~光紡ぐ八ツ鏡~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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四ツノ鏡

 

 確かに眠りに入ったはず、いいや、なかなか寝付けなくて、色々考え事をしていたんだ。

大地ともつかない場所を歩いている。でも、自分の体ははっきりと見えるほどに明るい。

 

 歩いてきた先で、八つの丸い光が差し込んだ。その光は夜見の背後からも差していた。

「これは、わかるよ、記憶」

 中央の自身に対する光へと、まっすぐ歩み始めた。

〔皐月の忌み児よ〕

「その声はラルマニさん、どこに」

〔お前が刀使になれないゆえに、強引に刀使になる未来があった。そして、その先はお前が禍神となる未来。ゆえに忌み児だ〕

「今まで見てきたものも、その未来なんですか」

〔知りたければ、触れて見よ〕

 夜見は向き直ると、その光に手を触れた。

 

 

それは、海だった。

黒く澱んだ、どこまでも果てしなく広がる海。

波は高く寄せ、岸壁に叩かれて水飛沫を弾かせる。

「そんな、ここが果てなの?」

 その姿は全身が真っ白になって、目は琥珀に輝き、黒髪は真っ白に変わっていた。頭から突き出す両角が『鬼』と化した彼女自身の行先を示していた。

 

 人あらざるがために、人でいられなくなったモノ。

 

 死んだあの日、麻琴と暁、そして優稀のため、大荒魂であるカナヤマヒメを討つために戦い、自身の身のうちに吸収し、こうして隠世へと自らを封印に導いた。

 これでよかった。

 そう安堵したが、夜見は生きていた。

 現世ではない景色をいくつも通り過ぎ、時に暗闇に入り込んで、道なき道を何もわからず歩き続けた。しかし、果てがない。いったい、どこに続いているのかわからない。

 初めのうちは仲間達のことを思い出して、孤独を押し殺した。

 必要な孤独なのだ。

 しかし、いつしか、それしかなかった。ノロを取り込んだ者のサガたる、ノロの汚れの持つどうしようもない孤独と飢えが頭の中を支配し始めた。

 最初は、きっと幸せに日々を過ごしているだろうという、ささやかな願いからだった。そのうち、自分が共にいられたらと思い出した。次に、帰ってきても不幸になる妄想がはじまった。

 妬みが湧いた。でも、ぶつけられる相手がいない。

 そうしたら、また仲良くなる妄想になった。

 会いたい衝動が起こった。しかし、手で触る自身の姿形は、人のそれではなかった。

 

 あきらめなければならない。

 

 自身の大切な人々のために、この世界で、カナヤマヒメを封じたまま孤独でいなければならない。

どうしてこうなった。

素直に刀使になれないなら、それを受け入れればよかった。

でも、選んだ。それで、魂依刀使になった。

美炎には間違っていると言われた。それは隠世に封印するときもそう言われた。

 

そうだ、間違っていたんだ。

 

こんな思いをするために、荒魂になって、こんなところへ来てしまった。

そのうち、自分の運命を恨み始めていた。

 

〔あなたは、もう人にも荒魂でもない。その存在を消す以外に、あなたの守りたかったものを守れない〕

その四つの翼と三つの足に後光を輝かせる黒い鳥は、そうはっきりと言った。

歩きついた場所は、この世界の果てだった。

その果ては、ここから巡り来る魂を見定めているらしい。

自分には、死ぬことが最後の役目と伝えられた。

「なんで、なんで!神様なら、私を、助けて」

〔あなたの中には大荒魂の分裂体を四つも抱えている。カナヤマヒメの三つの感情と荒魂と化したあなた自身、ここを通るには一つの魂に、一つの心でなくてはいけません。刀使の言葉で言うのでしたら、祓う必要があります。そのためにあなたという人格は死という、リセットをしなくてはならない〕

「そんな、そんなのあんまりだ」

 嫌だ。何も悪いことをしていない。世界を救ってさえもいる、今まで嫌なことを考えて、もう刀使なんてうんざりだと思ったけど、大好きなみんなといたい思いは変わらない。

 そうだ、このカラスの神様を殺せば、この門を壊せば、私は自由に未来を書き換えられる。

〔皐月夜見さん、どうか、わかってください〕

「嫌だ」

 体外に出ていた荒魂は人の身のうちに収まり、やがて肌が白く輝き出した。

〔人の身で本物の『鬼神』となるつもりですか、ですがその代償はその身で受けることになりますよ〕

 どこからか転移してきた大太刀を手にすると、禍神は八咫烏と門を一刀両断した。

 隠世が崩壊を始めた。天と地から双方に向かって瓦礫や荒魂たちが投げ出され、行き交い、潰されていく。

夜見は砕かれた門を潜り、光と闇の走る空間に出ると、その先に降り立った。

 だが、そこは厚い雲に覆われた空、黒い海が水飛沫をたてて荒れている。

 現世の日本海のような、しかし、大地もなく、水底は浅いが果てがまったく見えない。

「ここが、果てなの?」

 やってきた道を振り返ると、何かが潰れ、崩れていく音が響き、やがて道が潰れ消えた。

 ぱったりと出入り口が消え、浅い水辺を行ったり来たりしたが、どこにあったのかさえわからなくなった。

「何やっているんだろ」

 やつれた顔に涙がこぼれ伝った。

現実ではないこの場所で、もはや隠世とも思えないこの場所で、夜見は何もかもが壊れていく感触に浸っていた。

「もう、いいや」

 切先を突き立てると、体はノロとなって四散し、大太刀は海の中へと沈んだ。

 彼女が消えたと引き換えに、わずかな波音が響く。

 

 夜見はその輝きから飛び離れた。

 流れ込んでくる無情感を必死に押し殺した。

〔皐月夜見よ、よせ、おまえでは過分に過ぎる。今すぐ御刀から手を離し、常人として穏やかであれ〕

 そう聞こえたのを最後に、ラルマニの声はしなくなった。

 膝を突き、流れ込んできた感情に涙し、叫んだ。

 そこへと、スクナビコがひょっこりと向かってきた方向の光から姿を現した。

「そっか、君は力に目覚めたあの日から、繋がっていたんだね」

「これは、何の拷問ですか!ひどすぎる」

「そう思うかもしれないが、これは、八つのうち七つの世界で生きた君自身の記憶。それぞれの世界の君の記憶なんだ」

「なんで、私に」

「君が耐え、異なる可能性を紡ぐと信じたからさ、君は八つの世界の君と繋がりながら、八つの君の希望であらねばならない。理不尽は承知、耐えてもらうよ」

 理解しかねる単語が幾重にも重なる。ただ、夜見は一つのことを尋ねた。

「この、鬼神になった私の世界は」

「隠世と現世の境界が崩れ落ちた。現世には虫食いのように隠世が融合し、それの修復のために今は使いを送って、現世の人たちとともに修復を行なっている。無論、彼女のせいで世界同士のバランスに異常をきたしたのは本当だ」

 立ち上がった夜見を、スクナビコは自身の出てきた光へ誘導した。

「帰ろう。少しずつ咀嚼すればいいよ」

 涙を拭うと、夜見は光の先に消えていった。

 

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