~光紡ぐ八ツ鏡~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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プロローグ

 夜明け前、この静やかな深く密やかな時の中。プラットホームのポーンツーンという音色が、余計に寂しさを沸き起こさせた。でも、冷え込みこそすれど新幹線は雪に構うことなく、無事に駅を出発したのだった。
 窓際の自由席に座り、おばあちゃんが水筒に入れてくれたほうじ茶を一口。
 あたたかい。
 厳しい寒さの中で見送りをしてくれた両親と友達に別れを告げて、神奈川は鎌倉の錬府女学園に向かう。
何度も読んだ入校案内の書類を取り出して、再び読みはじめた。
 東北地方隊での試験以来、まわりからは地元に残って欲しいと何度も、何度も言われたけど、私の決意は変わることはない。
 両親からはっきりと言われた。
「あんたは暁ちゃんみたいに刀使にはなれんのに、それでいいんかね」
 地方の警官になる道だってある。なんだったら、昔あこがれていたケーキ屋さんになることだってできる。そう、今から引き返せばそれができる。でも、私は、この夢を諦められない、憧れた背中を追いかけ続けていたい。
(暁ちゃんがなれたんだから、私だってまだチャンスはある。諦めなければ、まだ私も刀使になれる!だから)
 白く滲む空と大地の間から柔らかな陽が顔を出し、窓に差し込む光に目を細めながら、車窓の向こうに広がる白い大地と山々の美しさに自然と笑顔になった。

 この【記憶】はあなたの知る私とは違う世界の、わたしの物語。
そして、はじまる【出発】への序曲。



第一部 銀糸の刀使
とじみまん!


 真っ白な生地に澄んだ青の差し込む制服には、警ら科所属を示すオレンジの腕章と、警官の階級章を模した学年章が胸につけられている。学年は金の鶴に緑の玉を掴むマークが高等科を示し、彼女はやや身長の高い、高等科は一年生。ゆっくりと誘導路を歩く避難者を導きながら、長くまっすぐな道の上を貫く青い空をふと見上げた。桜の散った春の、まだ梅雨の水臭さも感じない白ぼけた空。

「あの! 」

 背中からの声にすぐに体を返した。

「はい! どうかしましたか」

 同じ鎌府の制服に本部警備所属を示す飾緒、親衛隊支援隊所属を示すワッペンが左肩のペンホルダーに付けられていた。薄い茶髪に優しそうな顔立ちの刀使は、左脇うしろには黒く重々しい鞘に、濃い茶革で巻かれた柄の御刀を帯びていた。

 

【挿絵表示】

 

「親衛隊の方でしたか!ご苦労様です!」

 まだ慣れないという感じにやや苦笑いしながら、刀使は顔をあげてほしいと頼んだ。

「親衛隊、獅童小隊所属の岩倉です。避難状況についての報告をお聞きしたくて」

「そうでしたか。あ、私は警ら科高等一年の皐月夜見です」

 黒に茶の混じった髪を短くまとめ、これといった特徴はないが、朗らかな顔立ちで早苗に笑顔で答えた。

 

【挿絵表示】

 

「十分前から獅童隊の応援が駆けつけてくださっていた旨は了解しています。この列で避難地区への誘導は完了しますので、それからは機動隊の方々に警備を託します」

「ありがとうございます皐月さん。ただ、荒魂の群が避難指定地の南交差点へ向かっていっていますから、このまま確実な誘導をお願いします」

「了解しました、仲間にも無線で共有します」

「よろしくお願いします。私はこのまま南交差点に向かいますから、何かあったら連絡をください! 」

 早苗と夜見は慣れた手つきで端末の連絡先を交換した。

「ありがとう岩倉さん」

 簡単に別れを告げると早苗は走って誘導列の先へと走っていった。

 夜見は無線で連絡を入れながら、人の流れが乱れていないことを確認し、ふと腰のベルトに目を向けた。ホルスターに入った対荒魂自衛用の拳銃が苦々しくも、重々しく感じられた。

(こんなのは気休めにしかならない。はぁ、私も御刀が使えたら岩倉さんと一緒に)

 顔に出さぬよう黙って落ち込んでから、小さく頷いて列の前に立った。

「みなさん! 指示に従って、避難指定地区に移動してください! 」

 春の御前試合が間近に迫るこの時期、皐月夜見は秋田から神奈川へと寮生活に入り、はや三年が経とうとしていた。難関の転入試験を通り、こうして拳銃の携帯を許される公務員資格を正式に取得し、こうして実地学習に入った。彼女は周りから努力家と見られているが、本人はそれが報われた結果とは微塵も思っていなかった。

「刀使さん、刀使さん」

 いかにも離れしているといった顔のおばさん三人組が、困惑する夜見の表情も気にせず、笑顔でベルトに小さな包を結びつけた。

「わ、わたし、刀使では……」

 顔立ちの切りだった一人が笑顔で首を振った。

「気になさるな、私らは刀使と一緒に戦うあんたらも立派な刀使と知っておるのさ」

大福のようなおばさんは、健康そうな歯並びを見せてニッカリと笑顔を見せた。

「わたしたちも元刀使だよ! こうして立派にお役目を果たしているあんたらのお母さんさ! 」

 可愛らしい赤い一松柄の包みをまじまじと見つめた。

「ちょっとしたお菓子よ、任務が終わったらみんなでお食べなさい」

 やや腰が低いが、真っ直ぐな目が歳を気にしない強さを感じさせた。

「で、でも、わたし」

「御刀に選ばれんかったんやろ? 」

「あ」

 目を逸らした夜見に首を横に振った。

「気分悪くしたね、でもね警ら科の子にやたら剣術の強い子がいるのは聞いていたの。こうして頑張ってお役目を勤めているってね。お刀に選ばれんかったのはあんただけじゃないのよ」

「え」

 目線を戻した夜見に優しく微笑んだ。

「私もそうだったけど、ここの二人はそんなこと気にせず刀使のお役目は刀をふるうだけじゃないって教えてくれたの、だから諦めちゃダメよ! 」

「あ、ありがとうございます! 」

「ところで、岩倉ちゃんは通らなかった? 」

 夜見は何かを察して、嬉しそうに小さく笑った。

「さっきお話ししてから、お話しして、任務に戻っちゃいました! 」

「ええー! 話したの? 話したの? 」

「任務の事後報告だけですが! 」

 細面の女性は夜見の笑顔をマジマジと見て自身も満遍の笑みを浮かべた。

「あなたっ、とじまにあだねーっ! 」

「あ、わかっちゃいます? 」

「わかるわよーっ! 親衛隊追っかけ勢からしたら新顔の岩倉ちゃんはまさにニューウェーブだもの! 」

「はいっ! 会う人会う人を和ませるハニューフェイス! すぐに現場に馴染む連帯感! ふんわりとした髪型! ポイントが高すぎ」

「もうホント! あんたが羨ましいわ! 」

「親衛隊第一席! 乾坤一擲! 獅童真希! 、第二席! 容姿端麗! 此花寿々花! 、第三席! 鎧袖一触! 燕結芽! 、第四席! 虚心坦懐! 糸見沙耶香! 」

「かわいい! かっこいい! 」

「わかるわ〜、いや、わかってるわねー! 」

 無線で呼び出しが入り、応答している合間に避難の列末は道の奥へと至っていた。

「では任務に戻ります! またお話ししましょう! 」

「会いに行くからね、いってらっしゃい! 」

 南交差点に着くと、機動隊員たちがせわしく動き回っていた。

 よからぬ状況を感じ取った夜見は、交差点に集まる仲間達の元に急いだ。

「犬上班長! 」

 髪を短く切りそろえた彼女の、険しい表情が全てを物語っていた。

「警ら第五班は、このまま交差点での障害物構築の手伝いに入る」

「障害物って」

 不安な面持ちの仲間たちと顔を見合わせた。思わず息を飲んだ。

「刀使部隊を抜いてここに向かって来ている。それも合体しながら中型のムカデ型に変化しているそうよ、全員並べ! 装弾用意! 」

 横一列になり、ホルスターから拳銃を抜いた。特祭隊の採用しているワルサーPPQのスライドを引くと、対荒魂の白い弾頭の9mm拳銃弾が勢いよく薬室に装填された。

「あ、当たるのかな」

「何こわがっているのよ! こういう時のために訓練して来たのよ、ね! 夜見さん! 」

 ホルスターに拳銃を戻しながら、無理に笑顔を作ってみせた。

「そうね、でも使わないと思うよ。すぐに刀使のみんなが来てくれる」

「うむ、皐月の言う通りだ! 我々はいざという時に備えだ! でも、気を緩めるなよ! 」

 はきはきとした返事が返って来たのを確かめて、班長は硬い顔のまま頷いた。

 バリケードが構築されると、機動隊員の盾が横一列に並び、避難地区を守る隊員と交差点に備える隊員とに警ら隊は別れた。夜見は機動隊の構える後方に立った。

機動隊員の黒く硬い背中の向こう側に見える無人の一本道には、まだ荒魂が来る様子はなかった。だが既に一町向こうには来ているとの報告が来ている。

「皐月さん」

 不安そうな表情をみせるおさげ髪の少女は、同じクラスの同級生、両儀眞子であった。

「両儀さん、わかるよ、ちょっと怖い」

「ちょっと?」

 目をまたつかせてから、首を傾けた。

「私の癖なのかな、期待しちゃうんだ。これからみんなのために戦えるって思うと、勇気が湧いてくるの」

「すごいな、私はねとってもい怖いよ。このまま何もなく終わればなって」

 来たことを叫ぶ声に前方へ目を見張った。背を低く盾を構えた向こう側に、あきらかに中型を上回る大型のムカデ型がその長い体躯を左右に揺らしながら迫ってくる。

「これは大きすぎる! 」

 静寂があたりを包み、班長と機動隊の隊長は顔を見合わせて頷いた。

「今ここを突破されれば避難地区に大きな混乱と被害が起きる! 拳銃構え! 奴を1分でも長くここに止める! 」

 拳銃を抜いて構えた班長は戸惑う隊員へ叱咤を向けた。

「みんな構えるんだ! 」

 その声に一斉に銃口を荒魂へ向けた。だが、その判断とは裏腹にその武器があまりにか弱いことに、誰もが気づいていた。夜見はそのことを迫り来る荒魂を前に、何度も、何度も、問いかけた。その度に心の底から一つの回答が返って来た。その一分一秒のために、私はここに来たのだと。ワルサーの赤いコッキングインジケーターを見て、その途端に頭は冷静になった。

「犬上班長! 提案をします」

「なんだ」

「この交差点の、私たちの真後ろである東側に進ませてはいけないのですよね」

「それが、どうした」

「北への道へ段階的に射撃して誘導してはどうですか? 路地を使って先回りして誘導すれば一分一秒よりも長く時間を稼げます! 」

 犬上班長は反論の言葉を探した。だがその前に機動隊隊長がやろうと声をあげた。

「それが最善の手段だろう。動こう! このまますり潰されるのが我々の役目ではない」

 その言葉にゆっくり頷いた。

「ええ、やりましょう! 」

 隊員たちは北への道に移動し、再び道の別れる場所で小数の隊員が銃を構えた。

 独特の鼓動音が近づき、牙のついた赤い頭がゆっくり姿をあらわした。

「構え、よく狙え」

 一拍を置いて発射の号令とともに三つの発砲音が鳴り響いた。一発がムカデの大きな頭にポクっという音を鳴らしたと同時に、荒魂は隊員たちに向かって方向を変えた。

「成功だ! 次の地点に移るぞ」

 荒魂の進路が変わったことの報告を受けた犬上班長は、緊張の面持ちのまま夜見に顔を向けた。

「よく、よくあの状況で口が開いたな」

「じゃあ班長も同じ考えを」

「ああ、だがあれを見て自信がなくなってな」

 夜見はその問いに困惑しながら、小さく息を吐いた。

「みんなのために戦いたいなら、一分一秒だけじゃ何もしなかったと同じかなと思ったんです。ふと、そう」

「そうか、ありがとう! 」

「お礼はこれが終わってからでも! 」

「応よ! 来たぞ、構え! 」

 だが道に入って来たムカデ型は動きを止め、まっすぐ夜見たちを見つめた。

「なんで? 」

「分からない、が任務に変わりはない! 」

(ここまででよかろう)

夜見は聞き知らぬ声に誰かと小声で尋ねた。

「撃て! 」

 犬上の声に、再び三発の銃弾が荒魂に放たれた。だが微動だにしない。

「第二発目用意! 」

 その瞬間、コンクリートの路面が割れ、大地と排水管が吹き出した。夜見はその瞬間の光景の中、大地をつん裂く長い赤い尾が見えた。途端、真っ暗になり、痛みを感じたがすぐに体を起こした。土煙は周りを覆い尽くし、息を荒くしながらも丹念に手元を探った。

「うう、あ、うぐぐ」

「り、両儀さん! 」

 見知った互いの顔を見あって安堵の表情を浮かべた、だが両儀の左脇腹に突き刺さった鋭い破片に目を見張った。両儀は傷から目を離して動こうともがいた。

「す、すぐに移動を」

「だめ! 動いてはダメです! 」

 引き抜いたり、動いたりすれば確実に重症化する。この場合の対応手段について夜見はたった一つしか教えられていなかった。

「隊の応急処置訓練を受けた者、専門の医療従事者に託すべき」

 少しずつ開け始めた粉塵の中から赤い光が見えた。

(どうする! どうすればいい! )

 ふと手に握ったままの拳銃に目が入った。

(至近距離なら)

 傷の重さに気づいた両儀は夜見に逃げるよう言ったが、夜見は首を横に振った。

「絶対に動かないでください! なんとかしてみせますから」

「無謀だよ! 」

 立ち上がった夜見は両儀の声を無視して、ムカデ型の胴体横に回り込むように瓦礫の中を掻い潜った。

 そしてその大きな頭の真横を見られるポイントに潜み、銃を構えた。

「覚悟……! 」

 連続で撃ち放った二発は正確に荒魂の右目を撃ち抜いた。

「やった! 」

 喜びも束の間、そのもう片方の目が夜見の潜む瓦礫の山に目を向けた。

 突っ込んできた両顎が瓦礫を噛み砕き、右手へ向かって大きく頭を振った。瓦礫に混じり、夜見は路面に投げ出されると、頭を打ったのか目に朱が混じり、朦朧と迫りくる荒魂の姿が見えない。

 震える体を起こして、手に握っていた拳銃を再度構えた。

「当たって」

 弾倉に入っていた残りを連続で撃ち放った。はっきりとしてくる視界の中で、解放された薬室と、片目を潰されても悠々としているムカデ型の大きな顎が、夜見を噛み砕かんと眼前に迫っていた。そして瞬くように彼女の脳裏に幼い日の記憶が走った。これが走馬灯なのかと、諦めようとした記憶の中に古代の民族衣装を纏う女性の姿が見えた。琥珀色の瞳をした幼い少女の悲しみのこもった目がまっすぐ自身を見つめる。

「おねぇさん、早く逃げなよ。結芽の邪魔だから」

「え」

 その姿が消えた場所で、桜色の髪を靡かせる少女があっという間にムカデ型の顎を斬り捌いた。両顎はむなしく軽い音を立てて地面を転がった。

「よく持たせてくれた! 」

 飛び込んでくる白い影が、その巨木のような胴体を輪切りに両断した。その男勝りの顔立ちに腕に巻いたサラシが夜見に彼女たちが誰かを思い出させた。

「でもここからは私たちが請け負いますわ」

 尾の巨大な突起を美しい身のこなしで避けながら、それを胴から切り離した。赤い髪を一つに束ねた二重瞼に澄んだ瞳が夜見へ微笑んだ。

「命令通り、いくつかに両断する」

 白銀の髪のあまりに幼い顔立ちの少女は、あっという間にムカデ型をいくつもの輪切りに斬り捨てた。だが、その顔にはやつれたような寂しさがあった。

 輪切りになったムカデ型はそれぞれに分離しようと形状が変化し始める。だが、その数十体に変化したムカデ型を四人は瞬く間に斬り捨てていった。そして、逃亡を図ったムカデ型の頭部を糸見紗耶香が一刀に斬り伏せた。

「あーっ沙耶香ちゃん! 私がトドメ刺すって約束! 」

 燕結芽のひがみも気にせず、沙耶香はそっけなかった。

「任務を果たすのに、順番もない」

「そうだ、沙耶香の言う通りだぞ結芽、第三席らしくするんだ」

「でもーっ」

 目の前に立つ四人を前に、夜見はただ呆然としていた。彼女に気づいた寿々花が夜見の顔を覗き込んだ。

「こんにちは」

 此花寿々花の透き通った声に我に返った。

「あ、あの」

「よく耐えてくれました。あなたがお仲間のために荒魂を引きつけ、注意を引き続けてくれなかったら、私たちは間に合っていませんでしたわ。お礼を言います」

 やさしい笑顔に照れ臭くなって両掌を合わせた。弾切れになった拳銃に気付いてホルスターに戻した。

「いえ、夢中でしたから、此花寿々花さん」

「ふふ、でも片目を撃ち抜いた腕はおみごとでしたわ」

「結芽が来なかったら、おねぇさん死んでいたんだよ」

 無邪気な笑顔の結芽に深くお辞儀した。

「私、死ぬと諦めていました、でも燕結芽さんのおかげで生きています。ありがとう! 」

「ふぅん、よかったね」

 調子が狂ったと言わんばかりに夜見に背を向けて、ムカデ型の巨体を見上げた。

 結芽の行動に呆れながら、刀を鞘に戻した獅童真希は名前を尋ねた。

「警ら科高等部一年生の皐月夜見です! 」

 

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