この話にはグロテスクなシーンがあります。
エルファバは肌を刺す冷たい空気に身をよじらせ、目を覚ました。
「起きたか。」
床も壁も天井も真っ黒な部屋。奥で水が流れる音が聞こえている。エルファバは白いベッドの上に横たわり、ボーっと天井を眺めていた。
(どこ…ここ。)
「ここは神秘部、“愛の間”だ。」
エルファバの頭の中の問いに冷たい男性の声が答える。男性らしき人物が黒い甲冑に全身覆われており、エルファバのそばでジッと立ち尽くしており、ギョッと毛布を蹴飛ばし、後退った。声は部屋の中で反響するので、エルファバの頭はキンキンした。
(あれ…おかしいわ。私どうしてここにいるのかしら。だって私は部屋で勉強してたのに。ここが本当に神秘部なら私はどうやってここへー。)
「騎士団のマンダンガス・フレッチャーという男に協力してもらった…金を積んだら動いた。そちらの都合など知ったことではないが、あんな男が騎士団員とは、ダンブルドアも落ちたものだな。」
男はため息をついて首を振り、さて、と切り出す。
「数年間、我々がずっとアルバス・ダンブルドアへあなたと話をしたいと要請していたが、拒否されていた。先に言っておこう。手荒ではあったが、私たちの目的は接触であり、軟禁ではない。あなたに危害を加えるつもりはない。」
(あ。)
エルファバは思い出した。シリウスとリーマスと話したあと、部屋に戻る途中でマンダンガス・フレッチャーに会った。
『エルファバよお。手伝ってくれねえか?中に運びたいものがあるんだ。』
迂闊だった。考えてみれば重い荷物を運ぶのにエルファバなど選ぶはずがない。エルファバはマンダンガスの指示でグリモード・プレイスの外に一瞬出た。
そこから記憶がない。
おそらく、外に神秘部の職員が待機しておりエルファバが出てきた瞬間に失神呪文を打ったのだろう。
(シリウスのお母さんの肖像画、剥がさなければ良かったわ。そしたら扉を開けた音で叫んでくれたのに。そもそも、一瞬でも外に出てしまったのが間違いだけど…。ああ、みんなに怒られるだろうな。)
「危害を加えるつもりはないですって…?こんな失神させておいて?」
エルファバはジッと甲冑を睨んだ。おそらく小鬼が作った甲冑だ。凍らせて逃げるのは難しい。エルファバ自身には拘束はない。
(それなら、足を滑らせるとか?)
「それとこの部屋全体が、小鬼の特殊な魔術を練り込んだ大理石でできてる。あなたは逃げる術はない。」
エルファバの心を読んだかのように男は続けた。
「…どうして、」
そこまでして私を捕らえるの?と言いかけたところで男性は杖を取り出し、一振りすると甲冑の頭部分が溶けて無くなった。エルファバはその人物に息を飲んだ。
「……アンソニー…?」
セドリックの友人であったアンソニー・リケットはエルファバをジッと見下ろしている。いつも人を揶揄ってニヤニヤとしているアンソニーが、今は無表情でエルファバを見下ろしている。
「あなた…どうして…?生徒なのに…?」
「アンソニー・リケットという生徒は去年誤って“悪魔の罠”の茂みに入って死亡した。ホグワーツに入り込みたかった私たちは1人代表してその生徒になり、ホグワーツに入り込んでいる…生徒が亡くなったのは偶然だ。」
「アンソニーになりすましてセドリックを…アンソニーの家族や友達を騙してるのね。最低だわ。」
少しの沈黙の後、エルファバが軽蔑を込めてアンソニー(を模した神秘部の人間)を睨みつける。アンソニーはそれを無視する。
「私たちの印象が悪いようだが、あなたの杖を折ったのはアンブリッジの独断だ。」
「けど、私に叔父さんの罪をなすりつけたわ!ホグワーツに乗り込んでまで!」
「状況を考えるにあの状況ではあなたしか犯人はいなかった。ダンブルドアからその話を聞いていると思ったが?」
エルファバは下唇を噛む。
「叔父さんのことは私じゃないの…私…私、聖マンゴに入らない…入れないの!O.W.Lを受けないといけない…私は…その、感情で操れないのも、前に比べてだいぶ改善して…これからも頑張るから…!」
「そこも、改めて誤解のないように言っておこう。我々はたまたまあなたに接触しようと試みるファッジと利害が一致しただけで、あなたを監禁しようとか自由を奪うつもりはない。ダンブルドアやその信望者たちの妨害でここ数年あなたとの接触を阻まれただけでー。」
「じゃあ、逆にどうしてそこまでして私と接触したいのよ…?」
すっかりベッドは凍っており、細かい粉雪も舞っている。アンソニーはため息をつき鎧を鳴らしながら、杖を取り出した。
「それは、あなたの“力”にこの魔法界の未来が詰まっているからだ。」
杖を振ると、空中に金色の光が弧を描き素早く動き始めた。その光の残像は残りまるで羊皮紙に字を書き記しているかのようだ。
「…魔法陣…。」
古代ルーン文字やその他分からない言語が複数連なる魔法陣が描かれた金色の光はゆっくりとエルファバとアンソニーの周りを回る。
そしてエルファバはそれが自分の目の前に来た時、見慣れた英語が真ん中に書かれていることに気づいた。
「…デフィー・ソロ…。」
エルファバの氷、ルーカスやアダムの炎を解く呪文だ。
「あなた方の魔法は、この魔法界の叡智の賜物。この世界にある魔法を全て無効化する魔法だ。これが何を意味するか分かるか?」
アンソニーはここで初めて、少し感情を表したとエルファバは思った。湧き上がった興奮を抑えるかのようにアンソニーは大きく息を吐く。
「この世の呪いだって、全て無にできる。血の呪いを受けた者、醜い姿になり手の施しようのない患者、そして今この世に反対呪文のない死の呪い。多くの人を救う魔法があなたの持つ“力”だ。」
エルファバは2年生時に日記に閉じ込められていた記憶のリドルの話を思い出した。当時エルファバは気絶していたが、ハリーがリドルの様子を伝えてくれたのだ。リドルは、エルファバの氷について“今世紀の魔法では実現不可能なほどに複雑で精巧、そして完璧な魔術”であると言っていたと。
そして最近の記憶も蘇った。反芻するハーマイオニーとロンの言葉。
『あなたの能力は、エルファバそのものに備わっているのではなく本当に“呪い”なんだわ。比喩ではなく。』
『呪いという割にはとても便利だと思うんだそれ。僕らそれなかったらきっと1年の時も2年の時も死んでたし…4年の時だって、氷の力で僕らすっごい助けられたよ。もちろん、いろいろ凍らせちゃったり大変なこともあると思うけど、エルファバのことに限らず魔法ってそういうものじゃない?』
「しかし、不自然な点もある。」
アンソニーがもう一度杖を振ると、魔法陣がゆるゆると形を変えていく。
「我々が調べた限りのオルレアン一家とベルンシュタイン家の家系図だ。一家に1人いるはずなのに、所々継承者が抜けている。」
エルファバは現れた相関図に目を凝らすが、字が細かく人数も多いためしっかり読めなかった。アンソニーは続ける。
「しかも数百年、これが続いているにも関わらずグリンダ・オルレアン存在…あなたの母親が現れるまで、この魔術の存在が明るみにならなかった。ここまで強大な魔術を今の今まで隠し通していたか?そうだとしたら、ベルンシュタインがディゴリー家の子息にしたような魔法を移させるようにはしないはずだ。これをー呪いをかけた小鬼たちの策略なのかー。まだ未知数なことが多い。」
アンソニーは家系図を消し、エルファバをジッと見下ろす。グレーの瞳が射抜くようで落ち着かずエルファバは目を逸らした。
「…それで、まだ、私に接触した理由は…?ファッジのように学術的な興味が…?」
「あなたの“力”を調べ上げたいのは事実だ。しかしそれを我々は有用な形で使用できるようにし、そして解呪する。」
「……解呪…ですって?」
エルファバは思いがけないアンソニーの言葉に動揺し、まじまじと見てしまった。
「そう。そこがファッジとの大きな違いだ。ファッジは魔法界ではなく、魔法省に有益な形であなたの“力”を使うつもりだ。ディゴリー家の一件もあり、おそらくこれを量産し武器にしようと考えている。しかし我々は量産するつもりはない…便利な魔法だが形式は明らかに呪い…血の呪いだ。今は気づいていないかもしれないが、あなたに何かしらのデメリットがあるはず。我々に協力してくれると約束してくれるのであれば、あなたの“力”を魔法省の利益ではなく魔法界全ての人に貢献できる形になるまで研究し、かつあなたが望むのであれば解呪しよう。」
少しの沈黙、お互いの睨み合いが続く。
「血の呪いのほとんどは解く術はないわ。」
「それも、まだ調べていないから分からない。原因が小鬼たちの明確な悪意であれば、何かしら小鬼が作業して今も呪いを持続させている可能性が高い。そこさえ見つけられれば解呪できる。」
「…そもそもこの件に小鬼が関わっているかすら」
「あなたへの対抗手段は小鬼製の鎧、そして小鬼の魔術が練り込まれた特殊な大理石。明らかに小鬼には危害が加わらないようになっている。聡明なあなたであれば明白では?」
エルファバの魔法省、神秘部に協力しない理由が打ち消されている。
(解呪…考えたことなかった。これを共に一生生きていくものだと考えていたわ。まだ見えないデメリットのために選択肢を増やした方がいい…?いいえ、今返事を出さなくてもいいはずよ。その前に条件を聞かないと。)
「…具体的な協力方法は…?」
一瞬勝ち誇ったようにアンソニーのグレーの瞳が光ったのをエルファバは見逃さなかった。
「まだ協力するとは言っていないわ。」
「…ああ。そうだね。すまない。2つ提示したい。月に1回我々に会うこと、そして卒業後にー。」
もう1つの条件を話していたアンソニーは急に驚いたように目を見開き、固まった。
「?」
アンソニーの首からどす黒い血が大量に噴き出し、口から泡を吹いて、大きな音を立ててエルファバの横に倒れた。
「あ、アンソニー…?」
アンソニーは鎧の中で小刻みに震えていた。
「アンソニー!」
エルファバがアンソニーに駆け寄り体を持ち上げようとするが、鎧が重くビクともしない。アンソニーの痙攣が鎧越しにも伝わってくる。エルファバはアンソニーの手から杖を掴み、呪文を叫んだ。
「エバネスコ!消えよ!」
鎧が消失したと同時にエルファバは悲鳴を上げた。
アンソニーの身体に真っ黒な大蛇が巻き付き、エルファバを睨みつけていた。
蛇はエルファバの腕に飛び掛かってくる。
「きゃあっ!」
間一髪、足を滑らせたことで大蛇の毒牙を逃れた。
(ハリーが言ってた…ミスター・ウィーズリーを襲った蛇…!?)
「れっレラシオ!放せ!」
エルファバの呪文により、大蛇は数メートル先に吹っ飛んだ。エルファバはその隙をつき、アンソニーを抱えた。アンソニーは知らない端正な顔をした黒髪の男性へ変わっていた。本来のアンソニーなのだろう。エルファバの服と肌に血が大量につく。
蛇が迫ってくる。エルファバは“力”を数回蛇に向かって放ったが全て避けられ、氷は一瞬で大理石に吸収されてしまった。
エルファバは咄嗟に天井へと手を向けると、氷のドームがエルファバとアンソニーを包んだ。血のついた大蛇はエルファバの氷に何度も体当たりしたがびくともしない。
しかし、氷が異常なスピードで溶けていく。エルファバとアンソニーの上に水滴がポタポタと落ちてきた。
今度は杖をエルファバの服に向けた。
「ディフィンド 裂けよ」
腹部の布を裂き、首の傷口へと当てた。
(あと、毒が回らないように心臓を高くしないと…!)
エルファバがアンソニーの腰に氷の台を作った時、パキンっ!氷が割れる音が聞こえた。氷の隙間から蛇が入り込んできた。
「あっ、アクシオ!鎧よ来い!」
エルファバの目の前にアンソニーの鎧が踊り出た。身体にのしかかって来た鎧は相当重い。負けじとエルファバは叫んだ。
「ロコモーター!オパグノ!襲え!」
鎧はひとりでに動き、大蛇を抑えにかかった。蛇はシャーシャーと鎧の手の中で暴れ、鎧がよろめくが流石の大蛇も重い銀の塊には敵わないようだった。
(誰か…!)
そう思った時、誰かが部屋に入ってくる音が聞こえたー。
ーーーーー
ハリーは鼻息荒く元アンブリッジの部屋内を行ったり来たりしていた。
ハーマイオニーとロンは暖炉近くの部屋に座り壁にある猫の絵がニャーニャー言っているのを居心地悪そうに睨んだ。
「ハリー…お願いだから落ち着いてよ…。」
「落ち着けるわけないだろう…!!エルファバは血だらけで“磔”にされてたんだ…!!それを見て落ち着けって?」
非難がましいハーマイオニーにハリーは噛み付く。
「だって、それは…!」
「幻覚だって言うのか!?あの時本当にエルファバが家にいるならシリウスやリーマスがとっくにそう言ってる!けど2人は『確認するからそこを動くな。』しか言ってない!!」
髪を乱暴にかきむしり、ハリーは額の傷を揉んだ。そしてさらに大声で叫んだ。ハリーが叫ぶと皿の中の猫たちがシャーーーっと威嚇するがハリーは気にも留めない。
「それに!!シリウスが20分後には連絡してくれるって言ってたのに、もう40分経ってて「エルファバ!?」」
ロンが跳ねるように立ち上がり、暖炉を覗き込むとエルファバの生首が座っていた。皆が安堵しつつ、ハリーとハーマイオニーも暖炉に駆け寄る。
「エルファバ!大丈夫なの!?」
ハリーの声にかき消されたが、その間にエディ、(エディの呪いがだいぶ引いた)セドリック、ネビル、ルーナ、ジニーが部屋に入ってきた。
エルファバは最後に会ったより少しやつれていたが、それでも拷問されているというほどではない。
「うん、平気よ…ちょっと神秘部の人に連れ去られただけなの。そのあと騎士団に救出してもらって。今はもう平気…心配させてしまってごめんなさい。」
一瞬の沈黙の後、ハリーはその場に座り込んだ。
「良かった…じゃあエルファバは拷問されていないんだね?」
ハーマイオニーはほら、と目で視線を送ってきた。ハリーは気まずそうに目を逸らす。
「良かったわ…ってことはハリーは幻覚を見たってこと?やっぱりスネイプ教授とのレッスンを「ああ、分かった。分かったよ。」」
ハリーはハーマイオニーの言葉を流しつつ、立ちあがろうとすると再び傷跡が痛んだ。再びエルファバが血だらけになり泣き叫ぶ映像が頭に流れるが、これは幻覚なのだと必死に言い聞かせる。
「けど神秘部に連れて行かれるなんて一体何があったの?」
「実はそのことなんだけど、ハリー。1つ伝言があって…こっちにきてくれないかしら?」
傷跡を揉み、よろよろと立ち上がりハリーはエルファバに近づいた。ロンとハーマイオニーは後ろに下がり、ハリーはエルファバに顔を近づける。
「ごめんなさい。」
「え?」
エルファバの生首両サイドから細い腕が伸び、ハリーの体に手を回したと思うとハリーを暖炉の中に引き摺り込んだ。
皆がハリーを呼ぶ声がどんどん遠ざかり、緑の炎が視界を覆った。ぐるぐると全身が回ったと思うと、身体を固い何かに打ち付けたのだった。
「いっつ…!」
「時間がないわ。」
エルファバは容赦なくハリーを暖炉から引っ張り出した。ハリーの知らない家だった。おそらくエルファバは誰か魔法使いの家に忍び込んだのだろう。状況を確認する間も無く、ぐいぐいとハリーを引っ張り、外へと出る。
小柄な割に力がかなり強い。
「一体…?」
「一緒に魔法省に来てほしいの。確認しないといけないことがあって。」
エルファバはブカブカのマグルのYシャツとジーンズを着て、髪の毛は結んでおらず、歩くと光に反射して艶やかに光った。
シャツがブカブカで肩までずり下がっており、すれ違った男子たちがエルファバを見て色めき立っていたがそんなことは気にもせずエルファバはずんずん街を歩いていく。
「…私が神秘部に連れて行かれたのは、マンダンガス・フレッチャーのせいなの。」
「マンダンガス…?」
「ええ。マンダンガスがお金を積んでもらって私を上手いこと外に出したというわけ。屋敷しもべのクリーチャーが見つけてくれたみたいで…騎士団がすぐに動いてくれたわ。」
「待って、戻ったのにまた魔法省に行くのかい?君が捕まったらまずいよ!」
ハリーは歩いてきた道に見覚えがあった。自分の裁判時にミスター・ウィーズリーと一緒に来た道だった。
「大丈夫。ある程度神秘部と話をつけてきたところだから、もうホグワーツも魔法省も問題ないの。」
「そ、そうなの…?」
「それよりあなたに知っておいてほしいことがある。これはね…ルーカスに教えてもらってまだ騎士団にも言ってないみたい。」
都会の喧騒の中、なんでもことないようにエルファバは切り出す。まあ勘づいてるってルーカスは言ってたけど、と前置きした。
「セドリックの例を見ての通り、私たちの“力”は人に移せる。大元になる人間は移した人間を通してさまざまなことが分かるの。
「…それって、」
「ルーカスはアダムに“力”を移された。」
電話ボックスの前でエルファバは立ち止まり、ハリーに入るように促した。電話ボックスは青年ハリーと小柄なエルファバが2人で入ってギリギリの大きさだ。
「ルーカスのことはおおよそ、あいつに分かる。よく分からないけど、今のハリーと“例のあの人”の状況に近いのかな。だからルーカスはマダム・マクシームにお願いして、閉心術と開心術を会得した…ありがたいことにあいつは馬鹿だから、向こうはその対策をしてこなかったみたい。本当は“力”を移された人間は大元の人間についての情報は得られないけど、ルーカスはあいつのことがある程度読めた。」
ハリーは去年ルーカスがエルファバを使ってアダムを襲撃した後にシリウスが、ルーカスがアダムの居場所を把握していることに疑問を持っていたことを思い出した。
エルファバは電話口で62442と回し落ち着きの払った女性の声に用件を聞かれ、野暮用と答えた。女性は杖を預けろという旨を伝えてから電話ボックスがガリガリ音を立てて地面の下へと沈んでいく。今しがた来た歩道が、ハリーたちの腹部、胸、頭へと上がっていった。
「前に言ってたルーカスの妹もそのターゲットだったの…あいつは実験的にランダムな人間に能力を移していた。もちろん、みんな酷い怪我をするし、全員がセドリックやルーカスみたいに生還できるわけじゃない。いろんな条件と運が重なって“力”を得られる。運動神経とか身体が丈夫とか…何より魔力があること。だから…ルーカスの妹は該当しなかった。」
エルファバの声は段々声が小さくなり、ハーを掴む力が弱まる。ルーカスの妹は魔力のないスクイブだった。俯いて暗い過去に共感するエルファバを戻すべく、ハリーは先ほどより少し大きな声で聞いた。
「アダムは、その、自分の兵隊を増やしてるの?」
「私も…ルーカスも最初はそう思った。けどどうやら違うみたいなの。」
アナウンスとともに、電話ボックスの扉が開くとエルファバとハリーはさっさと出て足速に金の格子扉をくぐり抜けてエレベーターに乗った。
途中で何人かが振り返ったが気にも止めず、
エルファバがボタンを押すと、ジャラジャラ音を立てて下へとエレベーターが動く。
「あいつは、力を誰かに移すつもりなの。」
騒音の中でエルファバは大きめの声で話した。一瞬ハリーは聞き間違いかと思って聞き返してしまった。
「…移す?」
「血縁者の弟を血眼になって探してるのもそれが理由。正当な継承者は血縁者が常だから、移しやすいと考えているの。」
「弟に対する愛情で探してた訳じゃなかったの。」
「うん…ルーカスが言うには弟もあの家庭に、あいつに虐げられてたしね。だから弟を盾に脅されて血相変えていたのはルーカスにとって結構疑問だったと言っていたわ。」
自分の血縁者がいないハリーは、アダムの仕打ちに吐き気を催した。どこまでも傲慢で、身勝手な奴だ。ふつふつと怒りが湧き出し、心でアダムを罵倒しているうちに、エレベーターが神秘部に到着したことを伝えた。
そして、嫌悪感とともにハリーの傷跡がズギッと痛む。
「大丈夫?」
エルファバが歩みを止めたのでハリーは、痛みをかき消すように声を荒げた。
「さっさと連れて行ってくれ!」
考えてみれば、ハリーは額の痛みに耐えながら訳もわからず魔法省に連れてこられている。エルファバが今目の前にいて無事ならハリーが今ここにいる理由はない。
そもそも、理由も告げず時間がないだのルーカスの話をされてイライラしてきた。エルファバは少し考え、杖を構えて薄暗い大理石の廊下の先へと歩き続けた。
「あいつの目的は力を移すことで「それ今関係ある?」大いにあるの。これからのあなたと…私のためにね。」」
今の状態でまともに話を聞ける気はしなかったが、ハリーは傷跡を抑えながら大股でエルファバについていく。
「あいつの真の目的は残念ながら、ルーカスでもそこまで調べられなかった…あの自己顕示欲の強いやつが、魔法使いの中で特別になれる能力を必死に手放そうとしてる…相当なデメリットがあるんだと思うわ。さあ、着いたわよ。」
そこは先ほどエルファバが拷問されていると思った部屋そのままだった。薄暗く静寂の中水が流れる音が聞こえる。大理石の部屋の真ん中にはぽつんとベッドが置かれている。
息絶え絶えにハリーはキョロキョロとあたりを見渡すが、変わったところはない。
エルファバはあたりを見回し、近くの壁をトントン、と杖で叩いた。ハリーは近づくと大理石に削られたような文字が浮かび上がった。それはリーマスの字だった。
“神秘部の人間が重症だったため救出済み。こちらに関しても連絡事項あり。“
ハリーも足元で、ザリッと何かを踏む音がした。見てみると床には痛々しく血が所々固まっており、砂のようにハリーの靴にまとわりついた。
「…君は怪我していない…誰の血?」
エルファバはしゃがんで、杖を振るとカサカサになった血痕が宙に浮く。そしてまじまじ見た後にポツリと呟く。
「……さっき書かれてた神秘部の人間のものよ……。」
「そうなの?…え、待って。」
ハリーはもう一度削られた文字を読み直そうと立ち上がるが、エルファバがその前に立ち上がる。
「それよりあなた、“デフィー・ソロ”って呪文使ったことある?」
「え、どうしたんだいいきなり。」
「いいから…。」
「それって君がよく使う魔法で他の人は使えないんだろう?僕が使うことなんか…。」
唐突なエルファバからの質問に戸惑いそしてイライラしつつ考える。
「な、ないよ。4年生の時に一時的に炎を使えたヴォルデモートに使おうとしたけど効かなかったし…あ、前に言ったけど僕の母さんが死ぬ直前に何回も唱えてて…。」
ハリーはチラッとエルファバを見るとエルファバはニッコリ笑っていた。勝ち誇ったような、満面の笑みでそんな表情をエルファバがするということにハリーは驚いた。
「一体…。」
「ハリー…この話を、ここでしたことをどうか忘れないで。あなたを絶対に助けるはずだから。」
ハリーがそれについて聞こうとすると、部屋の入り口からゾロゾロ黒い人影が入ってきた。ハリーはその人影に杖を構える。
「
それに対し、エルファバは構える気配もなく締まり無くヘラヘラ笑っているだけだった。
「ごめんねハリー…私あなたを囮に使っちゃった…。」
「…おとり…?」
「けど、長い目で見た時にこの方が絶対いいから…悪いけど、ここは自力で生き延びて。」
そう言うと、エルファバはハリーに耳を貸すように腕を引っ張る。ハリーが少し屈むと、ハリーの頬に柔らかいものが押し付けられ、そこからリップ音が響いた。
「ふふっ。浮気じゃないわってセドリックに伝えてね。」
エルファバはくすくすと笑い、呆気に取られるハリーを置いて人影の前に歩いた。
ユニコーンのような髪をなびかせ、エルファバは振り向いた。ピンクの唇は弧を描きハリーにニッコリと笑いかける。先程の勝ち誇った笑みではなく、幸せそうな、穏やかな笑顔。
(エルファバってこんなに大人っぽかったっけ。)
その刹那、ハリーには何が理解できなかった。
「さようなら…ハリー・ポッター。」
真っ黒い闇の中に飲み込まれたエルファバの手と足だけが宙に浮いている。その手足が数秒痙攣し、動かなくなるとその手足もゆっくり闇の中に消えていった。
「えっ」
コキっ、コキっ、とその闇の中から不気味な音が僅かながらに響き、闇からワインのような血がボタボタっと大理石の上に落ちた。同時に、ハリーは何が起こったのかを理解し絶叫し“闇”に飛びかかった。
「…うわああああああああっ!!エルファバ!!エルファバ!!エルファバ!!」
意識が遠のきそうになるハリーは、必死に敵を視線で捕らえようと目を回す。
“闇”は真っ黒い大蛇だった。光沢のある黒い皮膚と同じ色の瞳は同化している。その蛇の首から下は人の形をしており、手には杖を持っている。異様に大きい頭部と首は今しがた“喰らった”エルファバをゆっくりゆっくり飲み込むために脈を打ち、さらに膨張していた。
ハリーが呪文を唱えようとヨロヨロ立ち上がると、その蛇が武装解除の術でハリーの杖を奪った。ハリーが飛び掛かろうとすると別の人間がハリーを宙に浮かせ、四方八方にゆらゆらさせたあと再度、壁へと叩きつけた。
「エルファバ…エルファバが…。」
周囲の人間たちはエルファバを案じるハリーの口真似をして下品に笑った。数秒前まで一緒にいたエルファバ。1年生の時からの親友。無表情だったが、どんどん明るくなった家族のような親友。毎年冒険をするときはいつだってエルファバがいた。
(エルファバが死ぬはずない…生きてる…ミスター・ウィーズリーだって、あの中で生還したんだ…エルファバだって…!あの蛇を凍らせて戻って来てくれよ…!)
ハリーの願いも虚しく、エルファバの身体は大蛇の喉を通り、蛇とつながった人間の身体へと吸収された。蛇の顔が変形し黒い鱗が肌色に、薄茶色の髪と眉が生え、顔にそばかすが点々と現れた。
「…さて、随分と時間を食ってしまった。」
蛇だった男は人間となり、ハリーに杖を向けながら近づいた。
「“予言”を持って来てもらおうかハリー・ポッター。」
バーティ・クラウチ・ジュニアが不敵に笑うと、口の中はエルファバの血で真っ赤に染まっていた。
…あれ、もしかして原作よりハリーにトラウマを残してる?