そこは寒かった。人間以下の存在である"それ"は人間ではないために人間がしなくてならない活動をする必要はなかった。しかし、"それ"は死んではいない。だから寒さも飢えも感じることができた。永遠の拷問だった。
しかし今、そんな寒さなど忘れてしまったかのように興奮していた。
誰かが"それ"の声を呼んでいる。
前もそうだった。その声は前も"それ"を探してここまでやってきた。しかし、声は"それ"を見つけることはできなかったのだ。
「…俺様はここだ…!」
どんなに叫んでも、弱った女のようにか細い声しか出ない。"それ"は自分の無力さに怒りを覚えた。しかしなんということか、声は前回と違いどんどん近くなっていく。"それ"も体が張り裂けそうな痛みに耐えながら、必死に自らの存在を叫んだ。
「我が君…?我が君っ!!」
ついに"それ"の存在が他者に知られることとなった。やせ細った男は人間以下の"それ"に恭しく跪いた。
「我が君…あなたをずっと探しておりました。」
「もうお前らには何も期待していなかったが…今更俺様を探すこととなった理由を聞いてやろう。」
「申し訳ございません。我が君。私はずっとアズカバンに幽閉されていました。上手く脱獄したら今度は父親に服従の呪文をかけられました。やっとそれを打ち破り、あなたを探した次第でございます。この森にいらっしゃるとの噂を聞き何度か探しに来ました。」
「なるほど。つまりお前は今俺様を探さずにのうのうと生きているあいつらとは違うということだな。」
少し機嫌を直した"それ"に対し、男はこの上ない不名誉だと言わんばかりに唾を飛ばして怒った。
「あなた様を裏切り平然と生きているあいつら…マルフォイ、ノット、マクネア、クラッブ、ゴイル…!!私はあいつらを許せません!!もしも私が脱獄した身でなければあいつらの無残な死体を世に晒してやるところです!!」
「おうおうそう言ってやるな。お前の俺様に対する忠誠心はわかった。安心するがいいさ、俺様が再び世に出るときに奴らにはそれなりの制裁を加えるつもりだ。」
男は当然だとばかりにせせら嗤う。
「そんな忠実なお前に聞きたいことがある…ワームテールの居場所を知っているか?あいつもどうやら臆病風に吹かれて逃げたようだが。」
「ワームテールはディメンターのキスを受けたと聞いております。我が君。」
少し沈黙が流れる。
「なるほど。つまり有益な情報を提供してこなかったと。役立たずめが。」
「我が君、ワームテールが何の情報を提供したかは分かりませんが、あなたの役に立つ情報を持ってきました。」
"それ"はその有益な情報とやらにあまり期待はしていなかった。自分が数年前目撃し、ディメンターのキスを受けた愚かな下僕が提供すると思っていたあの杖なくして魔法が使える魔女の情報がここ数年では最も有益だった。しかし自分を死に物狂いで探した部下の情報を聞いてやるのが慈悲というものだと考えた。
「聞かせろ。」
「はい。まず今ホグワーツではトライ・ウィザード・トーナメントが行われています。そこにボーバトン、ダームストラングの生徒も参加しています。」
「ダームストラング…仲間を売ったカルカロフがいるということだな?」
「その通りでございます我が君。私はダームストラングの生徒一同が学校を出発する前夜、カルカロフに接触しました。私らを裏切った奴を殺すためでしたが…。」
話が進むにつれて、だんだん"それ"は自らを貫く痛みを忘れ、興奮しだした。自分の忠実な部下が持ってきた情報は利用価値があった。自分が作り出すこれからのために必要な能力と力が、自分がこれから進むべきシナリオがまるで真っ白なキャンバスに鮮やかに広がる絵のように、ハッキリと描かれていく。"それ"は自らの勝利を確信した。
ハリー・ポッターを殺すのだ。
そしてちょうどその時、そこから遥か先のホグワーツでハリーは激痛に悶えながら目覚めた。
「ハリー!ハリー!大丈夫かい?」
ハリーが目を覚めるとネビル、ディーン、シェーマス、そしてロンがハリーのベットを囲んでいた。ハリーの体は汗でぐっしょり濡れていて、一瞬自分が何をしているのかわからなかった。
「僕…何してたんだい?」
「君、ちょっと前からずっとなんかうなされてて、だんだん声が大きくなってみんな起こされたんだ。ずっと額を…というか傷を抑えてた。」
ディーンが説明しなくともハリーの稲妻型の傷跡は暑い鉄を押し付けたような痛みだ。ハリーは傷を揉みながら、呼吸を落ち着かせる。
「大丈夫かハリー?」
「ああ、平気さ。」
ハリーは反射的にそう答えた。皆が疑わしそうな目を向けたのでとっさにそれっぽい嘘を考えた。
「ほら…今日、第一の試練だし…多分緊張してたんだ。本当ごめん起こして。」
ハリーはタオルケットにくるまり再び寝ようとしたが、ロンの一言で覚醒した。
「どうせそうやって言って僕らに気にしてほしいんだろ?放っておけよ。」
ハリーの傷跡の痛みは一気に吹っ飛び、気がつけばロンが吹っ飛んでいた。
ーーーーー
「ハリー、1番悪いのはロンだけどやっぱり手を出すのはまずかったわ。」
「…ああ、そうだね。」
ハリーは少し虚ろな目で昼食のベーコンを小さな口に押し込む。ハーマイオニーは少し先にいるロンを横目で見ながら続けた。頬が赤く腫れたロンは食べ物を噛むのも難しそうだ。
「傷跡の事は言ったの?」
「シリウスに手紙は書いた。ダンブルドアにはまだ言えてないよ。あの人今日本番だから忙しいし。」
エルファバとエディがハーマイオニーを囲う形で座ってきた。
「エルフィーがロンとは一緒にいないってさ。」
エディはフランスパンをかじりながらしゃべる。
「…。」
「ロンがハリーにそんな意地悪言うと思ってなかったみたい。」
エルファバは何も言わなかった。しかし感情は分かる。机ごと食材と飲み物が氷の一部となっているのだから。
「エルフィー。机の上が冷凍庫。」
「…ごめん。」
エルファバは呪文を唱えて、氷を溶かし、別の呪文で冷たくなった料理を温めた。ボーバトンとダームストラングの生徒がヒソヒソとハリーと今しがた凍った料理を指差している。ハリーは分かっているようでさらに縮こまったところをエディが小声で皆に言った。
「みんなハリーのこと氷の魔法使いだと思ってるよ。第一の試練もそれを使うと思ってるみたい。ダームストラングもボーバトンもそういうのがいるのは自分の学校だけだって信じて疑ってなかったから嫌みたいだけど。」
「氷の魔法使い?」
「うん。アインシュタインと「ベルンシュタイン。」そうそれ、ハーマイオニー。とレインウォーターは炎の魔法使いらしいよ。レインウォーターなんて火を消しちゃいそうな名前なのにね。だからハリーは氷の魔法使い。けどホグワーツの人はあんまり信じてないよ。だってハリーみたいな有名人がそんな力あったら絶対有名になるじゃん。それに4年間も隠し通せるはずがないって。」
ハリーもそう言われているのは知っていた。アダム・ベルンシュタインやルーカス・レインウォーターに何度か聞かれている。アダムはハリーが氷の魔法使いだと決めつけて危うく教科書一式がバックごと灰になりそうだったが、ルーカスに関してはブボチューバ事件のこともあり、ハリー以外の氷の魔法使いの可能性も疑っていたようだ。しかしどういう訳かエルファバにはルーカスの矛先は向いていない。エルファバの母親のことを考えれば“氷の魔法使いの髪は真っ白である”ということぐらいは伝わっていそうだがー。
「ごめんねハリー。」
「大丈夫さ。」
エルファバは怯えた目でハリーを見て謝った。
こういう時にいっつも突っかかってきそうなマルフォイが黙っているのは気になったが、周囲は噂しているだけで実害を加えてくるのはアダムぐらいなものだ。
「エルファバ、そろそろ行かないとまたセドリックに嫉妬されるわよ。」
「あ、そっか。」
エルファバは3人に別れを告げてからセドリックを探しに大広間から廊下へ出た。セドリックはすぐに見つかった。ゴツイ友達たちに励まされていて話しかけづらかったが、そのうちの1人がエルファバに気づくと2人きりにしてくれた。彼らはエルファバが男性を怖がっているのを分かってくれている。
「やあエルファバ。」
エルファバは安心してセドリックに近づいた。
「君は怖がってるみたいだけど、みんないい奴だよ。」
「うん…分かってはいるんだけど…私男の人は怖くて。」
エルファバの脳裏に浮かぶのは泥のついた服で笑う男たち。エルファバの世界から引き離して暗い世界へ引きずり込んだ男たち。
「私、努力するね。」
セドリックは答える代わりにクスクス笑ってエルファバを抱き上げて窓のくぼみに乗っけた。セドリックとエルファバは同じ顔の高さになった。
「ねえ、君からキスしてよ。」
「えっ。」
「やだ?」
エルファバは少し考え、セドリックの唇に自分のものを押し付けた。エルファバのキスは大人っぽい外見に合わず子どもが親にするようなキスだった。しかも息を止めている。
「エルファバ、息すればいいのに。」
「くすぐったいかなって。」
「へえ。いつも僕がキスする時くすぐったいって思ってるんだ。」
「うん。ってやめてよセドリック…!」
エルファバは身をよじらせてセドリックがくすぐってくるのを避けようし、セドリックはエルファバの体の至る所にキスをしようとした。そんなバカップルを激写する影が2つ。
「チビファバの笑った顔は俺が撮ったものの方がよく写ってる。こりゃ6シックルは高くつくぞ。」
「待て待て。ディゴリーのゴツイ体とチビファバの華奢な体がしっかり撮れたのは俺だ。2人のファンたちは身長差がたまんないって言ってんだ。」
「分かった。お前が1番だフレッド。」
エルファバにセドリック・ディゴリーというボーイフレンドができたことでエルファバ・ファンクラブの商売は失速の一方を辿ると思われた。しかし、某エルファバの妹がセドリックとエルファバのカップルファンがいる情報をもとに新たな事業を始めた。彼らがいちゃつく写真を求める生徒は思いの外多かった(「ホグワーツのトム・クルーズとニコール・キッドマンだね!」by某エルファバの妹)。そしてそんな2人を心から祝福できないという方たちには2人のいちゃつき写真を魔法で購入者に変換するという事業までやり始めた。
ちなみに後者の事業の方はセドリックが良しとしておらず2回ほど警告をもらっている。次やったら呪いをかけるとも。エルファバは当然ながらこれに関しては何も知らない。
ーーーーー
その日の午後、ついに皆が待ち焦がれた第一の試練が行われた。エルファバはハーマイオニー、エディ、マギー、パーバティ、ラベンダーと一緒に観戦だ。
「どうしよう…私絶対凍らせちゃうわ。」
エルファバは凍らせる、の部分を声を小さくする。
「大丈夫だってエルフィー。それよりもさ、もしもドラゴンがこっちに来たらどうなるかの方が気になる。」
「観客席の方には保護呪文がかかってるのよ。だから火を吹いても心配いらないわ。それにドラゴンは鎖で繋がれてるからね。」
エディの質問にパーバティが代わりに答えた。
「ハリーもセドリックも大丈夫かしら…?」
「セドリックは分からないけどハリーはエルファバとハーマイオニーが指導したんでしょう?」
「まあそうだけど…。」
不正行為ではあるが直前にハリーは第一の試練がドラゴンを出し抜くことであると知っていた。シリウスがヒントを教えようとしたものの、途中でロンが来て中断。図書室で調べても分からず途方に暮れていた時、何も知らないマギーが言った。
『ポッターのことだし地上でやる試練ならあの速い箒で飛んで逃げればいいんじゃないの?』
『箒の持ち込みは許可されてないんだよマギー。』
『持ち込めないなら"引き寄せれば"いいじゃん。』
その時、ハーマイオニー、ハリー、エルファバの頭に"降臨"した。ハリーとハーマイオニーは一気にマギーに抱きついた。
『『ありがとうっっっっ!!!!』』
『君って最高だ!!!』
『あなたって素晴らしいわ!!!』
エルファバも何度も何度もうなづいた。
『あっ、あー…?』
『ポッター、グレンジャー、スミス。5点ずつ減点。』
4人ともその時が魔法薬の授業であることをすっかり忘れていた。不機嫌なコウモリがバサバサとやってきて、攻撃して去っていった。この日からエルファバとハーマイオニーによるハリーの引き寄せの呪文の猛特訓が始まった。
ちなみにハリーはこのことをセドリックに教えたらしい。リータ・スキーターの記事のせいであった2人の溝はハリーの誠実な対応によりうまく埋まったようだ。
「さーあさーあ始まりましたトライ・ウィザード・トーナメント第一の試練っっ!!今回の課題は営巣中のドラゴンから黄金の卵を奪うという極めてデンジャラスでエキサイティングなものだ!!さあ4人の選手たちはいかにしてこの凶暴なドラゴンと立ち向かうのか!」
ルード・バグマンの声が競技場中に響いた。続いてバーサ・ジョーキンズが選手の順番を読み上げた。
「最初はセドリック・ディゴリー!!ホグワーツ代表のハンサムボーイ!劣等生の多いハッフルパフでは珍しい優等生、どんなパフォーマンスを見せてくれるのか!」
この実況はハッフルパフ生のひんしゅくを買ったがセドリックが現れたら、それは歓声にかき消された。歓声に答えるセドリックの動きは鈍く、緊張してるのは遠くから見ても分かる。
「セドリック・ディゴリーのお相手をするのはスウェーデン・ショート・スナウト種!魅惑的なシルバー・ブルーの鱗は手袋やトロフィーの装飾に引っ張りだこ。鼻孔からでる鮮やかなブルーの炎は肉も炎も一瞬で炭にしてしまいます。魅惑的と言えばセドリック・ディゴリー選手は生き残った男の子であるハリー・ポッターと女の子の取り合いをしているらしいですがこれは「それでは試合開始っ!!」」
バーサが余計なことを言う前にルード・バグマンが試合のベルを鳴らした。
エルファバは固唾を飲んで見守っていた。セドリックが走り出すとドラゴンは侵入者にいきなり火を吹いたのだ。
「おおおおおっ!危ない!危機一髪だ!」
セドリックは辛うじてそれを避けたようだが、競技場中にツンと焦げ臭い匂いが充満し、観客の不安を煽る。セドリックは再び走り込み、ドラゴンをしっかり観察しながらも岩の陰に隠れてどんどん卵に接近していく。
「ああっ、セドリック…!」
皆が試合に集中していることはエルファバにとって幸いだった。さっきからセドリックが心配で仕方ないわ雪が舞うわ誰も座っていないベンチが凍るわで大変なのだ。
「セドリック何したの?!」
「分からないわ!」
「これはこれは危険な賭けに出ましたっ!」
セドリックはドラゴンの正面にある岩に呪文をかけた。するとゴツゴツした岩は柔らかいフワフワした物体へと変化し、ヒョコヒョコ動き出したのだ。ドラゴンがそれに気をとられているスキにセドリックは卵へと一直線に走り出した。
「うまい動きですっ!」
しかし、ドラゴンの標的はすぐにセドリックに移った。ドラゴンはセドリックに再び青い炎を吹きかけた。会場から悲鳴が上がる。
「おおおおっ!!ディゴリー!!やりました!!金の卵を取りました!!」
セドリックは腕に火傷を負っていたが、両手に卵を抱えていた。ホッとしたように笑いながら職員に連れられて裏口へと走り出した。ドラゴンは魔法使い数名によって沈められていた。
「ああ…良かった…。」
エルファバはへなへなと床に座り込む。
「あんたまだ落ち着くのは早いよ。ポッターだって残ってんだから。」
マギーがエルファバの腕を引いて立ち上がらせた。
「そうなのよね…本当これ心臓に悪いわ…。」
エルファバはマギーに寄っかかった。フラー・デラクールもビクトール・クラムもなんだかんだで上手くやってのけた。しかしフラーのスカートには火がついてしまいパニックになり、クラムは卵を一部破壊してしまったため減点対象となってしまった。
「ハリー…。」
正直、ハリーの呼び寄せの呪文は今朝の段階でも完璧ではなかった。ハーマイオニーはエルファバの手を握って励ます。
「ハリーなら大丈夫よエルファバ。」
そう言うハーマイオニーの手も震えている。
「さあさあ最後は代表選手の中では最年少である生き残った男の子、ハリー・ポッター!どうやってこの大会に出れたかは分かりませんが、きっとすごい技を持っているに違いありません!なんて言ったって彼はたった1歳にして例のあの人を打ち破っているのですから!」
バーサがなんと言おうとハリーには何も聞こえていないようだった。ハリーは自分が希望して代表選手に選ばれたわけではないのだ。誰かの思惑によって自分の命をかけている。
「そんなハリー・ポッターと相見えるのはハンガリー・ホーンテール種!ドラゴンの中では1番気性の激しく危険と言われております!さあ、どうなるのか!?試合開始!」
もう観客の声がこのドラゴンにとって耳障りのようだった。ドラゴンは卵を抱えながら棘だらけの尾を観客席にぶつけた。防御呪文のおかげで観客席は無傷だったが、他のドラゴンは観客席を攻撃したことはなかったので周囲はざわめいた。
ハリーは杖を上げて呪文を唱える。
「お願い!!」
ハーマイオニーが天に向かって懇願した。
「おおおおっ?!森の方から何かがやってくるぞ!?あれは…箒だああっ!!」
ハーマイオニーは歓声を上げてエルファバに抱きついた。エルファバもハーマイオニーの髪の毛に顔を埋める。周囲も箒の出現に熱狂した。ハリーは優秀なシーカーだ。誰もが彼の飛びっぷりを認めている。
「ハリーが使っているのはファイアボルト、世界最高級の箒です!」
ハリーは箒にまたがり、信じられない速さで空へ向かって飛んでいった。大歓声の中バグマンは叫ぶ。
「噂にそぐわぬ素晴らしい飛びっぷりです!!しかしここからどうやって卵を奪うハリー・ポッター!?」
ハリーは急降下し、ドラゴンの首もそれを追う。ドラゴンが真っ赤な火炎を噴射する直前、ハリーは動きを見切ったように箒の向きを変えて再び急上昇した。
「いやあ、たまげたもんです。ミスター・クラム!見てるかね?!」
ハリーはドラゴンの頭上で弧を描きながら飛ぶ。ドラゴンが口を開いた瞬間、ハリーは急降下した。しかしそこに尻尾が飛んできて、ハリーの肩から血が滲んだ。
「ああっ…!!」
エルファバはうめいた。しかしハリーはそれに気にもとめず、ドラゴンを煽り続ける。ドラゴンは段々いらただしそうに唸った。
「きたっ!」
エディが叫んだ瞬間、ドラゴンは巨大な翼を大きく広げて飛び立ったのだ。ハリーは急降下し、鉤爪のある前足の間に突っ込んでいきーー。
「やりましたハリー・ポッター!!やりました!!」
ハリーは空中で怪我をしていない方の手で高々と金の卵を上げていた。皆が、特にホグワーツ生が声が枯れるほどにハリーの名前を叫んだ。ハリーは嬉しそうにゆっくりと地上に向かい箒から降りていく。
「行こうハーマイオニー!」
「ええ!」
エルファバとハーマイオニーは手をつないで走り出した時だった。
急に足元がミシミシっという音と共にぐらついた。
「!?」
「きゃあっ!!」
エルファバは近くにいたエディの体をつかみ、エディはエルファバの腕へと倒れこんだ。
「なんなの!?」
そこにいた生徒たちほぼ全員がバランスを崩していた。皆ベンチや人をつかみ、たった今起こった状況を把握しようとしている。
「観客席が斜めってる!!」
女子生徒の1人が金切り声を上げた。
ミシミシっ!!
再び観客席が斜めった。エルファバはハーマイオニーとエディしがみつく。
「何が起こって…!?」
エルファバは目を合わせてしまった。
先ほどまでハリーが戦っていた、あの凶暴なドラゴンに。
防御呪文をかけられていたはずの観客席にドラゴンがしがみつき、その重みで観客席が斜めっていたのだ。鞭のような尻尾が観客席の骨組みを破壊し、本来あるべき席の姿を壊していく。ドラゴンは唸り、自分の卵を取られた憎しみを観客席にいる生徒たちに向け、大きく息を吸う。
悲鳴と怒号と燃える熱さがすべてを飲み込んだ。誰もが身を焼かれる激痛を覚悟した。しかしそれはいつまでたってもやってこなかった。
「エルファバっっっっ!!!」
ラベンダーの金切り声が全生徒の目を開けさせた。
「はあっ…はあっ…はあっ。」
観客席の所々は燃えている。しかし、観客のいる中心部分に全く被害は及んでなかった。エルファバは息を切らし、汗をかきながら空に向かって手の平を向けていた。エルファバの手から出てきたのは灰色の煙だった。杖は持っていない。
エルファバは炎の中で冷気を放ち、なんとか炎が直撃しないようにしていた。が、エルファバ自身は熱気で全身が火傷しそうだった。エルファバは斜めった席を走り、端まで来ると曲がった柱に触れた。
バキバキバキバキバキバキバキバキっ!!
曲がった柱は銀色に包まれ、そこから破壊された部分、消えた部分が埋め合わされる。不安定な観客席の揺れが止まった。
「ドラゴンを失神させろ!」
「急げ!」
ホーンテールの標的はエルファバだった。エルファバは柵をまたぎ、何もない場所に手をかざすと、空気を破るような音とともに2メートルほどの橋が現れた。そこをなんの躊躇もなくエルファバは走った。両手をその先にかざすとエルファバの手から白い粉が吹き出てその一粒一粒が繋がり、まるで主人を通すかのようにじっと固まった。
観客は今目の前に起こっている現象を見つめることしかできない。
ドラゴンがエルファバに向かって火を噴く。エルファバは橋とともにあっという間に火に包まれた。
「エルファバあっ!!」
パーバティが、ラベンダーが、ハーマイオニーが悲鳴を上げた。ドラゴンが火を噴いたところから水蒸気が上がった。壊れかけた橋の隅でエルファバはぶら下がっていた。
「うっ…!」
エルファバは熱で溶けかけた氷を橋を掴んでいない方の手でなんとか修復した。
「エルフィーっっっ!!」
エディが身を乗り出して、エルファバの元へ向かおうとするのをマギーに止められているのが見える。
(観客を火から守って、観客席の応急処置をして、ターゲットを私にするまでは良かったわ。けどこのままじゃみんなにターゲットが移るのも時間の問題…!)
みんなが悲鳴を上げている。この距離だとホーンテールを失神させることができないのだろう。地上で騒いでいるのが聞こえた。ホーンテールが観客席から離れ、翼を広げてこちらに近づいてくるのが聞こえた。もうエルファバの腕も手も体重を支えきれなかった。エルファバは最後の力を振り絞り、ホーンテールの居場所を探した。ホーンテールはエルファバの目と鼻の先で宙を浮き、大きく息を吸っていた。
「一か八か…。」
ドラゴンが急接近した時、エルファバはドラゴンに触れた。
少しだけ火を吹いたドラゴンが言葉にならない声で絶叫しながら黒い鼻が、顔が、胴体が、鱗がどんどん銀色になっていく。そして完全にドラゴンの色と形が完全に変わった時、ドラゴンが地上へと落下していった。
ドラゴンは氷の塊となったのだ。
それを見届けた直後、誰かがエルファバを抱き上げた。
「エルファバ!」
それは先ほどの箒に乗ったハリーだった。エルファバは何も言えずに伸ばされた手を取り、がっしりとした体に寄りかかった。
「君、みんなの命を救ったんだよ。」
ハリーが試合会場へエルファバを降ろすと、ドサリと床に倒れこんだ。全身が熱くヒリヒリする。服も所々燃えている。
「わたし…。」
エルファバは周囲の異様な空気に気づかないわけにはいかなかった。重い体を持ち上げ、周囲を見渡した。
皆が、エルファバを見ていた。皆の顔は米粒のように小さいのに、その1つ1つがエルファバを見ているのが分かる。そして今いる地上。ハリー、ハグリッド、マクゴナガル教授、ムーディー教授、マダム・マクシーム、カルカロフ、バグマン、バーサ・ジョーキンズ、そしてダンブルドア校長。
全ての目がエルファバを見ている。誰も、何も喋らない。
「エルファバ…。」
床が模様を描きながら凍っていく。
「エルファバ、安心せい。大丈「ハグリッド!」」
バキバキっ!!
エルファバに近づこうとしたハグリッドの分厚いコートの一部が凍った。
「あっ、…ハグリッド…ごめんなさい…!」
「大丈夫だ!このぐらい良くあるもんさ。」
「ちっ、違うの!来ないで!」
「お前さん火傷しちょる。治療せな!俺は大丈夫だから。」
エルファバは必死に落ち着こうと深呼吸をする。ハグリッドが笑いかけたのを見てホッとしかけた時だった。
「なっ、なんなんだお前は!!」
叫んだのはカルカロフだった。エルファバを指差し、大声で、皆に聞こえるように叫んだ。
「ダンブルドア!貴様はこんな化け物を隠していたのか!?」
化け物。
その言葉はエルファバを刺激した。
「イゴールよ。彼女も君のところの生徒と同じじゃ。何も恐れることはない。」
「アダムはドラゴンを氷漬けにしたりせんぞ!?」
エルファバはよろよろと柱に寄っかかった。
バキバキバキバキっ!!
「!?」
柱はエルファバの意思関係なく、ウネウネとした突起物のついた氷に包まれた。観客の一部が悲鳴をあげる。
「あ、え、そんな…!」
「この子私たちを攻撃するつもりよ!」
「お黙りバーサ!!たった今彼女は会場の半分を救ったばかりです!!」
しゃがみこむエルファバの腕をハリーはつかみ、走り出す。
「ハリー、ダメよ!凍っちゃう!」
「君はあの場にいちゃダメだ!どこか遠くへ行こう!」
ハリーは自分の手が凍っていくのを気にせずにエルファバを引っ張り続けた。そして人がいない場所までやってくると離した。
「ハリー!エルファバ!」
ハーマイオニーと、ロンが走ってきた。
「2人とも「私たちは平気よ。エルファバが守ってくれたから。」」
ハリーが聞く前にハーマイオニーが言った。そして震えてハリーの腕を掴むエルファバに向き直る。
「エルファバ、あなたがしたことは勇気ある行動よ。素晴らしかったわ。あなたがいなければ私たちみんな大変なことになってた。」
「ドラゴンが失神する前に鎖が外れて、防御呪文がなくなってたんだ。誰かの策略だよ。」
ハリーとハーマイオニーの言葉にエルファバはすがるようにうなづく。
「エルファバ。君はすごいことしたんだよ。誰も責めやしないさ。フレッドとジョージですらすっげえって言ってたぜ?」
エルファバはポロポロと涙を流す。周囲の草木が薄い霜に覆われている。
「こうかい…は…してないよ…。」
「むしろ誇るべきよ。」
「けど…けど…みんな…しっちゃった…!わたしが…こんなだって…みんな…!」
エルファバの脳裏を走る最悪の記憶。夏の暑さがドラゴンの炎の熱さと重なり、肌が火照る。
誰も入れない、誰も見れない記憶。
4人の鼻を木を焼く焦げ臭いがくすぐった。