ハリー・ポッターと氷の魔女   作:かっさん

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9.劇薬ケーキと愛情ケーキ

エルファバが劇薬入りケーキを飲んだ後、もはや魔法省がエルファバを監視していることなどお構いなしに、騎士団メンバーが慌ただしくルーカスの家を行き来した。

 

リーマスはエディの件でエルファバを避けていることなどすっかり忘れて飛んで戻ってきてエルファバを大層心配し、他のメンバーと確認作業に急いだ。あれやこれや質問したが、やはりエルファバの感情表現は乏しいままのようだった。

 

その後ポートキーでグリモールド・プレイスに移動し、事情を知らないロンやハーマイオニーたちに挨拶もできずキッチンへとエルファバは連れられ、マッド・アイによる呪いの確認が行われた。

 

「呪われてはおらぬ。」

 

ルーカスと似たような脅しをかけられたエルファバは、今度はそこまで恐怖を感じずにマッド・アイの“呪いテスト”をパスした。

 

床に座らされていたエルファバは無表情で強制的に挙げられた両手を下げ、膝の埃を叩きながら立ち上がった。その横でエルファバがかじったフルーツケーキは爆発物のように扱われ、誰の手にも触れられないように宙に浮いていた。

 

驚くべきことに数時間後には魔法薬学の教授であるセブルス・スネイプが馳せ参じた。必死にエルファバの事情を探ろうとした子供たちは散り散りに逃げ帰った。

 

「飲め。解毒薬だ。」

 

ここからが問題だった。スネイプが渡した紫の薬を飲んだエルファバは2、3時間ほどトイレに篭りっきりで嘔吐をし続けた。最初の30分で胃の中が空っぽになったにも関わらず、それでもなお謎の液体をエルファバは吐き続けた。

 

「薬が体に癒着している。」

 

数時間の嘔吐により憔悴しきって薄暗く埃っぽい廊下の隅でぐったり座り込んでいるエルファバを見下ろし、何の憐れみも持たずにスネイプは告げた。

 

「癒着?どういうことだいセブルス?」

 

優しくエルファバの背中を撫で、水をあげるリーマスの問いかけにスネイプはそんなことも分からないのかとせせら笑った。廊下の端からシリウスが唸る声がしたがスネイプは無視する。

 

「スミスが服用したのはおそらく“魔力抑止薬”だ。魔力が抑えられない精神異常者が魔力を暴走しないようにする薬。服用すると魔力を抑え、生活に支障が出なくなる…が、副作用として感情の鈍化、集中力の欠如、発育不良が挙げられる。実際のところそこまで強い薬ではないが、長期間服用し続けることで人格へ支障をきたし、薬を抜くのに時間がかかる。」

「つまり…解毒薬を飲んだエルファバがここまで体調を崩したのは、ケーキだけではなくその前から薬を服用していたからだと?」

「理論上はそうなりますな。」

 

疲弊したエルファバはその会話を飲み込むのに随分時間がかかったが、その前に大人たちがやりとりを開始した。

 

「ホグワーツの食事にアンブリッジが薬を混ぜたか?あいつならやりかねない。」

「ホグワーツの食事に混ぜるのは無理があるだろう。大皿からみんなで取り分けるシステムだし、どの食器を使用するかを連中が分かるとは思えない。例のカウンセリング時に入れた可能性もあるが…。」

 

リーマスの考えを否定したのはキングスリーだった。

 

「そもそも、あのケーキは100%あの母親から来たものか確認しなければならないな。」

「あの人が我々の質問にしっかり答えてくれるか…誰かマグルへの理解があって向こうへ行けそうな人…ルーカス?」

「俺でよければだけど。」

「君の家へ行ったことは私たちより伝えているし、問題ないだろう。」

「開心術使っていい?その方が早くない?」

 

キングスリーとリーマス、シリウスは目配せする。

 

「いや、ちゃんと言質を取ってくれ。」

「はいはーい。」

 

そういうが早いが、ルーカスはさっさとグリモールド・プレイスを出てしまった。

 

「念のため子どもたちにホグワーツでのエルファバの様子を聞こう。シリウス、連れてきてくれ。」

 

シリウスはなるべくスネイプを視界に入れないようにしながら階段を上がり、ハーマイオニーとロンを連れてきた。ハリーはおそらくスネイプがいたのでパスしたのだろう(シリウスの甘さだ)。伸び耳で事情を聞いていたはずだが、特にロンは顔面蒼白でエルファバを心配そうに見ていた。父親が命の危険に晒された矢先の出来事なので、余計だとエルファバは思った。

 

「私…むしろエルファバは5年生になって感情が豊かになったと思います。」

 

騎士団の任務に直接は関係ないと判断されたのかエルファバがどのみち話すと判断されたのか包み隠さずリーマスから事情を聞いたハーマイオニーはおずおずと答えた。

 

「僕も。ホグワーツに戻る前からそんな感じだった。」

「そうか。ありがとう2人とも。そしてエルファバも…辛かったね。エルファバを連れて部屋に戻ってくれ。」

 

ハーマイオニーとロンに支えられながら、エルファバは前グリモールド・プレイスでエルファバが使用していたベッドに連れられ、泥のように眠り込んだ。

 

その一瞬、とエルファバは感じたがムクっと起き上がると夕方ごろにグリモールド・プレイスに来たはずだが、今はカーテンから日が差し込んでいた。

 

低血圧のエルファバはボサボサの頭を放置しノロノロと下へ降りると、皆が昼食にサンドイッチをつまんでいるところだった。

 

「エルファバ!」

 

厨房に入ってきたエルファバに真っ先に気づいたのはハーマイオニーだった。皆一斉に振り向く。

 

「ぉはよ。」

 

エルファバはあくびをしながら皆へ挨拶する。

 

「気分はどう?」

「うん、身体はだいぶ軽いわ。」

 

エルファバに抱きつき、ハーマイオニーは両頬に手を添え微笑む。

 

「表情も戻ったみたい!安心したわ。」

 

言われてみれば昨日フルーツケーキを食べた後と比較しても顔の筋肉を動かしている気がした。エルファバはこれが本来の自分なのだとしみじみ実感する。厨房にいるウィーズリー兄妹、ハリー、リーマス、シリウスも満足そうにエルファバを見ていた。

 

「結局なんだったんだい?エルファバに薬を仕込まれた原因は?」

「それはエルファバに直接話すよ。プライベートな内容だ「私どのみちみんなに話すから今ここで話しても大丈夫よ。」」

 

エルファバはリーマスの言葉を遮り、力強く言った。自分の言葉に思いの外力が入り、それで眠気も飛んだ。大人たちは戸惑ったように互いを見合わせるが、エルファバは今ここで話してくれないと意地でも動かないと心に誓った。

 

(騎士団の重要な任務に私の事情がそこまで影響あるとも思えないし。)

 

エルファバは妙な確信があった。

 

「エルファバお座りなさい。紅茶はいかが?ダージリンとアッサムがあるけど?」

 

その会話に割って入ったのはミセス・ウィーズリーだった。自身の夫が命の危機に晒されたにも関わらず、気丈に振る舞っている。が、少し顔がやつれている気がしてならなかった。

 

「ダージリンでお願いします。」

 

ミセス・ウィーズリーはニッコリ笑いかけ、杖を振るとティーカップが厨房の奥から現れた。

 

「あ、ちょっとちょっとルーカス!」

 

ミセス・ウィーズリーは慌てて廊下へ出た。エルファバはここでルーカスがさっきまでこの場にいたことに気づき、ミセス・ウィーズリーを追いかけた。ルーカスはドアノブに手をかけまさに出て行こうとしている最中だった。

 

「あなたもクリスマス、ここにいらっしゃい。」

 

ルーカスはいつもエルファバに見せる笑顔は見せない。大人を信用していないルーカスは子供たち以外の前では笑わなかった。が、今のルーカスの顔には一瞬戸惑いの色が浮かんだ。対してミセス・ウィーズリーは少しやつれているものの笑顔を絶やさない。

 

「あなたは私の夫を救ってくれたわ。ダンブルドアの指示を受けてすぐに魔法省に向かってくれて、適切な処置をしてくれた。ハリーとあなたのおかげでアーサーは救われたのよ。」

「…あなたはそうかもですけど、他の人はどう思ってるか。」

「来てよルーカス。絶対楽しいわ。」

「そうだよ!僕も来てほしい!」

 

エルファバは力を込めて言うと、後ろから来たハリーも続けて声をあげる。ルーカスは肩をすくめた。

 

「来てくれルーカス。君も騎士団の一員なんだから。」

 

エルファバの後ろからそう言ったのは驚くことにキングスリーだった。キングスリーはエルファバとルーカスを近づかせることを反対していた人物だったことをエルファバは思い出す。が誰しもを落ち着かせるその声は自信に満ち溢れていた。

 

「イケメンとのデートが入らなかったら来ますね。」

 

ルーカスはプイッと背を向けて、さっさとグリモールド・プレイスから出て行ってしまった。

 

「あら、気を悪くしてしまったかしら。」

「いいえ…照れ隠しだと思います。まさか自分が招待を受けるなんて思っていなかったんじゃないかと。」

 

エルファバは騎士団の団員たちがルーカスを認めてくれたことが嬉しくて仕方がなく、ヒョコヒョコ踵を上げ下げした。ふふん、と鼻歌を歌ってしまうくらいだった。

 

「ママ!エルファバに何があったのか聞かせてよ!」

 

ロンが厨房の中から声をかけ、大人たちとエルファバはハッとなった。

 

「あっ、そうね。エルファバへダージリンを入れ忘れたわ。それを入れたら話しましょう…エルファバ本当にいいの?みんなに聞かれてしまって。」

「ええ。みんな…私の家族のようなものだもの。」

「優しい子ね。けれど無理しちゃダメよ。」

 

エルファバはコクコク頷く。厨房に戻り、ハーマイオニーの隣に座った。気がつけばティーカップには熱く茶色い液体とお茶の葉のいい匂いが漂っていた。

 

大人たちは目を合わせ、誰が切り出すかをアイコンタクトで話し合ったが結局リーマスになった。

 

「そうだな…まだこの話は最終結論に至ってない。それを念頭に置くように。」

 

リーマスは子供たち全員、特にエルファバをしっかり見た。

 

「セブルスが昨日話していた“魔力抑止薬”は、聖マンゴで限られた魔法薬学者しか処方できない薬だ。高い技術を求められるし、何より薬の材料の一部は魔法省が保護対象としてる薬草で、とにかく一般的な魔法使いたちは作れない。」

「つまり聖マンゴは、魔法省と手を組んでるってこと?」

「いや、まだその結論に至るには早いんだよフレッド。私たちも最初はその線を疑った。が、ルーカスの見立てだとダンブルドア寄りのアーサーを入院させたから聖マンゴは中立で魔法省よりではない。もちろん魔法省からの援助も受けている病院だし、多少の言うことは聞かないといけないと推測しているけどね。」

 

リーマスはここで話を切り、心配そうにエルファバを見た。

 

「大丈夫。どんなことでも受け入れるわ。」

 

周りからの視線を感じつつ、エルファバはリーマスを真っ直ぐ見つめ返した。それを受け取ったかのようにリーマスは頷き、発したのは衝撃の一言だった。

 

「10年ほど前から今年までクィリナス・クィレルの名前でこの薬が処方され続けていた。」

「えっ?」

 

衝撃の事実に声を上げたのは他でもないハリーだった。

 

クィリナス・クィレル。

 

エルファバの実母であるグリンダ・オルレアンの弟であり、エルファバたちが1年生の時に闇の魔術の防衛術を担当していた教授だった。グリンダに歪んだ愛情を抱き、さまざまな劣等感からヴォルデモートに身体を乗っ取られホグワーツを暗躍した人物。

最終的にはハグリッドが飼っていたドラゴンの火をまともに食らい、全身大火傷を負ったのを見たのが最後だった。

 

確かクィリナス・クィレルは、現在ヌルメンガードというイギリス国外の刑務所に収監されているはずだ。

 

「牢獄にいる犯罪者への薬を誰かが受け取り続けていたの?この数年、誰も気づかなかったの?」

「正しく言えば、クィリナス・オルレアンの名前で受け取っていたんだ。珍しい名前だとは思うだろうがそれがクィリナス・クィレルだと紐づけられる者はいないだろう。犯罪者へ薬を処方してたなんて認知していない。」

 

ハーマイオニーの言葉に応えたのはキングスリーだった。エルファバとハリーは顔を見合わせてしまった。

 

「死んでいなければ薬は処方され続ける…つまりだエルファバ。君はクィリナス・クィレルの名義で処方された薬を5歳から摂取を続けていたんだ。しかも薬の処方された頻度を見るに…大人と同じ量を君は幼い頃から…。」

 

エルファバはゾッとして、自身を抱きしめた。地面が凍っていくのを感じ取りエルファバは思わず立ち上がった。

 

エルファバが動くたび、立っていた部分がパキパキと音を立てて凍っていく。

 

「すまない。やっぱり、まだ話さない方が「大丈夫…大丈夫だから。ここを凍らせたくないだけ…。どのみち知らないといけないことでしょう?」」

 

そう言いつつ、エルファバは自身が5歳から11歳ごろまで、1人でポツンと小さな部屋で過ごした食事風景が一気に脳内で駆け巡る。フルーツケーキに混じっていたなら、きっと普段から食事に混ぜられていたはずだ。

 

甘いオートミール、ジュース、フィッシュアンドチップス、クラムチャウダー、ラザニア、プティング…。

 

その全てがエルファバの感情を否定し、抑制するものたちだったのだ。それを知らず、狭い部屋でエルファバはじっと堪え、毎日を過ごした。ホグワーツへの入学が決まるまで…。

 

再び吐きそう、そして凍らしてしまいそうなのをグッと堪える。

 

「続けて…。」

「分かった。もうこれで最後だよ。ルーカス曰く君のお母さんは、この薬については魔力を抑える薬だと思っていて、身体や精神的な影響の出るものだとは知らなかったらしい。ショックを受けて取り乱していたようだ。」

 

エルファバは眉間に皺を寄せ、息を飲む。

 

「つまり、」

「そう…君にこの薬を処方することを決めたのはマグルの母親ではないということだ。」

 

ーーーーー

 

子供たちは呆然としたまま部屋に戻って来たが、エルファバは意外と冷静だった。全ての辻褄が合ってくる。

男子たちが寝る寝室にハリー、ロン、ハーマイオニー、エルファバは集合し、自分の意見を交換し合った。フレッドとジョージとジニーも聞きたがったが、一旦4人で話すからと説得し、3人へクリスマスの飾り付けを手伝わせるようにシリウスに促したのだった。

 

「けど、エルファバが表情を取り戻したのはつい最近だろ?仮に毎日毎食その薬を服用したとしてホグワーツにいる時は服用していないはずだ。そしたらもう少し感情があってもいい気がするけどね。」

 

部屋に集合するが否や、真っ先にこの点を指摘したのはロンだった。

 

「多分だけど、飲みすぎて戻るのに時間がかかったんじゃないかな。だって小さい頃から大人が飲む量を飲まされていたんだろ?」

 

ハリーの意見にロンは確かに、と数を数える。

 

「1年生の時は言わずもがな、ホグワーツを挟んで2年生の夏休みは僕の家に数週間だけ…ちょっとは表情変わってたのかなあ?それで3年生と4年生の時はずっと家にいたよね。そこでもずっと飲んでたとして、」

「5年生の早い段階でエルファバはここに来て、きっと完全に薬が抜けたのよ。」

 

今度はハーマイオニーがすかさず答えた。きっと教科書に何かヒントが書いてあったに違いない。

 

「精神的な影響を及ぼす薬って、長期間飲み続けると身体に馴染んでしまうって本に書いてあったわ。昨日も少量の薬を含んだだけで解毒に時間がかかったでしょう?あとはエルファバはその、辛いことも沢山あったしそれが薬と結びついていた部分もあると思うの。エルファバは氷のことを隠そうとしてたし。」

 

エルファバは皆の意見をコクコクと聞いて頷く。

 

「私、本当に気づかなかった。1年生から4年生の時も喜怒哀楽はあったと思うの。みんなと会えて嬉しいとか、悲しくて泣いたりとか。あとは自分のこと知られたらどうしようってパニックになったり。」

「あくまで抑制でしょう?元からあるものに蓋をするだけで、ゼロにするわけではないのよきっと。」

「そうだとして…あまり意味なかった気がするの。だって私の小さな感情の振れに合わせて凍ったり、雪を降らせたりしてて。」

「私それ、考えてたんだけど。」

 

ハーマイオニーは今度はおずおずと自信なさげに話す。

 

「多分薬は効いていたわ。だって、あなたいわゆる“ホグワーツで習う魔法”は幼少期に出てなかったでしょう?ほら、物浮かせたりとか、何か消したりとか。」

 

エルファバは自身の少ない記憶を辿る。

 

「…確かに。あまり記憶にないかも。それを試すほど外に出なかったってこともあるけど。小さい時はあったかな。」

「けど、エルファバの能力は消えなかった。つまりそもそもの性質が違うのよ。感情を抑えつけられることで多少の抑制には繋がったかもしれないけど…。」

「つまり何が言いたいんだい?」

 

ハリーが焦ったそうに促すとハーマイオニーは息を吸い、吐き出すと共に言い切った。

 

「あなたの能力は、エルファバそのものに備わっているのではなく本当に“呪い”なんだわ。比喩ではなく。」

「……血の呪い。」

 

ハリーが呟くとハーマイオニーは頷く。

 

「ルーカスも言ってたんだけ。小鬼だっけ?エルファバの一族に呪いをかけたのは。」

「そう。結局曖昧でちゃんとここも探れてないけど…。」

「小鬼自体そんなに普段関わる機会が少ないしね…フィットウィック教授に聞いたら何か聞けたりするかな。」

「そうだわ!私どうして気づかなかったのかしら!」

 

エルファバが話を続けようとしたところ、バタバタバタバタっと音が聞こえ、ブラック夫人の叫び声が聞こえたと共にどんどん慌ただしい足音が聞こえてきた。

 

「メリークリスマスみんな!!!」

 

トナカイの着ぐるみを着て、顔を茶色に鼻を赤くペイントしたエディが、満面の笑みで部屋に飛び込んできた。

 

「ラーストクリスマス!アイゲイブマイハート!」

 

シリアスな会話をしていた4人は思わず笑ってしまった。

 

「エディ、まだクリスマスまで3日もあるわよ?」

「んもー、ハーマイオニー!クリスマスを堪能するのに早すぎるってことはないわよ!みんなでクリスマスの掃除しよう!」

 

トナカイ・エディに連れ出され、4人はグリモールド・プレイスの掃除に取り掛かった。今話した内容はエディにはすぐに話さないと目配せをしながら。

 

シリウスはやたら上機嫌で、グリモールド・プレイスに響く声でクリスマスソングを歌っていた。ハリー曰く、13年アズカバンにいたシリウスが今年は大勢とクリスマスを過ごせるという事実が楽しくてしょうがないそうだ。ただ、ハリーがクリスマス・ダンスパーティーという若人の青春を蹴りマクゴナガル教授と口論までして、シリウスとリーマスでクリスマスを行った去年の方が楽しそうで今の比じゃなかったとのことだ。

 

エディとリーマスはというと、今だに微妙な距離感があった。考えてみればエルファバは「リーマスとエディの距離を戻す」と高らかに宣言した割にいざとなったら自身の劇薬入りケーキ事件にかき消されて、実行できずじまいだった。

リーマスの掃除やら飾り付けを積極的に手伝おうとするエディに対し、リーマスは程よく距離を保っている印象だった。決して失礼ではない、話しかけても答えるしエディがユーモラスにフレッドやジョージとジョークをかませば笑う。けれど前のように近しい間柄というわけではなく、確実にエディに一線を引いていた。エルファバにも同様で、劇薬の件で関係性が戻ったかと思えたがエルファバが元に戻ったら再び距離を取られた。

 

そんなに甘くはなかった。

 

「新聞が出た直後、ダンブルドアはすぐにあいつにここへ隠れるように指示した。あんなに取り乱していたのを、初めて見たかもしれない。」

 

去年のダンスパーティーの噂を聞いたミセス・ウィーズリーに言われて、室内の飾りを書斎で考えていた時、機嫌のいいシリウスが唐突に部屋に入ってきてエルファバの隣に椅子を持ってドカっと座った。

 

「あいつはあのガマガエルに晒し者にされ、生徒をあわや殺しかけ、自分のせいで尊敬するダンブルドアの名誉を傷つけ、さらに目立ちすぎて任務にも関われなくなりここに居ざる得なくなった。」

 

椅子を逆向きに座り背もたれに腕と顔を乗っけ、頭をガシガシとかいたシリウスはエルファバに向き合う。

 

「あいつのニュースが出回った深夜、ダンブルドアがここへ来た時ムーニーは珍しく声を荒げながらダンブルドアに問い詰めた。思い返せば脱狼薬を飲んだにも関わらず全く記憶がない日が1日だけあり、そのあとエディが包帯を腕にしていたと。聞いたけどはぐらかされたし、教授陣も問題なかったの一点張りだったらしい。ダンブルドアはその日の真実を告げた。エディの意思でそのような処置をしたことも、当然あいつのせいじゃないことも強調したさ。卑怯者のピーターのせいだ…けど、それで納得するタイプじゃないだろ?」

 

エルファバはコクリと頷く。背もたれに身を預けたシリウスはまあ、と話を続ける。

 

「何よりあいつはエディとお前のこと気に入ってたんだ。ここにいる時もよくお前たち2人の話をしてたし、アンブリッジにいじめられていると聞いたら心底心配していた。分かっていると思うが2人を嫌いになってしまったわけじゃない。もう自分のような怪物と関わると皆が傷つくと思っているんだ。今あいつはアンブリッジのせいで全てを失って…ダンブルドアの指示でここにいるが、本当なら誰とも話さず、1人で篭っていたいだろう。だから、このクリスマスで仲を戻そうとするのではなく、普通に接してほしい。それがあいつのためだ。」

 

(エディとリーマスには親子のような、友人のような確かな絆があったはずなのに。)

 

どうすればいいか分からずエルファバは頭を抱えた。誰も悪くない。

 

(エディも。リーマスも。悪いのは自分の利益のために卑怯な手を使う人たちだ。)

 

その晩、ミセス・ウィーズリーのシーザーサラダとシェパードパイを食べた。

 

トンクスは自分の顔をブルドック、チワワ、プードルと変えて子供たちを大いに喜ばせていた。マッドアイとキングスリーは話し込んでいて、ハリーがチラチラその様子を窺っている。

 

ロンが教えてくれたが、エルファバとハーマイオニーがホグワーツから戻る前にハリー達はマッドアイが「ハリーに”例のあの人“が取り憑いている」と話しているのを耳にしてしまい、それ以降ハーマイオニーが来るまで塞ぎ込んでいたらしい。

 

エルファバはハリーを心底気の毒だと思った。ただただハリーは赤ちゃんの時に襲撃を受けたばかりにこのような運命を背負わされていたのだ。

 

エディはリーマスの隣に座り、トンクスの芸を見て2人で笑っていた。とてもいい雰囲気だとエルファバは思った。

 

「さあって!デザートよ!」

 

ミセス・ウィーズリーが、机の上にドンっと載せたのはエルファバの顔の二回りもある巨大なケーキだった。いちごとクリームがたっぷりかつ無造作にのったケーキにロウソクが数本刺さっている。火はついていない。

 

エルファバは怪訝そうな顔でそれを眺めていると、エルファバが使用した赤いナプキンが急に蛙のような声を出し、宙に浮かぶとパカパカと口のように動き出す。

 

「「「…アア“〜!!」」

 

エルファバはビクッと椅子ごと後退りした。他の人のナプキンたちもゆっくりエルファバに近づいてきた。皆は先ほどまでガヤガヤしていたにも関わらず一斉にナプキンに怯えるエルファバをニヤニヤ見つめている。

 

「「ハッピバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー!」」」

 

ナプキンが歌い出すとケーキの上でロウソクから氷の結晶のような火花が散り、ゆっくり消えていく。

 

(…???)

 

「ハッピバースデーディア、エルファバー!」

 

(……私?)

 

「ハッピバースデートゥーユー!!」

 

ナプキンの歌が終わると、厨房にいる全員が拍手をした。拍手の音と共にナプキンは持ち主のもとへ帰り、普通のナプキンに戻った。今度はケーキのクリームのでこぼこした表面に銀色の文字が浮かび上がる。

 

“エルファバ、ハッピバースデー”

 

(???)

 

「さあ、ロウソクを消して!」

 

エルファバは戸惑いながら、ミセス・ウィーズリーに促されフーッと火が灯ったロウソクを消した。

 

皆が再び楽しそうに拍手をする。口々に「おめでとう!」「16歳ね!」とエルファバにお祝いの言葉を投げかけるがエルファバは訳が分からない。

 

「今日は君の誕生日だよエルファバ。実は君が薬で感情を無くした時に原因を探ったら出てきたんだ。君は1979年12月23日生まれだって。」

 

エルファバはポカンとして、たった今キングスリーが言った言葉を理解するのに数秒かかった。

 

「今日はね、あなたに内緒でケーキをみんなで作ったのよ!スポンジはハリーとロンにやらせたの。ロンと比べてハリーったらとっても慣れた手つきで!」

「ダーズリー一家で散々やらされてたんで。」

 

ミセス・ウィーズリーの言葉にハリーは照れ臭そうに笑う。

 

「ハーマイオニーとジニーはクリームを泡立ててくれて、仕上げはエディとリーマスとトンクスがやってくれたのよ!」

「本当はもう少しキレイだったんだけど、あたしがその上にレシピ本落としちゃったのよね。」

 

トンクスが悪びれもせず白状した。

 

「あらっ、どおりで形が崩れてるわけね!全く、言ってくれたら直したのに!」

「料理に普通の修復呪文が効かないってよく分かったよモリー。」

「ママ、その3人は完全に人選ミスだよ。」

 

ロンのユーモラスなツッコミに皆が笑った。たしかにお菓子の仕上げをうまくやれそうな3人ではない。

 

「おうおう、俺らの仕掛けも忘れちゃいけねーぜ!」

「ナプキンに追い詰められるチビファバは傑作だったぜ!写真撮っておけば良かった。」

「フレッド、ジョージ、意地悪しないの。さあみんなでケーキ食べましょうねエルファバ…エルファバ?」

「え、あ、はい…。」

 

エルファバは自分の誕生日を祝われたことがなかった。そもそも自分の誕生日なんて知る由もない。遠い昔に誕生日パーティーを行った気がするがそれが自分のだったかそうでなかったかすら分からない。

 

(私がこんなこと、してもらっていいのかしら…いいのよ。だって、みんなが私のために誕生日ケーキを用意してくれて…ナプキンに魔法もかけてくれて。けれど、こんなことあっていいのかしら。)

 

「どうしたの?」

 

心配そうに顔を覗き込むミセス・ウィーズリー、そしてそれに気づいた皆が怪訝そうにエルファバに注目した。エルファバは戸惑ったように言う。

 

「その…嬉しすぎて、どういう顔をしたらいいか分からないんです…私また薬で変になってしまったんでしょうか。」

「あら。それでいいのよ。このケーキには何にも入っていないから安心してちょうだい。みんなのあなたへの愛だけが詰まっているわ。」

 

ミセス・ウィーズリーがウインクしながらエルファバの頬を優しく撫でると、玉ねぎの匂いがした。

 

 

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