ハリー・ポッターと氷の魔女   作:かっさん

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【注意】
前回に続きセドリックのキャラ改変があります。


15.オレンジと青が混じる時

 

自分は、呪われた。

 

どうやって鎮火したのか、自分の心を鎮めたのか覚えていなかった。おそらくが自分に失神呪文をかけたのだろうと思う。次に目を覚ました時には全く別の病棟に移されていた。他の患者もいない、扉すらない天井も壁も床も真っ白な部屋。完全に隔離用の部屋だ。

 

父親を危うく殺しかけた自身が恐ろしくてしょうがなかった。

 

(どうしよう…また同じことが起こったら…。)

 

セドリックはベッドしかない病室で、うずくまり自身が誰かを怪我させる恐怖に怯えていた。

 

(エルファバだったら…僕の気持ちを理解してくれる…。会いたい。お願いだから会わせてくれ…。)

 

しかし願い虚しく、次にどこからともなく扉が現れ入ってきたのは父親と母親、そしてファッジだった。

 

『父さん…ごめんなさい。僕、そんなつもりじゃなかったんだよ…『いいんだ、分かってるよセドリック。』』

 

父親は曖昧に笑いかけ、母親は心配そうにセドリックを見つつ、父親に寄り添った。それを遮るようにファッジがセドリックの前に現れた。

 

『いやはや、何も心配する必要はないセドリック。魔法省が総力を上げて君を治療するつもりだよ。ホグワーツで最後の年をしっかり過ごせるように手配する…進路に関わるN.E.W.T試験もあるからね。しかし、君がかかった炎の魔法はまだまだ未知数なことが多い。何せ魔法が効かないのだからね。』

 

ファッジはセドリックを安心させるために満面の笑みを浮かべているのだろうと当時は思っていた。思い返せば、そうではなく“エルファバ・スミス”というダンブルドア側の兵器に代わる炎の魔法使いを魔法省側が手に入れたことをファッジが喜んでいたのだ。

 

それから数週間、部屋に缶詰で自身の”力“を片っ端から調べ上げられた。数十名の魔法省職員の前で魔法を見せる作業が数時間続いた。しかし、必ずしも炎が望むタイミングで出てくるわけではなく、職員たちを苛立たせた。当然のようにハリーにもエルファバにも会えず、もはや友達にすら接触を禁じられた。自分の意図しないところでイライラを募らせ、部屋のベッドや新聞を燃やしさらに焦った。

 

(これで、ホグワーツに帰れなかったらどうしよう。)

 

唯一会うことを認められていた父親や母親にもイライラをぶつけてしまった。炎を見せ、怯えさせてさらに焦り。セドリックは人生で初めて“自分の努力ではどうしようもできないこと”にぶつかり、心身共に疲弊していた。

 

自分はこれまで努力すればなんでも叶ってきた。友達関係も、勉強も、クィディッチも。誰とだって上手くやれて、みんなに頼られて。しかし炎は自分の感情が揺れるたび目の前で煌々と燃える。火花を散らし、お前にはどうしようもないのだと嘲笑った。

 

進展があったのはセドリックの苦悩が数週間続き、ホグワーツに戻るまで残り数日となった時だった。白い部屋のベッドでまた新聞を燃やしてしまい、何もせずぼーっと座って白い天井を見ていたセドリックに意気揚々とファッジは近づき、こう言った。

 

『セドリック!いいニュースだ。君が安全にホグワーツへ戻るための薬を我々は開発した!』

 

ファッジは陽気に部屋に入ってきてセドリックの肩を叩く。軽い調子で言ってくるファッジに少し苛立ちを覚えたがそれ以上に安堵した。

 

(これで…ホグワーツに帰れる。クィディッチと、N.E.W.Tと…最後の学年だ。)

 

手渡された、コップの中に溶ける藍色の液体と浮かぶ金色の粉。まるで夜の色だった。セドリックは躊躇せずに飲み干した。

 

すると、セドリックの心は“無”になった。ホグワーツに帰れるかという不安、人を傷つけてしまう恐れ、全てが消えた。

 

『気分はどうだねセドリック?』

『普通です。』

『何か感じるかね?』

『何も…。』

『素晴らしい…!薬は問題なく上手く効いたということだな。これを服用して数日様子を見よう。』

 

そのあとセドリックは炎を出すことは一切無くなった。驚き新聞紙を燃やすことも、憤りで火の粉を散らすことも無くなり、ファッジは大いに喜んだがー。

 

『セドリック、大丈夫?具合は?』

『大丈夫だよ母さん。』

『そう…でも、あなた、少し、なんて言うか…。』

『なんだい、モゴモゴしないでハッキリものを言ってくれるかな。煩わしい。』

 

母親はビクッと顔を震わせ、俯く。

 

『セドリック…いくらなんでもそんな言い方することないだろう。言い方ってものがある。』

 

父親はセドリックをそうたしなめたが、セドリックは事実を言ったまでで、なのになぜそんなふうに言われるのか理解ができなかった。

 

(そういえば、あんなに会いたかったエルファバやハリーもどうでも良くなったな…けど、あの気持ちは苦しかったから無くなったのは楽だ。)

 

親たちの不安そうな顔にセドリックは気づかなかった。

 

『ねえ、あなた…これで良かったのかしら…?確かにセドリックは炎を出さなくなったけど…なんか、前のセドリックじゃない気がするのよ。』

 

退院そしてホグワーツへ向かう日、自分の病室の外で母親は父親にそう言っていた。父親は何も答えず、俯いていた。

 

(何を言ってるんだ。炎が消えたんだから、目標は達成した。そしたらホグワーツに…いや、別にホグワーツに行きたいとも思わない。なんであんなに炎を消すことに執着していたんだ?どうでもいい。何もかもー。)

 

父親にハリー・ポッターと関わらないこと、彼のために証言に加担しないことを堅く約束され、セドリックはホグワーツ特急に乗り込んだ。セドリックを見かけると皆がざわめき、拍手をし、肩を叩いて、時にはハグをして喜んだ。それをセドリックは適当な相槌で誤魔化し、監督生の仕事に務めた。

 

自分を取り囲み、身を案じてくれた友人たちが、どうでもよく感じる。

 

(おかしい…前までの僕なら、もっと愛想良くできたはずなのに。)

 

そんな小さな違和感も、追及するまでにはいかず友人たちからの激励が雑音に、ボディタッチが見知らぬ人からされたように不快だった。

 

『せっ、セドリック…よね?』

 

友人達と監督生用のコンパートメントを開けて入ってきたのは、エルファバの友人であるグレンジャーとウィーズリーだった。新品の監督生バッチを胸に輝かせている。友人たちは少し疎ましそうにグレンジャーとウィーズリーを見た。

 

『良かった…!!無事だったのね…!!本当に…!!』

 

グレンジャーは心底嬉しそうににっこり笑う。後ろのウィーズリーも軽く手を振った。

 

『ああ、僕の父さんや母さんも君のこと本当に心配してたよ。もちろんハリーやエルファバもね。』

 

セドリックから何も答えずにいると、2人は一瞬顔を見合わせ、ソワソワした。

 

『あの…このこと、ハリーとエルファバには、言っていい?本当に心配してたの。私たち監督生の仕事が一旦終わったから、2人に会う予定で。』

『僕から言うから言わないでくれ。』

 

合理的に考えた時、この周りにいる友人達の前でハリーとエルファバと話すのは、良くない。父親から言われたことの齟齬を合わせないといけない。グレンジャーとウィーズリーは分かった、と言って去って行った。

 

『ね、ねえ、セドリック。』

 

2人がいなくなった後、アニーという同級生がソワソワしてセドリックに聞く。

 

『あれ、ハリー・ポッターが言ってた“例のあの人”の話って本当なの…?』

 

皆が一斉にセドリックを見つめた。やけに皆がセドリックに話しかけてきたことに納得がいった。

 

『なるほど、君たちは野次馬精神で僕に絡んできたわけか。』

 

なんの感情もなく、セドリックはそう呟いた。

 

『そんな…違うわよ…!私たち心配で…!』

 

アニーは酷く傷ついた顔でセドリックを上目遣いで見る。

 

『セドリック、俺たち本当に心配してたんだよ。そんな言い方しなくてもいいだろう。』

『そうなんだ。』

 

怒った友達のハロルドにセドリックがそう言うと皆は顔を見合わせ、黙り込んだ。セドリックはそんな状況が鬱陶しく、窓の外を見つめることにした。誰も話しかけてこず、面倒なことがなくなったとセドリックは感じた。

 

(ああ、エルファバとハリーもこいつらと同じリアクションをするのだろうか。だとしたら面倒だな。)

 

案の定、その数時間後に列車を降りて遭遇したエルファバは2mほど周囲を凍らせ、セドリックに抱きついてきた。その後についてきたハリーに淡々と自分はなにもできない旨を伝えた。

 

(やっぱり、煩わしい…。)

 

最終学年になったホグワーツの生活はセドリックにとって面倒なことに尽きた。宿題を写させろと言ってきた友人に『そんなの自分でやればいいだろう。君に親切にしてなんのメリットがある?』と伝え、憤慨させた。

結局出場できなくなったクィディッチの練習に協力するように言われたので、新人の飛び具合を確認し正直な意見を言ったら新入生が泣き、同じメンバーのアンソニー・リケットが半笑いであの言い方は良くないと注意を受けた。

エディ以外は酷い飛び方だったので、それを指摘したまでのことだったのだが。

一番理不尽だったのは、ほとんど関わりのないスリザリンの上級生が自身の彼女が自分を好きになったから決闘しろと言われ、断ったら背後から背中モジャモジャ呪いをかけられたことだった。

 

自分が完全に被害者だと思っていたが、その現場を見ていたエルファバの妹であるエディにこう言われた。

 

『いや、まあね。そうなんだけどさ、セドリック悪くないんだけど。けどね、ほかの男に目移りするほど魅力のないお前に問題があるって言うのはまずいと思うよセドリック。そりゃ呪われるわ。』

 

どうしちゃったの?とエディは聞いてきた。

 

思えば、自分はこれまで細かい配慮をしていたと思う。

宿題はたしなめつつも見せていたし、クィディッチでは皆が気持ちよくプレイできるように声のかけ方をよく考えて伝えていた。色恋沙汰に巻き込まれるのはよくある話で、主にエルファバ関連で嫌味を言われたり今回のように誰かが自分を好きになったからどうにかしろといった要求はされていた。なるべく波風立てないように上手いこと説得、話を流していた。

 

それが、皆と仲良くするのにベストな行動だと信じていたから。

 

(けど、それってとても無駄なことじゃないか。それをやって僕になんのメリットがある?)

 

自分を囲んでいた友人たちは新学期が始まって数週間で自分から離れ、1人の時間が増えた。近づいてくるのは大抵ハリー絡みの話だ。

 

ホグワーツにやってきたアンブリッジ…ファッジ直属の部下は、この疑問にニコニコしながら答えた。

 

『なーーーんにも悪いことじゃないわミスター・ディゴリー。魔法省が開発した薬によってあなたは本当の自分になれたのよ。あなたは優しい人でこれまで周りに気を遣いすぎていたのよ。』

 

そうだったのかもしれない、とセドリックは思った。もう誰も話しかけてこない。面倒なことは最初の数週間で徐々に無くなってきた。誰もセドリックを頼らない、噂話の真偽も聞いてこない。

 

セドリックを見ればみんな、避けるようになった。噂によれば、セドリックがいなくなったせいでその学年の諍いや仲違いも一気に増えたらしい。

 

(静かだ…何も考えなくていい…けど、本当にこれでいいのだろうか…。)

 

漠然とした不安がたまに頭によぎり、そして最後にはどうでもいいことだと結論づけて消えた。

 

薬の服用と毎週アンブリッジの部屋に行くことが義務付けられていた。薬を飲めば飲むほど、不安と疑念は消え心は空っぽになった。考えることはなくなり、言われたことに従うだけ。

アンブリッジと話終わると数時間、頭の中で“ダンブルドアとポッターを追い詰めろ”“エルファバ・スミスの秘密を握れ‘という声が反芻したので、そうすることにした。

 

(この3人を追い詰めれるんだ…けどどうやって。)

 

ぼんやりそんな義務感を感じる反面、頭の中でずっとそれを考えるのも苦痛だった。考えることすら、セドリックにとっては大きな労力だった。

 

(けど…追い詰めれば、この苦痛からも解放されるからさっさとやろうー。まずはエルファバから、エルファバの弱点を知らないとー。)

 

ーーーーー

 

『…セドリック、セドリック!』

 

そんな生活が1ヶ月半続いたハロウィン後の深夜。セドリックは寮のベッドで寝ていた。男子生徒のいびきが響く中、明らかに女子生徒だと分かる声にセドリックは起こされた。セドリックが目を開けると目の前には誰もいない。

 

『誰だ。』

『あ、そっか、見えないのか。』

 

そう言って暗闇から突然現れたのはエディだった。なんでいるのか、どうやって入ってきたのか。

 

『ねえ、夜のホグワーツへ散歩に行かない?エルフィーが誘ってるの!』

『…君たちは狂ってるのか?今何時だと思ってるんだ。』

『今は深夜1時…ああ、待って待って!』

 

セドリックは寝返りを打ち、エディに背を向けるとエディは慌ててセドリックの顔の方へとやって来る。

 

『結構ヤバいんだって!たかだかエルフィーが校則を破りたいがためにあたしが協力すると思う?違うの!セドリックが来ないとエルフィーが禁じられた森で全裸で走り抜けるって脅されてるの!明日学校のマドンナ、エルフィーを全裸で走らせた戦犯だと思われてもいいわけ?!』

『…。』

『はい、嫌なら今すぐ、あたしと一緒についてきてよ!!』

 

セドリックは確かに面倒だと思い、渋々近くにあるローブを掴んで羽織り立ち上がった。

 

『はい、これ被って!透明マント!』

 

エディがセドリックの頭からマントを被せて歩き出す。寮を出て、真っ暗なキッチンをエディの杖灯りだけで歩き階段を上がって外に出る。

 

品行方正なセドリックが、消灯時間を破り外に出るのは初めてだった。途中でミセス・ノリスに会い、ニャーニャー鳴かれたがエディは「無視、無視!」と言って通り過ぎた。

 

(透明マント、か。本当に見えなくなるんだな。動物には効かないみたいだけど。)

 

外は肌寒かった。中庭を突っ切り、セドリックが入ったことがない茂みをずんずん歩いて5分ほどで、いきなり広い大きな広場に出た。

 

そこにぽつんと立っていたのはエルファバだった。

後ろには薄暗い森が広がっている。

 

エルファバは胸元がピンクで下半身につれて白くなるグラデーションのAラインドレスの上から、キラキラと石が所々付いているカーディガンを纏っていた。そのドレスは去年セドリックとのダンス・パーティで着ていたドレスであることをセドリックはぼんやり思い出す。白い髪はシニオンにきれいに結っているのが去年と違うところだった。

 

『エルフィー!』

 

エディは小声で背後から声をかける。エルファバはそれを事前に知っていたようで少し身体を震わせたが、すぐにエディとセドリックの方向へ向き直った。

 

『エディ…セドリック!良かった!てっきり来ないかと…。』

『僕が行かないと君が全裸になって、禁じられた森を走り回るっていわれたから来ただけだ。』

 

エルファバは凍りつき、ついでに周囲も2メートルほど凍らせた。エルファバは顔を両手で覆いながらセドリックが聞いたことがないような大きな声で、叫んだ。

 

『え、エディ!!!なんてことを『はいはい、2人で夜の散歩楽しんできて〜あたしはここで見張ってるから!はい、透明マント!』

 

エルファバはエディを睨みつけ、杖を取り出し氷を消した。頬を膨らませながらエディの手からマントをひったくる。そしてニヤニヤ笑うエディが走り去っていくのを睨みつけながら見送った。

 

『君は全裸で走り回るのか?』

『そんなことしないわ…!もうエディったら。』

『じゃあ、もう帰っていい?僕の役目は終わっただろう?』

『あ、え、待って。違うの。』

 

気を取り直して大きく深呼吸し、セドリックに向き直る。そして、咳払いをして大袈裟に腰を折ってドレスの両端を摘んで広げた。

 

『カッコいいお兄さん…私と一緒に夜の散歩に付き合ってくれませんか?』

 

(そういえば、そんなことをふざけて去年エルファバにそんなことを言ったな。)

 

『…なんのために。』

『夜のお散歩って素敵よ…ね、一回だけ。』

 

セドリックはため息をつき、どっちでもいい、と言った。

少しエルファバの弱点を知る、いい機会になるかもしれないと思ったのだ。

エルファバとセドリックは森の中へ歩き出す。隣のいるエルファバは去年のダンスパーティーと全く同じ、むしろもっと今の方が容姿は綺麗に整えているはずだった。

 

(あの時は本当にドキドキした。エルファバを抱えて踊った時にも余裕なフリして心臓がバクバクして聞こえないか不安だった。なのに今はそんなエルファバを間近で見ても何も感じない。そういえば、エルファバと5年間も一緒にいるのに弱点を知らないなんて。)

 

『ここね、3年生の時私が遊んでいた場所なの。』

 

エルファバは杖で灯りをつけて、セドリックの手を引っ張り森の中へ入っていく。エルファバが話している間もセドリックはこれが見つかったら面倒だな、とか森の中で危険な生物に遭遇したらどう対処するつもりなのか、などと感想を持っていた。

 

『3年生の時、自分の“力”を抑えられなくなって…というより抑えるのが辛くなっていつも寮から抜け出して1人で思う存分自分の作りたいものを作ってたの。4年生の時のダンスパーティーは、そのおかげで色々作れたのよ。だから…ルーモス マキシマ」

 

エルファバが放った呪文で、森の中が明るく照らされ全体が肉眼で分かった。

 

『…』

 

セドリックは無表情にまじまじと目の前に広がる光景を見ていた。

 

森の中に広がる空間の中心で、何かが動いてた。大きく丸い氷の屋根の下で、銀色の馬がクルクルと円を描いてゆっくり回っている。馬たちは上下に浮いたり沈んだりしながら今にも走り出しそうなポーズを取っているが、馬自体は動く気配はない。氷の屋根は透明だが、金色の蔦や花の細かいデザインが内側に施されている。取り囲む木々はダイアモンドカットされた氷たちが、また同じく氷の鎖によって繋がれ、木々に絡みついていた。

 

エルファバが杖をもう一振りすると、杖からオレンジの蛍のような光が何個も放たれ、木々の周りにぷかぷか浮いていた。その光が氷に反射し、より一層キラキラ輝いた。

 

『セドリック、覚えてるかしら?マグルの娯楽をいつか楽しみたいって言ったの。これはね、メリーゴーランドって言って偽物の馬に乗るマグルの遊びなオブジェなの。氷で何かを作るのは難しくなかったんだけど、すぐに溶けてしまうから、“溶解防止呪文”を覚えたり、“蛍火呪文”を習って…あと、デコレーション用の”金のリボン“っていう呪文をフィットウィック教授に教えてもらったのよ。あの屋根を作ってから自分でデザインしたのよ。ずっとセドリックにこれを見せたくて最近練習してて…でね、メリーゴーランドはマグルだとカップルが一緒に乗るってエディが言ってて…。』

 

エルファバは少しモジモジしながら、一生懸命いつも以上に長く話していたがセドリックは何も感じなかった。ぼんやりとメリーゴーランドと呼ばれている屋根にいる金色の天使をぼんやりと見つめた。

 

(これを、人は綺麗と言うんだろうか。多分、これを見たら人は感動するんだろう。けど…僕は何も感じない。)

 

そう思った時、何かがセドリックに問いかける。

 

本当に?

 

『僕のために?』

『…ええ。』

 

(僕のために作ってくれた。けどー。)

 

自分に感情なんて存在しないんだ。

 

本当にそうなのか?

 

『…これに一体何の意味があるんだ?なんで…これに時間をかけるなら勉強とかした方がよっぽど役に立つ…なんで、こんな、ことをー。』

 

その時、薬を服用して初めて胸の奥がザワッと不快な音を立てた。何かが溢れ出るような、体内で何かが蠢くような。セドリックは思わず隣にいる、エルファバを見た。

 

セドリックを見るエルファバ、目の中でオレンジ灯りと瞳の青が混じっていた。

 

 

 

 

 

『なんでって…私、あなたを愛しているのよ。』

 

 

 

 

 

エルファバは、サラリと当たり前のようにそう言ったのだった。

そして、私やっぱりそんなに表情がなかったかしら?とか、私ちゃんとあなたが好きなのよ、とオロオロしている。

 

セドリックの中で、何かが決壊した。

 

『ダメだ…エルファバ離れろ!』

 

セドリックが感情を込め大声を出したのと、勢い良く爆発のように発火したのは同じタイミングだった。目の前はオレンジでいっぱいになり、エルファバは熱気と炎の中に消えていった。

 

『エルファバ!』

 

手を伸ばすセドリックを焦燥感が襲う。エルファバが危険な目に遭ってたら自分のせいだー。

 

焦りから始まり、身体の中で喜怒哀楽がけたたましく叫び、暴れ、記憶がどんどん反芻する。炎の中に消えたエルファバが心配なのに、抑えていた感情が湧き出てきて酷い目眩でセドリックは、くの字に座り込んだ。

 

(そうだ…宿題を見せるのは本当はいつも嫌だった…けど、人間関係を円滑にするために…クィディッチだって努力をせずに自分の才能を高らかに自慢するやつにはうんざりしていて、けどみんなの士気をあげようとサポートして。友達の仲を取り持って仲良くするのは楽しくて、ワクワクすることがあって、エルファバといる時は…ドキドキして。)

 

『セドリック!アグアメンティ 水よ!』

 

自分を取り囲む炎の外でエルファバが呪文を放つ声が聞こえた。エルファバは無事だった。けれどここに来ようとしている。

 

『来ないで!僕は大丈夫だから!来ないでくれ!』

 

セドリックはパニックに陥っていた。自分のために校則違反をして、新しい呪文を覚えて、美しいものを作ってくれた。嬉しい。

エルファバへの愛おしさが溢れているのに、そばにいたいのに、自分が近づけばエルファバは傷つく。あの時の父親のようにー。

 

セドリックは辛うじてポケットから杖を取り出し、叫んだ。

 

『でっ、デフィーソロ!!!』

 

眩暈の中、エルファバが氷を消す時に使う呪文を唱えたが、ただ炎が煌々と燃えるだけだった。そしてどこかに杖を落としてしまった。

 

『セドリック!』

 

セドリックを囲む炎の間に穴ができた。と、同時に冷たい空気がセドリックに届く。エルファバの全身が見えて、エルファバはその穴からセドリックに駆け寄ってきた。

 

『だっ、ダメだ!来ちゃダメだ!』

 

セドリックは後退りして、叫ぶがエルファバは歩みを止めない。

 

『来るな!!!』

 

怒号と共に火はさらに大きく燃え上がり、エルファバの姿はまた見えなくなった。熱気でセドリックの喉が焼けそうだった。セドリックは自分の中に渦巻く感情と熱気で胸焼けと眩暈がしてその場に倒れ込んだ。

 

そんなセドリックの肌に心地よい冷たい風を感じた。再びエルファバは現れたのだった。白いドレスとカーディガンは所々燃え、肌も所々赤い。それでもエルファバは表情を変えず、躊躇なく炎をくぐり、セドリックに近づいていく。

 

『来るなって、言ってるのに…。』

 

あまりにも情けない声がセドリックの声から漏れる。エルファバに来ないでほしい、しかし感情に任せて叫べばエルファバを火傷させてしまう。

 

(ダメだ、エルファバが…エルファバを怪我させる…!)

 

そう思った瞬間、セドリックの意に反して炎はまた大きく燃え上がった。

 

『エル…!』

 

しかし今度は、エルファバが視界から消えることはなかった。襲ってきた炎はエルファバの手から放たれる銀色にキラキラ輝く風の中へと吸い込まれ、消えた。

 

エルファバは空へと手のひらを向けると、銀と青の光が上空へと上がった。それはアーチとなり弧を描いて下に落ちてきて瞬く間に周囲の炎を消した。

 

森の中に一気に静寂が戻った。

 

エルファバは後ずさるセドリックの近くにしゃがみ、両頬を手で包み込んだ。エルファバの手はひんやり冷たく気持ちがいい。それに思わず安心してしまう自分がいた。

 

『だっ、ダメだ…離れて…ケガする…。』

 

セドリックが動揺するたび、火の粉や蛍のような光が空中に現れるがその度に銀色の風が優しく吹き消すのだった。

 

『セドリック…。』

 

火と雪、熱気と冷気が混じる中、視界の中にいるエルファバは優しく微笑んだ。潤んだ目の中でセドリックの炎とエルファバの瞳の青が混じっている。

 

『大げさよ。ただ少し燃えただけだわ。』

『…そんなことは…。』

『怖がらないで。すごく綺麗だから。』

 

エルファバに触れられた時、セドリックの心は徐々に穏やかになっていった。まるで自身の炎がエルファバの起こす風に吸い込まれるように。

 

『大丈夫、大丈夫…。』

 

エルファバは自身のおでこをセドリックの額に当て、優しく何度も言い聞かせた。炎は徐々に弱まり、消えいく。

 

(何をしてもダメだったのに…こんなこと、で。)

 

倒れ込むセドリックにエルファバはゆっくり体重をかけ、そのままセドリックの体に乗っかってセドリックの背中に腕を回した。

 

『セドリック…あなたは、ずっと“これ”と戦っていたのね。』

 

セドリックの肩にエルファバは頭を乗っけ、はあっ、と声を漏らした。

 

『誰も傷つけないように、抱え込んで生活してた…気づいてあげられなくてごめんなさい。きっと辛かったでしょう?』

『そんなカッコいい感じじゃない。』

 

何も努力なんてしていなかった。ただ言われた通りに薬を飲み、自分の意思が消えて周りに迷惑をかけて。さらにはエルファバを傷付けようと考えていた。

 

(そんなことを知ったら、エルファバはなんて思うだろう。)

 

『あったかい。』

 

セドリックは自身の身体の上でモゾモゾするエルファバを恐る恐る、包み込むように抱き締める。10月の冷たい空気にさらされたエルファバの肌は冷たい。なのに、この数カ月間で初めてセドリックの心に安堵という感情が広がった。

 

(ああ、僕は…この子に触れていいんだ…今は。)

 

『君は、冷たいよ…10月なんだからそんな格好しないで。』

 

軽口を叩くと、エルファバはセドリックの身体の中でクスクスと身体を震わせて笑った。

 

氷の馬たちは、所々炎がちらつく中でそんなことを梅雨知らずゆっくりクルクルと回っていた。

 

 




セドリック編、あともう少し。
本当は2話で終了予定だったのに…。
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