その日の夜は肌を刺すような寒さで、誰も外にいなかった。家でワイワイ家族との時間を過ごし、皆が学校に会社に心の準備を整える声が聞こえる中で女は1人で薄暗い夜道を歩いていた。寒さを煽る風が吹き、女は身体を縮こまらせて赤いマフラーを結び直した時だった。
「こんばんは。」
真正面に人が現れ、女はヒッと声を上げた。
高身長で長い口髭を蓄えた老人が静かに佇んでいた。真紅のローブを羽織った男性は半月型の眼鏡から青い瞳を覗かせている。
前から人が歩いて来た気配はなく、本当に突然…魔法のようにこの老人は現れたのだ。老人は寒さを全く感じていないようで、縮こまったりなどせず姿勢を正し堂々とした出立だ。
「こうやって会うのは2回目じゃのう。」
話したいことがたくさんあったにも関わらず、大事な第一声は嫌味だった。
「私を殺しに来るには随分遅かったわね。」
失敗した、と女は後悔したが老人は全く気にしていないようで朗らかにその嫌味に優しく返した。
「まさか。わしはあの者たちと違い君を殺したりなどせぬことは君がよく理解しておるじゃろう。」
「あの人は…デニスは?」
「…残念ながら。」
「そう。」
再び風が吹き、女の耳にはゴウっという空気を切る音しか聞こえなくなった。老人が風の中で何かを呟くと、その風は一瞬で消え夜道に静けさが戻った。女が憎む“魔法”を使ったのだろうと思ったが、この老人は魔法使い達が共通して持っている木の棒を持たずに魔法を唱えた。
まるで自分の…神秘的な美しさを持つ娘ように。
そして、不思議と刺すような痛みの空気がふわっと温かい空気に変わる。
「デニスを追った者たちを…わしらまでもを逃れるのは決して容易いことではない。この数週間、恐ろしかったじゃろう。魔法を持たない君がどのように逃げ仰せたのかがわしからするといささか不思議じゃが…。」
「……あなたたちのような人達を嫌うのは大勢いるのよ。そのコミュニティに保護されていたの。」
「ほお。」
「例えば魔法使いの兄に虐げられた妹、隣人が魔法使い家族で魔法の暴発によって子を失った親、怪物を見たと主張したことで夫を精神病院に入れられた妻とか…私のような人間は歓迎されて、特殊な方法で保護されるのよ。」
「じゃが、君を見る限りどうもそのコミュニティから抜けて来たように見えるが。」
「最初は良かったけどね、けれどみんなあまりにも恨みが強すぎて…そこにいることに疲れたの。最近は特に恨みが強くなっているみたい。」
「君は…成長したのじゃな。」
女のため息は真っ白だった。
「……私は何も知らない。話せることもない。」
「わしらがしたいのは君の保護じゃよ。」
「嘘よ…デニスがあなたがあの子を…エルフィーを利用するつもりなんだって言ってたわ。」
「決してそのようなことは、」
「じゃあ、どうしてあの子は死ぬ運命なのに助けないの?あなた校長でしょう?」
老人が口を閉じた時の一瞬の動揺を女は見逃さなかった。
「デニスが…襲撃を受ける直前に話してくれたの。あの子を待ち受ける運命を…そして、あなたは犯罪者を倒すためにそれを利用することもね。あの眼鏡の男の子…まさかリリーの子供だったなんてね。自分を犠牲にして子供を生かすなんて彼女らしいというか…それで?エルフィーは魔法使いの英雄になるための犠牲になるの?」
「…最善は尽くしておる。」
その時、女は常に冷静沈着な老人の声が震えていることに気がついた。まるで泣きそうになっているようなー。しかし老人の瞳は濡れていないし、真剣なその面持ちは崩れていない。
しかし、老人がこれから1人の少女に起こる恐ろしい未来を心から憂いていることは分かった。女は少したじろいだ。静かな沈黙の後、女はこう切り出す。
「………もう、私は生きることなんかどうでも良かった………でも、娘を、エルフィーを、救う方法が1つだけ……あるかもしれなくて、」
女はダウンジャケットのポケットからくしゃくしゃになった紙を老人に手渡す。老人はそれを広げて街灯に照らして読み込む。
「エルフィーに飲ませる薬が何なのかを知った時、私はあの子のこと何も知らないんだって思ったから、デニスがいない隙を狙って書斎に入って魔法書を漁ったの。そしたらこのページに付箋を貼ってあって……。」
「これは、」
「さっき私がペチュニアを訪ねたことくらい分かっているでしょう。ペチュニアに見せて聞いてみたけど、知らないって…まあ、あの子は魔女じゃないから当たり前だけど。エルフィーに渡せたらと思ったけれども、もういい。」
しわくちゃなその紙を老人は大切に畳み、ローブの中にしまった。
「君は…嘆かわしいことにもう1人の自身の娘を忘れているようじゃ。」
「エディは…、」
「2人とも君の立派な娘じゃ。友や家族を思い、自らを犠牲にできる勇敢な子たち。たとえ…過ちを犯したとしても最後まで君の娘じゃ。」
「何よ…エディが私の兄を焚き付けたり襲ったりしたのは私のせいだっていうの?私だって…私だって、辛かったのに…!」
短くため息をつき、老人は杖を取り出しその先を女に向けた。女は目に涙を溜め、この気温の中で頬を高揚させている。
「己が被害者であるという意識は、身を滅ぼすのじゃアマンダよ。君が躓いたのは誰かのせいかもしれぬが、起き上がれないこと…傷を治せないのは君自身の問題じゃ。そしてまだ終わりではない。わしらが君を保護すれば、君は娘たちとまだ和解できる余地がある。誤解を解き、過ちを悔い改めてやり直しを「もうそういうのいいからさっさと殺してよ!!!!!」」
女の声が道中に響いた。老人は短くため息をつき、杖を出す。
「これが君の答えということじゃな。残念に思う…君はこの地域の図書館の司書じゃった。ずっと働いていたが、魔法へのトラウマを消すため…アイルランドへと飛び立つことに決めるじゃろう。美しい自然の中で何にも恐れることはなく、魔法の恐怖から解放され新しい自分へと生まれ変わり5年後にまたイギリスに戻ってくる。アイルランドへ行く手筈はわしが整えよう…君は知る由はないが。」
老人から告げられる自分ではない人生について…女はそれがどういう意味なのか悟った。女が望むことではなかったので抗議をしようとした時、
ふと冷たく柔らかいものがふわりと肌に触れ肌の中で溶けていくのを感じた。
ふと見上げると、真っ暗な闇からゆらゆらと粉雪が現れた。女はまた粉雪が肌に感じると血が滲むほど下唇を噛み、涙を溢した。頬を伝う涙と粉雪が混じり合う。
「……オブリビエイト 忘れよ。」
この世界からの解放の前、女は思い出す。
牧場で羊や犬に囲まれながら育った幼少期。引っ越しをしてデニスと友達になった。いつも寂しそうだけれど優しいデニスに恋に落ち、デニスの友人であるセブルスとリリーと仲良くなった。自分以外の3人は魔法使いとなって数年後には魔法学校へと旅立った。寂しさを噛み締めながらも、平和の暮らしていた数年後魔法使いからの襲撃。召使のようにこき使われ、学校にも行けず家族全員の尊厳を破壊された。父親も母親も必死に自分と兄を守ろうとしたが魔法という凶器の前で無力。思い出したくもない記憶の数々…そして、骸骨のようになった父親はその魔法使いを連れて二度と帰って来なかった。そしてさらに数年後、魔法使いの女と結婚し裏切られたデニスを見た。リリーも死にセブルスとも仲違いしていた。孤独になったデニスは何も、どこも見ていなかった。
魔法は、全てを壊す。
そんなデニスとの間に生まれた愛する子供のエルフィーとエディ。2人のことは愛してるはずだったのに。結局、自分は悲劇のヒロインとなって自分の環境を嘆き、その鬱憤をエルフィーにぶつけあの魔法使いと同じになった。誰も恨まない優しいエルフィーに代わって妹であるエディが、兄を攻撃した。
(もう私は死にたかったのに、)
走馬灯、とでも言うべきなのか。
何度も何度も反芻する愛しの家族たちの笑顔。エルファバ、エイドリアナ、そしてデニス。
美しい、幸せが今この瞬間、自分の中から消え去ろうとしている。そう思うと初めて、猛烈な後悔が押し寄せてくる。
(ごめんなさい、記憶を消さないで、エルフィーに、エディに謝らせて。お願い。)
そう言いたいが、記憶の数々が押し寄せ言葉にならない。最後、老人の明るいブルーの瞳が鋭くこう言っていた。
これが、お前の罰なのだと。
ーーーーー
「昔は禁書棚には鍵があったんだけど、最近は忍び込む人が減ったらしくて、ロープだけの仕切りになったみたいよ。日中はビンスも見張ってるしね。」
「てっきり入るのに何かの魔法がかけられているのかと思っていたわ。」
「入るのは問題ないの。ただ無許可で入った生徒が本を開けると、その本が叫ぶっていう面倒なアラームがあって…一旦全ての本にそれを止める呪文をかけないといけないわけ。」
「だから4、5時間…ってことね。」
「今回はエルフィーが本の目星がついてて良かった。」
エディは本棚をゴソゴソと探すエルファバの手元を照らしながらヒソヒソ声でそう言った。
「それにしても、今日中に見つかるといいんだけどなー…今日は2人とも“元気爆発薬”飲んで夜通し頑張ったけど毎回そんなわけにはいかまいでしょ?それに、」
「……、あった。ルーモス 光よ。」
「嘘、はやっ。待って、その本に呪文かけるから…はい、いいよ。」
エルファバは自分の杖で手元を照らし、その杖を口にくわえる。そしてエルファバの身長の半分くらいの本を開いて読み込み、指を折りながら宙を見て考え事をした。エディはその背後に立ち、ハリーから借りた(エルファバが罪悪感に埋もれながら勝手に拝借した)“忍びの地図”を片手に周りに人はいないかを監視した。
「やった。うん、間違いない。」
エルファバは咥えていた杖を右手に持ち、自信をもって、しかし小声でこう言った。
「この薬、フレッドとジョージの惚れ薬とほぼ同じ成分。分量の調整と紫トリカブトの葉とロシア産アメジストの粉を少々加えればいいだけ。私惚れ薬持ってるけど、使えるかしら。」
「嘘、なんで?セドリックなんかエルフィーに常時惚れ薬使ってるみたいにベタ惚れじゃんか。」
「……研究目的よ。買ったの去年の夏だし。」
「じゃあ使えないね。魔力が切れちゃってるはず。ってことは、買い直し?あたしも持ってないから。」
「けれど、こんなにホグワーツの監視が厳しい中で持ち込めるかしら。」
「フレッドとジョージは惚れ薬を香水や咳止め薬って偽装して送ってるからそれは大丈夫だと思うけど…エルフィーに足がつかない方がいいよね。あたしが偽名使って注文しようか?」
「……いえ、それは私がやるわ。むしろエディにこれ以上片棒を担がせるわけにはいかないもの。」
「あたしは別に大丈夫だよ。これまで悪いこといっぱいしてるし、理由なんか作れるよ。けどエルフィーがこっそり惚れ薬を買ってるってバレたらまずいでしょ。」
エルファバは困ったように微笑み、背の高いエディの頬を撫でた。エルファバの手は少しひんやりしていた。
「エディ…これは、エディがしているようなみんなが笑っちゃう可愛いイタズラとは少し違うから…下手したらロンかハーマイオニーが二度と目が覚めないかもしれない。」
エディは痩せ細り、氷漬けにされたガマガエルと同じく氷漬けにされて呻いている獣の姿が頭によぎる。
(可愛いイタズラ…ね。)
「………分かった。そしたらこうしよう。あたしの友達が惚れ薬が欲しいけど、フレッドとジョージの店から買ったって絶対バレたくないからあたしが直接どっちかからもらうの。ホグワーツ内のフクロウ便だと万が一があった時に足がついちゃうしエルフィーが偽名使っていたなんてバレたらますます怪しいもん。」
「………うーん、」
エディはエルファバに手を差し出す。
「あたしはイタズラのプロよ。任せてよ。」
「…………あなたが危険になる真似は決してしないでね。」
そう言ってエルファバはエディの手を握った。
すさまじい記憶力を持つエルファバは薬のレシピを頭に叩き込み、翌日から惚れ薬以外の材料収集に取り掛かった。といいつつもそんなに難しくはない。魔法薬の教室内で生徒が自由に出入りできる材料庫からすべての材料が揃う。
(今日の魔法薬の授業でいくつか持って行こうっと。スムーズにいけば今週のホグズミードの日にエディが惚れ薬をゲットする…あ。)
元気爆発薬の効果が切れて眠くなってきたエルファバがそう考えていると、廊下でハーマイオニーとすれ違いそうになった。
「ハー…、」
ハーマイオニーはエルファバが話しかけようとするや否やギョッとして、早足で逃げるようにエルファバの横を通り過ぎて行った。
(ああ…また…。)
ラベンダーと絡み合う時以外には普通のロンとは問題がないものの、ハーマイオニーとの仲直りが難航していた。毎回エルファバが話しかけようとするとハーマイオニーは少し目を見開き逃げるように去ってしまう。
エルファバはハリーに相談した。
「私がラベンダーとロンを応援していると思っているのよ。そんなことしたつもりないんだけど…。」
「僕も一応ハーマイオニーにそう言ったんだけど…ハーマイオニーはロンの名前を出しただけで怒り出すんだ。全く僕とエルファバに対してとんでもない八つ当たりだよ。今日もそのせいで口を聞いてもらえなくて。」
午後の魔法薬学へ向かう途中、ハリーもかなりウンザリした声でそう話した。
「でもどうしてそんなに避けるのかしら…いつものハーマイオニーだったらこれくらい時間が経てば、私に謝罪の余地をくれそうなのに…。」
「君が、というよりロンの話が嫌とか?」
「そうね…。」
エルファバの命が尽きるまであと4ヶ月ほど。せめて皆から記憶が無くなる前にハーマイオニーと話したい。
「今日のグループどうする?今日だけ誰かグループ変わってもらう?」
「いえ…私ハーマイオニーと仲直りしたいから今日は私がハーマイオニーと組むわ。」
(もうこれしか話すタイミング無さそうだし…。)
拒絶されるのが怖いがエルファバは覚悟を決める。
「ところでダンブルドアの宿題って何?」
「ああ…実は昨日ヴォルデモートの記憶をまた見たんだよ。1つはヴォルデモートの叔父との記憶。もう1つはスラグホーンとの記憶。」
「え?スラグホーン教授、ヴォルデモートを教えていたの?」
「そうなんだ。スラグホーンにあることを奴は聞いたんだけど、記憶が改竄されていたから…君、聞いたことある?
エルファバはその瞬間、完全に記憶の彼方にあったレギュラスの手紙を思い出した。
“
鳥肌が立ったのは廊下が肌寒かったからではない。
「…その反応、知ってるのかい?」
エルファバは少し悩んだ後、ハリーに伝えることにした。
「…レギュラスが教えてくれたの。ヴォルデモートを倒す鍵だって。」
「なんだって?他には?」
「それ以外は、何も。多分自分を信じてもらうために言ったのだと思うわ。」
「ダンブルドアが探しているもの…これでレギュラスへの信頼が随分上がったね。」
「そう……ね。」
「それにしても何で言ってくれなかったんだ?ものすごく重要じゃないか!」
隠し事が嫌いなハリーにはこれは地雷だった。エルファバは少し言葉に詰まりつつ答えた。
「はっ、話半分に聞いてたのよ。当時は信頼に値しないって思っていて。一応、少しだけ図書館で探ったのだけれど、重要な情報はほとんどなかったの。校長先生がしっかり話すまでは私が余計なことを言うべきじゃないなって…それにその後はそれどころではなかったから。」
嘘ではない。あの紙を一緒に見たセドリックも探してくれたがそれらしき本は見つからなかった。唯一見つけた本には“あまりにも恐ろしい魔法のためここには記載しない”という調べているものをおちょくっているとしか思えない文言だけだった。
ここで父親の死、という絶対に深掘りさせないカードを出してハリーは口篭った。こんな形で父親の死を利用したくなかったが、エルファバの…そして場合によっては他の人の命がかかっている。
「ハーマイオニーもそう言っていた。君ですらそうだなんて。」
気まずい雰囲気のハリーは話をずらした。上手く行ったようだ。
『あの人の目的があくまで闇の帝王の打倒であってそのための犠牲を厭わないからだよ。きっと君のことも…ハリー・ポッターのこともね。まあここは一旦細かい話さないでおくよ…。』
『その時に私がダンブルドアを信用しない理由を話す。』
(レギュラスはホグワーツに入れる手立てを見つけたのかしら。少なくとも、次に会ったときに話は進められそうね…
エルファバは随分と身長が伸びたハリーの横顔を見上げる。
(ロンかハーマイオニーに毒を盛るだなんて知ったら、ハリーはどんな反応をするかしら。)
多い隠し事を思い出すたびにエルファバの胃がキリキリと音を鳴らした。
ーーーーー
エディにとってこれほどまでに、忙しくしんどい数週間はホグワーツ生活史上初めてだった。
(はー、こんなに忙しいのなんていつ以来かな?服従の呪文にかけられて中途半端に意識がある方がまだマシだったかも。一応今は全部において上手いこと立ち回っているはずだけど…。)
まず第一優先はハーマイオニーの安全確保だった。ハーマイオニーがエルフィーと仲直りした場合、ドラコが何をするのか分からなかった。エディがハーマイオニーを懐柔できなかったとなると、エディはまだしもハーマイオニーへの危害に加わる。なので申し訳ないがハーマイオニーには少し孤立してもらうように動いた。
『エルフィーと喧嘩でもしたの?なんかエルフィーすっごい泣いてたけれど。ハーマイオニーなら分かってくれると思っていたのにって。けど多分誤解だよね?まさかハーマイオニーがエルフィーのこと深く傷つけるようなこと言わないよね?』
『ロンがあそこまで機嫌いいの珍しいね。エルフィーも言ってたよ。そっちの方が機嫌悪いより良いって。』
『エルフィーはハーマイオニーの顔を見ると辛いけど、これまでの恩もあるから仲直りしたいって言ってたの。できれば仲直りしてあげてくれないかな?』
日を開けつつ、授業や休みの合間に投げかけた言葉は、ハーマイオニーとエルフィーを引き裂くのに充分な効果があった。2人の友情を引き裂くのは流石に胸が痛んだが致し方ない。
(あたしはただこの世界で生きる値しない人を選別したいだけ…ハーマイオニーは違う。)
ハーマイオニーとエルフィーの友情を壊しつつ、同時進行でエルフィーには全てを解決させるには毒薬を、何よりロンではなくハーマイオニーに飲ますしかないと思い込ませた。
『トレローニーが言ってたならともかく、ケンタウルスの占いって外れないって友達みんな言ってたよ!だから大丈夫だよ!エルフィーだったらちゃんと正確に薬作れるだろうし!』
『男女の思い出っていうのは一生残るんだよ!こういうドラマチックなのは繋がる上で大事だって!それに命の危険に晒されればハーマイオニーも素直になってくれるよきっと!』
毒薬作りはなんとか納得はしてくれたはずだ。薬もここまで強く押せばあえてロンにする理由はない。あとはエディが惚れ薬を手に入れるだけ。フレッドとジョージに手紙を出したらすぐに返事をくれて、次のホグズミード行きでもらえることになった。
相変わらずドラコは子分2人にエディの行動を見張らせ逐一報告させている。エディがさりげなく聞いたが、ドラコが何をしようとしているのかは知らないらしい。
だが…ドラコとエディが時折密室で2人きりになっていることは知っている。
男女2人だから何かが起こっていると訝しがっているが、ドラコが“穢れた血”に興味など持たないだろうとも思っている。
(まー、ドラコも男の子ってわけね。好き放題できる子がいれば、手を出す。男の子ってやだなー…。)
「よおよお。お嬢さん。よければ俺とお茶しない?」
からかうようなに話しかけてきたのは、フレッド。顔を見なくても分かった。案の定、ニヤニヤと小馬鹿にした顔のフレッドがエディを覗き込んでいる。ミセス・ウィーズリーお手製の真っ赤なセーターを着て緑と黄色のニット帽と耳当て。かなり目立つ格好だ。
エディはチラッと周囲を見渡す。叫びの屋敷の周辺だから誰もいないし家一軒すらない、ただ枯れ木と切り株と溶けかけてツルツルになった雪がポツポツとあるだけ。だからこの場所を選んだのだ。
「やあね、あたしはそんな安い女じゃないわよ。ありがとう…本当助かる。」
エディはぶりっ子しながら、フレッドの片手に持っている紙袋を受け取ろうとしたがサッとフレッドはそれを取り上げる。
「まあまあ、待てよ。ゆっくりいこうぜ。お前には喋りたいことが百味ビーンズなんだ。」
「……なんか、随分ご機嫌だね。フレッド。どうかしたの。あたしはちょっと急いでるから早めにお願い。」
2人でいるところを誰かにあまり見られたくない。エディはソワソワと周囲を見た。誰もいない。
「なあ、最近調子どうだ?」
「調子ぃ?いつも通りだけど、なんでよ。」
「エディ。」
フレッドはエディの片手を手袋のついた両手で握り、フレッドの方に引き寄せて跪いた。
「もう1回、俺と付き合うこと考えてくれないか。」
「フレッ……ド。」
「お前のことちゃんと支えたいし、助けたい。お前最近、様子が変だから…その、俺が告白したことで困らせたのなら申し訳ないけど、友達じゃなくて彼氏としてサポートしたい。前はふざけた感じで聞いて悪かったよ…恥ずかしかったんだ。」
はるか遠くで学生たちの声が聞こえる。男子の低い笑い声と女子の甲高い笑い声。エディとフレッドの間には枯葉が舞う音だけが聞こえる。
「………も、もっと、ロマンチックな場所で告白できなかったの…?」
「お前が嫌だと思って。確かにここだとムード無さすぎたけど…望むなら今からマダム・パディフットの店でも「い、いい。大丈夫だから。」」
エディはフレッドの腕を掴み、立ち上がらせてそっと手を離す。
「その…前に言ったようにあたしはフレッドのこと、親友なの。恋人にはなれない。」
「頼むから、もう意地を張らないでくれよ。」
「意地…って、なに?随分あたしがあんたに気があるみたいに言うんだね。」
フレッドはエディから目を逸らし、少し息を吸って覚悟を決めたようにエディに向き合った。
「お前の気持ちを知りたくて…クリスマス休暇の時に惚れ薬を入れたブラウニーを食べさせた。」
惚れ薬、と聞いた瞬間サーっとエディの血の気が引いた。
「悪かった…ごく少量だから、本当にたいしたことない…謝る。けどお前は無反応だった。家の中で俺を探し回って愛の告白をしたり、恋に恋してハミングしたりしなかった。普通だったんだよ。惚れ薬が効かない唯一の条件…知ってるか?」
エディは痙攣するように首を振る。エディはこのまま魔法で時間を止められないか、フレッドに会ったつい数十秒まで時を戻してこのやり取りが無かったことにできないか必死に考えた。いや、もっと言えばクリスマス休暇時に戻って過去の自分にブラウニーを食べるなと警告できないか。
(嫌だ、お願い、フレッド、ダメ、言わないで。)
「惚れ薬と同等かそれを上回る好意を相手に持っていた時、だよ。」
フレッドは申し訳無さそうに、けれどそれ以上に嬉しさを隠しきれずにいる、何よりエディに対して愛おしくてしょうがないという顔をしていた。
エディが、それに対して絶望していることすら、今は気づいていない。
「もう認めてくれよ。お前は俺のことが好きなんだ、だから少しでもお前が何に悩んでいるのか共有してくれ。」
エディの中で反芻する、たくさんの記憶。フレッドとジョージと出会ってホグワーツを探検した日々。煤だらけになったり、蜘蛛の巣に頭を突っ込んだり。エディがエルフィーと仲直りしたことを喜んでもらって祝杯を上げてくれた1年生最後の日。皆より早くホグズミードへと連れて行ってもらえた2年生の秋。変な踊りでみんなを笑わせたりスケートを手伝ったダンスパーティ。そして“赤毛の双子”ではなく、“フレッド”を単体として見始めた時ー。
「……い。」
「え?」
「…き、気持ち悪い…!」
エディはフレッドと距離を取り、力の限り叫んだ。
「あたしに薬を盛ったってこと?気持ち悪い、最低!あんたがしてることあたしのクソ親どもがエルフィーにしたことと同じじゃない!」
フレッドはエディの拒絶に動揺して口をパクパクさせた。エディは畳み掛けるように続ける。
「告白してきた時から、あんたが私のことそういう目で見ているって気づいて気持ち悪くてしょうがなかった!けど、我慢してた。だってずっと仲のいい友達だしこれからもそれでいいってあんた言ったじゃない!確かに…確かに…私あの日ちょっとおかしいと思った…!だって気持ちの悪いあんたがちょっとカッコよく思えた…そりゃそうよね。だってあんたあたしに惚れ薬盛ったんだもん!でもそれは、あたしが気が触れたんだって思ったから言わなかったの!」
何もない場所で、フレッドへの罵倒が響く。エディは床に置いた紙袋を引っ掴み、背を向けて走る直前に振り返る。
「私に二度と近づかないで!ジョージにもそう言って!」
「じょ、ジョージは関係ないだろ!」
「あんたと同じ顔見るだけで虫唾が走る!あんたのこと氷漬けにしてやるんだから!」
「エディ…。」
エディは全速力で走り、ホグワーツ城に早く到着するように願った。フレッドが姿あらわしできない場所へ一刻も早く辿り着くようにと。
エディが走るたび、季節外れの粉雪が舞った。