亡霊は今日も迷宮を行く 作:ゴーストライター
『そら、打ってこい!』
「行きます!」
蒼の鎧の持つ戦斧がベルのナイフを受け止め、そして叩き飛ばして、さらに勢いのまま首筋へ迫る。が、ベルは一歩踏み込んで、接近。蹴りで戦斧をはねあげようとする。
『ほう……やるようになったではないか』
振り抜いた右腕から武器を離して左腕でベルを殴打して弾き飛ばした。
「くぅぅ……強い……オルランドさんが強すぎる」
ベルはそう言いながら今日7度目になる仕切り直しに顔をしかめた。
なぜオルランドはベルに教練をしているのか。なぜまだ蒼の鎧と紅の戦斧を愛用しているのか。
まあどうということもない。【ヘスティア・ファミリア】に正式に入団したオルランドは、気がつけば朝となっていた恩恵絡みのやりとりを終えると共に、主神たるヘスティアと同輩たるベルから頼みを受けたのだ。
「オルランドくん! ベルくんを強くしてやれないかなぁ……?」
「オルランドさんが……仲間に? そうなんですか、神様!? えっと……その、僕に技や知識なんかを教えてくれませんか?」
もちろん、オルランドの答えはひとつ。
「構わぬ、任せられよ。だがはっきり言うと私の教練はかなり過酷なものになろう……それでもついてこれるというなら、施すが」
それを宣告されて、ベルの目は、爛々と希望と情熱に満たされていた。
「頑張ります……それが、英雄譚の主役になる道なら」
というわけで、ベルに教練を施すこととなったのだが、まず自分の武器がないことにオルランドは気付いてしまった。
しかし、その点問題は一切なかったのだ……左手の甲に刻まれた紋様はクラウ・ソラスの加護の残存……あるいはオルランドへの加護と力の完全な譲渡を示していた。
加護を引き出す精霊の依り代たる己なら、おそらくはと考えたオルランドは予測を行動に移し、成功した。すなわち、再び人の姿を隠して、あの鎧と精霊の依り代の姿に戻ったのだ。
どうやら、左手の甲の紋様は、己の最も使い慣れたあの身体……蒼の鎧と紅の戦斧を持つあの姿を『裏』から呼び出して純粋な肉体である身体を『裏』にしまいこむ、そう言うものらしかった。
クラウ・ソラスは最後に身体を復活させたのではなく、新たな身体を投影して半恒久的な実体を与えたのだろう。そうオルランドは結論付けた。
長く説明として振り返ったが、要するに、いつでも人と鎧とを行ったり来たり出来るようになったのだ。
あのくぐもったノイズまみれの声も、戦斧も、鎧もそのまま残っていた。
なので、オルランドはそれらを用いて戦闘し、教練をつけてやることにしたのだ。そして、最初は腰の引けていた少年がわずか3日で十分に己に向かってくるようになり、7日で己の戦斧を掻い潜らんとしたのだから満足である。
戦斧を好んで使うが、他の武器も多数実は使いこなせる歴戦のオルランドとて、短刀などの早さを生かす武器は使っていないというところが、ここでふっと問題として浮上した。
『ふむ……そろそろよかろう。私は短剣やらナイフやら短刀といったものにはとんと疎いが……まあそれらでも使える【誓約】を教えよう』
「【誓約】……ですか?」
そこでオルランドは考えを転換し、別アプローチをしかけることとしたのだ。
『こちらに【誓約】という概念は存在しないのか?』
「僕は聞いたことがありませんけど……」
オルランド、絶句。異なる世界だということも忘れて絶句。だが、その後得心が行ったのか頷いた。
『……よくよく思えば、【魔法】があったな、この世界には。【奇跡】でも、【誓約と対価】でもなく、純粋な【魔法】が。そうか、【魔法】で後衛は戦うものなのか。まあよい、よい。【誓約】は便利ゆえ、授ける。それだけよ』
「はい! ……えっと、どういう感じの技なんですかそれは?」
『うむ。傾聴せよ。【誓約】とは……』
オルランドのいた世界で主に使われていた魔術体系の一つにして、すべての人たる者が使える技こそが【誓約】。
主に【対価】となる事象を設定し、【誓約】を宣誓することで発動させる【対価の誓約】と、常日頃から己に戒めを科しておき、その戒めを破ることによって発生する特異な現象を攻撃や防御に利用する【破戒の誓約】の二種類があること。
誰でも使うことが出来る、とは言ったが、適正はもちろん関係ある。重大な【対価】を求めるほどに適正が必要とされ、適正のないものが重い【対価】を求めれば【誓約】は著しく重くなるだろう。
例えば、【水を出す】という【対価】を求めるので【魔力を捧げる】という【誓約】を行う、というのが一例だろうか。
これが適正の高いもの……例えばオルランド自身の場合ならば、【目の前の敵に光条を飛ばして攻撃する】ことを【対価】に、【戦斧を全力で振るう】ことを【誓約】すると言ったような、もはやそれは価値として釣り合っているのかすらわからないことも可能なのだ。
そこまで語り聞かせて、ふと才能の一例をもうひとつ思い出したオルランドはそれをベルに語る。
『【すべての生命から死病を取り除く】ことを【対価】に【大精霊に昇華する】と【誓約】した者もいた……あれは、才能の極致だ。ソラシア……あぁ誰かわからぬのも無理はない。その【誓約】を成し遂げた女だ……ソラシアにしかできない無茶だろう』
「【対価の誓約】についてはわかりました。【破戒の誓約】っていったい?」
『【破戒の誓約】は……』
【破戒の誓約】は普段からなにかしらを守り続けることで起こす反作用の利用と言った。このなにかしらを守る、というのは存外なんでもいい。
極論、【朝に挨拶をする】だとか【いただきますを食事の度に言う】とか、それだけでも【誓約】足りえる。それではいつでも【破戒】できないので難しいのだが。
例になるもの……そうだ、【常に言葉を発しない】という【誓約】をして戦う【沈黙教団】や、【すべての生き物を殺さず傷つけない】という【誓約】と共に森に住まい森を守るために【破戒】を利用する【不殺の民】というものたちが最もわかりやすく【破戒の誓約】を使っていたような気がする。
彼らの【破戒】による攻撃や防御はとてつもなかった……特にリーダークラス。反作用がなにかをことごとく理解した上で使用しなければならんが強力なのが【破戒】だ。
まあ今回教えるのは【対価】のほう。そして、ベルが適正が高いとわかればあるものを使って貰う。
『では適正を測る……動くなよ。そして私に続いて言葉を述べよ』
「はい」
『【我は誓うもの、我は謳うもの、我は与えるものなり。我が身に許される限りを教えたまえ】』
「【我は誓うもの、我は謳うもの、我は与えるものなり。我が身に許される限りを教えたまえ】……わぁ!?」
『なんと……』
オルランドが初めて詠じた時もかなりの力が陣にまとまって光となり地面に広がったのだが、ベルの誓約に対する適正は著しく高かった。
なにせ陣そのものがなく、ベルの身体を光が駆け巡る……すなわちベルの身体そのものが陣であり陣を不要としないほどの適正である、と示していたから。それだけではない。
『いや、適正が高いだけではなく……すでに【誓約】を無意識にお主は使っている。あり得ん、あり得んが……【誓約】は恐らく【英雄になる】という意思。【対価】は【成長し続ける】か、もっと即物的に【才能を得る】か……なんにせよ、お主はこれ以上【誓約】を使わん方がよいだろう。より重いものを求められるぞ』
「そうですか……いつの間に、【誓約】なんてしてたんでしょう」
ベルは驚きつつもオルランドに問うが、当然オルランドにわかるはずもない。だが、オルランドにはひとつ仮説があった。
『いつ誓約したか、とはわからぬが私の前で決意はしたな。その時がお主にとっての奮起の時来るというもので、そのときの言葉がまま【誓約】となっているのやもしれん。なにせあのときの私は未だクラウ・ソラスの意識を宿していたのだから、神に近い存在の前で誓うということになったのかもな』
自分の中にあった大精霊が【誓約】としてベルの決意を受け止めたのでは、という単純な仮説だが、もっとも有力な仮説である。
精霊の自由意思はなにをするか、あるいはできるのかわからないものだ……オルランドにすべてと引き換えに身体を与えてみせた昨晩のように。
『ま、まあ……なれば、良い。短剣や短刀の扱いは知らぬが……以前私が出会った者に風に剣を振るう者と吼えて拳を振るう者とがおったな。その者らを如何にかして借り受けるとしよう……アマゾネス、とやらは付き合わせるのは不味かろうが。再起不能にされかねん』
「えっと……新しい師匠を用意してくれる、ってことですか?」
『相違なかろう。2日3日ほどたてばそれなりを用意してくれようぞ……今日の鍛練は終わりとする。明日以降私が来いというまでは鍛練はなし、ダンジョンに潜っておくといい。……さて、連絡とやら取らせてもらうぞフィン』
そう言うと、蒼い鎧は市壁の上から飛び降りて、壮年の男となり街を平然と歩んでいった。