ハリー・ポッターと氷の魔女   作:かっさん

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12.さようなら

無言者達が一斉に赤い閃光をエルファバに飛ばしたが、エルファバに近づく直前で散り散りになった。エルファバの放つ強い強風で閃光はかき消されてしまったのだ。

 

生徒たちからは悲鳴と怒号が鳴り響く。

 

「わしの生徒に手を出すでない!!!」

 

ダンブルドア校長はそう叫ぶとエルファバの背後に立ち、エルファバに突進してくる無言者数名を金に光るロープで縛り上げた。もう数人がエルファバに近づこうとすると、今度はその数名をダンブルドアは吹き飛ばす。氷に足を取られ進めない者もいた。

 

「ドーリッシュ、キングスリー!実験体を捕獲しろ!傷つけなければ何をしても構わん!」

 

エルファバは声を上げて泣きながらも震える手で斜め上に手を伸ばす。氷の階段が現れ、エルファバはよろよろと不安定ながらもその階段を登り、中庭の真上にある渡り廊下の窓をよじ登った。そこから様子を眺めていた野次馬の生徒達は慌ててエルファバに道を開ける。

 

「誰か捕まえなさい!捕まえれば、寮に100点あげます!」

 

中庭からアンブリッジがそう叫ぶのが聞こえた。しかし、ホグワーツ城を氷漬けにするような力があるエルファバを、捕まえようとする勇者はいなかった。エルファバのために道を開け、じっと佇んでいる。エルファバは涙をブラウスでゴシゴシと拭いて、生徒たちの間を駆け抜ける。

 

「何事ですか?!」

 

マクゴナガル教授が廊下の角まで走って来た。後ろには今しがた授業をしていたであろう下級生達がついて来ている。城中が氷に包まれた異常事態に皆オロオロしている。エルファバはそれを無視し、階段を目指す。

 

「エルフィー!!」

 

その下級生の中からエディが飛び出して来た。エルファバは思わず立ち止まる。

 

「エディ…!」

「どうしたの!?校長先生が言ってたことが起こったの!?…魔法省がエルフィーを捕まえに来たの?」

 

(エディ、ごめんなさい。私ホグワーツを退学になっちゃったの。杖を折られて、もう今魔法を使う術がなくて逃げるしかないの。私のせいでエディまで退学になったらどうしよう…!)

 

エルファバはそうエディに言いたいが言葉が出てこない。

 

「エルフィー…!」

「!ダメっ!」

 

エディがエルファバに触ろうとすると、エディのローブの端が一気に氷に包まれてしまった。

 

「エディ!ごめんなさい!そんなつもりじゃ…!」

 

顔を歪ませたエディは杖を抜き、エルファバに向けたー。

 

「インペディメンタ 妨害せよ!!」

 

エルファバの背後にいたスリザリンの上級生が2名吹っ飛んだ。

 

「ミス・スミス!」

「教授、こいつらエルフィーに杖を向けてました!エルフィー…逃げて…エルフィーは悪くない。」

 

エルファバは目を真っ赤に腫らしながら、頷き鼻水をすすって走り出した。エディが武装解除の呪文を叫んでいるのが背後から聞こえる。

 

(アンブリッジが100点渡すって言ったから…もしかすると他の生徒達も来るかもしれない…“計画”ならダンブルドア校長の部屋へ行って移動キー(ポートキー)を使う計画だったけど…少なくとも階段で上へ行かないと…!)

 

苦しくなる息にエルファバは自分の体力の無さを呪った。流石に涙が止まらない中で凍った床を走るのは至難の業だ。杖さえあれば、自分のペースで床を溶かし走れる、そう考えてまた自身の杖の末路を思い出し涙が止まらなくなった。

 

と、その時だった。

 

「伏せろ!」

 

誰かがエルファバの腕を掴み強引に下へと引いた。

 

「ひゃっ!」

「ステューピファイ 麻痺せよ!」

 

エルファバの頭上を間一髪、赤い閃光が駆け抜けた。

 

「ハリー…!」

 

ハリーはエルファバを角へと引っ張り、動く階段のある通路へ隠れる。

 

「マルフォイの連中だよ。あいつらアンブリッジの指示で階段のところ待ち伏せしてたんだ。」

「そんな…!」

「けど安心して。一から説明させて…君と別れた後、僕がDAのことで校長室に連行されてて。今日DAの会合があって、それを発見して僕を退学にしたがってたんだ…ああ、もちろん嘘だよ。誰かが嘘の密告をしてくれたんだ…けれど、それをいろいろやり取りしてるうちに、ダンブルドアがアンブリッジが偽物であることに気づいて消えた。そしたら一気にホグワーツ城内が氷に包まれて。ファッジたちも追いかけてる時にマルフォイ達がこの辺りをウロウロしてて、騒ぎの隙にハーマイオニーに通達したんだ。ハーマイオニーがすぐにコインで召集をかけてくれて…みんながあいつらを締め上げてる。戦いの練習をしてた僕らが優勢だよ、ほら。」

 

エルファバはハリーに促され、陰から様子を覗くと、ネビル、ルーナ、パチル、ディーン、アーミー、アンナがスリザリンの制服を着た巨大ナメクジ3体を取り囲んでいる。

 

「今だ、行こう。」

 

エルファバはハリーに連れられ、エルファバは階段前の踊り場に来る。5人は誇らしげにエルファバに笑いかけた。階段は全て凍りつき、動いていない。

 

「みんな…。」

「で、どうするんだい?ずっとホグワーツを逃げ回ってる訳にはいかないだろう?」

 

アーミーはもったいぶって、エルファバに話しかけた。5人とも氷に少し足を取られながら、近づいてくる。エルファバは少し考えて、答えた。

 

「…一旦校長室に行こうと思う…。」

「けどダンブルドアはいないよ?」

「うん…でも、そういう、指示だから…。」

「どうやって行くの?階段が動かないのに。」

 

エルファバは踊り場から、3階の廊下に続く穴へ手を伸ばすと、一瞬で氷の階段が現れた。

 

「すっげえ…エルファバ、魔法勉強しなくていいんじゃない?」

 

ディーンの反応にエルファバは泣き笑いする。廊下が騒がしくなって来た。おそらく寮の100点を狙う生徒たちが氷を超えて迫っている。

 

「オッケー、僕らで奴らを引きつけよう。エルファバ、行って。」

「けど…みんな…退学になったら?」

「これだけの大人数を退学にはできないさ。心配しないで。」

 

ハリーはエルファバに一歩近づき、皆に聞こえないように耳元で囁く。

 

「“エディのあれ”がもうすぐさ。上手く行けば…君もホグワーツに戻って来れるしあの婆とはおさらばさ。僕もクィディッチができる。」

 

ハリーはそう言い、ニヤっと笑った。

 

「ちょっとなに!?隠し事しないでよ!」

 

ハッフルパフ生のアンナが恨みがましく叫んだ。

 

「隠し事じゃないよ。すぐに言う…エルファバ。また、絶対戻ってくるんだよ。僕らみんな待ってるから。」

 

エルファバはハリーやみんなの優しさに涙がポロッと出た。そしてそれを拭い、何度も頷く。

 

「さあ行くんだエルファバ!」

 

エルファバは自分の作った階段を駆け上がって行く。2階あたりまで到達した頃にハリー達が妨害呪文をかけているのが聞こえた。エルファバは一瞬後ろを向くと、加勢したジニーが“コウモリ鼻くそ呪い”を、エディが全身金縛り呪文をスリザリンの上級生にかけているところだった。

 

3階の廊下に入ったエルファバは、校長室の前まで来た。下に降りられなくなった生徒たちに遭遇したが、会うとしても皆エルファバを見た瞬間ギョッとして後退りするのだった。エルファバは深呼吸する。

 

(よし…合言葉は…。)

 

教えてもらった合言葉を言おうとした時だった。

 

「動くな。」

 

エルファバはビクッとなり、また周囲を凍らせてしまった。が、怯える必要はないことをすぐに悟った。

 

キングスリーがエルファバへ杖を向けている。エルファバは数歩後ろに下がった。

 

(キングスリー。)

 

キングスリーの後ろには箒が転がっていた。皆が移動手段を失い右往左往している中、冷静に箒に持ってここまで来たのだろう。

 

(騎士団のメンバーだけど、今は立場上こうするしかないわよね…どうしよう。)

 

「なぜそのネクタイを拾おうとした?」

「え?」

 

エルファバはキングスリーの杖の方向を見ると、くたびれたレイブンクローのネクタイが廊下に落とされていた。エルファバは校長室に入ることに必死でキングスリーに言われるまで全く気づかなかった。

 

「えっと…。」

 

エルファバがキングスリーに向き直るとキングスリーは少し頷きウインクする。

 

「このくたびれたネクタイがこんな場所にあるなんておかしい…不自然だ。何かあるに違いない。」

 

わざとらしく芝居かかった声でキングスリーは、ネクタイの存在意義を語る。廊下にネクタイが落ちているという事実はそこまで不自然でもないだろう。

が、聡明なキングスリーがわざわざこのタイミングでネクタイについて触れる理由ー。

 

あのネクタイは移動キー(ポートキー)だ。

 

(けど、ちょっと芝居かかってそんな風に言うなんて。キングスリー…私のこと笑わせようとしてくれてくれてるのかな。)

 

エルファバは少しクスッと笑うと、キングスリーもニヤッとする。

 

「いいか、そのネクタイにはー。」

「ステューピファイ 麻痺せよ!」

 

キングスリーが言い終わる前に、誰かが赤い閃光をキングスリーの背後から飛ばしそれをキングスリーが防いだ。

 

「ラベンダー?」

 

キングスリーに杖を向けているのは、ラベンダーだった。顔を真っ赤にしてプルプル震えているがしっかり構えている。

 

「エルファバ…ごめんなさい…私のせいで…。私があなたを守るから…!」

「お嬢さん、自分が何をしているのか分かっているのか?闇払いに…魔法省に楯突いてるんだぞ?」

 

キングスリーはエルファバに背を向けたと同時に、床に落ちたレイブンクローのネクタイが光り出した。

 

(ごめんねラベンダー。さっき私の退学理由にあなたとのことが言及されたから…違うのよ。あなたのせいじゃないの。どのみち魔法省は私を捕まえるつもりで、元からこうなることは分かってたのよ。闇払いに立ち向かうなんて、相当勇気のいることなはずなのに、キングスリーは味方だからね。)

 

エルファバがレイブンクローのネクタイを掴むと、へその裏側が引っ張られる感覚とともに風と色の中へエルファバは入り込んだー。

 

ーーーーー

数ヶ月前、クリスマス休暇中。

聖マンゴ病院へ行き、トンクスが魔法省の人間を発見した数日後の話だった。朝5時ごろにエルファバはミセス・ウィーズリーに起こされ、1人寝ぼけながら厨房へ向かうと、赤いローブのダンブルドア校長がテーブルに腰掛けて待っていた。まるで本当のサンタクロースのようだとエルファバは思った。

 

「おはよう。たびたび朝からすまんのお。」

 

ダンブルドア校長はどこからか熱々のココアを出してきて、エルファバに渡しエルファバが覚醒してから話しだした。

 

「単刀直入に言おう。魔法省が、本格的に君を保護という名の拘束を行おうと乗り出している。あまりこの可能性は考えたくないが、君がホグワーツにいる時に何かしら理由をつけて聖マンゴ病院へ連れて行く算段じゃ。」

 

そしてダンブルドア校長は少し考え、再び話し始めた。

 

「どうやら、ファッジは君を捕まえるために神秘部と手を組んだらしい。」

「しんぴ…ぶ…?」

 

左様、と校長は頷く。

 

「神秘部は愛や死、時間などを研究する部署…神秘部の実験や調査について他言することを一切禁じられており、大臣すらその秘密を保持する権利を放棄している。」

「けれど…それとわたしが、なんのかんけいが?」

 

エルファバはまだ眠くて口が回らず、子どものような口調になってしまった。

 

「これはわしの推測じゃが…おそらく、君の“力”には何か神秘部の人間にとって利益があるのじゃろう。グリンダの遺体を管理していたのも神秘部じゃ。何かしらの…メリットが…。」

「どんな…?」

 

エルファバはダンブルドア校長が一瞬泣きそうな顔をした気がしたが、勘違いだと思った。その次にはニッコリ笑っていたからだ。

 

「わしも君の“力”にはとても興味がある。ゆっくりお茶でもしながら10時間ほど語り合いたいものじゃ。君を上手く“使えれば”、わしに立ち向かう強力な武器を持てるとファッジは考えているようじゃが…事実、アダムも魔法省に全面協力する代わりにある程度の自由を許可される手筈が済んでいるようじゃ。」

 

エルファバの脳は覚醒してきて、少しずつものが考えられるようになる。

 

「けど…そうしたら、私は授業を受けられなくなって…。」

「…君の学業に支障が出る。特に今年はO.W.Lじゃ。これにより君の将来が決まる。」

 

ダンブルドア教授は、エルファバの言いたいことを引き取りしっかり頷いた。

 

「ホグワーツを退学にはならん。それはわしが持っている権利であり、魔法省がそれを干渉はできんと踏んでおる。それに君の学生生活を守るのは何よりも重要な要素じゃ。何人たりともそれを害する理由はない。君がホグワーツで学びたいと望む限り、我々は君を全力で守ろう。しかし魔法省は揚げ足を取るじゃろうから、今以上に君の“力”をコントロールしなくてはならない。暴走させると、君に判断力がないとみなし、聖マンゴ…魔法省への連行を強行する。」

 

エルファバはコクリと頷く。

 

「寮監であるミネルバにはわしから伝えておこう。そして、あんまり考えたくはないが…魔法省が強硬手段を取ることも考えねばならない。つまりじゃ。」

 

と言って、ダンブルドア教授は杖を一振りすればどこからともなく丸まった羊皮紙が現れ、エルファバの前で開かれる。

 

「君は、次の学期に入るまでにホグワーツの地図を頭に入れてもらい、最短でホグワーツ城から脱出そしてこのグリモールド・プレイスまで辿り着く訓練をしてもらう。」

 

羊皮紙にはホグワーツ城の全容が書かれていた。教室および部屋の位置…ハリーが持っている忍びの地図より簡易なものではあったが、頭の中で位置を把握するには充分だった。

1つ忍びの地図と違うのは。羊皮紙の上では赤いインクの線と点がヒュンヒュン飛び交っており、それらは全て3階の校長室へと向かっていたことだ。

 

「ああ、ハリー達に伝えて悪用なぞせんようにな。」

 

校長はユーモラスに付け加えた。

 

こうして、エルファバはホグワーツ城内を細々と把握しいつどこにいても最短で校長室へ行けるように叩き込まれた。

 

ーーーーー

 

エルファバは風の中で指示を思い出した。

 

(校長室へ向かい、移動キー(ポートキー)で移動する。私のケーキ騒動で魔法省にはグリモード・プレイスがロンドン市内にあることを把握されてしまった。だから直接グリモード・プレイスには向かわない。向かうのはー。)

 

エルファバは突如地面に叩きつけられた。身体の節々に痛みを感じながら、ゆっくり起き上がる。

 

いつも休みの時に通っている図書館の前にいた。絵本を返そうとした子供たちがエルファバをまじまじと見ている。

 

「ママー!空から白い女の子が降ってきたー!」

 

エルファバは自分の制服についた泥を払い、走り出す。

 

(校長先生が言ってた…私を捕らえるときは、私に関連する場所に魔法使いたちを置かせるだろうって。けれど、多分私の家の周りは少ないはず。だからー。)

 

エルファバは息切れし、氷を数個出して歩きながらそれを口に含み水分補給しつつ歩みは止めない。

 

(そういえばここの道路で、エディが車に轢かれかけてその時に魔法が発現したわね。みんな大丈夫かな…私を庇ってアンブリッジに酷いことされていないかしら。私は逃げるばかりでみんなに迷惑をかけてばかり…。)

 

ネガティヴな思考陥ると、周りで静かに粉雪が降ってきた。エルファバにすれ違う人は怪訝そうに手のひらを空にかざし、それが手の中で溶けるのを見ていた。

 

行き慣れた道を歩いて10分ほど。エルファバは自分の家に到着した。自分の部屋は、道路に面した2階にありその窓に氷の階段をかける。ルーカスがエディを連れに行った際にこっそりエルファバの部屋の窓を開けたらしい。

 

「入れそうよ。」

 

エルファバが窓に手をかけると、キキっと音を鳴らし部屋の窓は空いた。

身体を屈めて入ると、部屋は綺麗に整頓されていてエルファバは少し驚いた。最後にここに入ったのはおそらく母親で、エルファバの私物を荒らして投げ捨てたはずなので部屋の中は散乱していると思ったのだ。

 

ベッドメイキングがされ、本棚の本も整列している。机の上のノートとペンも綺麗に並べられ、まるで部屋の主の帰りを待っているようだった。

 

(ここで…。)

 

エルファバは息を吸い、声を発そうとした時、下から誰かの声が聞こえた。

 

「…ちょっと待って…。」

 

息をひそめ、エルファバはそろりそろりと階段を降りて耳をすませた。いつも父親と母親の喧嘩の声が聞こえたが、今日は感情が混じった喧嘩ではなく、慎重に何かを話し合う声だった。

 

「…のか?」

「ええ。もう…決めたの。ちゃんと3人での人生を歩んで行こうって。」

「お前のすることは許されるわけじゃない…それを理解しているのか?」

「分かってる。許してもらおうなんて思ってない。会わない方がお互いのためでしょう?」

「ああ…今後はあの…について、いろいろ考えないと…。」

 

父親がピタッと会話を止める。そしてゴソゴソと何かを探る音がした。

 

「ホメナム・レベリオ 人現れよ」

 

スーッとエルファバの中に何かが入り込む感覚がしたと思うと、父親が目の前に立っていた。先程は陰に隠れていたのに気がつけばエルファバは親たちが話しているリビングルームにいた。

 

「エルフィー。」

 

突如現れたエルファバに母親は怯えたように後退りした。

 

「エルフィー、ちょうど良かった。話をしよう。」

 

父親はエルファバのソファに座るように促し、母親と3つ分の紅茶を淹れる。母親はエルファバの隣に座りジッとエルファバを見るので、意図的に目を合わせないように使われていない暖炉を見つめた。

 

「エルフィー…ケーキのこと…ごめんなさい。私本当に知らなくて…その…。」

 

母親が謝罪をしてきたことに驚き、思わず目を合わせてしまった。

 

「私ね、あなたにしてきた仕打ちを客観的に見て…本当に酷いことをしたと思うの。ルーピンさん?やこの前ここにきたフランス人の男の人にも言われた。その…あなたに言わないといけないことがあって。」

 

いつも高圧的な母親が歯切れ悪く話しているのをエルファバはまじまじと見ていた。そして、母親が話し出すのを待ったが、いつまでも始まらない。

 

「アマンダ。俺が話そう。」

 

父親はマグカップを2つ持ってきてエルファバに手渡しする。エルファバは受け取るものの、口をつけずそのままテーブルに置いた。

父親はエルファバに飲むことを促すこともせず、そのまま話しはじめた。

 

「これまでお前に対して行った仕打ちは、本当に申し訳なく思ってる。」

 

エルファバは隣に座ってきた父親をじっと見つめる。今対抗手段は“力“しかない。いつでも出せるように心の準備をしておいた。

 

「言い訳になるかもしれないが、どれもこれもお前を守るためだったんだ。」

「娘の食事に薬を入れたり、家に閉じ込めたり、殴ったりすることが?」

「部屋に関してはあなたが勝手に…」

「口を挟むなアマンダ。」

 

エルファバは好奇心で親の話声を聞こうとした自分を既に後悔していた。この2人と話して自分が置かれている環境や仕打ちを理解してくれるとは到底思えなかった。現に、母親はエルファバの顔を見れば不機嫌になることも多く必要最小限に部屋を出ないようにしていた。

これを閉じ込めていたということを認めない。

 

「まず、アマンダ…お前の母親について知っておいてほしいことがある。どうしてこんなことをしたのか。」

 

母親がキュッと自分のシャツを握り締めたのを、エルファバは目の端で捉えた。

 

「アマンダは昔…お前くらいの年齢の時だ。とある魔法使いに家族を乗っ取られた経験がある。“名前を言ってはいけないあの人“が全盛期になるすこし前の話だ。魔法の世界ではマグル生まれに対する風当たりが強くなり、マグルは被虐していい、格下の存在であるという風潮が強くなった。魔法とは無縁の普通の家庭に未知の力を持った魔法使いが突然押し入り、呪いを駆使して居座ったそうだ。」

 

母親が小刻みに震え出した。エルファバはそんな母親をまじまじと見つめる。

 

「家族全員が未知の力に抗えず、従わなければ酷い目に遭わされる。理不尽な理由で苦痛を味わい、親たちは家にあるすべてのものを搾り取られ、子供達は学校にも通えず、召使いのようにそいつの世話をしないといけなくなったそうだ…ちょうど、お前が叔父さんにされたように。」

 

魔法を全く知らない人種からすれば、未知の能力で支配されるということへの恐怖は計り知れない。突然、自分の家族の顔が蜂に刺されたように膨れ上がったり、宙に浮かんだり、さらに言えば磔の呪文をかけられたとすれば…。

 

エルファバはなぜ母親が、叔父が、魔法に対してあそこまでの拒絶を見せたのか理解した。

 

母親はポロポロと涙を流し、震える。エルファバが思わず抱き寄せると母親はエルファバに縋りついた。

 

「…その魔法使いはどうなったの。」

 

母親の頭を撫でながら、エルファバは父親に聞く。

 

「ある日父親と外に出て行ったきり、帰ってこなくなったそうだ。本来マグルに危害が加われば、魔法省から記憶を忘却されるが、おそらくアマンダの父親はその魔法使いに反撃し共倒れになったんだろう。あるいはそいつが別の罪で捕まったか、はたまたアマンダの家族に飽きたのか…分からない。確実に言えるのは魔法省には通報されなかったことだ。そうすれば、残った家族たちの記憶はそのままになる。こんな訳の分からないことを周囲に告げても狂ったとしか思われない。」

「私とアマンダは幼馴染で、私のこともアマンダはよく知っていたから….それが魔法と呼ばれる類のものであることは理解していた。」

 

父親はここで言葉を切り、再度話し始める。

 

「そこから数年後、私はグリンダを亡くし1人でお前を育てないといけなくなった。当時は犯罪者の娘になってしまったお前と、そんなことを引き起こした魔法に酷く嫌悪し、完全にマグルとしてお前を育てることに決めた。本来、お前の“力“は前の保持者が死亡しない限りは引き継がないとグリンダに言われていて、あいつは氷の中で生き続けていた。だからこそ魔力は引き継がないと踏んでいたんだ。アマンダがそれに力を貸してくれる形で、私たちは結婚した。」

 

(けれどそうはならなかった。私は“力“を引き継ぎ、魔力を持つことになって….)

 

「お前に魔力が出現した時、私はアマンダに無理をしなくていいと告げたが、問題ないと言ったんだ。エディもいて、4人で楽しく生きていけると。お前とあの魔法使いが同じなわけがないとそう言っていたんだがー。」

「私がエディを凍らせたから、お母さんのトラウマが蘇ったのね。」

 

母親は啜り泣き、エルファバにありがとう、と言いながらゆっくり起き上がる。

 

「そういうことだ。結果エディは無事で問題なかった。アマンダもお前も落ち着き、気分転換に従兄弟の家に行ったら…後はお前の知っている通りだ。」

 

エルファバは、目が真っ赤の母親に向き直り、じっと見ながら聞いた。

 

「どうして…私を….叔父さんの好きなようにさせたの。どうしてあの時私の手を離したの。」

「私は…まだ、あなたを許せてなかった…ついに、魔法使いに、私たちがされた復讐を…できる時だと、そう思ったの。」

 

強大な権力を持っていた母親は今や、小柄で痩せ細った哀れな女性だった。

視点の合っていない母親はポツポツ喋り出す。

 

「あなたの魔法を見るたびに毎回どうしようもなく、憎くなった。不思議な出来事が起こるたびに、あなたが私を支配するんじゃないかと。私やエディを攻撃するんじゃないかと、震えて、あなたを殴った。幼少期の魔力はコントロールできないってデニスに聞いてたのに…頭では分かってるのに、あなたがわざと私を怯えさせようとしているんだって思ってしまって。学校に行かれるのだって、嫌だったけど、魔力をコントロールできるようになるって聞いたから…。それに…エディも…。」

 

エルファバはため息をついて父親を見る。

 

「だから、私に魔力抑止薬を処方したの?」

「それもある。」

 

感情が豊かになった自分の顔に呆れの色を出さずにはいられなかった。母親の気持ちを軽くするためにあまり意味のない魔法薬を10年ほどエルファバは飲み続けたのだ。

 

「そんなに、私が憎いならどうしてこの家にとどまったの。エディと2人で…あるいは3人でこの家を出て行けばよかった。どうして?」

 

母親はひどくショックを受けたように顔を上げ、エルファバにしっかり目を合わせた。母親のグリーンの瞳が白髪混じりの髪の毛から覗いている。

 

「そんなことするわけないでしょう?私はあなたを愛してるのよ。」

 

遠い記憶を思い出した。エディがまだお腹にいる頃。お腹の大きくなった母親はソファに座り、本を読んでいた。母親の膝にエルファバは頭を乗っける。

 

『ママー!ママー!』

『何よ、エルファバ。』

『ママー!ママー!』

『だからなにったら。』

『ママ、だいちゅきよ。』

 

母親は、ニッコリ笑って鼻をエルファバの頬にこすりつけ、キスをする。

エルファバはキャッキャッとくすぐったそうに笑った。

 

『私も、あなたが大好きよ。』

『あかちゃんとあたし、どっちがちゅき?』

『どっちも大好きよ。』

『えー。』

『あのね、妹が生まれると楽しいことが2倍になって愛も2倍になるのよ。』

『そうなの?』

『ええ。家族4人で楽しく過ごせるはずだわ。』

 

「お母さん…。」

 

エルファバは自分が救われていく、心に巣食っていた「自分は愛されていない」という声が小さくなっていくのを感じる。

 

(私は…どういう形であれ、愛されていたんだ。)

 

「エルファバ。もう一回、家族3人で一緒に暮らさないか?」

 

しばらくの沈黙の後、父親は声を発する。エルファバは父親の意外な提案に戸惑い母親を見る。母親も泣き笑いしながら頷く。

 

「3人でやり直そう。ここで前のように仲良く暮らすんだ。もちろん最初はうまくいかないことだってあるだろう。けれど、それもちゃんと乗り越えて本当の家族になろう。」

 

エルファバの鼻がツンと痛くなり、周りに静かに粉雪が落ち始める。

 

「あっ…。」

 

母親がそれに気がついた時、エルファバはまた殴られるのではないかと身をすくんだ。しかし母親は不思議そうにキョロキョロして、顔を歪ませながらも言った。

 

「あなたの雪って、こんなに綺麗だったのね…どうして、今まで気がつかなかったのかしら。」

 

エルファバは息を呑み、ついに涙がポロッと出た。嬉しさ、報われた気持ち、色んな感情が溢れてくる。粉雪は魔法陣のような形を描き宙を舞う。

 

何年も、一番聞きたい人から聞きたい言葉をもらえた。

 

「エディがここにいれば良かったのに。きっと今の様子を見たら、すっごくすっごく喜ぶわ。お母さんの気持ちも分かるから、魔法はなるべく見せないようにする。それに「いや、お前はもう魔法を使うことはない。」…え?」

 

エルファバの笑顔が歪む。何を言われているか理解が追いつかなかった。

 

(魔法を…使うことは、ない?)

 

エルファバはその言葉の意味を必死に探すが、見つからない。

 

「…わ、たし、が、ホグワーツを退学になったことを知ってるの?その、あれは「ホグワーツを退学になったことがフクロウでお前が来る直前に知った。けれどそれでいいじゃないか。」」

 

父親は、今までの中でハッキリかつ一番強く言う。

 

「お前はホグワーツを退学になったことは気に病む必要はない。もう魔法なんて…人を不幸にするだけだ。そんなものからは離れよう。もちろん、お前の“力”はコントロールに時間がかかる。それはアマンダも理解してくれた。」

「そうよエルファバ…魔法から離れて、私たちの世界で生きていきましょう。」

 

エルファバは抱き締めていた母親から離れ、立ち上がる。

 

「エルフィー…学校を退学になってショックを受けているのは分かる。けれどお前をここまで追い詰めた魔法省に…魔法にそこまで固執する必要はない。マグルたちだって魔法がなくても充分幸せに、楽しくやってる。」

 

(違う。)

 

エルファバはそう思った。

 

(たしかに私の“力”は私自身を不幸にした…これさえなければ私は家で楽しく生活できていたかもしれない。けれど、魔法がなければみんなに会えなかった。ハーマイオニー、ロン、ハリー、セドリック…私はホグワーツがあったから、みんなが私を受け入れてくれたから、今ここにいる。騎士団のメンバーだって、ルーカスも。)

(私が辛い目に遭ったのは魔法のせいじゃない…きっと、どんな形であれ私は何かの問題に当たって辛くて悲しいことは人生で起きるわ。たまたま私の場合その辛くて悲しいことが魔法によって引き起こされただけで…。けれど魔法を捨てれば…そうすれば、私は“家族”を得られる?)

 

「ホグワーツで会った人とはこれからも会えるのよね?」

 

父親は苦笑し、首を振った。

 

「何を言ってるんだエルフィー。ハリー・ポッターにダンブルドア…全員お前を使おうとしてくる奴らばかりだ。ハリー・ポッターなんかと一緒にいたら命がいくつあっても足りない。第一、一緒にいたら魔法から離れられなくなるだろう?」

 

エルファバの中で、“魔法”と“家族”の天秤が大きく音を立てて崩れる音が聞こえた。

 

「………いや。」

「何を「いやよ。そんなの。私は魔法と共に生きていくわ。」」

 

エルファバは、父親と母親を交互に見る。

 

「お父さんとお母さんと、エディの4人で一緒に仲良くなることをずっと夢見てた。ロンの家族たちみたいにみんなで楽しくご飯を食べてのけ者にされないで、1人でご飯を食べなくていい!そんなことできたらどれほど幸せだろうって!」

 

エルファバが言葉を発するたびに、家がどんどん氷に包まれていく。母親がヒーっと声を上げた。

 

「けど、けど、魔法は私の一部なの!魔法の世界は私を受け入れてくれたわ!友達たちは私を仲間外れになんてしなかった!私を殴ったり、目が合っただけで不機嫌にならなかったし、人前で殴ったりなんてしなかった!私というありのままの存在を受け入れてくれたのよ!そう…ホグワーツは私の家なの!」

 

エルファバはそう言って自分が今退学になったことを思い出し、また涙が溢れ気づいてしまった。

 

父親と母親に拒絶されるよりも、ホグワーツに戻れない方が自分にとっては苦しいことに。

 

それを感じて、エルファバはポロポロと泣き出す。たとえ父親と母親がどんなに改心してエルファバを受け入れてくれたとしても、エルファバは同じ形で両親をもう愛せないのだ。“親しい友人”くらいには思えても、“家族”としてもう愛することができない。

 

「ごめん…なさ…い。」

 

父親はため息をついて、首を振った。母親は縋るようにエルファバを見る。

 

「それがお前の答えなんだな…。」

「…お父さ…。」

「すまない。」

 

その謝罪の言葉にエルファバは、ハッとした。

 

大学の事実を知っているということは今魔法省に追われている身だと、父親は知っているはずだ。魔法省にエルファバが追われている限り、魔法を断絶するなどそもそも無理な話ー。

 

「私を…足止め…してたの…?さっき紅茶を用意している時に、まさか…。」

「今の言葉に嘘偽りは無い。」

 

エルファバは先程隠れていた階段に続く廊下前まで後退りする。父親がエルファバにジリジリ迫ってくる。

 

「魔法を捨てるなら、家族3人で生きる覚悟だった。けど…魔法省の管理にいる方がお前が安全なんだよ!!!!!分かってくれ!!!!ステューピファイ 麻痺せよ!!!!」

 

そう叫んだ父親が杖を抜いた瞬間をエルファバは目視できなかった。エルファバはただ固まるばかりで、何もできなかった。しかし失神はしなかった。

 

「シリウス・ブラック…!!」

 

黒いローブを羽織ったシリウスは、エルファバと父親の前に立ち塞がっていた。母親は突如現れた男性を見て、近所中に響き渡る声で叫んだ。

 

「決闘チャンピョンだったお前も腕が落ちたな。全盛期のお前に会いたかったよ。」

「どうやって…。」

「お前の娘が昔家にいれてくれたんだよ。お前の家は保護呪文がかかっているから、それを逆手に取ったんだ。」

 

シリウスはイタズラ成功、と言わんばかりに後ろのエルファバにニヤッとする。

 

「お前が無言者たちをいいタイミングで招き入れ、この子を捕まえる算段だったか…しかし、あいつら弱すぎる。もっと職員たちを鍛えるべきだと魔法省に伝えてくれ。準備運動にもならない。」

 

父親が青い閃光をいくつか放ったが、全てシリウスが阻止する。

 

「前にも言ったが、何も知らないくせに私たちの家庭事情に首を突っ込むな!!」

 

エルファバは外にローブを着た魔法使いが2、3人走ってきたのが見えた。エルファバが手をかざすと、手から銀色の光が放たれ、バキバキっ!と音がして、玄関と窓が分厚い氷に包まれた。

 

「エルフィー!!」

 

その瞬間、母親はエルファバを力強く抱き締めた。エルファバはそれに固まってしまった。

 

「エルフィー…お願い、行かないで…!一緒に私たちと生きて行きましょう…!私の娘はあなた…!」

「レラシオ 放せ」

 

母親はエルファバから引き剥がされ、床に倒れ込みシリウスがエルファバの腕を掴んだ。

 

「1つ教えてやるよ。俺たちは、お前らのやりとりを聞いてたんだ。俺の言いたいことが分かるか?」

 

座り込んだ母親と呆然としている父親にシリウスは叫ぶ。エルファバは思い出した。2人に見つかる直前。2人の会話をエルファバはシリウスとともに聞いていた。

 

『…のか?』

『ええ。もう…決めたの。ちゃんと3人での人生を歩んで行こうって。』

『お前のすることは許されるわけじゃない…それを理解しているのか?』

『分かってる。許してもらおうなんて思ってない。会わない方がお互いのためでしょう?』

 

 

 

 

 

 

 

『ああ…家族3人で生きていこう。今後はあの“怪物”について、いろいろ考えないと…。』

 

 

 

 

 

 

 

「自分の娘を怪物と呼ぶ親に…家庭事情を語る資格はない。」

「ちがっ…!」

「…お父さん…お母さん…。」

 

狼狽える父親にエルファバは声をかける。

シリウスの腕にしがみつき、2人の目を見て、ハッキリと告げた。

 

「さようなら。」

 

エルファバがそう告げると、父親と母親は消えエルファバはどこかに吸い込まれていった。

 

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