亡霊は今日も迷宮を行く 作:ゴーストライター
「ぐぁぁぁぁっ!!?」
「ひっ……うぁぁ……」
死屍累々の惨状。この町のこの場所……オラリオのダンジョンではよく見る光景だ。冒険者が理不尽なる異常事態に晒され、対処できずに死んでいく。それだけの光景。
救いはない……結局、ダンジョン内部ではなにがあろうと自己責任だ。そのぶんの実入りがあるのがダンジョンゆえに。
そう、救いはないはずだったのだ。
『【顕現する我が身は救済、我が身は盾、我が身は使途なり。故に降り立つ、ここは惨状の戦場】』
ひどくノイズがかった声とともに光が彼らを照らすまでは。
突如、彼らの足元から光が漏れた。光は円を、魔法陣を描き、襲い掛かるモンスターがその異常事態に足を止める。
『【救済顕現】』
光が極点に達したとき、光の中から蒼い光の赤い鎧が現れる。神聖な光と共に現れたソレは、光を掴むような仕草と共に前へ手を出し、振り抜いた。
『【時は来たれり。振るう刃、下す刃よ】』
「な、何者だ……あんたは……!」
『逃げるがよい、若き冒険者たちよ。ここは引き受けた』
咄嗟にまだやれる、と声と意地を張ろうとして、鎧の前に翳された光が戦斧となりヘルハウンド……火を吐く犬と呼ぶべきモンスターの群れから一斉に放たれた火を切り払うのを見て、冒険者の男は切り替えた。
この人に託して、仲間を救うのが最優先だ、と。
「……っ! お願いします……!」
『任された』
冒険者の男が、他の動ける仲間を連れて去っていく。
『もはやこの程度しかこの愚物にしてやれることはない……ひとりでも、救わねばならぬ。屍を増やすわけにはいかんのだ……英雄を、未来の雄を救わねばならん!』
鎧は幾度となく繰り返してきたように、戦斧を振るう。英雄とともに戦う役目は、今を生きる冒険者のものだ。
異界から突然迷い込み、モンスターを狩りながら人々を救い、聞き出した情報を総して、鎧はそれのみを思考した。
すでに【鎧だけの亡霊】たる自分には無用の役。
『故に貴様ら、退くか死ね! オオォォォォッ!!!』
どこでこの奇跡が尽きるか、知れたものでもないが……と思いつつ、切り捨てたヘルハウンドと逃げ出したヘルハウンドの数を数える鎧は……再び光に包まれて、何処かへと飛んでいった。
────―
「キャンプを防衛する! 全団員、別働隊の帰還までは支えつつ徐々にラインを下げる! 戻ってきたらリヴェリアを基軸に展開する! いいね!」
「「了解!」」
【勇者】フィン・ディムナの声が飛ぶ。不気味な芋虫のようなモンスターが彼ら……【ロキ・ファミリア】のキャンプを安全地帯にもかかわらず襲撃してきているという明確な異常事態である。
「リヴェリア!」
「わかっている!」
【九魔姫】リヴェリア・リヨス・アールヴの魔法が準備を始め、徐々にラインを下げながらの防衛戦が行われている。
苦戦しつつも奮戦するファミリアの者たちに、別働隊としてカドモスの泉と呼ばれる場所へとあるアイテムを取りに向かっていた別働隊……【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインや【凶狼】ベート・ローガを始めとするロキ・ファミリア最大戦力も帰還した。
故に、時は満ちて。リヴェリアは反撃としての一撃をくれてやることにした。
「【ウィン・フィンブルヴェトル】!」
冬の吹雪よりもなお凍え、絶対の凍結を与えるリヴェリアの攻撃魔法。凍りついた相手は砕かれるのみである。
だが、異常事態は終わらない。
「団長! アレって!?」
「……親玉、か? こいつらの……?」
「まずいね……これ以上は戦闘できない。撤退するしかないか」
大型の女王型と呼称されるモンスターが、2匹。進撃を続けている。
「アイズ、君を殿に……ん?」
フィンの命令は、途中で止まる。光が天を衝いたから。
「なんだこの魔力は……莫大すぎる! なんだ、なにが起きている!」
リヴェリアがその光に込められた魔力に怯え、そして己を立て直す。
『英雄たちよ、一度は退け。いずれ揃えてまた来やれ。ここは亡霊が引き受けようぞ』
「君は……?」
『思うに能わず、疾く逃げよ』
逃げろと勧め続ける亡霊に食ってかかる声。
「余所者に殿を任せるだァ!? バカ言ってんじゃねぇ!」
至極当然の感情ではあるが、フィンは諌める。団長故に、失いたくないものは多い。
「ベート。ここは彼に任せる他有効な手がない。君もアイズもアレに簡単に負けるとは思えないけれど、被害は出る。それを少しでも軽くする方法があるなら僕はそうするだけだ……すまないね」
最後のすまないねという言葉と共に、亡霊に頭を下げ、振り向いて走り出すフィン。
「……ちっ!」
舌打ちひとつ、後を追うベート。
『強敵……久しいな。どれ、ひとつやって見せるか。亡霊の……いや』
少し考えてから、鎧は強敵に名乗りをあげることにしたらしかった。
『このオルランドの武勇をこそ知れ!』
地を蹴り、女王に急襲。
『【アイン】』
戦斧を光らせ、横に一薙ぎ。軌道通りに描かれた波動が飛び、芋虫を切り払い、命を吸い戦斧が紅く輝く。
『【ツヴァイ】!』
そのまま地面に戦斧を打ち付けて輝きを地面に流し込む。大地が隆起して付いていけぬ弱者……すなわち他の芋虫どもを打ち上げ炸裂させる。
『【ブラッドバーン・シールド】!』
炸裂させた芋虫たちの魂の輝き……すなわち【経験値】はもはや彼には無用。無駄にするのも勿体無いと、彼が迷い込んだその日に編み出した技は経験値から魔力を錬成して己に魔力障壁を与えるという荒業である。
本来はオルランドの連撃にはドライ以降の続きがあるのだが、この連撃は強敵に群がる雑魚の掃討に用いるモノ。故に、打ち上げ炸裂した時点でオルランドは連撃を止めていた。
『ほう……』
オルランドは、目の前の女王型が放つ鱗粉を見た。なんとなくなにが起こるかを察したがゆえに、感嘆し、驚嘆し……そして、悪手だと笑うことにした。
『ふふふふふ……ハハハハハッ! 久々にやってみるか! 【レンド】!!』
オルランドは戦斧を女王型の頭上へと飛ばした。
……戦斧を握りしめていた右腕とともに。
次の瞬間。大爆音、鱗粉の爆発が巻き起こる。
が、オルランドの姿は戦斧とともに。すなわち、オルランドは腕ごと斧を投げ飛ばし、その腕を基準に身体を引き付けたのだ。
普通は、腕がもげれば腕を身体に引き付ける。その逆をいけば移動技になるだろう、という考えであった。
無論、とち狂っている。
『まずは貴様からだ……その首、置いていけ!』
「……!!!???」
ズバッッッと轟音を立て身体をまっぷたつに切り裂いて着地する。と同時、再び斧を遠くに投げ飛ばしてその場から遠く離れ……爆発する遺骸を見てやはりか、という思いを抱く。
『まあ、であろうな、というところか。逆に子が爆発して親が爆発しない道理もない、ということか? まぁよいわ、あと1匹……その首、取るぞ!!』
どこか悲鳴のような叫びとともに戦いにもならない戦いを挑む女王型が倒れ伏して爆破されるまで、1分もかからなかった。
────―
アレはなんなんだ? この思いは間違いなく、僕ら【ロキ・ファミリア】の総意だろう。戦斧を振るい、軽々とモンスターたちを刈り取ったあの鎧は一体、何者なのだろうか? どこのファミリアだ? なぜ1人なんだ!?
礼ついでに聞くのも悪くないはずだ……そう思いながら、僕は……【ロキ・ファミリア】団長、フィン・ディムナは頼れる朋友たるガレスやリヴェリアと共に彼に礼を言うために近づいて、声をかけた。
「助かった……おかげで無事何事もなく上にいけそうだよ」
『逃げろと言ったが』
「急に1階層分も逃げるのはこの大所帯じゃあ無理ってものでね。まずはみんなの治療からだよ」
無愛想な返事だ。けれど逆に好ましい……なんだろうか、近いのは年老いた極東の武士だろうか。
『ふむ……この亡霊をよくぞ信じたというべきか? まあ良い、良い』
独りでに頷いて、納得しているのはまさしくそういうタイプの人なのだと教えているようだ。
『しかし、私が助けた者のうちで私になにか話しかける者は初めてだ……何用か?』
「命の恩人な君にこんなことを尋ねるのもすまないと思っているんだが……君の名前、あるいは所属しているファミリアを教えてくれないか」
よし、聞いた。これで彼の身元に繋がる情報がわかれば……
『私はオルランド。それ以外は覚えていない。知る意味もない。この謎の場所でひたすらに戦う狂った者よ』
……よく考えるべきだったね。僕たちが聞いたことのない実力者、なんてあり得ない存在だった。ファミリアに居たら二つ名程度は聞こえてくるはずだ。故に最初から未所属と考えるのが丸かったんだ。
まあ……なにもわからないというならそれはそれでやりようがある。とりあえず、同行を依頼しよう……対価は、この世界の一般常識あたりで。
────―
オルランドは今、【ロキ・ファミリア】と共に、ダンジョンの外を目指していた。
とある異界から迷い込んでから一週間ほどが実は経過していることすら知らず、前世より持ち合わせた魔法と戦闘技術でもって救いを求める者の場所へと飛んでは払い飛んでは切り開くこと数十。
オルランドのはじめての外を目指した探索であった。
フィン、と名乗る小さな男曰く、ここはダンジョンと呼ばれ、上にはオラリオという街があり、そこからダンジョン目掛けて人が降りていくのだとか。
大鎧に戦斧で2mの体高をもつオルランドはそれをやや見下しがちになりながら聞いていたのだが、フィンの希望により地上まで同行し、いっそ地上に出てみないかという話になったのだ。
己が人でないことを伝え忘れるオルランドではあったが、先程見かけた狼男の存在的に己もたぶんなんとかなるだろうと勝手に考えていた。あるいは、この鎧を脱がなければ気付かれることもなかろうとも。
何日もの日をかけて、地上へと登っていく【ロキ・ファミリア】とオルランドだったが、定期的にオルランドは救済を行っていた。
このときにオルランドが新しく知ったこの身体の特質……それは自分の一欠片をどこかに置いた際、それに身体を引き付けて場所を移動しようとすると瞬間的に座標転移を行えるということだった。
外した左腕を置いておいて、救済のために光に包まれて転移し、救済を行った後に左腕のあった場所に身体を引き付けようとした。
最短経路を引き摺られるのだろうかと考える間もなく、気がつけば左腕のあった場所に棒立ちしていたのだから驚きもひとしおだ。
どんな世界からやってきたかすら覚えていないが、なんとなくその世界ではこんな使い方はしていなかった気がするとオルランドは直感した。
それはさておいて。
救済に勤しむオルランドと共に地上へと無事に戻ってきた【ロキ・ファミリア】は久方振りの太陽の光に心の底から喜んでいた。
オルランドは心の底から絶叫したかった。
『(危なかったな……恐らく、この鎧に憑依した亡霊、というくくりでなければ太陽に含まれる浄化の力で即死するのでは?)』
アンデッドだと本人は思っているこの鎧、大焦りである。
その実はアンデッドではなく、単純な精霊的存在であるのであんまり気にしなくても良いのだが、これを知るのは黒衣の賢者と出会ってからであるために今は彼はそれを知らない。
そんなことを思っているうち、【ロキ・ファミリア】に誘われ、本拠地【黄昏の館】への招待を受けたがこれを拒否した。
理由? そんなものはひとつしかない。
『救済せねばならん……人の魂が私を呼び続けている!』
「オルランド。ちゃんとお礼ができてないからいつか顔を出してくれると助かるよ……」
『礼は不要と言っている……それではな』
「あぁ行ってしまった……オルランドを行かせてしまったことだけで親指が過去最悪の動きをしている……!」
フィンは今にも鳥肌が立って体調が悪くなりそう、と言わんばかりの肩のすくめかたを披露したのち、ホームの門を潜るのであった。
────―
「やるな、アレン」
「へっ……やっぱつえぇなぁ、オッタルゥ……!」
ここは【戦いの野】。【フレイヤ・ファミリア】の本拠地であり、フレイヤに選ばれた戦士が日々傷つき切磋琢磨し、エインへリヤルたらんとする魔窟だ。
力と、それに相応する苦難を約束されるとすら言われるファミリアの本拠地、それが【戦いの野】。
戦いに一段落をつけ、ボロボロになった【女神の戦車】アレン・フローメルと掠り傷程度の傷を持つ【猛者】オッタルは互いを褒めあいつつ治療師による治療を受けていた。
「よし……またやるぞ」
「ふっ……かかってくるといい。たまには付き合ってやる……フレイヤ様がせっかくこちらにおいでになって、ご覧になってい……」
お互いに獲物を構えた瞬間の出来事。光が、降り注ぐ。
咄嗟に地を蹴って、距離を離して。光の中央から、鎧が現れる。
『此処か、死と痛みの香りは! 救済の時だ!!』
「「!!」」
「あらあら、すごい魂……欲しいわね、あの鎧さん」
【フレイヤ・ファミリア】本拠地、【戦いの野】強襲。
オルランドは辺りを見回して、近くで立ち、こちらへ刃を向けた猪人……すなわちオッタルへ向いて、戦斧を光から引き抜き構えた。
オルランドにとっては勘違いから始まる無益な戦い。されど、【フレイヤ・ファミリア】各位にとっては限りなく有益な経験を積むための戦い。
それが今、始まろうとしていた。