「じゃあ、エルファバは飛行訓練できないの?」
「うん。」
ハリーは心底残念そうな顔でエルファバを見つめた。
事のキッカケは授業後のマクゴナガル教授からのお呼び出しだ。その時におそらくエルファバには必要な筋肉が備わっておらず、飛行訓練をするのは非常に危険だと言われたのだ。
そのことをお昼にハリーとロンに伝え、冒頭に戻る。
「えーそりゃ残念だよ。すっごくすっごく楽しいのに。アイタッ!なんだよハリー...」
ハリーは余計なこと言うなと言わんばかりにロンの太ももをつねった。
「コホン。じゃあエルファバは飛行訓練の間どうするの?」
「見学じゃないかな。」
エルファバはチキンスープをよそいながら言う。
「そっか...」
「なんで、エルファバってそんなに体力なイタタタ!!!」
ハリーは再びロンの太ももをつねった。
授業を受けて2週間近く経ち、だんだんエルファバはかなり特殊な環境で育ってきたことをみんな理解しだしていた。本人は基本無口無表情なので詳しいことは誰も知らないが、それは聞かないほうがいいだろうという暗黙の了解になっている。
みんなエルファバの少しズレた発言(本人無自覚)や行動(本人無自覚)も、エルファバの個性の1つとして受け取ってるし、何よりエルファバは無愛想(本人無自覚)だが、心優しいのでみんなから愛されていた。
ただ、わずかな例外を除いて。
スリザリンの女子生徒はエルファバを見つけるなり、呼吸の乱れたエルファバのモノマネをしだした。
睨みつけるハリー達をよそにエルファバは紅茶を飲む。
(あれ、新しいダンスか何かかな。すっごい変だからやめたほうがいいと思うんだけど。)
幸か不幸か、本人はそれを知らない。
「ネビル、それなに?」
ハリーは話題を逸らそうと近くに座るネビルに声をかけた。
ネビル曰く思い出し玉というもので、何かを忘れると赤く光るものらしい。だが残念なことに何を忘れたかまでは分からない。
「あっ。」
すぐ背後にマルフォイと愉快な愉快な仲間たちが来ていることに気づかなかった。マルフォイはネビルの思い出し玉を奪ってしまった。
ハリーとロンは立ち上がり、3人に向き合う。今にも戦いが始まりそうだ。
「ケンカはダメよ。」
「あ?なんだよ、チビ白髪。」
「返してあげて。」
男の子3人に何かを言うのはかなり勇気のいることだ。そのうちの2人がゴツい人ならなおさらである。
だがチビ白髪と言われ、エルファバは恐怖と同時に怒りも湧いてきた。プラチナブロンドのマルフォイだって白髪と言えないわけじゃない。
(それに、私チビじゃない。)
ハリーとロンはエルファバを隠すように前に立つ。マルフォイといつかケンカしたいと思っていた2人でもある。
「一体どうしましたか?」
マクゴナガル教授はサッと間に入ってきた。ハリーとロン、そしてマルフォイは心底嫌そうな顔をしたがエルファバはホッとする。誰かがケンカするというのはあまりいい気分ではないからだ。
「マルフォイがネビルの思い出し玉を取ったんです!」
「見ていただけですよ。」
マルフォイはネビルに思い出し玉を投げて返した。ハリーとロンは立ち去る3人の背中を睨みつける。
「ホント、嫌なヤツらだぜあいつら!」
マクゴナガル教授が去ってからロンはやけくそにソーセージを食らった。
「ネビル、大丈夫?」
「うん...」
(もっと、堂々とすればいいのに。)
エルファバはネビルにそう言いたかった。
それから数分後、3人でカスタードタルトを分けているときに、可愛らしいフクロウが降り立った。
「だれ?」
「...お父さんだ。」
ハリーとロンは滅多に聞かないエルファバの家族の話が出たので興味を持った。
「どんな人?エルファバのお父さんって?」
「くたびれてる。」
エルファバはその回答にむせたロンに気にせず、手紙を開いた。
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エルフィー
お前がグリフィンドールに入ったのは少し意外だったよ。でも、お前がたくさんの人に出会って良くしてもらってると聞いて何よりだ。
学校は楽しいか?お父さんはマグルでお前と同じように魔法の知識は全くなかったから、本当、毎日が輝いていたよ。お前の毎日もきっとそんな感じだろう。
エディは会うたびにホグワーツに行きたいって騒いでるよ。彼女もホームスクールだし、もっと友達が欲しんだろう。正直、魔力があるか分からないけどな。
くれぐれも"力"を使わないように。
父より
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エルファバの胸に暖かいものがどっと湧き上がった。だがそれが表情に出ないのがエルファバだ。
「なんて書いてあった?」
「お父さんはマグル生まれの魔法使いだったらしいわ。」
「知らなかったの?」
ロンはすでに普通に食事を再開していた。パイナップルをいくつか口に放り込む。
「うん。お父さんとあまり話しないし。」
「お母さんは?マグル?」
「お母さんとはこの間数年ぶりに話したわ。」
一瞬、2人の友人のバナナを食べる手が止まったことにエルファバは気がつかない。
「え...と、そうなんだ...お母さんと別々に住んでるの?」
なんでもないかのようにハリーは聞く。2人は踏み込んではいけない領域に入ってる気がした。
「一緒に住んでるわ。ただ、お母さん私が嫌いなの。」
ハリーは親というものに憧れがあった。それはダーズリーという愚かな親戚たちに囲まれて育ってきたからというのもあるかもしれない。あのダーズリー夫妻でさえ血の繋がったダドリーには相当甘いのだ。親は子供にたくさんの愛情を与えるものだとハリーは信じきっていたし、それはロンも同様だ。どんなに怒られても親に嫌われていると思ったことなんて1度もない。
2人の中の神話は1人の少女によって崩れた。
「...なんで...その...嫌いなの?」
ロンの問いにエルファバは何かを思い出すように、遠くを見つめた。エルファバが口を開いた時に授業開始10分前のチャイムが鳴った。
「次は魔法薬学だから早く行きましょ。」
その言葉と同時にエルファバは立ち上がり、エルファバの真似をしているスリザリン生をすり抜けていくエルファバを、ハリーとロンは見つめるしかできなかった。
早足で歩くエルファバの周辺に粉雪が降っていても、誰も気づかない。
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(暇だわ。)
エルファバは校内を徘徊していた。
飛行訓練の間、エルファバは図書室での自習が命じられたものの、闇の魔術に対する防衛術の宿題である恐ろしい怪物を1つ調べてそれについて書くという宿題は終わらせたし、ハーマイオニーオススメの本である"クィディッチ今昔”も読み終えてしまった。
授業あと15分くらいで終わるからグラウンド行ってもすぐ終わっちゃうだろうし...うーん。ん?
エルファバは何かキラキラ反射するものを見つけた。
(なにこれ?)
そこには金色に光るトロフィーが飾られていた。どうやらクイディッチの歴代優勝のチームが彫られているらしい。大きめのガラスケースに収納されたトロフィーの周辺を写真やら4色の寮の旗が飾っていた。トロフィーには年ごとの優勝した寮の名前が刻まれている。
(最近はスリザリンが連続優勝しているのね。)
エルファバは読んでそう思った。ハリーが嫌いなスネイプ教授の薄ら笑いが頭に浮かび、すぐに消した。なんか失礼なことをした気分になったのだ。
エルファバは実際ハリーいじめをすることを除けばスネイプ教授は嫌いではなかった。エルファバの胸ポケットに入ってる"呼吸正常薬"を調合してくれたのはスネイプ教授である。それに、エルファバが薬の調合に成功したら小声でグリフィンドールに1点入れていることも、エルファバはちゃんと知っているのだ。
そのあと、なんだかんだでハリーやネビルを減点することでマイナスになってはいるのだが。
(ん?)
そんなことを考えていたエルファバはある一枚の写真が目にとまる。
1975年 優勝寮レイブンクローのメンバー
そう書かれた写真は白黒で、20人くらいの生徒が並び、ほぼ全員が笑顔で手を振る。だがエルファバはそれを見ていない。エルファバの父親譲りの青い瞳は、ある1人の女子生徒を目が穴が空きそうなほどに見ていた。
その生徒は1番端っこで、隣のメンバーに腕を引っ張られて嫌そうな顔でこちらを睨んだ。
それはエルファバだった。
ーーーーー
「100年ぶりの最年少シーカー?」
夕食時、ハリーは午後に起こった出来事をロンとエルファバに聞かせた。それがどれだけすごいのかエルファバにはイマイチピンとこなかったが、ロンのボンヤリっぷりからして相当すごいことなのだろう。
「今年のクィディッチ・カップは俺たちのものだぜ。」
フレッドとジョージはハリーを見つけるなり、足早に近づきエルファバのハムを素手で奪った。
「それ私の...。」
「まあまあ、いいじゃねえか。まだ皿にはいっぱいあるんだからよ。」
じゃあな、と双子は更にポテトを一口かじって、残りをエルファバの皿の上に放置していった。ポツンと孤独に残るかじられたポテトにエルファバはこう名付ける。
(孤独なポテト。)
これを言ったらハリーもロンも爆笑するだろう。だがそれを誰にも言わず、しかも無表情で考えてるのがエルファバである。
そして思い立ったようにエルファバは立ち上がった。
「ちょっと図書室行かなきゃ。」
「おいおい、エルファバ。宿題はもう終わったんだろ?なんのために...」
エルファバは少し考えて言った。
「...人探しよ。」
「誰を?」
「1975年の自分?」
2人はポカンと口を開ける。
「1975年に私が写ってたの。」
でもそれしか分からない、そう言ってエルファバは図書室に向かって歩いていった。
彼女を追いかけていこうとした2人はマルフォイに絡まれてしまい、決闘の約束までしてしまうのだった。
ーーーーー
エルファバは歩いていく廊下であの自分を...正確には自分にそっくりなレイブンクロー生を何回も頭の中で思い出していた。
(あれは誰?ドッペルゲンガー?他人の空似?いや、もしもそうなら教授達が何か指摘するはず。)
「エルファバ!」
「...ハーマイオニー?」
ハーマイオニーは後ろからフサフサの髪の毛を揺らして走って来た。
「さっきエルファバを大広間で見つけたんだけど、あの2人と一緒にいるから話しかけられなかったの。」
ホント、嫌になっちゃう!とハーマイオニーはエルファバと歩幅を揃えながら言う。
「あの2人、マルフォイ達と夜決闘するつもりなのよ!」
ハーマイオニーはとんでもないと言わんばかりに眉間にシワを寄せる。
「私、待ち伏せするわ。証人に...そういえばエルファバは図書室に何しに行くの?」
「人探し。」
「宿題は?」
「飛行訓練の時に終わらせた。」
「そうなの?...そうそう!!ハリー!!彼だって規則違反したのに...」
ハーマイオニーの愚痴は図書室に入るまで続いた。エルファバは正直なところほとんど聞いてなかったが。
図書館で粘りに粘り、数時間調べた結果、1975年のレイブンクローのクィディッチチームにエルファバ・スミスという名前は(まあ当然だが)見つからなかった。その代わり、その当時在籍していた女子メンバーは
マチルダ・マックロード
グリンダ・オルレアン
ルーシー・オルダズ
この3人だった。問題なのはここから人を絞れないことだ。あの写真からは誰が誰かはわからないし、調べてみた資料も名前だけだ。先生に聞けばいいとハーマイオニーに言われたが、なんかこれは先生に聞いてはいけない内容な気がしてならないのだ。
ハーマイオニーは"魔法の近年の進歩に関する研究"をパタン、と閉め、エルファバの前髪を払う。
「ずっと前から思ってたんだけど、あなた前髪留めたほうがいいわ。」
「ん?前髪?」
ハーマイオニーはポケットからピンを取り出し、エルファバの雪のように白いボサボサの髪をまとめるが...
「ダメね。エルファバの髪白いからピン目立っちゃう。それに、あなた毎日とかしてる?寝癖すごいわね。」
「私前髪気にしないわ。」
エルファバは毎日手ぐしという素晴らしい整え方で、髪をとかしているため、毎日芸術的な髪型に仕上がってる。それが赤毛双子の毎日の楽しみになってることを本人は知らない。
ハーマイオニーははあ、と小さくため息をつき、キビキビと杖を振るマダム・ビンスをチラリと見てから早口で言った。
「前髪が目にかかると目に悪いし、せっかくの可愛い顔が台無しよ!明日から私が髪の毛アレンジしてあげるから!」
(あれんじ?)
「三つ編みとかフィッシュボーンとか、あとは編み込みとかね。絶対可愛いから!」
「うん。」
イマイチよく理解していないエルファバだったが、ハーマイオニーがキラキラと新しい魔法を見るような目でエルファバを見るので、まあいいかと思ったのだった。
ーーーーーーーーーー
お父さんへ
お父さんに聞きたいことがあるの。
マチルダ・マックロード
グリンダ・オルレアン
ルーシー・オルダズ
この3人の誰か知っていたら教えてほしいの。
エルファバ
ーーーーーーーーーー
エルファバはベットの上で短い手紙を書き終えたところだった。バーパティとラベンダーはすでに眠りの中だが、ハーマイオニーはブツブツと何かをつぶやいていた。規則違反とか私がどーのこーのとか。
エルファバがそろそろ寝ようと枕に頭を沈めた時だった。
「私行ってくる。」
「...どこに?」
「あのおバカさんたちを止めに行くのよ。」
それだけ行ってハーマイオニーはキビキビと部屋から出て行った。
(ハーマイオニーも大変ね。)
それまずいんじゃない?とかやめたほうがいいよ、とか言いたいことはいっぱいあったが、睡魔はゆっくりとエルファバの体の自由を奪っていった。
ーーーーー
『エルフィー!もっともっと!』
エディがゲラゲラ笑いながら凍った木にぶら下がっていた。
『待ってエディ。今雪だるま作ってるの!』
そう言いながら私も笑ってて、小さな女の子のために大きな雪だるまを作ってあげてた。
ああ、これは昔の記憶か。公園も見覚えがある。エディは6歳で、私は9歳だった。
私はふとエディに目をやると、妹は木の上にいなかった。
『エディ?』
明るい公園は一気に真っ暗な闇に変わった。私は怖くなって、暗闇の中に手を伸ばす。コツッと硬い何かが指先に触れた。
ギョッとした。さっきまで作っていた雪だるまがエディに変わっていた。雪の彫刻のように凍ったエディの目は恐怖で見開かれている。
「化け物!」
「やめてくれ!」
「許さないんだから!」
「娘になんてことするの!」
たくさんの声が私を罵倒する。無数の手が私を殴ろうと襲いかかる。
私は必死に暗闇の中で逃げ回った。
やめて、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
こっちよ!
誰かの声がする。私は無我夢中でその声を探した。
綺麗な手が私の目の前に伸ばされて、私は何も考えずにその手を握った。
もう大丈夫。怖かったね。
手は私をぐいっと引っ張り、頭を撫でた。その手の主は...
あの写真の中にいるレイブンクローのユニフォームを着た私だった。
ーーーーー
「はっ!?」
エルファバはガバッと起き上がった。
「夢...だよね...?」
記憶と想像がごちゃまぜになったずいぶん生々しい夢だった。バーパティとラベンダーの寝息が聞こえてくる部屋で、エルファバは自分が今どこにいるのか理解するのに時間がかかった。
「はあ。」
あの夢に出てきた人物。私そっくりなレイブンクローの生徒。エルファバはその人が誰なのか、心のどこかでは答えが分かっていた。
ただ、それを受け入れるのは怖かった。それは自分の居場所を失うことを意味するから。帰る場所がなくなることを意味するから。
夢の中で助けてくれたのはそれの暗示なのかもしれない。
バンっ!
乱暴に開けられた扉にエルファバはビクっとした。
「...ハーマイオニー?」
月明かりに照らされたハーマイオニーは腕を組み、自分のベットに座ってから気持ちを落ち着かせるように、静かに深呼吸した。
「人生の中で一番最悪な夜だったわ。フィルチに会うわ三頭犬に殺されかけるわで。」
「...さんとうけん?」
いろいろツッコミたいエルファバだったが、それは叶わなかった。そう言ってから、ハーマイオニーは自分のベットに後ろ向きにダイブして動かなくなったからだ。
(よく分からないけどおつかれ。)
エルファバは心の中でそう呟いた。