~光紡ぐ八ツ鏡~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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でぃーぷ・れっど!

 

 

 寿々花は聞こえなくなった銃声を無視して、本来の目的の方向に駆け出した。ついてくる隊員がいるものの、音と端末の反応を頼りに追うその姿を見れば時間の問題であるのは明らかだった。

 しかし、自分一人が生き残れば目的は達成される。そのためのやむなき犠牲と割り切った。

「さぁどうでますか」

 美炎の始末とともに、協力者もまとめて始末する。ドライな判断ができる寿々花ならではの行動であるだけに、夜見は考えるまもなく鞘を握った。だが、手を離して膝を突き、小銃を構えた。

(ならこっちに来てもらうまで!)

 寿々花の動きが鈍る瞬間を狙い澄まして引き金を引いた。そうして放たれた音に気付き、寿々花がまっすぐ夜見の方へと視線を移した。その目は笑っていた。

(見つかった)

「誰っ!」

 聞き覚えのある溌剌とした声。今の状況で最も出会したくなかった人物が、息を切らせながら後ろに立っていた。

「バカっ、ああ」

 唇を強く噛み締めながら、答えている暇はないと言い放った。

「その声、夜見?」

 美炎の天性の感の良さは、わずかにひと月ほどの生活の間でもひしひしと感じられた。それが本人の証拠であり、場をややこしくするには十二分の理由であった。

「よかった!生きていたんだ」

 彼女の心の底からのよろこびに緊張感が絆された。

「み、美炎さん!状況わかっているんですか!来てるんですよ」

「ええ、間に合いましてよ」

 咄嗟に盾にした小銃が照準器などのアクセサリーごと真っ二つになった。夜見は美炎を背中で押し下がりながら間合いを離した。正眼の構えのままおだやかなで静かな笑顔が冷たいそれに変わった。この寿々花に何を言っても無駄なのは理解できた。

「まさか夜見さん、あなたも舞草でしたの、やはり紫様の判断は正しかった。真希さんが迷うなら私が払って差しあげませんと」

 真っ二つになった小銃を捨て、ついに鯉口を切った。体にのしかかる重みを無視して、寿々花を押さんと何度も叩く。しかし、流れるように刃を流し、夜見の斬撃を全て避けた。二人の如何ともし難い実力差を美炎は感じ、一つの決断をした。

「夜見!何分持たせられる?」

 間合いを離した隙に、夜見は二分と短く、しかしはっきりと答えた。

「わかった!コード!ディープ・レッド!」

 端末にそう叫び、美炎は山肌を駆け出した。

「どこへ行きますの!」

 夜見を突き飛ばし駆け出そうとした寿々花の足を、何十にも張り巡らされた銀糸が絡め取っていた。

「皐月夜見!あなたは!」

「弱い人間は手段は選ばない!」

 刀で無理矢理に裂き抜け、青ざめる夜見を一太刀で斬り伏せた。勢いよく崩れ落ちた夜見は木に背中を打ち、そのまま写シも消し飛んだ。それを逃さぬように寿々花は切先をまっすぐ夜見の胸に走らせた。その目は赤く濁っている。

「真希さんに恥をかかせて!あなたは!」

 その時である。刃は跳ねるように空へと弾かれ、その目の前を紫炎の輝きを帯びた閃光がすかさず袈裟斬りへ移る。寿々花は無意識に二歩間合いを離して斬撃を避け、そのまま紫炎は寿々花を追い立てるように何度も斬撃を加え、赤い濁りが瞳から引き、その突拍子のない不規則な斬り付けを避けるので手一杯になった。

(この雑多な型を自在に操る戦い方は!)

 鬼を象った面に胸当てには金の輝きが鈍る。朱に彩られた簡易な鎧に身を包み、夜見を守るように立ち塞がったのはS装備を着た美炎である。しかもS装備にあるまじき特異な衣装が、寿々花の怒りに触れた。

「たしかに抹殺の対象ですわね。あなたは間違いなく葉隠ですわ」

「此花さん。あなたを説得できるとは思っていません。でも私はあなたを尊敬すべき先輩と思っています。だからこそ!あなたと同じことはしない!」

 跳ねるような、丁寧な足取りから繰り出される優美な太刀筋は、正確に人体の急所を狙う。親衛隊第二席の実力はたとえS装備を着たとて容易な相手ではない。

(だからこそ煽った)

 寿々花の焦りを感じながら、寿々花から仕込まれた冷静さを保つ呼吸と歩数の技術を使いながら、決定打となりうる斬り付けをすべていなした。寿々花は斬ることにこだわるあまり、少しずつ平静を削がれていった。

「なぜ、どうして!」

「今の此花さんに私は勝てる!」

 呼吸が乱れた一拍の間、その隙間に滑り込ませるように額を小さく斬り叩き、寿々花の体とともに写シが叩き砕かれ、地面に叩きつけられた。無理な姿勢で刀を振るい続けた寿々花の敗北であった。

「残念です」

 美炎は寿々花に背を向けその一言を小さく言い置くと、夜見を起こして茂みを進み出した。二人を追うことをせず、その背中が稜線の向こうに消えるのを見送った。

「私は認めません」

 

 夜見は朦朧としながら、美炎に指をさしつつ予定の方向へと歩みを進めた。

「ねぇ、私って甘いのかな」

 鬼を象った半頭の中から覗く、覚悟を決めかねた寂しさを通わす目に、夜見は足取りを強くし、美炎の肩組みを解いた。

「夜見!まだ歩くのは辛いでしょ!」

「美炎さん。甘いのは此花さんたちです!あなたは」

 厳しさのある言葉には、美炎への思いゆえに優しさが滲んでいる。

「あなたはずっとその覚悟を抱いて、でも簡単じゃなかったんですよね。プレッシャーの中でずっと、ずっと耐えながら、孤独な戦いを続けてきた。今のあなたは此花さんよりも強い!剣ではなくて、あなたの姿が全て教えてくれていますよ」

 最初の厳しさをよそに、やがてうれしそうに美炎への感動を伝える。嘘をつけないからこそ、自分に隠し事をしない美炎の言葉を、姿勢を心から尊敬できると言い続ける。美炎はそんな夜見の言葉に照れ臭くなっていった。

「も、もういいから!わかった!ありがとう!助けに来てくれてありがとう!早く合流地点に行こうよ!」

 二人が進み続けた先に一台のハイエースが停まっているのに気付いた。夜見は木陰に入り、暗視装置を下げて信号灯を数回打った。やがて車側から照会の信号が返され、立ち上がった彼女は大きく手を振った。そして車の影から手を振りかえす人が現れた。

「木曽班長だ」

 しかし、その身なりは土埃で真っ白になっていた。美炎は獅童との激しい戦闘を感じた。木曽は笑顔でこそあれ、彼女も合流時間間際の到着であったようで、顔を空に向けて息を切らせた。

「まさか、獅童さんと戦ったんですか」

「当然でしょ、皐月ちゃんと合流する前に始末されたら、私らが来た意味がないからね」

 そう気を張る輝の姿は、一才の余裕がなかったと言わんばかりであった。

「聞きたいことはわかるよ。でもね、私が親衛隊を獅童に任せると決めたのは、あいつに絶対敵わないと確信したからさ、強さは私が折紙つけて第一席に推薦したんだから、頑張ったんだよ、わたしはね。ははは」

 三人はその場で制服の上からツナギを着て、御刀や装備を探知防止素材で作られた収納に収めた。車に乗車すると輝は崩れるように気絶してしまった。

「だいじょうぶですか木曽先輩!」

ドライバー席にいた強面の隊員が輝の寝息を確かめた。

「よほどの激戦だったらしいな。眠っただけだ、飯の匂いでも嗅ぎとれば勝手に起きるだろう」

 笑顔を見せた隊員の顔を見て夜見の顔が凍りついた。

「な、流三佐!」

 キョトンとする美炎は思わず夜見へ聞き返した。

「き、救難団は要人・機材救出が専門の木曽さんと私のいる部隊の隊長です」

「はじめまして安桜美炎さん。俺は流紅馬。こいつらの上官やっているもんだ」

「ど、どうも」

 紅馬の屈託のない笑顔には異様な凄みがあり、夜見が何に恐怖していたのか薄々感じ取った。

「あんたは必ず俺たちが舞草の元へ送り届ける!救難三隊は朱音派閥であることはよっくよく覚えていてくれ!じゃあ行くぞ!あと皐月!始末書書いてもらうからな」

「ぐぁあ」

 聞いたこともない奇声をあげて落ち込む夜見をよそに、高笑いしながら紅馬は豪快に車を走らせる。こうしてサービスエリアまでの三時間を美炎はもみくちゃにされるが、それはまた別の話である。

 

 倒れた隊員の救出のために作戦本部の人員が、真希と寿々花そして隊員たちを見つけ運び出す。その中の一人に早苗がいた。

 状況はそれらの事態を理解するよりも先に行動することが求められる。親衛隊支隊である以上は紫や親衛隊の命令系統は絶対であるし、それは長年の組織構築の功もあって盤石なものになっている。なればこそ、多くの隊員の抱く疑問や不信感は自然と個人それぞれの胸中に押し込まれる。一つの組織である以上、その中の社会性を不用意に壊すことはできないし、干渉して周囲を瓦解するのはチームとして不健全。

(そうして私たちは自ら動くことのできない、あくまで駒として動いている)

 早苗は現場の状況を本部に報告しながら、倒れている彼らのことを報告していく。しかし、彼らは本当に舞草の襲撃を受けたのだろうか。早苗たちの受け取った通報の内容は、舞草の強力な反撃を受けて逃亡を許したという内容であった。だが、大人数に襲われたにしては、現場には一丁のそれも真っ二つにされた小銃が落ちているだけであった。

 考えを巡らす早苗の前にゆらめくように寿々花が現れた。しばし、互いに見あってから早苗は口を開いた。

「いかがなさいましたか寿々花さま」

「いえ、みなさん考えることはみな同じと思ったまでですわ」

「同じと、はい、まさかこのような報復に出るとは、舞草は侮り難いです」

 その言葉に寿々花は冷めたから笑いをたてた。

「思ってもいないことを、私たちは支隊に紛れ込んだスパイの抹殺をしようとして反撃されたまでですわ」

 冷ややかな微笑に早苗は戸惑った。

「でもこうして反撃を受けて、私もこうして敗北を噛み締めている。どうしてこうなったのでしょうね」

「そのスパイとは」

「早苗さん」

 暗黙の了解がある以上は、踏み込むことはならない。寿々花の諭すような態度が早苗により自身が縮こまるような感覚を抱かせた。あの日以前から、親衛隊がこのために存在してきたことを定められていた。あくまでそのレールの上に互いがいる。寿々花は己が立場を悟り、諦めている。事実を話したのは、早苗がそれを受け入れられる理性の相手と判断したからだろう。

そのことを早苗自身、数ヶ月の中で否が応でも感じていた。

「ごくろうさま早苗さん、これからもよろしくお願いしますわ」

「痛み入ります」

 早苗の前から去っていく寿々花に目を向けることができなかった。

 夜見との誓いを果たせないのではないか、そうして胸が苦しくなる。早苗は地面に目線を落としながらゆっくりと山の稜線をなぞるように見上げた。ふと、荒れた茂みの中に鈍い銀色に輝くものを見つけ出した。

 気になって拾い上げると、それは透彫の入った一本の小柄であった。

(これは兼光に据えられていた小柄。ということは)

 早苗は大きくため息をついてから顔を上げた。その瞳には先程の迷いは無くなっていた。

 

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