~光紡ぐ八ツ鏡~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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らうんど・あばうと!

夜見と真希が語らっている頃、早苗は事情聴取を受けていた。

理由は彼女が姫和と短期間ながらも、同級生として過ごした経歴からであった。しかし、早苗にとって隠すべき事実は何もなかった。それは彼女が支隊入りするまでの短期間、姫和が多くを語らなかったことが彼女のアリバイを証明することになった。

(だからと言って、十条さんがどこまで心を開いていたかわからなくなるのは、どうも)

 彼女に対する捜査員の態度は落ちついたもので、早苗の姫和に対する所感まで踏み入ることはなく、ただ早苗と同じように御前試合に共に来ていた清香、そして学長にさえ彼女の態度は一貫しており、その事実は彼女にも共有された。

「またどうして」

「いやはや、十条姫和さんというお人、全ての関係者に思いを伏せていたようで、失礼ながら、あなたにもそうでないかと思うとったんです。私らもこれ以上は調べようがなく」

「そうでしたか、お力になれず」

「いえよろしいのです。しかし、まぁなんというか」

 早苗はようやく聴き渋っていることがあるのに気がついた。

「はい、私たちも難しい立場で」

「そうですねぇ、お互い、自由に動けませんから」

 この捜査員は警視庁捜査第十三課の刀使関係を専門にしており、刀使たちからは有事の戦力として頼れる分、組織内の事件では敵になることが多く毛嫌いされていた。その捜査員の口から動けないという匂わせ方をされた。それは彼女自身も感じていたことであった。

「支隊メンバーはすぐに十条さんの捜索から外されました。もちろん、通常任務への復帰は必要でしょう。でも、捜索には親衛隊と自衛隊の対荒魂部隊のみ、支隊は一才の関与も話を聞くこともゆるされていません」

 捜査員は顔を硬くし、小さく頷いた。

「やはりですか。私の独り言です。十条さんはパンドラの箱を開いたのやもしれません」

「では独り言をひとつ。もう流されるまましかないのかもしれません」

「ええ」

 お互いに突きつけあった渋い顔が、頑なな組織の絶対的な法が事態を悪化させることを感じさせる。そして、一個人として組織を相手取るにはあまりに実力も、情報もなかった。早苗は自身の小ささを今一度感じることとなった。

 

 翌日の昼、事務仕事を引き継げるように書類を整え、ひと月ほどを過ごした部屋も整理し終えた。たとえ残るように命令されても、親衛隊から出て行くことを決めていた。これが今の事態を起こした人々へのささやかなレジスタンスである。あまりにもか細い蟷螂の斧。

「夜見さん」

 扉の前で板についた作り笑いを浮かべる寿々花に違和感を感じながら、無表情のまま彼女に相対した。

「紫様がお呼びですわ」

「はい」

 夜見は彼女の公の人間として、冷徹で平等の判断と対応ができる人間であることを尊敬していた。反面、今の彼女の自身に対する怒りの内を晒す相手に、自身が相応しくないと見られていることに僅かばかりの不満があった。

 特祭隊本部棟は明治末に建てられ、古典的な西洋風建築の内部は自然光のみで長廊下を明るく照らし出した。それはまるで処刑台に向かう囚人のようでもあった。

 凝った彫刻の扉には家紋の鶴が両合わせに、向き合うように掘られていた。

入室と共に寿々花は紫に一礼をしながら、親衛隊隊員が並ぶ中へと立った。真希、寿々花、沙耶香、結芽と四人の中央には大きな机があり、一才の災厄を寄せ付けぬ威風堂々とした風格を纏う折神紫が座していた。

「皐月夜見、昨日はご苦労であったな」

「はいっ」

 恐れず、はっきりと紫の目を見た。夜見は知りたかった事実に対して、自身の気持ちにさっぱりとした気持ちであった。

「しかしドローンを落とすのは感心しない。以後はあのようなことは控えるように」

「はい、そのように致します」

「うむ、沙耶香」

「はい」

 沙耶香は背にしていた棚から親衛隊の茶と金の制服を納めた盆を手にし、それを夜見の前へと持ってきた。沙耶香は夜見に対して無関心そのものであった。

「皐月夜見よ、お前を正式に特祭隊本部親衛隊の五人目に迎える。より一層励め」

 受け取った盆に載った制服を眺めた。あの憧れた刀使の象徴であり、頂点に位置する親衛隊の制服。秋田を出て、鎌府に入り、夢と思い諦めていた親衛隊隊員の末席が目の前にある。そして、それだけで十分なのもはっきりした。今の親衛隊に私の居場所はない。

 夜見は盆を手に机の前に進み出た。

「親衛隊末席を謹んで辞退させていただきます」

 盆を優しい手つきで机に置き、わずかに紫の方へと寄せると数歩引いた。

 嫌悪を露わにする寿々花、目を逸らす真希、笑顔の結芽、無表情のままの沙耶香。紫は微動だにせず、小さく口を開いた。

「理由を聞こう」

「私が辞退する理由は簡単です。今のままを受け入れることが、私の刀使としての使命に反すると考えたからです」

「ノロを受け入れることは凶暴化する荒魂への対抗、それを隠していたのは組織の不穏分子を警戒した故、お前を監視していたのは迷わず刀使と戦えるかを見極めるため、お前が望むなら全ての理由を話そう」

 夜見は冷ややかに首を振った。

「刀使はそのノロと人の均衡を保ち、荒魂となったノロを祓い、守る。それは、人が刀使の力を誤った方向に向かわせないための抑止力。それを破り、あまつや人とノロ、そしてその使命に力を貸すことで応えてくれる珠鋼を裏切った時点で、私に紫様のお手伝いをすることはできません」

「道理に叶っている。だが、お前はそれだけか」

 紫の目は疑いではなく、ひたすらに夜見の本心をのみ欲しているように感じられた。

「私がなぜここにいるのか、紫様は問いかけられました。考えました。でも答えはいつも一緒でした。私は自分に正真正銘の刀使になれたことを誇りたいからです。憧れと僻みだけではない、出会いと信頼を改めて知り、そして簡単には行かない人と人との間に迷い、悩み続けている。それは、今こうして刀使であるからこそ感じられたこと、それを裏切り、私が邪と思うことを行うことは昔の自分に誓ってできません!」

 紫はかすかに微笑を浮かべた。

「皐月夜見、お前は刀使への推薦書の備考欄にこう評されていた。困難な場所でこそ公平たりうる。それを私こと犬上は勇気と呼びたい。なるほど頑なで、扱い難い」

 夜見は紫にそれでも行くのかと問われた気がした。他にも戦い方があるぞと、諭された気がした。夜見はわからなくなった。目の前にいる折神紫がはたして本当に荒魂なのか、彼女に向けられる暖かさに少しばかりの迷いが生まれた。

「わかった。しかし、機密を知った以上は元には戻れんぞ」

「はい、覚悟はできております」

「では、お前に航空自衛隊特殊救護部隊への出向を命じる。お前は刀使として、表から消えるのだ」

「ありがとうございました。辞令を謹んで承ります」

 深く礼をすると局長室の重い扉を押し開き、閉じながら四人と紫の顔を見やった。そしてガチャリと閉じ、手が震えていることにようやく気がついた。

 

空が白み始め、簡単にまとめた荷物と御刀を手に親衛隊待機所を出た。砂利道を歩みながら、時々振り返って今までのことを思い起こした。これでよかったのかと、不安が生まれた。

「夜見さん?」

 その聴き知った声に驚き、思わず笑顔になった。

「早苗さん」

 姫和の捜索班に参加して以来、支隊の見知ったメンバーに出会うことは少なかった。

「その姿、どうしたの」

「早苗さんこそ、こんなに朝早く」

 お互い困ったという表情を突き付け合い、嘘をつく理由がないのを理解した。

「ここ数日間、自分が何もできずに流されていくのが嫌になってね。でも、私ができることなんかたかが知れているから、浜に海を見に行って気持ちでも整理しようかとね」

 あの日を、あれからずっと一緒に戦っていた仲間がいる。自分に折り合いをつけたからこそ、早苗の力になりたかった。

「駅まで歩かない?簡単に話すから」

 簡単というには簡潔かつ、重大な事柄が全て詰め込まれていた。早苗は夜見の置かれた立場を理解し、そして事態を俯瞰するに足りうる情報を全て得た。

 鎌倉駅前に到着し、そこには一台のオリーブドラブに塗装されたパジェロが夜見を待っていた。

「ありがとう。できることは少ないかも知れないけど、私も戦ってみる」

「戦う?」

「うん、十条さんが一人で抱えた思いは間違ってなかった。でも、不可解なことも多い。だから私なりに足掻いてみたいの、夜見さんが立ち向かったように」

「立ち向かうとは違う。確認したんだよ、でもあそこには紫様という一人の人間がいたように思えた。だからもう一度、紫様と話がしたい、思いを知りたい。だから私も諦めない」

 早苗は何かに気がつき、少しばかり考えた。

「私ね、体重が五キロ増えたの!」

「えぇ!」

「美味しいものが大好きで、全国の任務の合間に食べすぎたみたいなの、うぅ」

 早苗の言わんとすることが理解できて、夜見は少しばかり頭を掻いた。

「実はね、ちっちゃい女の子が好きなの」

「あら」

「結芽さんみたいなちっちゃくて可愛い子って、目のやり場がなくって、でもいつも遊びに来てくれるのが嬉しくって大変だった」

 照れながらお互いに顔を見あって、笑顔になった。

「秘密ですよ。二人だけの」

「そっちこそね」

 夜見は御刀に手を添えた。その顔にさっきまでの迷いは消えていた。

「行ってくるよ早苗」

 

 この日、皐月夜見は鎌府の学籍と親衛隊支隊の名簿から除籍と処理される。そして可奈美と姫和が折神朱音と接触し、事態は大きなうねりを描くことになる。

 

 

 

 

第一部『銀糸の刀使」完

 

 

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