ロンはトランクを横に置き、医務室の入り口で座り込んでいた。あぐらをかき、そのまま動かない。そのまま深いため息をつき、赤毛をガシガシかいて名残惜しそうに医務室の扉を見つめていた。
「ロン…ハーマイオニーと話せなくて寂しいよね。」
ロンが声の方向にビクッと身体を飛び退くと、声の主はエディだった。同様に荷物をまとめ、トランクを横に置き体育座りで座った。ポロシャツにジーンズのエディはスラリと脚が長く健康的な肌色。以前に比べて随分大人っぽくなったとロンは思った。エルファバほど美人ではないが、エディもどことなく色気がありフレッドは見る目があるのだとなんとなく感じた
「…ロン、ハーマイオニーのこと好きなんでしょ。」
ロンはギョッとして周りを見てから、誰もいないのに小声で話す。
「!なんで…?」
「そりゃ、分かるよ。」
エディは乾笑いした。ロンは耳まで真っ赤にして、またため息をついて両手で顔を覆った。
「………うん。」
「最後にお別れのキスくらいして来たら?ハーマイオニーも怒らないでしょ。」
「…僕にそんな資格ない。僕は散々ハーマイオニーを傷つけた。」
「うーん、聞いてる感じなんかヤバかったよね。」
ロンはエディの軽い物言いにムッとして顔を上げて言い返した。
「それでいうなら、君とフレッドはどうなんだよ?」
「……あたしとフレッドは友達だよ。少なくともあたしはそう思ってる。」
「ジョージが手紙で言ってたぞ。クリスマス以降はすっごいご機嫌だったのに、ある日から信じられないくらい落ち込んで痩せこけてこのままいくと、ボウトラックルにでもなっちゃうって。」
「…知らないよ。あたしが他の人とデートしてるって噂でも聞いたんじゃない。あたしとフレッドはまあ、また会えるし、いくらだってどうにかなるけど、あんたとハーマイオニーは違うでしょ。」
エディは体勢を変えてロンに向き合った。
「もう会えないかもしれない。今は容態が安定しているけど、これからは分からない。もしかしたら…ってこともある。」
たちまちロンの顔が青くなったところでエディは一歩ずいっと前に出た。
「それだったらさ、最後にお別れしてきなよ。唇とかじゃなくていいから、額にキスするとかさ。」
「でも…ハーマイオニーは、」
エディはあーっと声を上げて頭を掻きむしった。
「ハーマイオニーの顔が拝めるのがこれで最後になって良いの?だったら、後悔がないようにせめて最後に顔くらい合わせて来なよ…。エルフィーが眠った時だって、セドリック随分後悔してたんだよ。あんなにラブラブな2人だってセドリックはエルフィーにああすれば良かった、もっと早くプロポーズしてれば、とか。思いも伝えないと、一生後悔する!次いつ会えるかも分からない中でこのまま家にずっと篭れるわけ?」
エディの鬼気迫る雰囲気にロンは押され、「あ、ああ…」と声を漏らす。
「ほら迎えに来る前に!ほら、いっておいで!はい、景気付けにブラウニーあげる。」
いきなり手渡されたブラウニーにロンは怪訝そうな顔をしているロンを立ち上がらせ、医務室へと背中を押した。
(毒を盛ることで、ドラコの計画を壊してクラッブとゴイルを学校から追い出すことが目的だった。あの時はハーマイオニーを取り入ることの重要性がどれくらいなのか分からなかったから毒を盛ったけど…コンプレックス持ちの1人としてだったなら、ハーマイオニーを巻き込む必要はなかったな。)
エディは入り口前で頼りなさげなロンの背中をじっと見ながら考えを巡らせる。
(不器用なロンとハーマイオニー。こんなに拗れるってことは2人とも同じ気持ちってことだよね。頼むよロン。ハーマイオニーを起こせる人は今のところあんたしかいないんだから。)
ロンがエディのあげたブラウニーを口に頬張りながら寝ているハーマイオニーに近づく。少しブラウニーがついた唇を拭ってそっとハーマイオニーの顔に自分の顔を近づけた。
(惚れ薬が効かない唯一の条件は惚れ薬と同等かそれを上回る好意を相手に持っていた時、か…ああ、早くあたしの“これ”も消えてくれないかな。感情が全て消えたら、楽になれるのに。あの魔法省の薬をセドリックからもっとくすねれば良かったー。)
胸の奥にあるまだ癒えない火傷のような心の傷がヒリヒリと痛むのを感じた。
ーーーーー
その数時間後、エディはグリモールド・プレイスの厨房で海賊のようにミセス・ウィーズリーのエッグタルトをムシャムシャかじっていた。
「どうしたんだ。」
「…べっつにい。」
シリウスは不機嫌そうなエディを爆発物でも見るかのように避けながらエッグタルトを2つ手に取り、そそくさと出ていった。エディはそれすらも腹立たしく脚をテーブルの上にどかっと置く。
(ロンの野郎…惚れ薬を飲んでもなおハーマイオニーにキスしないなんて…!あの意気地なし…!)
ロンは結局ハーマイオニーに近づき、切なげに潤んだ目でハーマイオニーを数分見つめて優しくハーマイオニーの手を握りはしたがキスには及ばなかった。たまらなくエディがロンにハーマイオニーへのキスを促そうとしたところでマクゴナガル教授が迎えに来てしまい、結局ロンはハーマイオニーにキスできなかった。
(一体どういう了見?ったく、これでハーマイオニーが起きなかったらどうすんのよ…?)
「はしたないよエディ。」
エディは声の主を判断する前にサッと脚をテーブルの下に下ろした。リーマスは呆れたように、それでいて面白がりながらエディに近づき隣に座った。シリウスからエディがとんでもなく不機嫌だと聞いたのだろう。
「不機嫌かい?それともお悩み?元教授が聞いてあげよう。」
リーマスは以前に比べてまた随分老け込んだ。エルフィーのことで相当気を揉んだとも聞いているし、今だに騎士団で自分が役になっていないと感じているとも聞く。しかし、今は目をキラキラさせている。エディはタルトを齧りながらエディを覗き込むリーマスを見つめ返した。
(ハリーが戻って来た時のシリウスほどじゃないけど、リーマスもあたしやエルフィーが戻って来てくれて嬉しいのかな。)
エディは少しでもリーマスが元気になってもらうように“可愛い娘”の役目を担うことにした。
「あたしのことじゃないんだけど…恋の悩み。」
「恋?」
「不器用な男女2人がいて、あたしは男の方に素直になりなよって言ったんだけど男が意気地なしなの。相手にキスすらできない。」
「へえ。」
リーマスはエッグタルトを食べて、美味しいと呟く。
「不器用っていうのは?」
「男女ずっと喧嘩したり嫉妬し合ったりで。お互いを傷つけ合って、呪い合って。」
「もしかしてロンとハーマイオニー?」
「…そ。」
「あそこはきっと難しいだろうね。いつも喧嘩ばかりだし、素直になればいいのに。」
「あたしね、ロンにハーマイオニーと離れる前にキスしなよって促したの。今生の別れになってもいいのって…でも結局キスしなくて。」
「大事に思っているが故に難しいんじゃないかな。」
「大事に思っている?」
リーマスはふむ、と少し考えて、エッグタルトを包む紙を畳みながら話し出した。
「ロンは、自分の身勝手な感情で動いて傷つけたらどうしようって思っているんだよ。」
「だとするともう遅いと思わない?ロンがハーマイオニーにどんな酷いことしたか知ってる?」
「ああ、風の噂程度には聞いてるよ。」
「なんで今になって、躊躇するのかなあ。男の心理は分かんないや。」
「男っていうのは、大事だと気づいた瞬間何もできなくなる生き物なんだよ。これまでもずっと傷付けたけど、これ以上傷をつけるのも嫌なんじゃないかな。」
「ハーマイオニーは寝てるのに?」
「そうだね。細かいことはロンに聞かないとなんとも言えないけど。」
エディはトンクスを好きなのに素直になれない自分を棚に上げているのは、リーマスからすれば“大事にしている”からだろうと納得した。
(本人に指摘したら、なんていうかな。)
ふとエディはグリモールド・プレイスに戻る前…呪いをかけてぐちゃぐちゃになったドラコに思いを馳せた。
『ただ、前みたいに話せるようになりたくて、調子に乗ったんだ…僕のことは…誰にも言うな。僕も言わないから…お前が関与してたって…。』
(前みたいに話せるようになりたいって何?服従の呪文で操って、あたしとイチャコラだなんてしたことなかったくせに。まあ、従ったあたしもあたしなんだけど。)
「それにしても、」
物思いに耽っているエディに対し、リーマスは優しくそして誇らしげに微笑みながらエディの頭を撫でる。
「君は本当に、友達思いで優しくいい子だね。」
「……いくらなんでも褒めすぎじゃない?」
隠しきれず、思いの外嫌そうに返してしまったが、リーマスは気にするそぶりもない。
「そんなことないさ。こんな状況でも友達を思い遣ってロンとハーマイオニーの仲を取り持とうとするじゃないか。それに毒薬を飲んだ生徒たちのためにスリザリン寮に忍び込み証拠を掴むことをやってのけ、物事を解決に導いた。寮に忍び込むなんて危険すぎて褒められたものではないけれど、本音を言うと君が誇らしいよ。」
慈愛に満ちたリーマスの顔、温かい手。エディは今、リーマスに愛されている。昔はただの仕事場に遊びに来る小さい女の子、教授と生徒になり、今はきっとエディとエルフィーに父親のような気持ちを持っているだろう。
それになんとも言えない気持ち悪さを感じた。
(あたしが自分の叔父さんを氷漬けにしたって知ったらどう思うのかな?しょうがないって許してくれる?アンブリッジの末路を話したら?毒で死んだ奴らはあたしが集めたって言ったら?そいつらに毒薬を仕込んだのはあたしだと気づいたら?ドラコが血まみれになって倒れていたことだって知ってるはず。それの主犯があたしだと気づいたら?もう愛してなんてくれるはずない。)
薄っぺらいことを言うリーマスに嫌悪感すら覚える。
(気持ち悪い、みんな、みんな、あたしのこと好きって言う人みんな、嫌い。いなくなってよ。)
「そんな褒められたもんじゃないよ。結局失敗してるしさ。」
エディは湧き上がる嫌悪感を抑えできる限り平静を装って、言葉を絞り出した。
ーーーーー
エディがグリモールド・プレイスに戻ってきて2週間後。
エルファバは居間のソファーで本を読んでいた。シリウスはその横で同じく何かを読み込みながら、エッグタルトをかじっていた。エルファバが理解できない全てがルーン文字で書かれている魔術書を読み込むシリウスにエルファバは驚き、尊敬の念が募るばかりだ。
ハリーはいつもの例に倣って、一旦ダーズリー家に2週間ほど滞在してからグリモールド・プレイスに来る手筈だった。トンクス達がダーズリー家は警護していて、今日の午後シリウスが迎えに行く手筈になっている。
エルファバはなんだかんだ、この時間が好きだった。
自分のかつての家では居間でエルファバがゴロゴロしながら本を読むだなんて想像できない。ましてやおやつを寝ながら食べるだなど…さすがにミセス・ウィーズリーが見たら顔をしかめるだろうが、シリウスとリーマスはエルファバ、ハリー、エディをうんと甘やかし倫理にそぐわないこと以外は基本許してくれる。
エルファバの存在を許されている気分になり、お行儀が悪くても多少そんなことをしたくなる。ホグワーツでの悲劇やハーマイオニーのことを考えると、意識的にリラックスしないと気が滅入りそうだった。
「…シリウス?」
「ん?」
「マルフォイの目的って結局なんだった思う?」
シリウスはふむ、と言ってパタンと本を閉じたので、エルファバは少し起き上がった。軽い話のつもりだったが、いろいろ言いたいことがあるのだろう。シリウスは内緒だと言われたが、と前置きをした上で話し始める。
「ダンブルドアは、マルフォイが生徒たちをけしかけてホグワーツを転覆しようとしてたのではないかと言ってたな。」
「転覆?」
「ああ。亡くなった生徒たちはコンプレックスが強くホグワーツを憎んでいて、そいつらをけしかけてホグワーツを制圧するつもりだったというのがダンブルドアの考えだ。そのようなメモが被害者生徒達のバッグから見つかったらしい。」
「コンプレックス?」
「兄姉が優秀とか、親がエリート、あとはマグル生まれだとかだな。遺体を引き取りに来た時の家族たちを俺も見たが異様だった。」
「異様って?」
「簡単に言えば、悲しんでなかったんだ。もちろん急な事故だから現実味がなかった可能性も否定できないが、日頃の話を聞いていると親や兄弟姉妹そして学校内でもいい地位を築けていなかったようだし、死んだことで厄介払いができたと思っているように見えた。俺は両親からダメな子供だといわれていたからそういう親には過敏なんだ。」
シリウスは自虐的に笑うが、エルファバは笑わなかった。エルファバも両親に怪物と言われた身だ。笑えなかった。
「私も家庭でいえば似たようなものだけど、それでホグワーツを恨もうだなんて思わないわ。」
「お前はいい友達や大人に恵まれたんじゃないか?ハリーやイケている大人の俺とか?」
シリウスが気障ったらしくローブの襟を正す姿に、エルファバはクスッと笑う。
「だが全員が全員じゃない。はたまた恵まれても心までは癒されなかったとか…気の毒だがな。」
「でも、そうなら随分ずさんな計画じゃない?たかだか10数人でホグワーツに反乱を起こそうとしたわけでしょう?そんなの教授たちに制圧されるに決まってるわ。」
「ああ…だいぶ無理がある。ヴォルデモートからすればマルフォイの息子にそれを命じて失敗させマルフォイ夫妻を精神的に追い込むことが実際の目的でうまく行けば御の字、ってところだろう。ついでに、炎の軍隊を作ると考えた時の実験体も欲しかったのかもしれない。」
エルファバは思わず口を挟む。
「でも、仮に劣等感を抱える生徒達を集めたとして、」
「ああ。その中にお前とハーマイオニーが狙われた理由がよく分からない。もしかすると別の目的で2人を丸め込めと言われていた可能性があるな。…まあ、どのみちマルフォイの息子はあまり賢くなかったんだな。」
「この前、ホグワーツ内でマルフォイが傷だらけになってトイレで発見されたでしょう?ヴォルデモートの任務を失敗した罰…ってこと?」
「まあ、そう考えるのが妥当ではある。」
と言いつつシリウスはあまり納得はしてなさそうだ。エルファバも同様だ。
「校長がいるホグワーツ内で?」
「騎士団員全員、首を傾げてたよ。ホグワーツでマルフォイを攻撃するにはあまりにも馬鹿すぎる。現状ダンブルドアはマルフォイの息子を治療という名目で保護しているから、ヴォルデモートたちからすれば随分不利な展開だ。マルフォイ夫妻は逆に不幸中の幸いだが…今ナルシッサ・マルフォイへの接触を試みているらしいが、こっちとしては面倒だ。」
しばらくの沈黙の後、シリウスは話を続ける。
「ダンブルドアのより大きな懸念としては、ホグワーツの外にいるコンプレックスのある子供達に接触していることだ。マルフォイの息子が休暇中にそいつらに会って丸め込み、炎の軍隊に仕立て上げて自分たちの兵器にしていたかもしれない。」
「……でも、魔力のある子供たちはみんなホグワーツに来るでしょう?」
「イギリスにいる子供全員がホグワーツに行けるわけじゃないんだ。例えば親の意思でホグワーツに来ない奴らもいるし、兄弟がスクイブだとか狼人間に噛まれたり、吸血鬼に変わってしまったことでホームスクールをする奴らもいる。ムーニーなんかは本来そうなるはずだった。ダンブルドアは基本どんな生徒も受け入れる姿勢を見せたから人数としてはそこまで多くないはずだが。」
「その人達全員が炎に適応するわけでもなさそうだしね。」
「まあな。ただホグワーツに行けなかった、というのはこのイギリス魔法界ではこの上ない不名誉な話だ。マダム・マクシームと連携を取って、本来ホグワーツに行くはずだった生徒を洗い出しているが…。」
ここでシリウスが言葉を切った時、エルファバは次の一瞬何が起こったのか数秒認知できなかった。
エルファバが認識できた時には、シリウスが杖をエルファバの背後に向けていて、その先には両手を挙げている黒いローブを羽織ったレギュラスが両手を挙げていた。
「やあシリウス、エルファバ。」
レギュラスは驚いておらず朗らかに、まるでご近所さんに朝の挨拶をするかのように爽やかだった。長髪をポニーテールに結んでいるレギュラスは最後にグリモールド・プレイスで会った時と変わらない姿だが、心なしか少し痩せた気がする。
「レギュラス。」
エルファバが状況を理解した時、おい、とシリウスが声をかけてきた。
後ろを振り向くと今度目に飛び込んできたのは、ものすごく怒った形相でこちらを向くシリウスだった。
「この場所に部外者がいるのに随分な落ち着き具合だな。お前、さてはこいつがグリモールド・プレイスを行き来できていることを知ってたな。」
エルファバは持っていた本で顔を覆い、今度はゆっくりシリウスから距離を取る。
「この子を怒らないでやってくれよシリウス。私が口止めしたんだ。」
「何回こいつに接触した?この感じ、一度や二度ではなさそうだ。」
「グリモールド・プレイスでは一度だ。」
「…ということは、お前はホグワーツにも侵入したのか。」
「そんなに目くじら立てないでくれよ。別に大したことは話せていないんだ。それにダンブルドアは黙認してたし。」
シリウスに指摘される前にレギュラスは釘を打ち、エルファバにさりげなく近づこうとしたところをシリウスは即座に止めた。
「どんなにこいつから信頼を得ようったって無駄だ。左手のことはこいつに言ってないだろう。」
「…左手?」
エルファバがキョトンとレギュラスを見ると、エルファバとしては初めて見るレギュラスの苦虫を噛み潰したような顔、一番触れられたくない部分に入り込んだことがすぐにわかる表情をしていた。
「やっぱりな。」
「言うな。」
いつも一貫してエルファバに朗らかな態度なレギュラスが能面の様に無表情で、無感情な声だ。
「やっと昔のお前が見れて嬉しいよ。お前のこいつに対する爽やかお兄さんな態度がずっと気に食わなかったんだ。」
「シリウス、左手って?」
「見せろよ、お前の左手。」
シリウスの嫌味にレギュラスはジッと固まったまま動かない。まるで目の前の獲物の動きを窺っている狼のようだ。対してシリウスはフンっ、と鼻で笑う。
「黙秘か?まあいいさ…エルファバ、こいつはグリンダと“破れぬ誓い”を結んだんだ。これまでの言動を見るに、内容はこの子とハリーの命を守らないとお前が死ぬって感じか?」
エルファバはポカンと数秒頭が空っぽにあった後、シリウスを怖がっていたことをすっかり忘れて思わず聞いてしまった。
「でも、グリンダはもう死んでいるでしょう?破れぬ誓いは契約者のどちらかが死んだら解かれるはず…。」
「ああ。本来ならな。どういうふうにしたかは分からないが、おそらくグリンダはこいつとの契約先を自分ではなく”力”にしたんだ。つまり、グリンダが死んでもお前に”力“が残り続ける限り効力は続く。だからこいつは魔法省に潜り込み必死にお前のことを調べ、グリンダの家にまで赴き解呪の方法を調べていたんだ。」
シリウスは続ける。
「去年、解呪の提案をしたのもそうすればこいつの破れぬ誓いが解かれるからだ…全ての呪いを解き、対抗できる術を“力”から見つけるという大層な目標を掲げるお前じゃない。ましてや大して交流もなかったハリーやエルファバのために必死こいて動いているのはもっとおかしな話だ。」
ああ、とエルファバは納得したと同時に、自分の中でレギュラスに対する尊敬と信頼がシュルシュ少し落ちていくのを感じた。
『グリンダとの約束なんだよ。君を守るっていうことが。もっと言えば…君とハリー・ポッターを守ること、だけどね。』
(なるほど、これは破れぬ誓いの話だったのね。家族を守った恩返し、って思ったけど。仁義っていうわけではなく損得ということ。)
『闇の帝王の在り方に疑問を持ち、私と同じ思いをする人を無くそうと心に決めた。』
レギュラスは大義のために心を入れ替えてエルファバやハリーが危険な目に遭わないように尽力してくれているのだと思っていたが、蓋を開けてみればただ単に自分の死から逃れるために必死になっていただけだった。
(いえ、それって悪いことじゃないわ。人として当然でしょう?“選ばれし者”のハリーはともかく、シリウスの言う通りそうじゃないと私のことを守る理由なんて。)
自分にそう言い聞かせるも、どうしてもがっかりしてしまった。
(全部話してくれるっていうことだったのに、結局レギュラスは自分に都合のいいことしか言わないくせして私の情報は全て喋らそうとするのね。)
「シリウス。それをこの子に伝えることにいったい何の意義がある。どのみち私は2人を守るんだ。」
「お前こそ、破れぬ誓いのことを伝えれば良かったじゃないか。伝えないのはお前がこの子の心を開かせ、操ろうとした何よりの証拠だ。」
「操ろうだなんてしてない。」
レギュラスは明らかにイライラした口調だ。
シリウスのように頭をかいたり、貧乏ゆすりなどはしないが怒った時の雰囲気は、先ほどエルファバに怒っていたシリウスとそっくりだ。
「それで?お前はこの家でコソコソ何をしてたわけだ?」
レギュラスとシリウスはしばらく睨み合っていた。
何の音もせず、エルファバはただひたすらオロオロとお互いを見るしかない。
リーマスを呼べば事態はさらにややこしくなるし、当然ムードメーカーのエディをここに呼ぶわけにもいかない。
エルファバの体感では30分、実際には30秒ほど経つと埒が開かない、と目を逸らしたのはレギュラスだった。
「もういい。私の目的を言おう。君が今しがた話していた通りのことを伝えに来たんだ。」
エルファバはふと視界の端で何かが動いたことに気づき、振り返るとギョッとした。
リーマスがエルファバの真隣に立って片手に杖を握りしめている。レギュラスに向けていないが、一瞬で戦いに入れるように準備しているのがエルファバには分かった。ここまで気配を消してそっと近づいてきたリーマスに舌を巻く。
「何のことだ。」
ぶっきらぼうなシリウスを気にせず、チラッとレギュラスが部屋の入り口を見る。
エディがクッキーを頬張りながら立っていた。
それをレギュラスがまるで穢れたものを見たかのような侮蔑的な表情をしたのを、エルファバは見逃さなかった。しかしすぐに無表情に戻り、話を続ける。
「闇の帝王達はずっと実験をしていた。そして“力”を引き継ぐ条件として魔力、運動神経、身体の造り、あとは劣等感があれば確実に炎を引き継げる…むしろ劣等感と運動神経の方が重要で魔力は微弱でもいいということに闇の帝王は気づいた。アマチュアや腕がそこまでなくコンプレックスを抱えたスポーツ選手達を集めた後、
レギュラスはジッとリーマスを見る。まるでリーマスのせいだと言わんばかりの顔だ。
「精神的な原因でホグワーツに行けなかった子供、微弱な魔力でホグワーツの入学許可が下りなかった者。」
「しかし…ダンブルドアの尽力のおかげでそんなに人数は多くないはずだ。」
「子供だけならそうかもしれない…ただホグワーツという学校に、この世界に恨みを持つ大人達も賛同しているとしたら?」
「まさか…。」
「奴らを洗脳し、この世界の理不尽は教育機関の頂点であるアルバス・ダンブルドアが原因だと思い込ませた。そして炎の軍隊として特別な…杖を使わない、アルバス・ダンブルドアですら敵わない強大な魔力を得られると吹き込んで“それ”を授けたんだ。もちろん2/3は焼け死んだが残りは炎の魔女、魔法使いとして生き残った…その数は総勢30人。そいつらに秘密結社、不死鳥の騎士団を殲滅するように指示した。」
その場にいる全員が、ゾワっと鳥肌が立った。エルファバは恐ろしくなりリーマスの袖を握る。
「今から2日後、炎の軍隊はこの辺一帯を不死鳥の騎士団の基地ごと燃やし切るつもりだ。」