『エルフィー!エディにちょっかい出さないでね!』
お母さんは私に何度もそう言って洗濯物をしまいに行った。私はベビーベッドでジタバタしているエディを柵越しにじっと見つめていた。
『エディ…あなたはどうしてそんなにちっちゃくてまるくてかわいいのかしら。あたし、あなたのかわいいかーわいいおねえちゃんよ。分かる?』
柵に手を入れてエディのほっぺを触るとプニっと柔らかい。私はほ〜と感心するけど、エディはそんなこと気にならないようだ。
『エディがおおきくなったらね、あたしのおもちゃいーっぱいかしてあげる。バービーとか、えほんもあるの。』
エディはうー、あー、と言いながらジタバタしていたが、段々ぐずってきた。
『あらあらたいへん。』
私はキョロキョロしたら、頭上にファーストメリーがぶら下がっていることに気づいた。パステルカラーのキリンやらウマやらゾウがじっと空間に浮いている。多分エディはこれを動かしたかったけれど、動かないからイライラしているのだ。
『あたしちっちゃいから、これうごかせないの。ほかのこよりは、おおきいんさけどね。』
エディのぐずりが段々泣き声に変わっていく。私はオロオロして、どうにかこうにかファーストメリーを動かそうと考えた。
あ、そうだ。私最近すっごいことできるんだった。
『えいっ。』
私が手をファーストメリーにかざすとゆっくりと回り始めた。エディはピタッと泣き止み、回る馬やら星やらを見てキャッキャと笑い出した。
私の手からは冷たい風が出ていて、それがファーストメリーに当たっているのだ。
『ふふふ。ほんと、わたしのいもうとかわいいなあ。』
私はいつまでもいつまでもエディを見つめていた。
「…目を開けなさい。」
無機質な男性の声が不意に頭の中で響き、ゆっくりエルファバは覚醒した。
レースの布で覆われた壁の前に紺色のローブを着た中年の男性が立っていた。白髪混じりのライトブラウンの髪の男性は、老け顔で無表情にエルファバを見つめていた。所々にドライフラワーが入った花瓶があり、悪趣味な猫の皿が壁にぶら下がっている部屋でエルファバは一瞬自分が何をしているのか分からなくなっていた。
「本日のカウンセリングは以上だ。」
「ミス・スミス。寮へお帰りなさい。」
アンブリッジは優雅に紅茶を飲みながらその様子を見守っていて、ニタニタしながらエルファバに退出命令を出した。中年の男性は聖マンゴからやって来たヒーラーでエルファバにあれこれ過去のことを聞き込みながら、エルファバと一緒に過去を巡り精神を癒すらしい。
その名目はともかくとして、アンブリッジがずっとその隣にいてエルファバの過去を聞き込むのはなかなかストレスだった。
(これは愚問だと思うけど、私のプライバシーを侵害するわ…どうせあの人がいないとしても、ヒーラーから情報が筒抜けではあるとは思うけど。)
エルファバが荷物を持ちぼーっとした足取りで扉に手をかける前に扉からノックが聞こえた。
「あら、ミスター・ポッター。どうぞお入りなさいな。ジョンはすぐにここを出ますからお気になさらず…。」
すれ違ったエルファバとハリーは目配せをしてから、エルファバは退出しハリーは部屋へと入っていった。ハリーはこれから罰則なのだ。
ーーーーー
新学期前、初回の練習のことだった。
エルファバが自分の氷を消した後にルーカスは高らかに宣言した。
『よし、これで大丈夫。さて今日の練習は、“閉心術”です!』
『?』
『うん、その顔すると思ったよ!多分「私は氷を操る方法を教えてもらうんじゃないの?」「閉心術を学ぶ理由は?」そんなことを考えてるね。もちろん、氷を操る訓練もやる。ただ俺とはその他の訓練もするつもりさ。』
エルファバはチラッと近くにいるトンクスを見た。トンクスは真面目な顔で頷く。
『そこで課題になってくるのが、君の力を必要なタイミングで最大限に発揮すること、あとは魔法省に捕まらないようにすること。俺が君に教えるのは、君の氷の使い方そして魔法省に心を読まれないようにするための手段だ…そこのところは俺は家庭である程度鍛えられてるんだ。エルちゃんのことだから閉心術のことは知っているはずだ。』
『知ってるわ。けど閉心術が魔法省から逃れるためにどんな役に…?』
『あくまでダンブルドアの考えだけど…魔法省はあの手のこの手で君を聖マンゴに入れたいらしい。それによって治療という名目でありとあらゆる実験が施せるからね。具体的に言えば君の心を探り精神攻撃を仕掛けてくる。』
エルファバは息を飲んだ。
『そう…だから君にはある程度心を閉じれるようにしてもらってなるべく弱みを握らせないようにする。さ、早速取り掛かろう!適当にどこか座って。』
ルーカスは杖をエルファバに向けた。エルファバは近くの岩に座った。
『閉心術のコツは、相手を信用しないこと。心を無にすること。ほら俺が次いつエルちゃんの心を取り入って、君を氷の殺人者に仕立て上げるか分からないからね。』
『えっ?』
『レジリメンス 開心!』
映画のワンシーンのように、これまでの記憶が頭の中で駆け巡った。
5歳の時くらいの時、エルファバとエディは雪の中を駆け巡って遊んでいた。エルファバが雪の球を作ってエディに投げつける。エディはキャッキャっと笑っている。11歳の時、マクゴナガル教授がエルファバの部屋の中でエルファバを見下ろしている。
廊下でのバジリスクとの戦い、漏れ鍋でネズミから人間に戻るペティグリュー。
セドリックが大真面目な顔でガールフレンドになってほしいと大広間の前の廊下で言ってきてエルファバがイエスと言ったらセドリックの顔が近づいてきてー。
(ああ、ダメダメダメ。ここは見せちゃ。)
時は一気に巻き戻り、エルファバが放った“力”がエディを貫通し、エディの髪がどんどん白くなっていくー。
『ダメだ!』
ルーカスの声で、エルファバの回想は止まった。エルファバのあたり3メートルほどが凍っていた。エルファバは見下ろすルーカスを少し怯えた目で見る。ルーカスはエルファバを怖い目で見つめていたが、すぐにしゃがんで優しいルーカスになった。
『ちょっと、記憶を遡りすぎちゃった。あれは見せすぎだよ…記憶閉じようとしてる?』
『……ごめんなさい。その、私あんまりルーカスに閉じたい記憶が無くて…。』
『ちょっとー。困るよそれじゃあ…よし、次はさっきチラッと見えたセドリックとのイチャイチャちゅっちゅしている記憶を細かく見ちゃおー!いっちばんやばい記憶を探ってあげる。セドリックへの採点もセットで!』
(それは色々と本当に困るわ。)
ルーカスはニヤニヤいやらしい笑みを浮かべながら、杖を顔が引き攣るエルファバに向けた。
『はーい、見られたくなかったら心を閉じてねー!レジリメンス 開心』
そんなこんなで、エルファバはルーカスから合格をもらえるほどに閉心術を身につけた。
初回のカウンセリングでジョンと呼ばれた中年の男性が、ヒーラーとしてやって来た時に“エルファバの過去を辿り少しでも精神を回復させる”名目でかけられた呪文はルーカスから受けたものより強力だが同じ感覚だった。なるべく楽しい記憶に集中して、悲しい記憶や辛い記憶は辿られないようにしている。
そもそも、ジョンはそもそもヒーラーでもなんでもなく魔法省に雇われた開心術士であるとエルファバは知っている。
ルーカスが言っていたことの加え魔法省はエルファバの過去を刺激し、トラブルを起こさせるつもりなのだ。それは自称ヒーラーのジョンが身長190センチのガタイの良い大男であることからも、エルファバに恐怖心を植え付けさせる意図があるのは明白だ。
「エルフィーおっかえりー!」
エルファバが戻って来るとエディがかつてラベンダーのものだったベッドで寝転んでいて、ハーマイオニーはすでにパジャマに着替え、別のベッドで“防衛術の理論”を読んでいたところだった。
「あら、ハーマイオニーそれ読んでるのね。」
「癪だけど勉強してあの婆をギャフンと言わせてやるのよ…どうだった?カウンセリングは。確か3回目くらいよね?」
「ええ。特に大きなヘマはしていないと思うわ。」
ラベンダーとパーバティは、結局あの夜以来この部屋に戻って来ることは無かった。廊下だろうが授業だろうがラベンダーはエルファバの姿が見えると何かに忙しいフリをしてエルファバを徹底的に避けた。パーバティはエルファバに話しかけようとする素振りは数回見せたものの結局いつもラベンダーと一緒なため、話せたことはない。
が、その結果女子部屋で何も気にせずに騎士団のことやカウンセリングについて話せるので結果的には良かったとハーマイオニーは大いに喜んだ。
「てか、カウンセリングって名目なのにエルフィーの神経削がれてるのおかしいよね。」
「本当。カウンセリングが聞いて呆れる!」
エディはベッドから起き上がり大袈裟に肩をすくめ、ハーマイオニーがこの本ですのせいだと言わんばかりに乱暴に“防衛術の理論”をバックの中に突っ込んだ。そして隣の布の手提げ袋から毛糸を取り出すと、それに呪文をかける。ハーマイオニーの隣で毛糸はかぎ針に引っかかりノソノソと動き出した。
ハーマイオニーは、ホグワーツで働く哀れな屋敷しもべ妖精のためにニット帽を作りグリフィンドール寮のそこらじゅうに置いているのだ。
「ハリーも様子がおかしいし…この1ヶ月あまりホグワーツが楽しいって感じられないわ正直。」
エルファバはパジャマに着替え、エディの隣に座った。エディは抱きつきエルファバに頬擦りをして膝に寝っ転がった。
「私もそう思うわ。OWL…普通魔法レベルテストもあるし、カウンセリングで心を閉じるのは訓練しているとは言え緊張する。」
「エルファバがこんな目に遭うなんて理不尽そのものよ。なんとかしないと…まずは、あの最低な闇の魔術に対する防衛術だけど…1つ考えがあるの。」
ハーマイオニーの考えは聞けずじまいだった。エルファバはエディの頭を撫でながら、“東洋の解毒術”を開いたのでエディがゲエ!と声をあげたのだ。
「ウソでしょエルフィー、今から勉強するの?」
「勉強ってほどじゃないわ。ただ教科書を復習するだけ。」
「しかもそれスネイプのやつじゃん、うっげー!」
「私魔法薬学でO(優秀)を取らないと魔法薬学士になれないのよ。それ以外に必要な呪文学は多分問題ないんだけど…。」
「逆にその2科目でいいの?」
「ええ。ただマクゴナガル教授は、万が一将来の方向性が変わった時のために他の科目の点数も取るべきですって。」
「そうよ!それが無難だわ!」
OWLのやる気がない、というかその暇がないハリーやロンを見て来たからかやっと話が分かる人が出たとハーマイオニーは目を輝かせる。エルファバは頭の中で計算する。
「正直、これまでの闇の魔術に対する防衛術は実技メインだったから取れる自信がなかったんだけど…アンブリッジのやり方なら教科書全部丸暗記すればいい点数取れそうね。」
「OWLは実技も入るらしいわよ。」
「…じゃあ、なしで。」
エルファバはシュンと落ち込み、再び教科書を読み始める。ハーマイオニーも編み物を始めたので、エディはつまらなさそうにエルファバの毛先を弄んだり、魚のように身体をウネウネさせてベッドの上で弾んだ。
そして、今年こそクィディッチに参加すると意気込んで、筋トレを始めた。
そこから30分ほど勉強した後、それも耐えられなくなったエディはエルファバに抱き着いた。エルファバはそんなエディを優しく受け止めた。
「最近セドリックとはどう?!」
「セドリック…ああ。」
エルファバは肩をすくめる。ハーマイオニーも興味が湧いたようで編み物を止めて話に入って来た。
「相変わらず無表情よね。少し前のエルファバみたい。」
セドリックはアダムから燃やされる前から様変わりしてしまった。誰にでも優しく、文武両道でハンサムという絵に描いた完璧生徒ではもはやない。セドリックの事情を考えれば人格が変わってしまうほどにトラウマになっても無理はないがー。
「私、今日は泣いているハッフルパフ女子生徒を見つけたの。泣きながら私に呪いをかけてこようとして、エディが助けてくれたんだけど。話を聞いたらセドリック、告白した子をこっぴどく振ったみたいで。」
「それって彼氏としてはいいことじゃないの?」
「…だとしても、『お前みたいな出目金と付き合うわけないだろう。何を言ってるんだ。』なんていう必要ないじゃない?」
「それは酷いわね…。」
ハーマイオニーは苦虫を噛み潰したような顔をする。エルファバもため息をついた。
5年生になったエルファバの悩みはカウンセリング、O.W.Lそしてセドリックだった。
ホグワーツの名物カップル(と、エディは主張している)だったエルファバとセドリックは破局したという噂がまことしやかに語られているのはエルファバも知っていた。去年はトライウィザードトーナメントでハリーと常に比較されエルファバとハリーがカップルであると揶揄されたセドリックが意識してエルファバと公然でイチャつき、エルファバが自分の彼女であることを吹聴していた(これもエディの話である)。
しかしながら、現在のセドリックはむしろエルファバと付き合っているのか不明なほどエルファバに無関心で廊下ですれ違っても気づかない。エルファバが声をかければ「…ああ。」といってエルファバをやっと認知するのだ。
そのせいでエルファバとセドリックが別れたと思い込む生徒が多発し、多数デートの申し込みが来てエルファバはウンザリしていた。かと思えば、ハーマイオニーとエルファバが図書館でいそいそ勉強していると勝手にセドリックが空いた席に座って自分のN.E.W.Tの勉強を勝手に始めることもあった。
『こんにちは、セドリック…あなたも一緒に私たちと勉強する?』
『別に他に席がなかったから。』
『え、あっ…そうなの。』
ハーマイオニーが気遣わしげにセドリックに話してもこの様だ。セドリックは吐き捨てるようにそう言いハーマイオニーは少しショックを受けたようにエルファバに助けを求めた。ハーマイオニーとセドリックを見てオロオロした。
シリウスによると、新学期初日にディゴリー夫妻をキングクロス駅で目撃したことで初めて騎士団はセドリックが昏睡状態から目覚めたという情報は認知したらしい。ホグワーツにも新学期当日にセドリックが戻ってくることがふくろうで連絡されたため、教授陣もてんてこ舞いだったそうだ。
セドリックは8月中旬にはすでに目覚めており、秘密裏に治療がすすめられていたそうだ。
『ルーカスだって聖マンゴにいたのに!』
数日前にシリウスが暖炉に現れて教えてくれた話だ。ハーマイオニーはその事実を聞いて大きな声を出したのでロンがシーっとたしなめた。
『ルーカスの配属や仕事の割り振りを確認したら、どうも8月中旬からあえてセドリックの病棟に近寄らないようにされてた。ダンブルドアと繋がっているのが読まれてたみたいだな。他にも騎士団の協力者は何人かいたが…連中も馬鹿ではなかったということさ。』
暖炉の中に現れたシリウスは炎の中で、しかめっ面だ。
『なんでダンブルドアに隠す必要があるんだ?セドリックはホグワーツの生徒なんだから、どのみちホグワーツに戻るなら教授たちも知るところだろう?』
『分かりきったことだわ。セドリックの両親がファッジの下についたことへの意思表示よ。』
シリウスがそういうことだ、と言うとハリーは大きくため息をついた。ジョンが開心術師であること、騎士団一同特にミセス・ウィーズリーとリーマスがエルファバの精神を大いに心配していることを教えてくれた。あとはファッジが妄想に取り憑かれダンブルドアが生徒を使ってファッジを倒す妄想をしていること、アンブリッジが狼人間を嫌っていることー。
シリウスはハリーの父親代わりとして可能な限り4人へ情報提供を行い、更には騎士団の仕事さえ入らなければ次のホグズミードにも訪れるらしい。
シリウスのハリー愛は目を見張るものがあるが、今年も健在らしい。というか自分の毛嫌いする実家に行き来しないといけないというストレスからパワーアップしてる。今度のホグズミードで会うのであればそもそもこの日にグリフィンドール寮の暖炉に現れる必要はないわけで。
子離れできない親を爆進しているシリウスだったが、情報を得られるわけだし何より過酷な状況で情緒不安定なハリーの機嫌が良くなるので黙っておこうとハーマイオニーとエルファバは約束した。
子供がホグワーツ在籍中に何の用事も無しにホグズミードへ行く親は何人いるだろうか。少なくともエルファバは知らない。
「けど、セドリックはあなたの気持ちがなくなったわけじゃないわエルファバ。」
ハーマイオニーはエルファバの様子を伺いながら、しかしはっきり自信を持って言った。
「だって、いつも勉強している時にセドリックはあなたを見つけたら真っ直ぐに私たちのところへ来るもの。」
「いつも席がなかったからって…。」
「そんなことないわ!彼1人だったら、その気になれば席なんてどこだって空いているもの!」
エディは、うんうんと頷く。
「セドリックって最近全体的に変だよ。前まではセドリックを中心に集団が群がってたんだけど今はセドリックは1人でいることが多い。セドリック、近しい人に失礼なことを言って取っ組み合いになったりしたみたい。他にも小さなトラブルから大きいところまで…結果みんなセドリックに寄り付かなくなっちゃったんだって今はいつも1人…あとはたまにアンソニーがたまにいるくらいかな。」
「アンソニーってリケットの方?ハッフルパフのビーターの?」
「そそ、セドリックと仲が良いの。変なやつでさ、人が不機嫌だと面白くてさらにからかうタイプなの。セドリックがずっと変なのが面白くてしょうがないみたい。」
エルファバはアンソニーのことを思い出した。セドリックの仲の良くてゴツいメンツの1人でエルファバがセドリックに話しかけたいが怖くてオドオドしていると毎回メンバーに撤収をかけてくれる人だ。
セドリックからあまり話に出ることはなかったが。
「なるほどね。仮に魔法省…ファッジやご両親から指示を出されて行動してたとしても不自然よね。無関係の生徒たちにまでそんなことするなんて。」
「セドリックはそれに対して謝りもしないし、興味も持たないみたい。けど…けど、エルフィーには失礼なこと言わないし、ハーマイオニーが言う通りエルフィーの席には座るから…エルフィー何かしらで関わりを持ちたいんだと思うんだけど…。」
「はあ!もう!勉強もあるのに!問題が山盛りよ!どれもこれも魔法省のせいだわ!せめて何か対策しないと!さっそく私のアイデアをハリーやロンに共有するわ!」
ハーマイオニーはそう叫ぶと、クルックシャンクスが呼応するようにニャー!と鳴いた。
次の日、薬草学の時間ではスプラウト教授が毒食虫蔓の葉を切る授業の中でさりげなくエルファバに近づいて、セドリックの様子を聞いてきたし、また別の日にマクゴナガル教授が廊下でセドリックに話しかけているのも見つけた。
当然ながらエルファバもセドリックに何かできることはないか、聞いているがいつも無表情に『別に。』と言われるだけだった。
一方ハリーは相変わらず、授業内で初代高等尋問官になったアンブリッジに噛みつき再び体に刻まれる罰則を食らい、明くる日夜遅くに寮に戻ってきた。フィットウィック教授のレポートを談話室で仕上げていたハーマイオニー、ロン、エルファバはハーマイオニーの“共有したいアイデア”を聞いて、エルファバとロンは大いに賛成した。
「めっちゃいいアイデアだよ!ハリーが闇の魔術の防衛術を教えてくれるなんて。」
「ええ、私もいいと思う。」
「君らまで…本当に…」
「ハリー!もう一回よく考えてみてよ!さっきも言った通り、1年で賢者の石を守ったのは、あなただし!」
「あれはエルファバの助けがあったからで、」
今度はロンがハリーを遮る。
「2年だってバジリスクとリドルに!」
「だからそれもエルファバの氷がなければ…そもそもリドルにとどめを刺したのは君だろう!」
「まあ、そうだけどさ、けどあの怪物を食い止めたのは君だぜ?」
「それに3年生の時は守護霊の呪文を!」
「ハーマイオニーいい加減にしてくれ。あれは君の逆転時計があったから!」
「私はディメンターを前にして有体の守護霊を作れなかった。けれどあなたは一発で成功したじゃない。」
ハリーはエルファバを裏切り者を見るような目で睨んできたので、思わず近くにあったソファを凍らせてしまった。ハーマイオニーはそれでたじろいだハリーの隙をついて、たたみかける。
「4年生の時、
「あれだって、アダムがいなければ僕は死んでた。僕が賢かったわけでも、立ち振る舞いも分かったわけでもない。授業でそんなことは教えてもらえないから、そんな状況でどう立ち向かうかなんて一瞬でしか考えられないんだ…頼むからニヤニヤするなよ!!!!」
無策で提案したハーマイオニーではなかった。ハリーが怒り出した瞬間にエルファバを立ち上がらせ背後に素早く隠れてエルファバを盾にした。なぜかロンもエルファバの後ろに回った。
「え、ちょ、ハーマイオニー…はっ、ハリー。そんなに怒らないで…。」
オロオロと涙目になるエルファバとエルファバの背後から顔を出すハーマイオニーは、早口で捲し立てた。
「だからこそよハリー。本当の実践を知っている他でもないあなたから!私たちは学びたいのよ。本当はどういうことなのか…ゔぉ、ヴォルデモートと直面することが…」
ハーマイオニーがその名前を口にしたことで、明らかにハリーの態度が変わった。ハーマイオニー、エルファバの顔を交互に見てため息をついた後荒々しく椅子に座った。エルファバはその隙に凍ったソファの氷を焼失させた。
少し時間が経ったためか湿っている。
「それにね、ハリー。経験だけじゃない。唯一ムーディの服従の呪文を完全に退けたし、3年生の時リーマスのレッスンであなたは私に成績で勝った。決して運だけじゃない。」
ハリーはアンブリッジの罰則で傷つけられた手を撫でながら、暖炉の火を見つめていた。
「…考える。」
しばらくして、ハリーからそう返答された時は、ハーマイオニーは勝利の微笑みを抑えているようだとエルファバは思った。ハリーの物言いからほぼイエスであることを確信したようだった。
「ただ、頼むからもうエルファバを盾にするなよ。エルファバはびっくりすると周りを凍らせるんだから…本当に…。」
ハリーはそれを捨て台詞のように吐いてから、さっさと寝室へと戻って行った。ロンもあくびをして寝る宣言をしたのでハーマイオニーもエルファバも寝室へ戻ることにした。
「この手はあともう1、2回は使えるわね。」
階段を登っている時にハーマイオニーが悪魔のようなことを言い出したのでエルファバはヒッと声を上げた。
「私を盾にすること?!」
「お願いよエルファバ。今もうハリーはいつ怒鳴って怒り出すか分からない状態よ。エルンペントの角みたいなものだわ。けどやっぱりあなたがいればマシになるから…今だって直接あなたには怒鳴らなかったでしょう?私のやり口に気づいているから何回もやったら効果がなくなると思うけど。」
ハーマイオニーのエルファバは寝室に入り、ベッドに入り込んだ。エルファバは騎士団に向けた日記を開く。最近は悩みが多いせいで疲れており、一瞬記憶で叔父にベルトで背中を叩かれた記憶を見せてしまったのだ。騎士団にそれを報告しなければいけなかった。
「けどさっきだってソファ凍らせちゃったし。迷惑かけたくないわ。」
「ソファを凍らせても一瞬で戻せるけど怒鳴った後って、長く悪影響を人に及ぼすと思うわ!ハリーも理解しなきゃいけないのよ。例えどんな状況であっても人に当たり散らすのは良くないことだって。」
エルファバはふと自分の母親を思い出した。
心優しいハリーは例のあの人とのいざこざやアンブリッジのせいで情緒が不安定になり、イライラしている。
エルファバの知らないところで母親もそのようなことがあったのかもしれないと。
ーーーーー
数週間後。ホグズミード行き前日。
女はピンクの羽根ペンで気障ったらしく仕事を行っていた。書類にはホグワーツの教授陣たちの名前、動く写真、経歴が記入されている。
壁にかかった趣味の悪い皿たちの中で猫の絵が好き勝手動いていた。そのうちの1匹、1枚というべきか、黒猫がニャーと鳴くと女は羽根ペンを書く手を止めて、同時に扉がノックされた。
「お入り。」
女の声と共にガタイのいい男子生徒が入ってきた。
「お座りなさいな。気分はどう?あなたのお父様はあなたがホグワーツでしっかりやっているのか気がかりで、仕事に手もつかないとか…。」
「薬も飲み続けているので大丈夫です。」
「そう。それは良かった。」
女はニタっと笑う。おそらくその笑顔が一番自分の中で魅力的なものだと信じて疑っていないに違いないが、歯紅がついており、まるで獲物を食べた直後のガマガエルのようだ。
男子生徒は座らされたソファからチラッと猫たちの皿を見た後、女に向き直る。
「この前の話ですが。」
「あら、もう答えが聞けるなんて。」
「…やっぱり、僕はこんな目に遭わせたダンブルドアとポッターを許せないです。
「そうですともそうですとも。」
「…あいつらに一泡吹かせたい。」
今度は女は先程の作り笑いではなく、心の底からニッコリと笑った。勝利を確信した醜悪な笑み。男子生徒はジッと女を見る。
「素晴らしい。あなたは6月から魔法省でインターンを希望していますね。私が推薦状を書きましょう。エイモスも喜ぶでしょう!「けど。」」
興奮気味な女を男子生徒は止めた。
「エルファバの話はできるか分かりません。」
「……あら。」
「なんでか分かりませんが…あまり乗り気がしないのです。」
女は一瞬眉間に皺を寄せたが、すぐにニッコリまた笑って無表情の男子生徒に一歩近づいた。女はずんぐりした手で慈悲深く、と言った感じで男子生徒の頬に手を添える。
「決して悪いことではない。罪悪感を感じる必要はないのよ。そもそもあなたはとても幸せだったから…あなたは純血の家庭。お父様もお母様も由緒正しく優秀で愛情をあなたにたっぷりかけてきました。対して彼女は…あ、決して血で判断しているわけではございませんのよ。そこは誤解なさらないで。ただ彼女の家庭は複雑よ。詳細はご存知の通り。野蛮な母親と無関心な父親の下で育ったミス・スミスは情緒不安定。可愛い顔を武器に男に愛想を振り撒き依存して生きるの。」
「とても可哀想だけど、そういう子は適切な治療が受けれないと一生誰かに依存して生きていく術しか身につけられないの。事実今の彼女をご覧なさい。“生き残った男の子”のミスター・ポッター、“純血家庭”ミスター・ウィーズリー、“学年で最も優秀な”ミス・グレンジャー。そして全てを持ち優秀なあなた。何かしらのネームを持っている人ばかりに擦り寄っている。自身のアイデンティティがないから、そういう人で自身の肯定感を埋めようとしているの。」
女はさらに男子生徒に顔を近づけ、ささやく。
「ミス・スミスを魔法省は全力でサポートしたいと考えております。過酷な家庭環境から生来の性格を変えるのは非常に困難。だから、彼女には適切なサポートが必要なのです。妹の…実際にその父親と母親の血を引く少女の言動を見れば明らか。一昨日は消灯後に禁じられた森の入り口で、友人のサプライズパーティーの練習だと言って火花を散らせ、危うく森を燃やしかけたのです!」
「だからね。これはあなたがしっかり自分の人生を歩むための大きな試練でもあるのよ。もちろん強制はしないけれど…よくお考えなさい。」
男子生徒は微動だにせず女の話を聞き終わった。
「…考えさせてください。」
女はそれをイエスに近い返答だと捉えたのか、また醜悪に微笑んだ。