~光紡ぐ八ツ鏡~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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らいでぃーん!

 

 指揮所に進み出てきた雪那の自信に満ちた清々しい表情で巨大なモニターを見上げた。そこには、これから親衛隊と自衛隊の部隊が突入する港町の姿があった。指揮所の人員が突入準備完了を告げると、そこへ折神紫も姿を現した。

「紫様、このようなところにいらっしゃらずと、私どもで朗報をお持ちいたしますのに」

「構わない。肩透かしを受けても私は動じない。高津雪那」

 笑顔で頷いた彼女は腕の時計を見て、再び紫に目を向けた。

「どうした」

 不満ではないが、疑問があるといった視線を紫へと向けた。

「なぜに親衛隊に、それも燕のみに主力を任せて獅童と此花に、安桜美炎の捕縛を命令するのです?」

「お前の持ってきた情報を信頼してだ。あの娘は少々特殊でな、葉隠であってもなくても、脅威に変わりはない」

「かしこまりました。しかして安桜美炎が諜報員であること以外に、どうして脅威と」

 見透かしたような冷たい笑みを浮かべるが、雪那に顔を向けることはなくモニターを見上げている。しかし、雪那も落ち着きを払ったさっぱりとした表情でモニターに目線を戻した。

「江ノ島での大災厄の折、安桜美炎の母親の胸に清光の破片が入り込む事故が起きた。だがその破片は彼女と同化、それは子である安桜美炎へ受け継がれた。そのノロも」

 雪那の額に汗が滲んだ。

「それは珠鋼が同化していると」

「お前にとっても脅威よな。あの糸見沙耶香の他に特別な存在があると知れて」

はじめて雪那の顔を見た紫の笑みを前に、背筋が凍りつくような悪寒が走った。

「沙耶香はなんとしてもこちらへ引き戻します。それに紫様に敵うものがありましょうか」

「そうだとよいな」

 雪那は紫に背を向けて、オペレーターの見るスペクトラム系と識別信号のGPS地図を見つめた。すでに人員は動き出し、先行して結芽の放った荒魂が赤い波となって港町を包み始めていた。

(まさかとは考えていたが、事は急ぐべきか)

 

 

 山林を駆け抜ける二つの暗い影がピタリと止まり、暗視鏡で互いの姿を認めた。ヘリから降りてはや一時間、十キロの山道を走破した二人に疲れはなく、むしろ独特の緊張感に包まれていた。

〔こちらライン1、ここより一キロで室津港に入る。周囲はスペクトラム計と黙示監視の森だ。目標を間違えず、確実にピックアップポイントに運ぶ〕

〔ライン2、無線傍受の可能性は?〕

 輝きは水筒の口を開け、小さく一口ほどの水を含み飲んだ。

〔ライン1、協力者の専用回線を使用している。もし突入側が傍受しているのが知れれば外交問題となるだろう。君も水分を取っておけ、おむつを恥ずかしがるのはなしよ〕

(セクハラ)

 夜見も腕に取り付けた端末の情報を見ながら、ハイドレーション容器から伸びるストローから塩っ気のある液体を口に含んだ。やがて地図上に赤い波が港を覆うように現れるのを確認した。

〔こちらライン2、赤いカラスが来ます〕

 輝は暗視装置を外し、黒い空を駆ける赤い輝きと森中に響き渡る羽音が状況の異常さを感じさせた。

「皐月ちゃんの言っていた結芽の侍らせる荒魂か」

 すると、闇に同化する二人の前へ狙い済ましたように一匹のカラスが舞い降りた。その笑うような人間的な表情が、夜見に小銃を構えさせた。

「グワァー」

 カラスは小さく飛び立つと、室津方面の山道に降り立ち、二人へと再び叫び呼んだ。

「本当に内通者なのですね、結芽さん」

 

 

 市街地はすでに混合部隊によって制圧が進みつつあった。そして、その部隊の中で美炎は捕虜となった長船の生徒たちを護送車に誘導していた。

(怪我人を出さないなんて、燕さんがしてくれるわけがない)

 装弾済みの小銃と対刀使クロスボウを構えた自衛隊員の困惑気味の表情、そしてそれを前に明確な敵意の表情を隠さない舞草の刀使もいた。投降したのは、殺し合いが無意味であることを悟っての行動だったのだろう。

「美炎ちゃん、まるで死人が出たみたいな顔してるよ」

 由依のついた一言に考える前に左頬を叩いていた。自分の行動に気がついた時、由依は平気と言った表情を浮かべて、美炎の襟を強く引き寄せて耳に口を近づけた。

「上にドローン見えるよね。獅童さんが私にこう言えと指令したのよ、沙耶香の側近でないことを証明したければとね。いなくなって形振り構っていられなくなったみたいだね」

 美炎は唾を飲んだ。

「親衛隊はあなたを殺す気だよ。今回の遠征はそのためだろうね」

「し、獅童さんと此花さんがそんな」

「わかってないな。余裕がなくなったんだよ、自分の責任に対する余裕がね」

「それは」

 美炎を突き放し、由依は背中を向けた。

「東へ逃げな。助けも来るしね」

「ごめん」

「うん」

 駆け出した美炎は森へと入る道に差し掛かると、自身を頭上から追うドローンの姿を認めた。そして、目の前に立つ影を認めて間合いの外へと下がった。全ての感情を押し殺すように口を紡ぐ真希の目が赤く輝いていた。

「そういう命令だ。安桜美炎」

 迷いのない斬り付けが美炎を追う。写シを張っていないのにも関わらず素早い斬り付けが美炎を追う。だが美炎は違和感を感じた、獅童真希の太刀筋が読めるほどに荒い。

 清光の柄に手をかけたが、一太刀で写シを張っていない真希の胴を斬れることに戸惑った。

「安桜、迷うか?」

 容赦を払うように振り落とされた太刀は、脇から飛び込んで来た突きによって弾かれ、絶え間ない突きと払いが美炎から真希を遠ざけた。

「何!?」

「なにだって?刀使のとの字も忘れたバラガキに、こうして剣のイロハを思い出させてるんじゃねぇか」

 自衛隊の迷彩服に古風な木製銃床の小銃を手にし、銃口下に取り付けられている銃剣がその影を白く包み込んていた。

「これは写シ!」

「落ちたか獅童。お前には優しさじゃなくてちゃんとした厳しさが必要らしいな」

 鋭い目に甘色の髪が月明かりによってはっきりとした。

「木曽先輩」

 輝は美炎へと振り返ると、美炎のあっけに取られた表情を見て笑顔で笑った。

「あははは、あ、なんか皐月のやつと気が合いそうだわ。あいつは要領いいけど、安桜は無鉄砲」

「き、木曽先輩!そこまで言う?」

「事実だけど、いいことでもあるのよ。こうして来てくれた。右手の坂を越えて!そこにもう一人仲間がいるから」

 笑いこそすれど、目は怒りに満ち満ちていた。

「は、はい」

 再び走り出した美炎を追おうとした真希を、輝はすぐに転ばした。真希が輝きと睨み合う間に美炎は闇夜に消えていた。

「いくぞ、バラガキ。シメてやる」

 真希の斬り付けが走り、輝は至極落ち着いた足取りで彼女の斬撃をいなす。そして、あっさりと小手投げによって地面に投げ出された。

「たとえ狂えどもと思ったが」

 顔を上げた真希は間合いの離れた輝が、顔色を変えずに待っているのを見て、起き上がった。

「ふざけているのか」

「お前はふざけているように見えたか」

 赤い輝きは消え、諦めに似た涙ぐむように歯軋りを立てた。

「わかるように努力している。だからこそ、信じていた仲間の背中に指を刺すような真似をしたくなかった。でも、現実はもっとひどいものだった。裏切り者を利用して、真に危険な人物を秘密裏に殺すべしと、そうしたら皐月が、沙耶香が消えた。僕はもう刀使でいたくない、こんなことをするために刀を振るってきたわけじゃない」

 輝は言葉を続けようとするその区切りに割り込むように、大きなため息をついた。

「まだ結果に辿りつかないうちに結論を急ぐのは、結果にこだわって過程をおろそかにしたやつと同じだ。写シを張れ、同じ刀使に相対するならそれが礼儀だ」

「だが!」

「お前はまだそこで戦わなくちゃいけない。それは哀れな存在に落ちるのではない、事実を受け入れられる一人の人間になるための道!お前の心で決めろ、まだ峠にも差し掛かってないぞ」

 突っ込んで来た輝の突きをいなし、体が自然と銃剣の重心をずらし、輝に突きを加えていた。真希の体には白い輝きが纏われていた。

「ならば、ならば僕はもう殺さない。あなたと安桜を捕らえて洗いざらい話してもらう」

「おう、飢えたる者は求めろ。第一席!」

 二人が写シを張った。その事実が端末のスペクトラム計に映し出されていた。

 夜見は腰に帯びた漆黒の拵えに包まれた兼光を見つめた。

(スペクトラム計の波長を吸収する素材を使った拵、これのおかげでここに来れた。これを抜いた途端に私は発見される。木曽さんはどうやって逃げるつもりなんだ)

 木曽から誘導された方向から一人の人影が現れた。そしてスペクトラム計に美炎以外の七つの反応が近づきつつあることにも気づいた。

「美炎さんの先回りをするつもりね」

 照準器を覗いた夜見は静かにセレクターを単発に切り替えた。

「よかった。みんな写シを張っている。そうでなければ素早い初動もなかったか」

 照準を最後部左手の刀使に合わせながら、木曽の言葉を思い出していた。

 作戦直前に机上で人間相手の標的を示しながら、その攻撃方法を指導していた。

「珠鋼とはいえ、刀使の写シに弾丸は効力を示さない。通常の弾丸はすり抜けるし、単純に珠鋼で整形した弾丸は体内に残らない限り、写シに対して致命傷にはならない。クロスボウの矢っていう手もあるけど、遠距離には向かないし、大弓を持っていくわけにはいかない。そこでうちら謹製のは、着弾と同時に先が六つに割れ、そのまま貫通する!なら条約違反の弾丸と変わらない、大事なのは珠鋼を着弾時に変形させることで、御刀での斬撃と同じ効果を実現させる。六連撃を一点に打ち込めば、写シは文字通り吹っ飛ぶ!んまぁ、やばすぎるので、私らの代で加工法は消去済みだけどね」

「三尉殿」

 輝は夜見の言おうとしていることを理解していた。

「皐月ちゃんには写シを張った人間に限定して射撃の許可を出す。と、まぁお題目を並べるわけだけど、御刀を抜くか、射撃するかの最終判断はあなたにあるのよね。刀使といえどもその気になれば素肌の人間を斬り殺せる、射撃はかすり傷でも人を苦しめる。その状況を現実にしたくないのなら、それが起こる前に決着をつける。そのための珠鋼弾、最善の手を尽くせ。そのために撃たないのも、抜かないのも正解だよ」

 夜見は左右を向いて狭窄する視界を回復させた。照準器のメモリを計算して、十分な距離を確保したと確認、引き金を引いた。銃口に取り付けられた消音器によって発射光は消え、蒸気が抜けたような籠った破裂音が響く。

「はうっ」

 写シの剥がれた刀使が勢いよく崩れ落ちた。足を止めた人影に続き、五人の刀使も散開しつつ周囲を見ている。夜見はそれを待っていた。

(木曽さんの言う通り、スペクトラム計はノロ内の金属反応を探知する方式。それは御刀の珠鋼も探知できると言うこと、山狩りの時も益子さんたちの動向が丸見えだったのはこれが理由だった)

 五人の刀使が木陰へ隠れるが、射撃位置がわからず見当違いの場所にいた。夜見は美炎の方へ歩きつつ、足を止めて二人の写シを貫き払った。だが音の反響しやすい森の中、消音機といえども完全には消音しきれず、最初に足を止めた刀使は移動している夜見の位置を察知し、木陰を縫って前進し始めた。そして五人とは異なる特徴的な制服に気がついた。

(あれは、此花さん!さすがに実力が違う)

 夜見は美炎が向かっている方向とは見当違いの山肌を登り、距離をとりつつ照準する。

 見覚えのある小柄の刀使が必死に寿々花を探しているのに気づいた。

(工藤さん、ごめん)

 その刀使と後ろで腰を屈めていた刀使から写シを奪い、残るは寿々花ともう一人の刀使のみになった。だが、寿々花が夜見の構えている方向から美炎の方向へと踵を返して、迅移を発動した。

(誘うか、私が美炎さんを待っていると気づいて!)

 夜見は山肌を駆け降りた。もはや迷っている暇はない、寿々花を倒すか倒されるか、この二者択一しか残っていない。

「来なさい。卑怯な狙撃手さん」

 

 

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