亡霊は今日も迷宮を行く   作:ゴーストライター

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【猛者】と【亡者】と

 降り立つ刃と共に、目線を向けて【猛者】に相手を定める蒼鎧。何を見定めたのか、言葉をひとつ。

 

『……錆び付いたなまくらの様だな』

 

 刃を向けたままに、蒼鎧の亡者は呟いた。都市最強のLV7に吐くにはあまりにも傲岸不遜な言葉ではあるが、許される。それほどの圧力が、鎧と戦斧から放たれていた。

 

「俺が、なまくらだと?」

 

【猛者】は聞き返し、静かに内心の驚きを隠した。

 

『あぁそうだとも……お主は喰らうべき敵を遥か前の高みに失ったようだと見える。最後の強敵と思える奴と出逢ったのも少なくとも5年は前だろう?』

 

 次こそ【猛者】は完全に目を見開いた。

 

「7年前だ。俺が【都市最強】を名乗ることになった、あの日のあの男……ザルドが俺の最後に出逢った強敵ということか」

 

『今も満足していないのだろう? 私が1手指してやってもいい……勘違いで飛び込んできてしまったらしいからな』

 

「勘違い……?」

 

 オルランドから、人の危機に駆けつける魔法という存在を聞かされ、集まってきていた【フレイヤ・ファミリア】の面々は驚いたような、呆れたような表情を浮かべていた。

 

「なるほど……我らの争いが生命に差し迫るほどに果敢……あるいはいつもより加減なしに打ち合ったためにお前の魔法が発動した、と」

 

『恐らくはな』

 

【猛者】は……オッタルはひとつ頷いた。そして、一言。

 

「1手見てくれると言ったな」

 

『言った』

 

「俺が錆び付いたなまくらというなら……それを再び磨く石となってくれ」

 

『構わんぞ……砥石にできるならしてみるといい。オルランドの武功は少々お主に握らせるには重いだろう』

 

 緊迫した雰囲気の中、2人は特に示しあわせたわけでもなく、五歩歩いて向き直る。

 

『好きにこい、先手はくれてやろう』

 

「俺が挑戦者か、久しいな……では、行くぞ!!」

 

 オッタルが大剣を構え地を蹴った。剛剣が振るわれた戦斧と正面からぶつかりあって火花を散らす。

 

『やはり錆は落ちぬものよな、オッタルとやら』

 

「ふっ……ハァァァァァァアッ!!」

 

『今のは悪くない……が、悪くないだけだな』

 

 戦斧が旋風の如く回転し、剛を誇るオッタルの剣が往なされる。

 

『食らえェイッ!』

 

「ッ!!」

 

 咄嗟に剣の腹で受け止めて、それでも大きく後退を強要される剛斧の一撃にオッタルは無言で戦慄するかと思われて、外から見る人々はオッタルの表情を……

 

「フハッ……ハハハハハッ!!」

 

 オッタルが、高らかに笑いだした。異常なようにすら見えるその笑いは、収まると同時、さらなる言葉を紡ぎ出す。

 

「あぁ、忘れていた。勝利への渇望、強さへの欲求! これこそがいつも俺を強くした……敗北を重ねた俺をだ!」

 

『どうだ、猪。錆は取れたか?』

 

「これが錆ならばな……さぁ、行くぞ。次は遅れは取らん」

 

 2人は同時に次は地を蹴る。刃が噛み合い、途端にオッタルが攻勢に移る。剣閃は鋭く、剣勢は強く、振るう度に増していくそれらに蒼鎧は防御を続ける。

 

「オオオオオオオッッ!!!」

 

『面白い! ここまで変わるか! 良いわ、一度退け! 【クリーク】!!』

 

 単なる横薙ぎ、されど当たれば不味いという直感に従い大きく飛ぶオッタル。

 

 そして蒼鎧は戦斧の石突を地面に当てて、敬礼のような姿勢をとってから、一言。

 

『【猛者】よ、周りが限界を迎える方が早かろう故、次の一撃を以て終いとしよう……我が名と我が勇、存分にその目に焼きつけ、以て汝がいずれ喰らわねばならぬ力を知れ』

 

「期待を受け取った。俺もお前に応えて全力を出させて貰う……!」

 

 2人は相対して同時に言葉を紡ぎ始める。

 

『好きにせよ……【我が身の在りかた、我が身に宿る友、何処ともあらぬ世の理よ、どうか今一度我が身に耐えぬ力を振るうことを赦したまえ。開け、我が身よ、我が力よ】』

 

「【銀月の慈悲、黄金の原野、この身は戦の猛猪を拝命せし。駆け抜けよ、女神の真意を乗せて】」

 

 紡ぎ始めが早いのはオルランドだが、詠唱の文自体の短さからオッタルが早く詠唱を終えることとなる。

 

「存分にその武勇を喰らわせて貰うぞ……!」

 

 凄まじい威力の剣閃と衝撃波を放たんとするオッタルの前に、オルランドは怯むことなく、猛ることなく、静かに【誓約】の名を告げる。

 

『【光霊器クラウ・ソラス】』

 

 その一言の後、オルランドの鎧の正面が、胸元が『裂けた』。

 

「なに……っ!?」

 

「おい、なんだありゃ……光? 光が、武器を……?」

 

 漏れだす光は、鎧にヒビを入れ、輝きを増していく。光は増し、柱を象り、場を埋めて、ついに、鎧の姿は光中に見られなくなった。

 

『クラウ・ソラス。太陽神の雷鳴を源流とし、森羅万象を照らし、その像を写す神剣……その解釈は過ちである』

 

 声が、澄んでいく。ひどく聞き取りづらかった、ノイズまみれのあの声は、遠く薄れる。

 

 今や聞こえてくる声は確かに老齢の騎士を彷彿とさせる渋い、しかし戦いに愚直な意思を持つ人の声に変わっていた。

 

「クラウ・ソラスとは、我が身と共にある光の大精霊の名であるがためだ。となれば、武器としてのクラウ・ソラスとは、私……オルランドの身で、大精霊クラウ・ソラスの権能を振るうことそのものと結論付けるべきだろう」

 

 光が晴れて、というよりは、収束して、形を持って、やっと【フレイヤ・ファミリア】は彼を見定めることに成功する。

 

 白の長髪をたなびかせ、信じられない量の光で構成された剣を浮かばせる、巨躯の老翁。顔と言われ、見つめられるはずのその部分は、なかった。のっぺりとした、平たいモノでしかなかったのだ。

 

 当たり前だ、『身体を光そのもので投影している』のだから。

 

「それが、全力か」

 

「私一人の出せる全力といったところだ……どれ。武人よ、他人に呼ばれ、察してはしまったものの。芳名を頂こう……最後の激突だ」

 

 男と光は、名乗りあう。この場の強者はどちらか、それのみを定めるために。

 

「俺は、オッタル。お前も名乗れ。その姿では、通すものもあるだろう?」

 

「ありがたいな……我はオルランド・クラウソラス! やれるものならば、見事我が身を破り、汝の主に奉ずるが良いわ! 往くぞ……!」

 

 改めて、待機状態だった必殺技と、開帳された全身全霊がぶつかり合わんとして。

 

「【ヒルディスヴィーニ】ッ!!」

 

「仰ぎ見よ! 【オレオル・リュミエール】!!」

 

 光で象られた剣が、纏まり、融合して、オルランドの手に巨大な剣として握られる。突進する猛猪のごとき威容を放ち、振るわれる大剣と、その圧倒的な威力に、オルランドは正面から、光輝の大剣を振り抜いた。

 

 輝きと、剣閃の衝撃による土煙で僅かながらに戦場が外からは見通せなくなる。そして、土煙と輝きが晴れて、見通せるようになった戦場には。

 

『次の挑戦を待っているぞ……戦猪オッタルよ』

 

「俺の、負けか」

 

 既に元の鎧姿なれど、降り立った時に向けていた戦斧をオッタルの首筋に添えたオルランドの姿があった。

 

『いやはや、見事。今代第一の英雄は、お前に他ならん。よくぞ、我が光条を断ち切った! 重ねて、見事である!』

 

「必ず、必ずもう一度出逢おう。そのときは、俺が勝ち、お前を討ち果たした事実を女神に捧げよう」

 

 その思いを受け、面白いと言わんばかり、ノイズだらけの声でもわかるほどに笑った鎧。その笑いを中断するのは一柱の女神であった。

 

「オルランド、と言ったかしら。他の神の力をあなたからは感じない……無所属、なんでしょう? 私はここの主、フレイヤ。どう? ここに席を用意させては貰えないかしら?」

 

『せっかくの誘いなれど、お断りさせて貰おう。我が身を縛る誓約と、その対価の力なぞは、クラウソラスだけで十分だ。なにより、ここに骨を埋めたとて、新たな英雄を救うには邪魔になろう』

 

 フレイヤは、軽くため息をついた。

 

「ふぅ……そう。なら、仕方ないかしら。諦めはつかないけれど……ね。そうだ、あなたがまたオッタルと戦って、オッタルに負けたなら。そのときは私のものになりなさいな」

 

『それなら良かろう……その時までに私にあの男が持っており私にないものが備われば、私の勝ちだろう。備わらなければ、負けるだろう。そうなれば、お主が備うべきものを持っていたのだろうと認めようぞ』

 

「待っているわ、オルランド」

 

『今日はもう失礼する。夜にもなった。しかし、あの穴からは新たな英雄の、新たな息吹が聞こえる……アレは無謀だ。救わねばならぬ』

 

 オルランドの力は、ダンジョンを手当たり次第に突き進む若い英雄候補の姿をきっちりと捉えていた。

 

『さらば』

 

 鎧は、月光の中、緩やかな燐光と共に消えていった。

 

「オッタル。貴方も、このまま負けていられないわよね」

 

「無論です、フレイヤ様」

 

「そこでオッタル、貴方に命じるわ……そう、時間をあげる。だから……次も、次は、私に貴方の勝ちを見せて?」

 

「はっ。次なる時までに、必ずや!」

 

 頑張る子供は美しい……フレイヤはそう思う。自分の愛おしい眷属たちは、またもうひとつ強くなる。

 

 夜遅くなったにも関わらず、殺しあいを控えて互いに技術の伝授などし始めた己の子を、慈愛の眼差しで眺めやる美の女神は、今このときだけ、この世で二番目に美しい存在であった。

 

 

 

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