ハリー・ポッターと氷の魔女   作:かっさん

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6.こじ開けられた記憶

新学期のざわめきが落ち着いたにもかかわらず。3年生は浮き足立っていた。

 

「ホグズミード週末よ!!」

「どうしよう!おめかししなきゃ!」

 

みんなが浮き足立っている時、ロンはハリーを慰めていた。

 

「ハリー、1回マクゴナガルに聞いてみなよ。」

「ロン。今ハリーが外に出るのはその…賢明じゃないと思うわ。」

 

ハーマイオニーはほつれたバックを直しながら忠告する。

 

「ハーマイオニーいいよ。君が懸念してるのはシリウス・ブラックのことだろう?それにロン、マクゴナガルは多分今の状況じゃ許可してくれないことも分かってる。エルファバもいるし僕はここに残るよ。」

 

エルファバは自分の名前を呼ばれて体をピクッと少し震わせた。

 

「でもハリー…。」

「ホグズミードからいっぱいお菓子持ってきてくれよ。」

「…うん。2人の分買ってくるよ。」

 

ロンは言う。

思いの外ハリーの諦めが早かった。ハーマイオニーはいつも頑固はハリーがすぐに諦めたことを訝しがったようだったが、自分の意見が通ったことを喜ぶことにしたようだ。

 

「エルファバ、何読んでるの?」

「お父さんからの手紙よ。」

 

そして何の躊躇もなく燃える暖炉に丸めて捨てた。

 

「君のお父さん何だって?」

「別に…大したことじゃないわ。いつも通りよ。」

 

エルファバはそう言って課題の本に目を通した。

 

「エルフィーっ!!!」

 

エディは普通にグリフィンドールの女子塔から降りてきて叫んだ。もう誰も驚かない。数日前とうとうスリザリン寮も彼女の手の中に落ちたらしい。マギー情報である。

 

「…ああ、もう。」

 

エルファバはバタンと本を閉じ、ソファを間に挟みエディと距離をとった。

 

「パパから手紙きた?なんかホグズミードの許可書?入れたから見て欲しいって!!」

 

エルファバは息を飲む。

 

(…余計なことを…!)

 

エルファバ以外の3人はエディを見て、暖炉を見て、エルファバを見た。

 

「エディ、お父さんに金輪際手紙を送らないでって伝えて。」

「自分で言えばいいじゃん。」

「もう言ったわよ。パーシー!!」

「え、いるの?!やばっ!!」

 

エディはバスケで鍛えた速さでグリフィンドールの寮を出て行った。

 

「ゴホンっ!!」

 

エルファバはゆっくりと仁王立ちしているハーマイオニーの方向に向いた。

 

「許可書を捨てたの?」

「…はい。」

 

仁王立ちにハリーが加わった。

 

「どうして捨てたんだい?というか黙ってたんだい?」

 

エルファバは飼い主に怒られている子犬にように縮こまった。その光景は周囲からすれば何とも滑稽であるが本人たちはいたって真剣なため、必死に笑いを堪えた。

 

「僕に気を使ったのかい?」

「…違うの。」

 

エルファバはため息つき、小声で話す。

 

「許可書を渡す条件がね…"あれ"を使わないってことなの。だからカッとなっちゃって…。」

 

2人のたしなめる目が一瞬で同情に変わった。

 

「そうなの…。」

「お父さんは多分私の"あれ"が感情によって作用していることを理解してないのよ。多分グリンダが完璧に制御できてたからだと思うんだけど。」

 

エルファバの毎晩の"実験"から導き出された答えだった。おそらくエルファバの場合過去のトラウマにより"力"だけではなく、通常の魔力も不安定な状態だった。一歩間違えれば病院に一生入院しなくてはいけないレベルのはずだ。それがどういうわけか混合して感情の揺れが起こった時に爆発する。父親はそれが理解できていなかった。

 

「どうにかして君のお父さんに説明できないのかい?」

「そうね…いつかちゃんと説明がつくようになったらするつもりよ。」

 

エルファバは最近の夜のことを3人に話していないことに気がついた。

 

(話さなきゃ怒るだろうな…特にハリーが。)

 

ハリーは特に隠し事に関してうるさい。本人がまっすぐな性格だからいろいろ正面切って言ってもらわないと気が済まないのに加えて意外と頑固だ。しかし今はそれを言うタイミングではないだろう。

 

「お土産ちょうだいね。」

 

そんなこんなでハロウィンの日3年生は出払い、残っているのはハリーとエルファバだけだった。

 

 

 

が。

 

 

 

(…ハリーはどこに行ったのかしら?)

 

朝食を4人で食べた後、ハリーはどこかに行ってしまった。エルファバは図書室で宿題を終え、パーバティおすすめのシリーズ本を4冊ほど借りて新たなファンクラブメンバーである下級生が話しかけても聞こえないほどに没頭した。ちなみにエルファバを本から気を逸らすには本を奪うしかないということを新学期初日にロンが見つけた。彼女の集中力は頭を叩いても顔の前で手をひらひらさせても耳元で大声を出しても効かないのだ。そしてこの本を奪うという行為は何回も行うとエルファバは周囲が引くほど怒るということをフレッドとジョージとエディが実証してくれた。

 

女子なら誰もが涙して読む魔法使いと女性ヴァンパイアの恋の悲劇の結末を無表情で読み切ると、目の前にハリーが立っていた。

 

「やあ。」

「ハリー。」

「ここにいたんだ。なに読んでたの?」

「愛と彼と血とって本よ。良かった。」

「なんかそんな単調に言われると説得力がないんだよね。」

「女性ヴァンパイアがヴァンパイアだからって一方的に別れさせられたけど彼に執着してしまっていっぱいの人を傷つけて、それに後悔して自らの体を太陽にさらすの。でも恋人だった魔法使いは実は彼女を守るために別れを告げたの。彼女が自分の身代わりになったことを知らないまま彼女の幸せを願っているっていう結末。」

「なんかすごく悲しいね。」

「本当ね。でも分からないわ。」

「何が?」

「だって魔法使いは別れれば彼女が傷つくことぐらい分かってるはずよ。別れなくてはいけないのならこっそり口裏合わせすればいいのに。」

「まあ物語だからね。もし僕も彼の立場なら君が言うようにすると思うよ。」

「そうよね。」

 

エルファバが本を宙に掲げると、本は吸い込まれるように宙に舞い、本棚の中へと戻っていった。

 

「あ、そうだ。ルーピン教授が今からお茶しないかってさ。」

 

だからここに来たんだ、と笑うハリーに対してエルファバは顔をしかめた。

 

「私はいいわ。」

「でも、ルーピン教授が君も誘えってさ。」

「ハリー…申し訳ないけど…私、怖いのよ…。だって手ががっしりしてるし、」

「まあ筋肉あるよね。」

「大きいし、」

「ハグリッドに比べてたら何でもないさ。」

 

(まあそうだけど。ちょっと違うじゃないそれは。)

 

「何考えてるか分からないし。」

「…まあ、そこはちょっと否定できないけど。ほらあれだよ、敵の心を知るってのは大事だと思うよ。」

 

エルファバはますます顔をしかめながらも、ゆっくりと頷いた。イエスの返答をもらえたハリーはエルファバを引っ張り、びっくりしている下級生の間を通ってルーピン教授の部屋へと向かった。ノックをするとルーピン教授は2人に微笑みかけ、中へと案内した。

 

「紅茶はどうかな?ティーバックしかないんだけど…でもハリー、お茶の葉はうんざりだろう?」

 

ルーピン教授の言葉にハリーはぎこちなく笑った。

 

「ええ…まあ。」

 

ルーピン教授が杖でヤカンを叩くと、たちまち湯気が噴き出した。

 

「気にしたりしてないよね?」

「そうですね…それに関してちょっと気になってることはありますけど。」

 

ルーピン教授が濁ったピンク色をしたティーカップを渡してきた。エルファバは彼の太いゴツゴツした指に神経を注ぎながら慎重に受け取った。

 

「なんだい?」

「教授はどうしてボガートと僕を戦わせてくれなかったのですか?」

「君だったら言わなくても分かると思ったんだけどな。」

 

ハリーは意表を突かれたようだった。

 

「ボガートが君の前に現れたら、ヴォルデモートになると思ったからだよ。そうしたら教室中がパニックだ。」

「…あっつ。」

 

どさくさに紛れてエルファバは舌を火傷した。

 

「ええ、確かにヴォルデモートを思い浮かべました。けどそのあとすぐにディメンターを思い浮かべたんです。」

 

「つまり君が恐れているのは恐怖そのものということか…いや、感心したよ。」

 

エルファバが猫のように慎重にフーフーと紅茶に息を吹きかけると金色の液体が放射線状に小さな波を立てる。

 

「私が君にはボガートと戦う能力がないと思ってると考えたのかな?」

「あの…はい。」

 

エルファバは恐る恐る口をつける。まだ熱いが飲めることは飲めた。

 

「ごめん。熱かったかな?」

「いえ…別に…。」

「猫舌なんですこの子。」

 

(ハリー、余計なこと言わないでよ。)

 

エルファバはハリーを睨んだ。

 

「そうか。それは悪かったね。」

 

微笑むルーピン教授にエルファバは目を合わせなかった。

 

「あ、あともう1つ聞きたいことが…。」

 

とハリーが言いかけたところでドアをノックする音に中断された。入ってきたのはスネイプだった。エルファバとハリーは怪訝そうに顔を見合わせ、スネイプがもつかすかに煙が上がるゴブレットに目をやった。

 

「ああ、セブルスありがとう。ちょうど2人に水魔を見せててね。」

「一鍋分煎じた。必要とあらば。」

 

スネイプはニコリともせずにさっさとルーピン教授にゴブレットを渡した。3人から一切目をそらさず、後ずさりしながらスネイプは去っていった。

 

「ありがたいよ。この薬はすごく複雑で、元々薬を煎じるのが苦手な私にスネイプ教授が調合してくださるんだ。」

 

エルファバはゴブレットの中の中身をチラリとのぞくと濁ったグレーの液体がポコポコと泡を出していた。

 

「少しでも砂糖と入れると効き目がなくなるのが残念だ。本当に酷い味でね。…あ、ハリー。もう1つ聞きたいことってなんだっけ?」

 

ルーピン教授は身震いしながらその薬を飲んだ。

 

「あ、はい…教授は…シリウス・ブラックとピーター・ペティグリューの事件についてどう思いますか?」

 

部屋の中の空気が変わった。今まで穏やかな空気が流れていたはずなのに、ヒビが入りそうな緊張した空気だった。

 

「…なぜ、私にそれを?」

 

ルーピン教授は空になったゴブレットを机に置いて、ハリーに向き合う。

 

「教授は彼らと同じ学年だって聞いて。ピーター・ペティグリューがアニメーガスなら何か心当たりがあるんじゃないかと思いまして。」

「…そう思うかい?」

「はい。」

 

ハリーの返事は確信めいたものがあった。まるでルーピン教授が何か重要な手がかりを持っていて、それを引き出そうとするようだ。

 

「僕はマクゴナガル教授に事情を全て聞きました。両親のことも。」

「…そうか。」

 

その声は悲痛そうだ。

 

「はい。でも僕はシリウス・ブラックが無実なのではないかと思うんです。」

 

エルファバは眉をひそめた。その推測をまだ証拠もない段階で言うのはあまりにも早計すぎる。これはルーピン教授も考えたらしい。

 

「何を根拠に?」

「僕は逃走中の彼に会いました。彼にご飯を奢ってもらったこともありますし、宿題も教えてもらいました。彼が僕の両親について話す時、すごく生き生きしてて僕は自分の両親に誇りが持てたんです。僕は彼が両親を裏切ったなんて信じられない。もしも僕の感覚が間違えてたとしても、自分のボスの仇である僕に近づき仲良くしてなんのメリットがあるんでしょうか。僕を信用して誘き寄せる目的だとしても僕は彼と何度も2人きりになってるからそれが理由だとは思えなくて…だからあなたに聞きたいんです。」

 

ハリーは呼吸を置いた。

 

「シリウス・ブラックとピーター・ペティグリュー、ヴォルデモートの部下になりそうなのはどちらだと思いますか?」

 

ハリーはルーピン教授からほしい答えがあるに違いない。

 

(もしかしてハリー、何か知ってるの?)

 

「…ハリー、私には分からない。」

 

長い沈黙の後、ルーピン教授はゆっくり首を振った。

 

「私は彼らのことをよく知らない。」

「そんなの…!!」

 

ハリーは何か言いたそうなのをぐっと堪える。

 

「ハリー、君は何か私に言ってないことを知ってるね。隠すつもりはないから答えよう。私は君のお父さん…ジェームズとシリウス・ブラック、そしてピーター・ペティグリューと仲が良かった。彼らは僕の親友だった。」

「親友だったあなたなら誰がどういう性格だったかなんて分かるはずだ。」

「そんなことはないよハリー。何年たっても人のことなんて分からない。君の話しぶりだとピーターがシリウスに罪を被せたんじゃないかと思ってるみたいだね。けど、シリウスが多くのマグルと魔法使いを殺したのは多くの証言者が目撃してる。私はどちらもそんなことする人間には思えないし、君のご両親の居場所を知っていたのはシリウスだった。それは周知の事実だったんだ。」

 

ハリーはうなだれたように肩を落とした。

 

「分かるよ。いい人だと思ってた人物が実は違った時、すごくショックだ。」

 

親友の2人が殺され、1人がその2人を殺した犯人だった。それだけで神を恨むはずだ。そして今、その殺されたはずの1人が生きていてもう1人が脱獄した。

 

「ルーピン教授はたった2日で一気に友人を失ったんですね…失ったと思っていた…。」

「まあ、傷は少しずつ癒えてるよ。それに新たなショックも加わったしね。」

 

(たった2日でハリー、ロン、ハーマイオニーを失ったら私は気が狂うわ。それもあんな状況なんて。)

 

エルファバは同情する。

 

「じゃあもしも、彼らが全く変わってなかったとしたら…いいえ、変なこと聞いてすいませんでした。」

「いや、大丈夫だよ。君の気持ちは分かる。むしろしっかり聞いてくれてありがたかった。」

 

ルーピン教授は資料に手を伸ばしたのがいいタイミングだった。ハリーとエルファバはお礼を言い、部屋から出て行った。出て行く直前、ハリーはルーピン教授に尋ねた。

 

「今度聞きに来てもいいですか?僕の父さんの話。」

「ああ、もちろんだよ。」

 

その声は嬉しそうで、ハリーはホッとしたようだった。

 

 

ーーーーーー

 

3年生たちは初めてのホグズミードでの興奮をずっと引きずっていた。

 

「本当バタービールが最高なんだよ!体の芯から温まる!」

「ホグズミードの入り口近くにあるコスメショップがあってね、そこのリップって色が1時間ごとに変わるのよ!」

「あのショーウィンドウにあるドレス着てみたいなあっ!」

 

4人で大広間に向かった時、すでに飾り付けが完成していた。何百もの切り抜きカボチャがふわふわと浮かび、ろうそくに灯された瞳がこちらをギロリと睨みつけている。生きたコウモリが夜空を飛び回り、その下で鮮やかなウミヘビがくねくねしていた。

ブイヤーベースのシチューに肉汁で輝くミートパイ、チキンや色鮮やかなサラダ。デザートにはカボチャのパイやキャラメルタルトが並び、みんな貪るように食べた。

 

「ルーピン教授があなたの両親と親友同士だったなんていつ知ったの?」

 

ハーマイオニーはメレンゲクッキーを数個エルファバに分けながら尋ねた。

 

「図書室でいろいろ調べてたんだ。」

「ハリー、ずっと図書室にいたの?」

「そうだよ。」

 

(変ね、私朝からずっと図書室いたけど、ハリーいたかしら?)

 

エルファバが口を開く前にゴーストによる余興が始まった。空中滑走したゴーストたちは乱れぬ動きでパフォーマンスを繰り広げ、グリフィンドール寮のゴーストであるニックがしくじった打ち首の再現をして大爆笑だった。そして最後は。

 

「ぽうっ!!!!!」

 

クリクリの長い黒髪にどこからか調達してきたスパンコールを縫い付けたスーツにサングラスをかけたエディだった。マグルの服装に身を包んだエディに全校生徒(スリザリンの一部は例外)、特にマグル生まれの生徒たちはその姿にお腹を抱えて笑った。

 

「2人とも笑いすぎじゃない?」

 

悶絶するハリーとハーマイオニーに不思議そうにロンは聞いた。

 

「あっはは…ああ…お腹痛いわ…。」

「僕まだダメだ…。」

 

ハリーはヒクヒクしながら涙を拭いた。

 

「エルファバ、確かに面白いけどさ、なんでみんなあんなに笑ってるの?」

 

エディは歓声を浴びながら料理の乗っていないテーブルの上で滑らかに滑っていた。マグルの世界では有名な踊り。

 

「エディがやってるのってマグルで有名な歌手のモノマネなの。マイケル・ジャクソンっていうらしいんだけど…。」

「ぽうっ!!!!」

「もうやだ…。」

 

エルファバはコテンと撃沈した。マイケル・ジャクソンのモノマネも大好評に終了した後、エディは今まで以上に注目を集めた。

 

それから数日後。

 

「えっへへー、やっちった。」

 

ハロウィンの熱は数日経ってもなかなか生徒たちから抜けず、フワフワしている生徒たちに教授たちは散々手こずった。エディも例外ではなく、寝坊して朝食に遅れそうになった際、ホグワーツの階段を駆け下りたらしい。特記すべきなのはここは魔法学校のホグワーツであり、この学校の階段はいたずら好きでよく動くことだ。

 

「んでー、私が近道と思って飛び降りた時にね、着地した場所に階段が来て挟まれたってわけ。」

 

エディはヤバイよねーとケタケタ笑いながら右腕にグルグル巻きにされた包帯を見せるが、石と石に挟まれた皮膚の痛みを想像して皆震え上がっていた。

 

「全く…。」

 

エルファバはため息をつく。

 

「ミス・スミスっ!!」

「はいっ!」

「ハロウィンの熱で浮かれてるんじゃありませんっ!!ハッフルパフ10点減点っ!!」

「ええ…そんなあっ…!!」

 

マクゴナガル教授に減点されたエディはがくりとヘコんで友人たちに慰められた。一方でグリフィンドールの空気はどんよりしている。

 

「全く、スネイプに比べたらマクゴナガルも可愛いもんだぜ。」

 

ディーンの言葉に3年のグリフィンドール生は口々に合意した。

 

「ハーマイオニー、気にしちゃダメよ。あんな意地悪さん。」

「ええ、ありがとうエルファバ。」

 

ハーマイオニーは弱々しく笑った。

 

「ルーピン教授の病気早く治んねーかなー。」

 

今日の闇の魔術に対する防衛術はひどいものだった。病気で休みのルーピン教授の代わりにやってきたのはスネイプで、ちゃんと理由のあるハリーを遅刻で減点し、カリキュラムを無視した授業、ハーマイオニーを知ったかぶりと侮辱してルーピン教授の授業体制をボロクソに言ってたのだ。

 

「ハリー、頼むから明日のクィディッチでスリザリンぺしゃんこにしてくれよ!」

「いや僕もそうしたいところなんだけどさ、実は対戦相手変わったんだよ。」

「「「「「えっ!?」」」」」

 

ハリーの衝撃発言にみんなが驚いた。

 

「なんで?!」

「マルフォイが怪我してるからだと。」

「絶対ウソじゃん!かすり傷じゃんあいつ!」

「庇ったエルファバの方が重傷じゃない!」

「私大したことないわよ。」

「エルファバ、そこじゃないの論点は!」

「ごめん。」

「天気だよ。こんなんでやりたくないんだあいつら。」

「サイッテー!」

「教授も教授なら生徒も生徒だ!」

「とにかく、今回の対戦相手はハッフルパフだ。」

 

ハリーはカボチャジュースを一気飲みし、あとで、と言うと小走りに去って行った。グリフィンドール生がやいやい言いながら散っていく中でハーマイオニーはエルファバに近づいた。

 

「ねえ。ハリー何か隠し事してると思わない?」

「?」

 

エルファバはコンソメスープを飲み干す。

 

「最近よく1人でどこか行っちゃうし、なんか変なのよね…。」

「…確かに…不思議よね。」

「まあ隠し事あるのは問題ないんだけどこれがシリウス・ブラック関係だったら嫌だなあって。」

 

ハーマイオニーはチラっとロンがスネイプの悪口に集中しているのを確認した。

 

「ほらっ、ハリーってたまに暴走するじゃない?」

 

(え、それハーマイオニーが言う?)

 

エルファバは口から出す前に頑張って飲み込んだ。

 

「だからちょっと様子見ててほしいわ。このことに関してはハリーはあなたを信頼してるみたいだし。」

「ふぁい。」

 

エルファバはクラッカーを食べながらうなづいた。

 

 

ーーーーー

 

 

外は大荒れだった。この大雨の中でも当然のようにクィディッチは開催された。ハッフルパフ対グリフィンドールは今、グリフィンドールが50点リード。ハリーはメガネが濡れてかなり支障が出ているようだった。

 

「私ちょっと行ってくるっ!!」

 

ハーマイオニーはエルファバに叫んで、消えた。雨だとほとんど何も見えなかった。ハーマイオニーにレインコートで完全防備されたエルファバはフードから顔を覗かせていてまるでてるてる坊主のようだった。

 

雨と人の歓声が耳を支配する。その中でホイッスルが鳴った。

 

「エルファバ!エルファバ!」

 

再び盛り上がる歓声の中でロンが叫んだ。

 

「何?!」

 

エルファバも出来るだけ大声で叫んだ。ロンが何かを言っているが聞こえない。

 

「ごめんなさい、聞こえないわ!」

 

ロンはどこかを指差しているがエルファバの身長ではこの人ごみに紛れては見えなかった。ロンは人ごみをかき分け、エルファバの腕を必死に握り、引っ張った。

 

「あれ!!!」

 

やっと巨体の生徒の前をくぐり抜け、ロンが指差した先を見て、エルファバは驚愕した。

 

1番上の誰もいない席で、薄暗い空をバックに巨大な毛むくじゃらの黒い犬がじっと試合を見ていた。

 

「ブラックだ!!」

 

ロンが叫んだと同時にエルファバとロンはその席まで走り出した。走ると雨が顔にたくさん打ち付けてくる。客席が歓声を上げ、雷が落ちた。

 

あの姿は夏に見た黒犬、レインそのままだ。

 

「ブラック!!」

 

ロンの叫び声にビクッと犬が反応した。あと数メートルで届きそうだ。

 

「レイン!!」

 

犬は警戒していた。このままでは逃げられてしまう。

 

「何してるんだあいつ?てかどうやってホグワーツに…?」

 

ロンはだんだん声が小さくなっていった。ロンの声だけではない。競技場から音が奪われていった。聞こえるのは打ち付ける雨の音。

 

「ディメンター…。」

 

数百体のディメンターがピッチにたってウロウロしていた。その視線の先にいるのはハリーと。

 

「エルファバ…こっちを見てるよあいつら…ブラックを…。」

 

違う、エルファバは本能的に思った。ディメンター(こいつら)が見ているのはその数メートル横にいるエルファバだった。

 

体を打ち付ける冷たい雨が、骨まで染みてくる感覚がした。

雨が私の古い傷口をこじ開ける。頭が痛い。胸が、お腹が、足が、心が…。

 

 

 

------

 

あの日には続きがあった。私には4人の従兄弟たちがいた。体にいっぱい傷のある従兄弟たちは私の秘密を知っていた。

 

『エルファバ!あれやってー!』

『スケートしたい!』

『えー…ダメだよ今日は…。』

『エルフィー!お願い!』

 

大人たちが出かけたのを見計らってみんなは私に"力"を使うことをせがんできた。躊躇したけど、数時間前まで氷になりかけたエディもせがむのでしかたなく小さく雪だるまを作った。

 

『きゃー!』

『すごーい!つめたーい!』

 

それでは飽き足らず、皆どんどん大きいものを作るように要求し、私も自分が母親に怒られたことなど忘れて1メートルほどの恐竜がピョコピョコ飛び跳ねていた。

 

でも、大人が思ったより早く帰ってきた。

 

『何やってるんだお前らあっ!!』

 

最初、大人たちは理解してなかった。大量の氷を冷蔵庫の中から持ち出したと思ったみたいで。従兄弟の父親、つまり叔父は従兄弟たちを何度も何度も殴りつけた。私とエディは恐怖のあまり互いの体にしがみ付いた。従兄弟たちの絶叫と殴る音が中庭に響く。

 

『クソガキ!!クソガキ!!』

 

その姿があまりにもかわいそうで私は思わず叫んだ。

 

『ごめんなさい、私がやったの!みんなをぶたないで!』

 

手の中で氷が現れた時、叔父さんの顔は恐怖で歪んだ。暴力のターゲットは私に変わった。

 

『それを…俺の前で!見せるなあああっ!』

 

叔父の叫びは家にいる大人たちを引き寄せた。大人数人は私を囲み、私の口を塞ぎ、首を絞めてきた。

 

『化け物!』

『やめてくれ!』

『ふざけやがって!』

『なんてことするの!』

 

私は苦しくて、必死にもがいた。

 

『ぎゃあっ!?』

『冷たいっ!!』

『エルフィっ!!』

 

エディが私を助けるために抵抗した。足にしがみついて、必死に抵抗する。暴力のターゲットにエディが加わった。

 

『エディ!!』

 

小さなエディの手を握り、恐ろしい大人から必死に逃れようとした。足元を滑らせ、拳を凍らせ、氷の壁を作り、必死に母親や父親の名前を叫んだ。果てしなく続く地獄に思えた。

 

『お母さん!!お父さん!!助けてえっ!!』

『パパアアアアアアアアママアアアアアアアア!!ママアアアアアアアア!!どこおおおおおおおっ?!』

 

泣きじゃくるエディを引っ張り、玄関へと走った。

 

『エルファバ?エディ?』

 

玄関にお母さんが立っていた。

 

『どうしたの一体?!』

 

2人でお母さんに抱きついた。

 

『おじさんがエルフィーをぶつのおおおおおおっ!!』

『お母さんこわいよおっ!!』

『!?どうしてそんな…?!』

『アマンダ離れろっ!!そいつあ魔女だ!!』

 

血を流した叔父さんが私を指差した。

 

『そいつ、なんかよくわからんものを飛ばして俺を殺そうとしたんだ!』

『俺の腕を凍らせたぞ?!』

『その子人間じゃないわ!』

『…まさかアマンダ、知ってたのか?!』

 

お母さんはエディを抱いて立ち上がった。私から離れた。

 

『いいえ…知らなかったわ…。』

『…お母さん…?』

『触らないで…化け物!』

 

伸ばした手は叩かれた。その顔はあまりにも冷たくて、体に力が入らなかった。

 

『…お母さん!!お母さん!!助けてお母さん!!やだ!!お母さん!!』

 

8歳の力はあまりにも非力だった。エルファバは必死に手を伸ばすが母親は腕を組んでそこから動かない。

 

『ママ!!エルフィーが!!エルフィー!!エルフィー!!どこ行くの!!エルフィー!!』

『エディ!!エディ!!エディ!!エディ!!助けて!!お母さん!!お父さん!!』

 

私とエディが大人たちに引き剥がされていく。

 

『ママっ!!エルフィーはどこにいくの?!』

『エルファバは…悪い子だから…お仕置きしなくちゃいけないの…。』

 

意識を失い、気がつけば真っ暗な場所にいた。鉄や土の匂いが充満するその部屋は地獄だった。それは従兄弟たちから“お仕置き部屋”と呼ばれている場所だった。

 

『お母さん…お父さん…エディ…。』

 

大人たちは、私が死なない程度に痛めつけた。殴る蹴る。椅子で殴りかかる。最初私は抵抗したが、抵抗した力の倍で大人たちは私を屈服させた。今と違っていくら物を凍らせるといっても本当に遊び程度だった。

 

『おか…さ…おと…さん…エ…ディ…。』

 

誰も助けに来てくれない。叔父だけは飽きずに私に時々食べ物らしきものを与えては気がすむまで私に暴力を振るった。

 

『あっはははっ!!おーおーまだ抵抗するのか化け物がよお?お前らに生きている価値なんてないんだ!!』

 

どうして私はここまでのことをされて生きているのだろうか。たまに意識が遠のくけど、気がつけばまたここにいる。服を着たい。早く家に帰りたい。汚い体を洗いたい。痛いところを治してほしい。お父さんとお母さんに抱きしめてほしい。エディに会いたい。

 

『……………………ィ』

『なあに言ってんだお前??ってまた凍らすんじゃねーよっ!!』

 

また意識が遠くなる。どうして誰も私を助けてくれないんだろう。

"力"がなければ…こんなことには…。

 

『… ァイ… ステューピファイ……エル…起きろ…ダメだ…どうしてこんな…』

 

------

 

目覚めるとエルファバは氷の世界にいた。深夜に作ったようなあの美しい世界ではなく、歪な形をした氷が覆う世界に。

 

「…?」

 

エルファバは白いベットの上にいた。

 

「起きたかの。」

 

ダンブルドア校長は氷の世界の中に違和感なく溶け込んでいる。

 

「クィディッチの試合中にディメンターが侵入してきたのじゃ。奴らは君を襲い…君はうなされておってな。医務室に運べなかったのじゃ。ここは空き教室じゃ。」

 

エルファバは隣の棚らしき氷の物体の上にあるコップと水だった物体を眺めた。

 

「思い出してしまったかの…。」

 

生々しい痛み、いやらしい笑い声。体にこびりついている。

 

「………はい………。」

「すまなかった。」

 

ダンブルドア校長は恐ることなくエルファバの 近くへと寄ってきた。

 

「グリンダが亡くなった時、デニスは絶望に打ちひしがれた。彼女の闇を知れなかった事実、愛する者を失った悲しみ。計り知れない苦しみじゃ。」

 

突拍子もなくダンブルドア校長は話し始めた。

 

「彼は魔法を恨んだ。家に保護呪文をかけて最後、一切の魔法関係の交流を断ったのじゃ。わしは君らの居所がつかめず、どこで何をやっているのか、全くわからなかった。君が入学が近づいた際、期限ギリギリでデニスの職場をやっと見つけ出したのじゃよ。」

 

部屋には白い粉が静かに降っている。

 

「そうして君がグリンダに乗り移ったヴォルデモートと対峙した後、デニスから手紙が届き、愚かな大人たちが君にした仕打ちを教えてくれたのじゃ。偏見、支配欲、嫉妬、恐怖。自らの弱さを抱え込んだ大人は何の罪もない無垢な君にそれを押し付けた。」

 

情けない、と校長は首を振る。そしてエルファバの手を握り、頭を下げた。

 

「すまなかった…君をこんな目に合わして…すまなかった…すまなかった…。」

 

エルファバは声が出なかった。この弱々しい校長のせいではないのに。そんなに謝らないでほしかった。

 

「そ…ん………な………。」

 

ダンブルドア校長はゆっくり顔を上げると、静かに話した。

 

「気持ちが落ち着くまで、ここにおるがよい。何日でも何ヶ月でも。君が受けた心の傷は本来何年かかっても癒されるものではないのじゃよ。無理をせんでよい。」

「…ありがとうございます…。」

「ゆっくりおやすみ。」

 

校長のしわくちゃな手は離れ、エルファバからどんどん遠ざかっていく。それが寂しいような、ほっとしたような、複雑な心境だった。

 

歪な氷からトゲが生え、刺さってヒビが入り、欠片が風に飛ばされ、吹き荒れる。

 

エルファバは氷の世界でただただ泣き叫んだ。

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