はぁーと・おぶ・ごーるど!
出向してから既に二週間が経とうとしていた。
ここは航空自衛隊岐阜基地、飛行実験団のお膝元であり、航空救難団とは繋がりのない場所であるが、それに関係なく辺境の飛行場で日々を送っていた。
彼女はいたって慣れた面持ちで駐屯地での生活を送っていた。
「皐月ちゃんは特祭隊の中で最も厳しい支隊に居たのだから、自衛隊の規則程度は余裕かな」
夜見はその板についた笑い方をする上司の態度に辟易し始めたいた。それは、第一線から遠ざけられたことがより不満を加速させていた。
「いえ、学ぶべきことは多いです木曽班長」
「そう?いやぁこう畏まられると恥ずかしいな、ははは」
だからといって、親衛隊と決別した以上は背に腹は変えられなかった。
「あ!今日はね小銃の照準器具の適応訓練ね!」
航空自衛隊岐阜基地の郊外施設、射撃訓練を行う野外演習場のテーブルには輝の言う小銃と照準器具、それに関係がなさそうな装備品がずらりと並べられていた。
「点呼しまーす!皐月夜見さん!」
「はい」
「よろしい。では説明を始める。いつもどおり今日の訓練で全部覚えるように」
輝は手慣れた手つきで砂色と黒色のツートンカラーの小銃を手に持った。
「これがSOPMOD BLOK3 URG-iという小銃です。口径は5.56mmいつも使っている89式と同じですね!伸縮する銃床に、ハンドガードはM-LOKと呼ばれる拡張装備を採用、排炎器にはこうして消音器が装着できます」
小銃にはサプレッサーを差し込み、補助照準器と呼称するホロサイトを載せ、ハンドガードにはスリングを取り付ける器具、PEQとフラッシュサイト、保持しやすいようにグリップを取り付けた。そして三十発を込めた弾倉を差し込み、初弾を装填し、標的に向けて五発を撃ち込んだ。
「じゃあやってみようか!」
「質問よろしいですか」
「おう!なんなりと」
「私は何の訓練を受けているんですか」
夜見の察しの良さは聞き及んでいた。しかし、周囲の状況や外のことを熱心に調べ回っているあたり、一週間もしないうちに気付いていたのだろうと感じられた。
「うむ、我々は他の隊員と同じ訓練をしているよ」
「はい、しかし、この基地の隊員のそれではありませんよね。ラペリング、暗視装置、ヘリからの降下、見たことのない銃器の取り扱い、C4の使い方と応用、森林での隠密、無線機の使用方法、要救護者発見時の連携、それと銃器と刀の併用に関する理論」
(この子は私より飲み込みが早い、しかし溶け込みすぎるのもな)
「木曽班長殿、願います」
夜見の真顔での問いかけにたじろぎながら、小さくため息をついた。
「皐月ちゃん、私らがここにいるのはね紫様からの命令だからさ。それも二人だけの紫様からの舞草への助け舟を出すためのね」
「舞草、御前試合での人情沙汰を助けた」
「その口ぶりだと舞草の人間を知っているみたいだね。でも、私たちが紫様にとって敵であるはずの舞草を助ける理由がどこにあるのかな」
夜見はその問いにすぐに首を振った。
「なら今の紫様は人格が分裂している。一人の人間が矛盾した行動と言葉を重ねているように感じられます。でも紫様は私を気にかけてくれました。それがここにいる理由なら私はまだ戦える」
「矛盾の裏に真意が見えると、良いカンしているよ。紫様は己が身に宿している荒魂と共存しながら戦っている。文字通り、あの体の中で人格が分裂している。同時に本来の紫様自身も」
嘘偽りを絶対にしない。それは返してそうした行動が総じて苦手と言っているのと変わらない。輝は改めて夜見がそれにふさわしい人物と見直した。輝の言葉に目を瞬かせながらも、姿勢を崩さずまっすぐ向き合っている。
「細かいことは後で話してあげる。でも時間ないから訓練を再開しよう」
「これからのために、この訓練は大事なことですか」
「めちゃくちゃ大事」
夜見はスリングを結びつけ、スコープを装着すると慣れた手つきでチェストリグに弾倉を差しこんでいった。そしてヘッドセットとヘルメットをつけて前へと進み出た。
「うん、じゃあいつものを3セット、準備は」
「いつでも」
ホイッスルが鳴ると即座に駆け出していった。
「今日の稽古はここまで」
6人の長船の刀使とそれに対する制服の異なる刀使たちは御刀を納め、お互い疲れを含んだ笑顔で手をとりあった。
「うん、舞衣を中心に連携できるようになってきたな。正直、このメンバー全員がフォワードの実力がある。今のように互いに密なカバーを行えば、戦力を保持しながら前進が可能だろう」
舞衣はその言葉に笑顔になりながら、少し離れた位置に立つ親衛隊の制服を着た少女の前にたった。
「沙耶香ちゃんが全体を見てくれるから助かるよ」
白い髪の彼女は小さな笑顔で首を横に振った。
「ううん、舞衣は隊全体がバラバラにならないよう、みんなとの距離を整えてくれる。私は可奈美や姫和と同じようにしていただけ」
可奈美はわざとらしく首を傾げて見せ、姫和はぶっきらぼうに口を開いた。
「舞衣の指示を正しく理解するために、互いの動きを見逃さないようにする習慣がついただけだ」
「そうだなぁ、だからもっと素直であるべきだよなぁエターナルひよよん!」
「だから、その呼び方はやめろ!」
稽古場となっている神社の境内に夕日が差し込む。それは水面に反射して一筋の線を描いていた。赤々と浮かび上がる港町の輪郭がはっきりと見渡せた。
ここは近畿地方の海辺に面した小さな入江の港町、江戸時代は千石船が頻繁に入っていたが今は小さな漁港として落ち着いている。
長い階段を駆け降りていく可奈美を追いかけると、夕日に赤く染まる海は一面を紅碧と白の境界が薄曇りの瀬戸内海を染めている。
「きれい」
追いついてきた舞衣も同じ景色を見つめた。
「うん、あれから落ち着いて景色を見ることもなかったから」
「みんなとここに来られてよかった」
「ん、どうしてだよ」
ねねが頭を飛び越えて、沙耶香の頭に乗った。
「友達とこうして過ごせることがなかったから、新鮮」
「いや沙耶香、今日は縁日がある!縁日はみんなで遊び尽くす!まだまだ、いくぞーっ!」
「ねねーっ!」
「ハイーっ!行きまショウ!」
駆け出した二人に戻ってきていた可奈美もついていった。
その背中を見ながら、微妙な顔で沙耶香の見ている景色を共に見た。
「沙耶香」
「なに、姫和」
「お前は、高津学長のもとに帰らなくていいのか」
沙耶香は苦笑いで首を横に振った。
「先生なら、きっと行ってきなさいって背中を押してくれると思う。でも、いつかは戻る。そう決めて、みんなと一緒に戦うって決めたから。姫和はいいの?姫和も一人で背負うって決めていたのだよね?」
なぜだろうと、考えいった顔をしていると、可奈美が三人へと大声で何かを呼びかけていた。その姿を見て、自然と笑顔になった。
「誰かが手を引っ張るせいで、いつのまにか色々な人に助けられていた。それもいいと思えたんだ」
互いに穏やかな笑顔で微笑み、舞衣は口を挟まずと二人の言葉に聞き入っていた。
着替えのある宿舎まで薫とエレンは近づくと、ふと口を開いた。
「なんだよ、かわいいとこあるじゃねぇか」
「親衛隊の並びにいると、冷徹の権化でしたからネ」
「ねねー!」
「おう、誰かの言葉にバカ正直なところもな」
「じゃあ、サーヤの情報通り」
薫の顔から笑みが消し飛び、大きく息を吸った。
「ああ、来週にも折神家が襲ってくる。色々準備しねぇとな」
その日は、港町にもう一つある折神家の神社での夏祭りが行われた。
参道には縁日の屋台が連なり、舞草のメンバーが用意してくれた浴衣に着替えて、六人は祭りへ繰り出した。
沙耶香は見るもの全てが新鮮そうであった。そして、全力で味わい、遊び、笑い合った。
そうしているうちに朱音による奉納演舞が始まり、そして、その後に可奈美と姫和は朱音たちに呼び出された。薫とエレンも仕事があるからと、足早に舞草の刀使達と合流していった。
そうして、舞衣と二人で海の見える海岸線まで歩いてきた。
満足そうに笑顔を見せる沙耶香の無邪気さに、舞衣も笑顔になっていた。
「いっぱい遊んだね」
「うん、とっても遊んだ。これが夏祭りなんだ」
「沙耶香ちゃんは、お祭りに来たことはないの?」
笑顔がすぐに寂しげな色を醸し出し、舞衣は慌てた。
「ごめんね、つらいなら話さなくてもいいんだよ」
「ううん、舞衣には聞いて欲しかったから」
沙耶香には義理の姉がいたと話した。
長らく孤児院にいたために、色々なことに無関心で過ごして、雪那に引き取られてから、美香という女性からさまざまなことを教えてもらった。
夏祭りの楽しさも彼女から聞き及んでいたという。
「そのおねぇさんは、今」
「うん、もういないんだ。事故だったの」
沙耶香の幼い頬を涙が頬を伝った。
「私が、もっと強かったら、あんなことにはならなかった。なんで、生きてるんだろう」
舞衣は沙耶香を抱き寄せた。頭をやさしく撫でながら、もういいよと優しく言った。
「話してくれてありがとう。私ね、こうして沙耶香ちゃんが生きていてくれて嬉しいよ」
「なんで、そこまで、やさしくしてくれるの」
「だって、沙耶香ちゃんに出会えたんだもの」
袂に深く抱きつきながら、か細くありがとうと言った。
祭りの賑やかな囃子が遠く聞こえてくる。そして、さざめく波音が夜に染まるのを知らせている。月明かりは水面を照らし、二人の影をぼんやりと映し出した。