ハリー・ポッターと氷の魔女   作:かっさん

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7.呪いの代償

グリモールド・プレイスの厨房では機嫌のいいシリウスの声が響き渡っていた。

 

「あー、そうそう!その辺でストップだ!よしよし、いい感じだな。あとできればあれが欲しいな、あのマグルがよく付ける明かりがついた紐…。」

 

エルファバが作った氷のポインセチアや星のオーナメントの数々はシリウスの指示と呪文によって浮かんでいる。エルファバは白いスウェットを着て、歌いながら大股で歩き杖を振り回すシリウスに早歩きでついていく。藍色のローブを翻しながら歩くシリウスはまるで怪盗のようだ。

 

「イルミネーションライトのこと?けど電気が通っていないと難しいんじゃないかしら。」

「まあそれはどうにかなるさ…物がなくても妖精を紐に引っ付ければ。」

「それは可哀想だわ。」

「まあそうか…今から妖精なんて捕まらないだろうし…何か代用できる魔法はあるかな?」

 

今年のクリスマスは、安全面を考慮してグリモールド・プレイスとウィーズリー家別々で行うことになった。ミセス・ウィーズリーがいると気を使うシリウスは大いに喜び、上機嫌でクリスマスの準備に取り掛かった。実の父親を亡くしているエルファバとエディがいるにも関わらず上機嫌な様子を見せるのは不謹慎だとリーマスは眉を顰めたが、エルファバからすると随分ありがたかったしシリウスもあえてそうしてくれている気がした。

 

なお父親が亡くなった騒ぎに紛れて、レギュラスは逃走した。シリウス曰く魔法省はレギュラスを逃した騎士団をチクチクと批判しているが、ダンブルドアはそこまで懸念していないらしい。

 

『ダンブルドアはレギュラスを現状味方でもないが敵でもないと判断した。場合によってはこちらの敵になるらしいけど。』

『どうして?』

 

昨晩、夕食時にリーマスからその話を聞いたエディはすかさず問いかけた。熱心に聞くエディに対しエルファバは少し視線を落としていた。

 

(あの時…グリンダの家に行った時に死喰い人の杖を奪っていたんじゃないかしら…純血で生粋の魔法使いなレギュラスがマグルのような方法で脱出を思い浮かぶとは思えない。魔法がなければ…杖がないと抜け出せないはずだもの。)

 

『多分レギュラスはどこかの段階で我々の本拠地がレギュラスにゆかりのある地だと分かっているようだ。しかし今のところ、どこも死喰い人の気配はない。』

『少なくとも死喰い人側ではないということ?』

『そうだね。ただ彼の態度には気になる部分もある…100%味方とは言い切れないだろう。隠していることも多かったし、彼の差別的な言動も見てとれた。』

『あいつは少なくとも17年くらいは親からマグル差別や選民思想が素晴らしいと散々教育されてきたし、本人もそうあるべきだと信じて疑っていなかった。この10年でグリンダの云々があったとしても、マグル差別が抜け切れていると思えない…死喰い人と命をかけて戦う人間ではない、騎士団には相応しくないとダンブルドアも言っている。』

 

シリウスもハムを頬張りながらリーマスに続けた。しばらくの沈黙の後、ふとエルファバは思ったことを口に出した。

 

『けど、逆に言えばレギュラスは本当に私の“力”が魔法界の役に立つと思って活動しているってこと?』

『どうかな…。セドリックの報告だとそれを差し引いても君への干渉が大きい。警戒するに越したことはない。』

 

なんとなく、レギュラスという家族を思い出す足枷が無くなったのもシリウスの機嫌に影響している気がした。自分の周りで多くのことが起こるのは少し疲れてしまったエルファバはグリモールド・プレイスでの平和な時間が本当に大切に思えた。シリウスのご機嫌な後ろ姿を見ながらふと考える。

 

(みんな、命をかけて戦っている。今この瞬間を大切にしていかないと…。そして、私ができることでみんなを助けていかないと。)

 

本を片手にぶつぶつとシリウスは何かを呟いていた。その本のタイトルは”これであなたもクリスマスの人気者!クリスマス特別魔法辞典!“だった。去年感情を失ったセドリックを励まそうとエルファバもその本を図書館から借りていて見覚えがあった。

 

玄関ホールにシリウスが杖を向けるとポン、ポンと小さな光がふわふわ浮かんで宙を漂った。まるで、蛍のようなその光は幻想的で美しい。

 

「ご主人様。」

 

エルファバの後ろからヌッとクリーチャーが現れた。ビー玉のような大きな目でジッとシリウスを見つめ、数秒した後に緑の布を両手でシリウスの前に掲げた。

 

「頼まれていた物をお持ちいたしました。」

 

エルファバはクリーチャーとシリウスを交互に見た。数秒の沈黙の後、シリウスは少し低い声でこう言って受け取った。

 

「…クリーチャー………ありがとう。」

 

ポカンと口を開けたエルファバを無視してクリーチャーは軽くお辞儀をした後、さっさと中庭の方へと消えていった。決して仲良くはない、しかし去年の今頃の関係性に比べたらとんでもない進歩だ。今の様子を見たらハーマイオニーが泣いて喜ぶだろう。

 

「なんだよ。」

 

シリウスはムッとエルファバを見下ろしていたので慌てて、首を振った。エルファバが魔法省に連れ去られた時、目撃し正確な情報を伝えたのはクリーチャーだった。その事実をダンブルドアは指摘しクリーチャーはあくまで元主人たちの思想に沿っているだけで決して悪い屋敷しもべではない、愛情に飢えているから親切にすること、さもなくば生存していたレギュラスの方へ裏切ることをシリウスに厳しく伝えた。もちろんこれに反発したシリウスだったが、レギュラスの元へ行かれるのは相当まずいということでシリウスは仕方なく優しくすることにした。

当然レギュラスの生存をクリーチャーは知らない。なので最初は歩み寄ろうとするシリウスをぶつぶつと小声で揶揄し、挑発した。しかしリーマスの根気強い支えもあって、シリウスは偏屈なクリーチャーに「ありがとう」「ごめんなさい」を言うのを徹底するとクリーチャーのぶつぶつは段々少なくなっていったらしい。

 

そうリーマスから聞いてはいたが、まさかここまで改善しているとは。

 

「…クリスマスはあまりいい思い出がなかった。」

 

魔法で畳まれた緑の布を広げながらシリウスはボソッと呟いた。

 

「クリスマスは家族の行事だ。俺からすれば、毎年自分を嘲笑う家族と一緒に過ごす地獄みたいなイベント…ジェームズにはクリスマス休暇でどうしても家に戻らないといけない時にはサーカスのピエロになってくると言っていたものさ。」

 

シリウスはぐるっと屋敷の中を見回して忌々しそうにそう吐き捨てた。

 

「途中からジェームズと両親が俺を呼んでクリスマスパーティーをしてくれたものさ。とても良いクリスマスだったが、残念ながら3人とも早く亡くなってしまってー。」

 

シリウスの瞳はシャッターが閉じたように暗くなった。

 

(シリウスは自分の選択でハリーのお父さんを死なせてしまったことを今でも悔いているのね…唯一無二の親友だったし。)

 

エルファバはそっとシリウスの手から布の端を持って、玄関に敷きながらなるべく明るい声でこう言った。

 

「そしたらハリーが4年生の時にクリスマスのダンス・パーティを蹴ってシリウスと過ごしたいって言われて最高だったでしょう?」

 

その一言でシリウスの顔はパッと明るくなった。

 

「ああ。その時は今日みたいに豪勢な飾りはできなかったけどな。男3人だったし、家も小さかった。ターキーを食らいながら“忍びの地図”で昔みたいに人間模様を観察したし。」

「ハリーから聞いたわ。」

 

クククッと笑ったシリウスにエルファバは呆れたようにため息をつく。

 

「それから、クリスマスは楽しみなイベントになったんだ。去年も人がたくさんいて楽しかったし…今年も。これからは5人で毎年クリスマスをやれると思うと楽しみだ。」

 

布の位置を確認していたエルファバはその言葉の意味を理解するのに数秒時間がかかった。えっ、とシリウスの方を見るとあのいつものエルファバを揶揄う時やハリーと話す時の少年のような笑顔ではなく、大人の男性のような余裕がある顔で微笑んでいた。これまで子供のようだと思っていたシリウスが成熟した大人の男性ですごくハンサムだと思った。

 

(シリウスは無くなってしまった私の帰る場所はここでいいんだと言ってくれているのね。)

 

「…うん!」

 

それに応えるようにエルファバはニッコリと笑った。

 

その数日後にハリーは「マルフォイが何を企んでいるか聞き込むスネイプ」という新情報をこさえてグリモールド・プレイスに戻ってきた。

エルファバとエディに気を遣ったハリーは2人がいないところでその話をしていたが、興奮気味だったので浴室でシャワーを浴びて廊下を歩いていたエルファバには丸聞こえだった。

 

「…で、最後にスネイプはマルフォイが女子生徒を誑かしていることを指摘したらマルフォイは激昂してその場を去ったんだ。多分その女子生徒はパンジーって奴のことだと思うんだけど。」

 

髪の毛から水を滴らせたまま、エルファバもジッと話を聞いていた。ハリーのことだからエルファバが聞けば教えてくれるはずだが、話を遮りたくなくて聞き耳を立ててしまう。

 

「きっとスネイプはー。」

「援助を申し出るふりをしてマルフォイの企みを聞き出そうとした?」

 

リーマスの指摘にハリーは早口で答えた。リーマスはダンブルドアが信じる限りスネイプを信じると答え、シリウスは少し考えた後にハリーの意見に賛同しつつ別のことを指摘した。

 

「仮にあのマルフォイの息子が何か考えているとして、それはなんだと思う?」

 

シリウスが全面的にハリーの考えを理解してくれたのが嬉しいらしく、エルファバに伝えた考えをまた改めて言った。

 

「マルフォイはヴォルデモートに指示されて”炎の軍隊“をホグワーツ内で作っている…と思う。最近マルフォイが格下だと思っているような生徒に話しかけているのを見かけたんだ。ホグズミードの時やこの前のスラグホーンのクリスマス・パーティでも。」

「それはクィディッチの選手たちなのか?」

「いや…それは違うんだけど。」

 

エルファバが集中して聞いていると、後ろから誰かに抱きしめられた。

 

「ほーら、エルフィー!ダメだよ濡れたままでこんなところ立ってちゃ!風邪引いちゃうよー!タオルで髪拭いてあげる!」

 

大きな声で話しかけてきたエディの声は、確実に3人の男性陣にも聞こえた。エルファバは抱きついてタオルでゴシゴシと髪の毛を拭かれながら、ガチャっと居間の扉を開けて盗み聞きしたことを謝ると“マルフォイ問題”の話は中断となった。

 

その後、ハリーはエディがシャワーを浴びている間にエルファバの部屋に来た。お互いヨレヨレTシャツとスウェットという姿でエルファバに至っては2年生時から来ている服をそのまま着ていた。

 

「ハリー、さっきはごめんなさい。盗み聞きするつもりはなかったの。」

「いや、いいよ。謝らないでくれ。君にも聞かせる話だったし。」

「それにスラグホーンのクリスマス・パーティも一緒に行けなかったし…。」

 

スラグホーン企画のクリスマス・パーティにハリーとエルファバはペアで行く予定だったのだが、父親のことがありハリーに何も言えず一足早く帰ってきたのだ。

 

「エルファバ、その、お父さんのこと残念だったね。」

「ええ…でも正直立ち直るのは前に比べて難しくなさそうなの。」

「そう…。」

 

ルーカスを亡くした時の方が苦しかったし、自分がこの悲劇を乗り越えられるか分からなかった。今もルーカスが恋しくて泣いてしまうこともある。対して父親は誰かの死が2回目だからか、それとも父親が自分を“怪物”と呼んだ段階で永久の別れを告げたつもりだったからか、ルーカスほどには大きなショックは受けていない。

もちろん、肉親を失った喪失感は言い表せない。

 

お前が負った傷を父親としてどうやって癒せばいいのか分からない…それでも、私はお前を愛してる。エディもお前も、私の大事な娘だ。もしもお前がそれでも許してくれるなら…私はお前の父親でありたい。』

 

あの時、14歳の時に冴えない、疲れた顔の父親から溢れた言葉は紛れもない事実のはずだ。

 

どこからボタンの掛け違いが…決裂が起こったのか。話し合うことはできなかったのか。

 

『魔法を捨てるなら、家族で生きる覚悟だった。けど…魔法省の管理にいる方がお前が安全なんだよ!!!!!分かってくれ!!!!』

 

幼少期の時にエルファバに薬を盛り続けた理由やエルファバに頑なに“力”を使わせなかった理由。

 

『"力"を使えばお前は悪い魔女になってしまう。どんな理由であろうとね。特に人に見られたりしたら人々はお前を気味悪がり、離れていく。』

 

エルファバの人生を呪い続けたあの言葉の意味は?

 

(今みんなが私の“力”を知りつつあるけど、誰も私を気味悪がったりしない。離れても行かない。マグルの世界ならとにかく、魔法の世界だったら受け入れてくれるってことお父さんだったら分かったはずなのにー。何をもってそんなことを?そこまでして私に“力”を使わせたくなかった?グリンダを…思い出すから?ううん、だったらホグワーツに行く段階で諦めるはず。)

 

「ハリー、すっごいおかしな話なんだけど、」

「なんだい?」

「…私、クィレルに会ってみたいの。」

 

数秒の沈黙。

ハリーが真顔になったのが耐えられず、エルファバは続ける。

 

「ほら、私の出生を知っているのはクィレルしかいないでしょう?今もう私の“力”を知るのはクィレルしかいないのよ。私は…お父さんの真意を知りたいし私はみんなの役に立つために、クィレルに会うしかないと思うの。」

「うーーん…。」

 

ハリーは苦い顔をしてイエスともノーとも言わなかった。11歳当時、“実の姉に恋愛感情を向けている”ということにピンと来ていなかったが年齢を重ねて物事が分かるようになればなるほどその異常性を理解できるようになった。挙句は娘のエルファバを追いかけ回し、顔は火傷まみれ。エルファバからすれば相当なトラウマになるはずだ。

 

いくら牢屋に入っているとはいえ随分危険ではないだろうか?

 

「どう…だろう。騎士団にお願いしてみたら?」

「ここに来た時にお願いしてみたけど、ダメって言われたわ。」

 

リーマスに、とエルファバは心の中で付け加えた。ダメだとリーマスは即答し、必要なことがあれば騎士団が聞き込むと力説した。賛成してくれそうなシリウスですら、事実を知るのは大事だがレギュラスがエルファバに干渉してこようとしてきたのを知って、危険だとやや反対よりの意見だった。

 

「けど…それ以外にもう向き合う方法がない気がするの。グリンダの実家には目新しいものはないんでしょうし、日記だってグリンダの人間関係を知る上では良かったけれど“力”のことはそこまでよ。」

「……。」

 

ハリーの視線は扉近くにある焦茶色の革でできた巾着バッグに注がれていた。その中から赤い毛のような塊がはみ出ている。

 

「その巾着に入ってるやつ、数年前にダンスパーティで使ったカツラだったりする?」

「う"っ。」

 

比喩ではなく本当に部屋の気温が数度くらい下がったのが答えだった。

 

「まさか、君1人で変装してクィレルに会いに行くとかじゃないよね?こんな状況で?あいつ海外の牢獄にいるのに?」

「早朝の飛行機でオーストリアまで2時間で行けるの。日帰りで帰れるかなって……お金もあるし…やっぱり無謀よね。」

「君ってたまに恐ろしいくらい行動力あるよね。」

「ハリー、あの、例えばだけど、」

「流石に僕もこれには協力はしな…」

 

そのタイミングでガチャっと扉を開けて入ってきたのは、エディではなく眉間に皺を寄せたリーマスだった。エルファバはその顔を見て、今の話を聞かれたのだと悟った。

 

「ごごごごめんなさい!ただ考えていただけで、そんな細かい計画は立ててないから…!」

 

エルファバはとっさにハリーの後ろへ隠れた。対してハリーは冷静に耳塞ぎ呪文を使うべきだったと妙に冷静だった。なぜならリーマスは怒ったような顔をしていたが本気で怒っているわけではなく、エルファバを嗜めるためにわざとそのような顔をしているのだとハリーはすぐに分かった。

 

リーマスは大きくため息をついた。

 

ーーーーー

数日後。

 

絶景を見渡せる高い山、それに似つかわしくない無表情な高い壁の前にバシッと音が聞こえ、どこからともなく男性と少女が現れた。

 

「少しクラクラするかい?」

 

リーマスの問いにエルファバは首を振った。

 

「ううん、大丈夫…本当に良かったの?」

「ああ。昨日も言ったけど、君の気持ちは分かるからね…自分の中にある見ず知らずのパワーがわからないというのは苦痛だ。亡くなった父親を守れなかった…そして彼の真意を図りきれなかった私たち騎士団の責任もある。最初は君の安全を考慮して良くないと思ったが…。君に重なる辛い出来事を少しでも乗り越える糧になって欲しい。」

「ありがとう。」

「けどもう1人で行こうだなんて思わないでね。全く、君は普段大人しいからノーマークだけど、忘れた頃に無謀な試みをするからね。グリフィンドール生だとよく分かるよ。」

「…うん。」

「ダンブルドアには後で一緒に怒られに行こう。」

 

小言を言いつつ、茶目っけたっぷりにウインクするリーマスにエルファバはクスッと笑った。

 

その場所は美しい絶景を見渡せるにも関わらず、今にも雨が降りそうな天気でどんよりと薄暗かった。エルファバとリーマスが数メートルほど歩くと、ハグリッドもやすやすと通れるくらいの巨大な門が現れた。そしてその門の一番高い部分にはこのように書かれていた。

 

“より大きな善のために”

 

その門を潜りさらに奥へ進むと、屈強なボディビルダーのような身体に中世に出てくるような甲冑を纏った看守たちが正面玄関に立ち塞がっていた。リーマスはその看守たちに近づき、静かにこう言った。

 

「私は騎士団のリーマス・ルーピン。クィリナス・クィレルに会いに来た。」

 

看守たちはチラッとリーマスの後ろに立つエルファバを見てからこう言った。

 

「その囚人の面会、1人だ。2人、入れない。」

「…そんなルールが?初めて聞いたし、彼女は未成年だ。ここに1人にはできない。」

「規則は規則だ。守れない、面会、できない。」

「“その囚人”ということはクィレルだけの規則ということだな…誰の指示だ?」

「アルバス・ダンブルドア。」

 

エルファバとリーマスは困惑して顔を見合わせた。何をもってそのようなルールを設けたのかが分からない。リーマスはエルファバの肩を抱き、考え込んだ。

 

「…直接面会するのはこの子だ。だが未成年だから私が奴の独房の外で待機する…これでどうだ?」

 

看守たちはしばらくエルファバが知らない言語で話をした。おそらくドイツ語だ。ドイツ語は英語と近い部分もあるのでこの看守たちがリーマスからの提案をどうするのかを話し合っているのだと分かった。数分後、看守の1人はこう言った。

 

「いいだろう。」

 

看守の1人が黒く細長い布を持ってエルファバに近づいてきた。

 

「目隠しをされて、独房の中に飛ばされるんだ。私も外にいるから何かあったらすぐに呼んで。呪文を使ってもいいし、凍らせてもいいから。何より、あいつは歪んでいる…君を傷つける言葉もかけてくるだろうから、事実であること以外は耳を傾けないで。」

 

リーマスの指示にエルファバはゆっくり頷くと、目の前が真っ暗になった。後ろで結ばれるのを肌で感じた直後、フワッと身体が浮き上がった。

 

「ひゃっ!」

 

姿くらましとは全く異なるその感覚にエルファバは確実に周囲を凍らせたことを確信した。その数秒後、ドンっと鈍い感覚が足から身体へ響きエルファバはどこかに着地したのだと思った。

 

「…エルファバ・スミス。」

 

エルファバを呼んだのは、リーマスでも看守でもない。恐る恐る目隠しを取ると、数センチ離れた先にエルファバと囚人を隔てる柵があった。柵の先には1人の男性の気配。ボロボロの薄汚いローブを着た男性が牢屋の奥で座っていた。全身には醜い火傷の跡が残っている…ドラゴンの子供に焼かれた跡だ。

 

「クィリナス・クィレル…。」

 

エルファバがそう呼ぶとゆっくりと立ち上がり、近づいてきた。最後に会った時は11歳。ホグワーツ内を追いかけ回され、髪の毛を掴まれて引きずられ。最後は首を絞めて殺されかけた。エルファバの男性への恐怖を植え付けた1人であることは間違いない。

 

しかし、今のクィレルはエルファバが想像していたよりよっぽど弱々しく身長も小さいように思えた。

 

(考えてみれば5年前の話だもの。当たり前よね。)

 

思ったより、エルファバの中でクィレルと対峙して恐怖はなかった。いざとなれば凍らしたり杖で対抗できるー。

 

「忌々しいくらいに我が姉に似ているな。お前の中に穢れた血が入り混じっていると思うと…虫唾が走るが…あの女のことを思い出すよ…。」

 

クィレルの声色はまとわりつくようなねっとりした声だった。例えに出して悪いが、セドリックに媚を売る女子生徒を思い出す。ケロイドの中から見える視線も気持ちが悪い…早くこの場から去りたい、そう思った。

 

「さて、そんなお前がどうしてここに来た?クィレル叔父さんが当ててあげようか?」

「…。」

「お前は全てを知りたいだろう?“力”の代償やあの女や穢れた血の父親について…あの穢れた血はきっとお前に何も喋らないだろうからなあ?あの女のしでかした罪について。」

 

父親が亡くなったことを伝えるのは得策ではない、と思った。

 

「…マグル生まれのことをそんなふうに呼ばないで。あなただって…。」

 

エルファバはジッとクィレルの視線を見返した。ここで目を逸らしたら負けだと思った。

 

「…その生意気な態度、あの罪深い女にそっくりだ。忌々しい。」

「グリンダは無実よ。グリンダは騎士団として死喰い人の仲間をスパイしていたの…無実のマグルも魔法使いも殺していない。」

 

クィレルはため息をついた。何も分かっていない反抗的な子供に呆れた親のような態度にエルファバは少しイラッと来た。そしてわざとらしく、語りながら牢屋の中を行き来し始めた。

 

「さて、歴史の時間だミス・エルファバ。お前の中に巣食う“力”は遡ること数百年前の話だ。小鬼(ゴブリン)の反乱が起こった時、小鬼(ゴブリン)側についた魔法使い達がいた。博愛主義者だった魔法使い達は全ての生物が平等に生活するべきだという信念の元、傲慢な魔法使い達に一矢報いるべく小鬼(ゴブリン)たちに魔法と杖を授けた。その代わりに奴らたちはその魔法を使った甲冑や剣などを分け与えた…結局は魔法使い達が勝利を収め、哀れな小鬼(ゴブリン)どもは魔法使い達に媚びへつらう人生に逆戻り。だが、奴らは闘いの間で人間の魔法と小鬼(ゴブリン)の魔法を融合させ魔法使い達の知らない古代魔法を構築しさらに発展を遂げた。」

「あの獣どもは傲慢で卑しい連中だった。それだけに飽き足らず、自分たちの仲間だった魔法使いに分け与えた甲冑や剣を返すように要求した。だが魔法使い達は拒否したー。確かに戦争は負けたが、魔法使い達は発展した。できる限りのことはした…だから甲冑や剣を返す理由はない、それが奴らの主張だった。奴らは怒り狂った。戦争に負けた哀れな種族からさらに物を奪い取る気かとな。だから奴らはこの魔法使い達に…剣や盾にかける炎や氷を模した呪いを人間にかけたー更なる呪いを加えて。」

 

エルファバは黙って聞いていた。この歴史は数年前にルーカスに聞いた。炎の呪いをベルンシュタイン家、氷の呪いをオルレアン家が受け継いだ。

 

「杖を使わずに天候を変えるほどのパワーと通常の呪文や呪いを弾く特異性…祖先は最初、小鬼(ゴブリン)から呪われたことにすら気づかなかった。むしろ贈り物だと考えた…感情によって左右されてしまうのが玉に瑕だがそんなもの魔法界にいくらでもある。そんなことは問題にはならなかったがー。」

 

その瞬間、クィレルのケロイドだらけの顔は醜悪に歪んだ。これをエルファバに言いたくてしょうがなかった、今からエルファバの心を傷つけようとしていると分かった。

 

「執念深い小鬼(ゴブリン)達はこの愚かな魔法使いに一矢報いるために強大な呪いをかけた。」

 

これだ、とエルファバは思った。聞きたかった、呪いの全容。エルファバを、そしてこれまで友人達を助けた“力”が“血の呪い”と呼ばれる所以ー。

 

「…この“力”を持ったものは所有してから約15年後に炎に包まれるか、氷の塊となって死ぬ。そして、その後…その人間は綺麗さっぱり忘れ去られる。まるでこの世界に存在していなかったかのように…血縁者ではないこの呪いを知る者も同様だ。そして所有者が死んだら、最も近い血縁者へと引き継がれる。」

 

クィレルはここで形を切り、顔を嘲笑で醜悪に歪めてエルファバを覗き込んだ。

 

(血の呪いー、と言うくらいだから死に至るというのは覚悟はしていた。けれど、人間の存在が忘れられる?)

 

「ありえないわ…そうだとしたらグリンダはどうして死んだのに、みんなグリンダの記憶があるの?」

 

しかし、同時にエルファバの中でこれまで謎だったピースが徐々にはまっていく音が聞こえていた。

 

父親がエルファバに薬を飲ませて魔力を抑えつけてまで頑なに“力”を使わせなかった理由、“炎の魔法使い”であるアダム・ベルンシュタインがルーカスやその妹、自身の弟に呪いを移そうとした理由。グリンダの実家にあった家系図にいくつか不自然な空白があったのは。

 

“力”の…呪いの代償が“死と忘却”だと、伝わっていたとしたら?

 

(そんな、強大な呪いなんて…存在するの?その人物の記憶全てを消すような呪いなんて聞いたことがない…。)

 

「ここからお前が一番知りたいことを教えてやろう。お前ら家族の歴史さ。」

 

エルファバは必死で否定した。否定する頭の中にクィレルの残忍な声が入り込んでくる。

 

「あの女は学生時代に”力“の代償に気がついた…自らの死と愛しの穢れた血に忘れられることに恐怖した。呪いを解くためにあいつはホグワーツ卒業後にグリンゴッツ銀行へ就職を決めた…1、2年かけてあいつは小鬼(ゴブリン)を懐柔し、呪いを解く鍵を見つけた。グリンゴッツ002番金庫、そこに先祖を呪い続ける古代魔法が小鬼どもによって慎重に守られている。解呪方法は小鬼(ゴブリン)の死体5体分の血肉を金庫内に捧げ………自分と血縁関係がある生きている子供に“力”を移すこと。」

 

牢屋の中に吹き込む生ぬるい風と冷たい刺すような風が牢屋の中で混じり合う。

 

「そうだ…。あの女は自分の全ての死から逃れるために卒業後すぐにガキを…お前を造った。”力“を自分の娘に移すためにな…そうすれば自分は死んでも記憶がこの世界に残る。あの女は哀れな小鬼(ゴブリン)もを殺害し、自らのガキを犠牲にしてまで生き残りたい、弱い愚かな女だったんだ…!」

「…ウソ、」

 

数年前、ホグズミードで出会った老いた小鬼(ゴブリン)の声が、これまで忘れ去っていた憎憎しい声がエルファバの頭の中で響く。

 

『お前の母親は罪人だ。』

『お前の母親は我々を侮辱したのだ!』

『お前のその醜い老婆のような白髪がその証拠だ!』

 

「あの女は追い詰められた後、自らを凍らせてそこから数十年罪から逃げ続けた!あの穢れた血はあいつが氷の中で生きているにも関わらず、お前が”力“を継承したことで気がついたんだ!そして悟った!あの女がお前を!犠牲にしたと!」

「嘘よ!!!!!」

 

バキバキバキっ!!!

 

牢屋の中は一瞬で分厚い氷に包まれた。エルファバは構わずに叫び続けた。

 

「嘘だわ!人が何十年も氷の中で生きているはずはない!グリンダが死んだから私に”力“が移ったのよ!」

「バカな小娘が…あいつの死因は”焼死“だ。氷の中で死んだんじゃない。お前とハリー・ポッターがあの女を殺したんだよ。あのお方は生きている人間にしか乗り移れない…!」

 

エルファバは息を飲んだ。5年前、ヴォルデモートが取り憑いたグリンダをハリーとエルファバで…。全身を燃やされ、足を凍らされたグリンダの身の毛もよだつ声を思い出す。

 

『ああああああああああはははは、そう!!それでいい!!それでいいの!!』

 

(そうだ…あの時…グリンダは笑っていた…それは、自分が記憶を残したまま死ねるから?そんな、嘘、私は、私は“力”を移すために生まれたの…?!そんな、そんなはずない!)

 

エルファバは辺りを凍らせながら耳を塞いだ。涙が溢れる。クィレルはそれを見て嘲笑った。

 

「お前という人間は、肉親に呪いを受け継がれ!!肉親を殺し!!そして死んで忘れられる!!そんな運命なんだよ!!」

「ボンバーダ・マキシマ 破壊せよ!」

 

爆音と共に、リーマスと看守が数名入り込んできた。立ち上がれず座り込んだエルファバにリーマスは自分のローブで包むように抱きしめる。

 

「エルファバ、大丈夫かい?聞いてはダメだ。落ち着いて、落ち着くんだ…あいつは歪んでいる。」

 

自分のローブが凍るのを構わず、リーマスは優しくそして根気強く語りかけた。

 

「やあ、君がリーマス・ルーピンかな…人狼にも関わらずダンブルドアを盾に生きている男。」

「私のことはなんとでも言えばいい…この子を傷つけるような真似は許さない。何を言った?」

 

エルファバが今までに聞いたことのないような怒りと軽蔑に満ちた声色でリーマスはクィレルにそう告げた。クィレルは大きく高笑いするとリーマスはより一層エルファバを強く抱きしめた。

 

「おやおや、穢れた血の代わりにワンちゃんが父親ときたか…ところで、“炎の魔法使い”ベルンシュタインの次男は救出できたのか?」

 

アダムの弟。エルファバは名前すら知らなかった。アダムが死喰い人として暗躍した大きな理由、アダムが“力”を移そうと必死になって探していた弟。

 

(…考えてみれば、全く話を聞かなかった。騎士団が探している、その進捗を教えてくれるはずなのに…最後にアダムの弟の話を聞いたのはいつ?ルーカスの最期?まさかー。)

 

「ベルンシュタインの、次男……?一体何の話をしている?あの男に…兄弟はいないはずだ。」

 

エルファバの魔力の暴走はピタッと止まった。雪も、氷も、冷風もぴたりと。それはエルファバが落ち着いたからではない。

 

「エルファバ?」

 

あまりの衝撃に、エルファバはまともにリーマスの顔を見ることが出来なかった。

 

血の呪いの代償が“死と存在の抹消”であることが、今ここで証明された。

 

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