地図を奪還する方法は皆無だった。透明マントを被っても地図には出る。解決策は絶望的だった。
失態を犯した、しかも大事なシリウスの命に関わるような事を犯したハリーの落胆ぷりといったら凄まじいものだった。授業にもクィディッチにも身が入らず、ロンも責任を感じてかなりヘコんではいたがハリーが凄まじすぎて反省しているのか疑ってしまうレベルだ。ハーマイオニーは難しそうな本を7冊ほど図書館から借りてきて必死に調べている。一方エルファバはソファで騒がしい談話室で体育座りになって考え込んでいた。
「エディ・スミス!エディ・スミスはいるか?!」
寝る前の騒がしい寮の中でパーシーが大声を上げた。
「エディ?ここにはいないわ。ハッフルパフ寮かスリザリン寮かレイブンクロー寮かルーピン教授のオフィスか8階の踊り場か校庭じゃない?」
「選択肢多いな。」
「どれでもないなら私たちには分からないわ。」
1年生の集団は肩をすくめた。
「ハッフルパフの監督生が探してる。今日の授業に出てないらしい。」
「えー、無遅刻無欠席のエディが?」
「あの子意外と授業好きだもんね。」
エルファバはそのやりとりを見て、嫌な予感が頭をよぎった。いや、予感というにはあまりにも確信めいている。
「…エディ…。」
ハーマイオニーは立ち上がったエルファバの肩に手を置く。
「ねえ、エルファバ?」
「エディ…多分ペティグ、ワームテールに…。」
「それって何か証拠があるの?」
「ないわ…でも、そんな気がするの…。」
エルファバは不安気に自分を抱いた。
ーーーーー
ピーターはリーマスを操り、魔法で中を広げたスーツケースに生徒を入れた。地図で厄介なメンバーやグリフィンドール寮に集まっているのは確認済みだった。地図がなければ手も足も出せないに違いない。スーツケースを持ったリーマスは廊下を抜け、夜の校庭を歩く。
「僕はどこへ行くんだいピーター。」
リーマスにかけた呪文が解けたようだった。ハッキリとした声でピーターに問いかける。
「呪いが解けてしまったようだねリーマス。もう1度かけなきゃ…。」
「ピーター。もうドラコとエディが寮にいないことぐらい勘付かれている。それに、私は教授として君にこの2人を傷つけることを許さない。」
リーマスには杖がなかった。しかし恐れることなく毅然とピーターを見る。
「リーマス、君は体調が悪いはずだ。無理しちゃダメだろう?」
「幸い、私はさっきセブルスの目と鼻の先で薬を飲んだからね。狼にはなるだろうけど自我を失い、暴れることはない。」
「けど、狼になった君を見た君のお気に入りの生徒は君を拒絶するだろうね。」
リーマスはスーツケースを見て自嘲的に笑う。ジェームズもシリウスもリーマスがこんなふうに笑うたびに怒ったものだった。自分を貶す時の笑い方だ。
「そうだね。けど2人を守るためには仕方のないことだ。これで無事なら本望だよ。」
沸々とピーターの胸の中で黒いものが熱を帯びる。彼は特別な人間であり、自分は凡人であると分かるとやってくるあの感情。
「っだからっ!だからっ!君ら3人は非凡なのにそれが当たり前かのように僕に要求してくる!君が狼人間だった時だって!僕は受け入れるのに時間がかかった!そりゃそうさ、狼人間は差別されるもんだからさ!ああ、そんな顔をすればいいさリーマス!事実だからねっ!あんな時だってジェームズは僕を怒った!あの時の僕は自分を責めたけれど、それが普通なんだ!君たちは僕に、凡人の僕に理想を押し付けた!それに必死について行こうとした僕は滑稽だったに違いないさ!そうだろう?僕のことを笑ってた!!! クルーシオ 苦しめ!」
リーマスは苦しみにもがいて倒れた。酸素を求めてゼエゼエ息を吐き、胸を必死に叩いた。その姿を見るとピーターは少し満足した。
「ほーらっ!!勇気なんて何の意味もないものさっ!!勇気っていうのが重要だなんて言うのは大体才能を持ってる奴か馬鹿だけだ!!」
バーンっ!とスーツケースが開くと、紐によって縛られた黒髪の女子生徒とプラチナブロンドの男子生徒が出てきて、魔法によって宙を浮いた。2人の生徒は必死に何かを言おうと口をパクパクさせているが、ピーターによって声を奪われているためにそれが音になることはない。
「そんな、ふうに、思った、ことは…や…め…ろっ…ピーター…!」
2人の生徒は行く先はユラユラと枝を揺らす暴れ柳。かつてディヴィ・ガージョンが目を失明しかけたその木の凶暴性は何度もそこを通ったリーマスが1番よく分かっていた。どちらの生徒の顔も必死に首を振っている。女子生徒はリーマスに向かって助けを求めていた。
「レダクト 粉々に」
ピーターは暴れ柳付近にあるコブを、あの殺人木を止める唯一の手段を、粉砕した。その刺激で木はブンブンと枝をムチのように振り回しだした。その真下にいる2人の体にそれが何度も何度も掠める。
「ダメだっ!!」
ピーターは体を張って走り出そうとしたリーマスを縛りあげた。もがくリーマスにピーターは近づいた。
ーーーーー
《全ての生徒に連絡、シリウス・ブラックが現れた。全員寮に入るように。2人の生徒が人質に取られている。教授方は至急クィディッチ競技場に来てください。》
グリフィンドール寮の生徒はその発言に騒然とした。ざわつく中で監督生がそれを沈めようと必死に抑える。
「シリウス・ブラックがこの学校に?!」
「警備をくぐったの!?」
「どうして…?」
「みんな落ち着くんだ!!寮は完全に安全だ!!」
エルファバはハーマイオニーにしがみついた。
「人質の1人はエディだわ…!」
エルファバが握った部分がどんどん氷になっていく。それに気づかないほどエルファバは焦っていた。
「どうしよう…!?」
「シリウスがそんなことするわけない!ペティグリューだ!」
ハリーの怒りのつぶやきはグリフィンドール寮内のパニックにかき消された。
「ねえ、暴れ柳のところに誰かいるよ?」
1年生が窓を指差す。その発言はこの騒がしさがまるでなかったかのように静まる。そしてみんな一斉に窓に駆け寄った。
「生徒だ。あいつらが人質だ!!」
そう言ったのはリーだった。
「でもクィディッチ競技場にいるって言ってたよね?」
エルファバは目を凝らした。暴れ柳の真下にいる2つの人影とそこから少し離れた場所にいる人影。そして別の影が暴れ柳から飛び出してきた。シリウス・ブラックだ。グリフィンドールの生徒全員が固唾を飲んでその光景を見守っている。何かをやり取りした後、誰かが赤い花火を空に放った。あれは救出を促すための呪文だ。あれを見たらディメンターがやってくる。シリウス・ブラックが危ない。
「エルファバ!こっち来て!」
ハーマイオニーはエディの安否から目を離せないエルファバを人がいない部屋へと引っ張った。
ーーーーー
地図を見れば、教授たちの名前が書かれた点が一斉にクィディッチ競技場に向かっている。自分の存在を知っているあの4人も寮にいる。人質の生徒たちの体や顔に切り傷が少しずつ増えていく。
「これでいい…さあシリウス、君はどこにいる…?君を殺さないと…。」
ピーターは自分の目的も忘れ、ただただ自分の感情に身を任せて行動していた。最初は恐怖が彼を動かしていた。主人に対する恐怖や事実が暴かれる恐怖、自分が友人を裏切ったという罪悪感を感じる恐怖。しかし重なる幸運がそれをかき消した。
シリウスとリーマス、そしてあの生徒4人を殺せば怖いものはない。
そう思ってた時、ピーターの右手に激痛が走った。
「あああああああああああっ!!!」
黒い物体がピーターの右手を引きちぎった。
「いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい!!」
黒い物体は人質の足にうずくまったと思うと暴れ柳から少し離れた場所へと人質を引きずった。それはピーターが学生時代に何十回も見た巨大な犬だった。それがこれまた見覚えのある姿へ変身する。
「ハリーにお前のことを殺すなとは言われたけどな、やっぱりお前をこの世から抹消しないと俺の腹の虫が治まらねえ。」
ピーターはシリウスに右手のあった場所を押さえながらヒーヒー泣いている。シリウスはそんなことを気にかける様子もなく、リーマスの縄を解いた。
「ありがとう、シリウス…。」
「いいさ。」
シリウスはリーマスの手を掴み、立ち上がらせる。
13年ぶりの親友たちの再会だった。
「謝らなければならないことがある…13年前、俺は最後の最後でジェームズとリリーに…俺ではなくこいつを秘密の守人にするべきだと勧めた。目くらましとして…結果として2人は死に、俺は13年の全てを奪われた…もし「もし私を信頼してればこうはならなかった?」…ああ、俺はお前をスパイだと疑ってた。」
リーマスは懐かしむように笑う。
「私も君に謝らなければならないことがある。私は君をスパイとして疑い、2人とピーターが死んだと言われた時、それを信じた。君が脱獄した時だってずっと疑ってた。ピーターがボロを出すまで確信が持てなかった…あの時君を信じていれば君の未来はもっと明るいものだったはずだ。」
「許してやるさムーニー。その代わり、俺のことも許してくれるか?」
「ああ、もちろんだ。」
シリウスとリーマスは軽く抱擁を交わした。
「挨拶は改めてあとでゆっくりやろう。…ドラコ、エディ、大丈夫か?」
「あんたら、あたしたちのこと完全に忘れてたでしょ!?」
エディはシリウスに縄を解かれながら2人に悪態をついた。
「ごめん。」
「本っ当死ぬかと思ったんだからあああっ!!!冗談抜きで!!もーやだあっ…!!」
エディは号泣しながらリーマスに抱きついた。足を引きずってる。
「知らなかったなムーニー。俺の知らないところでそんなお熱いロマンスがあったなんてなあ。…ロリコンだってことはみんなに黙っておくよ。」
「パッドフット。何か勘違いしてるみたいだけどそんなんじゃないから。」
「しっ、シリウス・ブラックだあっ!!僕ころされちゃうよおっ!!」
プラチナブロンドの男子生徒はシリウスに縄を解かれるのを全力で拒否した。
「お前、状況把握力ねーな。誰がお前を危険な目に合わせたと思ってるんだ? エクスペリアームズ 武器よ去れ」
リーマスの杖で攻撃しようとしたピーターにシリウスはさらっと呪文をかけた。
「こいつを殺そうムーニー。」
「ああ、そうだね。けどこの2人にトラウマを植え付けたくはないし…。」
「記憶を消せばいいさ。」
「そういう問題じゃないんだけど…。」
その時だった。リーマスが苦しそうにうずくまったのは。
「リーマス?」
「すまないシリウス…時間切れだ…。」
空には金色に光る丸い月が浮かんでいた。そして一瞬気を取られたスキに事態は一気に悪い方向へと進む。
「ペリキュラム 救出せよ」
プラチナブロンドの男子生徒が宙に向かって上げた赤い閃光は空で破裂音を鳴らして火花を散らした。
「…バカっ…!」
シリウスがそう吐き捨てたと同時に一気に気温が下がった。背筋が凍るようなその感覚はただの天候の変化ではない。リーマスは苦しそうに呼吸をする。
教授そしてディメンターたちがこちらの存在に気づいたはずだ。
「大丈夫だ…薬は飲んだ…。シリウス…早く逃げろっ…逃げろっ!!!」
「…すまない…。」
シリウスは近くにいた少女をひっつかみ、走り出した。
「えっ、えーっ?!ちょっとぉー!?」
ピーターはすでに逃げてしまったようだった。ピーターを罵りながらシリウスは女子生徒を担ぎ、走り出す。
「おじさん!あんた健気な女子生徒に何すんのよ!」
「うるせえっ!!こっちは命懸かってるんだ!!」
シリウスが走り出した先にあったのは湖だった。彼女を盾にすれば自分に危害が加えられることがないと思っていた。
《ディメンターたちに告ぐ。シリウス・ブラックを確保せよ。抵抗をするようであればキスの執行も許可する。》
空には黒い影が何十体も飛び交っている。自分の考えが甘かったことを思い知らされた。
シリウスは杖を取り出した時、背中に激痛が走る。
「うっ!!」
シリウスは倒れ、担いでいた少女も湖を囲む砂利へと投げ出された。
背中がズキズキ痛み、生温かいものを感じる。ピーターがシリウスの背中目掛けて切り裂きの呪文をかけたのだ。
「シリウス…!!君にはキスを受けてもらう…!!」
ピーターは杖を向けて、倒れたシリウスを見下ろす。シリウスは痛みにもがきながらピーターを睨みつける。
「ふざけるな…!!ジェームズとリリーを裏切ったのはどこのどいつだ?!リーマスの持病をダシに脅し続けてたのはどこのどいつだ…!?俺を鎖に繋いだのはどこのどいつだ…!お前こそ!!キスを受けるべき人間だ!!」
「僕は怖いんだシリウス!!自分の命よりも友情を取るなんて物語の世界に過ぎないんだ!!君たちは僕に!!必要以上のことを求めすぎた!!そんなこと僕にはできなかった!!それともなんだ?!ジェームズとリリーのために僕は死ねと?!僕は…!!」
ピーターの言葉は続かなかった。ディメンターの集団がこちらに降りてきた。
「ひいいいいいいいいいっ!!!」
女子生徒はシリウスを担ごうとしたが、体格差がありすぎた。ピーターは一目散に逃げた。
「悪いな…お嬢ちゃん。」
「許さん。」
目の前に霧が立ち込め、視界がぼんやりしてくる。
「いい?あたし今度テストあるの!!そのために勉強しなきゃ!!あたしあんまり勉強できないからスネイプの授業真面目に受けないと進学できないし!!マクゴナガルの授業受けないと進学できないし!!どっちも無理ならマダム・フーチの授業で点数稼がなきゃ!!それにエルフィーと仲直りしなきゃ!!あたしやらなきゃいけないことがたくさんあるの!!」
シリウスはこのシリアスな場面で、勉強やら授業やら非現実的なことを出す女子生徒に思わずふっと笑った。そしてエルファバとこの生徒は喧嘩しているらしい。ぜひあの無表情なおチビさんが、感情的に怒り狂っている場面を見てみたいと思った。
腐乱した大量の手が伸びてくる。女子生徒は怒りながら近くにある枝をブンブンと振り回す。
「こっち来んなよーーーっ!!」
「俺を助けるのか?」
「ルーピン教授がなんかあんたとは友達的なこと言ってたから助ける!」
「…やっぱお前らできてんだろ。」
シリウスはこんな場面を目前にして、自分が冗談をかませることが不思議だった。理由はすぐに気づいた。ハリーだ。
(そうだ、アズカバンから出てからたくさん幸福をもらったから…まだ死ぬわけにはいかない…!ハリーのために…!)
シリウスと女子生徒の前に白い髪の少女が立ちはだかった。
「エディ…ミスター・ブラック!エクスペクト・パトローナム 守護霊よ来れ!」
「エルフィー!」
パジャマ姿のエルファバはぼんやりとした白い霧を近づくディメンターに放つ。
「こっち来ないでよっ!!」
エルファバは怒って何度も何度も杖を振り回した。その姿はさっきの女子生徒の行動とよく似ていた。
「ハリーはこの人と暮らすの!この人のために半年間ずっと頑張ってきたの!私だって!エディと仲直りしたいのよ!エクスペクト・パトローナム!エクスペクト・パトローナム!エクスペクト…エクスペクト…。」
黒髪の女子生徒は完全に意識を失っていた。シリウスの意識もだんだん意識が遠のいていく。
「エクスペクト・パトローナム 守護霊よ来れ!」
誰かがエルファバと同じ呪文を唱えた。するとエルファバのものとは比べ物にならないほどのまばゆい光が、湖全体を包み込んだ。その光の中心となっている4本脚の動物は頭を下げて、ディメンターたちに突進していく。そして倒れた人間たちの周囲をかけていき、最後にシリウスの前にゆっくりと座り込んだ。その後ろには眼鏡をかけた男性がいる。
「ジェー…ム…。」
シリウスの意識はそこで途絶えた。
ーーーーーー
同じ頃。ハーマイオニーはグリフィンドールの生徒が外の光景に夢中になっているのを逆手に誰もいない部屋へと3人を連れ込み、あるものを見せた。
「これは逆転時計といって、私が学校に戻ってきた日にマクゴナガル教授がくださったの。これで時間を戻って全部の授業を受けてた。勉強以外では絶対使いませんって誓ったんだけど…もうこれしかないわ。未来への干渉になるしすっごくすっごく危険だけど、みんなを救わないと!」
「なんで黙っ「ロン静かに!」」
不満を漏らしそうなロンにハリーは黙らせた。
「今から私たちは2時間前に戻る。きっとワームテールはパッドフットを誘き出そうとしてるんでしょうけど、叫びの屋敷からじゃあの呼びかけは聞こえない!だからそれを伝えなきゃ!」
「けど、そしたら地図に載るんじゃ…。」
「ハリー、私が地図上に2人いることあった?」
「いや…ないと思う。」
「ええ、だって"その時の私たち"は寮にいるんだもの。大丈夫よ。」
「けど、それってシリウスを危険な目に合わせることだ!」
ハリーはハーマイオニーに食らいつく。
「ハリー、パッドフットは自分を守る手段を私たちよりも知ってる。けど今人質になっているエディと誰かは酷い怪我を負う可能性が高いの!」
「ハリー、もしもパッドフットが危険な目に遭うとしたら私たちでなんとかしましょう。」
エルファバの発言でハリーは渋々納得した。
「でも!絶対!絶っ対他の人に私たちが"2人存在してる"って事実がバレてはダメよ!特に自分自身にバレないようにして!」
「なんで?会ったら説明すればいいじゃん。」
「ロン、あなた今目の前に自分が現れたらどうする?」
「多分ポリジュースかなんかで飲んだ別人だと思うかな。」
「そういうことよ。」
ハーマイオニーはため息をつく。
「ってことは、透明マントを使って校庭に行って…シリウスに伝えて…それから?」
「ええ、あとは…。「暴れ柳の動きを止めないと。気づかれないようにやれば平気でしょう?」まあ、それもそうね。チーム分けは?」
「僕とハーマイオニーでシリウスに伝えて、エルファバとロンで行こう。その方がバランスがいいと思う。」
エルファバとロンはうなづく。ハーマイオニーは窓を見た。
「ディメンターが一カ所に集中してる…パットフットが見つかったのかもしれない。」
「じゃっ、じゃあ早く行かないと!!」
「いいえ、今行ったら時間軸が合わないわ!ここに戻ってくる時間も考えないと…まだ、あと20分待って。」
ハリーにとってのその20分は果てしなく長いものに思えたに違いない。ソワソワしたり窓を見ながらイライラして足を鳴らしていた。
「みんな、固まって、くっついて!」
ハーマイオニーは金色の鎖を4人の体に巻きつけた。さすがに4人も入ると鎖が首に食い込む。おまけにこの4人は身長差が激しかった。
「ロン、エルファバ抱えて!」
「ごめんエルファバ。」
エルファバは仏頂面でロンにしがみついた。同級生にしがみつくのは複雑な気持ちである。
「行くわよっ!」
ハーマイオニーがそう言うと、薄暗い部屋が一気に遠くになっていくような気がした。数々の叫び声が近づいては遠のき、また近づいては遠のく。それが終わると、さっきの部屋とは変わらない場所だった。
「いいエルファバ、ロン、ハリー。さっきは10時45分だった。何があっても10時45分に誰にも見られずに戻ってくること!はい、リピートアフターミー!」
「「「何があっても10時45分に誰にも見られずに戻ってくること。」」」
「絶対よ!」
4人は透明マントをかぶり、校庭へと急いだ。幸か不幸か"この時間"、生徒が行き来するのは問題がなかったので4人の足音は人の話し声や足音にかき消された。厄介だったのは校庭に出るときだった。フィルチが廊下と校庭を繋ぐ場所の前でウロウロしていたのでロンがたまたまホグズミードで買ったクソ爆弾を投げて囮にした。
「僕とハーマイオニーはコブを突いて入る。君らはマントをかぶって待って。タイミングに合わせてコブを突くんだ。そしたらエディは無事なはずだ。」
「グッドラック!」
「ああ、君らもね。」
ハーマイオニーとハリーはマントから出て、コブを突いた。すると暴れ柳の動きが止まり、奥に見える道へと2人は入っていった。エルファバとロンは2人でじっとルーピン教授とペティグリューが来るのを待った。
「暴れ柳ってああいうシステムなんだね。知らなかった。」
「私も実際ここに来るまでは知らなかったわ。…あれに目でもやられてしまったらひとたまりもないわ!」
「君、そろそろ仲直りしたら妹と。」
ロンの急な発言を脳内で処理するのに時間がかかった。
「…え?」
「いやさ、エディもエルファバもお互いを思いやってるんだもん。僕はよく分からないけど…エディは君のこといつでも受け入れてくれるだろうし、もういいんじゃない?」
エルファバはロンの言葉に思わず黙ってしまった。母親や父親のこともエディとの関係を複雑化させている要因だったが、1番はこれ以上エディを自分の"力"で傷つけないためだった。しかしあれは、本当に、たまたまの偶然であったことがハリーやロン、ハーマイオニーといて証明された。さらに自分の"力"を知られるのを恐れる理由はエディの出来事ではなく、全く違うことであることはこの1年で分かったことなのだ。
エディを避ける理由はすでに消えている。あとは数年避け続けてきたというエルファバの罪悪感を消すだけだった。
「…そうね…私…もっとエディと喋りたい。前みたいに遊びたいし、エディに私の生活を知ってほしい。前みたいに誰よりも仲のいい姉妹になりたい。」
「じゃあそれ明日までの宿題だね。…あれ?なんかでも時間戻ってきたから混乱しちゃった。僕らもとの時間にはどうやって戻るの?」
「10時45分よりあとに私たちは存在しないわ。だから今の急いで戻ってきて、埋め合わせするの。」
「うーん、よく分からないなあ。」
しばらくすると、ペティグリューのわめき声が聞こえてきた。そろそろだろう。
「ハリーとハーマイオニーってずっとあそこにいるのかな?」
ロンは暴れ柳の下の通路を指差す。
「多分。下手に動くべきではないと思ってるんだと思う。」
そう言葉を切ったところで少しづつ人の影がこちらに近づいてきているのが分かった。その影の形がおかしいことに気がついた直後、エルファバは間一髪、声をあげそうになったロンの口を塞いだ。縄で体を縛られ、宙に浮いているのはエディと、なんとマルフォイだった。暴れ柳に近づくにつれて2人はジタバタと暴れ涙をボロボロ流していた。暴れ柳の方も自分に近づくものに攻撃する準備をするかのように、ゆらりと枝を揺らす。エルファバはコブに向かって杖を構えたが。
「レダクト 粉々に」
最後の希望はペティグリューによって破壊された。刺激を受けた暴れ柳は勢いよく枝をマルフォイとエディに振り下ろし始めた。
「エルファバ!風!風だ!」
ロンが囁いた言葉でエルファバは何を意味するか分かった。エルファバはマントから手を外気にさらし、2人に迫り来るムチのような枝たちを風で向きを変えさせた。
「エディっ…!!」
致命傷は負わないまでもエディの頬に、腕に、どんどん切り傷をつくっていく。
「ダメだっ!!」
ルーピン教授が走ってきて、捨て身で2人のことを守ろうとした。しかしペティグリューが放った縄でルーピン教授の首や腰に巻きついた。
「リーマス!僕の邪魔をしないでもらえるかなぁ?」
そしてペティグリューが呪文をブツブツ唱えると、あの放送がホグワーツ城内から聞こえてきた。
《全ての生徒に連絡、シリウス・ブラックが現れた。全員寮に入るように。2人の生徒が人質に取られている。教授方は至急クィディッチ競技場に来てください。》
「あっはは…!これでいい…さあシリウス、君はどこにいるんだい?」
ペティグリューの顔は快楽で溺れていた。かつての親友たちを罪もない生徒を使って陥れて喜んでいる。
「エルファバ!マントが!」
ロンは小声でエルファバに指摘した。エディが傷つくたびにエルファバは周囲を凍らせ、マントの裾が段々白くなって周囲と同化しなくなっていた。
「!?」
エルファバは暴れ柳の内部に続く通路に大きな空気砲を一発放った。枝がなくなった一瞬をついて大きな犬が中から飛び出してきた。怒りで顔を歪めたその犬はピーターの杖を持った手に飛びかかりー。
「あああああああああああっ!!!」
事が起こる直前でエルファバとロンは目を伏せた。ものが裂ける嫌な音が夜の校庭に響いた。黒い犬はエディとマルフォイの足に噛みつき、引きずった。
「あああああっ、やめてえええええっ!!」
マルフォイは情けない声を出した。エルファバたちの方向に引きずられてきたので2人は慌てて避けた。ブラックは犬から人に戻り、痛みにあえぐペティグリューを見下ろした。
「ハリーにお前のことを殺すなとは言われたけどな、やっぱりお前をこの世から抹消しないと俺の腹の虫が治まらねえ。」
ブラックはそんなことを気にかける様子もなく、ルーピン教授の縄を解いた。
「ありがとう、シリウス…。」
2人は13年前に互いをスパイとして疑っていたことを謝り、抱擁を交わした。
「挨拶は改めてあとでゆっくりやろう。…ドラコ、エディ、大丈夫か?」
「あんたら、あたしたちのこと完全に忘れてたでしょ!?」
「ごめん。」
「本っ当死ぬかと思ったんだからあああっ!!!冗談抜きで!!もーやだあっ…!!」
エディもマルフォイも大きな怪我はしてないようだった。マルフォイはどうでもいいがエディは女の子なので傷がついてはまずい。エルファバは心底ホッとし、凍ってしまったマントの一部を元に戻した。
「しっ、シリウス・ブラックだあっ!!僕ころされちゃうよおっ!!」
「お前、状況把握力ねーな。誰がお前を危険な目に合わせたと思ってるんだ? 」
「いーぞ!」
ロンはブラックがマルフォイをボロクソ言ったことに大喜びだった。ペティグリューは杖を奪われ、絶体絶命の中で涎を垂らしてあわあわと口をパクパクさせていた。
「こいつを殺そうムーニー。」
「ああ、そうだね。けどこの2人にトラウマを植え付けたくはないし…。」
「記憶を消せばいいさ。」
「そういう問題じゃないんだけど…。」
その時、金色の光が空から差し込んだ。その光はルーピン教授を照らす。その光を浴びるとルーピン教授は苦しそうに倒れこんだ。
満月だ。
「リーマス?」
「すまないシリウス…時間切れだ…。」
「あっ!」
ロンが声をあげた時にはもう遅かった。
「ペリキュラム 救出せよ」
マルフォイが宙に向かって上げた赤い閃光は空で破裂音を鳴らして火花を散らした。
「「…バカっ…!」」
ロンとブラックは同じタイミングでマルフォイを罵った。
「大丈夫だ…薬は飲んだ…。シリウス…早く逃げろっ…逃げろっ!!!」
「…すまない…。」
ブラックはエディをつかんで走りだした。
「あの人!!」
「エルファバ、大丈夫だ!エディがいる限り他の人は手を出さないはずだ!」
「もうっ…!」
ロンはマントのままガタガタ震えているマルフォイに接近し、殴った。
「お前のせいでめちゃくちゃだ!!」
マルフォイは見えない何かに殴られるわ目の前に変身するルーピン教授がいるわでパニック状態だった。
「狼人間だああああああああっ!」
「エルファバ、氷。」
「イエス・サー。」
エルファバは特大氷をマントの中で作り出し、マルフォイの大きく開いた口に突っ込んだ。モガモガ言っているマルフォイを放置した。
「ロン、大丈夫。ルーピン教授は自我が残るはずよ。」
ルーピン教授が絶叫すると、頭と体が伸びる。全身から毛が生えて爪が黒く鋭くなる。ロンは分かっているとはいえ、小刻みに震えている。エルファバはロンの手をつないだ。
「!エルファバっ!うんっ、やっぱり、やっぱり分かっててもちょっと怖いよね?うんっ。君はこういうの見たことないだろうし、ずっとマグルと生活してきたし、うんっ。分かるよ。大丈夫っ。なんとかなる…。」
「…そうねロン。」
ルーピン教授は完全に狼だった。目が合う。
「ルーピン教授…?」
襲ってはこない。自我が残っている。不思議そうにエルファバとロンを交互に見る。マントを被っても狼になったルーピン教授は見えてるに違いない。
「大丈夫です。私たち知ってますから。」
ルーピン教授は少し安心した顔をした…気がした。鼻をひくつかせて、何かを探るように周囲を伺うと(ロンがビクッと体を震わせた)いきなり走りだした。エルファバとロンはあとを追いかける。
「ねえ、もうこの角度からは誰も見えないよ!マント脱いでいい?!」
「ええ!」
2人は暑苦しいマントから出て肌全体に外の冷気を浴びた。
「ペティグリューを追いかけてるんだわ!! ルーモス 光よ!」
エルファバは息絶え絶えに地面についた血を追いかけた。まだそこまで遠くに行っていないはずだ。
「いた!」
エルファバよりも数倍速くロンは走りこんだ。エルファバは体力が消耗され、呼吸をするのすら苦しくなっていく。
「つっかまえた!! 」
「やっ、やめろおおっ!!」
「逃げんな卑怯者っ!!」
少し先でロンとペティグリューの声が聞こえた。
エルファバはよろつきながらもペティグリューに杖を構える。
「僕のこと卑怯者だと言えんのかあ君は!?ああ!?」
ペティグリューは逆上していた。ルーピン教授は怒ったように唸り声を上げる。ロンは暴れるペティグリューに必死にしがみついた。ペティグリューは大の大人だったが、ここ最近の生活を考えるとかなり体力が落ちていたのだろう。ロンを振り切れずにいた。
「君だってあの有名なハリー・ポッターのお飾りで嫌な思いをしてるはずだ!!違うのか!?僕だってそうだった!!この3人の中で僕の存在意義なんてなかった!!パシリ!!他寮の偵察!!そんなもんさ!!」
「ハリーは僕のことそんなふうに思ってない。」
ロンは毅然とした態度だった。
エルファバは目の端に何かが横切った。ピンときた。
「あなた、シリウス・ブラックに罪をなすりつけたことを認めるの?」
「シリウスはあの時僕をなんて言ったか知ってるか?!『ジェームズ、ピーターを秘密の守人にしよう。俺よりもこいつにやったほうが目くらましになる。』ジェームズは大賛成さ!目くらまし!!目くらましになる!!みんなに見合うために必死に努力してきたし、色んなものを捧げたのに!!!2人の中で僕はそんな扱いだったのさ!!僕は能無し!!それに僕は2人のために命をかけろと!?僕が死んでもいいのか!?その程度の人間だったんだ!!グリンダだって!!」
《ディメンターたちに告ぐ。シリウス・ブラックを確保せよ。抵抗をするようであればキスの執行も許可する。》
ペティグリューが言うことを遮り、校庭に放送が鳴った。気を取られたその瞬間が命取りだった。
「ぐはっ!!」
ロンはペティグリューにお腹を殴られ、走りだした。
「ロン!!」
茂みに隠れていたハーマイオニーがペティグリューの前に現れ、杖を向けた。
「エクスペリアームズ 武器よ去れ!」
「プレデゴ 守れ!」
「きゃあっ!!」
ペティグリューはハーマイオニーに突進し、ハーマイオニーの顔を殴った。
「ハーマイオニー!!」
ハーマイオニーは気を失った。ルーピン教授が吠えて、ペティグリューに襲いかかるがペティグリューは周辺にある蔦をルーピン教授の体に絡みつかせた。それがグイグイとルーピン教授の体を締め付けるのをエルファバは必死に剥がした。
「エルファバ!」
「ロン!大丈夫?!」
ロンはルーピン教授に絡んだ蔦を必死に剥がした。ルーピン教授は苦しそうにうめく。
「大丈夫、エルファバ、ピーターを追いかけるんだ!君なら氷を張れば間に合うかも!早く!」
エルファバはハーマイオニーを!とロンに言って走り出した。エルファバの背丈ほどある草の中を必死に走った。葉が鋭い葉がエルファバの肌を傷つけるのを気にも止めず、ペティグリューを追いかけた。
「ディメンター…!」
草むらを抜けるとそこは湖だった。大量の黒いマントを着た生物がたった2人の人間を取り囲んでいた。
「エディ…ミスター・ブラック!エクスペクト・パトローナム 守護霊よ来れ!」
「エルフィー!」
エルファバの杖から放たれたぼんやりとした光の霧によって数体のディメンターが逃げていく。
「こっち来ないでよっ!!」
エルファバは怒って何度も何度も杖を振り回した。友達の大事な人を、妹を奪うディメンター。あの忌まわしい思い出が、エルファバを包もうとしていた。ムッとした暑さ、大人たちの笑い声。死んでしまうほどの痛み。
「ハリーはこの人と暮らすの!この人のために半年間ずっと頑張ってきたの!私だって!エディと仲直りしたいのよ!エクスペクト・パトローナム!エクスペクト・パトローナム!エクスペクト…エクスペクト…。」
エルファバの意識も段々遠のきそうだった。
(このままじゃ私は9歳のあの日のまま、全てが止まってしまうわ。大人と別れた日に。エディと別れてしまった日に。私は今ここにいるのに!)
エルファバの体のバランスが崩れそうになった時、何かがしっかりと体を支えた。エルファバよりも大きく、温かい何かが。
「エクスペクト・パトローナム 守護霊よ来れ!」
エルファバのものとは比べ物にならないほどのまばゆい光が、湖全体を包み込んだ。その光の中心となっている4本脚の動物は牡鹿だった。頭を下げて、ディメンターたちに突進していく。全ての邪悪なものを蹴散らしてから、主人の元へ戻った。
「父さんだ…。」
ハリーが牡鹿に触れようとすると、それは消えた。
「父さんが変身した時の動物は、牡鹿なんだ…。」
エルファバは思わず、ハリーに抱きついた。
「すごいよハリー。すごく高度な魔法を成功させちゃうなんて…!」
ハリーはエルファバが抱きついたことに戸惑いつつもぎこちなく背中を撫でた。
「僕、君たちのことを思い浮かべたんだ。」
「え?」
「君からヒントをもらったんだよ。幸せって案外近いところにあるんだね。」
ハリーがしみじみと言った時、校庭に放送が流れた。
《ディメンターに告ぐ。シリウス・ブラックへのキスの執行は中止だ。繰り返す。シリウス・ブラックへのキスの執行は中止だ。》
ハリーとエルファバはその放送の意味が理解できなかった。
「シリウスは…じゃあ…「シリウス・ブラックは無罪になったのよ。」」
「ハーマイオニー!」
エルファバはハーマイオニーに抱きついた。少し頬が腫れているものの、満足げな表情だ。
「ペティグリューの自白、本人は気づいてないでしょうけど、拡声呪文で校庭全体に響くようにしたわ。本人の証言ほど有力なものってないでしょ?」
ハリーは驚いて目を白黒させたのち、勢い良くハーマイオニーに飛びついた。
「ハーマイオニー!!!君って最高だ!!!シリウスが無実になったんだ!!!感謝してもしきれないよ!!!ありがとう!!!」
ハリーは眼鏡が落ちたのも気にせずに小さい子のようにピョンピョンと飛び跳ねた。ハーマイオニーは困ったように一緒に飛んでいた。
「みんな、まずい!あと15分で寮に戻らないと!!」
ロンが叫んだと同時にハリーの興奮はピタリと止まった。ロンが持っていた透明マントに入り、4人で走りだす。
4人のこの功績は4人しか知らないものとなった。