらなかったことは知っている。)と一緒にいてもそれは変わるわけではないのだ。
「エルファバ?君の家族ってどんな感じなの?」
ハリーは私の顔を覗き込んできた。
「君もマグルなんだろ?」
マグルは非魔法使いの呼び方だ。ロンは私の生活に興味があるらしい。3年間1つの部屋とバスルームだけで生活してきた私に家族のことを聞くのは間違ってるよ。
「ううん。お父さんは魔法使いだって。」
「えっ、じゃあ君のお父さんもホグワーツ出身?」
ハリーは少し身を乗り出す。
「うん。レイブンクローだったって。」
「どんなだって?ホグワーツ!」
「...え?」
「「え?」」
ロンもハリーもキョトンしているが、一体何を私に求めてるんだろう。そんなこと私が知ってるわけないし、ロンのほうが詳しいはずだ。
「いや、それだけ。」
「いやいや!!もっと、こう聞かなかったの?ホグワーツのこと!」
ロンのネズミはイスの上で走り回ってる。ハリーもロンも面白いくらい同じ顔をしている。
「お父さんとほとんど話さないんだ。」
お母さんとはこの間すごい久しぶりに話したし(直接的じゃないけど)、エディは話しかけてくるけど、無視しなきゃいけないし。
「「あっ、ああ...」」
2人はきっといい友達になるだろう。息ぴったりだし。ハリー優しいし、ロンも面白くて好き。良かったー入学前に2人もいい友達ができて。
エルファバは若干ビックリしている2人を差し置いて自分の幸運に感謝した。
ーーーーー
1時間後、3人はお菓子に囲まれていた。
バーティー・ボッツの百味ビーンズとか蛙チョコとかどれも聞いたこともないお菓子ばっかりだ。
ハリーは蛙チョコについているカードを熱心に読んでいた。
「見ていい?」
「ん?いいよ。」
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アルバス・ダンブルドア
現在ホグワーツの校長。現世において最も偉大な魔法使いとされており、ダンブルドア教授は1945年に闇の魔法使いグリンデルバルドを倒したこと、ドラゴンの血液の12の使用方法の発見、さらにニコラス・フラメルとの錬金術の共同研究が有名である。 教授は室内楽とボウリングを嗜んでいる。
ーーーーー
「ニコラス・フラメルって実在したんだ。」
「エルファバなんか言っ...?」
コンパートメントの戸が開き、男の子と女の子が現れた。
「誰かネビルのヒキガエル見なかった?」
栗色の豊かな髪を揺らしながら女の子はエルファバたちに聞く。
「見なかったってさっきそう言ったよ。」
(私がカードを読んでる間にそんなドラマがあったの?)
他の人からしたらドラマでもなんでもないのだがエルファバからすれば数人の人が関わっている、それだけでドラマなのだ。
「あら、魔法使うの?見せてもらうわ。」
女の子はエルファバの隣に座る。その時にボソッと"あら素敵な髪"と言ってもらっただけでエルファバはその子が好きになった。
ロンは咳払いをし、ネズミに向かって呪文を唱える。しかし何も起きない。
(私が知ってるのと違う...。)
「その呪文正確なの?私、ここに来る前に呪文いくつか試したけど全部上手くいったわ。」
そこから彼女は自分のことやホグワーツについて早口でしゃべりだした。ロンは少し退屈そうでネビルらしき子は蛙が心配なのかソワソワしている。
「...だわ。それに、もちろん、教科書は全て暗記したわ。」
そう言った瞬間、エルファバ以外の人が口をあんぐりと開けた。エルファバだけ無表情である。
(え?みんなまだ教科書読んでないのかしら。私もこの子と同じで全部読んできたけど…まだ基本のスペル(呪文)試してはないけどだいたい読んだし、まあ流石に歴史は全部読みきれなかったけどね。魔法薬なんかはかなり面白かったわ。)
「それで足りるといいんだけど。あっ、私ハーマイオニー・グレンジャー。あなたたちは?」
「僕、ロン・ウィーズリー。」
「ハリー・ポッター。」
ハーマイオニーはハリーの名前を聞いたら再び早口でしゃべりだした。ハリーの名前がどこにのってるか、自分がハリーならどうするか。ロンはうんざりした顔、ハリーは困った顔でそれを聞いていた。エルファバはその人間ドラマを興味深く観察していた。
(あまり自分のこと話すぎると嫌がられるのね。気をつけよ。)
「まだ、あなたの名前聞いてなかったわ。」
話を止め、ハーマイオニーはエルファバに向き合う。
「私?」
「あなた以外に誰がいるのよ。」
(それもそうね。)
「...エルファバよ。エルファバ・スミス。」
「スミスってことはあなたもマグル?」
「まあ、そんなところ。」
ハーマイオニーはエルファバの細い腕を掴み、一緒にお話しましょう!というと有無を言わさず引っ張っていってしまった。ネビルはついてこなかった。
エルファバの心境は複雑である。
「あなた細いわね。ちゃんと食べてるの?」
別のコンパートメントに着いて言ったハーマイオニーの第一声である。
「一応ね。」
「どうして男の子と一緒にいたの?」
(ハーマイオニー質問多いな。私そんな質問するほど面白い人間じゃないのに。)
「友達いなかったから。ハリーだけ知ってたの。」
ハーマイオニーはふうん、と答えるとふふっと笑う。
「あなたもしかしてホームスクール(学校に行かず、家で親か家庭教師から教育を受けること)だったの?」
エルファバはビクっとした。自分の"力"がバレたような感覚におちいったからだ。
「う...ん。なんでそう思ったの?」
「やっぱりねー。あなたしゃべる時にすっごい緊張してるんだもの。だからそうかなーって。」
そんなに心配しなくていいのよ、とハーマイオニーは髪を揺らして笑う。エルファバもははは、と返した。さっきのハーマイオニーとは少し違う一面を見てエルファバは嬉しくなった。
「まあね...私ここ数年...」
と言ったところでコンパートメントの扉がひらく。
「なあ、ハリー・ポッターのコンパートメントってどこか知ってるか?」
青白い肌に尖った顎の男の子は入ってきて早々にこう言った。
「なんでそんなこと聞きたいの?」
ハーマイオニーの口調はさっきのように少しトゲがあるものに戻ってしまった。
「この目で拝みたいんだよ。有名なハリー・ポッターをね。」
((ミーハーね。))
エルファバとハーマイオニーの心の声は重なる。
「まあ、見たところそんなこと知ってるようには見えないけどな。」
体の大きい子分みたいな2人は青白い男の子に反応してニヤニヤしてる。
「どうしてそう思うの?」
ハーマイオニーはそれを不快そうに睨みつける。
「お前の服装だよ。のこのこホグワーツに勉強しに来やがってマグルが。なんでお前みたいなのがこの神聖なる魔法使いの学び場に来るのか理解に苦しむね。」
マグルの何が嫌なのかイマイチ分からないエルファバだったがとりあえずバカにされているのは分かった。ハーマイオニーは顔を少し赤く染め、唇を噛み、下を俯いてしまった。その態度に3人はへへへと下品な笑いをあげる。
数年ぶりにエルファバはイラっとした。
(懲らしめてやろう。)
「ハリーは4つくらい先のコンパートメントよ。」
「エルファバ!」
青白少年と愉快な仲間たちは顔を見合わせ、無言でコンパートメントから出て行った。エルファバの思惑も知らずに。
「ちょっとエルファバ?」
エルファバは立ち上がり、男の子たちが歩き出した方向を見た。誰も見ていないのを確認しながらやいやい歩いていく彼らの足元に狙いを定める...
パキパキっ!!
つるっ、どっでーん!!
「うわっ!」
「いって!やめろ!!」
「おもてーぞお前ら!!」
「どけ!!」
エルファバは3人の足元を凍らせたのだ。
重なってモゾモゾ動く3人を見て、何事かと覗いた生徒もみんな笑い出した。
(人を小馬鹿にするのが悪いのよ。ざまあみなさい。)
そう思っていたエルファバだったが、父親の言葉が頭をよぎった。
『"力"を使ってしまえばお前は悪い魔女になってしまう。』
私は大変なことをしてしまった。
「エルファバ?どうしたの?」
ハーマイオニーはエルファバに話しかける。
「なんでもない。」
様子の変わってしまった初めての友人にハーマイオニーはどう声をかけていいか分からなかった。
感情に流されてはいけない。絶対にこの"力"を見せてはいけないのに、友達ができたからってなんだろうこの浮き足立ちっぷりは!!
『エディ!!しっかりしてよおっ!!』
もうあんなこと起こってはいけないのだから。
何かが起こってからではもう遅い。エルファバは感情を胸の奥に押し込んだ。いつも自分がやっていたように。