二人の足取りは都内から離れ、森の奥深さが増すごとに追跡が困難になっていく。親衛隊と自衛隊対荒魂班は途中から国道を外れる二つの影を追った。
「スペクトラムファインダーにこんな使い方が」
「現在のスペクトラムファインダーは荒魂の金属反応を探知する方式。それがこうして珠鋼の反応を逆探に応用できる。二人が自分たちの身を守るために御刀が必要であればあるほど、僕たちの追手は免れない」
しかし、そう説明する真希の口調には怒気がこもっていた。それもそのはず、追跡隊が二人を追ってすでに三日、雪那からの執拗な催促に苛立ちを隠せないでいた。
そんな真希の感情を逆撫でするように落ち着いた口調で、沙耶香はタブレットの地図を示した。
「ここから西に五キロの場所に反応がある」
「藪塚という場所か、この付近に拠点を置いて捜索入る。結芽、出番だ」
「はぁーい、やっと私の活躍を夜見おねぇさんに見せられるね」
「皐月夜見、君は結芽に同行してその仕事を見守れ、目標を見つけた時は容赦するな」
「はい」
場違いなほど明るい結芽が照らし出したのは、異常なほどに高まりきった緊張である。夜見は自身もそうした場違いであり、結芽とは異なった自身の弱さを自覚した上での立場であった。そして、姫和と可奈美の二人を本当に殺しそうな真希と寿々花から自然と距離を置こうとした。
「さぁ行くよ、夜見お姉さん!」
彼女の後に続き森の中に入っていく、結芽はスペクトラムを見ることもなく見当違いの方向に向かって駆けていく。夜見は彼女の全ての行動が不可解であり、しかし嫌いにはなれなかった。
結芽は開けた場所で足を止め、周りを一周見渡してから夜見を一瞥してからニッカリ青江を抜き払った。
「夜見お姉さん、見ててね結芽のすごいところ」
「え」
右腕を刃で切り裂くと勢いよく流れ出した血が、草むらにボタリボたりと音を立てて滴り落ちた。その血は琥珀色に輝き、血の中から琥珀色をした烏が幾十、幾百と森中へと飛び込んでいく。
「結芽さん、あなたは何を」
「ノロを取り込んでその能力を拡大する。そして結芽はこうしてその能力と同時に、荒魂を生み出して使役できるの!夜見お姉さんもこうすれば強くなれるよ」
強くなれる。それは魅惑的な言葉と結芽は思ったのかもしれない。だが夜見は寒々とするほどに頭が冴え切っていた。姫和が紫に刃向かった理由は簡単だった。それもあまりに分かりやすいが、それを巧妙に隠し続けることで、一人二人では立ち向かえない存在になっている。そして、繰り返し自分に問いかけた。
(私はどうするべきなの)
「夜見おねーさん!」
「は」
「そんなに感動してもらってるとこでごめんね。でも見つけたよ二人を、それに見つかっちゃいけない余計な人たちも」
「余計?」
さっきのような思いで結芽の顔を真っ直ぐ見られなかった。
「小烏丸と千鳥のおねぇさんたちは真希お姉さんたちに連絡した。でもあとの二人をどうするかは夜見おねえさんに任せるよ」
「それは、紫様の命令ですか」
「結芽は結芽の裁量でしか動かないよ。だってみんな結芽なしじゃ何もできないんだもの」
両頬を吊り上げているが目は笑っていない。夜見は冷静に結芽の敷いたレールに乗るしか手がないことをよく理解していた。動く以外に理解する術はない。
「でもなぜ私に」
「それを理解したいなら言ってよ。まっすぐいった場所で足止めしているから」
夜見は何度も結芽に振り返りながら、指さした方へまっすぐ向かっていった。やがてカラスの羽音も止み、川の流れる谷間へとやってきていた。
あたりを見回しながら、聞き慣れた自分を呼ぶ声が聞こえた。それは崖の間から木の間をかき分ける足音とともに夜見の視界に入ってきた。
「やれやれ夜見さんを出してくるとは、折神紫は何を考えているのだか」
「益子さん」
薫の飄々とした立ち方と、いつもの袮々切丸ではない御刀が腰に佩いているのに違和感を感じた。薫は夜見の間合いに入らず、手で注射を打つジェスチャーをした。
それに対して夜見は首を振った。
「そっか、それじゃ」
薫は鯉口を切った途端、夜見が弾け飛ぶように下がり、それに続く打ち廻しを必死でいなしながら迅移で大きく引いた。自身の汗が額にしっとりと濡れている感触がした。
「いい反応じゃないか、自分のハンデを気にせず使える手は全て使う。好きだねぇ」
夜見は薫が目で上を指していることに気がついた。おそるおそる上目で空を見るとそこにはドローンが一機、こちらへ向けてカメラを向けているのが見えた。
「そうですね。これは手ぬかりできませんね」
夜見は飛び込み、繰り返し回り込んで薫に打ち込みをかけた。そして薫は苦しそうに鍔迫り合いで夜見の動きを封じた。
「もしかしてあなたは姫和さんを支えている一人ですか」
「ほほぅそこまで気がついていたか」
「なら空のアレにも、結芽さんの言葉にも合点がいきます」
「わざとか」
強引に突き飛ばして、薫の鋭い打ち廻りと猿叫の間を掻い潜るように小さく声を張った。
「わたし、見たんですよ」
「ベストポジションだったからな、折神紫のご指名か」
「そこまではわかりません。でも!」
「今日のはお前を餌にする気満々と!」
夜見は銀糸を引き出し小柄を用いて薫の攻撃ルートを限定していく、二人が進んでいくうちに森の深く茂る場所に入り込んだ。ドローンは二人を探して見当違いの方向に飛んでいった。
「今だろ、写シ解いとけ」
「お言葉に甘えさせていただきます」
お互いに写シを取り、稽古をするように互いの動きを確かめ合うように刃を合わせ続けた。
「見たのには気づいてないだろ。だけど、夜見は俺と二人で話をした。それで十分だろ」
夜見の悲しげな目が静かにうなづいた。
「私がおそらく荒魂を生み出す結芽さんを知らなくても、私があなたに接触し、何かを聞き出そうとすることで」
「俺から重大な何かを知ろうと、まぁ夜見のスパイ扱いもありそうだな」
「はい、それで」
「夜見の思い描いている通りだ。どうする」
薫はまっすぐ夜見の目を見た。
「来るか?俺たちの舞草に」
「お断りします」
「へ?」
夜見は間合いを離し、光差し込む森の中で上空のドローンに向けて小柄を投げ、結びつけていた銀糸を力一杯に引くと割れる音が奥の茂みから響いた。
「私は荒魂になって刀使をしようとする紫様たちを許せない。理由はあるでしょうが、今日まで私を含めそれを隠してきた。でも、同じくらいに公の場で混乱を起こしたあなたたちも許せない!たとえそこに正義があっても、十条さん一人を矢面に立てる手段を取った時点で私はあなたたちを信じるつもりはない」
(はは、やべぇ。自分の立てた作戦でスカウトに失敗した)
しばし頭を掻いてから夜見に向き直った。
「そうだな、強引だったな。でもそうしなければならない事態になっているのだったら、お前さんも同じことをしたろうな」
「それは」
「おお、悪かった。意地の悪いこと言ったな。それでどうする」
「言ってしまいました。私はもうどちらとも関わりません」
「言ったな。でも俺は優柔不断だからよ、気が変わったらこれ」
薫の投げたカードには一つのQRコードがプリントされていた。
「じゃあな、俺もあいつらを逃がす仕事があるんでな」
「はい、私もつい落としてしまいましたから、その後始末を」
「ついってか」
夜見の顔に迷いはなかった。薫は何を言っても彼女を引き込むことはできないと気付いた。お互いのことを少し笑って、ほとんどは互いの立場の重さを思い合った。
薫の背中を見守ることもせず、半壊したドローンを抱えて谷を下っていった。
温泉街の中央に置かれた捜索本部に一人の刀使が顔を見せていた。
「ドーモ!長船女学園から来ました古波蔵エレンです」
「何の用だ」
エレンに向かって叩きつけられる真希の猜疑の眼差しに背筋が凍りついた。
「真庭学長がぜひにS装備を投入したいと提案したいと思いまして」
「そんなおもちゃは僕たちには不要だ。寿々花、出るぞ」
「ええ、皐月さんはどんなつもりかわかりませんが、お仕置きが必要のようですね」
エレンは空気を読まぬように目的は山狩ではと言い放った。
「帰ったら真庭学長に言っておけ、私たちは決して裏切り者を許さないとな」
「ハイ!反応が楽しみですネ!」
互いに不敵の笑みを突き付け合い、寿々花は小さくため息を漏らした。
真希は尾を反し、山の中へと分け入っていった。やがて気合の咆哮とともに木が崩れ落ちる音が聞こえた。エレンは本部を離れたと見せかけて、無人となった指揮所に入り込んだ。
そこは真希と寿々花それに沙耶香の私室扱いのために、二人がいなくなってからは警備も含めて手薄であった。
「おそらくはユメユメが薫と皐月さんを引き合わせたのでしょう。対立派閥とは言え、こうもあからさまに遊ばれるのは心外デース。私たちは仲間なのに」
エレンは真希と寿々花ら捜索隊が結芽を起点として動き、結芽の意思次第で姫和と可奈美の脱出ルートが阻まれる可能性があり、指揮所での情報収集は薫と自身が親衛隊から疑われていることを示すのみだった。
「薫はおそらくは、そうだ!サーヤは!」
「ここだよ」
先ほどまで誰もいなかった指揮所には、銀髪の少女が背の高いエレンを見上げていた。驚きのまま二歩ほど後退りした。
「エレンさん。仲間同士、助け合うのは当然。結芽には薫へヘイトを集中させるように言ってある。でも、真希と寿々花は結芽に対してプライドがあるから、彼女の情報や指示を鵜呑みにしない。最後は十条姫和と衛藤可奈美の実力次第」
「サーヤ、そういうところデース。でもあの二人であれば」
「うん、一縷の望みはある。なぜなら真希と寿々花は」
真希は姫和しか見ていなかった。河原という不安定な地形を物ともせず、剛柔併せ持った真希の剣に敵う相手ではない。それゆえに、可奈美の独特の感性が真希の焦りを敏感に、そして一瞬の隙を突いた。投げ放った刀は真希の写シを打ち破った。
「そんな!バカな」
真希の膝を突く合間を縫って二人は遠く、河原から森の中を分け入っていく。日の傾く中を遠く遠く見据えて、真希は歯軋りを立てた。
「僕が至らないばかりに、裏切り者一人を捕まえることもできない。結芽の隣に立つことも叶わない。なのに、ノロは僕を拒絶するばかり!なぜだ!」
自分の弱さを小さく、自身に向かって発した。その目は赤い輝きと闘志に燃え盛っていた。
ふと森の奥から足音が響く。
真希が目を向けた先には、常に気迫を感じられない夜見の姿があった。
「獅童さん!お怪我はありませんか」
煩わしい。偶然が重なってここに来た彼女に、事態を読み、身を置く覚悟があるようには考えられなかった。たかだか一月も満たない見習い刀使が、こうして渦中の最深部に足を踏み入れようとしている。可愛くない、図々しくそして無知蒙昧。
「皐月夜見、君はなぜ今になって刀使になった。悪いことは言わない、すぐにでも警ら科に戻るべきだろう」
真希は立ち上がり、刀を鞘に戻した。そして夜見の悲しげな、しかし冷たい目を見てすぐに逸らした。鼓動が激しく波打つ、蔑如した夜見から失われた何かを直視しまいとしたように感じられた。
「そうですね。それもいいかもしれませんね。それが定めだと、逃れられないことだと自分に言い聞かせられるのなら、私は全身全霊でその道を貫くでしょうね」
「それは」
「でも私は刀使になれました。それが私の道です。そう信じるために私はここにいます」
真希は夜見の言葉を流れる熱い何かを感じて、小さく問いかけた。聞いてみたくなった。意を決し夜見の目を見た。
「その道は自分の願いを散々に打ち砕くと知ることになってもか」
夜見の無表情であるが、目はまっすぐ真希を見つめていた。自身を信じ、慕ってくれる出会いの日の頑なな少女の目であった。
「それは願っていた自分に逃げることです。ここは願いを叶えた先です。私は願いを支えてくれた人たちのために刀使であり続けること、この道の険しさを私は今だ全てを知りません」
「薔薇の道を裸足で行く気か」
「はい、とても痛いです」
真希はふと思った。今の自分たちを如何様に問われることがあっても、その存在を相応しくないと問われても。彼女に親衛隊に居てほしいと思い、願った。