小話1:ハリーの夏休み
魔法学校に通うハリーは生まれて以来の最高の夏休みになりそうでどんなに嫌なことがあっても、乗り越えられた。
例え肥満気味の従兄弟のせいで自分の毎食がグレープフルーツ1/4になりひもじい思いをしようとも、自分の叔父叔母がどんな嫌味を言ってこようとも、何にも気にならなかった。
理由はいろいろある。まず前提にハリーは友人達からの助けにより餓死寸前状態を回避していたことが挙げられるだろう。友人達は積極的にスナックやら食べ物を送ってくれて、ハリーはお腹いっぱいになれた。むしろ余ってしまうくらいだ。
2つ目は、ハリーは今年の夏は今日でもう自分の家にいなくても良いということである。
「で?」
居間でハリーの叔父さんであるバーノン・ダドリーは一張羅の背広を着こなし、イライラと貧乏ゆすりをしながら、ハリーに聞いた。貧乏ゆすりのせいでソファが若干揺れている。
「お前のゴットファーザーはちゃんとまともな服で来るんだろうな?」
ハリーのゴットファーザーとはシリウス・ブラックのことだった。それを知ったのは去年のこと。シリウスはアズカバンという魔法使いの監獄で13年間閉じ込められていたが、ハリーを守るために脱獄し、そのあとさまざまなことがあったがこの度無実となった。
ハリーは2週間ダーズリー家にいればシリウスと暮らせることになり、虐待するような親戚ではなく血の繋がりはなくとも愛してくれる人と暮らせる日を今か今かと待ち構えついにその日はやってきたのだがー。
「…あー。」
「お前らの仲間の服装を見たことがあるぞ。まともな服を着る礼儀を持ち合わせた方がいい。」
ハリーはシリウスがどんな服装で来るのか全く見当がつかなかった。最後に会った時は囚人服を着たままで髪も髭も伸ばしっぱなしでハリーの叔父が言う“まとも”から程遠い格好だった。流石に無実になった今、もう少し清潔にしているとは思うが。ハリーはシリウスの格好によって叔父さんが無礼な態度を取らないかだけ心配だった。
コンコン、
ドアのノックが聞こえるとバーノン叔父さんはビクッと体を震わせた。が、フンっ!と鼻を鳴らしてドスドス足音を立てながら廊下を歩き扉を力任せに開けた。
ドアを開けた先には、男性が立っていた。
バーノン叔父さんよりふた回りほど身長が高く、数倍もスラっと手足が長く少し光沢を帯びた黒い背広を着こなし、ウェーブかかった黒髪と顎髭が綺麗に整えられている。
誰がどう見ても洗練された英国紳士。
「お初にお目にかかります。あなたがハリーの叔父のバーノンさんですね?私、ハリーのゴットファーザーであるシリウス・ブラックと申します。」
最後に会った時とは、全く別人のシリウスがそこにはいた。こんなに完璧にマグルの服装をできる魔法使いは初めて見た。普通魔法使いは背広にパジャマやらパーティハットを被るやらチグハグな格好をしているものだったが、シリウスは違った。
「んのお………どうも…。」
バーノン叔父さんも拍子抜けしたらしい。シリウスを上から下までジロジロと見回した後、ボソッと挨拶をする。ハリーは心の中でガッツポーズした。
「ああ、そして…。」
そしてシリウスの背後には誰か人影があった。シリウスが退くと後ろから出てきたのは、艶のある黒髪のショートヘアでブルーの瞳をした小柄な少女。濃いブルーのワンピースを着た少女が誰なのかハリーは喋り出すまで分からなかった。
「こちらが私の娘のエリー・ブラックです。」
「………エリーです。はじめまして。」
なんと、それは親友であるエルファバだった。ユニコーンの毛のように白い髪が特徴的なエルファバだったが、恐らく変身術で髪を変えているかカツラを被っているのだろう。そして本人は無表情だったがハリーにはわかった。“たった今訳も分からず強制的に連れて来られて、不服です”とエルファバは感じている。“私、エリーなの?”とも。
ほぼ初対面のバーノン叔父さんはわからないだろうが。
「それでは、今後のハリーの処遇についてもお話ししたく…長くはかかりません。少しお邪魔してもよろしいでしょうか。」
バーノン叔父さんはフンっ、と鼻を鳴らしてお好きにと言ってシリウスとエルファバを中へ招いた。ハリーが微笑むとシリウスはウインクをする。エルファバはハリーに目配せした。ハリーと“エリー”は初対面という設定なのだろう。
居間のソファにシリウスとエルファバは座り、テーブルを挟んでバーノン叔父さんはシリウスの正面に座り、その隣にそそくさと来たペチュニア叔母さんが座る。どういうわけかエルファバをジロジロと見ていた。
「ハリー、君はエリーの隣に座りなさい。今後の話にも関わってくるだろうから。」
自分の立ち位置に迷ってオロオロしていたハリーに優しくシリウスは促した。
魔法使いを恐れている従兄弟のダドリーは、元囚人であるハリーのゴッドファーザーが小柄な少女を連れて来ていると分かると下に降りて来て、居間の入口からお尻をさすりながら、ジロジロ覗いていた。最後にダドリーが魔法使いに会った時は豚の尻尾が生えて、高いお金を払って切除したのだ。
来客があれば、お茶の一杯でも出すのが本来のマナーだがさっさと帰ってほしいのかもてなす気配はない。
「それで?」
ハリーが座ったのを確認すると、バーノン叔父さんはどかっと威厳たっぷりにシリウスを見下ろした。シリウスはそれに動揺せず、毅然とした態度で話し始めた。
「はい…手紙に書いたことの繰り返しになってしまいますが…私はハリーの後見人にも関わらず無実の罪で13年間囚人として扱われていましたが、この度ハリーの活躍により(と言って誇らしげにハリーを見た)無実が証明されました。ハリーとも交流を交わし、今後休暇の際には私の家とお宅を行き来することをお許し願いたいです。」
バーノン叔父さんは品定めするようにシリウスとエルファバを見ている。
「お前は、こいつと同じ…ということだな?」
「ハリーと同じく魔…同じ学校に通っていたということであれば、そうです。」
「お前の娘は?なぜわざわざ連れてきた?同情でも買うつもりか?ん?」
バーノン叔父さんは隣に座っているエルファバを顎でしゃくった。シリウスは、エルファバの肩に手を置いた。
「ああ、彼女は生まれも育ちもマ…あなた方と同じです。ハリーと同じ学校には通ってません。母親は彼女が生まれてすぐに他界して孤児院に預けられていたのですが私の無実が証明されたということで、一緒に住むことになりました。ハリーのことも理解しています。」
ハリーはエルファバを盗み見たが、“なにそれ初耳”と顔が言っていた。おそらくこのためにエルファバは連れてこられたのだろう。魔法使いのシリウスが毎回ダーズリー一家を出入り、あるいは遭遇するのは許してくれないかもしれない。なのでマグルの世界に理解があり、か弱いエルファバという存在を持ってくることで頑固なバーノン叔父さんを懐柔するつもりなのだ。シリウスは続ける。
「あなた方が、あまり私たちのような人種と関わりたくないことも重々承知しておりますので、「当然だ!」」
バーノン叔父さんが突然話を遮ったので、シリウスは話を切った。エルファバはぎゅっとスカートの裾を握っている。エルファバは特殊な能力の持ち主で、なんでも凍らす力を持っているのだ。しかし本人の意思に反して、感情の揺れで発生してしまうためかなり集中してそれが出ないようにしているのだろう。
「お前らは、決してまともではない。この坊主のせいで我々家族はどれほど迷惑を被ったか…。そもそもこいつの母親と父親がよく分からんことで死ななければこんなことには…!いいか、お前らはまともじゃない。お前のせいでマージがどんなことになったかわしは忘れた訳ではないからな…!」
「それは、お前らが僕の両親を馬鹿にしたからだ!」
「黙れ!!育ててもらった恩を忘れたのか!!お前がこの家で生きていけることをありがたく思え!!」
バーノン叔父さんに突っかかったハリーだったが、バーノン叔父さんが暴言を吐いたら今度はシリウスが立ち上がり、怒りなど忘れてしまった。シリウスは、背広の内ポケットに手を入れそこから杖を出して、バーノン叔父さんに突きつけようとしたがー。
「ぱっパパ?」
エルファバは立ち上がって、シリウスの腕を掴みバーノン叔父さんに背を向けて、さりげなくエリーの腕の中に杖を隠した。
「エリー、ハヤクオウチニカエリタイ、カエロウヨ。」
とんでもなく棒読みだ。が、それでシリウスはハッと我に返ったらしい。
「あ、ああ、そうだなエリー。早く家に帰って“セサミ・ストリート”を観ような。」
幼児に言い聞かせるようにエルファバの頭を撫でるシリウス。エルファバは14歳のはずであり、セサミ・ストリートは乳幼児が観る番組である。エルファバはせっかく窮地を救ったにも関わらずとんでもないことを言われ、心外だとばかりに睨んだ。
その一連の流れが面白くて、ハリーは笑うのを咳で誤魔化した。
立ち上がったシリウスにバーノン叔父さんとペチュニア叔母さんは怯えていたので、座り作り笑いをして話を続けた。
「今後ハリーとあなた方の世界に理解があるこの子と共にハリーを迎えに行きます。ご迷惑はかけませんので。」
「かっ、勝手にしろ!」
「それではそのように。ハリー、荷物を手伝「おっお前のような人間がわしらの家をうろつくのを許さん!」…じゃあエリー、悪いがハリーを手伝ってくれ。彼女はいいでしょう?」
バーノン叔父さんはエルファバを上から下まで見てからイエスのような声を漏らしたので、ハリーはエルファバについて居間を出た。さすがのバーノン叔父さんもか弱そうなマグルの少女には特に言うことはなかったようだ。というより、少女を怒鳴り散らす中年男性が“まともじゃない”と判断したのかもしれないとハリーは思った。従兄弟のダドリーとエルファバの目が合う、エルファバは大柄なダドリーを見て少したじろぐが逃げるようにハリーについていく。
階段前にすでにハリーの小さな荷物は用意されていた。
「エル…エリー、悪いけど箒を持ってもらっていい?一番軽いはずだから。」
「うん。」
そして、箒を持ちエルファバはいそいそと居間へ戻ろうとするがー。
ドタっ!
「きゃっ!」
エルファバは何かに引っかかって、転んだ。
「いったっ…。」
見るとダドリーがニヤニヤしながらエルファバを見下ろしていた。ダドリーが足を引っ掛けたのだろう。
「痛い痛い痛い!」
今度は立ちあがろうとするエルファバの手をわざと踏み付けた。エルファバの華奢な手がダドリーの巨漢に踏み潰されたらたまったものではない。どんどん体重をかけて来ては声を上げた。
「おいチビ、“あれ”でも使って仕返ししてみろよ。」
「何してるんだダドリー!!!」
ハリーが来るとダドリーはサッとエルファバから離れた。ハリーは駆け寄って立ち上がらせる。
「大丈夫?このウスノロに何かされたかい?」
「こいつがノロマで勝手に転んだんだよ。」
ダドリーはまだニヤニヤしていた。おそらくエリーが魔法使いではないということで、ダイエットのストレスが溜まっていたダドリーは嫌がらせをしたのだろう。父親(設定)のシリウスがこれを知ったら仕返しをすることなど考えが及ばないダドリーだ。
「何の騒ぎだ?」
シリウスとペチュニア叔母さんとバーノン叔父さんが廊下へ来た。
「なんでもないわ。」
エルファバはハリーが何か言う前に立ち上がり、箒を抱え直した。箒には何も傷はついていないようだ。
「行きましょう。」
「あっ、ああ…。」
ハリーはダドリーを睨みつけ、エルファバとシリウスと共にダーズリー邸を後にする。ハリーに特にお別れを言わず、ただ無言でハリーを見つめるだけだった。シリウスはプリベット通りの角を曲がった瞬間、杖を取り出し一瞬で魔法使いのローブに着替えた。上質な紺のローブはマグルの正装と同様シリウスによく似合う。
「あーーーー、柄にもないことすると疲れるな!まあもう、ここまでしたならいいだろう。」
「一体どうしたんだいエルファバ?」
エリーは踏まれなかった右手で黒髪のカツラを取り、“エルファバ”になった。力任せに脱いだので白い髪は惨めなくらいボサボサだがエルファバが気にしている様子はない。
「あなたの従兄弟が私の足を引っ掛けた上に手を踏んできたの。」
「なんだって?見せてくれ。」
エルファバは左手を差し出すとシリウスが間に入り、エルファバの手をしげしげと眺める。
「骨は折れてないな?ちょっと赤いが多分大丈夫なはずだ。氷で冷やせ。ハリーのこともあるし、今から戻って、あいつらのこと呪ってやろうか?俺だとバレなきゃいいわけで。」
「いいよ…でも、お小遣い稼ぎの割に合わない。」
ハリーが怪訝そうな顔でエルファバとシリウスの交互を見た。エルファバはうんざりした顔で喋り出した。
「この数時間前に図書館の帰り道にシリウスに拉致されて、5ガリオンあげるから娘を演じてくれって言われたの。」
「言っておくがダンブルドアの命令だぞ?」
「シリウスが暴走しないようにとハリーの親戚からハリーをスムーズに連れ出せるようにね。」
「悪かったって…小遣い6ガリオンにしてやるから。」
「しかも毎年だなんて聞いてないもん!」
エルファバはむくれて、シリウスを睨んだ。
「しかも、ハリーの親戚が知らないところでいっぱいいじわるしてきて!やんなっちゃう!」
「悪かった悪かった。お前の反応が面白くてつい…もうしないから。」
ハリーはエルファバとシリウスのやりとりを聞きやけに仲がいいなと思った。エルファバは元々大人の男性が苦手にも関わらずシリウスに噛み付いてるしシリウスもエルファバをいじることがやけに楽しそうだ。ハリーは少しだけ羨ましかった。
問題はシリウスとエルファバは親子ほど離れており、シリウスの言動が子供っぽいというには度を越していることだが…。
「この先で魔法省の連中が待ってる。俺が逃走しないように…無実の俺が一体どこへ逃げると思ってるんだか。」
「魔法省?」
「ああ。もちろん、俺の無実は証明されたがいろいろな不可解現象…例えばアズカバンの脱獄の話とかな。それを根掘り葉掘り聞きたいんだ。大丈夫さ、ハリー。もう家もあるし、これから一緒に過ごせる。」
「うん…。」
ハリーはシリウスを心配するような、自分にこれから待ち受ける幸福への心の準備ができていないような、変な顔だった。
「私は帰るわね。」
「ああ、ありがとさん。これがお駄賃な。」
シリウスは6ガリオンをポケットから取り出し、エルファバに渡すと少し機嫌が良くなったようにエルファバはフンと鼻を鳴らした。
「エルファバ、いろいろごめんね。本当に助かったよ。それにダドリー…今度どうにかして僕が仕返しするからさ。」
「うーん、その必要はないかな。」
「?」
エルファバは、ベッと舌を出してこう言った。
「冷蔵庫丸々凍らせて来たから。」