亡霊は今日も迷宮を行く   作:ゴーストライター

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英雄始動譚/英雄再起譚

「おおおおおぉぉぉっ!!!」

 

 強く、強くならなくちゃ……! その意思だけが、今の僕を動かしているすべて。

 

 ダンジョンに持つものもとりあえず飛び込んで、悔しさか、怒りかわからない感情をありったけ目の前のモンスターにぶつける。

 

 ぶつければモンスターが倒れて、新しい当たり先を見つけてはぶつけて。

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 こんなの、子供の癇癪だ。わかってる、わかってるんだ。

 

 僕じゃあ、ベル・クラネルじゃあ、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインに恋をするなんて、愚かにも程がある。

 

 そんなことくらいは、わかってるんだ。

 

 

 

 

 

 彼がなぜこうしているか、というと、時は遡る。

 

【豊穣の女主人】という酒場にて無事帰還を果たした【ロキ・ファミリア】は、酒盛りを楽しんでいた。

 

 そこで、ある出来事を思い返した酒に酔うベート・ローガは、笑い話としてその出来事を面白おかしく語り出す。

 

「ミノタウロスがバカ見てぇに逃げ出していきやがってよぉ! 駆け出しがアイズに助けられてたんだが、アイズ、逃げられてやがんだよ!」

 

 ここで疑問に思うことがあるかもしれない。救済を旨とするあの鎧……オルランドはミノタウロスが逃げ出して危害を加えるだろう異常事態になにをしていたのか、と。実にシンプルな話をすると、別の救済の現場にいたのだ。

 

 闘技場と呼ばれる、謎のエリアがある。このエリアに、奇遇にも階層に穴が空いて落ちてしまったとあるパーティーを救うため、オルランドは闘技場のモンスターすべてを鏖殺するか、己が力尽きるまでの戦いをしていたのだ。

 

 もちろん、勝ったのはオルランドであり、オッタルと打ち合ったあの鎧は確かにオルランドだ。

 

 救い出したパーティを偶然見つけ出した地下の安全地帯に放り込み、他のパーティからすぐ渡せる礼だと言われ渡されていた回復薬やら食糧などまとめたものを置いて、オルランドは戻っていったわけだ。

 

 また、そもそも【救済顕現】の効果は、オルランドが行かなくてはその命は確実に消えるだろうというモノに反応する。

 

 故に、アイズ・ヴァレンシュタインが間に合うことによってベル・クラネルの命が猶予されたことで、【救済顕現】の対象外になっていたのだ。

 

 そんなわけで、鎧が現れることもなく、ベルはミノタウロスから逃げ、アイズに救われ、アイズから逃げ出して、ここでベートに嘲笑されるのだった。

 

「レベル1の駆け出しなんかじゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには似合わねぇ」

 

 その一言は、バカにされていた張本人……ベル・クラネルの心に激情の火を灯し、ベルは立ち上がり、店から逃げるように立ち去ってしまったのだ。

 

 

 

 そうして、ダンジョンに潜り。

 

「これで! どうだ!!」

 

 ダンジョン9階層。周りを囲むウォーシャドウというモンスターをすべて切り伏せて、完全に力尽きた。

 

 精根尽き果てる……まさしく、心行くまで戦った。それをわかっているからこそ、現状ここで倒れるのは不味い……そう思い、帰ろうとして。

 

「……!!」

 

 ウォーシャドウの群れが再び立ち塞がる。後ろからも、気配がする。怪物の宴……モンスターの大量発生。逃げ出す他ないと、身体に鞭を入れようとして、身体に力が入らない己の現状に歯噛みする。

 

「くっ……考えなし、すぎた……!」

 

『反省点だな、次代の英雄よ』

 

「はい……えっ?」

 

 後ろからの強い気配……それは、想像していたモンスターではなく、蒼鎧の人物であった。

 

『お前は今日、限界を知った。高い壁を見た。そうだな? とくと学んだか?』

 

 その人の声は酷く聞き取りにくかったが、なぜかはっきりと脳に焼き付く声だった。僕は、ベル・クラネルは、なぜかこの人のことを、『父』のようだと、そう思ってしまった。だから僕は、思わず得た夢を語る。

 

「僕は、英雄になりたい……まだ、足りない。強くならなくちゃ……強く、強く」

 

『英雄に、なりたいか。お前はもう次代の英雄ぞ……強いて言うなれば、お前が目指すのは英雄ではなく、主役だ。英雄譚に真っ先に名を刻みその物語を作り出せ!』

 

 僕の胸に、熱いものが宿ったような、すとんと腑に落ちたような、そんな感覚が同時にやってきた。そうだ。物語に出てくる英雄になりたいんじゃない。物語を作られるほどの英雄になりたいんだ、主役になりたいんだ! 

 

『そのためには、今は休むことだ。私が守ってやろう……得心行けば、声を出して返事をせよ』

 

「……はい!」

 

 僕は、その人に目の前のモンスターたちを任せて、戦いを眺めようとして……戦斧一撃、薙がれるそれの圧だけで粉々に吹き飛んだそれらに目を疑った。そして、それについて考える間もなく、安心感が眠りに誘っていた。

 

 

 

 オルランドは彼にしては珍しく迷っていた。目の前で眠りこける少年の処置にだ。

 

「すぅ……すぅ……」

 

『どうしたものかな……まあ、送ってやるか。何処とも知らぬがまあよかろう。たまには精霊の力を借りることもできよう』

 

 オルランドの迷いは少しの間だけ。次代の英雄は間違いなくこの少年だ……その確信を改めて感じつつ、少年を担ぎ上げる。

 

『どれ、行くか』

 

 オルランドの姿は少年と共にかき消える。地上の裏路地に密かに置いた、己の左腕目指して転移。

 

 地上はすっかりと夜も更けて、朝が近づくといった感じであった。

 

 この少年が何者かもわからん以上はどこに連れていけば良いかわからないオルランドは、精霊に聞いてみることとした。

 

『大いなる精霊よ、その欠片よ。我に誓約に記された対価を与えよ……我が求むる対価は知識なり』

 

 小さな丸い光の塊が飛んできて、自分の身体に入り込んだのを外からなら観測できただろうか。

 

 オルランドはその地に馴染んだ光の小さな精霊や妖精から、情報などを貰い、かわりに己に馴染んだ光の大精霊の力をわずかばかりに分け与えることができる。

 

 光の精霊、妖精に限ると条件は付くが、非常に有用であった能力だ……地上に限る、という条件も忘れていた。付け加えておこう。

 

 ダンジョンで干渉した結果黒いモンスターが襲撃してきたりルクスを名乗る大精霊が侵食を試みたりしてきたので以後は慎んでいるのを忘れていたのだ。

 

『ふむ……朽ち果てた教会か。良き場所よな……』

 

 そんなことを考えつつ歩んでいくと、精霊たちが教えてくれた場所にたどり着く。小さな、幼さすら感じさせる背に釣り合わぬ胸部。男ならば滾る、と表現すべき少女が心配そうに辺りを見回して、視界にオルランドを捉えた。

 

 急いでこちらに駆けてくる少女に軽く会釈をする。

 

「君、そこの君! 肩に背負っているその子を送りに来てくれたのかい!?」

 

『む、この者の知己か』

 

「ボクはヘスティア、今は団員1人のファミリア、君の背負っているベルくんとやっている【ヘスティア・ファミリア】の主神さ! とりあえず、中のベッドに下ろして貰っていいかな」

 

 ボクという1人称に軽く微笑ましい感覚を覚えるオルランドは、肩に背負った少年を、地下室のドアにぶつけないようにしながら入った先のベッドに、そっと下ろしながら説明をしていく。

 

『この少年はダンジョンに潜っていた。原因は預かり知らぬ。だが、強くなりたい、と。英雄になりたい、と。そう言っていた……夢を見るようにではない、そうならねばならんと確信しているように言っていた。故に救い、持ってきた』

 

 ヘスティアは、下ろされたベルに心配と不安の入り交じった目を向けて何事か考えたあと、決意を定めたような目をしてこちらに向き直った。

 

「うん。わかった……ありがとう。ボクの大事なベル君を助けてくれて。そこでなんだけど、恩人の名前を聞いておきたいな」

 

『オルランド』

 

 必要な情報がいくつも不足しているそれに、ヘスティアは困った。この街の自己紹介は基本ファミリア名もセットだから……と考えて、ある可能性に気づく。

 

「もしかして、君、無所属かい!?」

 

『そうだ。ファミリア、とやらには所属していない』

 

「君、ボクのファミリアに入ってくれないか!?」

 

 ヘスティア、咄嗟の勧誘であった。

 

『む……悪いが縛られるのはこの身のみで十分と……』

 

 いつもの文句で返すと、ヘスティアはさらに返してくる。

 

「ここは零細だ、規則は今のところないから君を縛ることもない。君に隠すべきなにかがあるとか、巻き込んでしまうとか、そういうこともボクらは受け入れる。ここ、オラリオで無所属って言うのは、危ないし危ういんだ。そして、なによりも」

 

 ヘスティアの、似合わないどこか寂しげな目がオルランドを射貫く。

 

「きっと君は、ひとりきり。だから、ボクに見守らせてほしいんだよ、救わせて、欲しいんだよ。君は、輝いてる……その光を受けて、人は救われるんだろうけど……君は、その光を受けられない。君だけが、救われない!」

 

 オルランドはその言葉に、思わず返しを忘れた。まさか、ここまで見抜かれるとも思っていなかった。

 

 美の女神は、精霊と混じりあった魂の光に驚き惹かれたから、彼を欲しがった。

 

 遊戯と策謀の女神は、フィンから聞いた言葉から推定して、派閥の拡張を夢見て、彼を欲しがっている。

 

 結局、どこまでもお人好しな竈と護り火の女神だけが、彼の奥底までを見通して、彼を求める者ではなく彼の求める者になろうとしていた。

 

「そんなのって、あんまりじゃないか……だから! ボクと一緒に、ベル君と一緒に!」

 

『ヘスティア。恐らくは、貴女だけだ。もう薄れてしまった記憶から、今に至るまで……私を、私を救うなどと言ったのは』

 

 その言葉は万感籠るというものだ。もしオルランドの鎧の下に顔があったなら、そこには老翁の滂沱の涙があったことだろう。

 

『あぁ……大いなるクラウ・ソラス。私を許してくれ……私は、救いを齎す君の名に恥じぬ、救いを与える者として生きてきたのだ。私は、私が救われたいと……そう、思ってしまったのだ』

 

 その言葉にヘスティアは言葉を与えるために一度目を閉じて、開いてから言葉を発しようとして……絶句した。

 

 そこには、確かに己と同じ神威を発する存在がいるように見えたから。

 

 恐らくは、オルランドの言う『大いなるクラウ・ソラス』という神格か、あるいはそれに近い大精霊……正解は後者であるがそれはまだ知らない……だろう。

 

 それが、彼に語りかけているように見えて、彼にそれは届いていないように見えて。ヘスティアは、思わず、クラウ・ソラスに話しかけた。

 

「君が、クラウ・ソラスかい?」

 

『は? なにを言って……まさか、見えているのか? 私には、なにも見えないが』

 

『えぇ……やっぱり、神って違うのね。お願いがあるの、神様。これから言う言葉を、すべて、彼に伝えて。お願い! 彼をこの世界に導いて、精霊神格としての意識と意思がもう消えそうなの……私を救って? ね?』

 

「わかったよ、クラウ・ソラス」

 

『じゃあ……言うわね? 貴方だって、救われる……救ってくれる人がいる。私はこれからも常に貴方の中にいて、でも貴方はもう私を拠り所になんてしなくたってやっていけるわ。だから、どうか、私を恨まないで』

 

 オルランドは顔を跳ねあげた。

 

『私を、恨まないで……? 待て、待ってくれ! クラウ・ソラス! 私を、置いていかないでくれ!!』

 

『通訳を頼むまでもなく、聞こえるようになったんだね。オルランド、私の自由意思はもう限界……あの世界から切り離しちゃったからね。私に縛られ続けた人生なんだから、この世界での生き方くらい、選んでもいいんだよって。そう言ってあげたかったんだよ』

 

『あぁ……クラウ・ソラス……本当に、本当に……お前は……俺は……』

 

 ヘスティアは、見ていられなくなった。たまらなかった。はじめての救いを、彼にも、彼女にも与えようと思った。

 

「オルランド君、送り出してやってくれ。いつかきっと、会える日が来る……ボクは、そうやって出会えることを知ってるからさ」

 

 オルランドは、顔を上げて。ヘスティアに静かに礼をした。そうして、一言。

 

『すまなかった。クラウ・ソラス……いいや、ソラシア。また、会おう。いつか、この世の終わりに、天と地の果てで』

 

『えぇ……また出会うために、最後に貴方に奇跡をあげる』

 

 光の塊に戻りつつある彼女は、彼にキスをしたように見えた。少なくとも、ヘスティアにはそう見えたという話だが。

 

『愛しているぞ、ソラシア』

 

『私もだよ、オルフェ』

 

 2人は、別れた。天と地の果てに、また出会うまで。久遠の別れではない、そうわかっている。だけれども、涙を……涙? 

 

『なんだ……なんだこれは? なにが、何が……?」

 

 光が、彼の鎧を解いていく。ヘスティアは、彼に彼女がキスしたように見えたその部分から変化が起きていることに気付いた。

 

 光が巡り、巡った部分の鎧が解ける。光は身体を一巡してから最後に左手に紋章を刻んだ。

 

「これは……一体?」

 

「ふふ……君は、とてもかっこいい人だったんだね。あの子も惚れるわけだよ」

 

「なにを言って……というかなぜ惚れるだとか……まさか。まさか! も、申し訳ないが鏡かなにかを!」

 

 ヘスティアが差し出した手鏡に映っていたのは確かな顔だ。最後の最後に、精霊は奇跡を起こしたのだ。

 

 己の契約者に、愛していた彼に、全盛の肉体を。……神の恩恵が、その身に受けられますようにと、願いを込めて。

 

 ヘスティアは、事情がわからないなりに、託されたと感じた。彼女は最期に全身全霊を以て、オルランドに肉体を与えた……すなわち、彼女の手で、恩恵を刻めるようにされたのだ。

 

 改めて、彼に誘い文句だとヘスティアは言葉を告げる。

 

「オルランド君。いろいろあって、落ち着かないとは思う。けど、あの子にボクは託された気がするんだ。改めて……ボクのファミリアに、どうかな?」

 

 オルランドは、立ち上がり、対面から隣まで歩み、片膝を付いた。

 

「神ヘスティア……貴女に、無限の感謝を。ソラシアと別れられたのは、貴女のおかげだ。貴女のおかげでこの肉体を得たのだから、貴女にこの心、この肉体、この忠誠のすべてを捧げたく思うが、貴女はきっとそれを望まない。であればその誘いを受け、少しでも貴女の力になりましょう」

 

「そうかい……そうかい! ありがとぅ……これから、よろしく頼むよ! まずは、恩恵を刻んじゃおう!」

 

「何卒よろしく申し上げます。この身はこれより貴女の剣、貴女の盾、貴女の鎧。これからも救済は続けなくてはならない……それは私の心が望むこと。しかし、貴女もまた、人を救うことを望んでおられると私は信じております。どうか、ご理解あれ」

 

「固いよ、もっと柔らかく、敬語なんていらないさ! ほら、こっちだよ!」

 

 手をとって立ち上がらせながら、ヘスティアはオルランドに恩恵を刻みこむ準備を手早く行い、その背に恩恵を刻んでいく。

 

 改めて恩恵を得て、オルランドはその紙を見たが、首をかしげることとなる。

 

「ヘスティア様。これは……その、目が狂っていないのであれば、平常のそれではないと思うのですが?」

 

「うん、ボクもそう思うよ!? けど君の異常性がはっきりと出てるんだ! この一文とレベルで説明終わり! なんてはじめてだよ!」

 

 紙にはただ、スキルの欄のたったひとつの説明のみ。

 

【光霊の救済器】:経験値獲得不可。偉業のみでLVアップ可能(恩恵取得時にそれまでの偉業を清算済み)。全盛期の肉体から加齢しない。異なる世界の異なる法則によるステータスを持つ。

 

「そしてLV8、か。確かオッタルとか言う男がLV7で都市最強と言っていたような気がするな……となれば、もしやヘスティア様、私は……」

 

「うん……ぶっちぎり……どころか上を行ってそうだね」

 

「いやその、オッタル殿にはほんの少し前1手指して勝ったのですが」

 

「……は?」

 

 予想外の言葉に完全にフリーズするヘスティア。オルランドは、忠義の騎士……にしては胃にダメージを与えるタイプであった。

 

 

 

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