「やめ!」
ホグワーツの大きな教室でエルファバは1人、羊皮紙を書く手を止めた。羊皮紙は宙に浮かび、試験官の手へと飛び込んでいく。試験官の小柄なでぽっちゃりとした魔女はニッコリとエルファバに笑いかけた。
「これであなたのO.W.Lは終了です。お疲れ様でした。」
エルファバはありがとうございます、とお辞儀をして荷物をまとめた。エルファバの得意な魔法史だったので特に不安はなかった。エルファバの秀悦な記憶力にシリウスですらいじめるワードが見つからなかったほどだった。それよりも前日の闇の魔術に対する防衛術や自分の将来に重要な魔法薬が上手くいかなかったのでそのほうがエルファバからすると気が気でなかった。
とは言いつつ革バッグに羽ペンとインクをしまい、やっとテストを終えた開放感を感じていると、ふとエルファバは視線を感じた。
「?」
試験官の魔女は少しもじもじ恥ずかしそうにしながらエルファバを見ていた。何か言いたそうだ。
「…何か…?」
「あ、あの、その嫌じゃなかったら…見せてくれないかしら?あなたの雪の魔法…?」
エルファバは少し考え、それが自分の“氷”であることに気づいた。見知らぬ人にそんなことを言われるのは変な気分だったがおそらくエルファバがホグワーツの校庭やら神秘部を一瞬で凍らせたことを知っているのだろう。
そう考えていると魔女はあ、あのね!と弁明を始めた。
「2年前にあなたがクリスマス・パーティでそれはそれは美しい装飾をしたと聞いているの!私の親戚がボーバトンの生徒でね!」
エルファバは、ああ、と納得した。
(そうよね。この教室を凍らせて欲しいだなんてわけないわよね。)
エルファバは荷物を下ろして白い杖を構えもう片手を広げた。呪文をいくつか唱えると、手からリボンの形をした雪と氷のアゲハ蝶が数匹現れ、広い教室を共に舞う。そして最後に魔女の周りをクルクルと回ると粉状になって消えた。一連の動きを見た魔女は、まあ!と感嘆の声をあげて拍手した。
「本当に本当に美しいわ!あなたは才能に恵まれたのね!」
「…才能だなんて…ただ雪と氷が使えるだけですよ。」
「いいえ。確かに雪と氷を呪文で出すことはできるわ…たとえばメテオロジンクスとかでね。けれど、それを美しいものとして作れるのはあなたの才能…あなたが才能に選ばれたのよ。」
魔女が興奮気味にそう言うと、エルファバの暗い心が少し明るく温かくなった気がした。
ルーカスの死は、ハリーとエルファバに大きな影を落とした。ハリーは“例のあの人”の幻影のせいでルーカスが死んだのだと、自責の念に苛まれて校長室の物を手当たり次第壊したらしい。
エルファバも同じタイミングで、いつもルーカスと一緒に“力”を操る練習をしていた場所へ連れて来られた。自分の身代わりになってルーカスが亡くなった、厳密には生きているが今後はあのバーティ・クラウチに身体と魂が一体化していくという事実をキングスリーから告げられた。騎士団員複数名がその場にいたがそれを告げた瞬間、皆が口々に謝り“姿くらまし”をした。その判断は正解だった。次の瞬間エルファバは泣き叫び、地面に倒れ込んで白い部屋着が泥だらけになり、涙と声が枯れた頃には地面や木々全てが分厚い氷に覆われていたことはもちろんのこと、一気に気温が下がり、雪が降り始めていた。1人でも人がいたらエルファバの魔法に巻き込まれていただろう。エルファバは涙すら出なくなった後、寝転がりながら雪が降る曇り空をぼんやり見つめていた。
どこからルーカスは自身の死を見据えていたのか。誰にも分からなかったが、エルファバはあのクリスマス休暇の時にはすでに覚悟していたのだろうと思った。ルーカスの家に来た初日、ルーカスは自分は遺伝で“力”を得たわけではないと言っていた。あの時からすでにルーカスの瞳を介してアダムが
(どうしてルーカス…どうして、そのことを騎士団に言わなかったの?騎士団だったら私を守る手段いくらだってあったはずなのに…そんなリスクを犯してまで、大人を避けたかった?)
どこか遠くで“姿あらわし”の音がして、ガシャンガシャンと金属が触れ合う音が聞こえてきた。
『…まだだめよリーマス…。』
小鬼製の甲冑を着たリーマスは、慣れなさそうに身体をガシャガシャいわせて寝っ転がるエルファバの隣に座り込んだ。
『君を1人にしておくわけにはいかない。』
リーマスは神秘部の戦いで負傷している。片腕にバーティの呪いが当たったと聞いた。本来ならここに来てはならないし、ましてや重い小鬼の甲冑など着ているなどあり得ないのだ。
『私またいつ凍らせちゃうか分からないし…。』
『そうだね。でもこうやって、小鬼の甲冑を着ていれば平気さ。』
『……1人にしてほしい……。』
『じゃあ、私のことはいないものとして扱ってくれ。』
リーマスは柔和で人の意見を尊重するがこの不屈の精神、悪い言い方をすれば頑固な部分はグリフィンドールだとエルファバは思った。3年生の時もエルファバに妙に嫌われているのを察しているのにめげずに関わってきたし、アンブリッジが書いた記事が出た時も子供と大人たち総動員で説得したが自分の殻に閉じこもったままだった。
『私は一夜にして3人の親友を失ったことがあるから、少し役に立てるかと思って。色々あって1人は戻ってきたけど。』
エルファバは少しだけ顔を上げて、甲冑を見た。
『自分の、嫌な部分を理解してくれる友達がいなくなるのは想像し難い痛み、辛さだ…。私も一夜にして人狼という自分を受け入れてくれた友達たちを失った時、この世界はなんて残酷で無慈悲なのだろうって呪ったよ。自分がどんなに苦しくても彼らがいれば暗い闇の中の蝋燭のように道を照らしてくれて、温かく孤独を和らげてくれたから。』
エルファバはため息をついて、共感した。ルーカスはエルファバのこの世界で唯一と言ってもいい理解者だった。エルファバには友人もいて家族のように扱ってくれる大人たちもいて幸運だ。けれど氷という物質を出せる、出してしまうという悩みは当然誰1人として抱えていない。たとえルーカスがエルファバを利用しようとした事実があっても、ルーカスはエルファバにとって兄のような頼れるエルファバの本当の心のうちを理解してくれる唯一無二の存在だったのだ。
『ルーカスは死んだわけじゃない。バーティ・クラウチという人間に取り込まれている…身体も魂もまだそこにある。助ける手立てがあるかもしれない…だから今は辛いだろうけど、希望を捨てないで。これを超えればきっと…報われる。親友だったシリウスが殺人鬼になり、けれど実は無実で私たちのもとへ戻って来るという奇跡も体験したから…説得力もあるだろう?』
しばらくの沈黙の後、エルファバはポソッと話した。
『…そうね…校長…の話…では、ルーカスは、生き…てるんだもんね…。』
『今世紀最大の魔法使いが言うなら間違いないさ。』
リーマスがまた甲冑を鳴らしながら杖を振ると、空中に熱々のスープが出てきた。
『寒いだろう。モリー特製のコンソメスープだ。』
エルファバはムクっと起き上がり、鼻を啜ってコンソメスープを一口飲んだ。
『ねえリーマス。』
『なんだい?』
『またエディとちゃんと話してくれる?』
『もちろんさ。私はね、エディが…血だらけになって倒れていた時大いに後悔したんだ…エディとまともに話せないまま、このままお別れになってしまったらどうしようってね。エディはまた私と話して、前みたいに仲良くしてくれるだろうか。』
『ええ。エディと何年も話さなかった私が言うんだから間違いないわ。』
リーマスとエルファバはそう言ってクスッと笑った。
ーーーーー
エルファバがテストを終えると、教室の外で白いTシャツとジーンズを着たエディが待っていた。所々顔や身体に絆創膏と頭と腕に包帯をつけ、エルファバが出てくるなり、エディは走ってエルファバに抱きついた。エルファバはエディの重さに危うく転びそうだったが、グッと堪えた。
「テストお疲れ様!これでエルフィーがまた偉大な魔女に一歩近づいたのね!」
「もう、エディったら…。」
エルファバがエディの頭を撫でると、いくつかの破裂音と共に赤、黄、緑、青の煙が校庭から上がり、大歓声が校内に反響した。そして金と銀の粉や妖精がワラワラと空を飛んでいた。
「これがホグワーツの卒業式かー!豪華だね!」
エルファバとエディは歩き出す。人は全員校庭に集中しているらしく、歓声に反して2人が歩く校舎には誰もいない。
「それにしても良かったねエルフィー!ホグワーツの卒業式で使う列車に帰りに乗せてもらえるなんて!」
「ええ、まさかあなたも来ていいなんて…いいことはするものね。」
神秘部での戦いは、いくつか思いがけない功績をもたらした。
騎士団やホグワーツの生徒たちの活躍により大量の
世間の魔法省へ正解を求める声がどんどん大きくなり、ついに“例のあの人”の復活を認めた。もみ消そうとした事実、アンブリッジという人選の悪さ、校長やハリーにした仕打ちを含めこれ以上ない大批判を浴びたファッジは辞職に追い込まれたのだった(ハリーは「毒には毒を当てればいいってこの経験で学んだ。」と苦笑いしていた)。
ついでにエルファバが
ついでに“魔法省から受けた耐え難い仕打ち”の代償としてエルファバの日付をずらしてO.W.Lの受験を許可させた。これはルーカスの死で沈んでいたエルファバを少し喜ばせた(「それで喜ぶなんてエルファバどうかしてるよ。」とロンは呆れていた)。
今度は煙の中で花火が上がり、パチパチパチっと空を駆け巡っている。その後空に真っ赤なWという文字が輝かしく浮かび、大きな歓声と拍手が学校中に響き渡った。
「ああ、フレッドとジョージがウィーズリー・ウィザード・ウィズの宣伝を大々的にするんだって!」
「なにそれ?」
「2人のお店よ!ダイアゴン横丁の中心にお店構えるらしいよー!あたしも大人になったら雇ってくれるって!」
就職先決まりー!とエディは喜んだがエルファバは素直に喜べなかった。
「…そんな、それはすごいけど一体どこからそんな大金を?ダイアゴン横丁の一画を借りるなんて相当大変じゃない。」
「ああ、ハリーとセドリックが
「…まあ。」
エルファバはセドリックがそこまでフレッドとジョージと仲良くなっていたことに驚いた。エルファバが参加できなかったがダンブルドア軍団の影響だろう。
(考えてみれば、セドリックが私の周りの友達と関わる機会ってなかったわね…私も。いつも怖くて避けちゃうから。もう卒業しちゃうけど今日は思い切って話しかけようかしら。)
エディが包帯の巻いていないはずの肩を回すと痛っとつぶやいた。
「大丈夫?傷が痛いの?」
「あー、うん、そんな感じ。ヒリヒリするんだよねー。」
「かわいそうに…早く治るといいんだけど…。」
曲がり角を抜けた先では広大な校庭に生徒、教授、保護者たちが立食していた。バタービールの入ったジョッキや食べ物がふわふわ人混みをかき分けて、浮かんでいる。生徒たちは自身の寮カラーのローブを身にまとい、学友たちとの会話を弾ませていた。教授陣の中には無事名誉を回復させたダンブルドア校長もおり、保護者たちが挨拶をするために列をなしていた。
そして、足元ではおそらくフレッドとジョージが放ったショッキングピンクのネズミ花火がチョロチョロと駆け回っていて、空ではこれまたフレッドとジョージのピンク色と銀色の輝く羽の付いた子豚が数匹変な声を出して飛んでいた。
「あ、あれセドリックじゃない?」
エディが指差した先には、同級生たちに囲まれたセドリックがにこやかに会話していた。アンブリッジと魔法省という強大な敵に敢然と立ち向かったセドリックは一気に信用が回復、そして当然のように首席となり前のように友人たちに囲まれて最後の数ヶ月は元通りに学生生活を送れたのだった。
バタービールと骨付きチキンを手に持ちながら、笑顔を取り戻したセドリックを見て心からエルファバはホッとした。しかしエディはそうではないらしい。
「まー、みんな厚かましいよね。ハリーにもそうだけど噂で冷たくしたり、それでそれが嘘でしたーってなるとコロッと態度変えるんだもん。エルフィーあの中に入って、『私の彼氏に触らないで!』って言いなよ!ほら、あのレイブンクローのビッチ、めっちゃセドリックにボディタッチしてるよ!」
エディはさりげなく浮かんでいたバタービールを引っ掴み、グビッと飲んでいた。確かにレイブンクローの女子生徒がセドリックのローブを引っ張って引き寄せて、肩にもたれかかっている。そういえばその“レイブンクローのビッチ”は4年生時にエルファバに嫌がらせをしてきた女子生徒だった。
「………まあ、卒業式だし。」
「エルフィー、雪降ってる。」
「それは……その嫌だけど、私が彼女だから、あの子がどうしたってセドリックが私の彼氏なのは変わらないでしょう?」
「エルフィー、本妻の余裕ね。」
実際、それほど心配していなかった。女子生徒が肩にもたれかかった瞬間にセドリックはサッと離れて怒ったようにその女子生徒を睨みつけていた。前のセドリックだったら、穏便に事を済ませようとしていただろう。セドリックの変化に感心していると別の人混みをかき分けて、誰かが現れた。真紅ローブを着て、同じくらい真紅に染めた髪の毛をピチッと七三分けしたフレッドがエルファバとエディの前に現れた。
「フレッドーー!さっきあっちから見てたよ!あの宣伝ちょーイカすね!」
「ありがとう。あっ、あのさ…。」
いつもニヤニヤしていて、ジョージと一緒のフレッドが珍しく1人で真面目な顔をしてエディを見下ろしていた。真っ赤な髪とローブには金の粉がかかっているらしく光に反射してキラキラ輝いていた。
「今いい?ちょっと話があって…。」
「え、あたしに?」
「うん…。」
やけにもったいぶるフレッドにエディは怪訝そうな顔をして、エルファバを見た。エディからの返答を待つフレッドの耳がだんだん赤くなっている。
(この顔…なんか、既視感が…。)
「…あ、あ!行って!話してきて!私は大丈夫だから!」
エルファバはこの顔が2年前にセドリックがエルファバにガールフレンドになって欲しいと言った時と同じ顔であることを思い出し、食い気味に2人を送り出した。
…フレッドは卒業のタイミングでエディに付き合ってほしいと伝えるつもりなのだ。
「え?」
「い、いいからいいから!はい!」
エディとフレッドを押して見送った。
(エディがノーということは無いと思うけど…。)
「…ミス・エルファバ?」
エルファバが心配気味に2人を見送った背後から男の人が話しかけてきた。振り返ってギョッとした。
それは、紺色のローブを着たミスター・ディゴリーと黄色のドレスを着こなしたミセス・ディゴリーだった。
「今少しよろしいかな?」
エルファバが返事する前に、ミスター・ディゴリーは話し始めた。
「私は君に謝らないといけない…。」
「“私たち”よ。あなた。」
笑い声や歓声が所々で響く中、エルファバは突然の出来事に頭が真っ白になり、とにかく目の前も雪で真っ白にならないように必死に身を縮めた。
「私たちは…いや、主に私は、自分の息子を守ろうと必死になりすぎて随分君に失礼な態度を取ってしまった。本当にすまなかった。」
「そ、そんな、」
「病院では去年、君が応急処置を施したからこそセドの命を救われたと言われた。その後だって君がいなければ、私たちはセドの精神を殺していただろう。君が、セドの心も命も救ってくれたんだ。感謝してもしきれない…本当にありがとう。」
ディゴリー夫妻に深々と頭を下げられ、エルファバはもう氷を出さないようにすることすら忘れて慌ててしまった。周囲の人たちは何事かと伺っているのを背中で感じ取った。顔を上げ、少し震えているミスター・ディゴリーの腕をさすり、ミセス・ディゴリーはエルファバに微笑んだ。
「あなたが良ければ…これからセド共々私たちとも仲良くしてくれないかしら…もちろんあなたにしたことが許されるとは思っていない…だから本当にあなたが良ければだけど、あなたを、私の息子を支えてくれたあなたを家族だと思っていいかしら。」
エルファバはあの誕生日サプライズ以来、自分の顔に表情がなくなっていくのを感じた。突然のことで頭の処理が追いつかなくなり、凍りついてしまった。エルファバの反応を待つディゴリー夫妻の顔に不安の色が見える。何か言わないといけないのに、エルファバの想像の範疇を超えた申し出にどう返せばいいか分からなかった。
(私は、私に家族だなんて…血の繋がったお父さんですら私を“怪物”と呼んだのに…。)
「父さん!母さん!」
セドリックが集まる学友たちを振り切り、小走りで3人のそばに近づいてきた。
「話すときは僕がいる時にしてくれって言っただろう!」
セドリックは少し怒ったように2人にそう言って振り向くと、ギョッとした。ディゴリー夫妻も慌ててエルファバに駆け寄った。
エルファバの青い瞳からポロポロ、涙がこぼれ落ちていたのだ。涙は太陽に照らされ、キラキラと輝いていた。
セドリックが両親に何を言ったんだと思いっきり睨んだ直後エルファバはゆっくり、しかしハッキリとこう聞いた。
「めいわく…じゃないですか?わたしが、家族になって…?こんな…こんな、私みたいな…。だって、私は…。」
エルファバは目をブラウスの端で擦る。ディゴリー一家は、校庭の端で周囲の目を気にせず必死にエルファバが家族になってほしい理由をたくさん説明したのだった。
ーーーーー
「さて、ミス・スミス以外と話をしないと沈黙を保っていたわしに話があると聞いたが。」
卒業式を終え、生徒がホグワーツを旅立ったあとに老人はロンドンを訪れていた。ベッドと必要最低限の衣服と机が置いてあるだけの
古びた屋根裏部屋は、人が動くたびにギシギシと床が鳴った。老人は椅子に腰掛け、ベットに横たわる男は首に包帯を巻いている。ベットに横たわった男は静かに話し始めた。
「まさかこんなに早く来るとは。卒業式を切り上げたんですか?」
「君には関係のないことじゃ。」
「随分と冷たいんですね。」
「二度もわしの生徒に手荒な真似をした君たちに友好的に接するのは得策ではないと感じておる。」
「そうですか。」
「ましてや…君の背景を考えればなおさらじゃ。」
男はムクっと起き上がり、老人と同じ目線になる。今世紀最大の魔法使いを前にして、そして手負いにも関わらず男は怯む様子はない。
「時間がないんです。あなた方と協力関係を結びたい。」
「神秘部とな?」
「いえ、私個人です…あなたはエルファバ・スミスの“力”を闇の帝王打倒の全てに使おうと考え、魔法省にその仕組みを発見されないようにしていた…分かると魔法省も敵も瞬く間にこれを量産するでしょうから。事実、神秘部にも闇の帝王のスパイが紛れていましたからその判断は正解だったでしょう。今回の件で私も大いに反省しました。私はこの10年、これを追い求めてきてその利害関係が神秘部と一致していただけだ…魔法省から必要な情報はもう得られました。」
男はここで黙り、老人の反応を数秒待った。老人は沈黙を貫いたため男は話を続けた。
「ここから新しい情報を得るためにはミス・スミスの協力が不可欠だ。私の知っている情報を渡す代わりに、ミス・スミスの協力を願いたい。」
「……我々のメリットは、」
「闇の帝王に打ち勝つ最大の武器を、あなた方は得られるでしょう。」
老人は小さくため息をついて首を振る。
「残念じゃが…君とわしだと今立っている地点は同じなようじゃ。君が眠っている間にわしらは神秘部の“愛の間”で君らが持っている情報をほぼ全て入手した。悪く思わないでくれ。“力”の移し方、そして移された者たちが何ができるか、そしてその者たちの解呪方法、これまで誰に移されてきたか、そして…継承者たち本人の解呪方法、氷の古代魔法が発動されている場所。君は解呪方法を知っていることをミス・スミスに黙っておったな…我々としては隠してもらった方が嬉しいが、あのような惨い方法を…また君が提示した条件。」
老人は再び短くため息をつき、続けた。
「月1回君らに会うことともう1つ、ミス・スミスはヴォルデモートが操った蛇による襲撃で聞きそびれたらしいが、わしが当てよう…氷の古代魔法が隠されているグリンゴッツ銀行への就職じゃ。彼女の母親であるグリンダがグリンゴッツ銀行に就職し、古代魔法の破壊を目論みそして失敗した…彼女は小鬼たちから命を狙われ、己と家族の身を守るため騎士団に入ったのじゃ。ホグワーツの庇護下を離れた娘のミス・スミスが入れば…どんな酷い仕打ちをされるか分かったものではない。」
それにじゃ、と老人はブルーの瞳が半月型のメガネを通して男をじっと見た。
「君はホグワーツの生徒を騙り、教授陣を欺いていた。そんな死喰い人の君を我々は信用できん…レギュラス・ブラック。」
長い黒髪の男性は、じっと老人を見つめた。少し不服そうなその顔は兄であるシリウスが不機嫌な時の顔によく似ていた。老人は男としばらく睨み合った後立ち上がり身支度を始めた。
「君の身柄は我々が拘束する。ディメンターがアズカバンを放棄した今、連行は「待ってください。」」
老人は手を止め、男を見下ろした。
「いいでしょう。もう隠すのはやめます。腹の探り合いを聡明なあなたとしようとした私が愚かでした。」
男は老人の目をじっと見た。その目の中は先ほどと違い、熱が帯びていた。
「神秘部が知らない情報がある…あなたはそれを欲しがるはずだ。私はもう死喰い人ではないし、氷の魔法使いだった…グリンダ・スミスに”力“を移されたんです…もう今は使えないですが。そしてあなた方が入るのに苦労しているグリンダの実家、オルレアン家の場所と入り方を知っている。」
ーーーーー
さらに数時間後、ホグワーツの卒業生たちと保護者が最後のホグワーツ特急に乗っている時のこと。キングクロス駅は人でごった返していた。マグルの世界も休暇に入り家族連れがたくさん駅構内で行き来している中、1人の女性は列車に乗り込もうとせず9番線と10番線ソワソワと行ったり来たりしていた。駅員はそんな女性に声をかけた。
「あんた、ここ数日毎日ここに来てるだろう?列車にも乗らずここで何してるんだ?」
「…いいの。放っておいて。」
女性の不躾な態度に駅員はため息をついて、今度はエスカレーターを逆走している子どもたちを注意しに行った。
「アマンダ・スミスだな?」
山高帽を目深に被った男性が、背後から話しかけてきた。姿は見えないが声が低く、歩行杖を握っているその人は初老の男性であることが窺える。
「娘を待っているのか。エディ・スミスを。」
「!」
「騎士団の数名が交代でお前に伝えたが、まだ理解できていないようだから改めてわしから言おう。2人はもうここへは来ない。我々がエルファバ・スミスと共に保護した。もちろん本人の意思を確認してな…姉を虐待する親にはうんざりだそうだ。穏便なルーピンやニンファドーラが説得するうちに去るべきだったな。」
アマンダと呼ばれた女性は息を飲み、震えながら自分の持っていた革バックの中に手を突っ込む。
「それはデニスの杖か?やめておけ、お前ら魔力のないマグルが…ましてや訓練すら受けたことのない者が魔法など使いこなせるわけがない。」
アマンダはビクッと固まり、ゆっくりバックの中から手を抜いた。
「…お願い、話をさせて。誤解があるのよ。」
「誤解?一体何の誤解だというのだ?魔力がある娘を公共の場で殴ったことはマグルの団体も確認してる…誰かが通報したそうだ。それ以外でもエルファバ・スミスへの長年の虐待は周知の事実。それが何の誤解だと?」
「わ、私はもう、そんなことしないって決めたの!あの子と生きる覚悟を決めた!」
男性がため息をつき、帽子をずらすと左目には取ってつけたような明るい青色の義眼がグルグルと回っていた。女性はヒーッと声を上げて座り込んでぶるぶる震えていた。
「…覚悟とは、白々しい。覚悟ができるならもう何年も前からとっくにやってる…世の中そういうもんさ。10年以上もあの子はお前の愛を待ち望んだがそれに応えなかったのはお前、それだけの話だ。そして…ブラックの言葉を借りるのは癪だがこの件に関しては賛成だ…娘を“怪物”呼ばわりする親は親じゃない。お前さんらは自分のしたことを振り返りしっかり反省することだな…もうここには来るな。今すぐ去れ。」
男性はやれやれだ、と分厚い旅行用マントを翻して杖をつきながら歩いていく。女性がもう二度と、キングクロス駅を訪れることはないと確信したようだった。
女性は座り込み、ブルブル震えていたので今しがた話しかけてきた駅員が駆け寄ってきた。駅員はしゃがんであれやこれや聞くが、女性は答えない。しかしこう呟いたのだけは聞こえた。
「怪物は……………エルフィーのこと、じゃなくて、」
ーーーーー
エルファバがまだテストを受けている時のこと。エディは鼻歌を歌いながら8階の廊下でウロウロしていた。教授陣とゴーストたちは皆卒業式に出席しており、とても静かな廊下ではエディの鼻歌が響くがそれを咎める者などいなかった。
エディがある壁の前を右往左往すると墨のように黒い扉が現れた。その扉には3つドアノブがついている。エディは慣れた手つきでそのドアノブ3つを順番立ててガチャガチャとひねる。
「やっほー!」
薄暗い部屋の中をエディは軽い足取りで入って行った。部屋の中からザワザワと誰かが話している声が聞こえてくる。開いた扉は重い音を立てて閉まった後、ガチャガチャと複雑な音を立てて鍵を閉めた。
「ルーモス・マキシマ 強い光よ」
エディがそう唱えると、真っ暗だった部屋に青白い光りが天井で灯った。
「ここの部屋の居心地はどう?」
窓のない部屋は小教室ほどの大きさだった。その中でおびただしい量の吠えメールが飛び交っており、それらが罵倒の言葉を叫び部屋の中で反響した。
「あなたのした仕打ちを少しでも反省しているといいんだけど…ねえ?アンブリッジ。」
その部屋の真ん中でアンブリッジはヒューヒュー細い息で座り込んでいた。でっぷりと肥えていた彼女は今や痩せ細り、髪もボサボサで彼女を知る人物は一目見ただけでは彼女だとは認識できないレベルだろう。視点も定まっておらず、ぼんやりした目でエディを見上げた。頭上で手紙たちはバタバタ音を立てて叫び回っている。
「イギリス魔法省の恥晒し!」
「淫行教師!」
「あなたの見た目は見るに耐えません!」
「由緒正しいホグワーツから出てけ!」
「お前のような人間がいるというだけで吐き気がする!」
エディは、あははっ!と笑いながらそれを眺めていた。
「あんたほんと嫌われてたんだね。だってあんたがいなくなって数週間なのに誰も探そうとしないし、みんなあんたがいなくなって良かったって言ってるよ!はい、新しい手紙もあげるね。」
エディがジーンズのポケットから紙を数枚出し、杖で叩くとその数枚が鳥のような形となり暗い部屋の天井へと数羽飛び立っていった。その鳥たちも他の手紙たちに混じり、「あばずれ女!」「生徒の時間を返せ!」「ホグワーツの窓から飛び降りろ!」と鳴いて回った。エディはしゃがみ、アンブリッジの顔を覗き込んだ。
「あんたを世の中に放ったらなんかまたやらかすでしょ?あんたの机から、ハリーやエルフィー、そしてリーマスを悪く言う書類見つけたの。しかもいつ撮ったんだか知らないけどあたしのタトゥーの拡大図まで!ほーんと、信じられないわ。」
エディはわざとらしく肩をすくめる。
「あんたがホグワーツから出て行く日に会えたのが運命ね。最初はこのまま何も食べずに死ねばいいと思ったけど…みんなは生きて苦しい思いしてるのに、あんただけ死んじゃうのは不公平でしょ。だからどうしようかなーって思ってた。この前神秘部行った時に発見したんだけど魔法って本当に最高よね。時が止まる部屋があるんだもん!だからね、この部屋も時が止まる仕様にしたんだー。本当、それを叶えてくれるホグワーツって最高!あんたはこの部屋の中で、時が止まったままずっと痛みとあんたのことが嫌いな人たちからのメッセージの中で永遠に過ご…。」
エディの言葉が最後まで続くことはなかった。アンブリッジは奇声を上げてエディにつかみかかった。
「こんの穢れた血いいいいいいいいい!!!!私を解放しなさああああああああい!!!!」
「ったいなあ!!」
バリバリバリっ!!!
エディは、今しがた爪をたてて掴まれた肩をさすりながら立ち上がる。長い爪がエディの肩に食い込み、血が滲んでいた。
「…………なに。もっと、凍りたかったわけ?」
アンブリッジの下半身と今しがたエディを掴んだ右腕は氷の塊だった。凍っているのではなく、まるで身体に氷の腕と脚を取り付けたようだった。アンブリッジは泡とよだれを吹きながら床に転がってエグエグと声をこぼしている。
「はあっ。あたしやっぱちょっと抜けてるのかな。叔父さん凍らせた時も、結局魔法省にバレてエルフィーに迷惑かけちゃったし…本当気をつけなきゃ。ううん、誰にも言わなきゃバレないわ。誰にも迷惑をかけないように…あたしは1人で誰も傷つかない世界をつくるの。純血だろうが、マグルだろうが…特別な力を持っていようがいなかろうがね。」
そう言ってエディが腕を回すとその動きと共にフワッと白い粉が舞い、冷たい風が部屋の中で吹いた。アンブリッジはそれに対し、ヒッと短い悲鳴をあげた。
「あんたはこの部屋で一生、あんたを否定する言葉と氷の冷たさに苦しみながら生きるの…ああ、片腕だけだと不恰好だからもう片方も凍らせてあげるね。」
やめて、というアンブリッジの抵抗も虚しくエディはアンブリッジの痩せ細った腕を掴むと、バキバキバキっという音と共にその腕は氷の塊となった。
「あ“あ”…!」
「これでもう逃げられないね。はー、暇つぶしにもならないわ。じゃあね。もうここには来ないことにするわ。今度ハーマイオニーに忘却呪文教えてもらったら、あたしに関する記憶だけ修正しようかな。」
エディは、やれやれと言って部屋を後にする。後ろのアンブリッジを見向きもせず、複雑な鍵を開き出て行く際に、アンブリッジがどうして、と言った気がした。
(どうして、って、まさかどうしてこんな目にとか思ってる?それとも、どうしてあたしがエルフィーの魔法使えるかってこと?)
『いろんな条件と運が重なって、人にうつるらしいんだ…ルーカスが言ってた。運動神経とか身体が丈夫とか…何より魔力があること。どこまで本当なのか分からないけど。』
ハリーは神秘部の戦いから数日後に、戦いに参加したメンバーを必要の部屋に集めてそう伝えた。エルフィー(ルーカス)に暖炉へ引きずり込まれたときの結末を教えてくれたのだ。
『僕は、確かにクィディッチをやれるくらいに運動神経が良くて身体も丈夫だ。ホグワーツにいるぐらいだから魔力もある。』
セドリックは静かにそう言った後、ハーマイオニーが口を挟んだ。
『その条件で言うと、今この中にいるクィディッチをやっているハリーやロン、ジニーやエディも該当するってこと?』
『けど運もあるって。多分条件が当てはまっても全員じゃないんだ。』
エディはその時、何も口を挟まなかった。別のことを思い出していた。
『何って…!私が7歳の時!公園で私の魔法があなたの体に当たって!どんどんあなたの体凍っちゃったじゃない!それで私お母さんにも嫌われて…。』
1年生の時、表情のない3年生のエルフィーはあの時だけ動揺していた。
(あの日、あたしはエルフィーの魔法を分けてもらったんだ。だからこれを…みんなを傷つける人だけに使うね。ま、あのガマガエルみたいな奴がこの世界にそんなにいないことを願うけど。)
エディが部屋から出てきたとき、外は明るく窓から光が差し込んでいた。エディはその眩しさに目を細める。背伸びをした後大きな独り言を話した。
「うーわ、そっか。あの部屋時が止まってるからあそこで何分時間潰しても、時間変わらないのか。はーあ、あいつに引っかかれるし、やっぱ行く意味なかった。さーて、次はどこ探検しようかなー。」
エディは再び鼻歌を歌いながら、8階の廊下を歩き出した。