1.シリウスの弟
闇が迫る。呼吸荒く私は悪あがきしながら醜く、地べたに這いずり自分の罪に向き合うことから逃れる。全身は汗で濡れ、髪が顔にまとわりつく。
闇は私を何度も呼ぶ。その声を聞くと自分の喉から血の味を感じるほど苦しく、絶叫し、声は憎悪に満ちている。
私はここから逃れる手立てを必死に考えた。私は家族のもとへ戻るのだ。何食わぬ顔をして、穢れた手で夕食を作り娘を抱いて。
(いいえ、そんなことは許されない…私はあの子に私の罪を背負わせた。)
『ごめんなさい、エルフィー。』
敵が迫る中で女は暗がりで涙した。
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どんよりとした天気の中、雨がしとしとと降っているところに1人老人がポツンと立ち尽くしていた。老人の目の前にある巨大な鉄の門はギシギシと音を立ててゆっくり開く。その門には大きく「より大きな善のために」と書かれているおり、老人はその文言をチラッと見るがそのあとは門の先の巨大な建物をジッと見つめていた。
老人がその門をくぐり、無表情な看守が4人建物の入り口に立っていた。老人が会釈を交わすと看守たちは一斉に向き直り深々とお辞儀をしたのち、そのうちの1人は恐る恐る男の目を黒い布で覆った。次の瞬間、フワッと浮き上がったと思うと、ドンっと鈍い感覚が足を通して体全体に渡った。
「これはこれは驚きだ。」
老人が自ら目隠しを取ると、今度は目と鼻の先に柵があった。老人は特に驚きもせずに声のする場所に目を向けた。
「偉大な魔法使いがわざわざこの辺鄙な場所に来るとは…。」
クィリナスと呼ばれた男性は柵の向こう側の暗がりからゆっくり出てきた。ボロボロのローブを着た男性の全身には醜い火傷の跡が残っている。その姿を見れば誰しもが、目をそらずだろうが、これは5年ほど前に彼の犯した罪の代償だった。老人は目を逸らすことなく、しかし憐れみを向けることもなかった。
「ここに入れてもらったことは感謝だ。アズカバンにいた場合、気が狂って自分が誰か分からなくなってた。」
質問には答えず、男性は人を小馬鹿にするような笑みで老人を見る。老人は話し始めた。
「“闇の帝王は自らの力で再び立ち上がるであろう、以前よりさらに恐ろしく、新たなる力を手に入れ、全ての者の希望を燃やし尽くすであろう。”これはハリー向けられた予言じゃが、これはあやつがあのアダムが持っていた“力“を意味するとわしは踏んでおる。つまりヴォルデモートが、炎を操れるようになるということになる。」
老人は自らのシンクのローブから新聞を取り出す。新聞の一面記事には体格の良い男性がユニフォームを着てニッコリ笑いかけているが、見出しは”プロクィディッチ選手、アンドリュー・ギボンヌ、焼死体で発見される。クィディッチ選手を狙った連続殺人鬼か?“という不吉なものだった。
「連日の報道で、プロそしてアマチュア問わずスポーツ選手…特にクィディッチ選手が相次いで焼死体で発見されるという事態が発生しとる。中には行方不明者も…。安全にあの”力“を取り込む手段を考えているか、はたまた“炎の軍隊”を作るつもりか、あるいは両方か。我々は哀れな犠牲者を1人でも少なくする必要がある。」
「氷の軍隊でも作るつもりか?」
老人は男の嘲笑った質問を無視して続けた。
「氷の”力“を今持っているのはグリンダ・スミスの娘、エルファバ・スミス。そして過去に受け継いだのはグリンダと交流のあった神秘部の職員のみと確認された。」
「おや、あれに当てられて生還した”穢れた血“の異母姉妹もてっきり適合者だと思ったが。」
ここまで自身のペースを崩さなかった老人はピタッと話を止めた。数秒の沈黙の後、男が次に話し始めた時は機嫌が良さそうだった。
「その反応は知っていたか?それとも初耳か?」
「…そのような言葉を使って人を侮辱するのはやめてもらおうかクィリナス。君も混血じゃろう。」
男は老人の言葉にサッと表情が消えた。
「君とおしゃべりをするつもりはないのじゃよ。元ホグワーツの教論で敬意を払うべきじゃが、わしの生徒たちを攻撃した人間にはもったいないのでな。さて続けよう…我々としては、ヴォルデモートの愚かで残虐な実験の犠牲者を何としても食い止める必要がある。そこで、わしはあることを思い出した。4年ほど前、ミス・スミスがヴォルデモートの記憶によって操られたバジリスクを凍らせた時じゃ…小さな体で果敢に怪物と立ち向かった彼女と大蛇は長くあの氷の中にいた…数日氷の中にいた2年生の少女は生きておった。つまり、今炎で襲われている者たちにも救う手立てがあるのではないかと。」
「私がその手がかりを持っていて、教えるとでも?」
「グリンダは…“あの時”、生きておったのじゃな?グリンダが山を凍らせた時ではなく、君が神秘部が厳重に保管する姉の遺体を奪った時…。」
男は両手で自身の顔を覆った。身体を震わせて奇妙な声を漏らす男をジッと老人は見下ろしていた。
男は、不愉快な声で笑っていた。
「ああ、ああ。そうさ。私が魔法省からあいつを"救い出した"時、あいつは生きていたさ…もう死んだものだと思い込んでいたが、氷を溶かしてあいつが身体を動かした時は随分と驚いた…!!ああ、これが運命なんだって、奇跡だってそう思ったさ…!!だが、あの女の第一声は『デニスは?』だった…!!姉さんと繋がった”穢れた血“!!!他の女と結婚して穢れた血のガキを作ったと言ってやったさ…!!!そしたらあのアバズレは、良かったと言いやがって…!!」
唾を飛ばして喋る男はここで言葉を切り、黙り込んだ。一瞬目をトロンとさせたがすぐに憎悪の表情に戻り続ける。
「そして…そして、私を誘惑して、あの女は永遠に私と一緒にいる代わりにホグワーツに入学する娘に会わせろと懇願してきた…男だったら誰だってあの誘惑に応える…!教室にあるトランクの中から娘の姿を見せてやった。迂闊だった…授業が終わり、生徒たちの入れ替わりで見えない隙に逃げようとしたんだ…!!!狡猾な女…いつだってああやって女を使って人を操る悪女なんだアイツは…!!!」
鉄の柵に怒りをぶつけた。カーンと冷たい音が広い独房に響く。老人は男を軽蔑した目で見たあと静かにこう言った。
「わしの知るグリンダは要求のために色目を使う人間ではなかった。彼女が騎士団に来た時、君のことを聞いたら怯えていて絶対に自分のことを漏らさぬようにと言われた。君の勘違いじゃろう…哀れなグリンダ…。」
首を振り、老人は男の姉である女性に同情した。娘と夫に会うために数十年氷に閉じ込められ、戻ってきたら恐怖の対象である男がおり、その男に夫は別の女性と結婚してその間に子供がいると言われた絶望。娘の成長した姿を見て、どんな気持ちになったか。そして娘に会うために抜け出そうとしたら男に捕まり。最期は闇の魔法使いに身体を乗っ取られてー。
「…ははっ。あいつは殺された。魔法界の英雄ハリー・ポッターと自分の娘に。」
「あの時衰弱したグリンダはヴォルデモートに取り憑かれておった。どのみち長い命ではなかった。」
「どうだかな…可愛い生徒たちのために真実を隠しているということか…お優しい校長先生だ。」
老人は女性を憐れむのはやめ、目の前の男に向き直った。
「つまり、あの氷の中でエルファバもグリンダも生き残ったということじゃな。それさえ聞ければ良かった。」
老人は踵を返し、手にある目隠しで再び自分の目を覆った。その時初めて男は動揺したように柵を掴んで前のめりになった。
「私に炎や氷の中で生き永らえる方法を聞きに来たのではなかったのか?」
「わしは君が“何も知らない”ということを確認しに来ただけじゃ。君は“グリンダがあの時生きていた”こと以上の情報を話さず、当時の君は、それに驚いた模様じゃったからな。グリンダが氷の中で生きていたことはすでに神秘部がとうの昔に解明しとる。君は…グリンダに最も近く、全てを知れる環境だったにも関わらず哀れなまでに無知のようじゃ…我々の情報の取りこぼしがないようにしたかった、ただそれだけのこと。」
ピキっと空気が割れるような音がした。男は柵を握り潰すように掴んでいる。老人は気にもせず、目隠しをして呪文を唱えてその場を去ろうとした時だった。
「神秘部は、お前らはあれの代償については知っているのか?」
老人は呪文を途中で止めた。
「……大方の予想はついている。」
男は、この時間の中で一番得意げに笑った。
「嘘だ。あるいは筋違いの推測をしている。あれは知ったものにも呪いが発動するからな…全貌を知った人間を小鬼たちは生かさない。教えてやろうか?あの女の娘をここに連れて来たら教えてやる。」
数秒の沈黙は永遠に感じられた。老人は何も答えず、バシッと音を鳴らすとすでに独房から消えていた。
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夏休みのグリモールド・プレイスでは実質的な家主が大層不機嫌だった。大きく舌打ちしながら、ドンドン足音を立てて2階から降りてきたので、居候の少女は震え上がり今しがた来たを片手に握りしめて1階の客間に避難した。
「はあっ。」
少女は客間の端に座り込んで、大きく深呼吸をする。黒いポロシャツにショートパンツを来た少女は真っ白な髪を適当にポニーテールにした。少女は少女と呼ぶには大人びており、ほっそりした脚と腕、色白の肌はモデルを彷彿とさせる。
(シリウスには勉強を見てもらったから、一緒に結果見て欲しかったのに…やめとこ。)
「エルファバ?」
同居しているメガネの少年は客間に入ってきて怪訝そうに少女を見下ろした。少年は今や少年というにはあまりにも声が低く、体格も大人の男性と張り合えるほどだった.
「ハリー。」
エルファバと呼ばれた少女はハリーという少年の後ろをチラッと見た後、小声で聞いた。
「今度はどうしてシリウスはご機嫌斜めなの?」
「マネ妖怪だよ。今まで僕の父さんと母さんに変身していたのが今日は僕になったらしい。」
「まあ。」
シリウスはここ数日機嫌が最悪だった。それは自身の屋敷しもべ妖精のクリーチャーと仲良くするように指示され、本人なりに努力しようとするがうまくいかないことか、または数日この屋敷から出ないように指示があったからか。
はたまた、ここ数十年死んだと思っていた関係性の良くない弟が実は生きていて今後この家に住む可能性があるからか。
とにかく様々な理由の中にこのマネ妖怪の件が加わったというわけだ。シリウスは基本ハリーがいればご機嫌で、つい数日前にハリーがこの家にやって来て少し機嫌が良くなったと思えばすぐにこれだ。
「エルファバは…。」
エルファバはハリーに無言で握りしめた手紙を見せる。それを見るとハリーは緊張した面持ちで自身が持った手紙をエルファバに見せた。ハリーは無言でエルファバに近づき、隣に座ってお互い身を寄せ合った。2人は頷き、アワアワしながら震える手で手紙を開く。
「何してるんだ?」
手紙の中身を読む直前、客間にヌッと今しがた話題になっていたシリウスが覗いてきた。声がまだ不機嫌そうでエルファバは一瞬うめいたがその前にハリーが答えた。
「テストの結果が来たんだ!」
「なんだって?」
シリウスの声からは不機嫌さが消え、両手に持っていた何かを杖で消失させてから、大股で入ってきた。今や小柄なエルファバは体格のいい男2人が顔を近づけているが全く気にも留めなかった。
3人は10秒ほど無言になった。ハリーとエルファバは自身の手紙を穴が開くほど読み込み、シリウスは2人の間に入り込んでハリーとエルファバの手紙を交互に見た。
「…よくやったな2人とも。」
シリウスの声かけを合図に、安堵の声をあげてエルファバもハリーもシリウスにもたれかかった。シリウスの逞しい腕は2人を軽々支えた。
「良かった…想像以上に悪くなかったよ。占い学はもともと失敗するって分かってたし、不安だった変身術と薬草学、魔法薬学もEだったよ!エルファバは?」
「ええ、私も悪くなかったわ…不安だった闇の魔術に対する防衛術はEで、一番大事な魔法薬学もOだったから。」
エルファバは闇の魔術に対する防衛術が壊滅的に苦手だった。精神面的に常に人を攻撃しないように意識していたのでその影響かと思われたが、それが改善された今も理論が全く理解できずスパルタ教師シリウスに(嬉々として)散々しごかれた。その甲斐ありなんとかパスできたのはエルファバにとって嬉しい限りだった。3人が笑い合ったところで、ドタドタと廊下を誰かが走る音がした。
「ハリー!エルファバ!」
入ってきたのは2人の親友ロンだった。ロンはハリー以上にヒョロっとのっぽになっており、燃えるような赤毛も伸びて前髪が隠れそうだった。続けて部屋に走り込んできたのは、栗色の髪の毛をボサボサにした別の親友ハーマイオニーだった。荒い息で部屋に入って来て、エルファバとハリーに駆け寄った。4人はお互いの手紙を交換し、黙々と読み込んだ後各々へ感想を述べた。
「ハーマイオニーすごいじゃないか!こんな成績出すなんて!何をそんなに落ち込んでいるんだい?」
「そんなこと…私、本当、本当に酷くて…!」
「その成績を酷いって言うのは全生徒を敵に回したぜハーマイオニー。」
4人の仲良しグループがやいやい騒いでいると、今度は重そうな紙袋を抱えたリーマスとエルファバの妹であるエディが部屋に入ってきた。エディの身長は今や175センチほどとなり、180センチほどのリーマスとそこまで大きな差がなく感じた。エルファバと同じく黒いポロシャツにショートパンツを履いていたが、エディは色黒で顔にそばかすがあり、長い黒髪をポニーテールにしている。
「O.W.Lの結果かい?」
「うん、僕らこれでみんなNEWTの仲間入りだよ!」
「それは良かった!今日はみんなでお祝いだね。」
「みんなおめでとう!あたしも2年後にこれやるのかー。やだなー。」
リーマスは杖を振りエディの紙袋も含めて宙に浮かばせてキッチンへと荷物を運ぶ。リーマスとエディはそれについていった。学生4人と中年男性はそれを見送り、きっちりリーマスとエディがいなくなったタイミングでこそこそ話し始めた。
「それで、結局フレッドは大丈夫なのかい?」
ハリーはロンに尋ねると肩をすくめた。
「それが分からないんだよ。ジョージもそうだけど、今あの2人お店開店して忙しいし家に戻って来てないし。」
「ジニーに聞いたんだけど、フレッドはもちろん絶対に言わないし、ジョージも詳細は聞いていないけどフレッドの様子はちょっとおかしいって手紙で言っていたらしいわ。元気だけど無理やり元気にしてるみたいな。」
フレッドとジョージ、エディはとても仲が良く、他のイタズラ好きリー・ジョーダンと共に去年はアンブリッジを散々困らせることに尽力していた。そんな中フレッドはエディのことが好きで、卒業式のラストチャンスにエディを見つけたフレッドは個別に呼び出し、付き合って欲しいと伝えたらしい。皆、おそらく告白したフレッド本人も含め高確率でエディは告白を受け入れるだろうと踏んでいた。
しかしエディの答えはまさかのノーだった。
理由はエディ曰く「フレッドのことをそういう対象として見れない」そうだ。
「まあ、男はプライドの生き物だからな。勝ち戦に負けたなんて死んでも言わないだろう。」
シリウスは専門家ぶってそう答えた。
「エディとフレッドは去年何回も2人きりでホグズミード行ったり、ホグワーツと探索してるんだぜ?エディが落ち込んだ時フレッドは散々お菓子持ってきたり面白い場所に連れて行ってエディを励ましたし、普通いけるって思うよ。」
「3年生でもないエディがホグズミードに行っているの?」
「そこはいいよハーマイオニー…。もう突っ込んでもしょうがないさ。」
ハリーは規律に厳しいハーマイオニーが青筋を立てたのでさりげなく抑えた。
「エディは?」
「普通よ。」
「普通だね。」
ロンの問いにエルファバとハリーは即答した。
「うーん、特に進展なしか。」
「リーマスとトンクスは?」
ハーマイオニーが急かすようにシリウスに聞いたが、今度はシリウスが肩をすくめた。
「こっちも特に進展があった様子はない。少し前はトンクスを…というかみんなを露骨に避けていたがあのババアが制裁されてからはなくなったな。とはいえトンクスはよくここに来るが、リーマスの態度は普通だ…あいつはババアの記事でダンブルドア側だと有名になってしまったから、最初に任されていた人狼の群れに紛れ込んで奴らを説得する任務はできなくなってしまったんだ。騎士団に貢献できていない焦りもあってそれどころじゃないのかもな。」
リーマスとトンクスは、お互い惹かれあっているがうまくいっていないもどかしい大人カップルだ。リーマスは自身が人狼であることを引け目に感じていて距離を取っている。トンクスは純粋にリーマスが好きで何百回もアタックしている状態らしい。
このようにロンとハーマイオニーはウィーズリー家に、エルファバとハリーはグリモード・プレイスでリーマスと住んでいるためお互いに情報交換をしているのだった。
「シリウス、そろそろじゃないか?」
噂の渦中のリーマスがいきなり部屋に入ってきたので5人は飛び上がった。
「そろそろ?なんの話だい?」
一気にシリウスの機嫌が氷点下まで落ちたのが、部屋にいる(素っ頓狂な声の)ロン以外が察した。そして別の意味で機嫌が落ちているのがエルファバだった。
「…面会。こいつにまつわる。」
シリウスはこいつ、と言って縮こまるエルファバを指差した。
「…あれは、ムーディと行くんじゃないの…!」
やっと出たエルファバの声は心なしか震えている。
「いや、ムーディは行けなくなったんだ。安全面を取ってシリウスが君に同行することになって…私も他の騎士団員も行けなくなったんだ。てっきりシリウスが君に伝えたと思ってたけど。」
エルファバはサーっと先ほどのテスト結果を見る時と同じくらい顔が青くなった。恐る恐るシリウスを見ると、シリウスはまた先ほどのイライラ不機嫌に戻っていた。
「はっ、ハリーは…。」
「ハリーは今からダンブルドアと一緒に出かけるんだ。」
「ねえ、エルファバ、どこに行くっていうのさ?」
ロンとハーマイオニーの方をゆっくり向き、エルファバは小さな声でポソっとつぶやいた。
「シリウスの弟のところ…。」
ーーーーー
「やあ、こんにちは。」
レギュラス・ブラックと名乗った男はとても無愛想で傲慢だと兄のシリウスから聞いていたが、エルファバが部屋に入るととてもにこやかに挨拶をしてくれた。
「わざわざこんな辺鄙な部屋に来てくれてありがとう。散らかっていてすまないね。」
エルファバは付き添いシリウスをチラッと見る。“辺鄙で散らかった部屋”を用意したのは騎士団側、皮肉を言っているわけだ。案の定シリウスは歯軋りし、右手をピクピクさせている。今にもローブの中に手を突っ込み、レギュラスを呪いそうだ。
「さあ、座って。そんなに緊張しないでほしいな。」
エルファバはゆっくり席に座るとレギュラスはクスッと笑った。
(緊張してるんじゃなくて、シリウスが怒り出したら私に八つ当たりしてくるから怖いのに…。)
レギュラスは黒髪で灰色の瞳の男性で、彼の元実家であるグリモールド・プレイスで見た写真より老けており、目の下にしわができていた。
彼が若い頃の写真を見たハリーは「シリウスの方がハンサム」と評してシリウスの機嫌を取っていたが(エルファバはハリーのナイスアシストに感謝した)、エルファバはシリウスにとてもよく似ていると感じた。ロンの兄ビルよりと同じくらい髪が長く、黒髪をポニーテールにして深い緑のローブはよく似合っている。
おそらくアズカバンにシリウスが全く行かずに大人として過ごしていたら彼のようになっただろうと感じた。
ふと、視線を下にすると両腕には鉄のブレスレットのようなものが付いている。
「これは私がここから逃げられないようにする道具だよ。この部屋から一歩出るとこれが作動して、私は気絶するんだ。」
怪訝そうに見ていたエルファバに気づいたのかレギュラスは静かに答えた。そう言いながらレギュラスはベッドに座り、その前の小さいテーブルを挟んでエルファバは座った。
シリウスはエルファバの後ろにある扉の前に寄りかかり、腕を組んで貧乏ゆすりをしている。
「何か飲むかい?私は杖を持っていないから、シリウスに頼むことになるけど。」
エルファバはふるふると首を振る。これ以上シリウスの機嫌を損ねるわけにはいかないとエルファバは怯えていた。
「随分と警戒されているようだね。」
エルファバの挙動不審な行動を勘違いしたようで、レギュラスはそう尋ねた。厳密には少し違うがエルファバは会話を続けることにした。「あなたのお兄さんの機嫌を損ねたくないの!」なんて言おうものなら、シリウスは帰り道にエルファバの髪をぐしゃぐしゃにして、嫌味をチクチク言ってくるだろう。
「…あなたこそ、魔法省にいる時と随分違うんですね。」
「あの時はとても重要な場面だったから私も緊張してて。それに魔法省にいたし、厳かにしなくてはならなかったから。」
レギュラスは少しおどけたように大袈裟に肩をすくめた。エルファバが何も飲むつもりのないことを理解したレギュラスはエルファバに向き直る。
「けど、今私はフリーなんだ。フランクにいこう…レギュラスって呼んでくれ。あなたのことはなんて呼べばいい?」
「……なんでも。」
「じゃあエルフィーって呼んでいいかい?」
エルファバは眉をひそめた。エルファバのことをエルフィーと呼ぶのは身内だけだった。エディ、今はもう縁を切った父親と母親。レギュラスは明らかにエルファバの様子を伺っている。
(どうしてそのあだ名を知っているの…。)
「……それは、関係が深い人だけが呼んでいる呼び方だから……。」
「分かった。じゃあエルファバと呼ぼうか。君とちゃんとした関係を築けるように努力する。けれど、君の信頼は1つ勝ち得たと信じてるんだけど…君の近しい友人であるセドリック・ディゴリーは解呪できただろう?」
エルファバは思わずシリウスの方を向いてしまった。シリウスはイライラしたように頭をガシガシとかいたあと、ああ。と短く返答した。
レギュラスの言う通り、セドリックの中にある炎は解呪できた。その方法は初めて聞いた時あまりにも単純すぎて本当か疑ったが、本当にセドリックは炎から解放されたのだった。
解呪方法はただ“炎を出し切ればいい”とのことだった。
思い返してみればアダムに“力”を移されたルーカスは炎をほとんど使っていなかった。4年生時のワールドカップでハリーたちを助けた時、アダムに襲われた2回、あとはエルファバに少し見せた時くらいか。移された人間たちは体内に魔力が“溜まっている”だけなので溜まった魔力を放出すればその後は“力”を扱えなくなり、大元の人間からの監視からも解放されるという。
『だったら、エルフィーも氷と雪をすっごい出したら無くなっちゃうってこと?』
先日の夕食時にリーマスとシリウスからそう聞かされたところ、ハリー、エルファバが疑問に思っていたことを真っ先にエディが聞いてくれた。
『神秘部に残っていた情報によるとそういうわけでもなさそうなんだ。おそらくエルファバとアダムは体内で魔力を創り出している…だからいくら使っても問題はない。』
『じゃあ、その、今クラウチが持っている“炎”も…。』
『出し切らせれば問題ない。だが神秘部にスパイが…レギュラスがいたんだ。連中も分かりきっているだろう。』
シリウスは不機嫌そうにブロッコリーにフォークを刺した。
閑話休題。
そんなこんなでセドリックは騎士団の監視のもと炎を半日かけて出し切り、解呪に成功したのだった。セドリックはもう感情によって現れる炎に怯える必要は無くなったが、「やっとこの炎を役立てられそうだったのに残念だよ。」とセドリックは嘆いていた。
「私は、ちゃんと君たちに本当のことを伝えただろう?あのまま解呪方法を黙っていたらセドリックの視点を通して死喰い人たちに君達の情報は筒抜けだった。」
「その解呪方法が連中に知られていることで我々としてはプラマイゼロだ。」
シリウスはレギュラスの言葉にぶっきらぼうに返す。レギュラスはエルファバの頭越しにチラッとシリウスを見たが、言い返さず無視した。
「話を変えようか…あなたには改めてお礼を言いたいんだ。私の命を救ってくれたからね。あのままだったら私は蛇に大動脈を噛まれて死んでいた。」
「えーっと…。」
レギュラスは愛想よくニッコリ微笑まれて、エルファバは思わず目を逸らす。
「これで私は、君ら親子共々に命を救われたわけだ。」
「…親子?」
食いついたことにレギュラスは得意げに笑った。エルファバは逸らした目をついまた合わせてしまった。
「そう。私はあなたのお母さんに一度命を救われているんだよ。ダンブルドアから私の目的は闇の帝王を倒すことであることは聞いているかな?」
エルファバはコクンと頷く。
「私は闇の帝王を倒す手筈を探していた。その時に死喰い人としてスパイしていたあなたのお母さん…グリンダは私に“力”を一部くれたんだよ…セドリックのようにね。いろいろあって私は闇の帝王を倒す手がかりを見つけた矢先、死喰い人の仲間に襲われた。奴らは私を湖の中に引き摺り込んで、溺れさせようとしたんだ…弱り切っていた私は最後の力を振り絞りグリンダの“力”を借りて湖を凍らせたんだ。数年後、神秘部の調査員は凍った私を発見し、引き上げたんだ。“力”をもらっていなければ私は今この場にいなかっただろう。」
だから、あなたたち親子に救われたというわけだ。とレギュラスははにかんだ。エルファバをジッと覗き込むレギュラスにエルファバは少し恥ずかしくなった。
「未成年を口説くな。さっさと本題に入ってもらおうか。お前とエルファバが話していいのは月1回30分だけだとダンブルドアは伝えたはずだが。」
「相変わらずだね、シリウス。そんなにイライラするべきじゃないよ。エルファバが怖がってるじゃないか。」
「こいつは別に俺のことは怖がってない。」
(シリウスもう怒らないでよ…。どちらかというとシリウスを怖がってるんだから…。)
シリウスとレギュラスの言い合いにエルファバは入れず、心の中でつぶやいた。レギュラスはため息をついて、エルファバに向き直った。
「シリウスが急かすから本題に入ろうか…前に言った通り、あなたの“力”には無限の可能性がある。氷は全ての魔法を無効化する、それに私は氷の中で数年生き残ったし、君のお母さんだって身体の原型を保ったままそのまま氷の中で生き続けていたんだ。」
「あなたはともかく、グリンダは、私のお母さんは氷の中で亡くなっていたでしょう?」
「………そうだね。」
不自然な沈黙にエルファバは怪訝そうな顔をしたがレギュラスは話を止めない。
「つまり、現世にある死の呪文に対抗できる唯一の手段であり…この世の全ての呪いを解く手段ともなるかもしれない。だから、私と一緒に調べて欲しいんだ。」
「調べるって…。」
それまでもレギュラスの顔はずっとにこやかだったが目は笑っていなかった。しかし今は目に光が入り、グレーの瞳がキラキラ輝いている。その目はシリウスがエルファバに悪戯を思いついた時のきらめきと同じだとエルファバは思った。
「私と一緒に来て欲しい。グリンダの家に。」