ロンとジニーは寮の談話室の真ん中で静かに座っていた。すでに夜でまだ寝る時間ではないにも関わらず、談話室にはほとんど人はいない。
ジニーは爪を噛み、体育座りをしている。ロンはチョコレートの景品についてきたおもちゃのコインを指でいじりぼんやりとそれを眺めていた。
「…だから、僕はまだ帰りたくないんだよ。だってエルファバとハーマイオニーがまだ起きてない…うん、うん、分かってるよ。でもお願いだシリウス。もう少しホグワーツにいさせてくれ。」
ハリーは談話室の隅でウロウロしながら、ぶつぶつと手鏡に向かって話し込んでいる。声は少しうんざりしている。
「分かった…そのあとはしっかりグリモールド・プレイスに帰る。ダーズリーのところも介すとなるときっと来月には戻るから…え?エディ?うーん、どうかな、この後すぐ聞いておくよ…リーマスにもそう言っておいて。分かった。うん、僕もだよ。」
ハリーは深くため息をついて、ジニーとロンの正面にあるソファにどかっと座り込んだ。
「シリウスはなんて?」
「他の生徒と同じようにすぐにグリモード・プレイスに戻ってこいって。学校内で無差別殺人が起こった今、僕がここにいるのは危険だってさ。」
「意外だわ…シリウスってもっとこう、」
「僕もそう思っていた。けど、今回死んだ生徒たちの中に純血がいた。犯人もその動機も全く分からないし…何よりこんなに頑丈なセキュリティで毒を持ち込める人物がホグワーツ内にいるのは非常にまずい状況だって。あと2週間後に迎えに来るらしい。」
ハリーはため息をついてからジニーに向かい合った。
「君たちの家は?」
ジニーがチラッとロンを見たが、俯き、ぼんやりと何かを考えているようだ。話す気配はない。少しの沈黙の後、たまらずジニーが話し出した。
「大体話は同じね。ロン…と私が戻るのを嫌がって。2週間後っていうのも同じ。騎士団で示し合わせてると思う?」
「多分ね。」
ロンは無言で立ち上がり、重い足取りでトボトボと自室に向かう階段を登って行く。ジニーはロンが階段を上り完全に姿が見えなくなったタイミングでハリーに話す。
「ハーマイオニーとエルファバだけ助かった…これがどれだけ幸運か…。」
「ああ、本当に。結局、ハッフルパフのジョーイ・ボナールも今朝亡くなったんだろう?これで亡くなったのは8人…。」
「恐ろしいわ。私の同級生…レイブンクローのマーリもなの。」
ジニーは身震いする。ハリーは恐る恐るジニーの肩を抱くとジニーはハリーの肩に寄りかかった。
「一体何の恨みがあって…、」
ハリーが言い終わる前にグリフィンドール寮の入り口から長身のハッフルパフ生、エディが現れた。両目は赤く腫れ、足取りはヨロヨロと不安定だ。大きな革のバッグを背負っていて中身は重そうだ。
エディのパジャマの腕やお腹、ズボンの太もも部分には穴が開き穴は焦げている。
「エディ!」
ハリーとジニーはエディに駆け寄った。エディは鼻水をすする。
「一体どうしたのその格好?誰にやられたの?」
エディは泣きながら、ジニーとハリーに抱きついた。
「怪我は?呪いは?」
エディは首を振った。疲弊し涙を溜めているが視線はしっかり定まっている。
「ハリー…ジニー…どうしよう…あたし…殺されちゃう…。」
「殺される?」
ハリーはエディを近くのソファに座らせ、ジニーが杖を振るとマグカップと紅茶が机の上に現れそれをエディに渡した。
「大丈夫?ゆっくりでいいから。今から教授を呼んで「ダメ!あいつらグリフィンドール寮前で待ち伏せているの!」…何ですって?」
エディは身を屈めて小刻みに震えている。ハリーはエディに駆け寄り、しゃがんだ。
「誰が待ち伏せているんだ?それだけでも教えてくれないか?」
エディはハリーに少し顔を近づけ、小声でしかしジニーにも聞こえる声でこう言った。
「ビンセント・クラッブとグレゴリー・ゴイル。」
「……やっぱりマルフォイなのか、この事件の犯人は。」
ハリーは怒りに震えていたが、エディは首を振った。
「違うの…ドラコが関与しているのかは分からない。」
「どういうことだ?あいつら2人はマルフォイの指示がなければ何にもできないトロールだろう?」
「あの感じドラコは少なくとも毒薬のこと知らなかったんじゃないかな。」
話が見えずハリーとジニーは顔を見合わせる。ジニーは教授たちを呼ぼうとしたが、ハリーがジニーの腕を掴む。
「あたし、あの日…あの2人が夕食前に話し込んでいるのを見たの。いくつかのゴブレットを抱えてた。毒薬騒ぎがあってそのゴブレットが被害者の机に置いてあることに気づいて。ハーマイオニーが食事をしていた机とエルフィーのベッドにも。」
「クラッブとゴイルの持っていたゴブレットに毒が仕込まれていたってことか?」
ハリーの問いにエディはこくりと頷く。
「でもあいつら、早々にゴブレットを回収してしまった。エルフィーやハーマイオニーをあんな目に遭わせた2人の証拠を掴みたくて後をつけた…そしたら必要の部屋に入って行ったの。あたしも上手いこと忍び込んだら、ドラコがクラッブとゴイルに怒ってた。烈火の如くってあのことを言うのね。あんなに感情を乱したドラコ初めて見た。なんで『こんなことをしたんだ』とか『あの方に殺される』って言ってた。ドラコが去った後『ざまあみろ』ってクラッブとゴイルはほくそ笑んでたの。多分ドラコの計画をクラッブとゴイルは妨害したんじゃないかな。その部屋を探ったらゴブレットがあって…ほら、」
エディは革のバッグからくすんだ金色のゴブレットを取り出した。
「あとこれも、」
出てきたB4サイズほどの羊皮紙をエディがローテーブルに置いた。
「見て。」
ハリーとジニーがそれをじっと読むとハリーは息を呑み、ジニーはヒッと声を上げた。
「毒殺された生徒たちだわ。ハーマイオニーとエルファバの名前も。」
「ってことは、あれは無差別ではなく計画されたものってこと?でも純血もいるのに…炎の魔法使い候補を集めているのかと思ったけれど、一体なんのために…。」
エディは弱々しく笑った。
「分からない。けれど、これをバッグに忍ばせたら見つかっちゃって…ここに逃げ込んだってわけ。どうしよう…あいつら夜通し待ち伏せするよ。」
「…必要の部屋からここまで?かなり遠かったわよね。教授たちは?」
エディの震えはその瞬間、ピタッと止まった。とても不自然なほどに。ハリーとジニーは怪訝そうにエディの言葉を待つ。しばらくした後、エディは弱々しく笑った。
「ダメだったの。みんな出払ってて。」
「肖像画たちやゴーストたちは?生徒の緊急時にすぐ動いてくれるでしょう?」
「…そうだ、その手があったね。必死で忘れちゃってた。」
「あの巨体に追いかけられたら誰だってそうなるさ。それにしてもお手柄だよ。」
ハリーは励ますようにエディの肩を叩き、もう一度リストを見直した。
「それじゃあマルフォイは何を計画していたのかしら?この10人のリストは一体…?」
「ずっと僕はあいつが何かを企んでいるって言ってたんだ…もっと早く細かいことが分かっていればこんなに犠牲者を出さずにすんだのに…ハーマイオニーとエルファバだって。」
「あなたのせいじゃないわよハリー。だってエディの話が正しければクラッブとゴイルが裏切った、つまり誰にも予測ができなかった。」
「ジニー。」
ジニーがハリーの右手を両手で握り励ますように声をかけた時、
(危なかったーーーー。)
エディはソファに身を任せながら心の中でほくそ笑んだ。
(ゴーストと肖像画のことすっかり忘れてた。そこの言い訳考えてなくて、心臓凍るかと思ったわ。クラッブとゴイルの件は嘘じゃないし運が良ければあたしがあの2人に追いかけ回されている様子を誰かが見ているはず…そのためにわざわざここまで走ったんだもん。あいつら足遅かったけど、それにしても疲れたし運動不足を感じたな…最近バスケもしてないし。でも必死に走ってきた甲斐はあった。ハリーはドラコを疑っているってクリスマスの時も話してたからね、教授たちより先にハリーを味方につけておけばドラコはきっと教授陣たちから監視される。問題なのはダンブルドアだけど…あたしがこの件に関わっているなんて分からないはず。だって服従の呪文と錯乱の呪文を使ってあたしの手は汚してない。あたしがドラコに言われて選んだクズみたいな生徒だもん…こいつらを殺菌してクラッブとゴイルが消えれば、ホグワーツの汚れをまずは一掃できたってことで。クラッブとゴイルなんか本当年下生徒を陰湿にいじめる嫌なやつだったから棚ぼただね。親も死喰い人だから、いなくなったところで困る人なんかいないし。)
まもなくマクゴナガルとスプラウトがグリフィンドール寮に飛んで来た。
エディは怯えて上手く話せないフリをするとハリーが代わりに事の流れと前々からマルフォイを疑っていたことを話してくれた。
マルフォイが普段話さないような生徒に話しかけていたことや怪しい動きをしていた、そしてハリーはマルフォイが炎の軍隊を造るつもりなのではないかと話していた。
両教授とも半信半疑だったが、クラッブとゴイルに関しては廊下ですれ違ったとのことだった。スネイプに連絡を取ると言い出したことでエディ以上にハリーが動揺した。
「で、でも…!」
ハリーはドラコから何かを聞き出そうとしていたスネイプの現場を目撃している。スネイプはドラコが女子生徒を誑かしていると言ったらドラコは激昂してその場を去ってしまったとハリーは冬休みにリーマスとシリウスに話していた。
(今だにその女子生徒があたしだということは、スネイプとダンブルドア以外は知らないはず。ドラコが言うには、スネイプは
ハリーの抵抗虚しく、マクゴナガルはスネイプへの伝言を肖像画のおじさん2人に頼んだ。おじさん達が走り去っていったのと入れ違いで今度は太ったエプロン姿のおばさんが肖像画の中に入ってきた。おばさんは息切れしながら甲高い声で喋り出す。
「ミネルバ!ここにいたのね探したわよ!」
「ベッキー、あなたどうしてここへ?」
「ポピーが朗報だから一刻も早くあなたに伝えてほしいって!」
ベッキーと呼ばれたおばさんはずり落ちた頭の帽子を直してにっこり笑った。
「灰色の髪の子が起きたわよ!」
ーーーーー
その20分後、ハリーやロン、ジニーはベッドの上にちょこん座るエルファバを見て歓喜した。
「「「エルファバ!!!!!」」」
3人はマダム・ポンプリーの静止も効かずエルファバに飛び込んだ。
「み、みんな、本当にうわっ!」
貧弱なエルファバは運動をしている体格の良い生徒4人を当然受け止めきれず、ベッドに倒れ込んだ。
「良かった!!!本当に…!!!」
「うー、みんな嬉しいけど重いわ。」
エルファバが苦しそうな声を出したので4人は離れる。
「大丈夫なの?本当に?」
「え、ええ。その、毒薬を盛られていただなんて…苦しくなかったし、ただ眠りから覚めたようだったの。起きたら目の前にセドリックがいて、声をかけたらセドリックが驚いて泣きながら私に抱きついてきて…あなた達3人よりセドリック1人の方が重かった気がするわ。」
3人とは反対に立っているセドリックは、素っ頓狂な発言をしたエルファバに苦笑した。レイモンド教授としての茶色のローブを羽織っているがセドリックのままで確かに目が赤く腫れているが、晴れ晴れとした顔だ。セドリックの隣には同じくリーマス。かなりやつれて目の下にクマがあったが安堵し、脱力したように微笑んでいる。
「…事件のあらましをセドリックから聞いたわ…。ハーマイオニーも。」
エルファバの2つ隣のベッドで眠るハーマイオニーを見てキュッと唇を噛んだ。
「君とハーマイオニーだけ生き残れたのが奇跡だった。この1週間心配で心配で生きた心地がしなかったわ。」
黙って話を聞いていたリーマスは少し医務室を見渡した後、今しがた来た3人に話しかけた。
「エディは?」
「エディは、今マクゴナガル教授とスプラウト教授と一緒にいます。」
「何かあったのかい?」
サッと3人の顔が曇る。ハリーは誰もいないことを確認し、今しがたあったことを話した。セドリックとエルファバは話の内容に呆然とし、言葉を失った。話し終えてしばらくした後、最初に口を開いたのはリーマスだった。
「つまりマルフォイの息子が何かを計画していたが仲間割れがあり、それの妨害するためにクラッブとゴイルの息子がその対象者たちに毒を盛ったというのか?そうだとしたらあまりにも愚かすぎる。マルフォイの計画を妨害するということはヴォルデモートの命令に背くということ…
「あの2人の知能はトロール以下だってみんな知ってる。そこまで考えて行動したとは思えないよ。ただ父親の権力を失ったマルフォイに日頃の鬱憤を2人がぶつけた…あいつらは人の命をなんとも思っていなかっただけなんだ。」
「…それにしても、そこまで愚かなことをするだろうか…?ここでいきなり?」
リーマスは釈然としないといった感じで考え込んでそれ以上話さなかった。今度はセドリックが3人に聞く。
「そのリストは全員、被害者達だったのか?漏れなどもなく?」
「うん…1人残らず被害に遭っている。」
「生徒達の共通点って何だと思う?前ハリーが言っていた炎の軍隊を作る、だと共通項はないだろう?」
「そうなんだよ…運動神経が悪いエルファバとハーマイオニーが入っているし、この2人を仲間に引き入れるのはだいぶ無理があるだろう?2人をどんなに説得しても、僕の味方になるなんて分かりきってるし。エルファバの氷の“力”が欲しくて引き込もうとしたのかと思ったけど、それだと辻褄が合わない。だって、あいつらリスク承知でグリンゴッツに侵入してまで“力”を奪おうとしてるんだから。」
「他のメンバーにも共通点はないな。全体的に目立つ生徒ではない、くらいか。」
ロンは話を聞かず、ぼんやりとハーマイオニーが横たわる姿を眺め目を離さない。セドリックはエルファバの肩を抱いて優しく話しかける。
「君の場合は、飲んだ蜂蜜酒かゴブレットに毒が入っていたようだ。君が倒れているのを発見された時にはもう蜂蜜酒そのものが持ち去られていた。誰からもらったか覚えているかい?」
エルファバは少し顔をしかめて考え込む。
「………蜂蜜酒……?飲んだのかしら。それすら覚えていないわ。」
「エルファバを錯乱させて蜂蜜酒を飲ませたとか?」
「あり得なくはないな。あるいは毒薬の影響で前後の記憶が消えている可能性もある。」
リーマスは自分の考えを述べた後、意を決したようにエルファバの前でエルファバの視線と同じ高さに屈み優しく諭す声で話し出す。
「この騒動を受けて、ほとんどの生徒はホグワーツから家に帰ったんだ。君が狙われた以上ここに残るのは危険だ。身体の検査をもう一度行った後、君は今夜にでもグリモールド・プレイスに戻った方がいいと思う。」
「でも…ハーマイオニーがまだ起きていないのに去るなんて、私…。」
エルファバはチラッとハリー達を見る。
「みんなは残るの?」
「僕らはあと2週間ここにいるつもりだ。」
パッと明るくなったエルファバの顔をリーマスは両手で包み、エルファバを自分に向かせる。リーマスの手はゴツゴツしていて熱い。
「じゃ、じゃあ私も、」
「言葉を変える。君はグリモールド・プレイスに戻るんだ。」
リーマスの言い方は優しいが完全に有無を言わせない強さを感じた。しかしそれでもエルファバは食い下がる。
「でも、」
「ハリー達と君は事情が違う。君は狙われた。医務室にいてみんなとは違う食事をしていたのにも関わらず、それでも毒を飲まされた。」
「でも、もし犯人が本当にクラッブとゴイルなら…。」
「本当にそうなら、ね。そうじゃない可能性が1%でもある限り、私は君を連れて帰るよ。」
「でも、もうちょっと、」
「僕からも頼むよエル。ただでさえ君は”力“で狙われている。ハーマイオニーについては僕がホグワーツにいて逐一ちゃんと報告する。だから、ね?」
セドリックも加勢したことでエルファバは2人を交互に見て何かを言おうと、モゴモゴと口を動かしたがしばらくして「分かった、」とボソッと言った。ハリーはその様子を見て自分の説得相手がシリウスで良かったと心から思った。
シリウスを説得することも大変だったが、文字通り友達やその子供を命を捨ててでも守るシリウスはハーマイオニーの側にいるというハリーの意見にある程度理解を示してくれた。
その気持ちを理解しつつも何を優先すべきかを理解し、淡々と理詰めするリーマスに勝てる気がしなかった。おまけにセドリックまで加勢してくるなんて勝てるはずがない。
当然、気持ち的には納得していないエルファバは2人が背を向けたタイミングで恨めしげに睨み、頬杖をついた。
「…?」
その時エルファバは怪訝そうに今しがた顔を乗せようとした自分の左腕を見た。
「どうしたの?」
「なんというか…左腕が痺れてる気がするの。」
「毒がまだ残ってるとか?」
「マダム・ポンプリーに診てもらおう。」
セドリックはいつも以上に優しくエルファバに声かける。ささやかな抵抗か口を尖らせエルファバは特に何も答えなかった。
ーーーーー
クラッブとゴイルがホグワーツの大広間で呪いを撒き散らし抵抗しながら逃げたものの、優秀な教授陣たちに取り押さえられたのは1時間ほど後の話だ。2人の抱えた荷物の中には、エディが持っていた物と全く同じ見た目かつ毒物が塗られたゴブレットと毒入りの蜂蜜酒があった。
2人は自分の関与を否定し、泣きながら父親と母親を呼んだそうだがその願いは叶えられず、魔法省の役人達に連れて行かれた。
「生徒たちがほとんどホグワーツからいなくなっていたのは幸いじゃった。あの2人は危険な闇の魔術をどこからか学んでいたようじゃからな。アズカバン行きは逃れられぬ。」
明くる日、校長は事の顛末を校長室でハリーに話していた。くたびれたようにソファに座り込んだダンブルドアの声はいつも以上に弱々しく、険しい。自分の管理する学校内で、8名もの生徒を死なせてしまったことに大きな罪悪感を覚えているのだろう。
「マルフォイは…。」
「ミスター・マルフォイは今回の事件に関わっていないという証拠がある。ミスター・マルフォイはその日はずっとホグズミードにおり、それは何人の生徒達もホグズミードの住人も目撃しておる。ホグワーツに戻る門限を少し過ぎて帰宅したのじゃよ。それはアーガスが証言した。」
「やっぱりあの2人はマルフォイに不満を?」
「ミス・スミスを信じるなら、そうじゃな。」
「…マルフォイはどうなるんですか?」
「心配してくれるのか、優しいのおハリー。」
ハリーの意図としては、何かを企むマルフォイをどうするのかというを聞きたかったのだがダンブルドアはあえてそう返したのではないかと訝った。
「まだ分からぬ。魔法省は徹底的に悪と戦う姿勢をアピールしたいからのお。いつも一緒にいる学友、しかもミスター・マルフォイを慕っていた2人がこのような行動に出たらミスター・マルフォイに疑いの目がかかるのは致し方ないことじゃ。わしとしてはできる限りミスター・マルフォイとその家族を守りたいと思っておるが…さて、きっと全ての根源となっているスラグホーンの記憶へと迫ろう。」
ホグワーツを出発する直前にハリーはダンブルドアからの宿題をやり遂げた。今回の事件を元に、スラグホーンから隠されていた真実に近づく記憶をもらった。憂いの篩を見た結果、
漆黒の空に光が見えるまで、ハリーとダンブルドアは多くを語り合った。分霊箱とヴォルデモートのこと。全てを止めるには、ヴォルデモートをハリーが
ーーーーー
ホグワーツ城は静かだった。生徒達のほとんどは家に帰り、足音も喋り声も全く無い。風が通る音と葉が擦れる音がたまに聞こえるくらいだ。
そんな中、3階の女子トイレではピチャ、ピチャ、と雫が滴る音が鳴っている。エディはそこで、椅子の背もたれを前にして、そこに顎を乗せ霰もなく脚を開いて座り、木の椅子を動かすたびギシギシと音がする。
「結局、何が目的だったの?」
エディの視線の先にはドラコ・マルフォイが座り込んでいた。制服のまま、弱々しく、虚ろな目でぼんやりとエディを見ている。まともに食事ができていないのか目の下にはクマがあり、げっそり痩せていた。
「僕が闇の帝王に指示されていたのは、ホグワーツの転覆だ。」
ドラコは正気の無い声で淡々とこう言った。
「去年、お前達は協力してアンブリッジを追い出した。未成年達の集まりが力を合わせて魔法省の高い地位にいる人間を社会的に殺した…あれと同じことをしようとしてた。だから友達の多いお前に服従の呪文をかけて、ホグワーツを恨んでいる生徒たちをかき集めて反乱するように焚き付けたんだ。」
しばらくの沈黙の後、エディは手を叩いた。
「あー、なるほど。だから集めた人達が運動神経とか関係なかったんだ。てっきり炎の魔法使いでも集めてるのかと…そう言えってあんたが言ったんじゃん。」
「それもある。上手くいけばそいつらの中に炎の魔法使いを紛れさせて、生徒達を人質にするつもりだった。けど運動神経のいい奴らには僕から話したところで軒並みダメだったから…結局、カスども達を集めるに過ぎなかった。」
エディはうーん、と分からなさそうに眉間に皺を寄せた。ドラコはそれに構わず話を続ける。
「炎を持つクラウチは多くの運動神経の良い魔法使い達を拉致し、実験するうちにある共通項に気づいたんだ。魔力、運動神経、身体の造り…そして劣等感を持つ人間。」
「劣等感?」
「クィディッチ選手において、一軍より二軍にいる選手の方が生き延びた。一軍にいる選手でもメンバー内に、スター選手がいたりスランプに陥っている奴は生き残った。試しに他のスポーツをやる魔法使い達で、家庭環境に難がある者を集めてみたら軒並み炎を身につけることができた。最後に運動神経がなくてもこの魔法界に不満がある奴らにもやってみた…そしたら意外と生き残った奴が多かった。」
エディは指折りで数えた。
「なるほど、だからホグワーツに不満を持った奴らをってことだったんだ。でもそしたらあのメンバーはおかしいよ…あんたは“劣等感”ってものが何だったか分かってなかったんだね。だってあたしが提案して選別した生徒達ほとんど説得できてないし。あんた愛され坊ちゃんだもんねー。ましてやハーマイオニーだなんて!ハーマイオニーのこと『穢れた血でブスで勉強しか脳がない奴、コンプレックスの塊』って言ってたけどそういうことだったんだ。ははっ、うける…ハーマイオニーみたいな賢い人が、劣等感で道を外れるわけない。」
ドラコは何も答えない。
「でも、そうやって着々とホグワーツでの反乱者を探しているうちに、クラッブとゴイルが不満を持ってドラコの計画をめちゃくちゃにするために関与した人物達を全員殺しちゃったって訳か。あんたが準備してた毒と蜂蜜酒を使って。」
「あいつら…スミスとグレンジャーまで巻き込みやがって…!スミスが死なれたら一番まずいのに…!」
ここでマルフォイは初めて感情を露わにした。唇を噛み、床にくの字になって項垂れる。親友達の裏切り、自分の計画が破綻した恐怖。エディは見下ろす。
(この感じ、諸々あたしが仕組んだってことは気づいてないみたい。それにドラコはエルフィーが起きたってまだ知らないのね。)
「でもなんであたしを使ったの。それなら協力してくれそうな人いっぱいいたでしょ。あたしはあんたが言うところの穢れた血で、しかも敵であるハリーとも仲が良くて多分一緒にいるだけであんたのご主人様は機嫌を損ねるでしょう。」
「僕がクリスマス休暇から帰って来るのが遅かった理由は...お前と関係が近いことがバレて。服従の呪文を使っていたのではないかと疑われた。母さんは嘆き、伯母さんは憤り、クラウチは今すぐ操ってお前を連れて来いと言われたんだ…でも、お前は来なかった。服従の呪文の効力が切れてた…それで僕は許された。もっと違う方法で仲間を集めろと命令された。」
苦しそうに、けれどなぜか安心したようにドラコはそう言った。
「だから、なんでそこまでしてあたしを使ったの?しかもその流れだと怒られた後もあたしを使い続けたってことでしょ。」
「………」
ドラコはまるで身体の中の生物を外に出さないようにしているように口をキュッと閉める。
(あ、まずい、そろそろ真実薬の効力が切れてきたかも。持ち込めたの少量だからな。)
エディはローブから杖を取り出し、ドラコに向けようとした。
「…た。」
「え、なに?」
「悪かった…。」
エディは固まる。ドラコは顔を上げて、しっかりエディを見た。ボサボサのプラチナブロンドから涙で真っ赤になった瞳がチラリと見える。
「ただ、前みたいに話せるようになりたくて、調子に乗ったんだ…僕のことは…誰にも言うな。僕も言わないから…お前が関与してたって…。」
エディはその瞳に見覚えがあった。
思い出したくない、嫌な記憶が呼び起こさせる。
エディは目の前にいる男とかつて仲が良く、2年前にはクリスマス・パーティでダンスを踊ったことを思い出した。鼻につくことを言い、周りを見下している。
ただエディの怪我を気にしたり、スリザリン生の後輩達がうまく輪に入れるように気遣う様子も知っていた。そんなドラコを知っていたから、エディは一貫して好印象だったのだ。
それが変わったのはエディが3年生、ドラコが5年生の時のこと。あの醜いガマガエルがエディの当時人生最大の秘密であったタトゥーのことが暴露された日。
大広間で食事をしたエディにドラコは新聞紙を片手にエディに詰め寄り、嫌がるエディのブラウスを捲って腕の大きなタトゥーをまじまじと周囲に見せつけ大声で糾弾した。
『お前!あの狼人間にこんな傷を負わされたのか!』
『ち、違う!これは怪我しただけなの!リーマスは関係ないもん!』
『嘘つくな!これは明らかに獣の爪による跡だ!お前はずっとあの狼人間を庇っていたのか!?そんなクズ野郎をお前は慕っていたというのか!まさか脅されてたんじゃ…!』
『違う…リーマスはわざとじゃ…』
ドラコの後ろから大勢の生徒達…特にスリザリン生達がドラコの声に気づき詰め寄りエディを取り囲んで囃し立てた。エディは狼人間に引っ掻かれた、エディも狼人間だ、リーマス・ルーピンは怪物だ、と。
エディを揶揄する声、憐れむ声も、リーマスを非難する声も、全て、全てが意識を失ったリーマスがつけた傷より鋭く痛みを伴うものだった。
『違う、違う!これはリーマスじゃない!やめて!そんな風にリーマスを言わないで!』
あの時、ドラコは無表情だった。
周りと一緒には笑わず、ただただリーマスを泣きながら庇うエディを眺めているだけだった。
(そうか…ドラコはあの時あたしを吊し上げるつもりはなくて本当に心配してくれてたんだ。たまたまその周りに他の生徒達が取り囲んでどうすればいいのか分からなかった。誤解してたんだ…もう遅いけど、せめてあんたの罪が少しでも軽くなるようにするね。)
「…セクタム・センプラ」
絶叫と共に、ドラコの身体が大きく切り裂かれトイレの床に血飛沫が飛び散る。痛みでうめき、服と周囲の水たまりに血が滲むドラコを見下ろすエディはなぜか泣きそうになっていた。
「これでしばらくホグワーツに残れるから…悪く思わないでね。あんたのご主人様からのお仕置きよりマシでしょ。」
エディはサッと背を向けて、エグエグと痛みに悶えるドラコを置いて立ち去る。そして女子トイレから出る最中、1人でブツブツと独り言を呟いた。
「ごめんごめん。怒らないでよ。もうこんなことしないから。今回は勘弁してよロウェナ。」