炎を操る魔法使い。
その存在はエルファバにとってとてつもないものだった。これまで膨大な本を読んでも彼のことはおろか、自分自身に関連する氷の魔法使いについても手がかりなど皆無だった。
グリンダの日記によればオルレアン家は代々この能力が家族の中で1番最初に生まれた子供に受け継がれてきたらしい。そしてその能力は魔法界でも疎まれる存在であるため長年隠され続けてきた。しかしこれはマグル的に言えば遺伝的なもので、血が混じれば混じるほどに弱くなりエルファバの曾祖父あたりから感情の起伏で左右されることはなくなり、その辺から学校にも通うようになったとのことだ。トラウマのせいでコントロールができなくなったエルファバは例外なのだろう。
グリンダの日記にはこれぐらいのことしか書いていない。炎を操る魔法使いのことなど一言も触れられていなかった。しかし自分以外にそんな存在がいるとすれば、これまで以上にいろいろ分かるかもしれない。
ピーブズが水風船をぶつけてこようとも、髪を引っ張られようとも皆が突如として変わったエルファバの髪にやいやい言おうともご馳走を食べようともハーマイオニーがハウス・エルフの作った食事を食べるのを拒否しようとも新任の教授の見かけが強烈だろうともダンブルドア校長が数百年ぶりに行う一大イベントの告知をしようとも頭に入ってはくるが、二の次だった(そもそもその大半はエルファバにとってあまり関係のないことだった)。
「言うタイミング間違えたかもね。」
「え?」
「なんというか完全なうわの空ではないんだけど、君の意識が常に数センチ浮いてる感じ。」
寮に帰る途中でハリーが半分呆れていた。
一大イベントであるトライウィザード・トーナメントはエルファバからすればどこ吹く風であった。17歳未満は参加できないし、するつもりもない。今年はクィディッチができないということでエディが絶望していた(「あたしクィディッチやりたかったのに!!!百歩譲ってトライなんちゃらがあったとしても参加できないし!!!」とその日の晩、エルファバのベットの上で嘆いていた。パーシーがいなくなった今、エディが他寮にいるということを怒る人物はもはやいなくなった。むしろパーバティが慰めに回るほどである)。セドリックは参加しようと思っていることをこっそり教えてくれた。
エルファバもエディもハリーもルーピン教授がいないことを悲しんだが、新しく来たマッド・アイという教授は噂によれば元闇払いでアズカバンの牢獄を半分は埋めたらしい。許されざる呪文を全て生徒の前で行うという、これまでの授業とはまた異質なものだった。
「生徒にあんなことするなんてどうなんだろう。少なくとも4年生より下の生徒に教える内容じゃない。」
セドリックはその授業に消極的だった。図書室で一緒に勉強している時にセドリックはエルファバに小声で告げた。
「それに生徒も生徒だ。まるで何かのショーを体験するみたいに興奮気味で…あれでどれほどの人が犠牲になったと思ってるんだ?」
エルファバはスネイプの解毒剤の調合方法をまとめ上げてから答えた。
「みんながもっと真剣に取り組むべきだというのは賛成だけど、私はたとえ1年生が許されざる呪文を身をもって体験するべきじゃないっていうのは反対よ。」
セドリックは驚いたように眉を上げる。
「本当に自分の前に暴力が現れた時、誰も助けてくれない。」
「そんな大げさな…。」
「みんな自分のことに手一杯でしょう?」
エルファバは羊皮紙の端をいじりながら言った。セドリックはエルファバの意識がここではないどこかに飛んでいるのに気づいた。そして、エルファバの指先からでる不思議な銀色の物体は少しづつ不思議な模様を描きながら教科書、インク、羊皮紙、机を覆っていく。
「エルファバ?エルファバ!」
「?…!」
エルファバは目を見開いて、辺りを見回した。数名がこちらを見渡している。慌てて杖を取り出し、前エルファバが氷を発生させた時に唱えた奇妙な呪文を唱えるのをじっと見つめてた。
「ごめん…。」
エルファバは消え入りそうな声で謝罪した。セドリックはエルファバの手を握る。
「何考えてたの?」
「昔のことよ。」
エルファバは震えている。セドリックはそんなエルファバの手にキスをした。
「必要だったら、いつでも聞くから。」
セドリックはエルファバの手の甲を自らの頬に当てながら言うとエルファバの震えは少し収まった。
そんなムーディーの授業だが、セドリックの不安とは裏腹にどんどん実践へと移っていった。ムーディー教授は生徒1人1人に服従の呪文をかけた。ロンもエルファバも服従の呪文にあまり強くはなかった。ロンは教室中をスキップして回ったし、エルファバはエディみたいにペチャクチャと自分のことを大っぴらに喋ってしまった。
「みんな聞いて!エルね、今年の夏休み最高だったの!エディと一緒にアイスクリームパーラー行ったりミュージカル観に行ったり、セドリックとおしゃべりしたり!あんなに楽しい夏休みもそうそうないと思うわ。もちろんロンのお家で過ごした夏休みも最高だったわ。今が最高に幸せよ!」
そのあとエルファバは恥ずかしさのあまり教室の机の下に隠れた。
「お前の妹を知っているぞ。トランクをいじりおってな、わしがいなければ今頃トランクの中に閉じ込められておったわ。」
「すいません。」
「とんでもないクソガキだあいつは。」
そういうムーディー教授の口調と顔は(多分)どこか面白がっていた。その話はエディからも聞いていた。どうやらムーディー教授のトランクは人を閉じ込めるためのものらしく、エディはいじくったためにその中に吸い込まれたらしい。
「あれヤバイよ!あんな小さい箱にあんなスペースがあるなんて想像できない!あそこに入ったらもー興奮しちゃってさー!!ゴーロゴーロしてた!!」
危うく閉じ込められるところだったのに本人はこの反応である。
解毒剤のレポートやら2年生の寮対抗(つまりエディの学年)の"ミニ"ウィザード・トーナメント事件やら参考書の読破やらエディの血まみれ騒動やらハグリッドが生み出した謎の生物の世話やらいろいろと毎日が過ぎるとあっという間に対抗学校がやってくる日となった。
「ミス・スミス、くれぐれも、くれぐれも、く・れ・ぐ・れ・も、お行儀よくして下さいよ?」
その日の朝に上半身が階段に刺さり、呼び出しを食らったエディにマクゴナガル教授は何度も何度も忠告した。
「分かってますよー。」
エディは分かってなさそうな笑顔で言った。マクゴナガル教授は呆れて首を振りながら次の生徒を注意しに行く。皆見たことのない学校の生徒を今か今かと玄関ホールで跳ねながら待ち続けていたが、マギーはその辺の床であぐらをかいて座っていた。
「たかが他校の生徒が2校来るだけなのになんでこんなに盛り上がってんの?」
エルファバはマギーの隣に座る。身長が低すぎてどんなに背伸びしても前が見えないので諦めた。
「「抱っこちまちょーか?」」
それを見たフレッドとジョージが小馬鹿にしてきたのをエルファバは舌を出して返した。
マギーの疑問をよそに、2校の来校は壮大だった。馬車でやって来たボーバトン魔法アカデミーや湖からやって来たダームストラング専門学校はホグワーツの制服に比べて派手な制服で、校長もハグリッドと同じくらいの大きな女校長やヤギ顔の校長などさすが魔法学校と言える風貌だった。
「見て!あの人すっごいカッコいい!」
パーバティとラベンダーは明るい茶色の髪をしたボーバトンの生徒を指差していた。2人だけではなく他の女子生徒も彼について話しているらしい。一方で男子生徒はダームストラングのある生徒を指差していた。
「クラムだ!」
「あいつ学生だったのか!?」
「羊皮紙もペンも忘れた!!最悪だ!!」
ホグワーツの生徒は大広間へと移りボーバトン生はレイブンクローの席に、ダームストラング生はスリザリンの席に(ロンが悔しがってた)座った。まるで見世物のようなテンションにエルファバはぽそっと呟いた。
「サーカスみたいね。」
「エルファバ、そういうのなんて言うか知ってる?」
「?」
「他人事。」
「??」
エルファバは自分が"サーカス"の中心メンバーであることに気づいていない。白い艶やかな髪と妖艶な雰囲気を撒き散らしながら歩く、身長の小さい少女にボーバトンの生徒とダームストラングの生徒は男女問わず穴が開くほど見ていた。そのどこか憂いのある目に見つめられたいと思う男子生徒を見て某赤毛双子はまた商売が繁盛するとニヤリとほくそ笑んだ。実際その憂いの目は本日の夕食が載せられる皿を見ているのだが。
「あの人好きじゃないわ。」
ハーマイオニーはスカーフで首を覆うボーバトンの生徒を顎で指した。
「傲慢ちきよ絶対。」
ダンブルドア校長の話が始まると、ハーマイオニーの彼女に対する嫌悪感はどんどん強くなっていった。どうやら彼女はホグワーツを見下しているらしい。しかしハーマイオニーもその直後に出てきたご馳走を見ればニッコリ笑ってよそいはじめた。
「なにこれ?」
「アッシュ・パルマンティエ。」
「これは?」
「シューファルシ。」
「それはツヴィーベルクーヘン。」
「エルファバ物知りね。」
「この夏、料理本をいっぱい読んでたの。」
「卵も割れないから?」
ロンの発言にエルファバはソーセージにかじりつく手を止めた。ハーマイオニーとハリーの顔も特に驚いていない。
「誰から聞いたの?」
「「エディ。」」
「エルファバ、私たちこの夏ずっとエディともやり取りしてたのよ。」
エルファバは恥ずかしいあまり、固まったまま数秒間動かなかった。そして既に他校の友人を数名つくった妹の方向をゆっくり見た。当の本人は姉と目があうと無邪気に手を振る。
「エルファバ、僕らの机の下凍ってるから溶かしてもらっていい?」
「デフィーソロ…私お嫁にいけないよ…。」
「僕は君の口からお嫁っていう言葉が出てきたのが驚きだけど、今のところはセドリックがいるから大丈夫じゃない?」
「あのー、ブイヤベースはもう食べないのですかー?」
エルファバの背後に現れたボーバトンの女子生徒はハーマイオニーが嫌がっていた生徒だった。長いシルバーブロンドの髪をなびかせて立っている。しかしエルファバが親切にブイヤベースを分けて渡すと、美しい顔が少し歪み力任せにお皿を取って去っていった。
「あの子ヴィーラだ!!!」
ロンは恍惚の表情で叫んだ。
「いいえ、違います。そんな風に口をあんぐり開けて見てるのはあなただけよロン。それにあの子がエルファバを見たときの顔見てた?嫉妬に歪んでたわ!」
ハーマイオニーは少し誇らしげにエルファバを見てうなづく。しかしロンはお構いなしである。
「あんな子ホグワーツでは作れないよ。」
「ホグワーツにもちゃんとした女の子はいるよ。」
「例えば?」
「…エルファバとか。」
そう言うハリーの視線は明らかに違う方向を向いていたのは流石のエルファバも分かった。
「そりゃエルファバは…その美人だけどさ、ずーっと一緒にいるから例外さ!」
「私美人なんかじゃないわ。」
「エルファバ、そろそろ自覚した方がいいよ。じゃなきゃいくらディゴリーが守ってくれたって本人が警戒しなきゃいつか他の男に喰われちゃう。」
「やめてロン。」
既にエルファバの興味はソーセージに向いていた。かじったソーセージの断面はわずかな部分がまだピンク色で食べたらお腹を壊してしまうかもしれない。エルファバは体が強い方ではない。
「半焼けか。」
エルファバの頭の上から声が降ってきた。
「貸せ。」
ヒョイっとエルファバのフォークごとソーセージを取った人の腕はゴツゴツしていた。エルファバは少しビクッと体を震わせて後ろを向くと、彼のローブは真紅だった。彼は身長が190センチほどあって、顔はモアイ像にそっくりだとエルファバは思った。エルファバに向かって得意げな笑みを浮かべている。
彼の右手から真っ赤な炎が現れ、その中にエルファバの食べかけのソーセージを突っ込んだ。
その光景に皆呆気に取られていた。周囲のグリフィンドール生、通路を挟んでハッフルパフ生、反対側のレイブンクロー生とスリザリン生の一部はあんぐりと口を開けて見ていた。
彼は得意げにエルファバのかじった方を一口食べ、エルファバに返した。
「アダム・ベルンシュタインだ。よろしく。」
アダムはそう名乗ってスリザリンの席に戻っていく。ダームストラングの生徒は特に驚いた様子もなく、彼の友達らしい男子生徒はアダムの背中を叩き、エルファバを見て笑った。彼がいなくなったと同時に一気に声のボリュームが大きくなった。
「見たか!?」
「あれどうやったの!?杖はなかったわ!!」
「魔法のいたずらグッズだよきっと!」
「あんなの見たことがないわ!マジックよマジック!!」
「ここは
「あれ俺もやってみてえな!!」
そんな中でエルファバ以外の3人は声を揃えてこう言った。
「「「彼じゃない!」」」
「背丈が違うわ!」
「体ももっと細かった。あんなゴツくない。」
「それに声はもっとなんか、洗練されてた!」
エルファバは一気にしゃべる友人の顔を目を白黒させながら見ていた。
「じゃあもう1人いるってこと?」
ハーマイオニーは注意深く大広間を見て、少し声を小さく言った。
「見て、ボーバトンの生徒は驚いてないわ。もしかしたら彼らの中にいるのかも。」
「エルファバみたいな人がこの世に3人もいるのかい?でも隠してるエルファバはともかくそんな人いたら大ニュースだよ。」
「ええ。ロンの言う通り、もっといたら大ニュースよ。本当に数限られていると思うわ。エルファバのお父さんだってあなたのような人は世界にいないって言っていたんでしょう?」
「ええ。」
「じゃあもしかしたら、学校に保護されているのかもね。けどあのアダムっていう人は…というかダームストラングは隠すつもりはないのかもね。じゃなきゃわざわざエルファバのところに来て、みんなの見ている前であんなことしないわ。」
ダームストラングの校長であるカルカロフは満足げにアダムを見ていた。
「愚かだわ。あのアダムって人もカルカロフも。ここに来て初日であんなことするなんて、危険性を分かっていないわ。」
デザートをたっぷりと食べ終えると、ダンブルドア校長が嬉しそうに大広間を見渡す。
「トライウィザード・トーナメントを開催するにあたって、紹介しておきたい方々がいる。まずは国際魔法協力部のミスター・バーテミウス・クラウチ。」
彼はニコリともせずにパラパラと起こった拍手に軽く頭を下げた。ハーマイオニーが鼻を鳴らす。ハーマイオニーがハウス・エルフにご執心となった原因をつくった人物だ。
「そして魔法ゲーム・スポーツ部からお越しになったミスター・ルード・バグマン、そしてミス・バーサ・ジョーキンズじゃ。」
クラウチとは対照的にこの2人は愛想良く手を振った。バーサ・ジョーキンズと呼ばれた女性の方は子供っぽくヒョコヒョコと飛び跳ねている。クラウチはそれを嫌そうに睨みつけていた。
「あいつもいんのかよ。」
ロンは忌々しそうに吐き捨てる。良くわからないといった顔をしたエルファバにハリーが補足説明をした。
「あのバーサ・ジョーキンズっていうやつ、嫌な奴でさ。クィディッチのワールド・カップの時に僕にいろいろ聞いてきたんだ。どうやってヴォルデモートを倒したのかとか、ホグワーツに入学するまでの11年間何をしてきたのかとか…迷惑だった。」
ハリーのうんざりした顔でエルファバはいろいろと察した。相当しつこかったのだろう。そんな2人も大会の代表選手の選考方法をダンブルドア校長が話し始めると聞き耳を立てた。エルファバはその間、アダムのことを考えていた。
(アダムはあの"力"を持ってどんな人生を送ってきたのかしら。私のように拒絶されたことってあるのかしら?ううん、ハーマイオニーが言う通り、そんなことあったらあんな風に人前で見せたりしないわよね。ボーバトンにいるとして…その人は誰なのかしら?それにハーマイオニーを助けた人がボーバトンの人とも限らない。私のような人がこの世界に複数いるなんて…。)
ーーーーーー
次の日、皆が友達が代表選手に立候補するのを見守っていた。セドリック、アンジェリーナ(グリフィンドール生は全力でアンジェリーナを応援していたがエルファバの心境は複雑である)が立候補し、薬を飲んで立候補しようとしたフレッドとジョージと立候補するつもりはないが名前は入れてみたいという意味不明な理由で薬を飲んだエディに真っ白い顎髭が生えて大爆笑をかっさらった後、4人は大広間で朝食をとり、ハグリッドの元へ向かおうとしている時だった。
「おいロン、君のオトモダチがいるぞ。」
ハリーはニヤニヤしながらロンを小突いた。昨日のヴィーラ生徒である。
「あの子どこ泊まってるんだろう。」
「あとつければいいんじゃない?あなたのオトモダチなんだから。」
エルファバはハリーとグータッチを交わした。
「エルファバ、君はそういうこと言わないと思ってたけど。」
「さっきセドリックのこと悪く言ったお返しよ。」
なんだかんだ言いつつもロンはエルファバのアイデアに従いヴィーラを追いかけた。中庭を通り、ハグリッドの小屋の辺り200メートルほど離れたところにパステル色の馬車が止まっていた。
「なんであんなに女子生徒がいるんだ?」
そのすぐ近くでホグワーツ、ダームストラング、そしてボーバトンの生徒が混じってたむろしている。
「なーるほど。ディゴリーみたいな奴がボーバトンにもいるってことか。」
「ロン、それ以上セドリックを悪く言うとあなたの靴の中凍らせるわよ。」
「僕のことからかった仕返しだよエルファバ。知ってるかい?復讐は繰り返すんだ。」
「イーっだ。」
彼女たちのお目当は昨日パーバティとラベンダーがカッコいいと言っていた明るいブラウンの髪をしたボーバトンの男子生徒だ。スラッと高身長な彼は細いがしっかりと筋肉が付いている。顔立ちも映画俳優かと思わせるほどに整っていて、女子の目を惹くのはある意味当然だった。そんな彼は女子が群がっているのを鬱陶しげな顔をしながら木の下で本を読んでいる。
その時だった。
赤い玉がハグリッドの小屋前を横切り、真っ直ぐその彼の元へと走りこんでいった。
「あっ!」
エルファバと周辺の女子生徒が悲鳴を上げたのは同じタイミングだった。玉は木に当たり、形を変えて木を侵食していく。
「お前は代表選手に立候補してなかったのか?」
炎が来た方向からやってきたのはアダムと取り巻きだった。ニヤニヤと取り巻きはいやらしい目でボーバトンの男子生徒を見ている。ボーバトンの男子生徒は彼らを睨みつけると杖を取り出し、唱える。
「デフィーソロ」
すると黒くなった木からみるみるうちに赤い部分が抜けていく。
「ダンブルドア校長が言ってたわ…あの呪文はオルレアン家しか使えないって。」
「じゃああの人エルファバの従兄弟かなんか?」
「どうかしら…クィレルに子供はいないし、オルレアン家の血縁者は私しかいないって聞いたけど…。分家とか?」
「まあ、彼らが君の親戚だとして、少なくともあの呪文を知ってるってことは…。」
ロンが言う前に答えが出た。今度はボーバトンの男子生徒が軽く手を振ると宙に火の玉が現れる。
「本読んでるんだ。とっとと失せろ。」
それをアダムに向かって投げつけた。コントロール良く真っ直ぐに飛んだ彼の炎をアダムは笑って腕から炎を出し、それを同化させる。アダムが小馬鹿にしたように笑うと取り巻きたちもゲラゲラ笑う。
「ルーカス。お仲間同士仲良くやろうぜ。」
「お前と同じにするな。虫酸が走る。」
ルーカスと呼ばれたボーバトンの男子生徒は今にも炎の玉をもう1発投げ込みそうだ。
「エルファバ、止めに入って!」
「ロン、それやったら事態が混乱するだけだ。」
心配する周囲をよそにアダムは思いっきりフーっ!と息を吐く。するとドラゴンのように口から炎が出てきて、そのままルーカスに直撃した。女子生徒が悲鳴をあげる。
「ハグリッドを呼びましょう。彼は一応教授なんだから介入すれば、止まるかもしれないわ。」
「僕行ってくる!」
ロンは走っていく。ルーカスは少し汗をかき、髪の毛が乱れてはいるが、無傷だった。
「火は彼に当たったよね?」
「もしも私と特徴が全て同じなら、多分温風で火を避けたんだと思う。」
その光景を見る3校の生徒たちはまるで命綱なしの綱渡りを見ているかのような緊張感だ。そこから動けない。止めに入ろうとしない。
「おいおい、せっかく数年ぶりに会ったってのにその態度はなんだ?」
おちょくったように話すアダムに対し、ルーカスは心底憎んでいる目をアダムに向けている。その目はハリーを見るスネイプの目を思い出させた。ルーカスは忌々しそうに舌打ちし、本を持ってこちらに歩きだす。
「ハリー、彼こっちに…。」
エルファバは口を閉じた。アダムの炎がこちら側に襲いかかってきたのだ。その大きさは先ほどの火の玉や吐く炎とはスケールが違う。エルファバとハリーは散り散りにその攻撃を回避した。
「…いたっ!」
「ハリー!」
ハリーは腕の一部を火傷していた。ローブが焼け焦げ、皮膚がただれている。
「おい、君ら大丈…。」
その瞬間エルファバの身体中にアドレナリンが駆け巡り、熱を持った。
バキバキバキっ!!
ミシミシミシっ!!
エルファバの周囲に一瞬で鋭い棘の氷が大量に発生したのと頭上で嫌な音がしたのとは同じタイミングだった。また女子生徒が絶叫したのが聞こえ、炎を纏った木の幹がエルファバの頭上へと落ちてきた。
「!?」
「ウィンガーディアム・レビオーサ 浮遊せよ!」
エルファバの頭に当たるあと数センチで木の幹は空中で止まった。ハリーが浮遊呪文を唱えたのだ。エルファバはハリーに抱きつく。その瞬間、木の幹は今しがたエルファバがいた地面へ落ちた。
「エルファバ怪我は!?」
「…平気よ。ありがとう。ハリーは!?」
「火がかすっただけだ。」
エルファバは息を整え、倒れた木の幹を見ると、下にあったエルファバの氷のおかげで火は鎮火していた。煙を上げ、焦げ臭い匂いを漂わせている。
「なんだ、そこデキてんのか。かわいこちゃん狙ってたのに。やっぱゆうめいじんには勝てねーな。」
ハリーとエルファバが抱き合っているのを見てアダムがつまんなそうに言った。
「何しちょるお前さんら!!!」
「何をしてるんだ!!!」
ハグリッドとカルカロフが同じタイミングで来た。ハグリッドの後ろにロンがいる。
「誰がこれをやった!?」
ハグリッドが怒鳴るとその場にいる全生徒がアダムを見た。ハグリッドは掴みかかりそうな勢いでアダムを見たが、カルカロフは主犯が分かると声のトーンを和らげた。
「アダム、ちょっとハメを外しただけだろう。よくあることだ。」
「よくあること!?ハリーとエルファバが焼け死ぬかもしれんかったんだぞ!?」
ハグリッドを暴れされたら誰も止められない。カルカロフの言い分に腹は立つが、これ以上ハグリッドを怒らせたら今の騒ぎ以上にけが人がでそうだった。ロンと他のホグワーツ生数名が仲裁に入る。一方カルカロフはハグリッドを無視し丸焦げで煙を上げている木の幹を見ていた。アダムもルーカスもそうだった。
「誰がこれを鎮火した?」
エルファバとハリーは目を合わせる。当然(間接的に)エルファバなわけだが、周囲の雰囲気からすると誰がやったか分からない状況だ。カルカロフは少し焦っている気がする。
「誰だ?アダムの炎を消したのは?」
エルファバはカルカロフの一言で察した。おそらくアダムとルーカスの炎はエルファバの氷と同じように普通の魔法が効かないに違いない。普通に魔法で凍らせても鎮火することはないはずだ。つまりカルカロフは、おそらくルーカスとアダムも、新たなる魔法使いの存在を疑っている。
「あー…僕です。」
ハリーは腕の火傷を隠しながら、前に一歩出てきた。エルファバは思わずハリーのローブをつかんだ。
「ハリー・ポッター…!?」
「エルファバが、彼女のことですけど、」
と言ってハリーは後ろにいるエルファバを指差す。
「彼女の上に燃えた木の幹が落ちてくるのを見て、浮かばせて、水をかけたんです。」
「どうやって?」
「別に…普通に杖で。」
ハリーはまるでトーストにバターを塗ったと言っているかのような口調だ。エルファバはハリーとカルカロフを交互に見る。カルカロフはイライラと眉間にシワを寄せ、山羊のような顎に生える顎髭を震わせる。
「何も難しい呪文ではないですよ。2年生で習う呪文です。」
「そんなことはあり得ん。アダムの炎は魔法の水で消火されることはない。」
「けど、消火されましたよ。」
しばらくハリーとカルカロフのにらみ合いが続いた。幸か不幸かルーカスもアダムもカルカロフも、その他の生徒も完全にハリーがやったことだと信じたようだ。エルファバだったらそこまで上手い話をできなかっただろう。かなりギリギリの線だったが、きっと氷が現れたのは一瞬で、さらに多くの生徒がそれよりも降ってきた木の幹に気を取られていたに違いない。
「ハリー、お前さん怪我しちょる。治療せな。」
ハグリッドが沈黙を破り、その場を終わらせた。何かを言いたげなカルカロフの前にハグリッドはデンっと立ちはだかり、ハリーとエルファバに小屋へと入るように促した。エルファバは好奇の目に晒されながら小屋に入ると急いで近くにあった桶を呪文でキレイにして水をはり、自分の"力"で桶の外側を凍らせた。
「ありがとう。」
ハリーは冷たい水に腕を浸けると少し顔を歪めた。
「こちらこそありがとうハリー。私2回もあなたに助けられた。」
「いいんだ。」
ロンが小屋にやってきた。息を切らして悪態をついている。
「なんなんだよあいつら正気か?!火の玉バンバン出すなんてマジで意味不明だ!!」
「魔法が効かないから余計タチ悪いよ。この火傷魔法薬で治るかな?」
「大丈夫なはずよ。私凍傷しょっちゅうしてるけど魔法薬で治るし。」
「けどハリー、多分あいつら君がエルファバみたいなこと出来るって思ったよ。あのアダムとかいう奴ハリーを攻撃するよ。」
ハグリッドが鼻息荒く、小屋の中に入ってきた。肩を鳴らし、荒々しくベットにどっしんと座ったため、周辺の物と3人が数センチ浮いた。
「ハリー、大丈夫か?」
「うん。平気だよハグリッド。」
「全くダームストラングの奴は得体が知れん!このことはダンブルドア校長には今夜にでも報告する。ムーディー教授にもだ。ハリー、ロン、エルファバ。ダームストラングの連中の思考はどっちかちゅうとスリザリン寄りだ。警戒しておくに越したことはない。」
言われなくても分かっていた。あのアダム・ベルンシュタインは危険な香りがする。まだ事情はよく分からないが少なくとも他校であんな行為にでるということ自体正気ではない。
「僕は平気だけど、エルファバ、あいつに君のこと知られちゃダメだ。」
ハリーはハグリッドの持ってきた臭い軟膏を塗りながら言う。
「あのルーカスっていうのは分からないけど、アダムは平気で人を攻撃する。エルファバはあんまり防衛術とかも上手くないし、女の子だから。」
エルファバはハグリッドの小屋の窓から外の景色を見た。緑々していた校庭は黒と灰色の煙に覆われている。
焦げ臭い匂いは小屋まで入ってきていた。