どさっとハリーは床に倒れこんだ。一瞬の熱気を感じた後にハリーの耳を刺激したのはガヤガヤとした何十人もの声。
ハリーがいたのは全てのスタート地点だった。ここからハリーは迷路に入ったはずだ。しかし今はあの薄暗い迷路が全て撤去され、ハリーの知っているあのクィディッチのピッチになっている。
「っセドリックっ!!」
ハリーは隣で横たわるセドリックを揺すろうとしたが、セドリックのどの身体の部分も赤黒く触れない。先程ユニフォーム部分を瞬時に探して見つけられたのは奇跡だった。ハリーの頭にあのカルカロフの無残な最期がよぎった。ハリーはセドリックも口に手をかざしてみる。呼吸をしているのか分からない。
「誰かっ!!誰かっ!!セドリックが大変なんだ!!お願いだ!!」
ハリーは自分よりも重いセドリックを抱えて、必死に周囲に助けを求めた。スタンド席にいる生徒たち。ホグワーツ生、ダームストラング、ボーバトン。多くの人間がその場にいるのにハリーの声に誰も見向きもしなかった。
「誰かっ!!助けてくれっ!!手伝ってくれっ!!」
どんなに叫んでも、ハリーの声はどうでも良い喧騒にかき消される。セドリックの重さでハリーの体は傾き、セドリックがハリーにのしかかり、身動きが取れなくなった。
(誰も助けてくれない。誰も…。)
「ハリーっ!!!」
誰かがハリーとセドリックの間に手を入れて、セドリックを持ち上げた。
「ハリー!大丈夫かい?!これは誰なんだ…?2人とも早く医務室へ向かおう!」
ハリーと一緒にセドリックを抱えたのはロンだった。髪も全て燃えたセドリックをロンはあのハンサムで優秀はハッフルパフ生だと認知ができないようだった。
「2人とも一体何があったの?!迷路を撤去しても2人がいなくて…でもこの騒ぎじゃ…!!セドリックは?!」
駆け寄ってきたエルファバとハーマイオニーはロンとハリーが抱えているものを見た。
「まさか…それがセドリックなの…!?」
ハーマイオニーの金切り声にロンは固まりすぐさまセドリックを寝かせ、エルファバは冷気を浴びせた。エルファバの顔が青ざめ、体が震えている。周囲の床が少しずつ凍り始めていた。
「私、教授を呼んでくる…!」
「その必要はない。」
ハリーはまた違う手にグイッと体の向きを変えさせられた。そこには顔に大きな傷跡がある男がハリーを見ていた。
「ムーディ教授…。」
「お前は軽傷。」
「あの…教授っ…。セドリックが…。」
「むう。」
突然空中から人の頭くらいの壺が現れ、バシャっ!と透明な液体がセドリックの全身にかかりエルファバは飛び退いた。液体がかかった時、セドリックの体の赤みが少し引いた気がした。
「応急処置だ。こいつは担架が運ぶ…間に合うか分からんが…お前は大丈夫か?立てるか?」
「あっ、はい…。」
ハリーはムーディに支えられて、ノロノロと立ち上がった。立ち上がった先に涙をためたハーマイオニーと渋い顔をしたロン、そして少しだけ目を開くエルファバがいた。どこからか魔法の担架が現れ、セドリックがそれに乗りひとりでに城の中へと入っていく。
「無事でよかった…あなたが無事で…。」
ハーマイオニーは勢いよくハリーに抱きついた。肩が少し濡れるのを感じた。
「早く、お前も医務室へ行け。わしもついてい「ハリーっ!!」」
ハーマイオニーが離れると、今度は別の人物がハリーに抱きついた。
「ハリー!?大丈夫か!?怪我は?!」
シリウスはハリーの両頬を強く掴み、体の所々を触って確認した。
「うん…大丈「呪いとかかけられてないな!?焦点は合ってるか?!「ブラック!!お前が離れんと医務室にいけんっ!!」うっせー変人野郎っ!!俺はハリーが心配なんだっ!!」
一睨みしたあとシリウスは離れた。
「…シリウス…。」
「どうした?」
「…こんなこと信じてくれないかもしれないけど…ヴォルデモートが復活したんだ…僕の目の前で…。」
他の人には聞こえないほどの声の大きさでハリーはシリウスに囁いた。シリウスは数秒ハリーをまじまじと見てから再び抱きしめた。
「辛かったなハリー…無事で本当に良かった…!」
ハリーの固まった心の中でようやく暖かい何かが広がり、身体の感覚が戻ってくる。シリウスは信じてくれた。
「っ!」
エルファバは突然城の方に走り出した。
「セドリックの方を見に行ったんだよ。」
「ハリー…セドリックは…?」
「…分からない…ダメかもしれない…。」
シリウス、ロン、ハーマイオニーは息を呑む。
「息してなかったんだ…目も…見開いてて…僕は…僕は…。」
「ハリー、自分を責めるな。君はその時に出来ることをやったんだ。」
「違うんだシリウス…僕はもっと…。」
シリウスは優しくハリーを抱きしめ、頭を撫でる。
安心する反面、ハリーは気が気でなかった。セドリックがアダムに焼かれてからかなり時間が経過していた。もっと早く自分がアダムを治療していたら?そしたらアダムがすぐ復活して姿くらましで帰って来れたかもしれない。もしもこれでセドリックが死んだら?
エルファバに申し訳なかった。帰ってきた恋人が生死不明で変わり果てた姿だったのだ。何か他にできることがあったかもしれないー。
「エルファバ!」
エルファバの横を炎が横切り、ギリギリのところで急停止しエルファバはバランスを崩して後ろに倒れた。校庭とホグワーツを繋ぐ通路が燃え、危うくエルファバがその火の中に突っ込むところだった。
「スミス…。」
「アダム。」
アダムは背後からよろよろとエルファバに近づいてきた。エルファバは後ろの炎に気をつけながら後退りする。いつも余裕で人を嘲るような笑いを浮かべているアダムが、今は疲れ切っていた。エルファバはアダムの片腕が消えていることに気づき息を呑む。
「弟が…人質に取られてるんだ…そのせいでやりたくないことをやらされた。カルカロフの野郎が自分の可愛さで俺の能力を"例のあの人"に売ったんだ!!俺は弟を人質に取られて言うことを聞くしかなかったんだ!!頼む、ダンブルドアに抗議してくれ!」
「セドリックは…。」
「あれは俺じゃない!“例のあの人”だ!あいつが俺の力を奪い、邪魔者としてあいつを燃やしたんだ!」
この後に及び、嘘をつくアダムにハリーはカッと頭に血が上るのを感じた。今までの疲労感が吹っ飛び、ハリーは遠いところから喉が切れそうになる程叫ぶ。
「嘘をつくな!!!お前が、僕とセドリックを迷路からあの墓地へ連れ出したんだ!!!セドリックをあんな状態にしたのはお前だ!!!カルカロフを殺したのも僕がこの目で見たぞ!!!お前は…!!」
ハリーが言い終わる前に、4人は散り散りに逃げた。アダムの火がこちらへ向けられたからだ。火がこちらに到達しようとした直前、火は不自然に向きを変え上空へと消えた。
「ルーカス…!」
散り散りになった4人の前にルーカスは立ち塞がった。毅然とした態度で杖を向け、アダムを睨み付ける。
「デフィーソロ!」
ルーカスが叫ぶと、エルファバの背後の炎が跡形もなく消える。
散り散りになった4人はルーカスの後ろで再びまとまった。
「お前は混乱に乗じてダンブルドアに助けを請おうとしたな。そうはさせない…今ここで、終わらせる。」
シリウスは杖を取り出しルーカスの背後からアダムに向け、エルファバも立ち上がり自分の“力”を出す準備をする。
「本当なの?ハリーが言ったことは…セドリックを?」
「本当さ。」
アダムが言う前にルーカスが答えた。ハリーたちは全員ルーカスをまじまじと見る。ルーカスは薄ら笑いをしながら、皆が思っていることを代わりに答えた。
「こいつの常套句さ。体内を燃やし尽くし、相手を壊滅的に追い込む…俺の妹もやられた。」
ハーマイオニーがヒッと声を上げ、ロンが息を飲んだのが聞こえた。ハリーとシリウスは呆然とルーカスを眺める。
「それで妹さんは…?」
「死んだ。まだ10歳で幼かったから、全身を覆う火傷に耐えられなかったんだ。」
「なんでそんな非道なことを…!」
エルファバは目を見開き、ビクッと体を動かしたと同時に周囲に雪が降りはじめた。ルーカスは続ける。
「本当に可哀想だった。お前の家族はよく俺の家に遊びに来ていて、それで俺と妹を実験台にして遊んでたんだ。俺の妹はスクイブで母親からも父親からも疎まれてる存在だった。けど、俺からしたら無邪気に笑って俺を慕い追いかける妹は可愛くてしょうがなかった。友達も多くて誰からも愛される子…エディみたいに。」
アダムはルーカスをじっと睨みつけて動かない。ルーカスは淡々と話す。
エルファバの周りの床が、バキバキと音を立てて凍っているのが聞こえる。
「そう、それでアダム?お前はその妹に身体くらいの火の玉を押しつけた…今でも悪夢でうなされるよ。妹が俺に助けを求めて叫ぶ声…お兄ちゃん、熱い痛い助けてってさ。俺は必死に妹に水をかけて鎮火したけど妹は耐えきれなかった。お前はそれをただ黙って見守ってるだけだったな…言われないと妹だと認知できないくらい変わり果てて…さっきのセドリックと同じ状態だ。あの状態で助かれる人間なんてこの世に一握りだ。だからセドリックはお前のせいでもう…」
ルーカスが言い切ったのと同時にホグワーツの校庭が一瞬で凍った。あまりにも早すぎて冷気を感じたのはその数秒後だった。アダムは氷の塊に囲まれ、そこから無数の氷の棘が飛び出る。先端はアダムを躊躇なく刺そうとアダムへ伸びる。
「エルファバ!止めて!」
アダムは自分の周りに火の柱を作り、一気に氷の棘を溶かした。ハーマイオニーの叫びをよそに怒りの表情に顔を歪ませ、氷を操作するエルファバはいつもとはまるで別人だった。
アダムはエルファバに向かって火を投げつけた。エルファバはそれを冷風で跳ね除けた。今度は手のひらから銀色の球を作りエルファバがアダムに投げつける。アダムは避けたが、床の氷と左腕がないせいで体のバランスを崩し、転倒し頭を強打した。
エルファバはそのアダムにゆっくり近づきながら、再度凍らせアダムの足から膝までを床と一体化させた。アダムは身動きが取れず氷の中でもがいた。
ハーマイオニー、シリウスがエルファバを止めようと呪文をいくつか唱えたが、案の定呪文は氷または抵抗するアダムの炎の中へと消えていく。ロンやハリーがエルファバの元へ駆け寄ろうとしたが、氷に足を取られ近づけなかった。
「ルーカス!頼む、止めてくれ!あの2人が戦ったら、ホグワーツ壊れちゃうよ!ここにいる全員止められないんだから!」
ロンがルーカスに近づき、腕を掴んだがたじろいですぐに離れた。
ルーカスは、薄ら笑いながらその光景を見ていたのだ。邪悪でギラギラした目で様子を眺めている。
「まさか、ルーカス…エルファバ!騙されちゃダメ!ルーカスはあなたがアダムを攻撃するように仕向けたのよ!エルファバ聞こえてる!?」
エルファバはハーマイオニーの声に反応せずゆっくりアダムに近づき、足の氷にもがく見下ろす。
「なんのために…セドリックを…エディを…。」
どんどんか細くなるエルファバの声。そして季節外れの雪と風。
大粒の涙がエルファバの青い瞳から溢れ、そのままアダムの身体に落ちる。
「エディ?何を言ってるんだいエルファバ?今の話はセドリックとルーカスの妹…?」
ロンの言葉とシリウスがルーカスの首に杖を突きつけたのは同時だった。
ルーカスは高身長なはずだがシリウスがそれよりも高いためか、ルーカスがやけに小さく見える。
「あの子にかけた“錯乱の呪文”を解け!今すぐに!」
「錯乱の呪文ですって?!」
「待って、ハーマイオニーどういう「ルーカスがエルファバを錯乱させたの!エディとセドリック、両方がアダムに殺されてしまったって思い込ませて…!」」
エルファバの目は虚ろで、そのままドサッと座り込んだ。シリウスに杖を突きつけられたルーカスは両手を上げる。
「もう解けてるよ。ははっ、やっぱりホグワーツで悪いことをするもんじゃないな。それに…エルちゃんにアダムを
ルーカスは諦めたように弱々しく笑い、床の氷を自分の炎で溶かしながらエルファバに近づき、ボロボロ涙を流すエルファバの頭を優しく撫でた。
「ごめんね。怖い思いをさせてしまったね…。」
「良心を取り戻しましたねミスター・レインウォーター。マダム・マクシームが喜びます。
エルファバとルーカスの後ろからキーキーと高い声が優しく話しかけた。
「あなたは確か…フリットウィック教授。」
小さな教授は毅然とした態度で他の教授たちを引き連れていた。マクゴナガル教授、スプラウト教授、そしてスネイプ。ホグワーツ城からゾロゾロ出てきた。
「あの愚かなジョーキンスの呪いは解けましたよ。どうやらここ数日の記憶がないそうで…あなたに会ったのが最後の記憶だと。ミスター・ベルンシュタイン。」
「我がホグワーツの生徒でないことが唯一の幸い…そもそも校長が悪かったのですがね。」
フィットウィック教授に続き、マクゴナガル教授がそっとエルファバの肩に手を置いた。
「ここからはあくまで私たちの推測にすぎませんが…あなたは何かしらの方法で(こう言った時にマクゴナガル教授は汚物を見るような目でアダムを見た)バーサからこの迷路の仕組みを教えてもらった。しかし我々の警戒態勢は最大でした。そこであなたはわざとハリーが写っている時に炎を放った。わざと形を整え、教授達が迷路に仕掛けられた罠ではないと分かるものです。ダンブルドアがそこに気を取られた一瞬をついてバーサにダンブルドアを刺させた。合ってます?」
「弟を人質にされているんだ!!」
「だからといって、ミスター・ディゴリーを殺しかけていい理由にはならない!!」
マクゴナガル教授の後ろからずいっと出てきたスプラウト教授が声を荒げた。あの穏やかな教授が叫ぶのを誰もが生まれて初めて見ただろう。目と鼻が真っ赤に腫れ、今にもアダムを呪いそうだった。
「あなたとあなたの弟には同情します。しかしだからといって我々の生徒に危害を加える理由にはなりません。」
マクゴナガル教授はしゃくりあげるスプラウト教授から言葉を引き取り、顔色を変えずに言い放った。しばらく沈黙が流れる。エルファバはその間に落ち着き、深呼吸と小さな声でいつもの呪文を唱える。
「…へへっ、っはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
沈黙を破ったのはアダムだった。突然ゲラゲラと笑いだし、教授たちは一斉に杖を構えた。
「それで?!それを証明してなんになるんだ?!あ?!俺があの女操って老いぼれ刺したのとチビと使いもんになんねージジイをぶっ殺したことによってなんだ?!それが理由で俺の弟は殺されんのか?!弟にはなーんにも罪がねえのによぉ?」
「…まさかカルカロフも…?」
「あーそーだよ!!だって命令されたもんは仕方ねーだろー?それを含めての計画だったんだからさぁ?」
「その計画の首謀者はヴォルデモートじゃな。」
ダンブルドア校長は教授陣の背後から姿を現した。バーサの奇襲を受けたはずだった。しかし何事もなかったかのように歩いている。アダムは驚いたようにダンブルドア校長をまじまじと見る。
「わしには素晴らしく賢いペットがおってのお。」
エルファバにダンブルドア校長は優しく微笑んだ。ダンブルドア校長の肩には大きく赤い鳥が座っている。
不死鳥、フォークスだ。
フォークスは優雅に校庭を飛んだ後、エルファバの肩に止まり、パチパチと瞬きしてから頰ずりをした。
「ミスター・ディゴリーはマダム・ポンプリーの懸命な治療の甲斐あり一命を取り留めた。意識はなく、まだこの後がどうなるかは予測がつかんが…。」
ハリーはヘナヘナと力なく倒れ、シリウスがポンポンと頭を撫でた。ダンブルドア校長は優しくハリーとエルファバに微笑み、今度はエルファバの前にいるルーカスとアダムへ少し厳しい声で話しかけた。
「ミスター・ベルンシュタイン。わしに助けを求めるのであれば、君の所存、これまでの経緯そして罪を全て話すのじゃ。ミスター・レインウォーター。君もじゃ。事情は察しておるがミス・スミスを錯乱させ、ホグワーツ内で殺人を犯そうとしたことはいただけない。ミス・スミスの優しさと自制心がなければ、ミスター・ベルンシュタインはもう死んでおったじゃろう。ハリー…過酷な試練の後で申し訳ないが今夜の出来事について話してほしい。あとエルファバ、君もじゃ。万が一炎の魔法使いたちが暴れたら、君が、止めるしかない。」
エルファバは、ボーッとした顔でよろよろ立ち上がった。ハリーは溶けかけの氷に気をつけながらエルファバに駆け寄る。
「この4人は、校長室へ。」
ーーーーー
教授陣全員に連れられ、4人は校長室へ来た。ダンブルドア校長はアダムをエルファバ、ルーカス、ハリーの正面に座らせ、自分は机の端に座った。
ちなみにシリウスもついて行くと言って聞かなかったので校長室の隅で立って聞いていた。エルファバはセドリックが心配でしょうがなかったが、自分の責務を全うしようとじっとアダムを観察する。
「さて。アダムよ。君は本当にわしの助けを望むなら君の罪を全てここで話すのじゃ。」
アダムは深呼吸してから話し始める。
「ここに来て少し経った話だ。カルカロフが俺と弟を呼んだ。入った瞬間あの野郎は弟に呪文をかけて、眠らせたんだ。俺がブッ殺そうとしたらあの野郎は自分に協力しねーと弟を殺すといいなすった。」
「協力とは?」
「あいつのご主人の命令に従うこと。」
「なるほど。ハリーの名前をゴブレットに入れたのは君じゃな?」
「カルカロフはホグワーツに俺のような人間がいるのを危惧してた。世界でたった1つと謳った貢ぎ物が2つありゃ元の子もねーからな。案の定、それっぽい人間が現れた時、しかもその相手はかの有名なハリー・ポッター様ときた。俺もその時はそう考えたさ。俺はゴブレットに自分の名前を入れたように見せかけてポッターの名前を入れるようにあいつに言われた。が、こいつ(と言ってハリーを睨みつけた)ときたら俺がいくら燃やしてやろうとしてもなんにもしねえ。だから1回目の試練の時にあいつのお友達がいるところの保護呪文ぶっ壊してやったってわけさ。」
エルファバは隣に座るハリーが拳を握る音を聞いた。
「エルファバがいなければみんな殺されるところだったんだぞ?」
「けどそうはならなかった。」
「ハリー、座るのじゃ。」
ハリーは立ち上がり、憎々しげにアダムを見た。握り締められた拳が今にもアダムの頬に向かって飛びそうだった。
「よくもそんなことを…カルカロフもルーカスの妹も…セドリックだって!お前にとって人を殺すなんてなんてことないんだな…!!」
「ハリーっ!」
ハリーはキッと校長を見る。
「座るのじゃ。」
ハリーは数秒息を荒く吐いた後、荒々しくソファに座ったのでエルファバは数センチほど浮いた。
「保護呪文はどうやって破ったのじゃ?君のような生徒が破れるようなものでもない。」
「バーサに解き方を教えてもらった。第3の試練の迷路の道筋もな。」
「なぜバーサは君にそれを教えたのじゃ?」
「数回啼かせてやったらあっさり吐いたぜ?」
ハリーはアダムが答えを言う前にエルファバの耳を塞いでいた。ダンブルドア校長はエルファバが見たことのない軽蔑した目で薄ら笑いをするアダムを見下していた。エルファバはハリーを怪訝そうに見つめた。
「それで?」
「自分の名誉を挽回しようとしていたカルカロフは何度もスミスを襲撃しようとした。けどガード硬すぎてなかなかできなかった。ただでさえムーディやあんたがいるのに加えて、クリスマス終わったら無関心決め込んでたルーカスまで監視に入りやがった。」
エルファバはハッとルーカスを見た。ホグズミード、グリフィンドールの寮…考えてみれば教授がいない場所でルーカスに遭遇する確率が高かった気がする。ルーカスはエルファバと目があうと、曖昧に笑ってウインクした。
「ヴォルデモートが何も命令してないのにも関わらずかの?」
「そうだ。あいつはプラスアルファをすれば自分の罪が償われると思ってたんだ。スミスを差し出せば、問題ないと…結局上手くいかずハリー・ポッターを差し出すというノルマは達成した。」
「どのようにハリーとミスター・ディゴリーを運んだのじゃ?」
「姿くらましだ。ホグワーツは姿くらましができないが、俺が作った炎の中で移動すれば、ホグワーツの魔術も無効化できる。」
「なるほど…そこまで尽くしたが君の弟は囚われの身と。君の腕は?」
「俺は聞いてなかった…こんなふうに腕がちょん切られるんだったら最初からこんなことには…参加していなかった。」
アダムは今はもうない左腕を見つめる。
カルカロフにもアダムにも同情の欠片はなかった。弟を人質に取られていたとはいえアダムは嬉々としてこの計画に参加していた。アダムは真剣な面持ちでダンブルドア校長を見た。ルーカスがその時に一瞬口角を上げたのをエルファバは気づいた。憔悴しているアダムを見て楽しんでいる気がした。校長はそれには答えずにハリーへ視線を変える。
「次はハリーじゃ。辛いじゃろうが…話してはくれぬかの?」
「こいつがいる前じゃ話したくありません。」
ハリーはアダムを指差した。
「ハリー。頼む。」
「話します。話しますけど、こいつの前だけでは嫌だ!こいつがカルカロフを殺した!セドリックを襲撃したのもこいつだ!それに今の話じゃ危うくエルファバだって!こいつが僕の話を聞く理由なんてない!」
「ハリー…すまないが、わしが彼から目を離す訳にはいかぬ。そしてわしは君の話を聞かなければならぬ…分かってほしい。」
長い沈黙が流れた。フォークスが毛づくろいをする音しか校長室には響かない。その沈黙に耐えられなくなったのかハリーは話し始めた。
迷路での戦闘、あの水道管に突っ込んで引っ張られるような感覚で墓地に飛ばされたこと、セドリックがアダムに全身を焼いたこと、ヴォルデモートの復活の儀式…アダムが腕を切られる描写、ヴォルデモートがアダムの腕により炎を操れるようになったこと、そしてハリーの両親に助けられ、セドリックを抱えて帰って来たこと。ダンブルドアは何も口を挟まなかった。エルファバもルーカスも、黙って話を聞く。
「…ヴォルデモートが、炎の“力”を…。」
ダンブルドア校長は疲れ切った顔で、両手で顔を覆った。たまらなくなったのかシリウスが口を出す。
「口を挟みますがダンブルドア。ハリーの話では、あなたの血を復活の材料に使用した…炎が血の呪いであると仮定して、ヴォルデモートが完全に肉を吸収したわけではないです。例えそれを取り込んだばかりだとしても一度や二度と火の玉を出したくらいでなくなるほどコントロール出来ないのであれば、かなり微弱で不安定…あいつが完全に力を掌握するまでにまだ対策ができると思います。」
それに対しここまでずっと黙っていたルーカスも入った。
「…あの。正直人間の肉を…特に俺らのような人間の肉を使って肉体を再生した事例を聞いたことがないのでなんとも言えないんですが…こいつの(と言ってルーカスはアダムを睨む)肉を完全に使用したわけではないので、あなたの血と同化、受肉してそもそも“力”が使えなくなる可能性もある気がします。」
「…そうじゃな。まだ時間がある…。」
ダンブルドア校長が顔を上げた時は、先ほどと同じ鋭い瞳孔でアダムを射抜いていた。
「なぜセドリックを焼いたのじゃ?」
「邪魔者を消すためだ。」
アダムの答えにルーカスは声を上げて笑った。みんながルーカスを向くが、ルーカスは何も言わない。ダンブルドア校長はゆっくりルーカスに向き直り、言葉を選ぶようにゆっくり語りかける。
今度はアダムがルーカスに憎悪の目を向ける番だった。
「何か知っておるのか?ルーカスよ。」
「いや、別に?それだったら、どうしてセドリック・ディゴリーは即死しなかったのかなあって。俺だったら、中途半端に燃やして生かすよりさっさと死の呪文で殺…あ、ごめん。エルちゃん。例えだし、俺はセドリック・ディゴリーに恨みはないから。」
ソファが凍ったことに感づいたルーカスは、即座に訂正を加えた。エルファバはぎゅっと自分のスカートを掴み震えながらいつもの呪文を唱えた。
「ルーカス…お前…!」
「やだなー、何そんなに怒っちゃってんの?別にあくまでこれは俺の推測だし。」
ルーカスとアダムの間で曰くありげなやり取りがされているのをハリーとエルファバは困惑しながら見届けた。
「君は真実を言っておらんなアダムよ。」
校長はそれを遮り、明るいブルーの瞳でアダムを真っ直ぐに見つめる。
「わしが君に求めることは2つ。1つは真実を全て話すこと。もう1つは君の全ての罪を償うことじゃ。さもなくば君の弟を助けることはできん。」
アダムはギリリっと奥歯を噛んだ。校長は今度はハリーとエルファバに向き直る。アダムへの口調より数倍優しく、丁寧な物言いだった。
「ハリー、君のご両親が出てきたとのことじゃが…その時に何か変わったことはあったかの?例えば…杖が繋がったとか。」
「杖…いえ、特には。」
「ヴォルデモートに対抗するために、何か特殊なことは?」
「いえ…役に立ったのは武装解除呪文だけだと思います。」
「そうかの…ありがとうハリー。君は大人の魔法使いを大きく上回る勇気、かつてヴォルデモートと戦い敗れた者たちに劣らぬ勇気を見せてくれた。疲労困憊の中で話してくれて、ありがとう。ハリー。長く引き止めて悪かった。君には真実を知ってもらう必要があったのじゃ。エルファバとシリウス3人で医務室へ。」
「いいんですか?」
エルファバは驚いて聞いてしまった。てっきりルーカスの話も聞いてからだと思ってたからだ。
「ルーカスの感情はもう彼のコントロール下にある。それに彼はどうもわしを信用してくれぬ。しっかり信用してもらってからこの件を話すには今の時間だけじゃ足りないと判断した。ハリー、君とはもう一度どこかで話す必要があるが…今は休みなさい。」
ルーカスはダンブルドア校長の言葉を鼻で笑った。フラーがホグワーツに初めて来た時にした嘲笑によく似ている。
「エルファバも悪かったの。わしはマダム・マクシームやアラスタ、バーティと共に彼らの処罰を「彼ら?まさかルーカスも罰を受けるんですか?」」
ハリーは校長の言葉を遮った。ダンブルドア校長は落ち着きを払い話す。
「ルーカスはこれほどの事態になることの予測がつきながらも、私欲のために黙っておったのじゃ。結果、どうなったか。ヴォルデモートは復活し、哀れなバーサ・ジョーキンスは操られ、カルカロフは殺された。さらにアダムの弟はヴォルデモートに囚われ、エルファバも錯乱した。」
エルファバはルーカスが校長に一瞬憎悪の視線を投げたのを見て危うく校長室を凍らせるところだった。
「ダンブルドア校長…でも、ルーカスはアダムに目の前で妹さんを殺されてるんです。」
校長は優しくハリーの肩を叩き、ルーカスを見てからハリーに向き直る。
「その通りじゃ。ルーカスの思いは身を裂くほどの苦痛じゃっただろう。自分の肉親が目の前で殺される…わしも妹がおったからその気持ちは理解できる。それを否定するわけではないのじゃ。証拠が出たらアダムにはその社会的制裁を受けてもらうつもりじゃ。しかしじゃよハリー。だからといってアダムの弟は無関係じゃ。」
「でっでも…。」
「ルーカスは賢い子じゃ。さっきも言ったように彼は何が起こっているかしっかり理解しておった。彼が自らそれを止めることを求めておるわけではない。それが出来るのは勇敢なごく一部の人間のみじゃ。じゃが彼が介入しなくてもいくらだって彼らの計画を止める方法はあったにも関わらずそれをしなかった。エルファバを錯乱させたのが何よりの証拠じゃ。」
「いいよハリーくん。」
ルーカスは怯えた目で見るエルファバの頭を子犬を撫でるようにワシャワシャと撫でてハリーに言った。
「ダンブルドアの言う通り、俺はこいつがカルカロフと何か大きな計画を立ててることを知ってた。カルカロフがデスイーターの残党だから繋がってるのはそれ関連だって推測もついてた…ディゴリーが重傷を負ったのは完全に計算外だったけど…でも…その時にエルちゃんを操れば、こいつを殺せると思った。それは、許されることじゃない。」
ね?とルーカスはエルファバを覗き込んでエルファバの後れ毛を耳にかけてあげて笑った。エルファバは無表情に見つめ返す。美形の2人だとまるで映画のワンシーンのようだった。
「ハリーくん、俺のせいで巻き込んでごめんね。エルちゃんも…セドリックがあんなふうになるのを防げたかもしれない。」
校長はその一連のやりとりを見届けてからハリーとエルファバに医務室へ行くように再び促した。2人と入れ替わりでマダム・マクシーム、クラウチ、バクマンが校長室に入っていく。
ダンブルドア校長とアダムとルーカスの後ろ姿を扉が閉まるその直前までハリーとエルファバは見届けた。