帰ってきて早々に、三人の刀使と夜見の父は神棚のある部屋へ通された。そこにはまだ祖父の姿があった。
夜見の父である明は警察官であった。そして、同時に家族に秘密で代々、ノロを回収・封印する神官であったことを告げた。夜見が大事なことを文面で送ってきたことを良いことに、彼女の刀使になったことの報告を秘密にし続けてきた。寡黙な父は自身が刀使を目指すことに、一切口を出さなかった。それは、夜見が絶対に刀使になれないと確信していたからであった。
「ひどいよ」
夜見の嘆きに明は眉ひとつ動かさなかった。だが早苗には隠していたからこそ、何かを背負う明の物悲しさを感じずにはいられなかった。
「だが、お前は一族の呪いを乗り越えた。ラルマニの予言がお前一人によって、ことごとく解放されつつある。そして、スクナビコの力。夜見、お前はどうしたい」
「私は刀使の力を全て取り戻して、刀使の本分を果たす」
「お前はたとえ夢話といえども有言実行し、その先の自分を背負おうとする。言って聞かないのは相変わらずだが、信じさせてくれ、お前が私の娘なら尚更」
父のぎこちない笑顔は夜見の心を和ませた。
「では、話してくれたラルマニの記憶について・・・」
〔それはボクが説明しよう!〕
早苗の持っていた小柄が大きく光を放ち、手元から宙に浮かび上がると、その小柄に乗る小さな人影が四人をぐるりと眺め回した。袖の長い袍という古代の衣服を纏い、袴は短く、腰には爪楊枝ほどの剣を佩いている。青い髪の中から覗く快活な顔を夜見は思い出した。
「スクナビコさん!」
他の三人も驚いてまじまじと彼を見た。
〔やぁ昨日かな、ラルマニに心を持っていかれる寸前で止めに入って正解だった。あのままあの新章世界にいたら、いずれ人格と体が切り離され、心は消滅してしまっただろう。ボクの依代が近くに戻ってきたからこそだね〕
「依代?」
〔夜見くんは落とし物をしただろう?構う暇もなく舞草に接触していた君は、小柄一本がいなくなったところで、どうと思わないかもしれないけど〕
「え、もしかして早苗さんが小柄を持っていてくれたの」
「うん、室津でね。寿々花さんはあなたがいたことを教えてはくれなかったけど」
スクナビコは不満げな顔を崩さず、夜見に近寄った。
〔早苗くんにこうして連れてきてもらわなかったら、君は紡ぎ糸もなしにどう戦ったんだい?〕
夜見は目を丸くさせて、何を言っているのか必死で考えた。
「もしかしてあの糸は」
〔もしかするのさ、夜見くんの写シを開放させたのはラルマニだけど、写シを開放し続けているのはボクの力さ。ただボクは糸で紡ぐのが本来の役目、だから君の写シを五分開けるのが精一杯なんだ。それをぉ、きみはぁ、煩わしいとなぁ〕
妙に当たり障りの湿度が高いスクナビコに、神聖さを微塵も感じられなかった。
〔はい!そこの暁くん!ボクに威厳がないとか思ったでしょ〕
「実際そうだろ。さっきから夜見に文句をたらたら言っているだけじゃねぇか」
「ちょ!暁!」
「こいつをそばで見守ってきたなら、まずさきに悪態より褒め言葉だろ」
暁のまっすぐな一言にスクナビコは、彼女の顔をまじまじと見て笑顔になった。
〔褒め言葉は、この先の試練を超えたときにとっておこう〕
「あ!ずるいぞ!」
〔ふへへへ!さぁみんな!ボクの力でラルマニと夜見くんのご先祖さまに、何があったか見にいくんだ〕
「でも、古文書には権威のためにと」
〔それは皐月家初代たる
「わかりました!でも、どうやったら」
〔記憶を再生するには本人そのものだったものに糸を繋げるのが一番。明さん、あなたなら村国娘の墓の居場所がわかるはず〕
明は困ったと言いたげな表情を浮かべた、
「お父ちゃん?」
「残ってはいるんだ。いるんだが・・・平安時代の貴重な古墳だと二十年前に発掘調査があってなぁ。発掘された品々は県の博物館に」
「ええ!それじゃ、お墓に行っても!」
「もぬけの殻だ」
〔ならその遺物が鍵になるよ〕
そこで夜見は困った時にと、紅馬に連絡をとった。
「んなら、県の博物館に俺のダチがいるから聞いてみるぜ!」
「はい、お願いします!」
スクナビコは浮かびながらわざと神妙な顔を作った。
「うむ、前途多難だ」
「そりゃそうだ」
暁の反射的なツッコミに、思わず早苗は笑った。
翌日、秋田の博物館に来た彼女たちの前に、凄みを帯びた人物が笑顔で出迎えた。
「私が神だ!
紅馬に負けず劣らずの迫力のある長面に、長い髪が常人の神経をした学者でないことを感じさせた。
「紹介するぜ。秋田の県立博物館の研究員をしている人だ」
「私は刀使の歴史を研究していてな、コイツとは同じ師の元で刀使と荒魂の関係について学んだ仲だ。それで、払田の古墳から出てきた遺物が鍵なんだって?」
凄みに押されていたが、夜見はそうだと答えると、通された会議室には既に遺物を収めたケースが二十も置かれていた。
「この古墳はよほどの重要人物のだったんだな。遺物は宝石だらけ、刀身は見つからなかったが刀装具も見つかっている。土器、鏡、装飾品、古墳としてはよく残っているし、平安期のものとしては天平期の意匠がある。仏教文化の影響を受けているのも興味深い。そして」
夜見、早苗、暁が一生懸命に遺物を見てまわる中、正躬は一つの大切そうなケースを開けて三人の前に差し出した。
「これは」
「漆の首飾りだ。意匠が縄文系の東北・北海道先住民のもの。当人にはよほど大事なものか、ほんの僅かに残っていた骨がくっついているのがわかっている。わかりづらいが、本人の体の一部もくっついていた」
夜見は頷いた。これならば、記憶を辿る鍵になる。
「スクナビコさん」
消えていた彼は再び夜見の小柄に乗って、五人の前に姿を現した。神は驚く素振りも見せず、奇妙な笑みを浮かべていた。
〔うん、これなら行けるよ。蕨手刀を〕
暁の抱えてきた蕨手刀を机に取り出し、夜見、早苗、暁は円になるように椅子に座り、暁に蕨手刀を、早苗に飾りを持ってもらい。夜見はスクナビコから指示された通りに写シを張って銀糸を出し、自身を含めた三人の周りを編み、複雑な幾何学模様の形を作り出す。
〔紡ぐ糸の調べは永久の河と同じ、汝の時よ記憶となりて我らが刀使なる巫女に伝えよ。村国娘の意思を!〕
光は幾線状も三人を包み、やがて三人の姿は繭のような糸の流れの中に見えなくなった。
神はたまらず笑い出した。
「嬉しがると変な笑いになる癖は治ってないらしいな」
「クカカカ!笑うだろ紅馬!先生の夢が現実にあったんだからな!」
「ああ、師匠にいい報告ができそうだ!」
紅馬は自身の端末がアラームを吐いた瞬間、窓から外を見た。そこには群れとなって連なる荒魂の姿があった。
「お客さんだ」
にまりと笑う紅馬と正躬は、会議室を出て荒魂たちの元へと駆けていく。
「タギツヒメの刺客か。久しぶりにやるか」
「オウよ!」
これはいつの話だろうか?
平安時代のそれも蝦夷討伐の折といっても、幾重もの出来事と人の入れ替わりがあり、いったいいつなのかを正確に測ることはできない。
しかし、あまりにも濃密な人と人との交わりは、否応にも水面の輝きのように、その出来事を永世に伝える。それは時に誤解を、曲解に、そして悪意や善意によって形を変えながら、今の私たちに伝えられる。この話も、そうした歪な輝きの記憶なのかもしれない。
供も連れず、馬上の少女は南へと馬を走らせる。軍馬は鎧具を外したことで気持ち良さげに走り続ける。馬上には、白銀の髪に巫女服を着流し、腰には一振りの大刀を佩く、物静かそうな少女が山道の向こう側を見ていた。秋を迎えた草原には森が散らばり、収穫を迎える田の横を通り過ぎていく。
「本当だ山が哭いている・・・」
山向こうから届くような音が聞こえ、低い雲にチカチカと赤い光が照り返すのが見えた。
馬が走る先に、大きな祭殿や周濠が見えてきた。駒ヶ岳は十年前ほどの大噴火で山の形が変わり、そこに眠っていた荒魂が目覚め続けている。そこで蝦夷に現住を認める代わりに、中央から派遣された刀使とともに、荒魂の討伐に当たっていた。そこは朝廷側で蝦夷から協力を取り付けた人物に因んで、田ノムラと呼ばれていた。
物見台は空で、集落外の田畑との交通のために大きな門は開け放たれている。田畑にも家々にも人がいない。
「騒ぎになっておるか!」
馬を祭殿の前まで近づけると、その前にはムラの住民たちが一群になって各々訴えていた。訛りの強い言葉を全て理解できないが、理由は先程ので十分と思えた。
「マキメや、そのままでの」
馬の上に立ち上がると、祭殿の表口から顔を出す後ろに黒髪をまとめている巫女が自身を見て、小さく頷いた。
「うまくやるのじゃよ、ラルマニ」
群衆は壇上に立ったラルマニを前に一斉に口をつむいだ。
「皆の衆、猛る山より今しがた咆哮があった!日頃よりの荒魂は田畑に悪戯をするばかりの木端に過ぎなかった。だが今度の荒魂は強大である!このムラに害を及ぼすに間違いない」
ざわざわと騒ぐ人々に一括の声が響いた。
「しかして!それは私と朝廷の刀使を差し引いたもの!つまり私一人で確実に!二人の刀使巫女で大荒魂も倒せる!そうであろう!村国娘よ」
「そうだ!ラルマニの巫女や!」
群衆は気づかなかったようで、大声を張った村国娘に驚きの声をあげた。その調子のまま、大刀を抜き払い、写シを張った。
「この武神より授かりし力は民が平穏のため、豊穣のため!」
ラルマニも蕨手刀を抜き、写シを張った。
「共に猛る山の荒ぶる魂を鎮めよう!」
二人の切先が山に向くと、一斉に歓声が上がった。ラルマニは一転して優しい口調で人々に語りかけた。
「さぁ皆の衆よ、荒魂は我らに任せ、稲の収穫作業に戻ろう!」
その言葉を聞くと、素直に群衆は解散し、家々や田畑に戻っていった。
「はぁ、毎度この調子だ。いつ不信感を抱かれるか」
ラルマニの館、囲炉裏をはさみ、ラルマニは思わず村国娘へ不安をこぼした。
「じゃが荒魂は大小に関わらず必ず討伐し、戦勝の証に荒魂の首を皆の衆にみせておろう。山が噴火した直後の火災と荒魂の襲撃の記憶がしっかり継承されている限り、心配はなかろうて」
水を上品に飲む村国娘の余裕に、ラルマニは自然と落ち着いていった。
「そうだな、朝廷や代官にはお前が交渉しておるしな、仏門がもたらした怪しい術も、巫女の目が黒いうちは問題なかろうて」
「人の心をととのえるには良い教えなのだが、ノロをいたずらに己が身に取り込み、死してバケモノに変わるのは人の死せる道理でない」
「ごもっとも。私もこうして和を結んだ立場ゆえ、中央から由来するものを拒めん。村国娘よ、苦労をかけるな」
白湯を飲みながら、互いに笑い合った。
「なんかのぅ、こう固い話ばかりだと」
「まるで腰の固まった長老がたのようだ」
屈託のない笑顔で、ラルマニは懐からクルミ菓子を取り出した。
「ふふ、悪い奴!この地域は荒魂のせいで山の産物は貴重ぞ」
「その悪い奴の手から菓子を受け取るは、どんな賊かな!」
受け取った側から口に放り込むと、ほのかに山いちごの香りがした。
「山苺を乾燥させたものを、細かくすりつぶして生地に混ぜたのよ。どうよ、新しい味だろ」
「おお、甘さにほっぺが蕩けそうじゃ、しかし、なぜにこのような工夫を?」
「我らは今、稲と作物に、湖の魚に支えられておる。命を味わうは生きる喜び、そして表すべき感謝の気持ちを思い起こさせてくれる。なればこそ、山の幸を味わってもらいたい。荒魂を恐れるよりも、生き抜く方がずっとつらい」
「はよう山に入れるようにならねばの」
「だが熊も狼も帰ってくる私はそっちの方が怖い!」
「ふはははは!荒魂を恐れぬヌシが、飯の恋しさに熊と狼を恐れるとな!いや滑稽、滑稽!」