~光紡ぐ八ツ鏡~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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夜見はとじになれない!

鎌倉の特祭隊本部施設には全国の隊員が交流できるよう、多くのミーティングルーム、小道場、地方派遣隊員のための寮が整備されている。その一つの道場では鎌府と美濃関の警ら隊員による技術交流会が行われていた。

「抜刀、構え! 」

 木刀を構えた夜見は無構えから、美濃関の生徒は正眼の構えで対した。

 夜見が踏み出したのを見計らい、数度の打ち込みをかけるが、細かに体の位置を動かしながら刃を全て受け流し、焦ったため額の一寸前で切先が止まった。

「そこまで! 」

 夜見は十人と当たって九勝一敗だった。その一敗は彼女と長く稽古を続けて来た犬上のとった一本だった。だが、犬上は苦笑いで夜見に問い詰めた。

「お前、手を抜いてないか? 」

「いえいえ、そんなことは、犬上班長だってあくまで稽古と割り切っていたのでは? 」

「そうなのかな、じゃあお前もあくまで稽古をしていたと、な」

「あ、ああ」

「心配するな責めていないから、でも刀使だったら今頃は御前試合の選抜メンバーになっていたかもな」

「どうでしょう、でも頑張って目指したかもしれませんね」

 困り顔の夜見を見て大きく笑った。

 あれから一週間、あの荒魂との戦いで負傷した両儀は早期の処置が幸いして、全治一ヶ月で学校に戻れることになった。あの場にともにいた犬神も気絶こそすれど軽症で済み、こうしてともに戦った夜見と顔を合わせていた。

「でも、ついに御前試合なんですね! 」

「そうだ、美濃関のほうは誰が御前試合に出るのかな」

「たしか、校内選抜試合で優勝した衛藤可奈美さんと準優勝の柳瀬舞衣さんだって聞いているわ、鎌府はどうなの? 」

「一番手は七之里呼吹、二番手は新庄朱子」

「今話題のニューフェイスばかりだな」

「柳瀬さんは美人と有名ですからね。衛藤さんは屈指の剣術能力を誇るそうです! 」

「お、また追っかけやってるのか夜見〜、入って来た時もそうだが、お前の刀使好きは度がすぎているんだよなぁ」

「そ、そんな、私はちょっとおばさまたちと情報共有しているだけですよ」

「そのおばさまがた! 刀使援助会の幹部の方々で、あんた以上に重度のおっかけで有名なんだから! 」

「いい人たちなのですよ、本当に! 」

 交流日程が終わると、翌日からの任務復帰が犬上班長から言い渡された。

「ま、無茶はこれきりで頼むぞ」

「はい、がんばります! 」

「ところでよ前から聞きたかったのだが」

 聞くのを少し躊躇ってから、再び夜見の顔を真っ直ぐ見やった。

「もう一度、御刀の適正を確かめてみる気はないか? お前ほどの実力と胆力、そして気合があれば、これほど頼もしい刀使はそうそう現れなんだよ、どうだ? 私が上に推薦するから、もう一度試したらどうだ」

 その言葉に夜見は目を逸らした。

「何度も落ちたのは知っている。でももう一度だけ試してみないか? 稲河さんと一緒に立ちたくないのか? みんなを守るために」

 彼女は唇を噛み締め、ポロポロと落ちる涙を拭おうともしない。

「わたしは怖いのです。本当に自分が刀使になれるかって、御刀に選ばれないのは、私がなっちちゃいけない人間だからなんだって、だから、本当にそうなら諦められそうで」

「稲河さんはお前を待ってくれてる! 絶対に刀使になれる。そりゃあ私も万能じゃないさ、でもなれるように思えるんだよ。お願いだ! 私が信じるお前を信じてやってくれないか? 」

 犬上はハンカチを手に、彼女の涙をやさしく拭き、強く彼女の両手を握った。

「犬上さん、私、やります! 」

「ああ! ダメだったら、好きなもの食べさせてやる」

「うう、スイーツバーの食べ放題! いいですか」

「おうよ! 両儀のやつも連れて行くか」

「もう落ちるみたいですよ、ふふふ」

「む、それはいかんな! 」

 

 この日、伍箇伝の全ての校で御前試合代表者が決定し、二週間後の五月第一月曜日が予選会開始日と決まった。そして皐月夜見の御刀選定について、書類が鎌府の長である高津雪那の元へと届けられた。

「このようなこと、教員陣で処理すればよいものを、なぜ私の元に持って来た! 」

 困ったことに案件を持って来た初老の教頭の顔も、浮かばれないものだった。

「彼女はこれで四度も御刀の選定試験を受けています。そして全て落ちておるのです。私らの管轄であの子を見られる御刀はあと一振りで」

「水神切兼光か、あれは実験施設入りが確定している刀だぞ。その娘に試す価値があるというのか」

「はい、警ら科で剣術では負け知らずの実力者。刀使相手の木刀試合でも一方的ではないにしても十分な素質があります。また先日の大ムカデ型出現の際には、荒魂の片目を射撃で撃ち抜く胆力を発揮。なぜ御刀が彼女を選ばないのか、我々も疑問なのです」

 雪那は渡された封筒から彼女の経歴、任務歴、成績を見た。

(沙耶香の盾候補には十分かもね)

 彼女は試験認可書類に署名をし、迷いのない手つきで判を押した。

「鏑木教頭、彼女の試験を許可しましょう。もし刀使になったおりは、親衛隊糸見小隊の末席に加えておいてください」

「かしこまりました。さっそくに水神切兼光を委託している社にて試験を執り行います」

「ええ、いい結果を期待しているわ」

 

二日後の武蔵野某所に呼び出された皐月夜見は硬く、縮こまっていた。

神奈川の鎌倉からはるばる都内から秋津へやってきた彼女は、電車の中でひたすら固まったままであった。彼女は現地で待つ試験管以外には知る人はそこにはいないのだ、彼女を和ませていた仲間の顔も、時間が経つに連れ緊張感が自分のことだけを強く意識させた。

 バスを乗り継いで指定された社に着いた彼女は、そこに見知った制服の、見知った顔を見つけた。その薄い茶髪の、穏やかな顔つきの少女は夜見を見るなり大きく手を振った。

「皐月さん、お久しぶりですね」

「いえ、一週間前に会ったばかりですよ」

「ふふ、そうですね。今日はどうしたのかな? 」

「実はこのお社に預けられている水神切兼光との適正検査のためにきたのです」

「じゃあ、その試験が成功したら」

「もしかしたらですよ岩倉さん! でも、もしかしたら刀使になれるかも」

「ふふ、期待しています! 」

「はい! でも岩倉さんはなぜ? 」

「実はここから東の森に荒魂が潜んでいるって報告があってね、私たちはその確認にやって来たの」

「じゃあここも」

「心配しないで、私たちが抑えてみせるから、安心して試験を受けてね。あ、御刀を手に応援に来てもいいんだからね」

「い、岩倉さん、冗談はよしてくださいよ」

「ふふふ」

「もう」

岩倉は歓談を終えると自身の班を、伴って現場に向かっていった。夜見は大きく深呼吸した。

「よっしゃ! 」

 お社の前で待つ彼女は、神事課程の学生と引率の教員へと挨拶した。メガネをかけた女性教員は学生が緊張せぬようにと、笑顔で挨拶を返した。

「改めて、警ら科高等一年皐月夜見さん。刀使過程転科試験の最終検査となります。座学実習過程に関して合格済みです。がんばりましょうね! 」

「はい、本日はよろしくお願いいたします」

 拝殿前に設けられた場所には、既に銀のトランクケースに入った刀が置かれていた。

 神事の学生が教員から渡された鍵でトランクケースを開けようとした時、弾けるような音とともに木が大きく裂ける音が彼女たちの耳に届いた。そして、低く地を這うような咆哮が風とともに社まで届いた。

「まさか、荒魂! 」

 社の奥600メートルほど離れた場所で岩倉早苗は御刀を構えて、荒魂を囲い込むように五人の刀使を展開した。

「早苗さんこれは」

 隊員が回り込みながら、その巨体を追い込んでいく。

「熊型か。ここ最近、大型ばかりですね」

「でも倒せない相手じゃない! 構え! 」

 だが熊型は早苗たちから目を離し、社の方を見据えた。そして、その後ろ足をグッと沈み込ませた。

「まずい、美雪さん、鞠さんこっちへ! 」

 二人の頭上を飛び越え、目の前の木々を気にせず凪倒しながら、社の立っている方向へ走り始めた。二人は金剛身で受けたが、写シを持ってかれたために倒れた木々の間に伏せた。

「立てますか!? 」

「構わず! 先に行ってください! 」

「うん、万全になってからお願い! 」

 早苗ともう二人は力を発動して熊型を追った。

 だが、熊型は勢い止まらず、拝殿と本殿を囲む回廊を破壊し、夜見たちの前に現れた。

 夜見は拳銃を携行していないため、境内にいた人々が一斉に逃げ出すに任せて熊型の視界から外れようと動いた。だが熊型の両目ははっきりと夜見の向かう先を捉えていた。

「狙いは御刀」

 彼女はトランクケースを抱えた途端、熊型の大きく振り上げた手が彼女のいた場所を抉り砕いた。走りながら、恐怖に顔を引き攣らせながら熊型の背中に回り込んだ。

「皐月さん! 自分の身の安全を図って! 」

 教員の声に大きく首を振った。

「こいつの狙いが御刀なら、守らなければいけないじゃないですか! 」

 自身を追う熊型から逃げながら、小さく振り返って様子を伺った。市街地とは反対の森の奥へと全力で駆ける。

「その心意気! 合格だよ! 」

 走り抜ける三つの光が、間隙を見せず熊型の顔と腕を斬った。早苗たちである。

「引いて! 」

 巨大な右腕による横凪を当然のように避けながら、夜見の前に立った。

「でも無理はダメだよ! このまままっすぐ逃げて! 」

「はい! 」

 だが、荒魂はその巨体を震わせ、両腕を大きく天へと振り上げた。早苗は悲鳴のように声を張った。

「飛んで! すぐ! 」

 地面を叩いた場所から大地が捲り上がるように赤い稲妻が走り、三人の刀使と夜見を貫いた。

 三人が飛び上がった瞬間のことであった。

 彼女たちは大地に叩きつけられ、その衝撃で写シが剥がれ落ちた。

 夜見はその衝撃を生身に受けたが、構わず立ち上がって一歩一歩と歩き出した。衣服が裂け、その下からいくつもの赤い斑点がじわりと滲み出た。

(なぜだ、なぜそこまでに抗うのか、それが最後に悲劇を呼ぶはずなのに)

 朦朧とする視界のひたすら奥へ続く森を見据えようとしながら、外から聞こえてくる不思議な声に対して声を荒らげた。

「私は、たとえどんなに、醜くなっても、蔑まれても、私はわたしの道を貫く! 」

 歯軋りのような音が聞こえたと同時に、抱えていたトランクケースが一人でに浮き上がり、その頑丈な外装が割れるように開いた。そこには青い拵えに光を鈍らす水神切兼光と言う名の刀が浮かんでいた。

(手に取れ忌み児よ、今少しだけ、少しだけお前の力を開こう)

 刀を手にした夜見はその身に白い光を纏わせ、その鞘を抜き捨てた。そこには先程の彼女とは違う、別人のような冷たい顔になった夜見の姿があった。

 駆けてくる熊型に対し、手に糸をめぐらし迅移で細かに移動し、追いかけてくる熊型から何度も、何度も逃げる。怒りに身を任せる熊型の、眼前に立った夜見は刀を何度も薙ぐように振って、最後に刀を下ろして自由になった右手を振り下ろした。

 熊型の動きが止まり、その巨体が地面から離れて浮かび上がった。

 駆けつけて来た早苗は熊型荒魂が木に張り巡らされた糸で、雁字搦めにされているのを見て、これは好機と追いついて来た二人を合わせた五人で突撃し、熊型を散々に斬った。

「お覚悟_____! 」

飛び込んできた夜見はその頭部に切先を突き立て、大ぶりに切り裂いた。兼光の刃が糸を切ると、重力に乗って地に伏した。

夜見は沈黙する荒魂の前に降り立った。駆けて来た早苗は先ほどと様子の違う夜見の冷たい表情を覗き込んだ。

「皐月さん? 」

 それが切れたように早苗へと夜見は力なく倒れ込んだ。同時に彼女に纏っていた写シも消えていた。早苗は指示を飛ばしつつ、夜見の体を抱えて笑顔で語りかけた。

「ありがとう皐月さん、そして、おめでとう」

 事切れた夜見を見上げる不可視の存在は、巫女服に白い肌、そして体の節々から琥珀色を輝かせ、おかっぱの整えられた前髪の下から気丈な瞳を見せている。

(馬鹿な、あれはどの皐月夜見にもなかった力。八咫烏は私に嘘をついておったのか? )

 半壊した社を見下しながら、他の隊員が回収する水神切兼光の抜き身と鞘を見据えた。

(夜見の存在はこの世界にも災厄をかねない。貴様が私に訴えなどせねば、見ることもなかったろうに! )

 苦々しく眉を細め、彼女にとって忌々しい皐月夜見を見て言い放った。

(お前に可能性があるなどと、ワレは認めぬぞ皐月の忌み児よ)

 

 

 ここは都内の赤羽、ここには鎌府の旧研究施設があり、現在は予備保管施設として封鎖されている。内部の第二赤羽刀保管庫で、白銀の幼い刀使たる糸見沙耶香と高津雪那がある存在と対峙していた。

 その存在は、フードの下から琥珀に輝く血を流しながら、右腕を奪われながらも少女に相対していた。

「クク、コレホドカ、完成サレタ者トイウノハ」

 名はスルガ、膨大な赤羽刀とノロの融合実験の末に生み出された存在である。雪那は椅子に座しながら、沙耶香とスルガが相対する様を見ていた。

「ダガワカランナ、姉ヲ喪イナガラ、ソノ姉ヲ殺シタ折神紫ト、ナゼソノ女ニ手ヲ貸ス」

 沙耶香は無表情だが、静かに口を開いた。

「雪那先生と私は折神紫さまの身のうちに巣食う大荒魂を殺すために、今日この日を準備して来た。これはお姉ちゃんとの約束でもある。スルガ、あなたを食らい、タギツヒメをこの世から抹消する。だから死んで私になって」

 スルガはその言葉を聞き、今一度沙耶香の顔を見やった。

「ソレガ大義ヲ掲ゲル者ノ顔カ、カハハハハ、ナラバ暫シ余興ヲ楽シモウ」

「その時間はない」

 虹彩を纏った沙耶香は何度も、何度もスルガの胴を切り刻み、本来の姿に戻ろうとした瞬間を見計らって、体の中心にあるモノを打ち砕いた。力なく崩れるスルガの首を掴み掲げた。

「それでいいのよ沙耶香、私たちが紫様と世界をあのタギツヒメから救うのよ。さぁ、スルガを取り込みなさい」

「はい、大願を成すその日のために」

 首から沙耶香の体へ赤い輝きが流れ込む。沙耶香はその引き攣った笑顔のまま、痩せ細るスルガの顔を見つめていた。

 

 

 

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