ハリー・ポッターと氷の魔女   作:かっさん

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12.決別

「僕が巻き込まれたのは結果論だ。」

 

ハリーはガーゴイル像を通り過ぎてから言った。

 

「彼だって反省してるんだ。それにもしも僕の目の前で家族が死んだら僕だってルーカスと同じことしてたかもしれない。アダムの弟は気の毒だけど、アダムがそういうことしたんだ。」

 

エルファバは途中までコクコクとうなづいていたが、顎を触って考え込んだ。シリウスは優しくハリーの肩を抱きながら、黙って意見を聞いていた。

 

「ルーカスはいい人だと思うし、私もルーカスの気持ちは理解できるわ。でもルーカスは罰を受けるべき。」

「どうして?」

「だって彼反省してないもの。」

「けど僕らに謝ってきたじゃないか。」

 

ハリーは少し怒ったような口調で言ってしまったが、エルファバは大して気にしてないようだった。

 

「ルーカスは私たちを巻き込んだことと私を錯乱させたことを謝ったのよ。行為そのものじゃないわ。むしろ今のアダムの状況に関しては喜んでる…多分彼の弟を校長が救うことを望んでいない。」

「ルーカスがいなきゃ君にだって危険が及んでた。」

「そうね。」

「あいつの言動は不自然だ。」

 

シリウスは唐突に話に入ってきた。

 

「言動?誰の?」

「ルーカスって奴のだ。あの男に恨みがあったのは分かるが、自分だって炎を操れる…この1年でチビちゃんとハリーを絶えず守ることができるということは、逆に言えばあのアダムとかいう男の場所を基本把握してて、殺すチャンスはいくらでもあったはずなんだ。なんでチビちゃんをわざわざ錯乱させる必要があった?それに妹を殺されたのであればもう少しあいつの家族について言及があってもいいはずだ。魔法で証明できない事象とはいえ、妹を焼死させたなら遺体もあるし罪の立証は難しくないはず…すまないハリー。とにかく今は休まないと。」

 

そのあと3人は一言も話さなかった。医務室の扉の前で数人の人影があった。

 

「ハリーっ…!」

 

ミセス・ウィーズリーの目は真っ赤に腫れていて、その目でハリーを見つけると小走りでやってきてハリーを抱きしめた。

 

「大変だったわねぇ…ゆっくりおやすみなさい。」

 

ミセス・ウィーズリーはハリーを医務室の中に促した。ロンとハーマイオニーはエルファバに何が起こったのかを聞きたそうな顔をしているが、2人は(おそらく正確にはハーマイオニーが)エルファバが何を望んでいるのか理解した上で押し黙っている。

 

エルファバは倒れこむように医務室に入った。

 

左奥のベットでミセス・ディゴリーはミスター・ディゴリーの腕の中ですすり泣いてベットの近くに立っている。セドリックがいるのだろう。右奥には仕切りがあり、あそこでバーサ・ジョーキンスが寝ているに違いない。

 

「あなたはこちらへ来なさい。」

 

ハリーはセドリックのところへ行こうとしてマダム・ポンプリーに制止させられていた。ハリーは不満そうだったが体の疲労が限界を超えているのだろう。渋々ベットに向かった。

 

「セドリック…。」

「こんな症状見たことがありません。」

 

マダム・ポンプリーはテキパキとハリーに毛布をかけて言う。

 

「体の中で皮膚と筋肉や骨を燃やしていたのです。幸い内臓まで燃やす前に鎮火したので命の問題はないです。これからも普通に生活できます。」

 

セドリックの肌は赤黒く、人の皮膚とは思えなかった。髪の毛は全部燃え、セドリックだと言われなければ認知ができない。セドリックの体に白い粉がチラチラ乗っかり、一瞬で透明な液体になった。そしてエルファバの肌にもわずかに冷たさを感じる。

 

「ああ…もう…。」

 

エルファバはセドリックの体の上で舞う雪を手で払った。

 

「スプラウト教授によれば、ダームストラングの君のような生徒がセドリックをこんなにしたらしいじゃないか。」

 

ミスター・ディゴリーは唐突にそう言い放った。セドリックに目を向けていたエルファバが顔を上げるとミスター・ディゴリーが、まるでこの出来事を引き起こしたのはエルファバのせいだと言わんばかりに睨んでいる。

 

「ちょっ、ちょっとあなた…。」

「言っては悪いが君は情緒不安定だ。セドリックは君を好いていたが…もう金輪際、彼に近づかないでくれ。もうこれ以上セドリックを危険な目に合わせたくない。」

「おいっ。この子がお前の息子の身体を冷やしたから一命を取り留めたんさぞ?」

 

ハリーに付き添っていたシリウスが話に介入してきた。ミセス・ウィーズリーがいることも忘れて思わず声かけたようだ。

 

「関係ない。ただでさえ息子はどうなるか分からないのに…これ以上、私たちの息子に何かあったらどうするんだっていう話だ。私は父親として息子を守る。」

「やめてあなたかわいそうじゃない。」

「サマンサ、君はこの子の母親を疑ってたという罪悪感から彼女に聞けないんだ。考えてみろ。これからセドリックが…目を覚ますのかすらわからない。そんな中でこの娘がいることで今度はセドリックが氷漬けになる可能性だってある。さっきも校庭が凍ってたし、今だってわずかだが雪が舞ってた。」

「校庭が凍ってたのは、この子が錯乱してたからだ。それに「いいよシリウス…ありがとう。」」

 

エルファバは一歩前に進み出たシリウスの腕を掴んだ。シリウスは不満気に眉を潜める。

 

「ハリーもセドリックも寝てるから。」

 

エルファバはいつもの呪文を、いつのまに凍っていた床に唱えた。その氷はセドリックのベットの下を伝ってセドリックの両親にまで届いていた。

 

「ありがとうございます。ミセス・ウィーズリー、ビル。」

 

寝ているハリーに寄り添うミセス・ウィーズリーとビルにシリウスは紳士的に振る舞い、軽く腰を折ってお礼を言った。

 

「いいのよ。ハリーは私の息子のようなものだから。」

 

一方、エルファバはミスター・ディゴリーの視線を感じてエルファバはいたたまれなくなった。数十分後、ダンブルドア校長が医務室にやって来た。ディゴリー夫妻が校長に呼ばれるとセドリックに後ろ髪を引かれるように医務室を出て行き、医務室の緊張が一気に解ける。

 

「やな奴。」

「ロンっ!」

「だってあの人ずっとエルファバのこと睨んでるんだ。エルファバは今回の件に何も関わってないのにさ。」

 

ロンをミセス・ウィーズリーがたしなめた。エルファバもいるからかそれ以上は言わなかった。しかしミセス・ウィーズリーもディゴリー夫妻の考えることは理解できるに違いない。エルファバはこの数時間何度もいたたまれなくなって何度も医務室を出て行こうとしたが、シリウスにずっと腕を掴まれててできなかった。

 

「(は・な・し・て・く・だ・さ・い!)」

「(い・や・だ。)」

 

無言の攻防戦はミセス・ウィーズリーの水面下で行われていた。

 

「私にはアダムという人間が理解できないわ。弟を助けるために酷いことをしたけれど、それも嬉々とやっていてそれが上手くいかなくて弟が戻ってこないとなったらダンブルドアに助けを求めるの?」

 

ハーマイオニーはハリーとセドリックを起こさないように小さい声でみんなに意見を求めた。

 

「頭おかしいけど、弟は大事なんじゃないの?ほら僕らだって何かを楽しみながら物事を達成することだってあるじゃないか。けど達成してもらえるものもらえなきゃ怒るだろう?」

「問題はそれが多くの人間の命がかかってるって事だ。あとエルファバ。君はここにいていいんだよ…というかいる権利のある人間だ。」

 

ビルは壁に寄っ掛かって頭をかきながら、優しくエルファバに言う。ビルにはシリウスとエルファバの攻防戦が丸見えだったようで、エルファバは恥ずかしくなった。

 

会話が途切れた時、外が必要以上にガヤガヤ騒がしくなった。誰かが激しく言い合いをしてるようだ。

 

「誰?」

「全くあんな声で騒がれたら2人が起きてしまうわ!」

 

ミセス・ウィーズリーはイライラした口調で囁く。

 

バンっ!

 

「バーサ・ジョーキンスっっっ!!!」

 

ファッジ大臣だ。マダム・ポンプリーは唇をキュッと締めて怒ったように大臣に詰め寄った。

 

「お静かにお願いします大臣っ!」

 

マクゴナガル教授とスネイプがファッジの後を追いかけて医務室に入って来た。大臣は杖を取り出し医務室全体を見回してから右奥に向かって呪文を発射した。ガシャンっ!と仕切りが倒れ、バーサ・ジョーキンスがムクリと起き上がったところに大臣が掴みかかった。

 

「こんんおおっ恥さらしがあああっ!!」

「んお?えっ、ちょっ、何よ!?やめてよ!!」

 

大臣をバーサから教授2人とマダム・ポンプリーで引き剥がした。その他大勢はその光景をあっけにとられている。

 

「んっ。」

 

セドリックが少しだけ声を出したので、エルファバはセドリックに駆け寄った。

 

「私は被害者なのよ!?!?」

「男にたぶらかされてなぁにが被害者だあっ!?機密事項をペラペラと漏らしやがってええっ!!クビだっ!!お前はクビだあああっ!!」

「シレンシオ 黙れ」

 

スネイプが唱えた呪文で医務室に静けさが戻った。

 

「失礼大臣。しかし怪我人がいる医務室で騒がれては困ります。」

 

呆気に取られた大臣に対し、今度はバーサはボロボロと涙を流した。

 

「あの人私のこと愛してるって言ってくれたのよぉっ…好きな人のためなら乙女はなんでもするのよぉ…っ!」

「愚かな女だ。」

 

スネイプは汚らわしいと言わんばかりに吐き捨てる。マクゴナガル教授も汚物を見るような目で泣きじゃくるバーサを見た。

 

「なんの騒ぎじゃ?」

 

ダンブルドア校長はディゴリー夫妻を連れて戻ってきた。エルファバは逃げるようにセドリックの元を離れてハーマイオニーの隣に戻った。

 

「大臣がジョーキンスに怒鳴り散らしたのです。」

「ダンブルドアっ!!!」

「落ち着くのじゃファッジ。すでに事の概要はセブルスとミネルバから聞いておろう。」

「聞いた…聞いたとも!このバカ女の愚かな行為を!この英国魔法界を穢す愚行を!」

「おそらくあなたはそこにしか目が行っておらんな。わしが言っておるのはそのそもそもの根源の話じゃよコーネリウス。」

 

エルファバはハリーと目があった。おそらく薬と視力のせいで焦点がぼんやりしているようだ。

 

「アダムとイゴールが誰に従っていたかという話じゃ。」

「そこまで話はできませんでした校長。」

 

大臣はまだ怒りの名残で体を震わせているが、話を聞ける程度にはなったようだ。落ち着いたところで校長は言った。

 

「ヴォルデモートじゃよ。」

「な…!?」

 

大臣は表情が固まったが、すぐに微笑んだ。その笑みは無理やり絞り出したようだ。

 

「例のあの人?バカなことを言うなダンブルドア。何を根拠に?」

「ハリーとアダムから聞いた話じゃよ。つじつまが合っておる。イゴールがここにいないのも「カルカロフはベルンシュタインに殺されたと聞いたぞ?それにダンブルドア。その話からするとハリーは例のあの人に会ったと?」…そうじゃ。彼がヴォルデモートの復活を目撃した。」

 

冷静な校長に対して大臣は再び興奮している。その空気感の差に皆居心地の悪さを感じているようだった。

 

「何度でも言おう…ヴォルデモートは蘇った。ハリーの話では彼の父親の骨、アダムの腕、そしてわしの血を使ってな。」

「あなたの血?バカを言うんじゃない!あなたはこのホグワーツでこのバカ女に刺されて重体だった!まさかお忘れではありませぬな?」

 

バーサが泣き叫んだ。ダンブルドア校長はそれを気にせずにポケットから何かを鋭いものを取り出した。それは使用前の輝きを失い黒いシミがついている。

 

「これはバーサがわしに突き刺したナイフじゃ。解体してみたらナイフの先に小さい穴が空いており、ナイフ自体に転送魔法がかけられていた。おそらくわしの血をこれで採取したのだじゃろう。アダムの証言とも一致する。」

 

ファッジ大臣は薄ら笑いを浮かべていた。心の底から信じていないのだろう。まるでくだらないエイプリルフールの冗談を信じてしまった自分が情けないと思ってるかのような表情だ。

 

「じゃあなぜハリーは無傷なのだ?何にもなくハリーはここにいるぞ?」

「ハリーには奴の母親がつけた護りがある。ヴォルデモートも他の人間も傷1つつけられん。そして今宵は彼の勇気により無事に帰れたのじゃ…そもそも勇気を出し今宵戻ってきたハリーの名誉のために言うがハリーは無傷ではない。」

「しかしベルンシュタインの炎は魔法をミス・スミスのように通さないと聞いているぞ?ハリーを守る護りが魔法なのであればそんなの無意味だ!」

 

ダンブルドアは淡々と冷静に答えた。

 

「ヴォルデモートは、アダムの炎を取り込んだが上手く操れなかったのじゃ。奴は自らの手で殺すことを望んでおる。」

「ほお?ダンブルドア。あなたの言っていることはめちゃくちゃだ。闇の帝王が操れない能力で殺せないものを殺したい?何をおっしゃいますかな?そもそもこんな、たかだか14歳の少年の、しかもあんな、あんな少年を信じると?」

 

何かを察したビル、ハーマイオニー、エルファバはシリウスの前に立った。ものすごい顔で大臣を睨むシリウスは杖を取り出していた。

 

「あなたはリータ・スキーターの記事を読んでいるんですね、ファッジ大臣。」

 

声の主はハリーだった。大臣がすごすぎて、誰1人としてハリーが起きていることに気がつかず、声を聞いた瞬間全員飛び上がった。

 

「だっ、だったらなんだと言うのだ!城の至る所で発作で倒れるだとか…蛇語使いだとか!それにだ!エルファバ・スミス!あそこまで精神状態が不安定だと言う話は聞いていなかったぞダンブルドア!貴様の教育者としての責任を「論点がずれとるぞファッジよ。今重要なのは目の前の問題じゃ。」」

 

ダンブルドア校長はずいっとファッジの前に出てくる。

 

「今君が話したことに関してはわしの部屋で一部始終を1つ1つ語ろう。当然、ハリーやエルファバのことも…しかし、ヴォルデモートは時を待っておるのじゃ。ハリーの護りが解けるタイミング、あるいは自ら炎を操る術を「例のあの人は復活などしておらぬ!!しておらぬぞ!!!」」

 

マダム・ポンプリーに怒られそうな怒鳴り声を喚き散らし、当たり散らしながらファッジは医務室から去って行った。ハーマイオニーとエルファバは顔を見合わせ、イギリス魔法省の行く末が心配になった。

 

ーーーーーー

 

そこから1ヶ月。

 

クラウチは死んだはずの自分の息子を匿ったこと、服従の呪文や磔の呪文を使ったことが明るみになることを恐れて口を閉ざしてしまったとダンブルドア校長経由で聞きハリーは落胆していた。セドリックは聖マンゴへ移されたため、その後の行方は分からなかった。エルファバはセドリックのことで酷く落ち込んでいた。大事な人を心配しても行方が分からない。セドリックの両親からも接近を禁じられたため、どうしようもなかった。

 

「エルフィー、大丈夫だよ。なんかアリステアも言ってたけどマグルの世界よりも魔法の世界は重症やひどい怪我が多いんだって。その分治療もできるらしいからすぐ目が覚めるよ。あとエルフィーとセドリックがラブラブなのみーんな知ってるし、セドリックの親も分かってくれるよ…だってセドリック、エルフィーいないとどうなっちゃうか。セドリックってさ、エルフィーの前だとカッコつけてるんだよ。知ってた?」

「…なにそれ。」

「セドリック、ハッフルパフの談話室で『エルファバが可愛すぎてテスト勉強集中できない!』って叫んでたよ。2人が付き合う前だけどね。そのあとあたしと目が合ったから口止め料としてお菓子くれた。」

「喋っちゃってるじゃない。」

「へへっ、まだいろいろネタあるし〜。付き合った後もいろいろ。セドリックが起きないならいーっぱい喋ってやるんだから。」

 

テストも終わり、学校の最終日。

校庭の木の下で、エディはエルファバに寄っ掛かった。もうエルファバとエディは同じくらいの身長で、まるで同級生のようだった。エルファバとハリーは一連の出来事により好奇の目に晒されていたが、今日は珍しくあまり人はいなかったのでのんびりできる。エディはホグワーツやボーバトン、ダームストラングの友人たちとの時間を取りつつ、エルファバのそばにいて落ち込むエルファバを励ました。

 

エディは意外とマルチタスクなタイプかもしれないとエルファバは思った。

 

「それにアインシュタインは逮捕されたんでしょ?」

「ベルンシュタインね。アズカバンへ連行されたらしいわ…形式上は“死の呪い”を使った罪だけど…ルーカスの妹の話もちゃんと調査されるといいな。」

「エルフィーはやっぱり優しいよね。」

「?」

 

エディは、顔を上げてもーっ!と声を上げる。

 

「だあってさー!ルーカス、エルフィーのこと人殺しにしようとしたんだよ?!そんな人のこと気にかけることなくない!?一発呪っておきゃよかった!!やっぱ顔いい男はダメ!!」

 

エルファバは肩をすくめただけで、特に何も言わなかった。

 

結局のところ、ルーカスは傍観してただけで特に何も罪を犯してはいないのでマダム・マクシームがお目付けとしてずっとつくだけに留まった。エルファバとルーカスは接近を禁じられ、エルファバはルーカスと話せずじまいだった。たまに廊下や教室で会うが、その都度マダム・マクシームかムーディ教授がどこからともなく現れるのだった。

 

「私、もしもエディが…同じ目に遭ったって考えた時にアダムを攻撃したし。ルーカスの気持ちは分かるの。」

 

エディは少し考えエルファバの腕にすり寄り、少し声を小さくして話した。

 

「……エルフィーが、あたしからすればルーカスの妹になることだってありえたよね。おじさんのせいで。」

 

エルファバは一瞬固まったが、エディの柔らかい黒髪を撫でて気持ちを落ち着かせる。

 

「状況は違うけどね。」

「ルーカスのこと許してやるか。」

 

遠くでハリー、ハーマイオニー、ロンが歩いているのが見えた。大広間に向かっているのだろう。

 

「そろそろ時間だね。」

「そうね。」

 

芝生に座っていたエルファバとエディは立ち上がり、大広間へ向かった。

学期末にはいつもなら優勝寮の旗が掲げられているが、今日はいつも通りの大広間だった。エディはじゃあ、と言ってハッフルパフ寮の席に座り、ボーバトンの友達と話し込んだ。

 

他生徒、ホグワーツ生もボーバトン生も、ダームストラング生も。

 

みんなエルファバを指差してヒソヒソと噂している。エルファバの場合、ハリーが指さされるよりも露骨だった。

 

エルファバが校庭を一瞬で凍らせたのは生徒たちが窓から見ていたらしい。皆これまでも氷や雪は見ていたが、あそこまで広範囲なのは皆恐怖だったらしい。エルファバはルーカスやアダムと並べられ、陰でこう呼ばれている。

 

 

 

“氷の魔女”と。

 

 

 

エルファバはいつもの3人のところへすり寄る。

ダンブルドア校長は生徒が全員集まると、全校生徒にヴォルデモートの復活を告げ、戦ったハリーそしてセドリックへの敬意を見せた。そしてこのような世だからこそ、結束を強めるべきだと宣言した。皆がゴブレットを掲げ、その意志に賛同する。エルファバも、その一部だった。

 

エディは、その結束力の象徴といっても過言ではなかったかもしれない。他校でも沢山の友達を作ったエディはパーティ後に校庭の入り口で大、大、大号泣をし、他校の生徒たちにさよならを告げ、みんなもつられて涙涙のお別れとなった。各々学校そして国を超えた友情とドラマがあり、時には笑いを、時には涙を共有する。ハリー、ロンやフラー、クラムとハーマイオニー、が話しているのを見てエルファバはたまらなくなり走り出す。

 

「がぶりえるう…ぐずっ…ざようなら…!!あだじ、フランスご、がんばる…!!」

「さようなら…エディ…私も英語いっぱい勉強する…。」

「もう、じゅうぶんだよお…!」

 

エルファバは人混みを通り抜ける時に、エディとフラーの妹ガブリエルの熱い友情が視界に入った。エディは顔がぐしゃぐしゃだった。人混みをかき分け、ホグワーツ城の門の隅っこで“その人”は立っていた。

 

「ルーカス!」

 

ルーカスはマダム・マクシームやその他教授陣と共にいた。皆、ルーカスもエルファバの登場に驚いた。エルファバはつたない足でルーカスに駆け寄るー。

 

「おい!お前ダンブルドアが指示したことを…!」

 

エルファバはムーディ教授の言葉を無視し、全身の力をかけて跳び上がり、ルーカスに抱きついた。

 

「うおっと!」

 

全身でルーカスの体に抱きついた(というより全身でコアラのようにルーカスにしがみついた)エルファバをルーカスは慌てて支える。ホグワーツ教授陣、マダム・マクシームの不安気な、ハラハラした視線を感じながらも、エルファバはルーカスに支えられて、ゆっくり地面に着地する。

 

「大好きよ、ルーカス。」

 

真っ直ぐな目でそれを伝えるエルファバに、ルーカスは変な顔をした。嬉しいような困ったような。

 

「また会いましょう。炎の魔法使い。」

 

エルファバは少し微笑み、人混みと歓声の中へ消えていった。

 

ーーーーー 

 

帰りの汽車の中で4人はたわいのない話をした。ハーマイオニーがリータ・スキーターを捕まえたとか、ハリーはまた意地悪な親戚と過ごさないといけないとか優勝金はディゴリー夫妻がハリーに譲ったとか。いつも通り4人はハグをして電話や手紙をする約束をした。

 

「ねえハリー。」

 

エディはエルファバと話すハリーに言った。

 

「あたし聞いたんだけど、ハリーの家にルーピン教授がいるんでしょ?行っていい?あたし何百回も手紙送ってんのに返事書いてきやがらないからさ、突撃訪問してやりたいのっ!」

 

変な顔で意気込むエディにハリーはふふっと笑った。

 

「いいよ。エルファバもおいで。」

 

ハリーは穏やかに微笑むとエルファバはもちろん、と答えた。さまざまな困難を乗り越えたハリーにとっても、今回のことが一番精神的ダメージが大きいに違いない。

 

人が目の前で死に、友人が重症を負い、自身の宿敵が復活した。

 

けれど、それでも気丈に振る舞っている。じゃあね、と言って足取り重そうに意地悪な親戚の元へと歩いて行った。

エルファバはそれを見届け、エディと共に父親を探す。

 

「じゃあねドラコっ!」

 

エディはすれ違いざまにマルフォイに話しかけた。エルファバは目の端でミスター・マルフォイがものすごい顔をして息子を問い詰めているのが見えた。その少し先で父親が車と共に待っていた。

 

「パパー!久しぶりっ!あれ?ママは?」

 

エルファバの父親は肩をすくめた。

 

「体調が悪いんだと。」

「ふーん。」

 

エルファバが助手席に座り、エディが後ろに座った。

 

「どうだったこの1年は?」

「今年も最高だった!!もー、他校でまたいーっぱい友達ができたの!どの学校も面白くて…。」

 

エディのマシンガントークはエルファバの耳にほとんど入ってこない。エルファバはずっと流れる外の景色を眺めていた。エディや父親からなにかを聞かれたような気がするが、うわの空だった。

 

長い1年だった。エルファバの“力”が広く知られたが、自分が思ったより悪くはなかった。強いて言えばリータ・スキーターがいろいろかき回したくらいで。想像以上に皆が受け入れ、エルファバの4年生は幕を閉じた。セドリックのことだけ気がかりだったが、どうしようもできない。

 

エディはセドリックがいかにエルファバのことを好きでいるか説いていたが、エルファバもセドリックへの想いが強まるばかりだ。

 

「…ルフィー、エルフィーっ!」

 

エルファバはびくっと身体を震わせて考え事から現実の世界に戻ってきた。

 

「着いたぞ。」

「あ…うん。」

 

エルファバは車から降りて、自分のトランクを運ぼうとしたが父親が遮った。

 

「こういうのは男の仕事だ。任せとけ。」

 

父親は軽々とエルファバとエディのトランクを玄関に運んだ。エルファバは中に入らず、ぼんやりと空を眺めていた。

 

「エルファバ?大丈夫か?」

「ええ。」

「大変な一年だったな。」

「ハリーと…セドリックほどじゃないわ。」

 

エルファバは肩をすくめる。そういえば父親にセドリックとの関係を言っていないことをエルファバは思い出したが、そこまで重要じゃないと判断した。

 

「…お前の”力”は、役に立ったのか。」

 

父親は不安そうに、声を震わせた。

 

「ありがたいことにね。」

 

エディが自分の部屋へ行ったことを確認して、父親はエルファバと同じ目線に屈んだ。

 

「お願いがあるんだ。例のあの人について…ダンブルドアから聞いた。ハリー・ポッターの言っていることが100%正しいかは分からない、待て。最後まで話を聞いてくれ。ただ、ダンブルドアはここから本格的に例のあの人に対抗する仲間達を集めるだろう。けど…もしダンブルドアからお前の”力”を貸してほしいと言われても、断ってほしい。」

「グリンダの件があるから?」

「ああ、そうだ。お前の”力”が世間に知られたせいでこの1年お前の知らないところで大変だったんだ。もう…これ以上平穏を崩されたくない。」

「ごめん、約束できない。」

 

エルファバは間髪入れずに答える。

 

「トラブルに突っ込む気はないわ。けれど、私はこの“力”を誰かを救うために使える…そう信じてる。」

「その結果幼いお前がどうなったか分かっているのか?」

 

脳裏に浮かぶ、自分の叫び声と親戚たちの笑い声。

同時に反芻する、第一の試練での出来事。凍る観客席、氷の橋、銀色になったドラゴン。クリスマス・ダンスパーティ。氷のポインセチア、蝶。周りの歓声やみんなの笑い声、スケート靴。

 

「…。」

 

エルファバは下を向いた。父親はそれを合意と捉えたのか、家の中へ入っていく。

 

エルファバのブルーの瞳は決意に満ちていた。

 

 

 




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ストックがそろそろ切れそうなため、今後週1回投稿になります

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